Ⅱ-4 仮説の吟味 マグロ類の分布と回游に関する知見は以上に述べた

Ⅱ-4 仮説の吟味
マグロ類の分布と回游に関する知見は以上に述べた如くであるが、冒頭に法則性として
記した作業仮説に否定的なものはほとんどないといえよう。仮説を吟味する実験としては;
イ)標識放流実験。
ロ)発現すると予見される事象を予測し、これを漁船の操業結果や特別に計画された調
査航海によって評価する。
ことなどが有効と考えられる。
イ)の場合については既に記した。
ロ)の場合について Nakamura(1969)は以下の 3 例を挙げている。
Ⅱ-4-i
10°S 附近の太平洋にみられる海洋の不連続構造
10°S 附近の西部太平洋にみられる海洋の不連続構造が、南太平洋のビンナガの主分布域
の北限を画していることは、既に述べたところであるが、ここでは仮設の吟味の見地から
やや詳述する。
この不連続構造は、中村(1955)がマグロ類の漁況にみられる変化から、その所在を想
定し、山中(1956)が多くの調査船の観測資料と漁船の漁況に基づいて、その所在を明ら
かにしたものである。山中の記述の概要は以下の如くである。
1)北半球の冬季には強い収斂性の不連続線が中・西部太平洋の 10°S 線に沿って東西
に走っている。150°~170°S の 10°~11°S 以北の海域ではビンナガの釣獲率は
1%以下であるが、11°S 以南ではそれが 4~5%となっている。したがって両海域の
漁場としての性格は著しく異り、ビンナガの主分布域の北縁は海洋の不連続構造の
位置のおおむね一致するものといえる。
2)北半球の夏季(6 月)には、等温線の降下は 10°S 附近にはみられず、8°S 附近に
極めて不顕著な下降があり、別に 2°S 附近の 100m 層以浅にやや顕著な下降がみら
れる。10°S 以北の海域におけるビンナガの釣獲率は冬季に比して多少増大する。主
分布域の北縁は 10°S 附近にあると認められるが、2°S 附近にも分布域の北縁がや
や明瞭に現われる。
3)以上を総合すると、海洋の不連続構造がビンナガの分布に重要な役割を演じている
ものと考えられる。
Ⅱ-4-ii
南大西洋の漁場構造
1957 年 2~4 月に東光丸によって行われたブラジル近海の漁場調査については、あらま
しを既に述べたが、実験例としてやや詳述すれば以下の如くである。
この調査では、13 の延縄調査点と 25 の海洋観測点がブラジル沖合をほぼ南北に截るよう
に設定されている(第 190 図)
。
第 190 図 東光丸によるブラジル沖合の延縄調査点と漁獲物
Fig. 190
Stations of the longline experiments and the Catch.
かように調査点を設定した理由は、南北に截ることによって、異った性格の漁場すなわ
ち異った水帯を調査し得る可能性がある、と考えたことにある。調査には毎回 40 枚内外の
漁具が使用されたが、この数は一般の漁船の使用数の約 10%に当る。この調査の結果に基
づいて、中村・上村(1958)は以下のように述べている。
1) 顕著な海洋の不連続構造が 2°S 附近にみられ、
2) この不連続構造の南側での主な漁獲物はビンナガで、当業船の 1 操業当りの漁獲量
は 3~5 トンの間にあるものと想定される。
3)不連続構造の北側では、キハダが主な漁獲物で、当業船の 1 操業当りの漁獲量は 10
トン内外と見込まれる。調査の範囲ではキハダ漁場の北限は明らかでない。
4)2°S 附近にみられる海洋の不連続構造は、大西洋を横断してアフリカ近海に達する
ものと思われるから、東方に向って徐々に変化するとしても、2)と 3)に述べた状
態がアフリカ近海にまでつづく。
5)魚体がきわめて大きいことと、生殖線の発達がかなりすすんでいることから推すと、
2°~8°S の間にみられたクロマグロは、まもなく産卵に関与するものと思われるか
ら、この方面の海域には季節的にのみ出現するものと想定される。
6) 他の季節における状況には、別の調査を待たなくては言及できない。
7) 同様な調査が、中部と東部大西洋で行われることが望ましい。
東光丸の調査以後急速に発展した日本のマグロ延縄漁業の資料は、上述の 2)~5)の予測
が、少くとも 1960 年までは、妥当なものであったことを示している。1961 年以降には、
大西洋のマグロ類の釣獲率の低下が認められ、低下の状態は特にキハダに著しい。かよう
な低下は漁業の圧力によるものと考えられている。単位漁獲努力量当たりの漁獲量は低下
しているが、漁場の分布状況にはいうべきほどの変化は認められていない(第 31 図、41
図参照)
。Lima and Wise(1963)が上述の見解を支持していることは既述の如くである。
Ⅱ-4-iii
放射能汚染魚の分布
1954 年 3~5 月に、ビキニで行われた米国の核爆発実験では、第 5 福竜丸の乗組員が被
害を受けた他、いわゆる放射能汚染魚の出現が、日本のマグロ漁業界に大きな打撃となっ
た。この年の 3 月に水産庁は俊鶻丸によって、放射能に汚染されたマグロ類やその他の生
物および海水について調査を行うこととなり、調査を企画するための委員会を組織した。
著者も委員会の一員として参画し、ここに述べた作業仮説に基づいて以下のような見解を
述べた。
1)汚染魚が急速に広大な海域に拡散するのは、汚染海水の拡散によるとみるよりも汚
染魚の移動によるとみるのが妥当と思われる。
2)汚染魚の出現度は、ビキニの位置する北赤道流域に最も大きく、赤道反流域では著
減し、南赤道流域では無視し得る程度のものであろう。
3)それ故調査はこれらの三海流域にわたって行われるべきである。
4)海流の分布からみても、3 月頃には回游の方向と北方に転ずる魚自体の動きからみて
も、汚染魚が日本近海の黒潮流域に出現するのは時間の問題と思われる。この場合
にはこの方面に新に添加される若年魚にとくに注目すべきであろう。
5)北赤道流域に入ることのないクロマグロには汚染魚は出現しないものと思われる。
6)9月以降にも、放射能がなお有害であるほどの強さで維持されるならば、南赤道流
域の安全性は保証できなくなるものと思われる。なぜならば、9 月を中心に魚は回游
の方向を南に転じ、それまでは移動に障壁となっていた潮境を突破して南下するか
らである。
俊鶻丸の調査はおおむね上述の示唆に基づいて行われたが、結果はほぼ想定に一致した
ものとなっている。別にその年 12 月末まで、主要な魚市場に水揚げされたものについてガ
イガー・カウンターによる調査が行われ、一定の許容基準以上の放射能をもった魚は廃棄
された。これらの調査結果は“Research
on
the
effects
and
influences
of
the
nuclear bomb test explosions , Japanese Fisheries Agency , 1955 の一部 1として報告
されている。
後者の調査結果を理解し易いように、須田(1956)によって示された図(第 191 図と表
第 38 表)を用いて説明すれば以下の如くである。
第 191 図 四半期別の廃棄魚出現状況
Fig. 191
Occurence of fish rejected because of radioactvity by quarter of year
註 A;3~5 月
B;6~8 月
C;9~12 月
点線は潮境の慨畧の位置を示す。
第 191 図は汚染魚の出現をみた経緯度各 1°の区画を四半期別に示したものである。
図は、汚染魚がまず北赤道流域に急速に拡散し、6~8 月には徐々に北太平洋流域に入り、
南赤道流域では 9~12 月に出現が急増したことを示している。
)Nakamura.H , H.Yabe , T.kamimura , Y.Yabuta , A.Suda , S.Ueyanagi and
H.Yamanaka , The occurence of the fishes contaminated with radioactivity according to
the species of fishes
1
第 38 表は、魚種別、海域(海流域)別および月別の総水揚尾数と廃棄魚数(括弧内)を
示したものである。表から;
1)廃棄率 2は大部分の期間を通じて北赤道流域に最も大きく、赤道反流域ではほぼその
1/2 に減じ、南赤道流域では 8 月までは廃棄魚はほとんど出ていない。
2)廃棄率はバショウカジキ、キハダ、クロカジキの順に大きく、メバチの廃棄率は予
期に反して小さい 3が、かような差異のみられる原因は明らかでない。マカジキでは、
廃棄魚が北太平洋のみに出現し、南太平洋からは全く出現していない。
このことは南、北太平洋に分布するものが別個の Population に属する可能性を示唆
する。
ことなどが指摘されよう。以上に述べた調査結果は、全般的にみて、これまでに述べた作
業仮説の妥当性を支持するものといえる。
第 38 表 魚種別、月別、海域別の總水揚尾数と廃棄尾数
Table38 Total landings (in numbers) and number of fish rejected (in parentheses) by
species , month and area
ビンナガ
メバチ
キハダ
マカジキ
クロカジキ
バショウカジキ
5
8,012
815
817(3)
31
558
105
6
4,462
409
4,810
26
494
235
赤 道 流 域
7
9,456
683
6,707
116
462(1)
57
8
12,295(1)
793(3)
4,997(20)
472
408(11)
96(2)
9
11,536(2)
740
10,453(16)
1,685
510
94(5)
10
26,344
2,081
9,300
5,198
731(5)
64
11
7,272(1)
2,329
8,550
5,306
1,034(8)
167
12
―
100
1,722
―
207
58
5
245
1,748
12,262(8)
65
1093
177
6
5(2)
904
3,204(4)
1
408(1)
74
7
8
644
2,189(13)
2
574(2)
59(1)
8
5(1)
2,265(3)
3,062(31)
2
1,507(15)
128(38)
9
6(2)
2,249(30)
3,827(218)
6
1,424(105)
130(30)
10
3
976
2,584(30)
1
511(10)
270(44)
11
―
2,743(1)
3,062(22)
22
517(3)
247(29)
赤
月
南
海域
道 反 流 域
2
3
廃棄尾数/総水揚尾数
メバチの主な分布域は、西部太平洋では北赤道流域の南縁となっている。
77(60)
737(1)
5
116(1)
2,144
5,205(34) 1,603(16) 1,423(19)
1,323(514)
北
6
89(2)
2,995
3,423(81) 915(21)
1,566(25)
207(101)
赤 道 流 域
7
10
284
367(12)
20
556(20)
56(20)
8
66(11)
750(18)
736(122)
-
452(62)
34(1)
9
88(12)
747(44)
624(40)
1
529(77)
28(5)
10
160(30)
939(24)
764(36)
8(2)
244(26)
24(10)
11
1,320(19)
1,180(10)
2,432(18)
143(6)
321(3)
34
12
959(7)
1,128(1)
1,435(20)
139
31(1)
6
5
1,424
896
1,022(2)
3,317(1)
258(2)
23(1)
6
6
159(4)
574(9)
1,537(27)
131(1)
49(26)
7
-
49
72
280(6)
16
69
8
12
648
-
334
29
36
9
1,028
5,628(1)
181(1)
1,005
176
267(18)
10
10,723
12,716(4)
965(3)
2,522(7)
527(6)
947(31)
11
27,848(1)
2,520(6)
351(2)
2,064(30)
12
11,130(30)
11,086
1,141(3)
994(3)
106(1)
42
5
3,908
4,394
21,535
1,878
2,559
368
6
2,400
1,097
4,113
212
393
14
7
5,453
5,495
7,027(1)
426
1,454
23
8
4,701
3,462
13,091
376
1,216
26
9
4,047
3,623
21,442
694
1,048
46
10
852
4,870
10,042
351
530
36
11
2,487
7,805
16,809
540
1,208
90
12
-
-
北
12
太 平 洋 流 域
イ ン ド 洋 域
Ⅱ-4-Ⅳ
1,846(3)
20,802(27) 1,579(5)
1
154
112
「総合的な考察」
マグロ類の分布と回游に関する諸知見と、分布と回游に関する中村(1954)の作業仮説
の吟味とは、以上に述べて如くである。知られた範囲では、作業仮説を積極的に否定する
ほどの知見はないものといえそうである。しかし、例えば、メバチとキハダ、メバチとビ
ンナガおよびビンナガとクロマグロの少年期群の場合などのように、種による生活領域の
分離が明瞭でなく、むしろ生活領域を共有しているとみられる場合がある。またこれらの
場合とは別に、海域によって生活領域の分離の度にも差異 4がみられる。これらの場合も含
めて、Nakamura(1969)は、その作業仮説に関する見解を以下のように要約している。
A、 作業仮説は、次のような素朴な理念に基づいている。
イ)海流域(または水系)は、それぞれマグロ類に固有の生活環境となっていて、マ
グロ類は種により、あるいはそれぞれの生態(成長)の段階によって、固個有の
生活環境を撰択している。
ロ)マグロ類の回游は二つの型に区分されるべきである。第一は“同一生活領域内の
回游”で、第二は“生活領域間の回游”である。
B、 イ)
、ロ)の理念が妥当なものであれば、以下に述べることもまた妥当であろう。
1)一般に種による生活領域の分離は認められる。しかし、種間の生活領域の分離の
度には差異がみられる。例えば、北米沿岸のクロマグロとビンナガの青年期群、
北太平洋流域中のビンナガとメバチの未成熟群、熱帯海域のキハダとメバチなど
は程度に差はあっても、生活領域を共有している。かような事象は、
“生態の類似
性の度に比例して、生活領域を共有する度が大きくなる”と想定することで説明
が可能となろう。しかし、現状ではこの想定を吟味する方法はない。岩井他(1965)
は、メバチの形態学的特性は、キハダとビンナガの中間にあるとしている。仮に、
メバチとビンナガおよびメバチとキハダとの間の生態学的特性の近縁度が、キハ
ダとビンナガの間のそれよりも大きいとすると、これら 3 種間にみられる生活領
域の分離度の差異はうまく説明できよう。
2)キハダのように、その生涯をほとんど熱帯海域にすごす種では、生態(成長)の
過程による生活領域の分離は明瞭でない。しかるに、ビンナガやクロマグロのよ
うに、熱帯域で生れ、未成熟期を高緯度海域に送るものでは、分離が明瞭となる。
メバチの小型群は赤道海域にも高緯度海域にも分布するとの知見(久米、1969)
は、メバチがこの点でもキハダとビンナガの中間的な性格をもつことを示唆する。
3)一般に陸地に接した海域では、大洋の洋心部に比較して生活領域の分離は不明瞭
である。このことは水塊の混合などによる可能性が考えられる。また、各大洋を
比較すると、南太平洋、インド洋および大西洋では、北大西洋に比較して、仮説
の不適合性が大きい。以上の場合は“生活領域の分離の度は、水塊の分化の度に
比例する”と想定することによって説明が可能となろう。しかし、この想定の吟
味も、現状では如何ともなし難い。
考えられるもう一つの原因は研究の手法にあると思われるが、これも現状では改
善の方法がない。現状では、マグロの分布に関する研究は主として漁業からの資料
に基づき、月・四半期あるいは半年というような単位で平均されている。対比すべ
4
山中一郎(1966)は、中・西部太平洋では仮説はよく実状に適合するが、東部熱帯太平
洋、インド洋および大西洋では適合しないと指摘している。この場合の不適合はメバチと
キハダの生活領域の重複を意味している。
き海洋構造は、通常表層に限られ、四半期の平均として示されたものが主となって
いる。もしも考案下にある海域の海洋構造に時・空間的の変化が激しい場合には、
四半期の平均として示されたものが、上述のような対比に意義をもつか否かは疑問
である。もし同時的な資料に基づいて研究が行われたならば、事情は著しく異なっ
たものとなろう。また、延縄の構造からみて表面下 200m 位までの海洋構造と対
比することが必要と考えられるが、かような要求を充たす資料は極めて不充分であ
る。
4)多くの研究者によってマグロ類の分布と回游が考案され、枚挙に暇ないほどの報文
が提出されている。それらのほとんどは、
“マグロ類の行動は温度に支配される”
とか、
“マグロ類は適温を求めて行動する”などを基礎理念としたものであり、ま
た極めて局地的な魚の出現を論じたものである。かような研究が、マグロ類の分布
の全域にわたる分布や回游法則性を与え、知見の推進に寄与しているとはいい難い。
中村(1951)は、マグロ類は広温性(Eurythermal)とみるべきであると指摘
している。マグロ類各種の分布の全域を通ずると、水温の範囲は一般に 10℃内外
である。ミナミマグロの場合には、知られた範囲では 7°~8℃から 28°~29℃に
達し、北太平洋のクロマグロの場合には 5℃(カラフト)から 30℃(フィリピン
近海)にも及び、耐忍温度の幅は 20℃を超えている。ある季節にのみあるマグロ
が出現する海域で、温度がそのマグロの出現の予知に効果的である理由は、その
マグロの生活領域の先端が温度によって察知できるとみるべきであり、かように
考えることによって事象の理解も容易となり得るものと考えられる。あるマグロ
のある海域への出現を察知するための指標として温度が効果的であるとしても、
その海域で得られたいわゆる適温が普遍的なものとなり得ないことは、耐忍温度
の幅からみて当然というべきであろう。したがって、耐忍温度範囲の上下両限の
温度のみが分布や回游に支配要因となるとみるべきである。
5)マグロ類が生態の過程によって生活領域を転換することは、マグロ類の行動には
二つの性格を異にするものがあることを示唆する。一つは“同一生活領域内の回
游”で他は“生活領域間の回游”であり、前者は“同一生態下の回游”、後者は“生
態の転換に伴う回游”ともいえる。日周あるいは垂直回游とさきに定義された季
節回游など、ある生活領域内の魚群量に変動をもたらさぬ回游は前者に属し、あ
る生活領域内への補充群の加入や、ある生活領域から他の生活領域への魚群の逸
散など、ある生活領域内の魚群量に変動をもたらす回游が後者に属する。
6)
“生活領域間の回游”あるいは“生態の転換に伴う回游”が、春秋の彼岸を中心と
したやや短期間に行われるとみられるのは、これらの季節を転機として、各海域
における魚種組成や魚体に著しい変化がみられることからみて当然といえよう。
このことは、通常はマグロ類の移動に障壁となっている海流や水系間の潮境を、
これらの季節にはマグロ類が通過することを意味する。北半球では、新たな補充
群の添加が春の彼岸(3 月)を中心に、南半球ではそれが秋の彼岸(9 月)を中心
に行われるものと想定 5されている。かような回游は“鳥の渡り”に似た性格のも
のと考えられる。
7)この仮説の妥当性を立証するには、なお多くの厳密な検討を必要とすることはい
う ま で も な い 。 仮 説 に 否 定 的 な 見 解 も な く は な い ( 山 中 一 郎 、 1966;
Blackburn,1965; 須田他、1969)。多くの研究結果はしかし、仮説の妥当性を支
持している。また、日本の漁業者は多年の経験によって得られた知見に基づいて
操業し、漁場を撰定しているが、キハダ漁場とかビンナガ漁場とかと呼ばれてい
るものは、仮説の理念に合致するものである。
8)この仮説は、マグロ類の計画生産あるいは合理的利用の途を拓くマグロ類の
Population dynamics の基礎となるばかりでなく、従来行われてきた局地的な利用
度の予測とは異なり、魚群量の変動に基づく漁況予測に手がかりを與えるものと
考えられる。
9)仮説の吟味とマグロ類の生態学的研究の発展のためには、水中電子工学の採用な
ど、マグロ類の分布と海洋構造に関する情報が同時にかつ継続的に得られる新た
な研究手法の開発が望まれる。この問題については、例えば、マグロ類の分布と
若子の環境条件を同時にかつ継続的に記録し得る可能性をもつ魚群探知機が注目
される。
7)に述べた否定的な見解のうち、山中と須田の見解については既に述べた。Blackburn
の批判の要点は;
イ)作業仮説がまだ未熟なものであること。
ロ)種と海流との間に特別な関係が生ずる過程や、特殊な生活環境を撰択することによ
ってマグロ類が得るところのものが明らかでないこと。
などである。これらに対し、Nakamura(1969)は、
イ)かような作業仮説は、それが設定された時点における知識に基づかざるを得ないも
ので、仮説の強さはその時点における知見の度に依存する。仮説に含まれる弱点を
明確にし、それを追求することが研究を促進するものと考える。換言すれば、かよ
うな作業仮説を設ける一つの理由は、将来の研究に基盤や手がかりを提供すること
であり、仮説の否定は肯定と同様な意義をもつものというべきであろう。
ロ)かような生活領域の分離がみられることの生物学的な意義については、引用しよう
にもまだ全く知見がない。水界という条件を考えると、かような生物学的意義の究
明は、何故にライオンがアフリカに、トラはアジアに棲息するか、を明らかにする
よりもむずかしいものと思われる。Blackburn のいう“得るところ”がマグロ類の
集結を促す原因であるならば、彼の批判は全く筋違いである。何故ならば、仮説は
須田(1962a)は、北太平洋流域中のビンナガの魚群量は 3 月に定まり、以後には大きな
出入りはない、と想定している。
5
“生活領域”を論ずるものであり、ある生活領域内における魚群の集結の原因を論
ずるものではないからである。
と述べている。また、須田他(1969)は、
“ある種が特定な環境をえらぶことは、その種がそのような必然性をもつため、と考え
るのは正しい。しかしかような必然性は、それを反映した現象を繰返し経験し、それを整
理することを通して認識されるものである。充実した経験に先行して必然性が予想される
ということは、一般には期待し得ぬ。Blackburn の求めている説明は、求めること自体が
無理である”
と述べている。