核交渉に翻弄されるイラン石油 ・天然ガス事業の現状と展望

JOGMEC
K Y M C
JOGMEC 調査部
増野 伊登
アナリシス
核交渉に翻弄されるイラン石油
・天然ガス事業の現状と展望
はじめに
2 0 1 4 年 1 1 月 2 4 日、
イランの核開発問題に関する包括的合意の期限を迎えたものの、イランと P5+1
(国
連安保理常任理事国の英米仏露中および独)の間で合意に至らず、協議を更に 7 カ月間延長することが
決定された。これにより、
少なくとも合意の可能性が無に帰すという最悪の事態は避けられた。しかし、
核濃縮の権限をめぐるイランと米国間の見解の隔たりは依然として大きく、新しく設定された期日
2015年6月30日までに妥結点に到達することができるのか、経済制裁の解除は果たして実現されるのか、
今もって先行きは不透明である。石油・天然ガスともに大きなポテンシャルを持つイラン。核交渉の行
方次第では、イランのエネルギー事業、ひいては世界経済全体に影響を及ぼし得る。本稿では、イラン
の石油・天然ガス業界の現状と展望を報告するとともに、核協議のこれまでの動向を整理し、今後の見
通しについて検証したい。
なお、本稿は 2 0 1 5 年 2 月 1 3 日時点の情報に基づいている。
1. 石油・天然ガスの生産と輸出の状況
(1)
概要
(2)経済制裁による影響
イランの原油確認埋蔵量は、ベネズエラ、サウジア
①エネルギー分野に対する制裁
(表 1)
ラビア、カナダに次ぐ 1,5 7 0 億バレルで、世界第 4 位に
過去数年間の原油生産量の推移について述べる前に、
位置している(BP 統計)。原油生産量(コンデンセート
これまでイランのエネルギー関連事業に対してどのよう
を含む)は 1 9 7 4 年に 6 0 6 万 b/d を記録するも、1 9 7 9 年
な制裁が科されてきたのか、振り返ってみたい。1 9 7 9
のイラン・イスラム革命と翌
年のイラン・イラク戦争の勃
b/d にまで落ち込んだ(図 1)。
革命と、続くイスラーム共和
国の成立を受け、外資が保有
700
万b/d
600
国内消費量
生産量
500
していた石油権益は全て国営
400
石 油 会 社 National Iranian Oil
300
Company(NIOC)に強制的に
200
引き継がれたことで、外国か
100
生産量はいまだ革命前のレベ
ルを大きく下回っている。
2011
2009
2007
2005
2003
2001
1999
1997
1995
1993
1991
1989
1987
1985
1983
1981
1979
1977
1975
1973
1971
1969
からの制裁措置とも相まって、
1967
米国をはじめとする国際社会
1965
らの投資は停滞したばかりか、
年
2013
発を受け、1 9 8 1 年には 1 3 2 万
出所:BP 統計を基に筆者作成
図1 原油とコンデンセートの生産量・国内消費量
17 石油・天然ガスレビュー
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17
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年のイラン・イスラム革命以来、米国は種々の経済制裁
2012年1月23日に採択されたEU制裁決議
(イラン産原油・
をイランに科してきた。とりわけ、エネルギーに関係す
石油製品の禁輸、EU 内のイラン中央銀行の資産凍結)
、
る制裁の支柱を成すのは、1 9 9 6 年 8 月 5 日に制定された
同年 7 月 3 0 日の米国大統領令 1 3 6 2 2(イラン産原油およ
び石油化学製品、貴金属の禁輸)
などがこれにあたる。
「イランおよびリビア制裁法」
(ILSA:Iran and Libya
*1
Sanctions Act)である 。元々、イランのエネルギーセ
このほか、イラン産原油を輸送するタンカーへの保険
クターに対する 2,0 0 0 万ドル以上の投資行為などを制裁
または再保険サービスの提供も制裁対象となった。該当
対象として制定された。
するものとしては、上述の EU 制裁決議に加え、2 0 1 2
ハタミ大統領政権下の 2 0 0 2 年 8 月には、国内の反体
年 8 月 1 0 日に米で制定された「イラン脅威削減およびシ
制派が、国際原子力機関(IAEA)に未申告の核施設(ナタ
リア人権法」(Iran Threat Reduction and Syria Human
ンズのウラン濃縮施設とアラクの重水炉)の存在を暴露
Rights Act§2 0 1)
、2 0 1 3 年 1 月 2 日に成立した米国防
したことで、核問題が大きな焦点として浮上することに
授権法、2 0 1 3 年 7 月 1 日に発効した「イラン自由および
なる。同年 1 月の一般教書演説において、イランを「悪の
対 拡 散 法 」(IFCA: Iran Freedom and Counter-
枢軸」
と名指ししたブッシュ米大統領にとっては、これが
Proliferation Act)などが挙げられる。
制裁強化の正当性を裏付ける格好の材料となった。2 0 0 3
~ 2 0 0 4 年には、EU3(英仏独)との間でウラン濃縮活動
②石油の生産量と輸出量
の停止に向けた二つの合意が成立するなど、核問題の解
2 0 11 年末から 2 0 1 2 年夏にかけて米国と EU が禁輸等
決に向け一定の前進が見られたが、2 0 0 5 年 8 月にアフマ
に関する制裁措置に踏み切ったことで、図 2、図 3 に見
ディネジャード氏が大統領に就任したことで事態は一変
るように、生産量・輸出量の減少に拍車がかかっている。
する。イラン政府の対欧米姿勢が硬化したために、EU3
現状の原油生産能力は 4 0 0 万 b/d 強と言われるも、2 0 1 4
との交渉は頓挫し、イランは再び濃縮活動を強行した。
年 1 2 月の生産量は 2 8 4 万 b/d(IEA 統計)にとどまった。
こ れ を 受 け、2 0 0 6 年 以 降、
国連や欧州連合(EU)
、米国以
外の国々も次々と対イラン制裁
関連法案を可決している。米国
においても、
「包括的イラン制
裁・責任・剥奪法」
(CISADA:
380
360
340
320
Comprehensive Iran Sanctions,
300
Accountability, and Divestment
280
Act)
(2 0 1 0 年 7 月 1 日)をはじ
260
めとする法案が 成立したこと
240
で、制裁発動要件は徐々に拡大
されていった。
万b/d
1 2 3 4 5 6 7 8 9101112 1 2 3 4 5 6 7 8 9101112 1 2 3 4 5 6 7 8 9101112 1 2 3 4 5 6 7 8 9101112 月
2011
2012
2013
2014
年
出所:国際エネルギー機関(IEA)統計を基に筆者作成
図2 原油生産量
国際社会によるこれら一連の
制裁措置は、イラン経済の疲弊
化につながったが、国内石油産
300 万b/d
業に更なる追い打ちをかけたの
250
*2
止) 、同年 1 2 月 3 1 日に成立し
た 米 国 防 授 権 法(§1 2 4 5)
、
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
学製品のイランへの販売を禁
0
1985
連機器、サービスおよび石油化
50
1984
1 3 5 9 0(エネルギーセクター関
100
1983
11 月 21 日 の 米 国 大 統 領 令
150
1982
油の禁輸措置である。2 0 1 1 年
200
1981
発表された米国と EU による石
1980
が、2 0 1 1 ~ 2 0 1 2 年 に か け て
年
出所:米国エネルギー省エネルギー情報局(DOE・EIA)統計を基に筆者作成
図3 原油輸出量
2015.3 Vol.49 No.2 18
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核交渉に翻弄されるイラン石油・天然ガス事業の現状と展望
一方、
2011年に243万b/dであっ
た原油輸出量は、2 0 1 3 年には
300
1 3 2 万 b/d へとほぼ半減してい
250
る。これを受け、イランの石油・
200
ガス収入は、2 0 11 ~ 2 0 1 2 年の
1,1 8 0 億 ド ル か ら、2 0 1 3 ~
2 0 1 4 年には 5 6 0 億ドルに急減
したとされる。サウスパース・
ガス田からの生産量増加に伴
い、
増産傾向にあるコンデンセー
トは別として* 3、対イラン制裁
万b/d
EU
中国
インド
日本
韓国
トルコ
その他
150
100
50
0
2011
2012
2013
2014
年
出所:通関統計や各種情報を基に筆者作成
の影響による輸出低迷と投資減
図4 各国のイラン原油輸入量の推移
により、全体的には生産能力が
伸び悩んでいるのが現状だ。
これに対しザンギャネ石油大
臣 は、2 0 1 4 年 4 月、 イ ラ ン 暦
1396年
(2017年3月からの1年間)
には生産量を 5 7 0 万 b/d(原油
4 7 0 万 b/d、コンデンセート1 0 0
30
万b/d
25
20
万 b/d)に増加させたいとの意思
を明らかにするとともに、生産
能力の強化、EOR 技術の導入、
国境付近における探鉱活動の推
進に注力していくことを強調し
ている。現在、1 5 2 億ドルを投
じて、西部油田群(南北アザデ
ガン、南北ヤラン、ヤダバラン
など)の生産能力を全体で 5 5 万
15
10
5
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12 月
出所:石油連盟統計を基に筆者作成
図5 日本のイラン原油輸入量の月別推移(2014 年)
b/d 増加させることを目標とし
た 4 カ年計画を策定中で、増産
に向け態勢整備が進んでいる。
しかし、制裁が解除され、投資
環境が改善されなければ、目標
の達成が困難であることは言う
までもない。
インドネシア
3%
イラン
5%
その他
10%
サウジアラビア
32%
クウェート
7%
現在のところ、イラン産原油
の主要輸入国は、日本、中国、
韓国、インド、トルコの 5 カ国
である(図 4)
。イランの原油輸
ロシア
8%
出 量 は 2 0 1 3 年 に 1 3 2 万 b/d に
まで落ち込んだものの、IEA に
よれば、2 0 1 4 年 2 月には日本、
中国、韓国、台湾、インド、ト
ルコへの輸出量は 1 6 5 万 b/d を
記録し、2 0 1 2 年中旬の EU 経済
カタール
11%
アラブ首長国連邦
24%
出所:通関統計などを基に筆者作成
図6 日本の原油調達先(2014 年)
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制裁の発動以来最大レベルに達した。2 0 1 4 年第 1 四半期
基地として使用することを念頭に、2 0 1 3 年 2 月に大連
から第 3 四半期までの 9 カ月間で見ると、台湾を除く上記
(Dalian)の原油・コンデンセート貯蔵タンクのリース契
5 カ国への輸出量は前年比で 2 0 万 b/d 増となっている。
約を締結している。ここに、アジアへの輸出を更に強化
これは、主にサウスパース・ガス田からのリース・コン
していこうとするイランの狙いを見て取ることができる
デンセートの増産に起因していると考えられる。
が、国際的な石油需給の緩和と原油安の煽りを受けて、
2 0 1 4 年を通して見ると、特に中国とインドへの輸出
輸出量が先細る恐れは否めない。事実、2 0 1 4 年 8 ~ 1 1
量の伸びが顕著だ。同年のインドへの輸出量は 2 7 万
月の中国による輸入量は、上半期の 6 3 万 b/d から 4 3 万
9,0 0 0b/d と、2 0 1 3 年の 1 9 万 3,0 0 0b/d から約 4 5 %増と
b/d にまで減少しており、イランの原油収入に今後どの
なり、5 カ国のうちで最も高い増加率を見せている。中
ような影響をもたらすのか、注目されるところだ。
あお
国向け輸出量に関しても、2 0 1 3 年の 4 2 万 8,0 0 0b/d か
ら 2 9% 増加し、5 5 万 b/d を記録した。また、原油のほ
③天然ガスの生産量と輸出量
かにも、コンデンセート(約 1 0 万 b/d)、ナフサ、重油、
確認埋蔵量 1,1 9 2.9 兆 cf を誇るイランは、世界第 1 位
LPG の輸出も伸びている。日本に関して言えば、2 0 1 4
の天然ガス埋蔵国である(BP 統計)
。しかし、第 2 位の
年のイランからの原油輸入量は約 1 7 万 b/d であり、現
ロシア(1,1 0 3.6 兆 cf)と第 3 位のカタール(8 7 1.5 兆 cf)が、
在のところ日本にとっては 6 番目に大きい原油調達先と
ガス輸出国としての存在感を発揮するなか、開発の度重
なっている
(図 5、図 6)
。
なる遅れに見舞われているイランは、豊富に眠る資源を
また、NIOC は、中国をはじめ東アジアに向けた中継
十分に活用できていない。2 0 1 3 年の天然ガス生産量は
1 6 1 億 cf/d と、 前 年 比 で 6 億
cf/d 増となり、一応ゆるやかな
18
がら増加傾向にはあるものの、
十億cf/d
図 7 のとおり生産量の大半は国
16
14
国内消費量
内消費と油層圧力維持に充てら
生産量
12
れている。現在のところ、トル
10
コや旧ソ連圏に向けてパイプラ
8
インで少量を輸出しているのみ
6
年
2012
2013
2010
2008
2006
2004
2002
2000
1998
1996
1994
1992
1990
1988
1986
1984
1982
1980
1970
1978
このように、輸出余力がほと
0
1976
2
1974
である
(2013年は9億cf/d、
図8)
。
1972
4
出所:BP 統計を基に筆者作成
んど残っていない状態にあるた
め、天然ガスは主要な外貨収入
源とはなっていないのが現状
図7 天然ガスの生産量と国内消費量
だ。2 0 1 4 年 4 月 の ザ ン ギ ャ ネ
石油大臣の発言によれば、イラ
1,000
ンは、ガス生産量をイラン歴
百万cf/d
1 3 9 6 年(2 0 1 7 年 3 月~)までに
900
1 0 億 cm/d(3 5 3 億 cf/d)に増加
800
700
させたい構えである。しかし、
600
繰り返しになるが、制裁解除と
500
投資の活発化が増産の大前提と
400
なることは必至である。
300
200
(3)国内需要増への対応
100
0
2009
2010
2011
出所:OPEC 統計を基に筆者作成
図8 天然ガス輸出量
2012
2013
年
上述のように、石油・天然ガ
スともに国内消費量は伸び続け
ており、イラン政府筋からは、
2020年までに同国がエネルギー
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核交渉に翻弄されるイラン石油・天然ガス事業の現状と展望
輸入国に転じるとの声も聞かれる。2 0 1 0 年には、アフ
る。イラン石油省の Mohammad Ardeshiri HSE 局長に
マディネジャード前大統領がエネルギー商品(および食
よれば、随伴ガス(原油の生産に随伴して産出されるガ
料品)に対する政府補助金の削減に踏み切ったものの、
ス)を採取し輸送するためのインフラが整備されれば、
期待されたほどの成果は上がらなかった。2 0 1 4 年 4 月
年間 2 億ドルの節約につながるという。これを受け、イ
には、ロウハニ現大統領が、再度ガソリンをはじめとす
ラン南東部のスィースターン・バルーチェスターン
るエネルギー価格の引き上げを実施しており、一定の効
(Sistan Baluchistan)州に位置する五つの発電所や工場、
果が期待されている。
一般家庭 2 8 万世帯にガスを供給することを目的とした
NIOC の子会社 Iranian Fuel Conservation Company
6 0 億ドル規模の事業が計画されており、既に政府から
(IFCO)(ザンギャネ氏が前回石油大臣在任中の 2 0 0 0
承認が下りている。
年に設立。国内のエネルギー消費の動向に関する情報を
このほか、公共交通機関の整備(鉄道・地下鉄網の拡張、
管 理 し、 効 率 化 の 方 途 を 模 索 す る た め の 機 関 ) の
バス・タクシーの車両改良、電気自動車の普及など)を
Nosratollah Seifi 代表は、2 0 1 3 年の国内エネルギー消費
目的とした計 1 2 事業(投入予定資金 3 0 0 億ドル)も計画
量(1 6 億 boe)が前年比で 1 0 %以上の増加を見せたこと
中である。石油省の元高官 Mahmood Khaghani 氏(元カ
に触れ、インドネシアやメキシコの二の舞いを避けるた
スピ海石油・天然ガス局長。退官後はコンサルタントと
めには、2 0 2 0 年までに国内消費量を半減させるべきで
して活動)が専門誌のインタビューに答えたところ、
「イ
あると発言している。
ランはエネルギーの管理能力に欠けており、マクロな視
同氏によると、第 6 次開発計画(2 0 1 5 ~ 2 0 2 0 年)の
点でエネルギー政策を考える必要がある。ザンギャネ石
一部として、
エネルギーの効率化と消費量削減のために、
油大臣は、消費(の問題)について多大なる関心を寄せて
5 年間で 1,0 0 0 億ドルが投入される予定だ。効率化にお
いる」と発言するとともに、真の解決策は公共交通機関
いてまず優先課題となるのが、天然ガスの有効利用であ
の発展にあることを強調した。
2. 核交渉の今後の行方
注目されるのは核交渉の行方だ(表 1)
。これまでの経
緯を振り返ると、2 0 1 3 年 1 0 月に開始した P5+1 とイラ
暫定合意における P5+1 側の措置概要
ン間の協議は、同年 1 1 月 2 4 日に、制裁緩和に係る「第 1
・原油輸出規制(約 1 0 0 万 b/d)
段階措置」
の履行で暫定合意を結ぶところまで進展した。
・在外凍結資産
(原油売上金月額 7 億ドル)
の一部還流
しかし、2 0 1 4 年 7 月 2 0 日に期限が設定されていた包括
・石油化学製品、貴金属、自動車産業制裁の停止
的合意は実現せず、協議を 4 カ月間延長することが決定
・民間航空機へのスペアパーツ提供
された(同年 1 1 月 2 4 日まで)
。そして、2 回目の期限を
・追加制裁の凍結 など
迎えた 2 0 1 4 年 1 1 月 2 4 日、更なる延長が発表されたの
は記憶に新しいところである。今回の延長期間は 7 カ月
2 0 1 3 年 1 1 月 2 4 日に P5+1 とイランの間で交わされた
間であり、
その期限は2015年6月30日に設定されている。
暫定合意に基づき、2 0 1 4 年 1 月 2 0 日より「第 1 段階措置」
2 0 1 5 年 1 月 2 1 日のブリンケン米国務副長官の発言によ
が開始したが、これによりイランに対する制裁は若干緩
れば、これに先んじる同年 3 月には、技術面など細部に
和された。原油輸出規制(イランによる原油輸出量を約
関する点を除き、
大枠での合意を目指すとのことである。
100万b/dの範囲で認める)、在外凍結資産の一部還流
(イ
ランが海外凍結口座に預金している石油収入を、
イラン・
(1)
制裁の現状とイラン経済への影響
リアルで平均して月額 7 億ドル還流する)などの措置に
核協議の展望について検証する前に、まずイランに科
加え、石油化学産業や自動車産業が制裁外となった。こ
されている制裁の現状を整理するとともに、同国経済に
れらを受け、国際通貨基金(IMF)は、イランの GDP 成
与える影響についても触れておきたい。
長率がイラン暦 1 3 9 2 年(西暦 2 0 1 3 年 3 月~)
のマイナス
1.7 %から 1 3 9 3 年(2 0 1 4 年 3 月~)には 1.5 %まで回復す
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るとの予測を発表している。インフレ率・失業率ともに
いないことから、その詳細を知ることは困難である。し
依然高いレベルにあるとはいえ、イラン経済の縮小傾向
かし、制裁の網を潜り抜けた複雑な決済方法をとる必要
は多少和らいだ感がある。
があるので、密輸量自体は少量にとどまると考えられる。
油価が急落し始めたのはまさにそんな時だ。ロウハニ
大統領によれば、2 0 1 4 年夏以降続く原油安の影響で、
(2)核協議をめぐる動き
イランの原油収入は約 3 割減少した(2 0 1 4 年 1 0 月 2 9 日
包括的合意の締結に向けた協議は、2 0 1 4 年 1 2 月、ジュ
付イラン石油省公式情報サイト Shana 記事)
。同国の財
ネーブで再開された。今後の協議の最大の争点は、これ
政均衡油価(国家の財政収支を均衡させる原油価格)は、
まで同様「ウラン濃縮の権限」をめぐる意見の相違である。
2 0 1 1 年にバレルあたり 8 4 ドルであったのに対し、2 0 1 4
イランの最高指導者ハメネイ師は、遠心分離機の規模を
年には 1 3 0 ドルにまで上昇したと見られる。これを受け
現状の 1 万 9,0 0 0 基から将来的には 1 0 倍にまで拡大した
IMFは、
石油価格に起因する2015年のGDP成長率が0.3%
いとしている。一方の米国は、数千基への削減を要求し
低下するとの予測を打ち出している。
ており、両者間の隔たりは依然として大きい。また、合
そうしたなか、ザンギャネ石油大臣は、2 0 1 5 年 1 月
意実現においてネックとなるのは、米・イラン両国にお
1 8 日、石油輸出国機構
(OPEC)
加盟国との間で油価下落
ける強硬派の存在だろう。2 0 1 4 年 1 1 月に行われた米中
を阻止するための協議は依然続けているものの、自国の
間選挙で民主党が大敗を喫したことで、野党である共和
生産を抑制する予定はないと明言したばかりか、バレル
党が下院のみならず上院においても多数派となった(上
あたりの価格が 2 5 ドルにまで下がったとしてもイラン
院:民主党 5 3 名→ 4 6 名、共和党 4 5 名→ 5 3 名。下院:民
のエネルギー業界に影響はないとの強気発言を行ってい
主党 1 9 9 名→ 1 8 6 名、共和党 2 3 3 名→ 2 4 4 名)
。上下院
る。同発言の根拠は定かでないが、
長期的視野で見れば、
間の「ねじれ」が解消されたことで、政策方針の決定は以
原油安による石油収入の減少がイラン経済に打撃を与え
前よりは円滑に行われるかもしれない。しかし、イラン
ることは否定しようのない事実である。しかし、一方で、
との核合意への道のりということで言えば、オバマ政権
同国が経済制裁という特異な状況下に置かれていること
にとって舵取りが更に難しくなったことは明らかである。
を忘れてはならない。輸出量の増減にかかわらず、目下
今回の交渉期限延長と「第 1 段階措置」の継続を受け、
のところ海外資産は凍結されているため、イランは輸出
共和党からは相次いで反発の声が上がっている。ロイス
から得た収入に自由にアクセスすることができない状態
下院外交委員長は自身の声明で、延長期間中は制裁緩和
にある。
措置を撤廃すべきとの姿勢を打ち出しているほか、マケ
現状では、2 0 1 3 年 1 1 月 2 4 日の「第一段階措置」に基
イン上院議員も声明を発表、追加制裁の必要性を主張し
づき、イランには少なくとも「月額 7 億ドル」の収入が保
ている。また、共和党員のみならず、民主党内部にも制
障されている。2 0 1 4 年 1 1 月 2 4 日に合意期限が再度延
裁を支持する議員は少なくない。2013年12月19日には、
長されたのを受け、翌日米財務省は、延長期間中は上記
民主党のロバート・メネンデズ上院議員をはじめとする
措置を維持する方向である旨明らかにした。また、アー
超党派グループが新イラン制裁法案「Nuclear Weapon
ネスト米大統領報道官も記者会見で、交渉中は追加制裁
Free Iran Act of 2 0 1 3, S1 8 8 1」を議会に提出した。
を科さない立場を鮮明にした。本決定により、イランは
対するオバマ大統領は、2 0 1 5 年 1 月1 6日、ホワイトハ
7 カ月間の延長期間中に在外凍結資産のうち約 5 0 億ドル
ウスで行ったキャメロン英首相との共同記者会見で、また
を受け取ることが可能になる。IMF の発表によると、
1 月2 0日の一般教書演説においても、追加制裁は交渉の
イランが海外の口座に積み上げている資産は 1,0 0 0 億ド
決裂を招きかねず、仮に同法案が議会を通過しても拒否
*4
かじ
ル強に上ると見られ 、これらが底を突かない限り、ま
権を発動するとの意向を明らかにしている。これを受け、
た制裁緩和措置が継続される限りにおいては、イランは、
1月2 7日、メネンデス上院議員は、3 月2 4日までに何らか
引き続き控え目ながらも持続的な収入を得ることになる
の形で大枠合意が得られない場合に限って同法案の可決
だろう。
を目指すと述べ、若干ながら態度を軟化させている。
ところで、公式販売ルートとは別に、密輸によって得
一方、イラン国内の動きはどうか。特筆すべきは、ア
られる石油売却代金もまた小規模とはいえイランの収入
フマディネジャード前大統領時代に改革派勢力が周縁に
源になっていると見られる。これは、イラン政府がヒズ
追いやられ、穏健保守派と保守強硬派らが政治・宗教・
*5
やシリアのアサド政権に対して供与していると
経済のあらゆる分野において存在感を増したという事実
される援助資金同様、公的な予算のなかに組み込まれて
である。改革派のロウハニ大統領の誕生により、テクノ
ボラ
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核交渉に翻弄されるイラン石油・天然ガス事業の現状と展望
表1 核問題をめぐる動きとエネルギー関連の動向
政権
ハタミ
年
2002
アフマディネジャード
核問題をめぐる動き
反体制派が建設中の核施設の存在を暴露
2003
EU3(英仏独)とイランによるサーダバード合意成立
(イランはウラン濃縮等の活動を停止)
2004
EU3 とイランによるパリ合意成立
(イランは濃縮関連活動を完全に停止)
2005
EU3 との交渉頓挫、ウラン転換を再開
2006
4 月 イランが 3.5%ウラン濃縮を開始
石油・ガス開発をめぐる動き
サウスパース(フェーズ 6-8、9-10)の契約締結
アザデガン油田開発契約締結
(INPEX 75%、NICO 25%)
アザデガンのオペレーターシップを NICO に譲渡
出資比率変更(INPEX 10%、NICO 90%)
7 月 国連安保理決議 1737 採択
9 月 米国イラン自由支援法制定
2007
3 月 国連安保理決議 1747 採択
2008
3 月 国連安保理決議 1803 採択
2009
1 月 オバマ米大統領就任
12 月 ヤダバラン油田開発契約締結(SINOPEC)
6 月 サウスパース(6 ‐ 8)のオペレーターシップ移転(Statoil →イラ
ン)
9 月 アザデガン出資比率変更(INPEX 10%、NICO 20%、CNPC
(注)
70%)
2010
2 月 イランが 20%ウラン濃縮に着手
6 月 サウスパース(11, 13)に関し、Total、Shell 等が NIOC と交渉す
るも、未契約のまま撤退
6 月 国連安保理決議 1929 採択
10 月 INPEX がアザデガンから撤退(NIOC 30%、CNPC 70%)
7 月 米国対イラン包括制裁法(CISADA)制定
7 月 EU 制裁決議(投資・貿易への制限、資産凍結等)
2011
11 月 米国大統領令 13590
12 月 米国 FY2012 国防授権法 §1245 制定
2012
1 月 EU 制裁決議(イラン産原油・石油製品の禁輸、7 月より実施)
7 月 米国大統領令 13622
9 月 米国イラン脅威削減およびシリア人権法制定
10 月 CNPC がサウスパース(11)から撤退
10 月 EU 制裁決議(イラン金融機関との取引禁止)
12 月 米国イラン自由および対拡散法(FY2013 国防授権法)制定
ロウハニ
2013
8 月 ロウハニ大統領就任
8 月 ザンギャネ石油大臣就任
9 月 国連総会、ロウハニ・オバマ電話会議
10 月 イランと P5+1 による核協議開始
10 月 Total の E&P 部門幹部がイランを訪問、ザンギャネ大臣と会談
11 月 イランと IAEA、査察拡大で合意
12 月 ザンギャネ大臣、陸上の 5 主要油田(Ahwaz、Marun、
Gachsaran、Bibi Hakimeh、Aghajari)への外資受け入れ方針を表明
11 月 24 日 イランと P5+1、制裁緩和に関する「第 1 段階措置」で合
意(包括的合意の期限を 2014 年 7 月 20 日に設定)
12 月 アリ・マジェディ石油省次官、10 社以上の欧米メジャー、アジア
企業 1 社と接触したと発言
12 月 OPEC 総会の場でザンギャネ大臣と Eni、OMV、Vitol の CEO お
よび Shell が接触
2014
1 月 12 日 イランと P5+1、共同行動計画実施で合意
1 月 ダボス会議(ロウハニ大統領登壇)の場で、ザンギャネ大臣と Eni、
Shell、Total、BP 等が接触
1 月 イタリア、イギリス、スウェーデンが代表団派遣
1 月 20 日 「第 1 段階措置」が開始
2 月 100 人規模のフランスの経済代表団がイラン訪問。Total、GdF、
Technip 等も参加
3 月 サウスパース(12)が生産開始
4 月 イラン石油省、CNPC の南アザデガン油田権益を没収
7 月 19 日 包括的合意の期限を半年間延長(2014 年 11 月 24 日まで)
新契約方式(Iran Petroleum Contract)の説明会(ロンドン)が 2015 年
2 月に延期
8 月 米、追加制裁を決定(イランの核・ミサイル開発に関与した約 30
企業を制裁対象に追加)
9 月 協議再開
11 月 11 日 露がイラン南西部ブーシェフルに原子炉を最低 2 基建設す
ることで合意
11 月 24 日 包括的合意の期限を 7 カ月間延長
(期限を新たに 2015 年 6 月 30 日に設定)
12 月 30 日 米財務省、3 企業・6 個人を制裁対象として追加指定
(注)2009 年 9 月 29 日付 BBC 記事より
出所:報道等を基に作成
23 石油・天然ガスレビュー
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クラートのザンギャネ氏が石油大臣に返り咲くなどの復
交渉においては越えてはならない一線、いわゆる「レッ
活劇を見せてはいるが、保守派の温床でもあるイスラー
ドライン」が存在することを再三強調しており、核開発
ム革命防衛隊(1 9 7 9 年の革命を機に設立。共和国軍とは
の権利を放棄しないとの基本姿勢は変えていない(2 0 1 4
一線を画し、独自の権限を持つ)
、前アフマディネジャー
年 1 0 月には、
「ウラン濃縮の能力を 1 9 万 SWU〈Separate
ド政権関係者、その他強硬派議員など、核交渉において
Work Units〉に強化することは絶対的に必要である」と
欧米諸国に阿ることをよしとしない勢力は今なお根強い。
発言している)
。しかし、2 0 1 4 年 1 1 月 2 7 日に同師は、
これに対し、ロウハニ大統領は徹底抗戦の構えである。
核協議に反対しなかったのと同じ理由で、協議の延長に
2 0 1 5 年1月4日、同氏は、経済制裁に喘ぐイラン経済を救
も反対はしないと言明するなど、交渉の進展を後押しす
済するためには、ビジネス分野における政府の独占状態を
るような姿勢も見せており、穏健・改革派および保守・
排し、国際的孤立から脱却することにより、持続可能な経
強硬派の二大勢力間のバランス取りに尽力していること
済成長を実現することが肝要である、との発言を行った。
が窺われる。2 度目となる交渉期限に向けては、ハメネ
この上、経済改革の是非に関し、国民の判断を仰ぐための
イ最高指導者がどこまで保守勢力を懐柔できるかが鍵と
投票を実施したいとの考えすら表明している。イランの政
なるだろう。
おもね
あえ
うかが
治体制内で保守派の権威は依然強大であるが、世論もま
(3)今後の見通し
た無視できない影響力を持っている。2 0 0 9 年には、保守
強硬派政権の誕生に対し市民が数カ月にわたるデモを敢
今後の核協議の行方であるが、①イランと P5+1 間で
行した例もある。早期の経済回復を求める国民の声が大き
妥結点を見出すことがかなわず、交渉が完全に頓挫する
くなれば、ロウハニ大統領にとっては追い風となるだろう。
か、②合意期限が更に延長されるか、③合意が実現する
また、2 0 1 5 年 1 月以降、アフマディネジャード大統領
か、という 3 通りのシナリオが想定される。①と②につ
時代の汚職疑惑が次々と明るみに出るという事態が続い
いては、上述のとおり米・イラン両国に強硬派勢力が存
ており、これもまた交渉推進派を後押しすることが予想
在しているということもあり、実現の可能性を否定でき
される。同年 1 月 2 1 ~ 2 2 日の報道によれば、石油収入
る段階にはない。しかし、汚職疑惑の発覚によるイラン
を選挙活動に不正流用した廉で、ラヒーミー前第 1 副大
強硬派の権威低下に加え、2 0 1 4 年夏以降に起きた二つ
統領が 5 年間の禁錮刑に処され、約 3,6 0 0 万ドルの罰金
の事象を主な要因として、③の確率が高まってきたとい
かど
支払いのほか、使い込んだ資
金(約 8,0 0 0 万ドル)の賠償も
命じられた。革命防衛隊を中
心とする強硬派にとっては、
ハメネイ最高指導者
核交渉における発言力の低下
(任期なし)
のみならず、国内における権
任命
任命
選出
威失墜をも招く事態である。
こうした状況下で最も注
目されるのは、絶対的な権力
を持つハメネイ最高指導者
の対応である。イランの政治
体制を理解する上で忘れて
はならないのが、ハメネイ師
とうすい
体制利益判別評議会
護憲評議会
護憲評議会と国会間の
調停役として機能
国会が憲法とイスラーム法に
抵触していないかを審議する機関
ラフサンジャニ議長
ジャナンティ事務局長
任命
調停
国軍
フィールズアーバーディ
統合参謀総長
革命防衛隊
ジャアファリ
革命防衛隊総司令官
任命
時に対立
専門家会議
86名(法学者のみ)
任命
認証・罷免
立法権
行政権
司法権
(アリー・)ラリジャニ
ロウハニ大統領
(任期4年)
(サーデグ・)ラリジャニ
国会議長
(国会議員290名)
選挙
司法長官
選挙
選挙
こそが、統帥権、主要ポスト
の任命・承認・罷免権の行使
者であり、大統領は限定的な
国民
権限しか有していないとい
約8,080万人(うち有権者数約5,050万人)
うことである(図 9)。このた
め、最高指導者の動向を追う
ことが何より重要となる。
ハメネイ師はこれまで、核
出所:JOGMEC 作成
図9 イランの政治体制
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核交渉に翻弄されるイラン石油・天然ガス事業の現状と展望
うことは特筆すべき点である。
強硬派を中心とする追加制裁支持派にとっては追い風と
その一つ目は、ISIL(ISIS とも表記される。同組織は、
なる可能性がある(2 0 1 5 年 1 月 2 6 日のバドリ OPEC 事
2 0 1 4 年 6 月 2 9 日に「IS(イスラーム国)
」と改称)をはじ
務局長の発言によると、石油市場は 1 5 0 万 b/d の供給過
めとするテロの脅威が高まったことだ。中東地域におけ
多にある)
。目下、石油収入に自由に手を付けられない
る大国イランは、イラク、シリアにおいて一定の影響力
状況にあるとはいえ、外貨資産の減少をもたらす制裁の
を保持しており、両国政府との間に太いパイプを有して
強化をイランが歓迎する道理はなく、このことが、同国
いる。イランとの協力は対テロ政策の強化という観点か
にとっては、早期の合意締結に向けた圧力となるだろう。
ら見ても重要な要素である。このため、P5+1 を含む国
一方、P5+1 にとっては、供給過多と原油安が、交渉
際社会側にとっては、合意へのインセンティブも同時に
を有利に進めるための脅しとして非常に有効に作用する
強まったと考えられる。二つ目は石油需給の緩和および
と考えられ、多くの石油市場関係者が低油価の長期化を
油価の下落である。現状が続く限りにおいては、国際石
示唆している現今、合意実現への可能性が一層増したこ
油市場はイランからの追加供給を必要としなくなり、米
とは明らかである。
3. 資源開発の現状
イラン政府にとっての優先課題は、原油・天然ガス生
はそれ以上となる老朽油田であるため、回収率の維持が
産能力の増強と、輸出量の拡大である。特に石油は主要
問題で、イラン政府は IOC(International Oil Company)
な国家収入源であるため、原油の生産・輸出レベルを制
が持つ EOR 技術の適用に期待をかけている。同大臣に
裁前の状態(生産量 4 0 0 万 b/d 台、輸出量約 2 5 0 万 b/d)
よれば、沖合の Salman、Forouzan、Sirri 油田について
にまでいかに回復させるかが鍵となる。天然ガスについ
も外資導入の余地が検討されているとのことである。
ては、開発の進展もさることながら、国内需要の高まり
をどう抑えるかという難問にも取り組む必要がある。注
②西部油田群の開発促進
目すべき重要案件として挙げられるのが、以下の 3 点だ。
既述のとおり、イランは、1 5 2 億ドルを投じる予定の
①陸 上 5 主 要 油 田(Ahwaz、Marun、Gachsaran、
4 カ年計画の一部として、北アザデガン、南アザデガン、
Bibi Hakimeh、Aghajari)
の回収率向上
北ヤラン、南ヤラン、ヤダバラン油田の開発を促進し、
②新規開発中油田の開発促進
これらの生産能力を 5 5 万 b/d 増加させることを目標に
③サ ウスパース・ガス田の開発フェーズ(1 1、1 3 ~
掲げている。経済制裁発動後に欧米企業がイランから引
2 4)
の進展
き揚げたことにより、いずれの油田についてもいまだ開
以下では、これら 3 点について詳述したい。
発フェーズ 1 の段階にあり、事業の遅れが目立っている。
同計画は既に政府によって承認されているので、今後の
(1)
石油事業
進捗状況が注目される。
①老朽油田の回収率向上に向けた
動き
2 0 1 3 年 1 2 月、ザンギャネ石油
表2 EOR 技術の適用が期待される老朽油田
大臣は、原油生産量を制裁前のレ
ベルに回復させることを目的に、
生 産 中 の 陸 上 油 田(Ahwaz、
M a r u n、G a c h s a r a n、B i b i
Hakimeh、Aghajari)の開発事業
に外資を導入したいとの方針を明
らかにしている。5 油田いずれも
生産開始から 5 0 年程度、あるい
制裁前生産量(万 b/d)
確認埋蔵量(億 bbl)
生産開始年
Ahwaz
油田名
80
148
1960
Marun
50
120
1965
Gachsaran
50
60
1940
Bibi Hakimeh
10
29
1964
5
7
1939
195
364
―
Aghajari
計
出所:各種情報を基に作成
25 石油・天然ガスレビュー
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《南アザデガン油田》
大臣は、2 0 1 4 年 5 月 6 日、イランの石油業界から中国企
南北アザデガン油田およびヤダバラン油田において
業や投資家を締め出そうという意図はないとしつつも、
は、それぞれ中国国営の CNPC と SINOPEC が操業を請
同油田開発における CNPC のパフォーマンスに関し「全く
け負っているが、2 0 1 4 年 4 月末、NIOC は、南アザデガ
満足していない」と発言している(同日付 Shana 記事)
。し
ン事業の権益を没収する旨の公式な通達を CNPC に対し
かし、これ以降イラン側からは特に目立った動きは見ら
て行った。同社は 2 0 0 9 年に南アザデガンの開発に関す
れず、2 0 1 5 年 7 月までに生産量を 7 万 5,0 0 0b/d に拡大す
る 2 5 億ドルの合意を締結し(目標生産量は 6 0 万 b/d)
、
るための作業が今も続いている。
5 2 カ月以内に石油 3 2 万 b/d、ガス 1 9 7MMcf/d を生産
《ヤダバラン油田》
する予定であった。しかし、生産開始当初と同レベルの
5 万 b/d から生産量が容易に伸びず、かねて NIOC が作
また、SINOPEC がオペレーターを務めるヤダバラン
業の加速化を催促していた。2 0 1 4 年 2 月時点のイラン
油田に関しても、ザンギャネ石油大臣は事業の遅れに対
側コントラクターの発言によ
ると、CNPC の掘削実績は、
予定されていた 1 8 5 本中わず
か 7 本にとどまったという。
アルメニア
アゼルバイジ ャン
現 在、2 0 1 5 年 2 月 ま で に
トルクメニスタン
カスピ海
1 0 万 b/d、2 0 1 7 年までに 3 2
万 b/d、最終的には 6 0 万 b/d
Astara
トルコ
Tabriz
の生産量に到達するという目
Rasht
標の下、イラン側によって事
Neka
Qazvin
業が進められている。2 0 1 5
Tehran
年 1 月 の 報 道 に よ れ ば、
NIOC傘
下
Rey
Sanandaj
Saveh
の PEDEC
Kermanshah
(Petroleum Engineering and
Arak
Development Company) と
N I D C(N a t i o n a l I r a n i a n
Drilling Company)が連携し、
計 2 1 本 の 井 戸 が 完 成 し た。
今後も掘削を精力的に進めて
いく意向で、石油省によれば
イラン
イラク アフワズ油田
Esfahan
マスジェデ・スレイマン油田
ヤラン油田
アザデガン油田
マルーン油田
アガジャリ油田
ヤダバラン油田
ダルクエイン油田
1 6 基のリグが稼働中とのこ
ガチサラン油田
ビビ・ハキメ油田
Abadan
Bandar
Khomeni
クウェート
Shiraz
ドロウド油田
とである。イラクとの国境地
Firuzabad
帯に位置する南アザデガン油
ノースパース・ガス田
ゴルシャン・ガス田
Asaluyeh
田の原始埋蔵量は 2 6 0 億バレ
サウスパース・ガス田
Bandar Abbas
ル と も 言 わ れ、 こ れ は、 約
フェルドウシ・ガス田
バーレーン
2 6 万 b/d を 生 産 し て い る イ
ラク南東部のマジュヌーン油
Kerman
ノースフィールド・ガス田(カタール)
Lavan Island
バラル油田
シリ油田
カタール
田(Shell)と地質的に連続し
た構造を持つ。
製油所
《北アザデガン油田》
南アザデガンの権益を剥奪
された CNPC であるが、北ア
ザデガンでは引き続き操業を
行っている。ザンギャネ石油
油田
サウジアラ ビア
UAE
オマーン
ガス田
出所:各種情報を基に JOGMEC 作成
図10 イランの主要な油・ガス田
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核交渉に翻弄されるイラン石油・天然ガス事業の現状と展望
する不満を表明している
(2014年5月5日付Shana記事)。
る。当初イラン政府は、年間 5,5 0 0 万トンの LNG をアジ
SINOPEC が資産売却を視野に入れているとの報道がな
ア市場向けに生産するという方針を打ち出すとともに、
されたこともあるが、6 月に同大臣は、SINOPEC とイ
サウスパースの全開発フェーズの完了によって年間
ラン石油省との関係に特段問題はないと発言しており、
1,0 0 0 億ドルの収入が得られると発表していた。核問題
権 益 剥 奪 の 可 能 性 は 当 面 の と こ ろ 低 い と 見 ら れ る。
に関連する一連の経済制裁が発動する以前に、大手外資
2 0 1 4 年 4 月時点のヤダバランの生産量は 3 万 b/d だが、
などの参入を得て開発が進んでいた一部の生産開始済み
SINOPEC は、これを同年末までに 5 万 b/d(当初目標で
フェーズにおいては、生産量がある程度伸びているもの
は 2 0 1 4 年 5 月まで)
、2 0 1 5 年中には開発フェーズ 1 の
の、外資引き揚げ以降は徐々に事業が停滞しつつある。
完了に伴い 8 万 5,0 0 0b/d にまで増加させたい意向であ
2 4 ある開発フェーズ中、既に生産が開始しているのは
る
(当初目標は 2 0 1 4 年 1 0 月初旬)
。
フェーズ 1 ~ 1 0 のほか、以前からイランが単独で進め
ていたフェーズ 1 2 も 2 0 1 4 年 3 月に生産を開始、2 0 1 4
《北ヤラン油田》
年 6 月には初となる NGL カーゴ(9 5 万バレル)を出荷し
北ヤラン油田については、
現生産量の 5,0 0 0b/d から 3 倍
に 増 加 さ せる計画だ。プロ
製油所
イラク
ジェクト・マネージャーを務
ガス田
アガジャリ油田
ヤダバラン油田
Bagherzadeh 氏 い わ く、
Bandar
Khomeni
Kerman
Shiraz
クウェート
ば、2 0 1 5 年 6 月後半には 1 万
イラン
ガチサラン油田
Abadan
NIOC からの認可が得られれ
年 3 月には 3 万 b/d への増加
油田
アザデガン油田
め る 国 営 PEDEC の Arash
2,0 0 0 ~ 1 万 5,0 0 0b/d、2 0 1 6
Esfahan
アフワズ油田
ブルガン油田
Firuzabad
ノースパース・ガス田
ゴルシャン・ガス田
サウスパース・ガス田
Asaluyeh
サウジアラビア
Bandar Abbas
フェルドウシ・ガス田
Lavan Island
バーレーン
が見込まれる。掘削が予定さ
カタール
れている 2 0 本中、6 本の井戸
ノースフィールド・ガス田(カタール)
ガワール油田
で既に作業が完了している。
UAE
オマーン
北ヤラン油田の原始埋蔵量は
9 億 9,8 0 0 万バレル、回収率
IRAN
QATA
R
は 5.3 % で、 約 5,2 4 8 万 バ レ
ルが採取可能と見られる。南
サウスパース・ガス田(イラン側)
アザデガン同様、イラクのマ
14
ジュヌーン油田と地質的に連
1,19
(2)
ガス事業
(South Pars)ガス田は、イラ
を占める世界最大級のガス田
22
23
24
7
3
8
11
ノースフィールド・ガス田
(カタール側)
である(埋蔵量 4 7 6 兆 cf)
。し
かし、開発の進捗状況は同ガ
ス田に大きく後れを取ってい
16
10
12
ンの確認埋蔵量のおよそ 4 割
フィールド(North Field)ガ
6
21
13
南部沖合のサウスパース
にあるカタールのノース
4
9
20
2
《サウスパース・ガス田》
15
5
17,18
続している。
ス田と地質的に連続する構造
Assaluyeh
ガス処理施設へ
0
20
40
km
出所:各種情報を基に JOGMEC 作成
図11 サウスパース・ガス田
27 石油・天然ガスレビュー
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アナリシス
ている* 6。
《その他》
ジャヴァディ NIOC 総裁によれば、2 0 1 4 年 3 月まで
経済の再興を目指すイランにとっても外資の存在は必
の1年間のサウスパース全体の生産量は89億cf/dに上り、
要不可欠であり、2 0 1 4 年 6 月には、洋上鉱区(Resalat、
以降の 1 年間で 9 7 億 cf/d に増加する見込みである(2 0 1 4
Esfandiar、Arash、Reshadat、Towsan、Mahshahr、
年 7 月 2 日付 Shana 記事)。とはいえ、残り 1 3 のフェー
Farzal、Alfa、Norouz)の開発を外国企業に開放すると
ズについては依然開発が遅れており、欧米企業からの
発表している。NIOC 傘下の IOOC(Iranian Offshore Oil
投資が現状期待できないなか、ファイナンスの確保が
Company)によれば、これら油・ガス田からの天然ガス
最大の課題である。また、LNG 事業については、ガス
の生産能力を 1 2 0 億 cf/d 以上、コンデンセートについ
液化技術の供与が制裁に抵触することから、自ずと棚
ては 2 0 万 b/d に引き上げる計画である* 7。イラン石油
上げになり、実現の目途は立っていない。これを受け、
省は、同年 8 月、1 5 0 億ドル規模のガス事業(イラン西
トルコ、欧州、湾岸産油国やパキスタンにパイプライ
部における処理施設の建設とパイプラインの敷設)につ
ンでガスを供給する構想が再検討されている。しかし、
いて国内外の企業(欧米企業を含む計 1 7 社)と交渉中で
上述したのと同じ理由から、早々の実現は難しいと考
あることを明かしている。
えられる。
4. 新契約方式
(IPC)
について
改定作業が進められている新石油契約方式(IPC:Iran
開発・生産段階で NIOC とのジョイントベンチャーを結
Petroleum Contract)についても述べておきたい。2 0 1 5
成することが可能になり、参加比率に応じた利益配分を
年 2 月 2 3 ~ 2 5 日の日程でロンドンで説明会が開催され
受け取るシステムになると見られる(バイバック契約に
る予定であったが、既に過去数度にわたって日程が延期
おいては、IOC は探鉱・開発のみに関与し、生産開始後
されていることもあり、2 月の開催すら危ぶむ声はあっ
3 ~ 5 年以内にオペレーターシップがイラン側に移転す
た。結局のところ、2 0 1 4 年 1 1 月に合意期限が 7 カ月間
る仕組みになっていた)
。また、契約期間が約 2 倍に延
引き延ばされたことを受けて、2 0 1 5 年 1 月には説明会
長され、2 0 年から 2 5 年の間になるようだ。上流事業で
の再延期が決定されている。
イラン国内の報道によると、
IOC の関与が長期化することは、イランにとって、開発
説明会の新日程は 9 月に変更されたようである。
技術・ノウハウの移転促進にもつながる。
既存のバイバック契約は外資にとってのリスクが高
2015年1月に契約条件見直しの特別委員会のメフディ・
く、投資意欲の減退を招いたという背景があるため、制
ホセイニ委員長が IPC の進捗状況について語ったところ
裁によって経済の疲弊化するイランにとっては、なおさ
によれば、2 0 1 5 年に入ってからも多くの点が修正され
ら契約条件のいち早い改革が求められている。2 0 1 3 年
たとのことであり、説明会の開催が待たれるところだ。
9 月に設置された特別委員会が契約条件の見直しに当
同委員長は、かつて最終的な承認までには保守派議員か
たっており、既に IPC の草案は内閣に提出され審議が進
らの反対も予想されると述べていたが、石油収入の不正
んでいる。まだ具体的な内容については明らかにされて
流用疑惑を機に保守強硬派への風当たりが強くなってい
いないが、IPC の下では、IOC が石油・天然ガスの探鉱・
ることから、早期承認への期待は高まる。
おわりに
外資の再導入には制裁の解除が大前提になることは言
ままである。しかし、世界の原油確認埋蔵量中1割近くを、
うまでもないが、肝心の核交渉の先行きは依然不透明な
また天然ガスについては 2 割近くを占めるイランの資源
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JOGMEC
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核交渉に翻弄されるイラン石油・天然ガス事業の現状と展望
ポテンシャルの大きさ、そしてビジネスチャンスの広が
の条件が整えば競争に参加する」とし、イランへの再進
りには、今なお多くの外資企業が関心を寄せている。エ
出に一定の意欲を見せている(2 0 1 4 年 1 1 月 1 4 日付日刊
ネルギーに関連する新しい動きとしては、OPEC 総会前
工業新聞記事)。
日の 2 0 1 4 年 1 1 月 2 6 日、ザンギャネ石油大臣が、ウィー
中東北アフリカ地域における政治リスクの高まり、原
ンで BP、Shell、Total、Lukoil の幹部らと会談し、イラ
油価格の急落、そしてイラン強硬派による公金横領事件
ンへの将来的な投資の可能性について協議したことを明
の発覚などを受け、核合意の実現可能性が以前より高ま
ら か に し て い る。 ま た、 こ れ に 先 ん じ て、Total の
りつつある今、外資企業においては、なおのこと、核交
Breuillac 中東探査・生産部門担当社長も、「制裁解除と
渉の進捗状況をつぶさに追い、制裁解除後を見据えた態
ともに、利益性の高い契約が必要」
とする一方、「これら
勢づくりを進めていくことが肝要である。
< 注・解説 >
* 1: 2 0 0 6 年に
「イラン制裁法
〈ISA:Iran Sanctions Act〉
」
と名称を変更。
* 2: この後「イラン脅威削減およびシリア人権法」
(Iran Threat Reduction and Syria Human Rights Act§2 0 1)とし
て法制化された。
* 3: 2 0 1 4 年 6 月のザンギャネ石油大臣の発言によれば、イランのコンデンセート生産量は 5 0 万 b/d で、このうち 3 0
万 b/d が輸出に充てられている。
* 4: IMFの報告によると、
イランの外貨準備高は、
イラン暦1390年
(西暦2011 ~ 2012年)
は922億ドル、
1391年
(2012
~ 2 0 1 3 年)
は 1,0 4 4 億ドル、1 3 9 2 年
(2 0 1 3 ~ 2 0 1 4 年)
は 1,0 7 7 億ドルである。
* 5: 1 9 8 2 年のイスラエル軍によるレバノンへの侵攻(レバノン戦争)を機に、同国において結成されたシーア派イス
ラーム組織。
* 6: サウスパース開発フェーズ12の作業は2014年3月中旬に完了し、
生産を開始した
(当初は2010年を予定していた)
。
当初の試験生産量は 8MMcm/d(2.8 億 cf/d)であるが、同月中には 1 2MMcm/d(4.2 億 cf/d)
、コンデンセート 1 万
6,0 0 0b/d を達成した。今のところ第 1 トレイン(能力 4.9 億 cf/d)が稼働中で、第 2 トレインは 5 月までに稼働開始
を予定していた。フェーズ 1 2 全体で、最終的には 2 7 8 億 cm/y(2 7 億 cf/d)
、コンデンセート 1 2 万 b/d の生産が
期待されている。
* 7: これら洋上の 9 鉱区の現生産量について、具体的な数値は公表されていないが、サウスパースを除く南部油・ガ
ス田群全体の天然ガス生産量は、およそ 6 0 億 cf/d に上ると見られる。
執筆者紹介
増野 伊登(ましの いと)
愛媛県松山市出身。
学 歴:2008 年、慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。
職 歴:2011 年 8 月から 2013 年 8 月にかけ、専門調査員として在アラブ首長国連邦(UAE)
日本国大使館に勤務。2013 年 11 月より JOGMEC 調査部で中東北アフリカ地域(主
にイランとイラク、そしてエジプト・リビアを除く北アフリカ)を担当。
趣 味:25 年来の趣味は漫画。とにかく面白い漫画を発掘することに至上の喜びを感じる。
近 況:仕事でも趣味でも目を酷使しているので、視力の低下はもちろんのこと、ドライア
イをこじらせて困っている。
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