Pediatr. Cardiol. Card. Surg. 31(1-2): 61;pdf

Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 31(1-2): 61‒63 (2015)
Editorial Comment
先天性心疾患をもつ子どもの疾患理解
仁尾 かおり
千里金蘭大学看護学部
Disease Understanding in Children with Congenital Heart Disease
Kaori Nio
Faculty of Nursing, Senri Kinran University, Osaka, Japan
はじめに
先天性心疾患患者は,思春期・青年期に至っても自分の病気を十分に理解していないことは多くの先行研究で報
告されている 1‒4).先天性心疾患のみならず,成人期に達する小児慢性疾患患者は増加しており,移行期支援にお
いて,患者の疾患理解は重要な鍵となっている.厚生労働科学研究費補助金成育疾患克服次世代育成基盤研究事業
報告書では,患者の自立に向けて,学童期・思春期から成人後を見越した疾病教育を行う必要性,その準備期であ
る 10 代患者のケアの重要性が述べられている 5, 6).本稿では,先天性心疾患をもつ子どもの疾患理解について,
なぜ理解が進まないのか,なぜ理解することが重要なのか,そして,理解を促す支援について,久保論文の取り組
みを交えて述べる.
先天性心疾患をもつ子どもの疾患理解が進まない理由
先天性心疾患患者が,自分の病気について十分に理解できない要因としては,親,医療者,患者それぞれの問題
がある 7‒10).親の問題としては,子どもが理解できるように親が伝えていないこと,親自身が理解することが困難
だと感じていること,医療者が病気について子どもに話すことを親が好んでいないことがあげられる.特に,母親
が子どもへの説明に消極的である場合,子どもは疾患を自分のこととして捉えにくくなることが明らかになってい
る 7).医療者の問題としては,患者に対する病気の説明や情報提供が不足していること,患者の問題としては,自
分は理解できないと思いこみ,親に依存していること等があげられる.
また,先天性という特徴から,物心がついた時から病気と共存して成長する.そのため,
「病気のある生活が普
9‒12)
のように,病気による生活での不都合や制限等に違和感をもたずに育つこと
通の生活」,「病気は自分の特徴」
も,疾患理解を阻害する一因ではないかと推察する.
先天性心疾患をもつ子どもが疾患を理解することの重要性
自分の病気について理解が不足していると,病気を自分自身の問題として実感できないことにつながる 11).ま
た,思春期・青年期になると,予後についての曖昧さ・不確かさがストレスや不安を生み,病気のことを知りたい
が,知るのが怖いと考えるようになり 9, 11),疾患理解が進まない要因として悪循環となることが考えられる.
筆者は,
『病気体験に関連したレジリエンス』研究 13)において,自分の病気を理解することが,病気体験に関連
した困難を乗り越えるために重要であることを示した.
『病気体験に関連したレジリエンス』のアセスメント指標
の一つが「自分の病気を理解できる」であり,下位尺度の『友達や周りの人に病気の説明ができる』,『相手によっ
て内容を変えて自分の病気の説明ができる』
,
『医師が話している内容が分かる』等により構成されている.これ
doi: 10.9794/jspccs.31.61
注記:本稿は,次の論文の Editorial Comment である.
久保瑤子,ほか:小,中学生の先天性心疾患患児の疾患理解̶患児の「年齢」と疾患の「重症度」による疾患理解の比較̶.日
小児循環器会誌 2015; 31: 52‒60
© 2015 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
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は,心臓の欠陥や病名,薬等の知識理解にとどまらず,相手との関係性や重要性を考慮しながら自分の病気につい
て他者に説明したり,専門家である医師と対等に会話できるというレベルが,
「自分の病気が理解できる」である
ことを意味する.
先天性心疾患の学童や青年を対象とした他の研究においても,病気の理解が QOL を高めること 14),適切な情報
を得ることで自責の念を弱めること 7) が報告されていることからも,疾患を理解することが生活の質を向上させ
ることが分かる.
今後の展望と実践への示唆
先天性心疾患患者の疾患理解については,海外での報告は多いが,わが国では詳細は明らかにされていない.疾
患理解の低さは,成人期での社会的自立の低さにつながる問題であるため,久保論文では学童期からの「疾患理解」
に着目し,その特徴を明らかにしている.
久保論文は Adult Congenital Heart Association15) の指標を参考に,客観的に「重症度」を分類し,重症度によ
る疾患理解の比較をしている点で意義がある.
しかし,客観的な視点から判断された重症度は,自己のとらえる健康知覚とは異なるものである.客観的な指標
は子ども自身の主観的な重症度とは一致しない可能性がある.先述したように,先天性という特徴から,客観的に
は重症であっても,自己を重症と認識している患者は少ないという印象をもつ.重症度は,
「解剖学的な欠陥」や
「疾患の種類」のみならず,入院回数,手術回数,通院頻度,学校管理指導区分,体育の制限の程度など,患者の
生活への影響を含めて総合的に判断する必要があると考える.
また,久保論文では,年齢による比較をしている.病名,薬の名称,受診理由,次回の受診日の理解では,年齢
と共に理解している患児が増加している.先に紹介した『病気体験に関連したレジリエンス』研究においても,
「自
分の病気を理解できる」は年齢との相関があった 13).学校や職場等で,自分の病気について説明しなければなら
ない機会や,自分が医師と直接話をする機会が増えることによると考える.言いかえれば,早い発達段階から,自
分の病気を自分で説明すること,自分で医師と話をすることで疾患理解が進むことが期待できる.そのような環境
づくりが重要であると考える.
久保論文では,さらに,小児の認知発達や学校での学習進度に基づいて考察されており,発達段階に応じた指導
を行う際の手がかりとなる.認知発達の段階が具体的操作期の 7 歳∼11 歳までの子どもは,現実の具体的な経験
に基づいて理解できる範囲のものを思考・推理する.したがって,子どもの生活や経験に即して説明することが有
効である.形式的操作期に入る 11 歳以降は,現実の具体的束縛を越えて,思考を進めることができる.自分の身
体の内部で起こっていることを,説明によって正しく理解することができるようになる.検査データと症状,病状
と運動制限や治療を関連づけて説明することが有効である.
最後に,「疾患理解」の構成要素には,久保論文の調査項目に含まれていないもの,例えば,どのような手術を
いつ受けたか,今後どのような治療をするのか等についても重要である.今後,
「疾患理解」の内容を吟味し,こ
の研究が発展していくことを期待したい.
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© 2015 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery