BEPS 行動計画に基づく新たな報告 義務の導入

みずほインサイト
グローバル
2015 年 3 月 31 日
BEPS 行動計画に基づく新たな報告
義務の導入
金融調査部主任研究員
小山剛幸
03-3591-1347
takayuki. [email protected]
○ OECDは、多国籍企業による国境を越えた租税回避に対し、国際協調の下、戦略的かつ分野横断的に
問題解決を図るため、BEPS(税源浸食と利益移転)行動計画を公表した。
○ 行動計画では、一定の多国籍企業に対し、国別の所得、経済活動、納税額等に関する情報を毎年税
務当局へ報告する義務を課すこと等が勧告された。
○ 勧告をわが国の法制に反映していく際には、企業の国際競争力低下につながることのないよう、諸
外国の動向や納税者の実務に十分留意した慎重な検討が求められる。
1.OECD の BEPS 行動計画について
(1)多国籍企業による国境を越えた租税回避に対し、OECD が対応策を検討
国境を越えた電子商取引の広がりなどの経済のグローバル化が進む中、いわゆるBEPS(Base Erosion
and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)といわれる問題が注目を集めている。BEPSとは、多国籍
企業が国際的な税制の隙間や抜け穴を利用し、①所得がいずれの国でも課税されない状況(=二重非
課税)や、②税制上の所得を実際の経済活動の場所と異なる低税率の国に配分することで、法人税支
払額が大幅に軽減されるような状況を人為的に作り出す行為を指す。リーマンショック後の財政の悪
化や所得格差の拡大等を背景に、一部の多国籍企業が払うべきところで税金を適正に支払っていない
ことが欧米で政治問題化し、国際的な関心がさらに高まることとなった。
BEPS問題の顕在化を受け、多国籍企業による国境を越えた租税回避に対し、国際協調の下、戦略的
かつ分野横断的に問題解決を図るため、2012年6月、OECD(経済協力開発機構)において、BEPSプロジ
ェクトが立ち上げられた1。OECD傘下の租税委員会では、2013年7月に「BEPS行動計画」が公表され、
同年9月のG20サミット(ロシア・サンクトペテルブルク)において、全面的に支持を受けた。この間、
BEPSプロジェクトへの参加国は、OECDメンバー2だけでなく、主に新興国で構成されるG20のOECD非加
盟国(アルゼンチン、ブラジル、中国、インド、インドネシア、ロシア、サウジアラビア、南アフリ
カ)にも拡大していった。
1
(2)OECD は 15 項目からなる BEPS 行動計画を策定
「BEPS行動計画」は、各国が協調して二重非課税を排除し、実際に企業の経済活動が行われている
国・地域での課税を十分に可能とするため、①法人税の国際的な一貫性(Coherence)、②税制と経済
活動の実態(Substance)の整合性、③透明性(Transparency)を3つの柱とし、図表1に示した15の行
動で構成されている。そして、この全ての行動において、2014年9月から2015年12月までの間に、新た
に国際的な税制の調和を図る方策を勧告することが掲げられた。
図表 1
行動
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
BEPS 行動計画の概要
概要
期限
電子経済の課税上の課題への対処
電子商取引により、他国から遠隔で販売、サービス提供等の経済活動ができることに
鑑みて、電子商取引に対する直接税・間接税のあり方を検討する報告書を作成
ハイブリッド・ミスマッチの効果の無効化
ハイブリッド・ミスマッチ(金融商品や事業体に対する複数国間における税務上の取
扱いの差異)の効果を無効化する国内法上の措置を勧告するとともに、モデル租税条
約の規定を策定する
外国子会社合算税制の強化
外国子会社合算税制(一定以下の課税しか受けていない外国子会社への利益移転を防
ぐため、外国子会社の利益を親会社の利益に合算する制度)に関して、各国が最低限
導入すべき国内法の基準について勧告を策定する
利子等の損金算入を通じた税源浸食の制限
①支払利子等の損金算入を制限する措置の設計に関して、各国が最低限導入すべき国
内法の基準について勧告、策定する
②親子会社間等の金融取引に関する移転価格ガイドラインを策定する
有害税制3への対抗
①現在の枠組みに基づき加盟国の優遇税制を審査する
2014 年 9 月
2014 年 9 月
2015 年 9 月
2015 年 9 月
2015 年 12 月
2014 年 9 月
②現在の枠組みに基づき、OECD 非加盟国を関与させる
2015 年 9 月
③現在の枠組みの改定・追加を検討
租税条約の濫用防止
条約締結国でない第三国の個人・法人等が不当に租税条約の特典を享受する濫用を防
止するためのモデル条約規定及び国内法に関する勧告を策定する
恒久的施設(PE)認定の人為的回避の防止
人為的に恒久的施設の認定を免れることを防止するために、租税条約の恒久的施設
(PE:Permanent Establishment)の定義を変更する
無形資産に係る移転価格ルールの策定
①親子会社間等で、特許等の無形資産を移転することで生じる BEPS を防止するルー
ルを策定する
②価格付けが困難な無形資産の移転に関する特別ルールを策定する
リスクと資本に係る移転価格ルールの策定
親子会社間等のリスクの移転又は資本の過剰な配分による BEPS を防止する国内法に
関する移転価格ガイドラインを策定する
他の租税回避の可能性が高い取引に係る移転価格ルールの策定
非関連者との間では非常にまれにしか発生しない取引や管理報酬の支払いを関与させ
ることで生じる BEPS を防止する国内法に関する移転価格ガイドラインを策定する
BEPS の分析
BEPS の規模や経済的効果の指標を政府から OECD に集約し、分析する方法を策定す
る
2015 年 12 月
2
2014 年 9 月
2015 年 9 月
2014 年 9 月
2015 年 9 月
2015 年 9 月
2015 年 9 月
2015 年 9 月
12
13
14
15
タックス・プランニングの報告義務
タックス・プランニングを政府に報告する国内法上の義務規定に関する勧告を策定す
る
移転価格関連の文書化の再検討(多国籍企業の企業情報の文書化)
移転価格税制の文書化に関する規定を策定する。多国籍企業に対し、国毎の所得、経
済活動、納税額の配分に関する情報を、共通形式に従って各国政府に報告させる
相互協議の効果的実施
国際税務の紛争を国家間の相互協議や仲裁により効果的に解決する方法を策定する
多国間協定の開発
①BEPS 防止措置を効率的に実現させるための多国間協定の開発に関する国際法の課
題を分析する
2015 年 9 月
2014 年 9 月
2015 年 9 月
2014 年 9 月
2015 年 12 月
②多国間協定案を開発する
(資料)政府税制調査会資料等よりみずほ総合研究所作成
2014年9月、OECDが一次報告書4を公表し、その内容については同月に開催されたG20 財務大臣・中
央銀行総裁会議(オーストラリア・ケアンズ)で承認された。今後、2015年9月末までに二次報告書が
公表され、一次報告書で課題とされた論点も含め、2015年末までには、最終報告書が取りまとめられ
る予定である。
本稿では、15の行動のうち、グローバルに事業展開している企業の実務への影響が大きいと想定さ
れている、「行動13:移転価格関連の文書化の再検討(多国籍企業の企業情報の文書化)」について、
みていくこととしたい。
2.多国籍企業の企業情報の文書化
(1)移転価格税制の概要
まず、最初に行動13の前提となる移転価格税制について概説する。
移転価格税制とは、海外の関連企業との間の取引を通じた不適切な所得の海外移転を防止する制度
である。もし、企業が海外の関連企業との取引価格(移転価格)を関連企業ではない第三者との取引
価格(独立企業間価格)と異なる金額に設定すれば、一方の利益を他方に移転することを通じて納税
額を調整することが可能となる。移転価格税制では、移転価格と独立企業間価格が異なる場合、独立
企業間価格で取引が行われたものとみなして所得を計算させることで、適正な課税を行うこととされ
ている。
また、移転価格に関する当局の税務調査の際に提出が求められる書類についても明確化が行われて
おり、企業は、適正な価格で海外子会社との取引を行っているか否かを判断するために書類を準備、
すなわち、
「文書化」しておく必要がある。企業がこれを準備していない場合には、税務当局から「推
定課税」と呼ばれる手法により課税を受けることもあるので、グローバルに事業を展開している企業
にとっては、移転価格の検証過程等についての文書化への対応が非常に重要となる。
OECDは、公正な移転価格税制の適用を目指すために、国際的な指針である「多国籍企業と税務当局
3
のための移転価格算定に関する指針(OECD移転価格ガイドライン)」を策定し、1995年の公表以降、数
次にわたり改訂している。
(2)税務当局と企業間の情報非対称性を解消し、適正な課税を実現することが目的
各国で移転価格税制の整備が進む一方、企業活動のグローバリゼーションの進展に伴い国際取引が
多様化していく中、多国籍企業に対する適正な移転価格課税を実現していくためには、各国の税務当
局が、多国籍企業のグループ内取引の全体像に関する情報等を取得し、当局と企業間の情報の非対称
性を解消することが求められる。移転価格に関する情報の非対称性を解消するためには、企業側がこ
れまで以上に当局に情報提供する必要があるが、企業情報について各国の税務当局がそれぞれ異なる
形式・内容の報告を大量に求めることになると、企業側に過度な法令遵守コストが生じる懸念がある。
こうした背景を踏まえ、行動13では、企業の法令遵守コストを考慮しつつ、税務当局に対する透明
性を高めるための移転価格の文書化に関するルールを策定(OECD移転価格ガイドラインを改訂)する
こととされた。
現在の制度では、図表2のようにA国税務当局は、A社が直接関連する取引しか把握できないが、グル
ープ内取引の全体像に関する情報の把握を可能とする枠組みを整備することにより、A社グループの取
引の全体像を把握し、適正な課税が可能となることが期待されている。
図表 2
企業情報の文書化のイメージ(A 国税務当局による把握)
<A 社による申告>
<取引実態を踏まえた適正な所得>
収入
100
所得100
A国
A社
支払80
サービス
B国
A社
申告所得20
ペーパー
カンパニー
子会社B
適正所得50
支払50
子会社B
(低税率国)
A 国税務当局は
サービス
取引等が把握
C国
できない
支払50
子会社C
(資料)政府税制調査会資料等よりみずほ総合研究所作成
4
(3)マスターファイル・ローカルファイル・国別報告書の 3 つの文書を作成
2014年9月に公表された行動13に関する一次報告書では、移転価格に関する文書化について各国で標
準化された取り扱いが必要とされ、図表3のように、①マスターファイル、②ローカルファイル、③国
別報告書の3つの文書を作成することが勧告された。
「マスターファイル」は、企業グループ全体に共通する基本情報を記載した文書で、多国籍企業グ
ループの親会社が作成し、各国の税務当局が重要な移転価格リスクを検証するために用いられる。
「ロ
ーカルファイル」は、各国に所在する企業が行うグループ関連者(親会社・子会社、支店等)との取
引情報が記載された文書で、親会社・子会社が各々作成し、マスターファイルを補完し、企業が独立
企業間価格で取引を行っていることを説明するために用いられる。マスターファイルは親会社の税務
申告時までに作成(修正)すること、ローカルファイルは現地子会社の税務申告時までに作成(修正)
することがベストプラクティスとされており、各々、各国の法制に沿って、親会社・子会社が属する
国の当局の求めに応じて提供される。
「国別報告書」は、国ごとの所得、経済活動、納税額の配分に関する情報が記載された文書で、ハ
イレベルな移転価格のリスク評価等を行うために用いられる。OECDが制定する共通形式に従って多国
籍企業グループの親会社により作成され、事業年度終了日から1年以内に提出される。
一次報告書では、国別報告書の提出方法等を含む制度の詳細について、引き続き検討されることと
され、2015年2月に別途、「移転価格及び国別報告書の実施ガイダンス」が公表された。ガイダンスで
は、国別報告書について、①対象企業、②企業情報の取扱い、③導入時期等が示されている。
まず、国別報告書の作成対象については、前事業年度の年間連結売上高が7.5億ユーロ(約1,000億
円)以上の多国籍企業に限定された。OECD及びG20は、この基準により、多国籍企業の85~90%が作成
図表 3
マスターファイル
<親会社が作成>
✓グループの組織図
✓事業概要
✓保有する無形資産の情報
✓グループ内金融活動に
関する情報
✓グループ全体の財務状況
と納税状況
企業情報の文書化のイメージ(作成すべき文書)
ローカルファイル
<親・子会社が各々作成>
✓組織図
✓経営戦略
✓主要な競合他社
✓主要な関連者間取引と
取引背景
✓移転価格算定根拠
✓財務諸表
(資料)政府税制調査会
5
国別報告書
<親会社が作成>
✓親会社・子会社所在国ごと
の多国籍企業グループの
下記情報
➣収入・利益・税額・資本金
等の財務情報
➣従業員数
➣有形資産額
➣主要事業 等
義務を免除されることになるものの、提出義務のある企業で税収全体の90%以上はカバーできると
想定している。
次に、当局に報告する企業情報の取扱いについては、提出された書類の機密保護について法的な守
秘義務を設定するという「機密保護(Confidentiality)」
、多国籍企業グループの親会社が共通形式に
より国別報告書を作成し、その居住地国の税務当局に提出するという「整合性(Consistency)」、国別
報告書はハイレベルな移転価格のリスクの確認の用途に限定することに遵守し、報告書の内容に基づ
き税務当局が課税内容を変更することを禁止するという「適正な使用(Appropriate Use)」の3つが条
件として挙げられている。
それに関連して、国別報告書の提出方法については、多国籍企業グループの最上位の親会社が、親
会社居住地国の税務当局に提出することとされ、子会社居住地国の税務当局は、原則として、租税条
約等に基づく自動情報交換規定により、親会社居住地国から情報を入手すべきとされている。なお、
各国税務当局間における国別報告書に関する情報の共有については、租税条約等に基づく自動情報交
換において行われることとなったが、実行するにあたっての重要な要素については、今後、包括的な
パッケージを2015年4月までに検討することとされた。
最後に、導入時期については、2016年1月以降に開始する事業年度から適用することとされ、 例え
ば、3月期決算の企業は、2016年4月1日に適用を開始し、2017年3月末に終了する事業年度の国別報告
書を2018年3月末までに当局に提出することとなる。
3.国内法制化にあたっては、諸外国の動向や企業実務に留意することが必要
BEPSへの対応については、多国籍企業による租税回避行為への対抗及びそれに伴う平等な競争条件
の確保を図るものであり、わが国の民間企業を代表してBEPSの議論に参加している経団連も積極的に
プロジェクトに貢献していく姿勢を示している。しかしながら、一部の多国籍企業による租税回避へ
の対応のためにBEPSと関係のない多くの企業に過度な負担が及ぶことは避ける必要がある。経団連は、
2014年1月に公表された行動13に関する当初提案に対して、「BEPSに無縁な他の多数の企業に過度な追
加的負担を求めることは合理的・生産的ではない」
「目的と手段とのバランスが乖離している」などと
して、示された内容について失望の意を表明した。また、実務負担の増加の観点以外にも、国別報告
書に記載されている情報を入手した税務当局によって形式的な数値情報のみに基づき誤ったリスク評
価がなされ二重課税につながる懸念5や、企業の機密保護の観点から問題が生じる可能性があることに
ついても指摘した。
こうした産業界からの声を踏まえ、前述の報告書やガイダンスでは、マスターファイルや国別報告
書に記載する情報が一部削減されたほか、各国税務当局が国別報告書の情報を課税内容の変更に利用
しない旨や、税務当局間の情報共有方法について租税条約等に基づく自動情報交換で行われることな
どが明示され、一定の配慮が行われたといえる。
一方、OECD/BEPSプロジェクト参加国は、行動13で勧告された内容を国内法制に反映していくこと
6
に合意しているが、それをどこまで厳密に措置するか、又は、運用するかは各国のBEPSに対する取り
組みスタンスによるだろう。
行動13の枠組みを導入した後の各国の運用実態については、OECDによりモニタリングが行われ、2020
年にはその実施状況が報告されることとなっている。行動13をはじめ、BEPS行動計画への対応につい
ては、より多くの国が国際基準に則り、足並みを揃えていくことが最も重要なポイントであるため、
他国における対応等については注視を行うべきである。
OECDが示した導入時期を踏まえると、わが国では、平成28年度税制改正において、国内法への反映
が検討される可能性があるが、国内法制化にあたっては、わが国企業の国際競争力低下につながるこ
とのないよう、諸外国の動向や納税者の実務に十分留意した慎重な検討が求められる。
1
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OECD では、それ以前も租税委員会を中心に、モデル租税条約、移転価格ガイドライン等の国際協調が重要な分野における国
際的に共通の課税ルールを整備するとともに、各国の有する知見や経験の共有化が図られてきた経緯がある。
加盟申請国のコロンビア、ラトビアも含む。現在、正式加盟国は 34 か国にのぼる。
有害税制の判定基準は、金融・サービス活動の所得に対し、無税または低税率で課税され、①~③のいずれかに当てはまる場
合とされている。
①国内市場からの遮断(税の優遇措置の対象を国外からの進出企業に限定、国内市場での取引は不可)
②税の優遇措置の運用における透明性の欠如
③有効な情報交換の欠如
行動 1・15 の報告書及び行動 5 の中間報告書、行動 2・6・8・13 の文書の 7 つのアウトプットが盛り込まれた。
BEPS の議論については、多国籍企業の居住地国と源泉地国、すなわち、先進国と新興国間において、課税権の分配等に対する
考え方が必ずしも一致しているわけではないことが背景にある。
●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに
基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。
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