第5章 今後の課題 - 経済社会総合研究所

第5章
今後の課題
本章では、今回の推計に当たっての問題点や限界を中心に、今後の課題について論じ
る。
1.データベースの選択
本研究では、GTAP データベースの現時点の最新版である GTAP バージョン 8.1 を
用いて MRIOT の構築を行った。MRIO モデルに用いることができるデータベースや
国際産業連関表としては、GTAP や OECD Input-Output database のほかにも、近年で
は、EXPOL (A New Environmental Accounting Framework Using Externality Data and
Input-Output Tools for Policy Analysis)や Eora MRIO Database など、様々な試みが生ま
れている。データベースごとに、対象となる期間や国・地域、産業部門の分類や数などが異
なり、それぞれの長所短所が存在する。したがって、MRIO モデルの構築にあたっては、推
計の目的や対象に応じて、適切なデータベースを選択することが求められる、
2.原単位の改善
今回の推計に用いた、各環境負荷の原単位については、それぞれいくつか改善の余地
がある。
まず、水資源については、今回の推計では、農畜産物の一次産品の生産に使われた水
だけを評価しており、その他の産業部門については、これらの一次産品をサプライチェ
ーンの中で投入した場合に限り、水利用量が計上されている。その結果、たとえば、フ
ランスやアメリカなど工業用水利用が多い国の水利用量が評価できていない。今後は、
工業用水や都市生活用水などについても、推計の対象にすることが望まれる。ただし、
工業用水や都市生活用水については、農畜産物以上に国・地域や企業ごとの単位あたり
水利用量や再利用量に幅があることから、国際レベルで、製造工程ごとの WF などの算
定基準の精緻化や規格化の進展が待たれるところである。
CO2 排出量については、前節でも述べたように、今回の推計では燃料燃焼以外の排出
源は原単位に計上していない。また、燃料燃焼に限っても、GTAP の排出量データと
UNFCCC インベントリなどの他のデータとの間には、数値の乖離や部門分類の違い、
報告されているデータの年次の違いなどがある。今回の推計では、GTAP の部門分類を
最大限尊重しながら UNFCCC インベントリによるデータの補正を試みたが、今後は、
先に述べたデータベースの選択と合わせ、排出源の範囲の拡大や UNFCCC データとの
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整合性の改善などをる余地はあるものと考えられる。
3.地域性の反映
先行研究の多くでは、対象国が国外で生み出したすべての環境負荷を合算することで、
消費などに体化した一国の環境負荷の総量を推計している。しかし、温室効果ガスやフ
ロンの排出の場合と、その他の廃棄物の排出や自然資源利用の場合とでは、地域性とい
う点で大きな違いがあり、特に後者については、こうした総量での把握が適切でない場
合がある。すなわち、温室効果ガスやフロンの場合、地球上のどこで排出されても、基
本的には気候変動の要因としては区別されないため、国外での排出量をすべて足し合わ
せることには意味があるが、それ以外の多くの廃棄物や自然資源については、総量以上
に、地球上のどの場所でどの程度排出・利用されたかが重要な意味を持つ場合が多い。
たとえば、廃棄物の場合、それによる外部性が及ぶ範囲や、生態系の廃棄物吸収能力
の程度、排出の原因となった生産活動がもたらす便益の範囲や量など、地域的な要因に
よって最適排出量が異なってくる。ほぼすべての生態系資源と、水や土地など物理的・
経済的に移動が困難な資源についても、環境制約や環境容量は地域ごとに存在する。た
とえば、水資源の場合、その持続可能性は、一義的には地域それぞれの腑存量や補充量
などとの関係で評価されるべきであり、
ある国の VW の総輸入量が多いからと言って、
それが直ちに輸出元の水資源の枯渇につながるわけではない。
以下では、水資源を例として取り上げて、国際貿易の影響を勘案した持続可能性指標
に地域性を反映させる試みの例や課題について論じる。
a)生産性
地域性に関係した第一の試みは、地域ごとの水生産性の違いを念頭に、国際レベルで
の水利用の効率性を計測するものである。各国・各地域における農業生産においての水
生産性は、同一種の作物であったとしても、それぞれの気候や技術の状況などによって
大きく異なる。したがって、Oki et al. (2003)などによると、当該作物について水生産
性の高い地域で生産を行い、水生産性が低い地域は VW として輸入を行うことで、世
界レベルでの水利用の節約を行うことができる。節約の度合いの測り方としては、典型
的には、作物輸入量を輸入国における VW 含有量で乗じた粗 VW 輸入量(gross virtual
water import: GVWI)と、輸出国における VW 含有量で乗じた粗 VW 輸出量(gross
virtual water export: GVWE)を求め、それぞれ世界各国の値を足し合わせることで、
グローバル GVWI とグローバル GVWE を求める。食料貿易自体は、市場清算を達成す
るため世界レベルでの輸入量と輸出量は長期的には概ね等しくなるが、VW の場合は、
先述の水生産性の違いに応じた VW 含有量の違いを反映して両者に差が生じる。した
がって両者の差(グローバル水節約(global water saving)
)は、世界レベルでどの程
度の水が節約できたかを示すものと解釈できる。こうした分析を行った研究の例として
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は、Oki et al. (2003), Yang et al. (2006), Würtenberger, Koellner, and Binder (2006)
や Liu, Zehnder, and Yang (2009), Wyckoff and Roop (1994)、Yang et al. (2011)など
がある。
b)資源の種別と機会費用
地域性に関係した第二の試みは、作物生産における消費的水利用(consumptive
water use: CWU)をグリーン・ウォーターとブルー・ウォーターに分け、水利用の機
会費用を評価するものである。Yang et al. (2011)などによると、一般に、両者の間には、
ⅰ)ブルー・ウォーターの方が移動性に優れている、ⅱ)ブルー・ウォーターは水源の
代替性がある、ⅲ)ブルー・ウォーターの方が競合的な用途が多い、ⅳ)ブルー・ウォ
ーターの利用には灌漑設備などの整備が必要なのに対し、グリーン・ウォーターは必要
ない、ⅴ)ブルー・ウォーターの方が利用コストが高い、ⅵ)ブルー・ウォーター利用
のための過剰な灌漑は塩害や土壌劣化などの環境破壊を引き起こす、などの違いがあり、
特に機会費用の観点から見れば、水が稀少な国では、グリーン・ウォーターを VW とし
て輸入し、ブルー・ウォーターを他のより生産的な用途に用いることが効率的である。
Yang et al. (2011)が、様々な作物の生産のための CWU におけるグリーン・ウォーター
とブルー・ウォーターの構成を推計したところ、世界の CWU のうちほぼ 80%、世界
の作物関係の VW 貿易の 94%がグリーン・ウォーター起源のものであった。グリーン・
ウォーターとブルー・ウォーターを峻別した同趣旨の研究としては、Liu, Zehnder, and
Yang (2009), Proops et al. (1999)、Aldaya, Allan, and Hoekstra (2010), Wiedmann et
al. (2007)、Chapagain and Hoekstra (2011), Wiedmann (2009)などがある。
類似の視点は、土地資源についても想定することができる。例えば、消費や貿易に体
化した土地利用面積を、土地被覆や利用区分ごとに集計することが考えられる。そうす
ることで、例えば、牧草地以外の利用が難しい土地を VL として輸入し、経済的・生態
学的な機能が高い自国の土地を、他の農作物の生産や生態系維持、炭素貯留によるに気
候変動の緩和など他の用途に振り向けるといった状況を積極的に評価することができ
る。
ただし、ブルー・ウォーターとグリーン・ウォーターとの機会費用の違いに着目し、
両者の比率のみから効率性を判断することについては以下のような課題がある。グリー
ン・ウォーターとブルー・ウォーターの大きな違いは、前者が基本的には降雨があった
土地でそのまま利用するものであり、従ってグリーン・ウォーターの利用と土地の利用
は不可分のものであるのに対し、後者は、限度はあるものの、ある程度、土地自体の利
用とは分離して考えることができるという点である。経済取引の実態としても、グリー
ン・ウォーターを利用しようと思えば、降雨量が多く安定している土地そのものを購入
ないし貸借する必要があり、水だけ分離して購入することはできない。それに対して、
ブルー・ウォーターの場合、制度によっては、土地と分離して水利権を購入することが
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できる。機会費用とは、一般に、ある限られた資源や手段を前提に、それらを別の目的
に用いていたとしたら得られた最大の価値を指すが、上述の観点から言えば、グリーン・
ウォーターの機会費用とは、水単位量あたりの次善の使用価値ではなく、当該土地の単
位面積あたりの次善の使用価値に求めるべきであり、単純にブルー・ウォーターと比較
できるものではない。したがって、グリーン・ウォーターとブルー・ウォーターを峻別
して資源配分の効率性を考える場合、水利用だけでなく、土地利用も含めた機会費用や
効率性を見ていく必要がある。実際、降雨量が豊富で安定的な土地は、経済的・社会的・
生態学的にも価値が高いことが多く、グリーン・ウォーターの利用比率が高いことのみ
から、資源配分上の効率性を判断することは難しい。
c)希少性
地域性に関係した第三の試みは、輸出国の水ストレスを指標に反映させるものである。
水ストレスの指標としては様々なものが提案されているが、典型的な例としては、
Falkenmark 氏の提案する水ストレス指数(water stress indicator)が挙げられる。こ
れは、年間 100 万㎥の水資源を 1 単位とし、これを何人で分かち合わねばならないか、
という形で元々は提唱された 1。これを 6,000 人で分かち合う場合、すなわち 1 年に一
人当たり 1,666 ㎥以下の場合にはやや水ストレス、1,000 人で分かち合う場合、すなわ
ち 1 年に一人当たり 1,000 ㎥以下の場合には高い水ストレスを抱えているということ
になる。このように高い水ストレスを抱えている国から VW を大量に輸入することは、
当該国が国内向けの食糧生産などに利用可能な水資源や、生態系の維持のために残すべ
き水資源を圧迫することになる。
VW の集計の際に、こうした輸出国側の水ストレスの状況やその変化を何らかの形で
反映することで、輸入国における消費ベースでの自然資本利用が、世界の水利用をめぐ
る問題を助長していないかどうかの判断基準として用いることができると考えられる。
こうした試みの例としては、前章で紹介した Lenzen et al. (2013b)が挙げられる。
Lenzen らは、VW 輸入量などを水ストレス指数でウェイト付けすることで、国際貿易
を通じた希少水のフローを評価した。今後の課題としては、水ストレスの高い国から他
の特定の国への VW のフローが、輸出元の水資源のどの程度を占めているのか(占有
率)を、水ストレスの度合いと合わせて評価するなどの方向性が考えられる。
1
沖 (2012)による説明を参考にした。
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