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REVENGER ∼やり直しが許されるなら、今度こそ ∼
久遠萬姫
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∼
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︻小説タイトル︼
REVENGER ∼やり直しが許されるなら、今度こそ
︻Nコード︼
N3733CK
︻作者名︼
久遠萬姫
︻あらすじ︼
魔力飽和という病を抱えていた所為でぶくぶくと膨らんだ身体を
持ち、根暗な半面夢見る乙女思考だった公爵令嬢。彼女は、死んだ。
そしてまだ幼かった頃の自分に再び蘇った。彼女は誓う、かつて自
分を嘲笑った者達を見返したい。そして今度こそ、平穏な人生を⋮
⋮⋮⋮ところで﹃平穏﹄って何でしたっけ?と首を傾げたくなるお
話。※2015.3.15書き直し・加筆修正した5話分を残し、
残りは一度削除しました。三度目の書き直しになりますが、またス
トーリーが大幅に変わります。
1
1.公爵令嬢はかく語りき︵前書き︶
2015.3.15
設定の見直しを行い、大幅に修正しました。
もう一度読み直していただければ幸いです。
2
1.公爵令嬢はかく語りき
﹁あんたなんて死んでしまえばいいのよ!!﹂
ドンッ
聞こえたのは、耳障りな叫び声。
感じたのは、胸の辺りへの強い衝撃。
見えたのは、顔を醜く歪めた茶髪の女性と新緑を湛えた木々、そ
してその隙間から覗く空。
青い、透き通るような青い空。
ぐらり、と視界が揺れる。
小さな体が後方へ倒れこむように傾ぎ、裸足の足が尖った石の上
を跳ねるように滑り、そして。
︵お、ち、る⋮⋮⋮⋮!︶
突き飛ばされた、と意識するより早く︻彼女︼は華奢な手足をぎ
ゅっと屈め、頭を抱え込むように体を丸めた。
ぐんぐんと勢いをつけて落下する体。
どうにかしなきゃとか、どうしてこうなっただとか、考える前に
体を襲う激しい衝撃。
ドシャッ、と濡れた音がしたのをかろうじて耳で拾ったものの、
それが何の音なのか確かめることすらできない。
打ち付けたのは、右肩。右腕。右足。右側頭部。右耳。
仰向けのまま落ちていたら、恐らく背中と頭を強打して即死だっ
3
ただろうことはなんとなくわかる。
ぐわんぐわんと脳みそをシェイクしたかのような耳鳴りに頭痛、
それをどうにか堪えてぎゅっと瞑っていた目を開けると、視界いっ
ぱいに広がったのはぬるりとした焦げ茶色の何か。
︵ど⋮⋮ろ?⋮⋮ああ、そっか。ぬかるみに落ちたんだ⋮⋮︶
直前まで雨が降っていたのか、地面はぬかるんでいた。
ごつごつした岩の上などに落ちていたら助からなかったかもしれ
ないが、体を縮めて体勢を変えたことで落下の軌道がずれてくれた
のかもしれない。
助かった、と大きく息をつこうとして、ずきりと痛む胸に顔を顰
める。
庇ったつもりだったが、それでも体のあちこちを痛めてしまった
らしい。
︵あぁ⋮⋮結局、こうなっちゃう運命だったってわけか⋮⋮痛いな
ぁ︶
泥が入ってじくじくと痛む目をゆっくりと閉じると、思い浮かぶ
のは﹃最期﹄に見た光景。
﹃ごめんなさいね、悪く思わないでちょうだい?﹄
豪奢な金の髪を靡かせ、邪気のないあでやかな笑みを浮かべる紫
の瞳の女性。
純白のドレスに身を包んだ彼女のおなかは緩やかに膨らみをおび
4
ており、陶磁器のような細く長い指が愛しげにそこを撫でる。
﹃この子は、︻聖女︼と︻聖騎士︼の間に生まれる聖なる御子⋮⋮
その前に︻穢れ︼は消さなければならないの。ですから、エリカ様
?﹄
申し訳ありませんが、消えてくださいな。
死の宣告をするその声はどこまでも澄んでいて、顔も無邪気その
もの。
エリカ様、と呼ばれた︻彼女︼は何を思ったかその手をすっと目
の前の女性に向かって伸ばし⋮⋮⋮⋮そして突如胸から生えたモノ
の衝撃に、ぐふっとおおよそ淑女らしからぬ呻き声をもらした。
長い前髪の隙間から、ゆっくりと視線を下へと向ける。
と、そこには銀色にキラキラと輝く刀身が。
次に視線を上へ、そして背後へ。
ぶっくりと膨らんだ首の所為ではっきりと後ろを見ることは叶わ
なかったが、それでも彼女にはわかってしまった。
﹃テオ、ドール⋮⋮﹄
﹃呼び捨てないでくれ。忌々しい︻忌み子︼の分際で﹄
﹃⋮⋮そん、な⋮⋮うそ、﹄
幼い頃から、公爵令嬢である自分の傍付きをしてくれていた少年、
テオドール。
全体的にもっさりとした彼女とは正反対に、常に紳士的で動きも
機敏、先手先手を読んで行動するその姿は美形好きでなくても憧れ
を抱くだろう完璧ぶり。
彼女は、彼を手放さなかった。彼も、彼女の傍を離れなかった。
5
公爵令嬢だというのに冴えない印象が拭えない彼女を、彼はそれ
でも一歩下がって支えてくれていたのに。
全てが、嘘だった。彼は、︻聖女︼を選んだ。
︵選んだ?違う⋮⋮彼は最初から、ずっと、彼女しか見てなかった
⋮⋮︶
どうして気付けなかったのだろう。彼のそのラベンダー色の瞳が、
自分を映していないことに。
どうしてわからなかったのだろう。先に休むと告げたその口で、
目の前の女性へ愛を囁いていたことに。
世界は、彼女に優しくなかった。
家族以外で唯一の味方だと思っていたテオドールには裏切られ、
そして今﹃貴方に捧げます﹄と偽りの誓いを立てたその剣で、胸を
貫かれて。
ゆっくりと、剣が引き抜かれる。
ぽっかりと空いた左胸から勢い良く空に向かって噴き出したのは、
真紅の血液などではなく⋮⋮そのでっぷりと太った身体をめまぐる
しく駆け回って出口を求めていた、膨大な量の魔力。
魔力を放出するにしたがって、ぶくぶくと膨らんだ彼女の身体は
ぱんぱんに膨れ上がった風船がしぼむように、細く、小さく萎んで
いく。
漸く解き放たれた魔力は空に駆け上り、風に乗り、雲を呼び寄せ、
やがてそれは稲妻となって地上に落ちてくる。
ハッと目を見開いたのは、彼女か、それとも︻彼女︼か。
その後どうなったのか、知る術はもうない。
6
︵そうだ、私⋮⋮死んだはず、なのに。テオドールに殺されたはず、
だったのに︶
思い出すのは、死ねばいいと彼女を突き落としたメイドの引きつ
った顔。
当主の娘を殺したからといって、その当主の目が彼女に向くこと
などないはずなのに。
邪魔なんだと、ただそれだけの理由で公爵令嬢を散歩に連れ出し、
そして崖から突き落として殺す、なんて。
︵あのメイドは、お父様のことを愛してた。愛しすぎてしまったの
よ︶
彼女は、﹃知って﹄いた。
幼い彼女を崖から突き落としたメイドは、雇い主である公爵に歪
んだ愛情を向けていたということを。
下級貴族の娘であったメイドは、若くして妻を亡くした主を慕っ
ていた。それはもう、狂おしいくらいに。娘にまで、嫉妬するほど
に。
魔力を上手く放出できず、父や兄の手を煩わせなければ風船のよ
うにぶくぶく肥え太ってしまう。
そんな彼女を、口さがない使用人達は﹃公爵家の恥さらし﹄と呼
んでいる。
そしてただでさえ甘やかされ大事に守られてきた彼女が、このメ
イドの起こした殺人未遂事件をきっかけに益々過保護に守られ、同
年代の傍付きや護衛までつけられるようになるのは、このすぐ後の
こと。
7
その傍付きとしてやってきたのが、伯爵家三男であるテオドール。
子供ながらに綺麗な顔立ちをした天使のようなその少年に一目で
心を奪われた彼女は、彼を傍付きとして信頼し、片時も傍から放さ
なくなってしまう。
それが、彼の策略とも気付かぬまま。仮初の幸せにどっぷりと浸
かって。
彼女は、殺された。胸を貫かれたあの感触は夢だと言うには生々
しすぎるし、体内に居座り続けた魔力が外に放出された光景もはっ
きり見ている。
魔力が風に乗り、稲妻を呼んだことで、﹃ああ、私の魔力属性は
風と光だったのね﹄と気付いたくらいだ。
ではアレが夢ではなかったとして、何故また子供時代の追体験を
しているのか。
どうして、ぼんやりと見える手が小さいのか。
どうして、崖から落ちたその足は小さく丸っこかったのか。
どうして、夢ならばどうして、涙が出るほどに全身が痛くて痛く
て仕方がないのか。
︵これは⋮⋮夢、じゃないの?現実だとしたら、どうして私はまた
子供になってるの?︶
﹃転生﹄⋮⋮部屋にこもって物語を読むことだけが娯楽だったあの
頃、大好きだった異世界の物語がある。その中に出てきた﹃転生﹄
という言葉が脳裏にひらめく。
﹃転生﹄とは、生まれ変わること。かつての生とは、違う生を生き
ること。
8
その物語の中では、主人公はかつて異世界で生きてきた過去の記
憶を持ったまま、子供として生まれ変わっていた。そしてその知識
をもとに、今度こそ失敗しない人生を送ろうと努力していた。
彼女も転生したのだとしたら、別人になっていてしかるべきだが
⋮⋮どうやらそうではないらしい。
生まれ変わったのは、過去の自分自身。そう考えないとつじつま
が合わないのだ。
︵生まれ変わった。もう一度やり直せる。だったら⋮⋮⋮⋮こんな
とこで、助けを待ってなんていられない!︶
以前は、この泥の中で身動きひとつ取れずにただ助けを待ってい
ただけだった。
娘がいないことに気付いた父公爵が捜索の手をこの森に向けてく
るのは、早くても翌日の朝。
今はまだ日が高い。その頃まで待っていたら、彼女の身体は冷え
切って凍傷を負ってしまうだろう。
傷も、きっと膿んでしまう。
今もまだ、まざまざと思い返せるその痛みや不快感に、彼女は眉
を顰めた。
幸い、強く打ったのは右側だ。まだ左手、そして左足はかろうじ
て動かせる、はずだ。
まずは普通によいしょと立ち上がろうとして、全身に走る鋭い痛
みに彼女はまた泥へと倒れこむ。
今度はべたりとうつぶせになり、左側だけでぬかるんだ泥をかき
分けるようにしながら、ぺたり、ずるり、ぺたり、ずるりと這って
いく。
左手を前に伸ばし左足で泥を蹴り、動かない右半身を引きずるよ
9
うにずるずると前へ這う。
目指すは、歩けばほんの数歩のところにある平べったい大きな岩。
その上には日が差し込んでいる。ならば冷えた身体を少しでも温
めることができるかもしれない、そう考えたからだ。
もう一歩、あと少しで岩に手が届く。そう思って伸ばした手を霞
む視界の中で見た彼女は、愕然とした。
いつの間にか、ちょっとふっくら程度だったその手がぶっくりと
醜く膨れ上がっていたのだ。
︵そういえば、お父様に魔力を調整していただいたのは⋮⋮朝、だ
ったわ︶
今は既に日が傾き始めている。
彼女の魔力内包量はとてつもなく多いため、コントロールできず
体内をぐるぐると彷徨う魔力は凄まじい勢いでその小さな身体を出
口を探して駆け巡り、身体全体をぶくぶくと膨れさせてしまう。
急がなければ、と彼女は必死で泥を掻いた。
そんな彼女を嘲笑うかのように、左手がぶっくりと膨れ、次いで
左足が膨れ、引きずる身体がどっしりと重くなり、膨れ上がった瞼
の所為で前もよく見えなくなってしまう。
それでも彼女は諦めない。
伸ばした手が空回りしても、踏ん張った足がべちゃりと泥を跳ね
上げても、全く先に進めなくなってしまっても、泥の中でただばち
ゃばちゃと手足をばたつかせているだけになっても。
﹁あ、きらめる、もの、です、か⋮⋮っ﹂
10
﹃ふぅむ、でかい蛆虫が這っておるのかと思えば⋮⋮なんとこれは。
いやはや、これはこれは面白い﹄
伸ばした手の先にあった岩の上。どうにか視線を上げれば、霞む
視界に映るのは白いズボンを履いた二本の足。
次いで、髪。キラキラと後光を背負って眩い金色に輝く、長い長
い髪。
そして顔。人間離れした美貌と言う表現こそが相応しい、だが明
らかに男性だとわかる顔立ち。
岩の上にしゃがみ込んだ男が、長い髪が地面につくことなど構わ
ずに、彼女をおかしそうに見下ろしている。
アレ
﹃そなた、ただの人にしては魂の形が変わっておるな。⋮⋮なるほ
ど、一度死して時を越えて戻って来たというわけか。神の気まぐれ
にも困ったものよ。だが、ならばこのようなところで早々に死にた
くはなかろうな?﹄
どうしたものか、と男は楽しそうに考え込むフリをしながらくつ
くつと喉を鳴らす。
このとき既に意識が遠のきかけていた彼女であっても、男が﹃た
だの人﹄でないことだけはどうにか理解できている。
︵死神、というやつかしら⋮⋮?それとも、もっと性質の悪いもの
?︶
生きていたい、ここで死にたくない。
かつての自分を最期まで愛し守ってくれた家族には精一杯の恩返
しを。
そして、かつての自分を裏切り、踏みにじり、命を奪ってくれた
11
者達には、ささやかなる復讐を。
何よりも、今度は後悔しない人生を。
ぎゅっと握り締めた拳に気付いたのか、男は心底愉快だと笑い声
を上げながら
﹃よかろう、そなたに我の加護を授ける。精々、我を楽しませてお
くれ﹄
左手首を指先でひと撫でして、消えた。
12
2.その男、稀なる者につき︵前書き︶
2015.3.15
後半部分、多少修正が入ってます。
13
2.その男、稀なる者につき
精霊たちが妙に騒がしい。
精霊という種族は、大きく分けて火・水・風・地・光・闇の六種
であると言われている。
彼らは基本的に気まぐれで、﹃人﹄を好んで力を貸す者もいれば、
逆に﹃人﹄を避けて暮らす者もいる。
﹃人﹄を好む者の中には、その持てる魔力と引き換えに強い術を行
使するための媒介になったり、余程その﹃人﹄を気に入った場合は
その精霊が傍にいなくとも強い術を使える︻加護︼を与える者まで
いるという。
だがその︻加護︼を与える基準は決まっていない。また、その︻
加護︼の殆どは生まれてすぐに与えられるものであり、後天的に授
かることは稀⋮⋮それほど例がないことだと言われている。
王都より少し離れた西に領地を持つ公爵家、ローゼンリヒト。そ
の一人息子であるラスティネルは精霊の力を借りることはできなく
ても、その姿を捉え声を聞くことができる稀有な能力者だ。
彼は治癒属性という特殊な属性を有しており、治癒の腕前は10
歳にして専門の治癒術師を唸らせるほどである。そんな彼の使う術
を、精霊たちが遠巻きにしながら⋮⋮だが興味津々という様子で伺
う、というのがいつもの光景であるらしい。
だがこの日は、周囲に集まってくる精霊たちの様子がどうもおか
しかった。
ある者は落ち着きなく周囲を飛び回り、ある者は﹃キケン、タイ
14
ヘン﹄と甲高い声で叫び。その警告がどうやら5歳違いの妹、エリ
カの異変を告げるものであることに気付いた彼は、まず真っ先に妹
の部屋へと駆け込んだ。
が、そこには空になったベッドがあるだけで、妹はおろか世話役
のメイドの姿もない。
これはおかしいと感じた彼は、邸を出てすぐ隣にある領主の城へ
と向かい、そのまま父の執務室まで駆け上がった。
﹁どうかなさいましたか、坊ちゃま﹂
﹁父上はおられるか?﹂
﹁旦那様でしたら、ただいま執務中でございます。お取次ぎいたし
ますので少々お待ちいただけますか?﹂
﹁ああ、急いで頼む﹂
﹁かしこまりました﹂
一礼して執務室に入っていく古参の執事を見るとはなしに見送っ
て、ラスティネルは苛立たしげにさらさらな銀髪を乱暴にかき上げ
る。
フェルディナンド・ローゼンリヒトは彼の父親であり、この地の
領主を務めている。彼は火の魔術に適正があり、精霊を認識するこ
とはできないが上級魔術まで使うことができる。こうして領地に腰
を落ち着ける前は王都で騎士団を率いていたという実績もあり、魔
術と剣術を両立させて戦うことで当時は王国髄一との声もあったほ
どの実力者だ。
﹁ラスティネル、入りなさい。話を聞こう﹂
ゆるくウェーブのかかった銀灰色の髪に、息子と同じ赤褐色の双
眸。垂れた目尻が優しそうな印象を抱かせるが、息子であるラステ
15
ィネルは知っていた。彼が、見た目ほど優しくも穏やかでもないと
いうことを。
﹁エリカが部屋にいません﹂
﹁なんだって?⋮⋮世話役はどうした﹂
﹁そのメイドもいませんでした。他の使用人に聞いても誰も見かけ
ていないそうで⋮⋮ただ、精霊達がしきりに森の方を気にしている
ようなので、調査に出向きたいのですが﹂
﹁お前が結界を張ったあの森か⋮⋮わかった、私も行こう。エリカ
がいるかもしれない﹂
既に邸外に用意されてあった馬を駆り、数人の従者を連れて森の
入り口まで向かう。そこで馬を下り、彼らは足早に森の中へと入っ
ていった。
﹃ハヤク、ハヤク﹄
﹃キケン、キケン。イソイデ、イソイデ﹄
﹃アノコ、シンジャウ﹄
﹁エリカが!?﹂
﹁どうした、ラス。エリカに何かあったのか?﹂
﹁いえ⋮⋮ただ、危険な状況にあるのは確かなようです。急ぎまし
ょう!﹂
﹁わかった﹂
先導するように少し先を飛び回る精霊達は、しきりに危険を訴え
ている。エリカが危険だ、死ぬかもしれない、と。
16
︵エリカ⋮⋮一体何があったんだ。どうか無事で、無事でいて!︶
唇を噛み締めながら先を急ぐラスティネルの顔色は蒼白、後に続
くフェルディナンドも悲愴な顔つきのまま黙々とただ足を動かして
いる。
何があったと推理する以前に、彼らの頭を占めるのはまだ幼い子
供の姿。ベッドからおりる時間の方が圧倒的に少ない、体内の膨大
な魔力に押しつぶされそうになっている、小さな少女。
生きていてくれればそれでいい、とラスティネルは祈る。
何故護りきれなかったんだ、とフェルディナンドは悔やむ。
そうしてたどり着いた崖の下
大きな岩の上にぐったりと身を投げ出すエリカを見て、彼らは言
葉を失った。
﹁で、もう一度聞くが⋮⋮このお嬢ちゃんは、崖の下に倒れてたん
だな?ぐったりとして、息遣いも浅くて、今にも死にそうな顔つき
だった、で間違いないな?﹂
﹁くどい。第一、いつもなら荒れ狂うように身体に現れるこの子の
魔力の塊が、全く見当たらないんだ。魔力が持ち主の身体から放た
れるのは、魔術を使う時以外は死に瀕した時だけだろう。違うか?﹂
﹁そう、か⋮⋮いや、お前の言ってることは間違ってはないんだが
⋮⋮﹂
ふむ、と顎の下に指をあてながら、かつてフェルディナンドと共
17
に騎士団で働いていたマティアス・フレミングは、たった今診察し
終えたばかりの小さな患者の体をじっと見下ろした。
彼は、魔術医師である。
魔術医師とはその名の通り、魔力を患者の体に通すことで体内の
状態をスキャンし、異常がないか調べることができる特殊な職業だ。
魔力は通常体内を循環しており、もしどこかに異常があればそこに
膿となって蟠ってしまう。それを取り除き、魔力の流れをスムーズ
にした上でその後は怪我や病気を治す治癒術師に引き継ぐ、という
ところまでが魔術医師の役割だ。
エリカの場合、魔力が正常に循環しない所為でところどころにす
ぐ膿ができてしまい、この小さな身体をぶくぶくと膨らませる原因
となっていた。
普段は魔術師でもあるフェルディナンドが魔力の流れを調整して
いるが、原因となる膿を取り除けるのはマティアスだけだというこ
ともあり、定期的に往診に来てもらっている。
﹁どうした、マティアス。エリカがどうかしたのか?﹂
﹁どう、ってな⋮⋮⋮⋮まどろっこしいから率直に言うぞ。今のお
嬢ちゃんの魔力の流れはほぼ正常だ。多少ちっこい膿は残ってるが、
治療を妨げるようなもんじゃない。今までで一番いい状態だと言っ
てもいい。正直、これまでお嬢ちゃんの治療にあたってきた俺自身、
まだ信じられないんだが﹂
ただな、とマティアスは一旦言葉を切ってから、エリカの左手首
をそっと手に取った。
全く肉のついていない、今にも折れそうな手首。彼女本来の、病
的な細さのそれ。
18
その内側には、鳥が羽を広げたような不思議な痣が刻まれている。
﹁っ!!⋮⋮⋮⋮ああ⋮⋮神よ﹂
彼は生まれて初めて、神に感謝した。
その痣は紛れもなく、精霊の⋮⋮しかも最高位の精霊の加護を受
けた証だったから。
︻加護︼は、後天的に得られることは殆どない。だが稀に、精霊の
気まぐれと偶然が重なって、こうして加護を得られることもあると
いう。
何者か⋮⋮恐らく世話役のメイドによって害されかけたエリカは、
運よく泥地に落ちたもののその命を散らす寸前だった。そんな彼女
に加護を与えた精霊の力によって、天に召されかけていた少女は命
を繋いだ。
いつもは昼過ぎになるともう魔力太りで動けない状態にまでなっ
てしまう彼女が、今もこうして本来の彼女の姿のまま魔力を安定さ
せていられるのは、加護の印から精霊の力を分け与えられているか
らだろう。
﹁なぁフェル、感動的なとこ悪いんだが﹂
﹁悪いと思うなら空気を読め﹂
﹁だからあえて読んでねぇんだっつの。そのお嬢ちゃんの世話役、
探さなくていいのか?﹂
娘の手を握り締めて涙を滲ませていたフェルディナンドは、この
一言にぴくりと肩を震わせた。同時に、部屋の空気がひやりと冷気
を帯びる。
19
﹁⋮⋮⋮⋮探す?私が、わざわざ?どうして?﹂
﹁あ、あれー?お前確か火の魔力適正があるんだよな?なんで部屋
が氷点下になってんのかな⋮⋮﹂
﹁お前が余計なことに首を突っ込むからだろうな﹂
冷ややかにそう告げ、フェルディナンドはふぅっと息をつく。
﹁既に駐在所には連絡を入れてある。今頃は捕縛か、もしくは死体
の回収をした上で、その罪にふさわしい罰を与えていることだろう
さ﹂
︵駐在所って、フェルを慕ってついてきたエリートばっかじゃねぇ
かよ︶
ただでさえフェルディナンドの人気は高い。そんな彼の愛娘を害
したとあっては、騎士達も己のプライドと忠誠心にかけて加害者を
許しはしないだろう。
相手は平民だ、一族郎党の罪を問うことまではしないはずだが、
それでも何らかのペナルティは課せられて当然だ。
普段は冷静沈着、穏やかで公正な領主だと慕われているフェルデ
ィナンド。だがその反面、敵対する者には容赦なく牙を剥く冷酷な
一面もあるのだと、マティアスはぶるりと震えながら
︵こいつが敵じゃなくて良かったぜ︶
と、心からそう思った。
20
3.幼虫が羽化するように︵前書き︶
2015.3.15
全体的に手を加えました。
21
3.幼虫が羽化するように
﹃そなた、気付いてはおらぬだろうが精霊に好かれておるぞ。精霊
は属性によって魔力の好みを変えるが⋮⋮だからこそ、複数の属性
に執着される者は希少と言えよう。特に強いのが光⋮⋮そして水と
風。ふむ、火も従っておるな。相反する属性であるのに、珍しいこ
とだ。ほんに、そなたは面白い﹄
我は精霊王。精霊達の王である。そなたに我の加護を授けよう。
姿の見えぬ﹃男﹄⋮⋮精霊王と名乗るその者の声が遠くに聞こえ
たのを最後に、エリカは意識を失った。
︵不思議⋮⋮いつもより身体が軽いし、ちゃんと目も開けられるな
んて︶
意識が戻って最初に思ったのがこれだ。
この﹃エリカ・ローゼンリヒト﹄という少女は、魔力飽和ですぐ
ぶくぶくと膨れ上がってしまう体質であったこともあってとてつも
ない人見知りで、性格は内向的⋮⋮というよりはっきり言って暗い。
毎日メイド数人によって気合を入れて手入れされて艶々のはずの
銀髪はどこかもっさりしていて、前髪も顔を隠すほどに長いので表
情がわかりにくい。寝ている時はころんと丸まり、起きていても猫
背。起き上がることができても肩身が狭そうに廊下の端を歩くだけ、
という公爵令嬢としては規格外の鬱々としたネガティブガールであ
る。
要は、自分に自信がなかったのだ。
22
父も兄も、そしてエリカを産んで早々に亡くなった母も、麗しい
だの美しいだのという賛美を受けて当然の顔立ちをしているのだか
ら、末娘であるエリカもまたその遺伝子を受けついているはずなの
に。
魔力飽和⋮⋮この忌々しい体質の所為で鏡と向き合うこともでき
ず、他人に会う時もぷっくりと膨れ上がった姿であったため常に俯
きがちで、ついには性格そのものまで後ろ向きになってしまった。
そんな彼女の鬱々とした態度、そして物語ばかりを読んで現実逃
避している所為で妙に夢見がちになってしまった性格を、テオドー
ルにつけこまれてしまった。
彼のことを、理想の王子様だと思い込んでしまったがために、一
度目の悲劇は起きてしまったのだ。
︵もう、同じことは繰り返さない。私のことを笑った人達を見返し
てやるんだから︶
彼女は、変わろうと決めた。⋮⋮動機は不純でも、やる気だけは
溢れている。
彼女はまず、ベッド脇の呼び鈴をチリンと鳴らした。
入ってきたのは、新しい部屋付きが決まるまでの間臨時で世話を
してくれることになった、メイド長ナターシャ。
彼女はこの邸に勤める古参のメイドであり、父の信頼が最も厚い
執事長セバスチャンの妻である。
かつての生では、幾度となく声を荒げてエリカの態度を諌めてく
れた。テオドールの手を取って浮かれていた時も、最後の最後まで
﹃あの方はお嬢様には相応しくありません﹄と苦言を呈してくれた、
厳しくも心優しい女性だ。
23
ごめんなさいね、貴方の言うとおりだったわ。そう心の中だけで
深く詫びておいて、エリカは顔を上げた。真っ直ぐに、﹃命令﹄を
待っているメイド長を見つめる。
﹁ねぇ、ナターシャ。髪を整えたいの。一番上手に髪を切れる人を
遣してくれない?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
夫である執事長と共に長年この邸に仕えてきたメイド長は、生ま
れ変わったかのような令嬢のぎこちない微笑みに言葉を失い⋮⋮だ
が瞬時に思考を切り替えて﹁かしこまりました。ただいま手配いた
します﹂と深々と一礼した。
その目の端に光るものが浮かんでいたことに、エリカは気付かな
い。
﹁あの、お嬢様⋮⋮本当に、切ってもよろしいのですか?﹂
﹁ええ。リラのいいようにしてちょうだい﹂
﹁と、仰られましても⋮⋮⋮⋮﹂
ナターシャの指名で呼ばれた手先の器用なメイドは、遠慮がちに
びくびくしながらハサミを握った。
若干5歳であるこのローゼンリヒト家のご令嬢は、深刻な病にか
かっているため人嫌いである。故に、お嬢様の部屋には近づくな、
噂もするな、どこかで見かけても声をかけるな、視線を向けるな、
と厳しく言い含められていたため、突然その渦中の人の部屋に呼び
つけられてどうしたものやら、と軽くパニックに陥っているらしい。
他でもないその教育を施した当人であるナターシャは小さくため
24
息をつき、﹁落ち着きなさい﹂とそのメイドの肩をぽんと軽く叩く
と、まずは鏡をよく見るようにと姿勢を正させた。
鏡に映っているのは、どこか戸惑った表情をしたメイド自身とそ
の後ろで肩を支えるメイド長。そして。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮?﹂
不安げな表情で、だがしっかり前を向いて座っている﹃最高の素
材﹄
磨かなくても光るが、磨けば磨くほど最高級の輝きを放つように
なるだろう、埋もれかけた逸材。
ごくり、とリラの喉が鳴る。
﹁あ、あの⋮⋮リラ?﹂
﹁お嬢様、ほんっとーに、私のいいようにしてよろしいのですね?﹂
﹁え、⋮⋮ええ。貴方の腕が邸で一番だと、ナターシャが言ってい
たもの。そうよね?﹂
﹁ええ、勿論でございますとも。さ、リラ。思うようにやってごら
んなさい﹂
﹁⋮⋮では、遠慮なく﹂
﹃やってごらんなさい﹄が﹃やっておしまいなさい﹄に聞こえた気
がしたが、もうどうにでもなれとエリカは観念して静かに瞼を下ろ
した。
﹃まぁ、ローゼンリヒト公爵とそのご子息ですわ。銀灰の髪に赤味
がかった褐色の瞳⋮⋮あぁ、なんて麗しいのかしら﹄
﹃後添いはいらないとはっきり仰っているようですけれど、勿体無
25
いことですわね。ご子息にも母君は必要でしょうに﹄
﹃ねぇご存知?公爵が後添えを拒絶されておられる理由⋮⋮公爵に
横恋慕したメイドがご令嬢を殺めかけたからですって。でもこう言
ってはなんですけど、あのご令嬢では無理もありませんわ。ねぇ?﹄
﹃⋮⋮ええ、そうですわ。あれでは貰い手がつかないでしょうし⋮
⋮公爵もご子息もお可哀想に﹄
︵やめて!そんなの、私が一番良くわかってる!だからやめて!も
うやめて!︶
﹁お嬢様、終わりましたよ﹂
両肩に手を置かれてようやく、エリカは自分が浅い眠りの中にい
たことを知った。
俯いた姿勢のままゆっくりと目を開けると、睫毛に引っかかって
いたらしい涙がぽろりと一粒零れ落ちる。
﹁まぁまぁ、怖い夢でもご覧になったのですか?﹂
︵ゆ、め⋮⋮⋮⋮いいえ、違うわ。あれは、本当にあったことなの
よナターシャ︶
かつての生でも、エリカは父に心酔していたメイドによって殺さ
れかけた。
そのことで彼女を溺愛していた父は怒り狂い、それ以降自分を含
めた家族の周囲に置く人間には殊更厳しくあたるようになっていっ
た。
後添えがいらないと公言したことについても、公にはエリカの受
けた傷を明かすことなく、ただ前妻以外の妻はいらないと宣言した
26
だけだったのだが、それでも社交界というところはどこから噂が舞
い込むかわからない。
社交界デビューの年齢になった彼女を待ち受けていたのは、父公
爵や兄に憧れる数多の女性達による嫌味の洗礼だった。
今冷静になって思い返せば、そうして嫌味をぶつけられている彼
女の隣で、エスコートしていたテオドールは平然とした顔で彼女を
気遣うことすらなかったように思う。
もし彼に思いやる心があるのなら、バルコニーへ連れ出すなりダ
ンスに誘うなりして彼女を気を逸らせたり、そうでなくとも優しい
言葉のひとつかけてくれるものではないだろうか。
︵結局彼は、最初から私を騙すつもりだったってことね。私、本当
に見る目がなかったわ︶
神の気まぐれか、死神の悪戯か。エリカは再び生をやり直す機会
を得た。
理由はわからない、だが彼女にはそれよりも大事なことがある。
促されて、顔を上げる。
そこには、何十何百何千という魔力の塊が浮き出てぶくぶくと膨
れ上がった醜い娘はもういない。
父譲りの銀の髪を腰の辺りまで垂らし、サイドは鎖骨の辺りまで
で切り揃えられてくるりと内巻きにカールしており、前髪もふわり
と眉を隠す程度の長さに揃えられている。
驚いたように鏡を見つめるその瞳は、肖像画で見た母と同じアク
アブルー。
これまではぼってりとした瞼の所為で半分以上埋もれていた睫毛
27
は長く、くるんと上向きにカールしているため瞳全体がぱっちりと
大きく見える。
社交界で美形親子だと評判の父や兄にも劣らない⋮⋮社交界の百
合と称された母の繊細な美貌をそのままに受け継いだ、正真正銘の
美幼女がそこにいた。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮だれ、これ﹂
﹁誰って、お嬢様ですよ!私もまさか、ここまで変わるなんて思い
ませんでしたわ!嬉しい思い違いです﹂
﹁⋮⋮⋮⋮はぁ﹂
まだ信じられない、そう言いたげに戸惑った表情のまま鏡を見続
けるエリカに、背後にたったメイド二人は微笑ましそうにただ笑う
だけだった。
そんなこんなで美幼女に変身⋮⋮もとい、本来の彼女自身の姿に
戻ったエリカ・ローゼンリヒト嬢︵5歳︶は、その姿を見せびらか
したいとわきわきするリラ、そして母の実家から同行してきたとい
うナターシャの温かい眼差しに後押しされ、久しぶりに自分の足で
部屋を出た。
向かったのは、書庫。
以前の彼女は殆ど引きこもっていたため物語を読んで現実逃避す
ることくらいしかできなかったが、今の彼女は違う。
むしろ夢物語よりも現実的な⋮⋮己の魔力のコントロール方法な
どを学ぶべく、魔術について書かれた本を探しに来たのだが、この
途上でもすれ違う使用人達に目を剥いて驚かれ、ナターシャにやん
わり諭されてぎくしゃくと挨拶を返すものの、あまりの美幼女ぶり
に頬を染める者もあれば、かつての奥方レティシアを知る者は涙ぐ
28
み、それはもうたどり着くまでが大変だった。
やっとたどり着いた書庫では、父公爵の代理として邸内を仕切っ
ている執事長のセバスチャンが室内にいたのだが、彼もまた他の使
用人同様にまず驚きで目を剥き、次いで妻のナターシャに問いかけ
るような視線を向けて頷き返されると、おもむろにその場に膝をつ
いた。
﹁どのような本をお求めでしょうか?このセバスにお教えください、
すぐに探して参ります﹂
これには、エリカの方が驚かされてしまった。
使用人の中でも最も偉い立場にある﹃執事長﹄は、主である公爵
とその邸に仕えている。
そんな彼が自らの愛称を口にし、暗にそう呼んでも構わないとい
う素振りを見せた。
それは、跡取り息子であるラスティネルと同様に、エリカのこと
もまた﹃主に連なる者﹄として認めた、という意味に他ならない。
これは、エリカの外見が前の奥方そっくりだったとか、一見する
と病が癒えて元々の美しさを取り戻したからだとか、そういったこ
とが原因ではないだろう。
純粋に、彼女が凛と前を向こうとしているから⋮⋮その心意気が
彼女の外見、そして付き添っているナターシャを通じてわかったか
らこそ敬意を示した、そういうことなのだ。
そんな劇的ビフォーアフターを遂げたエリカを見て、父や兄まで
あんぐりと口をあけて唖然とするまで、あと少し。
29
30
4.拾い物はトラブルメーカー︵前書き︶
2015.3.15
編集しつつ数話繋げました。
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4.拾い物はトラブルメーカー
﹁おかえりなさいませ。お父様、お兄様﹂
﹁⋮⋮⋮⋮え、⋮⋮エリカ?本当に?﹂
﹁⋮⋮これは驚いた⋮⋮まるでレティシアが子供の姿になって戻っ
てきてくれたのかと⋮⋮うぅっ﹂
﹁旦那様、お気を確かに!あの方はエリカお嬢様でございます﹂
エリカは今、仕事帰りの父とその見習いとして早くも仕事を学び
始めている兄をエントランスで出迎えていた。
﹃きっと旦那様もご子息様も驚かれますよ。そして、大いに喜んで
くださるでしょう﹄
セバスの言葉通り、兄であるラスティネルは絶句したまま動きを
止めてしまい、父は亡き奥方に生き写しだと泣き出してしまう始末。
困り果てておろおろと視線を彷徨わせるエリカを、まだ涙目のフ
ェルディナンドが屈みこんで抱きしめ、また嗚咽を漏らし始めたの
だから堪らない。
﹁お、お父様⋮⋮あの、私﹂
﹁エリカ⋮⋮あぁ、私のエリカ⋮⋮お前になんと重い枷を背負わせ
てしまったのかと、私はずっと悔やんで⋮⋮だがお前は乗り越えた
のだね。良かった、本当に。お前が部屋の外に出てきてくれる、そ
れだけで私は⋮⋮うぅっ﹂
﹁お父様、しっかり!﹂
縋りつく勢いでぎゅうぎゅうと抱きしめてくる父をどうしたらい
32
いかわからず、必死で宥めながらも視線を兄に向けると、ラスティ
ネルはぽかんと呆けた顔を慌てて引き締めて駆け寄ってきた。
﹁エリカ、正直僕もびっくりしてるんだ。だって昨日まで、君は部
屋を出ようとはしなかったから。どんなに声をかけても、一緒にご
飯を食べてはくれなかっただろう?父上も僕もね、こうして部屋の
外に君がいてくれることが嬉しいんだ。⋮⋮勿論、病が落ち着いた
ことも嬉しいけど、ね﹂
抱きついて泣きじゃくる父がいるため、兄は仕方なく妹の銀髪を
撫でるに留める。
本音では父を引き剥がしてでも妹を愛でたかったが、これまで散
々エリカの病に、そしてその歪みつつある性格に心を痛めていた父
を見てきたため、今は仕方ないかと諦めて。
﹁お父様、しばらく特別庭園に通いたいのですが⋮⋮構いませんか
?﹂
領内いちの繁華街より少し離れた場所にある特別庭園の中には、
大きな噴水や人や動物の形に刈り込まれた植え込み、甘い香りのす
る花々が咲き誇る温室や馬車も通れる並木道まであり、ぐるりと一
周するだけでもそれなりの時間を要する。
勿論疲れた時のためのベンチや東屋もところどころに設置されて
いるため、エリカは5歳になるまでずっと引きこもっていた身体を
慣らすために、そこで散歩したいのだと父に相談をもちかけた。
﹁いいだろう。ただし、夜になる前には帰っておいで。それと、行
33
き帰りには馬車を出すよ、いいね?﹂
﹁はい。ありがとうございます、お父様﹂
膝をついて優しく娘を抱きしめるフェルディナンド、それに戸惑
いながらもおずおずと抱き返すエリカの姿を見て、正式にエリカ付
きに任命されたリラは微笑ましそうに瞳を細めた。
その日から毎日、エリカとリラ、そして少し離れてついてくる護
衛数人で特別庭園へと通った。
一日で全部を回るのはさすがに無理があったため、いくつかのブ
ロックにわけて休憩を挟みながら庭園内を散策する。
ただその最後に、エリカが必ず寄る場所があった。
﹁もうじき、サクラも終わりね⋮⋮﹂
﹃ラーシェ﹄と呼ばれるこの世界の隣には、ぴったりとくっつくよ
うにしてもうひとつの世界﹃チキュウ﹄があるのだと、そう言い伝
えられている。
そして時折、神の気まぐれかその﹃チキュウ﹄からこの﹃ラーシ
ェ﹄への一方通行という形で、異世界人がこちらへ落ちてくるのだ、
ということも。
この木は﹃サクラ﹄といい、偶々落ちてくる前に苗木を手にして
いた﹃落ち人﹄が伝えたとされる、異世界の植物である。
春になるとピンク色の花を咲かせるこのサクラは、今ではこの領
内の庭園以外でも世界のあちこちで見ることができる。それは、そ
の異世界人⋮⋮﹃落ち人﹄が、戻れないならばせめて、と自分と一
緒にやってきたサクラの栽培・繁殖に力を注いだ結果である。
エリカは、このサクラが好きだった。
34
そしてその傍にあるベンチに腰掛け、オレンジから赤、赤から紫
に染まっていく空をぼんやり眺めるのが、ここ数日の日課となって
いる。
﹁お嬢様、今日はそろそろ﹂
﹁もうちょっとだけ。ほら、サクラがまるでお父様の瞳のように赤
く⋮⋮染まっ、て⋮⋮!?﹂
﹁あ、お嬢様っ!?走られては危のうございます!!﹂
突如顔を険しくしてガタンと立ち上がったエリカは、何かに取り
つかれたようにサクラの木に向かって駆け出した。数秒遅れてリラ
もその後を追う。
ハラハラと儚げに散り急ぐサクラ、その根元に倒れ伏す小さな身
体。
気絶するようにくったりと四肢を投げ出しているその子供は、ち
ょうどエリカと同じくらいの年頃の少女だった。
あまり見ない薄紅色の髪をした、同じ色を持つサクラの木の下に
突如現れた少女。
︵あなたは⋮⋮一体、誰?︶
反射的に助ける形になってしまった子供を見下ろし、エリカは困
ったようにため息をついた。
﹁ご令嬢、俺は今休暇中なんだが﹂
35
むっとした表情を隠すことなく、呼ばれるままに駆けつけた自称
里帰り中のマティアス医師は、腕を組んだ姿勢でエリカを見下ろし
た。
視線の端に映るのは、この小さな﹃ご令嬢﹄が特別庭園で保護し
てきたという、薄紅色の髪をした少女の姿。今はまだ昏々と眠り続
けており、目を覚ます気配すらない。
﹁申し訳ありません。マティアス先生が大事な大事な奥様をご実家
にお連れになられているのは存じ上げておりますが、なにしろ人命
がかかっているかもしれませんので⋮⋮診察さえしていただければ、
即刻お帰りいただいて構いませんのでどうぞお願いいたします﹂
﹁⋮⋮⋮⋮フェルに似てきたって言われないか?﹂
﹁あら、わたくしにとっては褒め言葉ですわ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮いい性格してやがる﹂
畜生、と吐き捨てるように呟いて、彼は仕方なく患者に歩み寄っ
た。
ベッドにぐったりと横たわる少女の上に手をかざし、魔力の流れ
を感じ取ろうと己の魔力を注ぎ込んでみる、が。
﹁⋮⋮⋮⋮ん?﹂
反応がない。
どれだけ己の魔力を注ぎ込もうとも、跳ね返ってくるはずの魔力
の気配が体中のどこにも感じられないのだ。生まれつき魔力を持っ
ている子供であれば、どんなに少ない魔力量であっても反応はある。
もし魔力を持たずに生まれたのであれば反応がないのも頷けるが、
それでも注ぎ込んですぐなら注ぎ込まれた分だけの魔力が感じ取れ
るはずだ。
それが、全く感じられない。まるで穴の開いた容器に水を延々と
36
注ぎ込んでいるかのように、注いだ先からするりと抜けていってし
まっている感じがする。
︵どういうことだ?魔力が体から抜けていくなんて症例⋮⋮これま
でに⋮⋮ん、待てよ?︶
﹁ご令嬢、ひとつ聞くが。このお嬢ちゃんはもしかして﹃落ち人﹄
か?﹂
﹃落ち人﹄とは、この世界と隣り合っている異世界からの来訪者の
ことである。
道はいつ開くかわからず、しかもあちらからこちらへの一方通行。
故に﹃落ち︵てきた︶人﹄と呼ばれる。
彼らは魔力を持たず、そのかわりに特殊な能力だったり豊富な専
門知識だったりを持ち、その多くが国に手厚く保護されて生をまっ
とうしたのだと言われている。ただし圧倒数が少なく記録もまた少
ないため、どういう条件の者が﹃落ち人﹄なのか判断する基準は今
のところない。マティアスがそうじゃないかと疑ったのも、この魔
力を受け付けない体質を実際に診たからだ。
静かな問いかけに、エリカは迷いながらも﹁おそらく﹂と頷く。
﹁本来ならすぐにでも王宮に連絡をしなくてはいけないんでしょう
が⋮⋮﹃落ち人﹄が落ちてきた当初は、精神が不安定になると聞き
ました。しばらくは⋮⋮せめて彼女が気持ちを落ち着かせるまでは、
連絡を待っていただけませんか?﹂
﹁俺に言われても困る。俺は医者だ、患者のことを外に漏らす気は
ない﹂
﹁⋮⋮ありがとうございます﹂
37
それはつまり、王宮に連絡するのはローゼンリヒト家からやれ、
ということだ。
慌てて帰っていったマティアスを窓から見送って、エリカは改め
て不思議な少女の傍に座り込んだ。
薄紅色の髪はショートボブにまとめられ、ふっくらとした頬やつ
やつやの唇、長い睫毛に形のいい眉、そのどれもが絶妙なバランス
で配置された顔はエリカとは系統の違う美幼女と呼んでもいいだろ
う。
︵まだ私と同じくらいなのに、家族と引き離されるなんて⋮⋮目が
覚めたら泣くかしら︶
眉根を寄せて首を傾げたところで、不意に何の前触れもなく少女
の目が開いた。
瞼の下に隠れていたのは、一対の鮮やかなチェリーレッド。
﹁あ⋮⋮れ?あたし、どうして⋮⋮確か、病院にいたはずなのに。
病院から出られるなんて⋮⋮﹂
︵病院?︶
なんのことかしら、エリカがきょとんとしている間にも、少女は
がばりと体を起こして周囲をきょろきょろ見回し⋮⋮本来なら真っ
先に視界に入るだろうエリカのことは華麗にスルーして、ぶつぶつ
と呟き始めた。
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﹁ここ、お金持ちのお邸みたいね。じゃあ死んで天国ってわけでも
なさそうだし、どういうこと?それに声もなんだかおかしいし。あ
!手もちっちゃい⋮⋮ってことはこれって転生!?ちょっと憧れて
たのよねー。転生チートで最初っからなんでもできて、天才なんて
騒がれちゃって。イケメン達に次々と求愛されてさー。きゃっ、や
っぱりあたしはヒロインなんだわ!神様に愛されてるのよ!うふっ。
前は失敗しちゃったけど、今度はちゃんと逆ハー狙っちゃうんだか
ら!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
︵あー、えっと、こういうのもパニック症状っていうのかしら⋮⋮
?︶
﹃ここは何処なの、あなた誰なの﹄と泣き喚かれることを予測して
いたエリカとしては、少女のこの反応は完全に予想外の斜め上をい
っていた。
わかることといえば、彼女がどうやら﹃自分に恵まれた世界﹄だ
と勘違いしているらしい、ということ。
ならばそれを早々に正してやらなければ。
夢見がちだったかつての自分に少しだぶらせたエリカは、表情を
引き締めてゆっくりしっかり言葉を発した。
﹁いい加減我に返って﹃こちら側﹄へ戻ってきていただけませんか
?サクラ色の髪をしたお嬢さん﹂
静かに、呆れを多分に含ませて呼びかけられた声に、少女のチェ
リーレッドの瞳がぎょっとしたようにエリカに⋮⋮ようやく、己を
保護してくれた相手に向けられた。
﹁っ!!あなた誰っ!?ここは一体どこなのっ!?﹂
39
40
5.強制フラグ発生!?︵前書き︶
2015.3.15
後半大幅に加筆しました。
41
5.強制フラグ発生!?
﹁ここは、あなたがいた世界と隣接している﹃ラーシェ﹄という世
界です。所謂異世界とでも言えばわかりますか?剣と魔術、そして
あなた方の世界から伝えられたほんの僅かの科学技術が混在する世
界です。こちらには時々、あちらの世界﹃チキュウ﹄から一方的に
人が落ちてくることがあり、そのものずばり﹃落ち人﹄と呼ばれて
います。あなたも突然現れましたので、まず間違いないでしょう。
ここまでで何か質問は?﹂
﹁え、っと⋮⋮⋮⋮あたし、転生したんじゃ⋮⋮?﹂
そこですか、とつっこみたかったがエリカは辛抱強くグッと堪え
る。
﹁記録でしか確認は取れませんが、落ち人の年齢が逆行していたと
いう例はこれまでにもあるようです。違う世界に来た所為で体が異
変を起こしにくくするように、ということではないかと仮説が立て
られていますので、恐らくそんなところでしょう。あとは、幼い姿
の方が周囲に受け入れられやすいという可能性もありますが。他に
は?﹂
﹁なぁんだ、チートの代償じゃなかったんだ⋮⋮あ、それじゃ魔法
って誰でも使えるの?﹂
﹁﹃魔法﹄はこの世界にはありませんわ?﹂
﹁え?だってさっき﹂
﹁﹃魔法﹄はありませんが、﹃魔術﹄はあります。きちんと段階を
踏んで、術の構成なんかを念頭において使うのが魔術です﹂
﹁えー﹂
いかにも﹃めんどくさい﹄と言いたげな声でそう言い、ぷくりと
42
頬を膨らませる少女。
その姿は傍から見れば確かに可愛らしいが、本性の片鱗を見せら
れた側からすると可愛いというよりあざといようにしか思えない。
﹁それじゃあさー、ほら、落ち人って珍しいんでしょ?だったら特
別な才能とかあって、王子様とかが迎えに来てくれたりとかしない
もの?異世界からきた女性を妻に!とかって、きゃー!でもでも、
護衛についてくれてる騎士さまに横恋慕されちゃったりとか!ねっ、
ねっ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮確かに、落ち人は特殊な能力を持っている例が多く、王
宮で手厚く保護されたと記録にも残ってはいますが⋮⋮﹂
﹁やっぱり!だったら早くその王宮とやらに連れて行きなさいよ!
あーん、待ってて王子様!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
︵それより、いい加減気付いてくれないものかしら⋮⋮︶
遠まわしに説明を続けるべきか、それともすぱっと切り出すべき
か。少し迷ってから、エリカはため息交じりに、本当に残念だと言
いたげな口調でぽつりとこぼした。
﹁別にあなただけが特別、ということではないんですよ?﹂
思ったより冷ややかな声音になっていたらしく、身悶えていた少
女の動きがぴたりと止まる。そしてきょとんと見つめ返してくる瞳
を見返し、エリカはできるだけ酷薄に見えるような笑みを口元に浮
かべた。
﹁落ち人の存在は確かに貴重ですし、特殊能力を買われて王宮で保
43
護されることも事実です。まぁ保護と言いましても、事実上はその
能力目当ての飼い殺し⋮⋮とも言い換えられますが。彼ら⋮⋮王族
のみならず、この世界の人間にとって落ち人とは珍獣と同じ。護衛
はつきますが、身の安全を確保するというよりは、むしろ逆ですね。
檻に入れられる代わりに見張りがつくというだけです。そんな中で
万が一にも愛が生まれないとまでは言いません。麗しい王子様や逞
しい騎士様に愛を乞われることもあるかもしれません。ただ、ひと
つだけ。ここはあなたのための世界ではありません。落ち人には優
しい、ただそういう条件がつけられただけの、普通の世界なんです﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ここへ来てようやく、少女が黙り込んだ。
泣き出しそうな、癇癪を起こす寸前のような、そんな表情で。
﹁それに⋮⋮先ほどの言葉を聞いていて思ったのですが。あなたの
いた世界も、あなたのための世界ではなかったのでしょう?﹂
﹁な、⋮⋮に、いって⋮⋮﹂
﹁﹃前は失敗しちゃって﹄﹃出られるなんて﹄わからない﹃病院﹄
に入れられたのでしょう?それはつまり、あなたのために都合よく
回る世界ではなかった、ということでは?﹂
﹁そんっ、そんな、こと﹂
﹁記録では、稀に貴方と同じようなことを言う落ち人がいたそうで
す。自分は選ばれたんだ、特別なんだ、そう主張して⋮⋮最期には
絶望してこの世を去って行った、そんな人が何人も。ですからあえ
て言わせていただきます。貴方が特別だというわけではないのです。
それがわかった上で王族や騎士様達と恋愛がしたいと仰るのでした
ら、どうぞご自由に﹂
少女の心をずたずたに切り裂いている、という自覚はあった。希
望も、夢も、粉々に砕いている、という自覚もある。酷いことを、
44
と自分でもそう思う。
だが現実を見なくては、先には進めない。この少女が口にしてい
たように、自分を世界の中心だと驕った結果が﹃病院入り﹄だった
のなら尚更。
また同じ過ちを繰り返さないように、鬼畜な所業だとわかってい
ても現実を直視させなくてはならない。
俯いた少女は、泣いているだろうか。絶望しただろうか。
傍から見れば非常に恵まれた環境にあるエリカが、あそこまで言
うべきではなかったのかもしれない。そんな後悔にかられ、言い過
ぎましたと詫びようとしたその時
﹁⋮⋮によ。なによなによなによなによなによっ!!だったらなん
だ言うのっ!?あたしはただ、愛されたかった!それだけなの!誰
かに愛して欲しかった!無条件に守って欲しかった!﹃幸せに暮ら
しました﹄で終わりたかった!なのに誰もっ!誰もあたしのことな
んか見てくれなくて⋮⋮シナリオ通りにならなくてっ。どうしたら
いいのよ?なんであたし、ここに落ちてきたの?なにしたらいいの
?ねぇ、教えてよぉ⋮⋮⋮⋮あたし、どうしたらいいのよぉ⋮⋮っ、
うわああああああああああんっ!!﹂
とうとう、彼女は泣き出した。これまでの鬱憤やこれからの不安
を全部洗い流すように。
大粒の涙がぼろぼろと頬を伝って落ちる。ぐすぐすと鼻をすすり
あげながら、邸中に響くほどの大声を上げて。彼女はただ、ひたす
らに泣き続けた。
どうしたものかなぁ、と天井を仰いだエリカは、せめてもの足し
にとハンカチを差し出した。
45
が、一瞬視線を向けてきた少女はハンカチを通り越し、自分と同
じくらい⋮⋮それよりもまだ細く華奢なエリカの体にタックルする
ように抱きついてくる。
背もたれがあったお陰で床にダイブすることは避けられたが、勢
いあまって後頭部を椅子の背にぶつけてしまい、痛みに顔をしかめ
ながら背中をさすってやるという困った状況になってしまった。
︵寂しかったのね。⋮⋮気持ちはわかるけど⋮⋮⋮⋮頭、痛いわ︶
瘤が出来てたらナターシャが怒るわよね、と考えてしまうあたり、
まだ冷静なエリカだった。
﹁エリカ、今日は傍付き候補達が何人か顔を出すからね。集まった
ら広間に呼ぶから、支度をして待っておいで﹂
﹁傍付き!強制フラグキタコレ!﹂
﹁お願いだから黙っていてちょうだい、ユリア。後で話を聞いてあ
げるから﹂
﹁⋮⋮はぁい﹂
しぶしぶ、といった様子で後ろに下がる薄紅色の髪をした少女、
ユリアを横目でちらりと確認してからエリカは小さく息をついた。
あの日、異世界から落ちてきた不思議な少女。名を﹃シジョウ・
ユリア﹄と名乗った。
彼女は、エリカにわかる範囲で一生懸命自分の身の上を語ってく
れた。
46
自分は、とある作り物⋮⋮彼女は﹃結末がたくさん用意された恋
物語﹄だと説明したが、その物語の世界の主人公であり、かつて読
者であった頃の記憶を使って登場人物全員に愛されようと考えてい
た。
だがその試みはあえなく失敗、﹃ばっどえんど﹄というもので最
後は心の病にかかった者が入る病院に入れられてしまったのだとい
う。
そんな彼女が突然5歳の頃の自分に戻り、そして異世界へと落ち
てきた。
そのことで、今度こそと興奮してしまい我を忘れてしまったのだ
と。
同情の余地はあった。少なくとも、やり直し人生を生きているエ
リカにとっては。
だから彼女も、出来る範囲で自分のかつての失敗と、そしてやり
直しの人生を歩んでいるのだと告げて、二人は友人関係となった。
決まりごとだからと王宮に出向いたユリアを待っていたのは麗し
い王子様だけでなく、この国のために是非力を貸して欲しいと懇願
する国王や重鎮達。
少し前の彼女なら浮かれて有頂天になっていただろう誘いを彼女
はやんわりと受け止め、そして魔術が使えないならせめて剣術を習
いたいのだという理由で、ムキムキの脳筋である騎士団長の一人の
養子となることを決めた。
そしてある程度の実力をつけた頃、行儀見習いをしたいと言い出
して逆指名したのがローゼンリヒト公爵家であったことには、家族
も指名を受けた公爵やエリカでさえも驚きはしなかった。
そうなるだろう、と誰もがそう思っていたからだ。
47
そうして﹃シジョウ・ユリア﹄改め﹃ユリア・マクラーレン﹄と
なった8歳の少女は、ローゼンリヒト公爵家ご令嬢である同じく8
歳のエリカ・ローゼンリヒト嬢の傍付き兼護衛として、公爵家に滞
在している、というのが現在の状況である。
﹁んー、でもちょっと意外だったかなー。あたしがいることで死亡
フラグ折れたと思ってたのに﹂
エリカの部屋で向き合って座りながら、不満げに足をぶらぶらと
させるユリア。
彼女はエリカの境遇を聞いたことですっかり同情し、﹁あたしが
傍付きになれば、そいつと会わなくて済むよね!﹂と意気込んで養
子入りした先で厳しい修行に励んだのだという。
だが無情にも、フェルディナンドから傍付き候補を選ぶのだと聞
かされ、フラグが折れなかった、これは強制フラグだったんだ、な
どとぶつぶつ呟いている。
﹁後は、エリカが他の子を選ぶとか、そいつがヤだとかって拒否る
ことだけど⋮⋮ねぇ、そのテオドールってやつ、どんだけハイスペ
ックなんだっけ?﹂
﹁はいすぺっく?⋮⋮ああ、どれだけ才能があるかってことね?そ
うねぇ⋮⋮﹂
テオドール・ヴァイスという男︵現段階では少年︶は、天使の如
きと称えられた美貌を持ち、子供ながらに周囲を魅了してやまない
不思議な魅力を備えていた。
性格も温和で社交的、頭の回転も速く特に水の魔術に長けた彼は、
魔術を学ぶために入った国立の学園で文句なしの首席となり、熱心
48
にスカウトされて魔術師団へと入団する。
しかもそこそこ歴史の古い伯爵家の三男とあって、年頃の女性の
みならず年配からお子様まで相当に人気の高かった、お婿さんにし
たい男性ナンバーワンという人物である。
﹁確かお父様同士が古くからの知り合いで⋮⋮まぁとにかく、数人
集められた中ではほぼ彼に決まったようなもの、ってことね﹂
﹁なにそれ!それって出来レースってことじゃない!﹂
﹁できれーす?﹂
﹁最初からその人だって決まってるのに、選考会とかやるってこと
!⋮⋮もう、そんなんじゃ断れないってこと?﹂
﹁⋮⋮どうかしら﹂
もし本当にそうなら、あのフェルディナンドがあえて﹃集まって
もらう﹄なんて考えるだろうか?
彼はエリカやラスティネルのことを本当に慈しんでくれている。
だからこそ、娘や息子のためにならないことは決してしないし、も
し知人からの紹介でとごり押しされた場合はそれを打ち明けた上で
相談を持ちかけてくれるに違いない。
目を閉じると、優しく笑いかけてくれた顔、そして冷ややかに嫌
悪感を湛えて見下す顔が浮かんでくる。
︵もうあんな想いは嫌。また会って、彼を好きにならないなんて保
証はないけど︶
だが、憧れていた気持ちは木っ端微塵に吹き飛んだ。彼が最初か
らエリカを見ようともしていなかったことにも気付いた。ならば。
やり直せるかもしれない。今度こそ。
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﹁⋮⋮⋮⋮やってみるわ。だからお願い、ユリア。何も言わずに傍
にいて﹂
﹁あったりまえじゃない。あたしたち、お友達でしょ?﹂
ニッと笑った顔は彼女の望んでいた﹃ヒロイン﹄の顔ではなかっ
たけれど、それでも文句なく可愛いわと無意識に呟いたエリカの言
葉に、ユリアは真っ赤になっておろおろとうろたえた。
50
5.強制フラグ発生!?︵後書き︶
ここまでで書き直し分は終わりです。
今後は不定期更新で続けていきます。
51
6.フラグを折りましょう
︵大丈夫、大丈夫よ。落ち着いて⋮⋮ユリアだっていてくれるんだ
もの。だから大丈夫︶
かつての生に、﹃シジョウ・ユリア﹄という少女はいなかった。
否、存在はしていたかもしれないが、何しろ筋金入りのネガティ
ブ引きこもり令嬢だったエリカのこと、社交界に飛び交う噂話はも
とより使用人達が囁き合う茶飲み話ですら、彼女の耳には入ってこ
なかった。
もしかすると、領内の特別庭園でそんな名前の落ち人が保護され
ていたかもしれない。
もしかすると、そのまま王宮へと連れて行かれた彼女は、この世
界を自分のための世界だと勘違いしたまま、いいように利用されて
生を終えていたかもしれない。
だが今、﹃シジョウ・ユリア﹄改め﹃ユリア・マクラーレン﹄は
エリカの傍付きとしてここにいる。
正直、彼女を手放しで信用することはまだ出来ていない。
しかし、かつてテオドールへの憧れを募らせていた頃のエリカを
何度も諌めてくれたナターシャは、ユリアに対しては何も言わない
し警戒もしていない。
そんなナターシャまで疑うことは、ひいてはその夫であるセバス
も疑うということ。そしてそのセバスを信頼している父フェルディ
ナンドをも疑うということに繋がる。
︵疑ってばかりじゃ、味方はできない。これで全員に裏切られてた
時は⋮⋮うん、その時はその時よ︶
52
ただの開き直りだと言われても、今のエリカはそうやって多少無
理をしてでも前を向く必要があった。
もう二度と、テオドールにつけこまれないように。
ユリアの言う﹃死亡ふらぐ﹄を叩き折るために。
エリカが応接間に入ると、それまで父を囲んで談笑していた者達
が一斉に視線を向けてきた。
反射的にびくりと身体が飛び上がりそうになったが、背後から付
き従ってくれたユリアがそっと肩を叩いてくれたこと、そしてその
輪の中から足早に抜け出したフェルディナンドが背を支えるように
隣についてくれたことで、どうにか体裁を保つことができた。
﹁紹介しよう、娘のエリカだ。生まれついての難病の所為でこれま
で外に出ることがなかったのだが、この度奇跡的に快癒してね。こ
れから社交界や学園入学などで外に出る機会も増えるだろう。そう
なった時、護衛と学友を兼ねた者が傍にいてくれたら、と思ってね﹂
とここでフェルディナンドは一度言葉を切り、ユリアに視線を向
けて前へ出るようにと促す。
﹁彼女はユリア・マクラーレン。家名を聞いてわかった方もいるか
と思うが、赤騎士団長セドリック・マクラーレンのご令嬢だ。まだ
幼いが彼女の実力は父である騎士団長も認めるほどだという。⋮⋮
と、このように優秀な傍付きが既に一人ついているのだが、何しろ
一人で全てを背負うのは荷が重すぎる。そこで、できれば魔術の才
能という方向性で有能なご子息・ご令嬢にうちの娘の傍付きになっ
てもらえないか、と声をかけたわけだ﹂
53
︵お父様、奇襲攻撃成功ですわ。さすがです︶
エリカの紹介でやんわりと﹃護衛と学友を﹄と期待を持たせてお
いて、次いでユリアを紹介することで一気に合格の壁の高さを示す。
赤騎士団と言えば、赤・青・白・緑・黒と五つ存在する騎士団の
うち、魔物討伐や反乱鎮圧など常に前線に立って戦うことの多い、
つまり最も実力を重視される団である。
その団長といえば、実力主義を掲げるこの国の象徴と言ってもい
いほどの人物で、実力さえあれば部下の身分や過去の罪状などは問
わないと豪語する御仁だ。
身内とはいえ、そんな男に実力を認められたまだ8歳の少女⋮⋮
暗にその彼女と実力が拮抗するほどの才能を、と求められた親達は
さすがに揃って顔を青ざめさせた。
対する子供達の方は大人の会話に興味津々の者もいれば、我関せ
ずという顔でぼんやりと外を見ている者まで反応は様々だ。
彼ら、彼女達こそ﹃高い才能を﹄と求められた張本人なのだが、
ぐるりと顔を見回してみても親達のようにあからさまに顔色を変え
ている者はいない。
エリカは、室内全体を見渡すフリをしながら、テオドールの方を
見た。
艶やかな黒髪に、理知的な光を宿すラヴェンダー色の双眸。
きゅっと引き結ばれた唇はサクラ色で、まだ10歳になったばか
りだというのに、人間離れしたという表現が相応しいその美貌は、
どこか色香まで感じさせるほどだ。
かつての生で、﹃エリカ・ローゼンリヒト﹄が一目惚れし執着し
たそのままの姿で、彼は今そこにいる。
公爵令嬢の傍付きとして選ばれるために。
54
意図せずじっと見つめていたのがわかったのか、彼の視線がエリ
カを捉えて少し驚いたように見張られ⋮⋮⋮⋮一瞬の後、にこりと
微笑まれる。
﹁⋮⋮⋮⋮!﹂
かつて彼女は、この微笑みで﹃落ちた﹄
天使のようだとぼうっとなり、気が付いたら彼を選ぶと父に告げ
ていた。
だが今の彼女は﹃かつての彼女﹄とは違う。
反射的に視線をそらしそうになった彼女はしかし、体の前で握り
しめた両手にぎゅっと力を入れ、不自然にならないように会釈を返
した。
︵大丈夫。もう何も感じないわ。⋮⋮貴方の思惑には乗らないんだ
から︶
不思議なほど、心は動かなかった。
相変わらず綺麗だとは思うし、吸い込まれそうな微笑みに一瞬目
を奪われたのは事実だ。
だが、それだけだった。
裏切られた時の哀しみや怒りはさほど感じなかったが、同時に魅
入られることもなかった。
﹁さて、エリカ。お前の傍付きなのだから、最終決定権はお前にあ
る。気に入った相手を指名するもよし、簡単な試験をするもよし。
55
⋮⋮さぁ、どうする?﹂
︵前は、ここでテオドールを指名したんだったわ。でも、今回はど
うしようかしら︶
気に入った、と宣言できるほどの子はいない。
しいて言うなら先ほどから興味ないねと言いたげに外を眺めてい
る男の子と、どうやら双子らしいそっくりな顔立ちの女の子、この
二人はなんとなく気になってはいるが。
それでも、指名するには何か決定打が足りない。
ちょいちょい、と肩を突かれて視線を背後に向けると、ユリアが
﹃あたしあたし﹄と口パクで言いながら自分を指さしている。
︵⋮⋮⋮⋮あぁそうか⋮⋮そういうことね︶
﹁お父様、せっかくですから簡単な試験をしてもよろしいですか?﹂
﹁どんな試験かな?﹂
﹁先ほどお父様も仰ったでしょう?ユリアは優秀だけれど、一人で
は荷が重い、と。でしたら、優秀なユリアの肩の荷を背負えるほど
の実力がなければ、彼女の負担が増えるだけですわ﹂
﹁ああ、そうだね﹂
﹁ですから、これから皆様にユリアと軽く対戦していただきたいと
思いますの。どうかしら?﹂
瞬間、ざわりと空気が動いた。
56
﹁まっ、参った!参りました!!﹂
﹁んもう、だらしないなぁ⋮⋮まだ全然試合になってないんだけど
ー﹂
ぶつぶつとぼやきながら、ユリアはあわあわと及び腰で逃げ出し
た挑戦者を他所に、﹁次は誰?﹂と待機組の方に視線を向けた。
公爵令嬢の傍付き、という立場は下位の貴族達にとっては余程魅
力的であるらしい。
挑戦するかどうかは各自の判断に任せようとフェルディナンドが
告げたことで、数人は帰るだろうなと思っていたエリカの予測は外
れ、顔色を悪くしながらも集まった全員がユリアに挑戦することと
なった。
場所は、邸からそう遠くない場所にある私有の訓練場で、時折ラ
スティネルやフェルディナンドの部下達が魔術の練習をするのに使
っているところだ。
挑戦者は、男子4人女子2人の合わせて6人。いずれも子爵家も
しくは伯爵家の﹃跡取り以外の子供﹄ばかりで、魔術の才能ありと
認められた者ばかり⋮⋮の、はずなのだが。
へっぴり腰で逃げ出した男子は3人目の挑戦者だったのだが、得
意属性の風の魔術を魔力最大で放ったもののあっさりとかわされ、
無防備になったところをユリアの得物である彼女の背丈ほどもある
長剣を突きつけられ、あっさり降参となった。
他の二人の挑戦者も似たようなもので、自分より小さな子供に負
けたことが悔しかったのかすっかり意気消沈してしまっている。
﹁もう終わり?そっちの子達はやらないで諦めちゃう?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮では、私が﹂
57
﹁いいよー、どこからでも﹂
意を決したように進み出たのは、エリカが先ほどからちょっと気
になっていた金茶の髪の女の子だった。
緊張しているのか表情が硬い。
彼女は両手でボールを包み込むように軽く手を合わせ、その中に
風の魔術を凝縮して溜め込むと、一気にユリアに向けて投げつけた。
風のボールは途中でナイフのように形を変え、ユリアの髪一筋を
土産に浚って空へと消えていく。
﹁⋮⋮へぇ、やるじゃん﹂
嬉しそうにそう言って、ユリアは剣を肩に担いだまま少女に向か
って身を躍らせる。
が、少女も同時に地を蹴って反対回りでユリアのいた方へと跳ん
でおり、そこからまた風のボールを放ってきた。
そうして何度かそれを繰り返した後、突然少女の身体がぐらりと
傾いだ。
﹁っとと、⋮⋮魔力切れかぁ⋮⋮でもすごいね、もうちょっと続い
てたらあたし負けてたかも﹂
慌てて駆け寄ってきた少女の母親にそう笑いかけて、ユリアはふ
ぅっと息をついた。
﹁で、残ったのは男子2人ね。そっちの子はどうする?さっきの子、
お姉ちゃんだか妹だかでしょ。仇討ち、しとく?﹂
58
わざとからかうようにそう言ったユリアに、声をかけられた白茶
色の髪をした少年は無表情を崩さぬまま﹁冗談﹂と冷ややかに応じ
た。
﹁お前、落ち人だろ?落ち人には魔術は効かない。なら魔術をいく
ら使っても無駄ってことだ﹂
﹁ふぅん、よくご存知で。なら棄権ってことかな?﹂
﹁それでいい﹂
﹁りょーかい。⋮⋮それじゃ、最後の一人。そこの妙にオキレイな
顔したお坊ちゃま、どうする?﹂
﹁⋮⋮困ったな。やりたくはないけど、やらなきゃ棄権になる。そ
れなら、やるしかないよね?﹂
そうこなくっちゃ、とユリアは内心歓喜した。
何しろ、エリカの打ち明け話を聞いてからこれまで、テオドール
という男に対してずっとどうしようもない憤りが渦を巻いてぐるぐ
るしていたのだ。
本音を言えば、この場で叩き斬ってしまいたい。ここが本物の戦
場なら、きっと迷わずそうするだろう。
それほどまでに腹の立つ相手⋮⋮しかも彼女が﹃落ち人﹄だと聞
いた上でなおも試合を挑んでくるだけの自信家、とくれば最初から
手加減する必要など感じられない。
どこからでもどうぞ?と以前の彼女なら間違いなく狂喜乱舞して
いただろう美少年を相手に、ユリアは不適に微笑む。
テオドールはぎゅっと唇を噛み締めてから、ぶつぶつと詠唱し終
えると両手を下へ向けた。
瞬間、ざあっと波打つ水が彼とユリアの足元を襲う。
どうやらユリア本人に直接魔術を射るのではなく、物理的に足元
59
を掬おうと考えたらしい。
﹁ちょっとは考えたみたいね。けどあたしにはこんなの⋮⋮⋮⋮っ、
え?﹂
ずぶ濡れの靴を重荷に感じることなく軽々と跳び上がり、余裕の
表情をテオドールに向けようとして⋮⋮ユリアは唖然とした。
﹁⋮⋮⋮⋮っ﹂
テオ
すとんと着地したその足元、自らが作り上げたぬかるみに足を取
ドール
られて見事にそのお綺麗な顔に泥パックした状態で倒れ伏す、対戦
相手。
あまりにあまりなその間抜けぶりに、これはもしや油断させる計
算かとさすがのユリアも警戒心を抱いてしまった、が。
︵あー⋮⋮なんか違うかも。だってすっごい悔しそうだし、今にも
泣きそうだもん︶
10歳にしてこれが演技ならたいしたものだが、そういうわけで
もなさそうだ。
何にせよ、つい先ほどまで澄ましていた天使のようなその顔も高
そうなその服も、今は泥にまみれてドロドロだ。
何よりその本気で悔しそうに歪んだ顔を見ているだけで、スッと
心が軽くなる気がする。
ざまあみろ!あたしの友達を裏切るからだ!
そう心の中で叫んでおいて少し離れた場所にいるエリカを振り向
くと、彼女も笑いを堪えているようなどこか反応に困ったような⋮
⋮だがやはりすっきりしたような、そんな顔をしていた。
60
61
7.毛色の違う﹃転生者﹄
﹁納得できません。あれが選考試験だとするなら、勝てなかった全
員が不合格となるべきではないですか?⋮⋮中でも実力があった者
をというなら、彼女の方が選ばれるのはまだわかります。でも何故、
棄権を申し出た彼の方まで合格となるのですか?もし男性の傍付き
もというなら、改めて別の試験をすべきでは?﹂
邸に戻ってきて、フェルディナンドの口から傍付き採用者を告げ
た途端、異議を申し立ててきたのはやはりテオドールだった。
エリカは知っている。
この時の彼は既に﹃彼女﹄に心惹かれており、エリカよりも多少
魔力の保有量で劣る彼女を︻聖女︼にすべく、エリカを取り込もう
としているということを。
︵言ってることはしっかりしてるけど、泥だらけじゃ格好つかない
わね︶
ここへ戻ってくるまでに拭ける部分は拭き、洋服はラスティネル
が着なくなったものを渡したのだが、それでもまだ髪や首筋などに
泥が跳ねたものが、乾燥して固まってしまっている。
フェルディナンドは風呂をと勧めたのだが、さすがにそれはと彼
の父親が固辞してしまったらしい。
自分の容姿に恐らく自信を持っているだろうテオドールからした
ら、すぐにでも泥を洗い流したいというのが本音なのだろうが。
62
言いたいことを言い切った息子を隣の父親はやめなさいと諌めて
いるが、当の本人はエリカから視線をはずさない。
この場の決定権は彼女にあるとわかっているからか、それとも往
生際悪く篭絡しようとしているか。
フェルディナンドにどうする?と視線で問いかけられたエリカは、
仕方なく一歩前に出た。
﹁確かに、ユリアと対戦していただきたいとは申しましたが⋮⋮そ
の勝敗の結果で合格者を決める、とは申しておりませんわ﹂
﹁それは⋮⋮っ﹂
﹁わたくしがレナリア・シュヴァルツ様を選んだ理由は、咄嗟の判
断力と応用力の高さです。そしてもう一人、レンウィード・シュヴ
ァルツ様を選んだ理由は、ユリアを落ち人だと知っていたその情報
力と﹃進むべき道をあえて引き返す﹄決断力にあります﹂
そこで一度言葉を切り、以前は直視することすら躊躇われたラベ
ンダー色の双眸を静かに見つめ返した。
そして、小首を傾げながら僅かに口元だけで微笑んでみせる。
﹁わたくしが間違った道を行こうとしていた時、それを正して欲し
い⋮⋮そういった意味で、傍付きとは信頼関係を築きたいと思って
おりますの。それらを考慮した結果ですわ﹂
暗に、貴方は信用できないと告げたつもりだった。
テオドールもそれを察したのか、どうして、と問いかけるように
目を大きく見開いて驚きをあらわにした後、悔しそうに唇を噛んで
俯いた。
63
ユリアを翻弄した風の魔術の使い手がレナリア・シュヴァルツ、
そして自ら棄権を申し出たのがレンウィード・シュヴァルツ。
エリカと同じ8歳というこの双子の保護者として付き添ってきた
母親を、フェルディナンドは別室に呼んだ。
何しろ跡継ぎではないにしても子供を二人同時に他家に預ける形
になるのだ、契約の詳細を話すと同時に先方の要求も聞いておこう、
ということのようだ。
魔力不足という状態で気絶したレナリアは既にマティアス医師の
診察済みで、今は客間のベッドで静かに眠っている。
やはり倒れた娘の方がより心配だということなのか、保護者同士
の話し合いはその客間でということになったため、子供達は一時的
にエリカの部屋へと移動した。
﹁でも良かったよね!あいつが傍付きになるっていうフラグはひと
まず回避したわけだし、だったら騙まし討ちなんてこともないでし
ょ?これで死亡フラグも折れたってことだよね﹂
良かった良かった、と無邪気に喜んでいるのはユリア一人。
エリカはどこか納得いかなさそうな顔で首を傾げており、第三者
であるレンウィードは腕を組んで顎を僅かに反らし、何事か考え込
んでいる。
﹁え、なに?﹂
﹁⋮⋮本当にそうだといいのだけど⋮⋮でもそう簡単に諦めるとは
思えないの﹂
不安げにエリカが呟いた一言を拾い上げ、この会話では部外者で
64
あるはずのレンウィードがひとつ頷く。
﹁﹃あいつ﹄ってのがテオドール・ヴァイスのことなら、お嬢様の
読み通りだろうな。傍付きの座は諦めても、他の手段を取ってくる
だろうさ。こういった場合のテンプレは婚約者だろ?﹂
﹁はぁ?婚約者ってエリカの?ちょっと待ってよ、あいつって伯爵
家の三男でしょ?公爵令嬢が嫁に行くにはちょっと身分差ありすぎ
ない?﹂
﹁嫁に出さずに婿を取って分家を継がせる、ってのならアリじゃな
いか?⋮⋮つかそもそも、あいつの目的が﹃騙まし討ち﹄なら、婚
約だけしとけばひとまずミッション・コンプリートだと思うが﹂
﹁うーん、言われてみれば確かにテンプレっぽい展開だけど⋮⋮⋮
⋮ん?テンプレ?﹂
ユリアは首を右に捻り、そして左に捻り。
言われたことを頭の中で反芻してから、ようやく﹁あぁっ!﹂と
声を上げた。
﹁テンプレとかミッション・コンプリートとか⋮⋮もしかしてあん
たも落ち人っ!?﹂
﹁アホか。さっきうちの母上が双子だってご丁寧に紹介したろ?俺
は正真正銘、こっち生まれのこっち育ちだっつーの。ただ⋮⋮ちょ
こっと前世の記憶ってのがあるだけだ﹂
レンウィード・シュヴァルツは、3歳の時に高熱を出して﹃かつ
ての生﹄を思い出した。
それは、就職したての22歳という人生これからな時に突然こち
らの世界に落ちてきて、なんとか帰ろうと足掻くもののその希望も
願いも全て打ち砕かれ、失意のうちに自ら命を絶ったという⋮⋮3
65
歳の子供が背負うには重すぎる記憶だった。
何度も何度も熱を出し、悩み、苦しみ、家族を心配させた後、彼
は開き直った。
今度こそ、誰にも利用されない自分だけの人生にしてやる、と。
﹁正直、傍付きだなんだってのは全く興味がなかった。さっきまで
はどうやって断ろうかと考えてたんだが⋮⋮あんたらの話を聞いて、
考えが変わった。死亡フラグ回避、手伝ってやるよ﹂
﹁⋮⋮なんか信じらんない。なんで急にそんなこと言うわけ?自分
のためだけに生きたいんなら、首突っ込むべきじゃないと思うんだ
けど﹂
﹁ま、そうだろうな。俺でもそう言う。⋮⋮一応、警戒心ってのを
持っただけでも、まぁ褒めてやるよ﹂
そうは言うが、とレンウィードはトントンと人差し指で頬の辺り
を叩きながら意地悪く微笑んだ。
テオドール・ヴァイスという少年のことは、レンウィードも事前
にある程度情報を得ていた。
まだ正式デビューもしていないというのに、既に社交界では話題
に上ることが多く、既に水面下では彼の隣の座をかけて密かな争い
が起こっているのだとか。
そんな噂を嘲笑うかのように、彼本人は100年に一度現れるか
どうかという︻聖女︼に仕える︻聖騎士︼を目指すと豪語しており、
既に家庭教師をつけて様々な勉強を始めているのだとか。
そんな彼を、レンウィードは﹁胡散臭い﹂と一蹴する。
﹁︻聖女︼すら選ばれていないのに、︻聖騎士︼を目指すなんてど
66
う考えてもおかしい。夢見がちなタイプでもなさそうだし、むしろ
その逆のように見えた。そんなあいつがどういうわけかお嬢様に執
着してて、騙まし討ちってのをやろうとしてる、とマクラーレン嬢
は言う。なら、諦めるわけないだろ。フラグの一本や二本、あっと
いう間に立てにくるに決まってる。⋮⋮なぁ、あんたもそう思って
るからレナリアだけじゃなく、俺も合格にしたんだろ?事情を知っ
てるのがこの単細胞だけじゃ、あいつに出し抜かれかねない⋮⋮違
うか?﹂
﹁⋮⋮正直、ここまで全てを打ち明ける気は、最初からなかったけ
れどね﹂
エリカの事情を知っていて、なおかつ信用して相談できるのはユ
リアだけだ。
だがユリアは真っ直ぐすぎる。良くも悪くも。
事情は話したが、それでもあのテオドールの狡猾さと全く疑わせ
ることのない演技力は、目の当たりにした者でないと理解しがたい
ものがある。
実際、今回悔しそうな顔をして帰途についたテオドールを見たユ
リアは、これで死亡フラグが折れたも同然だと無邪気に喜んだ。
だがしかし、レンウィードの指摘するように別方向から⋮⋮例え
ば婚約者といった違う意味での身内として近づく手段は、まだ残さ
れているのだ。
真っ直ぐなところがユリアの魅力だとわかっているエリカは、だ
からこそ彼女と正反対の冷静さ⋮⋮そして必要ならば主の首根っこ
を掴んででも方向転換させる行動力を、レンウィードに求めた。
傍付きを選ぶための手合わせであえて棄権する、という決断を下
した彼ならば、と。
67
﹁⋮⋮確かに、信用できないって言いたくなる気持ちもわかる。事
情もわからんうちに手酷く裏切られて、一種の対人恐怖症みたいな
感じになってんだろう。だから信用しろとは言わない。実際、俺も
まだあんたらのことを信用したわけじゃないからな﹂
﹁じゃあどうするっていうのよ﹂
﹁あんたが以前いくつまで生きてたのかは知らないが⋮⋮聞いたこ
とないか?﹃試用期間﹄だよ﹂
﹁それって本採用にする前のお試し期間ってことよね?﹂
﹁そう。あまり知られちゃいないが、このお試しってのは雇用主に
関してだけじゃない。雇われる労働者にとっても条件はイーブン⋮
⋮あぁつまり、期間内はお互いにお試し中ってことだ﹂
︵もしかして彼も、無条件で人を信用することができないのかしら︶
かつての生で裏切られたのは彼も同じ。
身近な人に裏切られたエリカやユリア、そしてこの国に裏切られ
トラウマ
たレンウィード。
心的外傷から対人恐怖症になるなら、むしろ彼の方が重症だと言
える。
人を容易に信じられない、だから彼は人一倍情報を集めようと努
力したのではないか。
もしかすると家族のことすら信じられず、家のことや家族の評判
まで情報を集めたのかもしれない。
そうでもしないと、人を信じられないというのなら。
﹁わかったわ。その﹃試用期間﹄⋮⋮しばらくはそれでやってみま
しょう﹂
﹁エリカ、いいの?﹂
﹁ええ。⋮⋮あの頃の私は、盲目にテオドールを信じすぎていた。
いえ、盲目になるように仕向けられていたの。彼の狡猾さにも本来
68
の目的にも、彼の目が誰を追ってるのかすら気付かなかった。でも
それはもっと視野を広くして、周囲の声に耳を傾けていれば防げた
ことなの﹂
﹁反省するのは悪いことじゃない。ただそれを引きずらないことだ。
⋮⋮と、誰かが言ってた。俺もそれに賛成だ、反省を生かして前に
進めるならそれでいい﹂
﹁⋮⋮その﹃誰か﹄って誰よ?﹂
﹁さあ、忘れたな。随分昔の話だから﹂
お前も転生者ならわかるだろう?
そう逆に問いかけられて、ユリアはぐっと言葉に詰まった。
偶然か、必然か。ここに集ったのは毛色の違う転生者が三人。
かつての自分の生をやり直しすべく、幼子の自分に成り代わった
エリカ。
かつて遊んだゲームの世界に転生し、手酷く裏切られた経験のあ
るユリア。
かつて絶望のままに命を絶ち、今その国でやり直そうとしている
レンウィード。
三人が三人とも﹃かつての記憶﹄を持ちながら、幼子からやり直
そうと必死で足掻いている。
﹁では﹃試用期間﹄開始ということで、ひとまずよろしくねレンウ
ィード﹂
﹁レンでいい。⋮⋮それじゃ、ひとついいことを教えてやるよお嬢
様。あんたは既に、最大のフラグを折ることに成功してる﹂
﹁最大の?なにかしら﹂
﹁気付いてないのか?⋮⋮誰も見向きもしないもっさりとした外見、
社交界で笑いものにされた魔力飽和の病⋮⋮それを克服してるじゃ
69
ないか。今のあんたを見て、誰も笑ったりしない。テオドールなん
かがつけこむ隙なんてないほど、そのうちモテ始めるだろうさ﹂
違う意味でやっかまれるかもな、と笑うレンの双眸はとろりと甘
そうな蜂蜜色で。
それを美味しそうねと感じるエリカの感覚もどこかおかしいのか
もしれないが、それでも彼女はつられて笑った。
﹃モテ始める﹄ってなんのことかしら、と内心首を傾げつつ。
70
8.学ぶことで得られるもの
﹁改めましてレナリア・シュヴァルツと申します。どうぞレナとお
呼びください、エリカお嬢様﹂
ふわりと肩先で波打つ金茶の髪に、深く神秘的な琥珀色の双眸。
全体的にキツめの美少女という顔立ちだが、高飛車というよりは
几帳面な印象を受ける。
彼女はエリカの傍付きの中でも身の回りの世話や、時には主の代
理として立ち振る舞う専属侍女としての教育を受けることとなる。
養女ではあるが伯爵位よりも更に上にある侯爵位を受けた赤騎士
団長の娘として、話し相手兼護衛という役目を負ったユリアとは立
ち位置を別にした、という形だ。
﹁ま、自己紹介は済んだが⋮⋮レンウィード・シュヴァルツだ。レ
ンでいい﹂
こちらは双子の姉よりも茶色味のやや強い白茶色の髪に、とろり
と甘そうな蜂蜜色の双眸を持つ。
一見すると姉とそっくりの顔立ちはやはり気が強くて生意気に見
えるが、その中身が20代半ばまで生きた記憶を持つ青年だと知っ
ている者が見れば、そこに隠れた知性の色に気付けるだろう。
彼は主と同性の姉やユリアとは少々立場を異ならせる。
名目は傍付きだが、受ける教育は邸内を取り仕切る執事としての
それである。
セバスがフェルディナンドに仕えているように、いずれはレンも
エリカに仕える執事という形になるらしい。
71
﹁ちょっとレン、お嬢様に対してその口のきき方は失礼でしょ﹂
﹁いいんだよ、俺はこれで﹂
﹁いいわけないでしょう!傍付きの品位のなさは、主の品位まで落
とすんだってお母様に言われたじゃない!﹂
﹁あーもう⋮⋮外に出る時だけちゃんとすりゃいいんだろ?﹂
﹁そういう問題じゃないでしょ!﹂
恐らくいつもこんな感じなのだろう、レナが一方的に叱りつけレ
ンがそれを受け流す。
言い分としてはレナの方が正しい。
公爵令嬢であるエリカの傍付きともなれば、マナーや社交、ダン
スや学園での成績まで、常に隙のない姿勢を求められることとなる。
当然、主であるエリカにもそれ以上のものを求められることにな
るため、主従揃って中々に高い壁に挑まなくてはならないというわ
けだ。
﹁少し落ち着いて、レナ。レンも貴方もこれからうちの使用人達か
ら教育を受けてもらうのだから、今は出来なくても当然ではないか
しら﹂
﹁⋮⋮ええ、ですが⋮⋮﹂
﹁私のことまで考えてくれてありがとう。⋮⋮レナがここまでしっ
かりしているんですもの、レンも勿論しっかり教育を受けてくれる
わよね?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ええ、お嬢様。お望みのままに﹂
チッ、しゃーねーな。やってやるよ。
そんな彼の心の声が、エリカとユリアには聞こえた気がした。
72
それからというもの、レナは公爵領内に設けたシュヴァルツ伯爵
家別邸からの通いで、レンは完全なる住み込みでそれぞれ傍付きと
しての教育を受けることとなった。
そしてレナの受ける淑女としてのマナー講習には、ユリアも同席
するようにとフェルディナンドからお達しがあり、堅苦しいことが
苦手な彼女もエリカに恥をかかさないためにと授業を受けている。
﹁はい、いち、にい、さん!ユリア様、背筋が曲がっておりますわ
よ!背筋は真っ直ぐ、足元を見ない!なんですか、その人形のよう
な足取りは。もっと優雅に、女性らしく!目線は前!レナ様、大き
な足音を立ててはいけませんわ!﹂
﹁どうしろっていうのよ⋮⋮﹂
﹁ユリア様っ、そこは﹃わたくしはどうしたらよろしいのでしょう
か?﹄です!﹂
﹁はぁ⋮⋮﹂
淑女マナーの講師役を任されたメイド長補佐のスージーは、パン
パンと手をリズミカルに叩きながら部屋を行ったり来たりする二人
の少女にダメ出しを続けている。
淑女たるものどこまでも優雅に、歩き方さえも気品高く。
足を踏みそうなドレスであっても、転びそうなほど高いヒールで
あっても、常に笑顔でたおやかに。
足音を極力立てず、すべるように、自然に歩く。
いきなりそんな無理難題を突きつけられて、それでもレナはまだ
ダメ出しの回数が抑えられているが、剣技や身のこなしなどの修行
以外は奔放に躾けられたユリアは、あれもだめこれもだめと指摘さ
れっぱなしだ。
73
﹁もうやだ足パンパンー!!スージー先生、おにちくー﹂
﹁﹃おにちく﹄が何のことだかわからないけれど⋮⋮スージーはメ
イドの教育に関してはプロ級なのよ。あと5年もすれば学園に入る
わけだし、学園内は小さな社交界っていうくらいだもの。ユリアへ
の評価は私への評価でもあるわけだけど、同時にマクラーレン家、
ひいては落ち人への評価にも繋がるわけよね?そう考えたら頑張れ
ないかしら?﹂
﹁うー⋮⋮⋮⋮辛いけど、でもがんばる﹂
次の授業までの空き時間を使って、レナはぐったりと椅子にもた
れながら果実水を飲んでおり、ユリアは筋肉痛を起こした足をとん
とんと叩きながら涙目になっている。
この筋肉痛は、エリカにも記憶がある。かつての生において、ス
ージーの熱血指導は引きこもりであったエリカに対しても向けられ
ていた。
だがどんなに指導を受けても彼女は病の所為でぶっくりと膨らん
だ己を磨くということを諦めており、淑女としての所作やマナーな
どは殆ど身につかなかったし、夜会などにも出なかったため実践す
る機会もなかった。
﹁次からは私も出席するわね。⋮⋮スージーの気苦労が増えるだけ
のような気もするけれど﹂
﹁そんなことないって!エリカならできるよ﹂
﹁その根拠のない自信はどこからくるのですか、ユリア様⋮⋮﹂
︵気苦労が増えるのはレナも同じかもしれないわね︶
お気楽なユリアと生真面目なレナ、実に対照的だとエリカは困っ
たように首を傾げた。
74
﹁さて、魔術というのは体内に流れる魔力を構築し直して放出する、
簡単に言えばそういう術のことです。物語などでよくある方陣など
を書く必要はありませんが、どの属性でどのような威力のどんな力
を行使したいのか、はっきりと想像し同時に創造することが大切で
す。皆さんは、ご自分の属性をご存知ですか?﹂
魔術の授業だけは使用人から選抜というわけにもいかず、フェル
ディナンドの部下から魔術に長けた元騎士を派遣してもらうことに
なった。
やってきたのは見た目30歳そこそこといった感じでがっちりと
した体格の男。
ナムルというその名を聞いた瞬間、レンがすかさず﹁韓国か﹂と
呟いたがその意味が唯一わかるだろうユリアは、魔力の通じない体
質ということで別メニューに参加中だ。
突っ込み手不在のまま授業が始まり、まずは自分の属性を知って
いるかと問いかけられた3人は、
﹁得意属性は風、それ以外でしたら火も使えますわ﹂
とレナが答え、
﹁得意属性は火、それ以外に闇も使える﹂
とレンが答え、エリカは
﹁得意属性が何かはよくわからないのですが、光と火と水と風⋮⋮
75
でしたかしら﹂
と答え、他の3人を唖然とさせていた。
魔力を持って生まれる子供、というのはそれほど珍しくはない。
血を尊ぶ貴族はもとより平民の子供でもあることだし、その中で
も稀に魔術の適正がある子供も生まれるという。
だが殆どの場合適正属性は持っていても2つ、普通は1つだ。
エリカの母であるレティシアは珍しい3属性持ち、しかも魔力量
も相当多かったということもあり、魔術師の中でもエリートに分類
されていたらしい。
娘であるエリカはそれを越える4属性の適正持ちとわかり、ナム
ルはうっとりと目を細めながらうんうんと何度も頷いた。
﹁ご令嬢は4属性持ちですか⋮⋮さすがはフェルディナンド様とレ
ティシア様のお子様なだけあります。あの方は火の属性持ちでした
し、奥方様は3属性持ちでしたから。現役の頃のあの方々は本当に
惚れ惚れするほど美しく、素晴らしかった。フェルディナンド様の
炎を纏わせた剣技、レティシア様の複数属性を同時に操る幻想的な
魔術⋮⋮それを目にすることが許された我々は幸せ者でした﹂
﹁ナムル、貴方がお父様とお母様を本気で尊敬しているのはわかっ
たから、授業を続けてもらえないかしら﹂
﹁⋮⋮おっと、これは失礼を﹂
放っておいたら夜まで語りつくしかねない上司バカの男は、尊敬
する上司の愛娘の指摘に慌てて顔を引き締めた。
その口の端に涎がついていたことに気付いたレンは、呆れ顔でた
め息をつくことでつっこみを諦める。
そういう人種なのだと思わなければ、この個性の強い教師陣の指
76
導にはついていけないだろうと思い直して。
﹁そうそう、魔力には精霊が司る属性以外にも特殊な属性が存在す
るということは、エリカお嬢様はご存知ですね?﹂
﹁ええ、お兄様の持つ治癒属性ね?﹂
﹁はい。その特殊な属性は、精霊に力を借りることができないかわ
りに、大きな恩恵をもたらします。その者の魔力自体に力が宿って
おりますので、例えば精霊の力が及ばない場合があったとしても力
を変わらず行使できる、という利点があるのです﹂
﹁それは⋮⋮⋮⋮﹂
便利ね、と言いかけてエリカはふと考える。
精霊の力が及ばない、そんな特殊な状況下に置かれたとして例え
ばそれが戦闘中だったとする。
そうなれば魔術の力を使わずに戦わなければならず、受けた傷の
回復にはラスティネルのような治癒属性を持つ者の力しか及ばない。
だとするなら、その者は力をいいように使われた後どうなるのか。
︵使い捨て⋮⋮?まさか、そんなことあるわけ⋮⋮⋮⋮ない、わよ
ね?︶
公爵家の跡取りであるご令息を使い潰したとあっては、上に立つ
者が罰せられる。
だがラスティネルの場合は保護されたとしても、他の者はどうな
るのか?
希少な属性とはいえ、今までにも国に登録された例は数多くある
という。ではその者達は?
﹁⋮⋮それは、なんです?﹂
77
全てを見透かすようにじっと見つめてくるナムルの視線を受け止
めきれず、エリカは俯く。
﹁それは⋮⋮⋮⋮怖いわね﹂
﹁お嬢様がそのように考えられる人で安心しましたよ﹂
試されていた、と気付いた時には彼はもう穏やかな笑みに戻って
いた。
エリカはこの時改めて、お父様の部下なだけあるわねと畏敬の念
を彼に抱いたのだった。
78
9.教えて、お兄様
﹁魔術ですか?⋮⋮こう身体の中の魔力をぎゅっと握って、頭の中
にあるイメージ通りにえいっと投げているだけなのですが﹂
﹁魔術の出し方?そんなの、するっと取り出してぶあっと放てばで
きるだろ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ああ、この二人ってやっぱり双子だわ。エリカがそう実感した瞬
間だった。
どうしてそんな今更なことを聞いて回っているのかというと、早
い話が彼女は先日の魔術講義実践編でどの属性の魔術も放つことが
できなかったのだ。
生まれ変わる前⋮⋮かつての生で魔術を使おうとした時は、かな
りしょぼかったが一応水の魔術を最低限使うことくらいはできてい
たのに。
魔力が体内を巡っている、という感覚だけはわかる。
ただそれを掴もうとしたり引き寄せようとしたり、レナのように
ぎゅっと握ろうとしたり、レンのようにするっと取り出そうとした
り、何かしら手を加えようとするとそこで行き詰ってしまうのだ。
ユリアは魔力がないから聞いても無駄、レナとレンの姉弟はどち
らも感覚的なもので使えているのだからこれも参考にならない。
仕方なくエリカは、夕飯の時間を待って父に問いかけてみること
にした。
のだが。
79
﹁そうだな⋮⋮私は火の属性しか使えないから、炎をイメージする
んだ。そしてそれを手の方へ動かし、剣に流し込むようにすると発
動する、そんな感覚だったね。小さな炎を灯す程度なら、意識せず
ともできてしまうし﹂
﹁⋮⋮⋮⋮わかりました。もういいですわ﹂
心底がっかりした、そんな言葉が聞こえてきそうなほどしょんぼ
り項垂れた娘に、その娘が可愛くて仕方がない父親は大いに慌てた。
﹁え、エリカ?その、ナムルの教え方が合わないのなら違う教師を
探そうか?今度はきちんとした魔術師に頼もう、そうしよう﹂
﹁⋮⋮お父様﹂
﹁なんだい?﹂
﹁本当にもういいです。それと、ナムルは変えないであげてくださ
い﹂
﹁⋮⋮⋮⋮そうか﹂
何故か失望したエリカよりも、失望させてしまったらしいフェル
ディナンドの方ががっくりと肩を落としてしまった。
﹁エリカ、父上が嘆いていたよ。娘の悩みを解決してあげられない
不甲斐ない父親だって﹂
﹁お兄様、いつお戻りに?﹂
﹁ああ、ついさっきね﹂
というか、父上の話は聞き流すんだね。
と今年から国で唯一の専門的な学び舎であるヴィラージュ総合学
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園に通い始めた兄ラスティネルは、苦笑いと共に妹の隣に腰掛けた。
ヴィラージュ総合学園の入学が認められるのは13歳から。
在籍は特に何年とは決められておらず、それぞれが専攻した分野
で学びたいことをとことん学ぶもよし、ある程度スキルがついたと
ころで就職するもよし、学園を卒業したという肩書きだけを引っ提
げて実家に戻るもよし、という学生一人ひとりの自主性に任せた特
殊な教育方針を掲げている。
入学するのに必要なのは入学試験に通過するだけの知識と技能、
そして必要最低限の学費や生活費くらいだ。故に、ある程度裕福で
あれば平民であっても通うことができるし、逆に目立った技能を身
につけていない者であるなら貴族であっても入学を断られてしまう。
伊達に﹃国立﹄という名を掲げてはいない、ということだろう。
ラスティネルはこの学園に、治癒属性の保持者として入学した。
そこの魔術科に在籍しつつ、彼は治癒魔術の使い手以上に数の少
ない魔術医師の繁忙さを助けるためにと、様々な補助術具などの研
究に携わるつもりであるらしい。
普段は学園の寮で生活をしている彼が、突然邸に帰ってきた。
それは別段驚くことでもなんでもなく、年若い学生達が息抜きで
きるようにと学園側が1ヶ月に1度数日の連休を与えている⋮⋮そ
の休みを使って帰省しているに過ぎない。
﹁それで?この明るい庭先で何を難しい顔をしてるのかな、うちの
お姫様は﹂
わざとおどけたようにそう問いかけたラスティネルに、エリカは
81
魔術の実践授業で自分だけ使えなかったこと、魔力が流れている感
覚だけはあるがそれを取り出そうとしてもできないこと、他の者に
話を聞いてもさっぱり要領を得ないことなどを話した。
話すうちに段々と自身も難しい顔になっていったラスティネルは、
最後まで話し終わった妹の髪を優しく撫でながら﹁思うんだけどね﹂
と考えながら話し出した。
﹁父上のようにひとつの属性しか持たない者、レナやレンのように
2つの属性に優劣がついている者、彼らの場合周囲にはその得意属
性の精霊しか集わないようなんだ。父上とレンは火、レナは風だね﹂
だけど、と彼は真っ直ぐにエリカのブルーアイズを見つめる。
﹁エリカの場合、属性が4つだ。当然、傍に集う精霊の数も属性分
だけ多くなる⋮⋮はずなんだ。けどね、確かに君の周りにはたくさ
んの精霊がいるけど、彼らは決して君に触れようとはしない。一定
以上近づこうともしていない。まるで、誰かに近寄るなって言われ
てるみたいに﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂
もしかして、とエリカは普段はブレスレットで隠している左手首
に目をやった。
︵そうだわ、ここにあるのは精霊王の加護の証。力が最も強い王の
﹃持ち物﹄なら、当然下級の者達は近づけないわよね︶
だから、かつての生ではしょぼかろうが何だろうが普通に魔術を
使うことができたのだ。
だが今は思わぬ幸運で加護を手に入れてしまった。
そのことで、本来属性魔術に力を貸してくれるはずの精霊達が近
82
寄ってこられないのだとしたら。
﹁⋮⋮ねぇ、お兄様。原因はわかったけれど、だったらどうしたら
いいのかしら﹂
そこで結局、問題は振り出しに戻ってしまうのだった。
本来なら、加護を持つ者は同じく加護を持つ者から魔術の使い方
を教わるのが、一番効率がいいはずだ。
だがしかし、ただでさえ精霊の加護を得た者の数は絶対的に少な
く、その殆どが国に登録された上で行動をある程度制限されている
ため、教えを乞おうとすればそれは即ちエリカ・ローゼンリヒトと
いう少女も加護持ちだと国に知らせることに繋がってしまう。
現時点でそれは避けたい、と父から散々﹃国に管理される危険性﹄
を説かれていたラスティネルは、まだ幼い妹にも噛み砕いてその危
険性について話して聞かせる。
﹁まぁつまり、他の加護持ちと接触を持つのは危険だってことなん
だけど⋮⋮だったらどうしたらいいものかな。僕のやり方じゃ、や
っぱりエリカの参考にはならないだろうし﹂
﹁それでも他の方にも聞いたのですから、お兄様の方法も教えてく
ださいませんか?﹂
﹁うーん、まぁいいけど﹂
ラスティネルは魔力そのものに特殊な属性の力を宿す、わりと希
少な能力者の一人だ。
術を使う方法も、精霊に力を借りるのではなくごくごく単純に、
自分の中の力を解き放つだけでいい。
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﹁ただ気をつけなきゃいけないのは、﹃どの部位﹄に﹃どれだけ力
を注ぐか﹄っていうことなんだ。それをしっかり意識していないと、
ただ無駄に力を分散させてしまうことになる。属性魔術だってイメ
ージが大事だろう?そのイメージを、僕の場合はもっと強く具体的
に持たなきゃいけない。そうじゃないと患者さんの大丈夫なところ
にまで余計な損傷を与えてしまいかねないからだ。わかるかな?﹂
﹁はい、なんとなくですが﹂
﹁なんとなくで充分だよ、今はね﹂
︵どれだけ力を注ぐか⋮⋮⋮⋮﹃注ぐ﹄?注ぐって、なんだかお水
をコップに移すみたいな言い方だわ︶
そういえば、とエリカは思い出した。
レナは﹃ぎゅっと握る﹄のだと言った。
レンは﹃するっと取り出す﹄のだと。
フェルディナンドは﹃炎を手の方へ動かし、剣に流し込む﹄のだ
と。
魔力が身体で常に生み出されているのなら、それを魔術として使
うには身体から放出しなければならない。放出するには、出口が必
要だ。
﹁魔力の、出口⋮⋮﹂
﹁出口?⋮⋮ああ、そうだ。そういえばこの前の授業でね、魔力飽
和の病が何故起きるのか教わったよ。身の丈に合わないほど大きな
魔力を内包する者が、上手く魔力を放出することができずに身体の
中に溜め込んで起こるんだそうだ。つまり、出口が小さすぎて途中
で詰まってしまうってことらしい﹂
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﹁出口が、詰まる⋮⋮﹂
そうか、そうだったんだと彼女は漸く気付いた。
彼女の持つ魔力があまりに多すぎた所為で、かつての自分は最下
級のしょぼい魔術しか使うことができずにいた。
出口が魔力量に対して小さすぎたため起こった悲劇、ということ
だ。
そして、今の彼女は魔力飽和の症状を全く発症していない。
それはつまり、以前はすぐ目詰まりを起こしていた出口が大きく
広がったから。
加護の証によって、彼女の魔力の余剰分が精霊王へと渡されてい
るからだ。
︵加護の証を通じて、私と精霊王が繋がっているのだとしたら⋮⋮
もしかしたら︶
﹁お兄様!ありがとうございます、大好きですわ!﹂
﹁え、えっ!?﹂
突然ぎゅっと抱きつかれて、13歳の少年は顔を真っ赤にしてお
ろおろとうろたえた。
相手は8歳の妹だ、本来なら優しく抱きとめてやればいいだけの
話なのだが、いつも控えめで常に先へ先へと考えているらしい頭の
いい妹が、突如として可愛らしく甘えてくれば動揺しない方がむし
ろどうかしている。
おまけに父でさえまだ聞いたことがないだろう﹃大好き﹄の言葉
まで貰ってしまった。
今現在落ち込みの真っ最中である父に聞かれようものなら、すぐ
85
さま寮に帰れと叩きだされそうな予感までする。
でもまぁいいか、可愛いから。
結局そこに落ち着いてしまうあたり、ラスティネルも父のことを
言えないほど妹バカであることは間違いなさそうだ。
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10.めまぐるしく変わる、君の世界︵前書き︶
場面転換がちょっと多いです。読みにくかったらすみません。
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10.めまぐるしく変わる、君の世界
うわあ、とユリアは眩しそうに目を細めた。
レナはハッと息を呑み、レンはやったなと言いたげに口元を緩め
る。
すっかり日が落ちて濃紺の闇に包まれた空の下、彼らが見つめる
先にかかるのは小さな虹だ。
夜なのに、虹。
その不可解な謎の答えは、エリカが放った光の魔術と水の魔術の
コラボレーションである。
彼女がほっそりとした手を掲げる先、手のひらの上に眩い光の球
が生み出され、宙を舞うように降り注ぐ細かい霧状の水をキラキラ
と照らしている。その現象により、エリカを取り囲むように小さな
虹が出現したというわけだ。
ラスティネルのお陰でコツを掴んだエリカが、術を発動できるよ
うになるまではあっという間だった。
彼女の左手に宿るのは全ての精霊の王たる存在の加護、それが魔
力の出口であり同時に精霊王と繋がった箇所であるとわかれば、後
はその部分から魔力を放出するように意識すればそれでいい。
精霊王のお気に入りだからと近寄ってこられないちいさな精霊達
も、加護の力を宿した魔力を差し出されれば躊躇することなく手を
貸してくれる。
それがわかった彼女は、実際にイメージ通りの術を放つことに成
功した、というわけだ。
ただし、4つの属性に適正のある彼女が頭の中でその属性を切り
88
替える、そのヒントをくれたのはユリアとレンである。
いつも通り、お茶を楽しんでいた時のこと。
﹃転生者﹄の枠に入らないレナは事情を知った上で完全なる聞き役
に回り、主に話の通じるユリアとレンで時々意味の通じない言葉を
挟みながら会話をしていたのだが、ユリアが不意に多属性適正持ち
の魔術師は大変だ、という話題を出した。
﹁ほら、あたしは魔術が使えないからよくわかんないんだけど。た
くさん適正があるってことは、スマホみたいにひょいひょいって指
先ひとつで画面切り替えたりするような感じなのかな?﹂
問いかけられたレンは、意味がわからんと言うように首を傾げる。
﹁すまほ?なんだそれは﹂
﹁え?⋮⋮なにってスマートフォンのことじゃない。え、え?もし
かして、もしかするとガラケー世代!?それともポケベル時代とか
!?﹂
﹁アホか!ポケベル時代のわけないだろ。ってか、その﹃すまほ﹄
ってのは携帯の進化系ってことか⋮⋮俺の時は折りたたみだのスラ
イドだのって選ぶ時代だったからな﹂
﹁あー、はいはい!その時代ね。スライド式なんてなっつかしーな
ぁ。じゃあタブレットとかも知らないでしょ?﹂
﹁なんだそれ、嫌味か?自慢か?生まれた時代ってのはなぁ、選べ
ないんだよ!﹂
ぎゃあぎゃあと言い合いを続ける二人を、仲がいいわねぇという
ように見つめるレナと、﹃指先ひとつで画面を切り替える﹄という
言葉に興味津々のエリカ。
89
︵指先ひとつでってことは、タッチパネルみたいなものかしら?︶
この世界にも、タッチパネルというものは存在している。
元々はそれほど発達した文化圏ではなかったこの世界も、﹃チキ
ュウ﹄からの落ち人がもたらした知識や技術力によって徐々に﹃カ
ガク﹄というものを取り入れるようになり、急速に発展していった。
﹃チキュウ﹄と決定的に違うのは、その﹃カガクギジュツ﹄なるも
のを動かす動力が魔力であるということと、開発するにはそちら方
面に詳しい落ち人の協力が不可欠ということくらいだろうか。
﹁えーとそれじゃ言い換えるけど⋮⋮んー、ガラケーってどんなん
だっけ。確かメニューボタン押して一覧出すでしょ?いくつかカテ
ゴリ分けされてるメニューを選んで押すと、サブメニューが出てく
るわよね?﹂
﹁あー、大体わかった。メニューが属性、サブメニューってのが魔
術の技ってことだな?﹂
﹁そうそう!じゃあわかったところで、それをわかりやすくエリカ
とレナに説明よろしくー﹂
﹁⋮⋮お前なぁ⋮⋮﹂
調子いいぞと呆れつつ、レンは出来るだけ噛み砕いてユリアの出
した例え話を解説してくれた。
﹁お嬢様、旦那様がお戻﹂
﹁エリカあああああああああああっ!!﹂
﹁!?﹂
90
突進、という言葉が相応しいほどの勢いで駆け寄ってきたフェル
ディナンドは、その勢いのまま薄っすらと魔術の余韻を纏う娘を抱
き上げ、くるくるとダンスし始めた。
報告を途中で遮られた形になったセバスはやや呆れたように、遠
巻きに見守っていた使用人達は微笑ましそうに、エリカの周囲にい
た傍付き達は明らかに引いた様子で当主の奇行を眺めている。
﹁エリカ、エリカ、すごいじゃないか!魔術が使えないと落ち込ん
でいた時はこちらまで心が潰れてしまいそうだったが、まさか数日
で複数属性を使いこなせるようになるなんて。お前は本当にレティ
シアそっくりだ!﹂
﹁あ、あのお父様⋮⋮﹂
﹁ああ、レティシア⋮⋮君がここにいたら、娘の成長を一緒に喜ん
でくれただろうに。君なら、エリカの最高の師となってくれただろ
うに﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
︵結局、お父様ってお母様最愛の方なのよね。きっと私の病気がな
くても、再婚なんてされなかったはずだわ︶
かつて、フェルディナンドはエリカがメイドに殺されそうになっ
たことを気に病み、身内であろうと厳しく接するようになった。そ
していくつも持ち上がっていた再婚の話も、跡取りがいるから必要
ないときっぱり断っていた。
そこにはエリカの抱えた病や彼女の社交界における評判など、そ
ういった重荷を娘に背負わせてしまった親としての責任感もあった
だろう、とエリカは思う。
だがそれがなくとも彼は妻を深く愛し、子育てのためであっても
他の女性を後添えに迎えるという選択肢など、最初から持ってなど
いないように見える。
91
ならまぁいいか、とエリカは抵抗するのを諦めて父の肩をとんと
んと宥めるように数回叩いた。
﹁お父様、私お母様のこと何も知りませんの。どんなお顔かは肖像
画を見ればわかりますけれど⋮⋮どんなお声だったか、どんな性格
だったか、どんなことがお好きで、何がお嫌いだったか。ですから﹂
これからゆっくり教えてくださいね。
この娘の言葉を聞いた瞬間、フェルディナンドの動きがぴたりと
止まる。
﹁⋮⋮セバス、聞いたか?﹂
﹁はい、旦那様﹂
﹁よし、ではまず食事にしようじゃないか。エリカはお風呂が好き
だから、先に入って⋮⋮話はそうだな、私の寝室にしよう。その方
がゆっくりじっくり話せるからね﹂
﹁え、え?いえあの、今すぐというわけではないのですが⋮⋮﹂
﹁﹃善は急げ﹄とある落ち人はそんな言葉を残した。それはきっと
こういうことを言うんだよ。さあ行こうか、我が娘よ!﹂
﹁え、ちょっと、あの、話を聞いてええええええ!﹂
楽しそうにスキップする父に抱えられたまま⋮⋮つまりその腕の
中で盛大に揺さぶられながら、エリカはこみ上げてくる気持ち悪さ
と必死で戦っていた。
﹁⋮⋮あたしあんまり頭良くないけど、あれは意味違うよね?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮言ってやるな。仮にも雇い主だぞ﹂
﹁仮にも、は余計ですわ。まぁ、気持ちはわかりますけれど﹂
92
と、傍付き3人が﹃売られていく子牛﹄を見送るような視線を送
っていたことなど、気付く余裕もなく。
ユリアが、哀しげな旋律の歌を小さく口ずさんでいたことにも、
気付くことなく。
と引きずられていったエリカだが、フェルディナンドの妻語りは
その晩遅くまでと次の日の昼までで突如終わりを告げた。
﹁旦那様、王城から通達が届いております。旦那様とお嬢様のお二
人揃って登城せよ、とのことでございますが、いかがなさいますか
?﹂
﹁はぁ⋮⋮ついに嗅ぎつけたか。いつまでも隠し通せるものでもな
いのはわかってたが、それにしても早すぎる。あの傍付き候補達の
家のどれかが情報を漏らした、と考えるべきだろうな﹂
おやこ
国王名義で、父娘揃っての登城を促す書状が届いたのだ。
そこにラスティネルを含まないということは、国王の目的はエリ
カにあると考えてまず間違いない。
彼女は考えた。
病が快癒したことは父自身が公に発表しているし、それを明かさ
れたところで問題はない。
それ以外であの場にいた傍付き候補やその保護者達が知り得て、
更にその情報を漏らされて不都合がありそうなことは⋮⋮。
︵権力の集中、かしら?うちは公爵家だし、赤騎士団長の養女と伯
爵家の子息令嬢が傍付きですもの︶
93
ただでさえ才能のあるエリート部隊と呼ばれた黒騎士団を設立し
たフェルディナンドの評判は高く、その部下達も彼を慕って騎士を
辞め領地までついてきたという逸話まで残っているくらいなのだ。
そんな彼が当主をつとめる公爵家のご令嬢、その傍に落ち人であ
り赤騎士団長が実力を認めた養女のユリア、そして魔術の才能があ
るシュヴァルツ家のレナリアとレンウィード姉弟までついている。
実力主義のこの国において、公爵家とはいえ一貴族であるローゼ
ンリヒトに権力・実力が集中過ぎるのは危険だ⋮⋮と国王が考えた
としてもなんら不思議はない。
フェルディナンド自身は権力になどまるで興味はないのだが、周
囲はそう見てくれないということだろう。
ここで、選択肢が大きく分けて二つある。
ひとつは、権力の集中を避けるためエリカの傍付きを辞めさせる
よう命じるか⋮⋮もうひとつは、フェルディナンドが万が一にも実
力行使にでないように人質を王城に確保しておくか。
︵⋮⋮⋮⋮まさか⋮⋮まさか、その人質が⋮⋮私?︶
以前、レンも言っていた。
傍付きを諦めたテオドールが次の手段を取ってくるとしたら、﹃
てんぷれ﹄は婚約者になることだと。
エリカに近づくなら、今は空席になっている婚約者の席に座れば
いい。
そしてエリカさえ取り込んでしまえば、彼女を溺愛しているフェ
ルディナンドは手も足も出せない。
いや、もしかすると奪還を試みるかもしれないが、その場合は堂
々と彼を断罪しある程度権力を削ぐことができるのだから、それは
それで問題なしだ。
94
国王には王子が3人⋮⋮うち第一王子は既に婚約者が内定してい
るが、第二王子と第三王子はまだ未定だったはずだ。
そのどちらかとエリカを婚約させることで、彼女はいずれ王族に
なるという枷をつけられることになる。
﹁⋮⋮カ、エリカ?どうしたんだい、ぼんやりして。⋮⋮顔色が悪
いようだが、今日はお断りを入れようか?﹂
﹁⋮⋮いいえ、お父様。あの﹂
﹁うん?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮大丈夫、ですから。陛下をお待たせするわけにも参りま
せんし﹂
﹁そうか。なら気分が悪くなったらすぐに言うんだよ?﹂
テオドール
エリカは、かつての生とは違う道を歩き始めた。
不実な裏切り者は傍付きとはならず、落ち人であるユリアや転生
者であるレン、博識なレナが傍にいてくれる。
それだけで﹃死亡ふらぐ﹄は折れたものだと、そう思っていたの
だが。
︵﹃死亡ふらぐ﹄が一本だけだなんて誰が言ったの?⋮⋮新たに立
たないなんて、誰も言ってないんだわ︶
今ここに、大きなフラグが立てられようとしていた。
王族との婚約、という厄介極まりない﹃死亡フラグ﹄兼﹃いじめ
フラグ﹄が。
95
11.貴族令嬢の婚約事情
貴族の令嬢の婚約事情、といってもこの国では﹃家の影響力﹄に
よって時期が異なる。
例えばそれほど国に対して影響力を持たない、もしくは新興貴族
で横の繋がりに乏しい家の場合は、その家の当主に判断が委ねられ
ている。
利害の一致で相手を選ぶもよし、自由恋愛させるもよし。
遅くとも社交界デビューの日までに相手を決めておく家が多いが、
中には相手が決まっておらず血縁者にエスコートされるご令嬢もい
ないわけではない。
対して、国にとって無視できないほどの影響力を持つ家の場合。
ローゼンリヒト家ほどでなくとも国の中枢で活躍し、また王妃や
側妃らの親族であったり、もしくは大国に血縁者がいる場合などで、
これ以上影響力を持たれては困るという家はそこそこ存在する。
そういった家に関しては、相手を決めるまでは当主判断というと
ころまでは一緒だが、最終的に是非を下すのは国王である。
故に、実際に婚約という関係が結ばれるのは令嬢の持つ実力がわ
かり始める頃、おおむね10歳前後というのが普通だ。
︵我が家は少々⋮⋮いいえ、かなり特殊ですわね。私を国外に出す
わけにもいきませんもの︶
通常、公爵令嬢ともなれば外交カードとして使われることも多い。
王族には敵わないまでも一流の教育は受けているし、教養も礼儀
もしっかり備わっているとなれば王女が不在の場合は充分有効なカ
ードになりえる、というわけだ。
96
ちなみに当代の国王には娘が二人⋮⋮そのうち15歳になる第一
王女は既に、付き合いの長い隣国への輿入れが内定している。
第二王女はまだ5歳、実力のほどがわかっていないからか国内の
貴族に降嫁するか国外に嫁ぐかは、今後の教育結果を見て判断され
るらしい。
ということで、王女二人がいる当代国王の外交カードとして使わ
れる可能性がもとより低かったエリカだが、もとより魔力の保有量
が半端でなく多いということで注目されていたところへ、今回どこ
からか漏れた﹃魔力飽和の病が快癒した﹄という情報を受けて、そ
の可能性は全くなくなってしまった。
その上複雑なのが、他貴族とのバランスの問題である。
公爵令嬢というだけで既に貴族の最高位にいる彼女が、もし王族
に嫁ぐことになったとしたら。
王族側としては娘を溺愛するフェルディナンドへの牽制となり、
更に魔力の多い子を授かる可能性が高くなるので一石二鳥だ。
フェルディナンドの性格上﹃妃の父﹄として政治に口出しする危
険性は薄く、その上有能な治癒術師になるだろう兄ラスティネルへ
の人質も兼ねているため、ここはぜひとも縁を結びたいところだろ
う。
が、他貴族にしてみればそれは脅威以外のなにものでもない。
公爵令嬢が王族に嫁ぐイコール正妃になるという可能性が高いの
だから、伯爵位以上の爵位を持っている家にとっては最大のライバ
ルとなるはずだ。
訪れた王城では、まずフェルディナンドのかつての部下であった
らしい門番に涙ぐまれ、そして帰るまでの護衛としてついた騎士達
にも熱烈歓迎された。
97
﹁お久しぶりです、団長﹂
﹁私はもう団長ではない﹂
﹁そうでした、フェルディナンド様。⋮⋮ご令嬢もご機嫌麗しゅう﹂
﹁見るな、話しかけるな、穢れる﹂
﹁ははっ、相変わらずのご様子で安心致しました﹂
嬉しそうに話しかけてくる元部下に対して、これはないだろうと
いうほど冷ややかな態度を崩さないフェルディナンド。
父にエスコートされながらはらはらとその様子を見守っていたエ
リカは、さして気にした様子もない元部下の口調や言葉から、元々
父が在籍中からこんな感じだったのかとようやく少しだけ安堵した。
きっとその頃は、いずれ妻になるレティシアに対して独占欲丸出
しで他の男を牽制していたのだろう、と考えると妙に微笑ましい。
ぽんぽんと軽快に言い合いしていた元上司と元部下、その二人が
ほぼ同時に黙り込んだのはいくつめかの角を曲がったところだ。
不思議に思ったエリカがさりげなく周囲に注意を払うと、それま
では落ち着いた気品漂う調度品ばかり並んでいた廊下が、どういう
わけかカーテンも窓枠も置物も部屋の扉でさえも装飾が華美になっ
ており、床でさえもいつの間にか絨毯敷きになっていた。
もしかして王族の居住区に入ったのかしら、とエリカが内心首を
傾げたその時
﹁エリカ﹂
と、父が低く囁くように呼びかけてきた。
﹁賢いお前のことだから、呼び出された理由は察しがついていると
思う。もし、この先で不当な⋮⋮君の感情を無視するような命令を
98
下されたとしたら、お父様はお前を連れてどこまでも逃げるよ。勿
論、ラスティネルも邸の使用人もお前の傍付きも連れて﹂
﹁お父様⋮⋮﹂
決して王族に聞かれてはならない、それは不穏な宣言だった。
国を乗っ取ると宣言しなかっただけまだマシか。
歩調を合わせるように数歩先を歩いている父の元部下は、聞こえ
ているはずなのに何も言わない。
そもそも、彼に聞こえるような位置関係にあるのにこんな発言を
するのだ、見るな触るな近寄るなと言葉では冷ややかに牽制してい
ても、やはり相応の信頼関係は築けているということなのだろう。
こちらです、と先導の彼が立ち止まり脇に避ける。
そこにあったのは、ここまで見てきたものとは比にならないほど
大きく、豪奢な両開きの扉。
警備兵が脇に二人つき、更にその隣に騎士が二人控えている。
言われなくともわかる。ここが謁見の間なのだと。
フェルディナンドは愛娘と繋いでいた手を放し、その手で銀色の
柔らかな髪を撫でた。
大丈夫だよ、安心しておいで。そう囁く声が聞こえるような、父
の大きな手。
この手に、かつての彼女もずっと守られてきた。
自信なく俯き、自分磨きを怠り、優しくしてくれたテオドールだ
けを傍に置いて、彼の忠誠を絶対的なものとして信じきっていた愚
かな公爵令嬢。
そんな彼女を見捨てなかったのは、邸の古参の使用人達と家族で
ある父と兄。
99
いつも温かく見守ってくれた父、悩みすら受け止めようとしてく
れた兄。そんな二人に報いることもできず、結局一度は命を落とし
てしまった。
エリカは、顔を上げた。もう俯いて床ばかり眺めているような、
そんな自分は捨ててしまおう、と。
さすがに腕を組むことはできないが、手を伸ばして父の手首辺り
に小さな手を添えると、少し驚いたような赤褐色の双眸が嬉しげに
細められた。
﹁行くよ﹂
﹁はい﹂
﹁ローゼンリヒト公爵フェルディナンド様、ならびにご令嬢エリカ
様、ご到着ー!!﹂
宣言役の騎士が高らかに告げると同時、両脇にいた兵士が二人が
かりで大きな扉を外側へと開いた。
室内は、外の華美な装飾と比べるとやや控えめな印象を受けた。
どちらかというと飾りは最低限、かわりに威厳を持たせるような
建築様式になっており、ところどころ国の象徴である意匠が彫られ
てある。
謁見の間と呼ばれるここは、国王よりも身分の低い者との顔合わ
せで使われることもあり、国王ならびに王族の座す席は数段高いと
ころに設置されている。
他にも付き合いのある他国の王族、つまり対等もしくは先方が上
位である場合は、外交の間と呼ばれるここより更に広く多少装飾を
派手にしたような部屋に案内し、互いに座して対話できるようにな
100
っているようだ。
フェルディナンドはやや斜め前方の床を見ながら、デビュー前で
あるエリカはしずしずと父の隣につき従いながら、決して視線を上
げることなく進んでいく。
許可を受ける前から王族を直接目にするのは不敬、と言われてい
るからだ。
︵⋮⋮意外と少人数⋮⋮なのかしら︶
居並ぶのは恐らく大臣職にあるだろう中年から老年の男性達、紫
のローブを身に纏った宮廷魔術師達、そして赤・青・緑・白・黒の
五色の騎士服を着こなした男達。
そのうち黒の騎士服を着た男は先ほどフェルディナンドを出迎え
に出た元部下であったし、赤の騎士服を窮屈そうに着ているのは何
度か挨拶をしたことのあるユリアの養い親、セドリック・マクラー
レンだ。
彼らの列が途切れる手前で、フェルディナンドは立ち止まりその
場に膝をついた。エリカもそれに倣い、先日ようやく﹃完璧です﹄
との言葉をもらった淑女の礼をとる。
とはいえまだ長時間同じ姿勢でいるのは無理なようで、王族から
楽にするようにと声がかかるまでは身を屈めたままでいなければな
らないという苦痛に、自然と顔からは笑顔が消えた。
﹁楽にせよ﹂
そう声がかけられたのは、エリカのか細い足が限界を告げるより
ほんの僅か前。
101
フェルディナンドに促され立ち上がったエリカは、そこでようや
く前に座す王族達の方を見ることが許された。
一言で表すならば﹃派手﹄
何度か謁見経験のあるユリアの言っていたように、居並ぶ彼らは
非常に眩しかった。
まずは正面に座す国王陛下。年齢は50歳を超えた程度だという
が、5歳は若く見える。
実力主義の国で国王の座を勝ち取ったというだけあり、魔術も剣
術も相応の実力を持っているのだという。
白髪交じりの金の髪を後ろへ撫でつけ、口髭をたくわえた姿は威
厳たっぷりではあるが、その双眸には狡猾な光も宿っており一筋縄
ではいかない相手であると、見る者が見ればすぐにわかる佇まいだ。
その向かって左側に座すのが正妃。国王との年の差を考えると恐
らく40代半ばほどだがこちらも若々しい。
彼女は隣国の王女として生まれ政略的に嫁いできたのだが、隣国
内でもそしてこの国内でも女性としてはかなりの剣の腕前を持って
いるのだとか。
顔立ちは文句なく美人ではあるがややキツめ、娘である第一王女
をそっくりそのまま年を重ねさせた姿と言ってもいい。
国王の右側に座すのが第二妃。
この国では正妃が第一、そしてその補助として第二妃が座し、そ
れ以外は生家の身分関係なく側妃と呼ばれる。何が違うのかといえ
ば、側妃は公式の場には出ることを許されないのだ。
その第二妃として選ばれた彼女は国内の侯爵家から嫁いできた魔
術の使い手であり、穏やかに笑うその顔立ちからは考えられないほ
ど発言は辛辣で、少々浪費家であるという噂もある。
102
正妃の隣に座しているのが彼女が産んだ子供二人⋮⋮似通った顔
立ちの第一王女と第一王子だ。
第一王女は今年15歳、母から受け継いだらしき剣の腕前はめき
めきと上達し、今では新人騎士との手合わせでは負けなしという結
果を出すほどであるらしい。
そして13歳である第一王子、彼の剣の腕前は姉にはやや劣るも
のの魔術に関しては明らかに彼の方が上であり、今年入学したヴィ
ラージュ総合学園で早くも魔術科のトップとして君臨している。
第二妃の隣で足をぶらぶらさせているのが彼女が産んだ子供二人
⋮⋮こちらは殆どそっくりな5歳の双子、第二王女と第三王子だ。
5歳であるためまだ本格的な教育は施されておらず、表情を取り
繕うことも知らない子供二人は退屈そうにむくれている。
とにかくおとなしく座っているようにとキツく言われているのだ
ろう、時折むずがるように身じろぎしては第二妃にキッと睨まれ泣
きそうな顔になっているのがちょっと微笑ましい。
彼らは一様に大きめのアクセサリーを身につけ、ごてごてと装飾
を施した動きにくそうな服を身につけ、ちょうどいい具合に天窓か
は
ら差し込む光を受け、それぞれ背後に護衛を従えて座っている。
その護衛が腰に佩いた抜き身の剣がぎらりとした光を放っており、
眩しさをますます引き立てているのだから堪らない。
あまりの眩しさに直視することができず、視線を横にそらした先
⋮⋮そこに﹃彼﹄はいた。
居並ぶ王族達のキラキラ眩しい衣装や装飾品と比べ、﹃彼﹄は地
味と評してもいいほど簡素な服を着ていた。勿論王族の列に並んで
103
いる以上は最上級の生地を使い、最高級の職人によって仕立て上げ
られた一級品であるのは間違いないのだが。
装飾品も、﹃彼﹄の場合はピアス一対。それだけだ。
︵第一王女、第一王子、第二王女、第三王子⋮⋮それではあの方が
⋮⋮第二王子︶
第二王子は現在9歳。
正妃のもとに第一王女、次いで第一王子が生まれた後、王が気ま
ぐれに手をつけた侍女から生まれたのがこの第二王子だ。
王の子を授かった侍女は側妃となり、現在は離宮で暮らしている
という。
やはり正妃、第二妃の子とは違い公の場に出ることの出来ない妃
の子ということで、やや離れた位置に座した彼は己の立場など気に
する様子もなく、凜と前を向いている。
強いな、とエリカはこの場において例え虚勢であっても臆した様
子を見せないこの第二王子に、好感と共感を抱いた。
どうしても、何が何でも王族に嫁がなければならないなら、それ
ならこの方がいいと思う程度には。
﹁ローゼンリヒト公フェルディナンドよ﹂
﹁はっ﹂
﹁貴公の娘は今年8歳⋮⋮この三人のいずれともそれほど年は離れ
ておらぬ。どうだ、三人の息子のうち誰かと縁を結ばぬか?﹂
﹃三人のうち誰か﹄と告げられたことで、エリカのみならずある程
度言われることを予測していたフェルディナンドでさえ、思わずか
ちんと固まった。
104
︵あの、国王陛下⋮⋮⋮⋮第一王子殿下には既に婚約者候補がおら
れるはずでは?︶
105
12.悪夢のフラッシュバック
﹁恐れながら、陛下。第一王子殿下には既にしかるべき家柄の婚約
者がおられると聞き及んでおります。それにできることなら、我が
娘には他の誰かと寵を競うことのない互いにただ一人の相手を、と
考えておりますのでこのお話はなかったことにしていただきたく、
お願い申し上げます﹂
発言したフェルディナンドの声は硬かった。
その表情は、先ほど娘に﹁意に沿わぬ命令ならお前を連れて逃げ
る﹂と熱烈な恋人のような宣言をした時同様、どこまでも真摯なも
のだ。
エリカの位置からはわからないが、並んで見ている者達⋮⋮特に
フェルディナンド・ローゼンリヒトという男をよく知るかつての部
下は気付いていた。
タブー
彼の赤褐色の瞳が、怒りを孕んで真紅に変わりかけていることに。
そして願った。どうか国王陛下がこれ以上彼の禁忌に触れません
ように、と。
だが願いも虚しく
﹁なあに、婚約者と言うてもまだ候補の段階だ。いくらでも変更は
きく。無論正妃として迎えるつもりであるし、正妃と第二妃は互い
に協力し合う関係であるから寵を競うというのは当て嵌まらぬな﹂
﹁ですが先方のご令嬢やご家族には既に内定の通知をお出しになっ
ておられるのではありませんか?破談にした上でかわりに我が娘を
となりますと、いらぬ恨みを買いましょう﹂
﹁ふうむ⋮⋮公はほんに娘想いだな⋮⋮しかし心配はいらぬ。王子
であれば妃は一人、だが王太子となれば正妃候補、第二妃候補と二
106
人を傍に置くことが許される。グリューネ侯には婚約者候補にと告
げてあるだけだ、フィオーラ嬢には第二妃としてついてもらえばそ
れでよい﹂
﹁⋮⋮⋮⋮フィオーラ・グリューネ⋮⋮﹂
ぽつん、とエリカが小さく呟いた言葉はフェルディナンドでさえ
も聞き取ることができず、彼は﹁どうした?﹂と優しく娘に問いか
けた。
が、彼女の瞳は何も映さず。ぼんやりと何もない壁の辺りを見つ
め、ゆらゆらと揺れている。
﹃エリカ様、と仰るのですね。わたくし、グリューネ侯爵家のフィ
オーラと申します。どうぞ仲良くしてくださいませ﹄
﹃エリカ様はもう少し外に出られた方がよろしいですわ。ほら、テ
オドールもそうだと申しておりますもの﹄
﹃ふふっ、テオドールとは実は幼馴染という関係なのです。幼い頃
から彼は周囲の令嬢達の憧れでしたの。ですから彼を堂々と連れて
歩けるエリカ様を皆羨んでいるのですわ﹄
次々と浮かんでは消えていく、金の髪の少女。
彼女はキラキラと菫色の双眸を輝かせ、楽しそうに笑いながらエ
リカに語りかけている。
今ならわかる。その瞳の奥に、隠しきれない優越感が潜んでいる
ことが。
あの頃の彼女にはわからなかった、だから親しげに話しかけてく
れたフィオーラにうっかり心を許してしまった。
107
﹃わたくし、身篭りましたの。⋮⋮テオドールの子ですわ﹄
嬉しそうに、幸せそうに、彼女はおなかを撫でながら笑う。
もはや、その瞳に宿る憎悪や嫌悪感、嘲りを隠そうともせずに。
彼女は歌うように語った。
毎夜、エリカにおやすみなさいと優しげに囁いた彼が、その後す
ぐにフィオーラの部屋で朝まで過ごしていたこと。
寝物語に、エリカの世話はうんざりだと零していたこと。
その頃︻聖女︼と呼ばれ始めていたフィオーラの傍に、︻忌み子︼
と蔑まれ続けたエリカは相応しくないと言っていたこと。
エリカを︻忌み子︼だと言い始めたのは、テオドール本人であっ
たこと。
﹁いや⋮⋮﹂
﹁エリカ、エリカ!?どうしたんだ、気をしっかり持ちなさい!﹂
﹁いやあああああああっ!!死ぬのは、殺されるのは嫌ぁっ!!﹂
両手で頭を抱え込むようにして蹲った娘を、フェルディナンドは
庇うように抱え込む。
その身に溢れる魔力が、精霊王の加護の範囲を超えて噴き出して
こないように。
娘の心を傷つける何かから必死で護ろうとするかのように。
抱え上げ、ぎゅっと胸元に抱きしめながら彼は呆然と眺めている
周囲の大臣や騎士達、そして驚愕の眼差しを隠せない王族達に視線
を走らせ、強い口調で暇を告げた。
﹁陛下、私は何事もなければ国に対し叛意など抱きはしません。私
108
の望みは、家族と共に穏やかに暮らすこと。もし娘が心から王子殿
下に想いを寄せることがあれば、その時は反対などせぬつもりでお
りますが⋮⋮⋮⋮どうか幼いこの娘に、そして殿下方にも無理を強
いられませぬよう。では、御前を失礼いたします﹂
フェルディナンドはそのままエリカを抱え込んで、ひとまず王都
にある別邸へと身を寄せた。
マティアスは領内にいて、今から呼び寄せたのでは時間がかかる。
かといって腕の中でぐったりを気を失っている娘をこのままにして、
領地には戻れない。
迷っている暇などないとばかりに、彼はマティアスの師であり既
に現役を引退している老医師に使いを出した。
そして返事を待っている間に、王城に入る直前まで付き従ってき
たエリカの傍付き3名を宿から呼び寄せ、眠るエリカに付き添うよ
うに頼んで自ら老医師の下へと駆けて行った。
昏々と眠るエリカの顔は明らかに蒼白で、余程辛いことがあった
のか眦に涙が溜まっている。
眠りながら泣いている、それに気付いたレナが柔らかいタオルを
取り出し、そっと優しく目尻を拭う。
﹁⋮⋮⋮⋮事情、大体聞いてきたけど。3人いる王子の誰かに嫁げ
って言っときながら、実際は第一王子の正妃にってゴリ押しされた
らしい。で、その話の最中にお嬢様が奇声を上げて倒れたことで、
旦那様が怒ってそのまま帰ってきたってわけだ﹂
﹁ちょっと待って。第一王子って確か婚約者がいたわよね?なんで
も名門侯爵家のお嬢様で、3つの属性に高い適正が現れたからとか
109
って強引に進められた縁談だって聞いたけど﹂
﹁詳しいな﹂
﹁そりゃね。3年前エリカに助けてもらった後、しばらく王城で暮
らしてたんだもん。きゃあきゃあ騒ぐフリしてたら、メイドさん達
があれこれ教えてくれたのよねー﹂
﹁⋮⋮強かだな、ちょっとだけ見直した﹂
エリカのためよ!と胸を張るユリアにはいはいと適当に応じ、レ
ンは話を続けた。
エリカの母であるレティシアは、時々予知夢を見ることがあった
らしい。
原因はよくわかっていないようだが、魔力の保有量が多かったか
らなのか、それともその魔力の質が良かったからなのか、精霊にか
なり愛されていたことで未だ解明されていない精霊の神秘の力を借
りられたのではないか、と言われている。
娘であるエリカは母よりも適正のある属性が多く、魔力の質も高
い。そして精霊王の加護も得ている。
そのことで、夢の中ではなく現実に﹃予知﹄を幻という形で見て
しまったのだろう、というのがフェルディナンドの見解であるよう
で、王城を辞す時にもそう説明してきたのだそうだ。
﹁ま、実際は過去に体験したことをフラッシュバックしたわけだが
⋮⋮問題はその原因にある。ユリアの言うように、正妃にと強く勧
められた第一王子には、既に婚約者がいる。その話をしていた途中
で声を上げたというから、多分間違いなくそいつが原因だ﹂
﹁⋮⋮フィオーラ・グリューネ嬢ですわね。確かお嬢様の﹃過去﹄
のお話にも何度も出た名前ですわ﹂
﹁フィオーラって⋮⋮ちょっ、それって!!﹂
﹁大声出すな、お嬢様が起きる﹂
110
﹁だって、そんなの酷いよ⋮⋮っ﹂
フィオーラ・グリューネ侯爵令嬢。
年はエリカと同じで、現在8歳。珍しい3属性への適性持ちとい
うことで社交界でも既に注目を集め、5年後にはヴィラージュ総合
学園への入学がほぼ確定している。
豪奢な金の巻き髪に神秘的な菫色の双眸、清廉な雰囲気とたおや
かな仕草で男性のみならず女性達をも虜にした彼女は、当初優しげ
な言葉でエリカに近づき信頼を得ておいて、一気に絶望の中に突き
テオドール
落とした張本人である。
フィオーラ
手を下した卑怯者への評価が低いのは勿論のこと、エリカが心底
や
絶望を味わうように手を回した悪辣な似非聖女に対する、エリカの
傍付き達の評価は地を這うほど低い。
ゾウリムシ
﹁とりあえず、その歯磨き粉みたいな名前のお嬢様、さくっと殺っ
てくる﹂
﹁こら待て単細胞﹂
意気揚々と武器を取りに出て行こうとしたユリアの襟首をレンが
慌てて引っ掴み、室内に引き戻す。
咄嗟のことで反応できなかったレナも言われた意味がわかったの
か、やれやれこの子はと呆れた顔になっている。
や
﹁まだ何もやらかしてないそのお嬢を殺ったところで、お前が犯罪
者になるだけだぞ﹂
﹁だって、テオドールはエリカのこと誑しこむ気満々だったじゃな
い。だったらそのお相手だってその気だって考えられるでしょ?﹂
﹁だとしても、だ。とにかく物理的解決手段は後に取っとけ。何か
仕掛けられたら、その時は倍返しでも100倍返しでも好きにすり
111
ゃいい﹂
﹁そうですわ、ユリア。その時は私も一緒に背中を踏みつけて⋮⋮
あらやだ、うふふ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
一瞬、レナの背後に女王様的な何かが見えた気がしたが⋮⋮ユリ
アもレンも全力で見えなかったフリをした。
エリカが目を覚ましたのは、それから丸一日経ってからだった。
夜通し涙や汗を拭き続けていたレナには泣き出され、様子を見に
来たユリアには跳びつかれ、フェルディナンドに知らせに走ってか
ら部屋に来たレンには頭を撫でられる。
そして慌てて駆けつけたフェルディナンドに抱き込まれ、ぐしゃ
ぐしゃに頭を撫で回され、泣かれた。
︵もしかして⋮⋮私があの時死んだ後も、泣かせてしまったのかし
ら⋮⋮︶
かつての彼女も、今の彼女と同じほど愛情を注いでくれた父のこ
とだ、娘が死んだと聞かされたなら数日部屋にこもって泣き暮らす
くらいはやりかねない。
そして誰よりも娘が信頼し、心を寄せたテオドールとフィオーラ
が裏切ったのだと知ったら、全力で報復行動に出るだろう。
もしかすると、エリカが知らないだけであの事件の後にはそんな
展開があったのかもしれない。
幸せになるのだと微笑んでいたフィオーラも、忌々しげにエリカ
を睨みつけていたテオドールも、そして復讐者と化した父も、恐ら
く兄も⋮⋮皆、幸せにはなれなかった。そんな未来があったのかも
112
しれない。
父と娘、二人揃って泣いた後
﹁エリカ、あの時何が見えたのか⋮⋮お父様に話してもらえないか
?﹂
静かに問われ、エリカは頷いた。
かつての自分の経験はまだ話せない、だが父がそれをエリカの能
力だと思ってくれているのなら、あの時感じた恐怖を伝えて分かち
合ってもらえたら⋮⋮そうすればまた前を向けるのではないか、そ
う思ったからだ。
彼女は話した。
フィオーラ嬢の名を聞いた瞬間、何故か自分の死の映像が浮かん
できたのだと。
彼女ともう一人、やたらと顔の綺麗な男が並んだその場で剣に刺
し貫かれる、そんな幻を見たのだと。
ほんの少し事実を捻じ曲げて、震えながらそう語った。
﹁⋮⋮女性の方はフィオーラ嬢で間違いないのかな?﹂
﹁恐らく。そう、名を呼んでいた気がしますので﹂
﹁男性の方は第一王子殿下?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮いえ。黒髪だったことはわかるのですが⋮⋮王子殿下は
金髪ですし、違う方だと思います﹂
﹁黒髪、ね⋮⋮﹂
わかったよ、と彼は立ち上がる。
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もう一度娘を抱きしめその髪に頬ずりしてから、彼は領主の顔へ
と表情を一変させた。
上着のポケットに入れていた小型の通信機を取り出すと、領地で
領主代行を務めているセバスにパスを繋ぐ。
これも落ち人が開発した、あちらの世界では携帯電話と呼ばれる
ものだが、違うのは個々の魔力を認識して直接相手にパスを繋ぐ、
という魔術具として使われていることだ。
﹁にわかには信じがたい話だが、正直信じないわけにもいかない大
人の事情も絡んでいるのでね。グリューネ侯爵とその令嬢について、
少し探ってみることにしようか。⋮⋮ああ、セバスか。できるだけ
早急にグリューネ侯爵家へ間諜を送り込んでくれ。そうだな、ある
程度長期で頼む。それと、明日には傍付き達を連れて帰るから、教
育のメニューを見直しておくように﹂
言うだけ言ってパスを切ると、フェルディナンドはふうっと大き
く息をついてからもう一度娘を見下ろした。
﹁エリカ、お前は公爵令嬢だ。命を狙われる危険性は高いし、下級
の貴族と比べて恨みを買うことも多いだろう﹂
﹁はい﹂
﹁だがお前もラスティネルも私とレティシアの大事な子供だ。そし
て私の生きがいだ。何者かに害される危険があるのなら⋮⋮それが
事前にわかっているのなら、親として危険要素から遠ざけたいと考
えるのは当然のことなんだよ。だから、私を信じて。いいね?﹂
決して悪いようにはしないから。
父の顔でそう言われて、エリカは頷いた。
114
だが後日、ユリアとレンから聞いた話は彼女の不安を煽った。
彼らのかつての故郷では、﹃悪いようにはしない﹄という言葉が
使われた後は殆ど﹃いい結果﹄をもたらさないのだと、そう聞いた
から。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n3733ck/
REVENGER ∼やり直しが許されるなら、今度こそ ∼
2015年3月31日09時47分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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