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食育論
発育発達と栄養
香川雅春
[email protected]
この講義から学ぶこと
1. 発育と発達の違いについて理解する
2. 発育パターンと性差について学ぶ
3. 日本人の食事摂取基準の概要について学
ぶ
4. 主要な栄養素が発育・発達に及ぼす影響
を考える
発育と発達
• 発育(Growth):定量化できる体のサイズや重量の
増加
–
–
身長(cm)や体重(㎏)
成熟の状態に達するまでの増大の過程(藤井、2006)
• 発達(Development):質的もしくは量的な観点から、
成熟(より優れた段階)に向かって進歩する過程
– 身体的・精神的機能や能力
– 機能は成人後も増大する可能性がある
• 成長:発育とほぼ同義にしようされるが、ヒトの一
生の時間的な変化を含む広義的な意味合い
– 成人に至るまでを「発育」、成人後は「老化」
• 受精卵が卵割(細胞分
裂)を繰り返すことで発
育が始まる
• 成人は約60兆個の細
胞から成り立っている
発育
– 約46回の細胞分裂(246)
で達成可能
• サイズ(身長・体重)の
増加
• プロポーションの変化
• 体組成の変化
Stratz, 1909, Cited in Bogin
発育に伴う臓器重量の変化
スキャモンの成長曲線に見る機能発達
免疫・リンパ系
脳・神経系
運動・消化器系
など
生殖器系
Scammon, 1930
発育は図で表せる
1. 発育曲線(Distance curve)
– 個人の実測値を縦断的に記録
2. 発育速度曲線(Velocity
curve)
–
–
一定時期の増加量を示す
増加パターンの把握が可能
• The Count Philibert Guéneau du
Montbeillardによる1759年に生
まれた息子の成長記録が最も
古いとされている
• 1777年にBuffonによって出版され
た「博物誌」に掲載
Tanner, Growth at Adolescence, 1955
発育の性差
(cm/ )
身
長
増
加
年
• 身長は最初の1年
が最も増加する
男子
女子
• 身長スパートは女
子で早い
– 初潮の半年~1年前
年齢(歳)
Tanner, Growth at Adolescence, 1955
第二次性徴期の性差
男子
体力スパート
身長スパート
ペニス
男子
睾丸
除脂肪量
女子
脂肪量
陰毛
身長スパート
体脂肪率
初潮
乳房
陰毛
Valdhuis et al. Endocr Rev 2005
Tanner, 1955
女子
ヒトは食物から代謝に必要な成分を
摂取しなくてはならない
代謝に使う目的で外部から摂取する成分栄養素
http://lib3.store.yahoo.co.jp/lib/kamakurayamanatto/m26.jpg
http://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/harikai/cabinet/set/set-b.jpg
http://www.insideyork.co.uk/assets/images/Restaraunts/fishandchips.jpg
http://tabe-aruki.up.seesaa.net/image/A4B4A4CFA4F3.jpg
http://pasadenanow.com/main/wp-content/uploads/2009/04/nutrition.jpg
栄養が身体に及ぼす影響
-五大栄養素-
• 三大栄養素+ビタミン+ミネラル
• 第6の栄養素:食物繊維
• 第7の栄養素(フィトケミカル)
– ポリフェノール
– クロロフィル
– イオウ化合物
– イソチオシアナート(辛味成分)など
「栄養素」と「非栄養素」:ATP産生に関わるかで判断
酵素や受容体の機能を変える可能性
(抗酸化・抗肥満・整腸など)
http://me-ta-bo.com/images/eiyouso-5.gif
母親の栄養摂取も重要
• ヒトの形態が形成されるのは母胎にいる時期
• 母親が適切なエネルギーと栄養を摂取すること
が重要
– 過度なやせによるエネルギーと栄養不足
– 過度なエネルギー摂取による肥満や妊娠中毒症
• 催奇形因子に対する注意が必要
– 生活習慣(タバコやアルコール)
– 化学物質や汚染(水銀やダイオキシン)
– ウィルス(ヘルペス、風疹など。垂直感染も起こる)
– 紫外線や放射能、X-線など
胎内中の奇形リスク
• ビタミンの過剰摂取もしくは欠乏
– ビタミンA過剰やビタミンB2欠乏⇒骨格異常、水頭症、口
蓋裂症など
– 葉酸欠乏⇒二分脊椎症や無脳症
• 脳の発達異常・ホルモン異常⇒性同一性障害
• 遺伝子異常
1. 染色体の分裂異常⇒ダウン症
2. CYP26A1遺伝子(レチノイン酸の調節酵素)⇒人魚症
3. SRY遺伝子異常⇒性分化異常症
4. 幹細胞の分化に関与する遺伝子(ノギン、サーベラ
ス、ソニックヘッジホッグなど)
⇒結合性双生児・カルタゲナー症候群(繊毛欠損・内臓逆
位)・アザラシ肢症・多指症
催奇形因子による奇形
• 予防できるもの
• 出産後に外科的対応が可能
な場合もあれば、後遺症が一
生残るものもある
http://www.news-medical.net/image.axd?picture=spina_bifida-web.jpg
http://www.jsoms.or.jp/public/kouku_geka/img/017_1.jpg
http://eritokyo.jp/independent/nakamuragoro1/image41.jpg
環境省.子どもの健康と環境に関する統計集.2012
妊娠期は母体の変化と胎児の発育を
考慮した栄養摂取が必要
妊娠初期(16週未満)・中期(16~28週)・末期(28
週以降)と3分割して必要量を考慮
• 低エネルギーによる胎児の発育への影響
⇒低出生体重児(2,500g未満)
⇒極低出生体重児(1,500g未満)
⇒超低出生体重児(1,000g未満)
•
(日本産科婦人科学会)
•
非妊娠時にBMI値18.5 kg/m2~25.0 kg/m2の妊
婦が約3 ㎏の単胎生期産児を出産するのに必
要なエネルギーと栄養素
日本人の食事摂取基準
推定平均必要量
推奨量
耐容上限量
目安量
目標量
日本人の食事摂取基準2010年度版
確率の概念を導入
2005年からの所要量→推奨量へと変更
食事摂取基準の基本的な考え
• 最新版は2010年度版(2010-2014使用)
– 現在2015年版について検討中
• エネルギーや栄養素をどれだけ摂取すれば
良いのか
– 欠乏症・摂取不足・過剰による健康障害と生活
習慣病予防への対応
• 個人・集団によって必要な量が違う
– 本当に望ましい摂取量は変動する
• 「食事改善」や「給食管理」を目的とした活用
2015年版についての検討結果
日本人の食事摂取基準(2015年版)の概要
食事摂取基準指標の定義(1)
1. 摂取不足の回避目的の指標
• 推定平均必要量(EAR):特定の集団を対象とし
て推定された必要量から、性別・年齢階級別に日
本人の必要量の平均の推定値
– 集団の50%が必要量を満たすと推定される
• 推奨量(RDA):特定の性別・年齢階級に属する
人の殆ど(97~98%)が1日の必要量を満たすとさ
れる推定値(EAR+2SD)
• 目安量(AI):推定平均必要量・推奨量を算定する
のに十分な科学的根拠が得られていない場合一
定の栄養状態の維持に十分と考えられる量
食事摂取基準指標の定義(2)
2. 過剰摂取による健康障害の回避
• 耐容上限量(UL):特定の集団に属する殆ど全て
の人が健康障害をもたらす危険が無いとみなさ
れる習慣的な摂取量の上限を与える量
3. 生活習慣病の予防
• 目標量(DG):生活習慣病の一次予防のために
現在の日本人が当面の目標とすべき摂取量
– 循環器疾患(高血圧・脂質異常症・脳卒中・心筋梗塞)
とがん(特に胃がん)
– 対象:脂質、コレステロール、炭水化物、食物繊維、ナ
トリウム(食塩)、カリウム
指標と栄養素の優先順位
1. 食事摂取基準指標の優先順位
1)推定平均必要量2)推奨量3)目安量
4)耐容上限量5)目標量
2. 栄養素の優先順位
1)エネルギー2)タンパク質3)脂質
4)五訂増補日本食品標準成分表に
記されている栄養素(V.A、B1、B2、C、カルシウム 鉄)
5)それ以外の栄養素(飽和脂肪酸、食物繊維、食塩、
カリウム)
その他の栄養素で重要と判断される物
妊婦・授乳婦のエネルギー必要量の考慮点
• 妊婦の推定エネルギー必要量(kcal/日)
妊娠前の総エネルギー消費量+妊娠期別のエネ
ルギー付加量
– 胎児の発育に必要なエネルギー量の確保
• 授乳婦の推定エネルギー付加量(kcal/日)
母乳のエネルギー付加量-体重減少分のエネル
ギー量
– 身体活動の減少総消費量自体は妊娠前と
同じ
– 母乳(全期間を通じて780mLとして計算)に含ま
れるエネルギー量~517kcal/日
母親に対する食育
葉酸は日常的に摂取
することが重要
•
•
胎児の神経系の発達は妊娠10
週前後にはできあがっている
妊娠3ヵ月後から葉酸を摂取し
始めても先天異常の予防には
つながらない
日常的に葉酸を摂取することが
重要
• 遺伝子多型を考慮した摂取量
-240μg/日ではなく400μg/日
•
http://f.hatena.ne.jp/images/fotolife/n/nanhime/20070924/20070924095552.jpg https://foodsnews.com/photos/100308-37.jpg
小麦粉に対する添加の国際的な動き
2012年8月現在: 74ヶ国が小麦製品に少なくとも鉄および/もしくは葉酸を添加
することが必須
乳児・小児の発育・発達
• 誕生後は必要なエネルギーと栄養素を母乳(粉ミ
ルク)⇒離乳食⇒固形食と食物の形態と種類を変
えながら満たすことになる
• 不適切な食事量・誤ったタイミングでの離乳食は
乳児の健康に害を及ぼす
• 乳児・小児の推定エネルギー必要量(kcal/日)
総エネルギー消費量+エネルギー蓄積量
– 発育に必要なエネルギー量の確保
母乳のススメ
•
•
WHO(世界保健機関)は生後
半年間の母乳のみの授乳を
推奨している
離乳食と共に生後2年以降の
授乳も問題が無い (WHO,
http://www.who.int/topics/breastfeeding/
en/)
•
•
母乳代用品の販売流通に関
する国際規準(WHO規準・
Code・Baby friendly policies)が
1981年に採択された
Baby friendly hospital initiative
(2012年8月時点:66施設)
http://www.who.int/nutrition/publications/infantfeeding/9241541601/en/
http://www.babble.com/CS/blogs/strollerderby/2009/04/BreastisBestor.jpg
日本人の基礎代謝量
基礎代謝基準値:体重1kg当たりの基礎代謝量(kcal/kg体重/日)
日本人の食事摂取基準(2010年版).2009.厚生労働省
推定エネルギー必要量
• 理想のエネルギー必要量=エネルギー消費量
– 小児・乳児・妊婦・授乳婦では成長や組織増加分のエ
ネルギー(エネルギー蓄積量)や、組織形成に必要な
エネルギーを考慮する必要がある
• 推定エネルギー必要量(Estimated Energy
Requirement: EER)
EER = 基礎代謝量(BMR) x 身体活動レベル(PAL)
= 基礎代謝基準値 x 基礎体重 x 身体活動レベル
PALは5歳まで「普通」のみ、6歳以降は3区分(低い、普通、高い)
たんぱく質・エネルギー欠乏
• 筋肉や抗体、血中
タンパク質合成に
必要
• 同じ栄養失調でも
マラスムス(エネル
ギー欠乏)とクワシ
オルコル(たんぱく
質欠乏)で身体的
特徴が異なる
マラスムス(左)とクワシオルコル(右) Journalist on the Runより
(http://janetnewenham.wordpress.com/2011/10/05/lives-togetherworlds-apart/)
http://janetnewenham.files.wordpress.com/2011/10/recently-updated.jpg
脂質は体に不可欠
• コレステロールなど脂質は体内に不可欠
– リン脂質などの必須脂肪成分やエネルギー源、ホル
モン、ビタミンD前駆体や脂溶性ビタミン源
• DHAは脳の神経細胞膜の主な成分
– 細胞膜の柔軟性(流動性)がUp⇒シナプスでの情報
伝達能力が向上
ビタミンやミネラルの欠乏と発育・発達
• 国際的に欠乏が頻繁に報告されている栄養素
– ビタミンA
– ビタミンD
– カルシウム
– ヨウ素
–鉄
– 亜鉛
身体的発育だけではなく、知能や学習能力に影響
成人後の健康状態・生産能力・生活水準に影響
小学校入学前児童におけるビタミンA欠乏
血中レチノール
からの欠乏頻度
WHO, 2009
推奨量(8-17歳) 男性:500~900μg RAE
女性:500~650μg RAE
カルシウムとビタミンD
• 骨や歯の形成、細胞膜
の維持、血液凝固システ
ム、神経伝達や鼓動の
調整の役割を担っている
• 骨代謝にはビタミンDが
必要(8-17歳:3.5~6μg)
• くる病と関係
Ca推奨量(8-17歳)男性:650~1000 mg
女性:650~800 mg
戦後から学校給食で提供さ
れた脱脂粉乳・カルシウムが
大きな役割を果たしている
http://www007.upp.so-net.ne.jp/asakou/kotsuen.gif
http://services.epnet.com/GetImage.aspx/getImage.aspx?ImageIID=7264
甲状腺機能低下症
• 甲状腺ホルモン分泌量の低下
• 先天的・幼少時の発症⇒クレチン病:代謝や発
育・知能に影響(早期の発見と治療が重要)
• 原因として甲状腺の発達不全や異常
http://w01.tp1.jp/~a110115141/styled-9/styled-149/styled-151/files/016e0460de3b343a6283b1ba519a60cb.jpeg
ヨウ素欠乏は甲状腺ホルモン合成量
低下を引き起こす
•
•
•
•
•
甲状腺腫
世界的に知能発育不全と脳
障害の最大の原因
世界54ヶ国にヨウ素欠乏の6
-12歳の子供がいる
食塩にヨウ素を添加すること
で予防が可能
推奨量(8-17歳):90~140μ g
http://dickinsonn.ism-online.org/files/2010/01/TIkar-lady-with-Goitre-by-superdove-on-flickr1.jpg
鉄欠乏は世界で最も深刻な貧血の原因
• 貧血の約5割が鉄欠乏性
– 鉄の摂取・吸収不足以外⇒出血や寄生虫など
– ビタミンA、B12、葉酸、リボフラビン、銅欠乏も影響
• 推奨量(8-17歳)
– 男性:8~11.5 mg
– 女性:8.5~14 mg
(月経の有無で異なる)
WHO, 2008
亜鉛は発育に関わる役割を持つ
• 主な役割
1. 嗅覚や味覚、摂食調節
2. DNAやRNA合成、糖・脂質・タンパク質代謝
3. 成長ホルモン代謝、男性ホルモン、甲状腺ホル
モン、インスリン、ビタミンD代謝とも関連
⇒発育阻害に繋がる
• 免疫機能低下による下痢、肺炎、マラリアなどの
感染症リスクの増加
• 推奨量(8-17歳):男性:6~10 mg、女性:5~8
mg
亜鉛欠乏と発育阻害
Wessells and Black, PLoS One, 2012
学校給食を通じて1日の3~5割を摂取
33%
15%
12~20%
33%
33%
33%
33%
40%
40%
40%
50%
33%
文部科学省, 学校給食実施基準の一部改正について. 2013
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/1332086.htm
飽食の時代における問題
1. エネルギーの過剰摂取
• 小児肥満・小児メタボ⇒成人期の慢性疾患予備
軍
• 近年は減少傾向だが男子や地方で多い
2. 不適切な食選択
• 野菜不足、ファストフード、固食⇒栄養素摂取不
足および脂質・高カロリー食の過剰摂取
• フードロスに対する認識不足
3. 不適切な食事パターン
• 朝食欠食、深夜の間食