続・欧州のエネルギー環境政策を巡る風景感 -エネルギー連合(その 3)- 2015/03/24 英国で考えるエネルギー環境問題 有馬 純 日本貿易振興機構ロンドン事務所長、経産省地球環境問題特別調査員 前回、2 月 25 日に発表されたエネルギー連合パッケージに関する欧州委員会提案の主な項目を紹介したが、そ の合意は必ずしも容易なものではない。 天然ガス共同購入 パッケージ案では相当なスペースを天然ガスの安全保障について触れられており、トウスク提案の「目玉」で あった天然ガスの共同購入についても触れられている。しかしその表現は “The Commission will assess options for voluntary demand aggregation mechanisms for collective purchasing of gas during a crisis and where Member States are dependent on a single supplier. This would need to be fully compliant with WTO rules and EU competition rules” という慎重な書きぶりになっている。その 1 で述べたように、天然ガ ス共同購入のための主体の設立というトウスク首相の提案には、ドイツをはじめとする西側諸国は懐疑的である。 このため、 「共同購入を行う主体の設立」といった要素は盛り込まず、あくまで「クライシスが生じた場合の自主 的な取り組み」という形にし、しかも「オプションを検討」である。更に「WTO や EU 競争法との整合性を確保 して」という但し書きもついている。トウスク首相は今や EU 大統領であり、このアイデアを全く没にすること はできないので、条件をたくさんつけた上で検討の余地を残したといったところだろう。 域内接続インフラ 統合された域内電力、ガス市場は「欧州エネルギー連合」を実効有らしめるために不可欠である。既に欧州委 員会は域内電力ガス市場の機能強化のため 2013 年に 248 にのぼる共通利害プロジェクト(PCI:Projects of Common Interests)を特定している。欧州委員会はその実現のために今後 10 年間に年間 2000 億ユーロの投 資が必要となると見込んでいる。もちろんこのような巨額の投資を未だユーロ危機に伴う景気低迷から脱してい ない欧州諸国の公的部門で負担することは不可能だ。このため、民間セクターが主体的な役割を果たさねばなら ないが、その呼び水として欧州投資銀行、欧州接続ファシリティ(CEF: Connecting Europe Facility) 、欧州構 造投資基金(ESIF: European Structural Investment Fund)に加え、ユンケル新体制の下で設立が決まってい る欧州戦略投資基金(EFSI: European Fund for Strategic Investment)が資金援助を行うこととされている。 このように必要なハードウェアは特定されており、その建設資金の支援メカニズムも用意されている。しかし 欧州域内市場統合のための重点インフラという議論は 10 年前から行われているにもかかわらず、はかばかしい 進展を見ていない。大きなボトルネックは関係国の政治的意思と周辺住民の理解である。 Copyright © 2015 NPO 法人 国際環境経済研究所. All rights reserved. たとえばスペインの電力網は大陸ヨーロッパの中で「孤立」している。スペインには豊富な風力資源があると いわれているが、それを大きな欧州電力市場の中で吸収するにはピレネー山脈を超えて隣国フランスとの接続を 強化しなければならない。しかし原子力発電が電源構成の中核であるフランスはスペインから風力発電による電 力が流入することを嫌っているといわれており、スペイン、フランス間の電力接続はなかなか強化されていない。 この事例に代表されるように、国境を越えるエネルギー輸送網の建設にあたっては関係国固有の利害が大きく立 ちはだかる。 そもそもうまくいっていないのは国境を越える接続網だけではない。日本でしばしばお手本のように言及され るドイツでは、洋上風力が潤沢に存在する北部と産業が集積する大需要地南部との間の送電網建設が進んでいな い。北部は風が余計に吹いて余った電力を南部に売りたいと思っているが、固定価格購入制度によって太陽光発 電が大量に導入された南部諸州では、北部諸州から電力が流入してくることを歓迎していないという。更に通過 点となる中部諸州は、風力も太陽光発電もあまり立地していないため、固定価格購入制度によるベネフィットを 得られず、送電網だけ作られるのは迷惑だと反対している。同じ国の中ですら、こうした地元の利害が国を横断 する送電網の建設を阻んでいるのである。ましてや国産エネルギー資源賦存量もエネルギーミックスに関する考 え方も異なる欧州各国が利害を調整することは容易なことではない。更に国境を越える送電網を作る場合、その コストをどう分担するのか、グリッドで結ばれた両国市場の規制環境の違いをどうするか等、つめなければなら ない問題は山ほどある。 更に送電網、パイプラインに限らず、エネルギーインフラ全般にわたって欧州で燒結をきわめているのが NIMBY(Not In My Back Yard)である。NGO や住民運動が盛んな欧州では、およそ考えられる全てのエネル ギーインフラに何らかの反対運動が存在する。環境にやさしいといわれる風力発電もその例外ではない。英国で は陸上風力は風光明媚な田舎の景観を壊すとの理由で、与党保守党の中にすら強い忌避感があり、気候変動 NGO とは別種族の鳥類保護 NGO 等が反対にまわるケースも決して珍しくない。国境を越える接続網を作るためには 関係国政府の意思のみならず、周辺住民の理解を得ることも不可欠なのだ。 欧州委員会の権限強化 より根源的な問題は、欧州委員会の権限強化を各国がどこまで認めるのかということだ。通商問題と異なり、 欧州各国のエネルギー政策は元来、各国の選択にゆだねられてきた。90 年代のエネルギー市場改革、2000 年代 の温暖化問題を契機に各種の指令を通じて欧州委員会の権限は徐々に拡大してきたが、それでもエネルギーミッ クスの選択を含め、各国の主権にゆだねられている部分は多い。事実、気候変動交渉では EU 議長国が EU ワンボ イスで発言しているが、IEA 閣僚理事会では EU 各国がそれぞれの立場で発言をしている。 こうした基本的土壌がある中で、欧州エネルギー連合パッケージの中には欧州委員会の権限を強化する提案が そこかしこに含まれている。 例えば欧州委員会は各国がガス供給国との間で締結する政府間協定(IGA)について、締結前に欧州委員会 EU 法との整合性をチェックすることを提案しているが、英国をはじめ、EU の中には IGA が EU 法に優越するとい Copyright © 2015 NPO 法人 国際環境経済研究所. All rights reserved. う考え方を有する加盟国もある。 今回のパッケージの中で注目されるのは各国の TSO を束ねる ENTSO-E/G(European Network of Transmission System Operator for Electricity and Gas)の機能強化と各国の規制当局の協力機関である ACER (Agency for Cooperation of Energy Regulators)の権限の抜本的強化である。欧州ワイドで電力、ガス市場 を統合しようとすれば、至極もっともな方向性である。電力、ガスが国境を越えて自由に流通するためには、各 国の電力、ガス市場をめぐる規制環境、税・課金環境が理想的には同一であることが望ましく、電力、ガス市場 統合の必要条件である国境横断インフラの整備についても各国の利害を超える欧州ワイドの指導力が不可欠だ。 しかし、これは必然的に欧州委員会への権限集中を意味する。ユーロ危機をきっかけとして、欧州統合に向け た European Project への幻滅感が広がってきている。欧州議会選挙で英国独立党(UKIP) 、フランス国民戦線 (Front National)等、反 EU、反ブラッセルをかかげる大衆政党が大幅に議席を拡大したことは記憶に新しい。 関係者の間では「欧州プロジェクトが必ずしも人気がない中で、欧州委員会に権限を集中する提案を実現するに は非常な政治資源を要する」という声もある。私が勤務する英国では、EU 離脱の是非が大きな政治的問題になっ ており、ブラッセルからの権限奪回を主張する声は根強い。デイビー気候変動エネルギー大臣はプロ EU の自由 民主党出身であり、英国の EU 離脱論の主戦場は移民等の人の移動の自由であって、エネルギー分野ではない。 しかしブラッセルの権限を抜本的に強化する動きを英国が受け入れるかどうか予断を許さない。 グリーンロビーからも反発 エネルギー連合パッケージについてはグリーンロビーからの反発もある。彼らは欧州の域内市場統合、省エネ、 脱炭素化等の柱については歓迎しているが、天然ガスをはじめとするエネルギー安全保障の強化の部分について は批判的である。パッケージの中には「国産エネルギー(再生可能エネルギー、在来型・非在来型化石燃料)は 欧州の輸入依存度低下に貢献。シェールガス等の非在来型化石燃料はパブリックアクセプタンスと環境面のイン パクトに適切に対応すれば一つのオプション」という文言が含まれている。トウスク首相はエネルギー連合を提 案した際、 「東欧諸国にとっての石炭はエネルギー安全保障と同義語」と述べ、温室効果ガス削減目標に消極的な ポーランドを悪玉視していたグリーンロビーの感情を更に逆撫でした。上記の表現はもっとマイルドな表現とは いえ、シェールガスを含む国産化石燃料が輸入依存度低下にもたらす効果を認知している。しかし、グリーンロ ビーにとって再生可能エネルギーのみが推進すべき国産エネルギーであり、天然ガスもシェールガスも、まして や石炭の活用は化石燃料依存を長引かせるものとして忌避すべき存在なのだ。このため、欧州緑の党や WWF は 「欧州を世界一の再生可能エネルギーにする等のレトリックを使っているが、エネルギー安全保障の部分では化 石燃料に焦点をあてており、両者が整合していない」と批判している。 注目される今後の議論 これまで述べてきたことはエネルギー連合をめぐる諸論点の一部に過ぎないが、長らく「28 のエネルギーアイ ランドのパッチワーク」といわれてきた欧州エネルギー市場が、ついに統合に向かって大きな動きをはじめるの か、非常に興味深いところである。本稿がアップされるころには、3 月のエネルギー大臣会合での議論が行われ Copyright © 2015 NPO 法人 国際環境経済研究所. All rights reserved. た後であろう。特に欧州委員会への権限集中を、各国がどの程度受け入れるのかが、首脳レベルの議論を占う試 金石になろう。 Copyright © 2015 NPO 法人 国際環境経済研究所. All rights reserved.
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