無色の森(ムショクノモリ);pdf

ら く だ
のち
幼かった頃、私は 駱駝 がキャラメル色で森の階調がこんなにも美しいとは全く知らなかった。後
に判明したのだが、先天性の全色盲だった。代わりに神様は私に絵を描く才能を与えた。
ふくろう
ある晩、お気に入りのブランコで月に照らされた小象を描いていたら、一羽の 梟 がやってきて
せみ
六色のクレヨンを貰った。百年に一度の虹が明朝に架かる事は今年の夏、蝉 から聞いていた。二度
と会う事のない君の方がよほど貴重だったと今になって思ったが、満ちる月を八つ数えた今日がそ
の前夜。鼓動は収穫祭の合図より大きく聴こえ、それがまた緊張を生んだ。
初めて持つクレヨンが汗で溶けてしまわないか心配だった。光を描くには闇を描けばいい、そん
な単純ないつもの夜ではもうない。
夜明け、光のプリズムの完成形はどれ程世界を美しく彩るのだろうか。その光はどれだけ世界を
癒すのだろうか。膨らむ想像の色素の渦に私は果てもなく落ちていった。
かたつむり
つた
翌日、蝸牛 に起こされたのは昼前だった。ガジュマルの 蔦 で編まれたブランコはピタリと静か
に時間を止めていた。その足元の水溜りは鏡となって眩しい青の羽を持つ蝶が二匹踊っていて、ま
るで隠れんぼをしているみたいだった。
ナリ
程なく黒い兎の親子と一緒に昼食を摂った。蘇鉄で編んだ皿に盛られた真紅の 実 と青々としたサ
トウキビに、いつもの様に尖った前歯でかじりつく頃、私の瞳は涙で真赤に腫れていて、兎の子供
は自分と一緒だと言って笑った。
寝ている間、神様の悪戯は何時の間にか私の世界を虹色に変えた。この世界は美しい。瑞々しい
ふくろう
程の色彩と命の連鎖で出来ている。やがて 梟 が忘れていたと一本のクレヨンを持って来た時、陣
痛が始まった。
のこ
明日産まれて来る子供に 遺 す為に私はゆっくりとブランコに腰を下ろし、そして無色だった森を
丁寧に塗り始めた。
ねずみ
守らなければいけないモノがまた一つ増えたと、一匹の 鼠 は真青な空を眺めて静かに微笑んだ。