アメリカのケリー国務長官がシリア政府と交渉する必要が

2015 年 3 月 16 日
No.269
シリア:アメリカのケリー国務長官がシリア政府と交渉する必要があると表明
アメリカのケリー国務長官は、2015 年 3 月 15 日に放映された CBS の番組の中で、
「シリア
における政治的移行のため、アメリカはシリアのバッシャール・アサド大統領と交渉せざるを
得なくなるだろう」と表明した。15 日付の『ハヤート』紙は、ケリー長官が従来アメリカの高
官の常套句だった「アサドはあらゆる正統性を喪失しており、同人は辞任すべきだ」との表現
を用いなかったと指摘した。その一方で、ケリー長官は、
「我々はいつでも、
“ジュネーブ 1”
会議の枠内で交渉するつもりがあった」と強調した。ジュネーブ 1 会議とは、2012 年に反体
制派の一部やそれを支援する諸国、ロシアなどが参加して開催された会合で、紛争当事者であ
るシリア政府を排除して紛争後のシリアの政治体制の枠組みを設定しようとした試みである。
ただし、ここで設定された枠組みについては、アサド政権の排除を前提としているのか否かで
各々の当事者の解釈が割れている。
評価
過去数年間、シリア紛争に対するアメリカの政策は、シリア政府の正統性を否定し没交渉に
陥ると共に、在外の反体制派組織や「穏健な」武装勢力のようなシリア国内に全く影響力を持
たない主体を支援するというものだった。そのため、
「イスラーム国」対策についても、シリ
ア紛争の打開についても、アメリカはシリア国内での連携先や足場を欠いた状態で問題に対処
してきた。今般のケリー国務長官の発言は、このような状況を脱するための最初の一歩となり
うる。アメリカ政府の高官が、アサド大統領の辞任やシリア政府の打倒を交渉や事態打開の前
提条件とはしない旨表明したことは、シリア紛争の当事者に少なからぬ影響を与える可能性が
ある。アメリカで対シリア政策に関与した要人の中では、フォード前駐シリア大使が 9 日付の
『Foreign Policy』誌で「穏健な」反体制派への支援継続・増強では事態は打開できないと指
摘し、反体制派の軍事司令部の編成、反体制派武装勢力の行動制御などで一層の介入が必要で
あり、それが不可能ならばシリアへの関与そのものを手控えるべきだとの論考を著している。
ここから、アメリカの政府や関係者の間では対シリア政策の修正についての議論がかなり具体
的に進められ、ケリー長官の発言もそれなりの準備を経たものと考えられる。従って、アメリ
カ政府のシリアに対する態度・政策は、急旋回を遂げるのではなく、一定の時間をかけ、段階
を踏みつつ、要人発言の表現振りや空爆に関する連絡・調整の方法を変化させていくことが予
想される。
その一方で、シリア紛争の当事者の中には、カタルがアル=カーイダに忠誠を表明した「ヌ
スラ戦線」を買収してアル=カーイダと絶縁させ、自らの傭兵同然にして利用することを試み
るなど、アメリカの利害や思惑に反する行動をとるものが依然として多い。また、アメリカが
“ジュネーブ 1”会議で設定した枠組みに基づき在外の反体制派を担い手とする政治的移行を
目指したり、
「穏健な」反体制派を育成して「イスラーム国」対策に起用したりすることに固
執すれば、シリア政府との交渉そのものが実現困難となる。
現在、
「国民連立」をはじめとする在外の反体制派は、シリア国内で支持を得ることも、拠
点を確保することもできないでいる。また、過去数カ月の間にアメリカが支援してきた「穏健
な」反体制派が「ヌスラ戦線」に相次いで敗退し、
「穏健な」反体制派はフォード前大使が求
めたような統一的な中央司令部を編成することはおろか、構成員となる人員の確保すらおぼつ
かない状態にある。ここから、アメリカの対シリア政策は今後もシリア政府との連携・調整と
いうより現実的な方向へ移っていかざるを得ないと思われるが、その際調整が必要となるのは
「国民連立」や「穏健な」反体制派ではなく、トルコ、サウジ、カタル、イスラエル、イラン
のような地域の有力国やロシアになるだろう。
(髙岡上席研究員)
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