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[日本経済新聞電子版 2015 年 3 月 11 日配信]
[陰る太陽光発電]
価格下げでエネルギー事業に転機
再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)に転機が訪れる。2015 年 3 月末から、主に企業が持つ
出力 10 キロワット(kW)以上の太陽光発電による電気の買い取り価格がキロワット時あたり 32 円から
29 円へ、7 月からはさらに 27 円へと減額されるからだ。
日本の FIT は太陽光発電を中心に展開されてきたが、2015 年度の買い取り価格の水準では、設備投資
をその買い取り価格に見合った低コストに抑えない限り、投資事業として成り立たなくなるという見方
が多い。
一方で、縮小する大規模太陽光発電所(メガソーラー)市場の受け皿として、洋上風力発電が「風況」
の良い地域で徐々に立ち上がり始めた。発電から電力小売りまでのサプライチェーンを下ると、2016 年
4 月の電力全面自由化による新市場を狙って新電力の新規事業参入も目立つ。「ポスト太陽光」となる事
業を探すエネルギー事業者の模索が始まった。
■洋上風力の新規プロジェクトが本格始動
風力発電のカテゴリーでは、20 キロワット未満の陸上、20 キロワット以上の陸上、2014 年度から新設
された洋上風力発電の 3 つが設定されている。FIT での買い取り価格は、それぞれキロワット時あたり
55 円、22 円、36 円(税抜)である(図 1)。
図1
固定価格買取制度における風力発電の買い取り価格と期間(出典:経済産業省資源エネルギー庁)
買い取り期間はすべて 20 年で、10 キロワット以上の産業用太陽光発電と同じだが、産業用太陽光と比
べると高い参入障壁や低い収益性のため、FIT 施行後しばらくの間、風力発電の市場は伸び悩んでいた。
しかし、コスト面を考慮して新設された洋上風力では、買い取り価格が下落したメガソーラーからシ
フトする形で新規のプロジェクトが動き出した。北海道の稚 内港内、青森県のむつ小川原港内、秋田県
能代港周辺、新潟県村上市岩船沖など、いずれも風況の良い地域で、数万~20 万キロワットの風力ター
ビンを大規模 で洋上に設置する調査や準備が進められている(図 2)。
図2
計画中または準備中の洋上風力発電プロジェクト(出典: 経済産業省資源エネルギー庁)
それでも、FIT 施行後の 3 年ほどで急速に普及した太陽光と比較すると、風力発電の伸びは遅い。経
済産業省・資源エネルギー庁が公表したデータでは、 2014 年 10 月末の時点で新規に設備認定された導
入容量は、太陽光が住宅と非住宅(産業用)を合わせると 1378 万キロワット。これに対して、風力の導
入容量は、わずかに 20 万キロワットと、太陽光の 1.5%にも届かない。
今後、太陽光発電と同様に風力発電をさらに普及させるためには、そのための仕組み作りが必要だろ
う。洋上の大規模プロジェクトだけでは、大企業にしか参入できない。中小規模の事業者でも始められ
るような事業環境の整備が望ましい。
特に、20 キロワット未満のカテゴリーは買い取り価格が高いため、中小規模の太陽光発電事業者やシ
ステム業者も「ポスト太陽光」の有力候補として注目している(図 3)。設備認定された機器が増え、初
期投資を数年程度で回収できる事業性さえ確認されれば、50 キロワット未満の太陽光発電と同様に市場
が急成長する可能性を秘めている。
■新電力の前にライセンス制と激しい競争環境
「ポスト太陽光」では、発電事業というサプライチェーンの上流だけでなく、下流を目指す向きもあ
る。電力の全面自由化をにらんだ電力小売り事業だ(図 4)。電力小売りには、太陽光発電でエネルギー
事業に手応えをつかんだ企業が相次いで参入している。
図4
来場者でにぎわう「電力自由化 Expo 2015」(出典: 日経 BP クリーンテック研究所)
経済産業省によると、特定規模電気事業者(新電力)として届け出を行っている企業は、2015 年 2 月
27 日現在で 577 社もある。3 カ月前には 440 社だった。1カ月に約 50 社のペースで増加し、現在も日々
登録が申請されているとみられる。
その背景には、太陽光以外の再生可能エネルギーの参入障壁の高さに加えて、電力小売り事業の手法
が知られるようになったことがある。発電事業再エネ賦課金が付く太陽光などの電力を買い取り、一般
電気事業者(大手電力の 10 社)や卸電力取引所(JEPX)に売ることで利ザヤを稼ぐ、といった事業手法
が広がってきたからだ。
さらに、2016 年以降の電力全面自由化に伴い、「デマンドレスポンス」の集約や、仮想発電所、アン
シラリーサービスなど、新しいビジネスモデルが成立する事業環境が出現する。
これらの新しいビジネスモデルは、既に電力が自由化されている欧米で登場し、成長している。人口
減少や少子高齢化によって市場が縮小する我が国では、エネ ルギー分野は数少ない有望な事業分野であ
る。日本固有の事情などに注意は必要だが、欧米で成功した手法を日本に持ち込めば、うまく行く可能
性は小さくない だろう。
ただ、電力小売り事業でも、乗り越えるべきハードルがある。経産省による、ライセンス制の導入だ。
電力小売りにおけるライセンス制では、「同時同量の原則」を担保するため、一定以上の規模の電源の
確保などが新電力各社に対して課せられると見られる。電気を調達する電 源が太陽光や風力だけでは、
安定した電力供給は現実的に不可能であるため、その対策も必要となる。電源の規模や種類といった具
体的な条件が明らかになるの は今後だが、それによって電力小売りを断念する企業も出てくるかもしれ
ない。
そしてライセンスの壁をなんとか超えた新電力には、厳しい競争が待っている。新電力の分野では老
舗で、現在市場の 50%近くを占めるエネットをはじめ、上位数社は既に電力売買の実績もあり、新規参
入業者にとって手強い競合となるだろう。
■「ポスト太陽光」も太陽光?
太陽光発電が縮小するとして、次にどのようなエネルギー事業が有望なのか。風力発電と電力小売り
を例に俯瞰してみよう。
結論から言うと、どちらにも一長一短があり、ポスト太陽光の決め手になるかは、まだ分からない。
地熱やバイオマス、小水力など風力以外の再生可能エネルギーも同様だ。太陽光に比べると難易度や参
入障壁が高いため、太陽光に参入した事業者も他の再生可能エネルギーには簡単に飛びつけない。
では、「もう終わりだ」という声が増えてきた太陽光は、本当に終わりなのか。キロワット時当たり
27 円という買い取り価格は、FIT 施行直後の 67.5%だが、設備投資コストも当時と比べると相当に下落
した。
従って、30%強のコストダウンを何らかの方法で実現できれば、現在でもまだ十分に投資事業として
成り立つはずである。低コストな太陽光パネルやパワーコ ンディショナーを調達し、施工でも可能な限
り効率化を追求して工数を削減するなどすれば、不可能なレベルではないという見方もある。
調達価格等算定委員会も、FIT の目的と現状を見極めたうえで買い取り価格を決定している。再生可能
エネルギー事業者は、外野の声に惑わされる事なく、自社にとって最適な再生可能エネルギーの事業機
会を冷静に判断して見極める必要がある。
(テクノアソシエーツ 大場淳一)