大学院医学研究科生物統計学 医学フォーラム

医学フォーラム
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医学フォーラム
<部 門 紹 介>
大学院医学研究科生物統計学
生物統計学教室(De
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は 2014年 6月に創設され,その初代教授として
手良向聡が着任しました.2015年 4月以降,教
授 1名,教員 2名,統計プログラマー 1名,デー
タマネジャー 3名の体制になる予定です.生物
統計学は農学,生態学,進化学,生化学,ゲノ
ム情報学などの生物科学分野から,動物や人を
対象とした医歯薬学・看護学分野まで幅広い分
野の統計学的課題を扱う学問です.医歯薬・看
護学分野では医薬品・医療機器等の承認審査に
重要な役割を担っていることに加え,主に臨
床・疫学研究の方法論(デザインおよびデータ
解析)に大きく貢献している学問です.しかし
ながら,2015年 1月現在,我が国において大学
院医学研究科・公衆衛生学研究科に生物統計学
講座を有するのは本学を含め 10大学程度であ
り,欧米,さらには中国や韓国に比べても教育
機関が極めて少ないことから,近年は人材不足
が大きな課題となっています.臨床・疫学研究
に携わる生物統計専門家は日本計量生物学会
(1979年設立)を主な活動の場としています.
「臨床研究に関する日本計量生物学会声明(2013
年 9月)
」は,
『1998年に日米欧医薬品規制調和
会議によるガイドライン「臨床試験のための統
計的原則」が厚生省(当時)より通知され,薬
事法の適用となる臨床試験には適切な資格と経
験を併せ持つ生物統計専門家が計画段階から関
与することが必須となっている.しかしなが
ら,薬事法の適用とならない臨床試験,臨床研
究ではいまだに生物統計専門家が関与していな
い研究が数多く行われている.
「適切な資格と
経験を併せ持つ生物統計専門家」は,単に臨床
試験の統計業務に長けているのではなく,臨床
試験そのものに関する専門家でもあり,このよ
うな専門家が参加していない臨床試験には科学
的に問題があるものが多い.現在,社会的にも
大きな問題となっている「高血圧治療薬の臨床
研究事案」はその一例に過ぎない.
(略)以上よ
り,日本計量生物学会は, 1.臨床試験,臨床
研究には適切な資格と経験を併せ持つ生物統計
専門家の計画段階からの実質的な関与が必須で
あること, 2.そのためには主要な臨床研究機
関における生物統計学専門家ポストの設置,お
よび医学部・歯学部・附属病院を有する大学に
は教育・研究のために生物統計教員の配置を行
うことが必要であることの 2点を提言する.
(略)
』と述べ,生物統計専門家の重要性を訴え
ています.一方,本学では 2013年 9月に「京都
府立医科大学研究活動の改革に関する検討委員
会」が設置され,2013年 10月に「臨床研究事
案等を踏まえた再発防止策」が作成されていま
す.その再発防止策の 1つとして,2014年 11月
に「研究開発・質管理向上統合センター(略称:
研究統合センター)
」が創設されました.本セン
ターは 5部門からなり,生物統計学教室は,そ
の 1部門である「生物統計・データマネージメ
ント部門」と一体となって研究支援,データの
信頼性確保などに従事しています.
研
究
4つの研究テーマ別に研究内容とその意義を
以下に概説します.
1.臨床・疫学研究のデザインに関する研究
効率的かつ柔軟性の高い臨床試験デザインを
開発するために,ベイズ流統計学(Ba
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St
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)を利用した方法を研究しています.
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特に,ベイズ流の方法は適応的デザイン(中間
データに基づいて試験のある側面を変更するデ
ザイン)と相性がよいため,ベイズ流の適応的
デザインは今後応用場面が増えてくることが予
想されます.
2.臨床・疫学研究のデータ解析手法
リスク・予後因子を同定する意義は,主に予
防法・治療法開発の手掛りを得ることにありま
す.リスク・予後因子解析は,転帰に影響する
因子の同定を目的とする一方,リスク・予後指
標の構築は,転帰を予測する指標の構築,対象
のグループ化を目的とします.近年では,個別
化医療に向けて治療効果を予測するマーカーの
同定を目的とした研究や代替評価項目(Sur
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nt
)の妥当性を検証する研究も重要
になってきています.これらの解析には,様々
な回帰手法や分類手法が用いられますが,個々
の事例ごとに最適な統計モデルの構築方法は異
なり,多様な視点(臨床的妥当性,統計的妥当
性,実用性など)で統計モデルを評価すること
が必要です.
3.医療技術評価の方法論に関する研究
医療技術評価の方法論としては主にメタアナ
リシス(複数の研究結果を統合した解析)の方
法論について研究を行っています.近年は,臨
床研究の登録が進んできたことから,
「分析」よ
りも,一連の膨大な臨床研究の結果をいかに一
元管理し,評価するか(すなわち,
「統合」
)が
重要な課題となってきています.
4.医療技術開発の基盤整備
「臨床研究に関する倫理指針」と「疫学研究に
関する倫理指針」が統合され,2015年 4月から
「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」
となります.また,2014年 11月に薬事法が改正
され,再生医療製品を含む形で医薬品医療機器
等法と名称を変えました.さらに,昨今の臨床
研究不正事案を受けて,未承認又は適応外の医
薬品・医療機器等を用いた臨床研究,医薬品・
医療機器等の広告に用いられることが想定され
る臨床研究には新たな法規制が必要との報告書
が 2014年 12月に「臨床研究に係る制度の在り
方に関する検討会」から出されました.このよ
うに臨床研究を取り巻く環境は大きく変化して
います.
このような状況に対応しながら新しい技術を
開発していくためには,臨床研究の基盤(支援
体制および質管理・保証体制)を構築・整備し
ていくしかないと思います.
教
育
2014年 8月に統計関連学会連合が策定した
「統計学の各分野における教育課程編成上の参
照基準」によりますと,医歯薬・看護学におけ
る統計教育の参照基準の到達目標は, 1.医歯
薬関連論文や研究計画書の記載事項を読み取る
能力, 2.エビデンスに基づき適切な治療や対
処法が選択できる能力, 3.統計ソフトウェア
の利用や出力結果を解釈する能力, 4.生物統
計家とのコミュニケーションを図る能力,とさ
れています.当教室では,2015年度から医学部
において「生物統計学」の講義,
「医療統計学」
の講義の一部を担当し,大学院においては主に
「臨床研究方法論」について講義を行う予定で
す.
研究開発・質管理向上統合センター
(研究統合センター)
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質の高い臨床・疫学研究を実施するために,
研究統合センターに何ができるかを述べたいと
思います.まず,研究相談窓口を設置し,出口
戦略(製品化または保険医療化までの戦略)を
先生方と一緒に練ることがスタートになりま
す.次に,研究実施計画書を作成する際に専門
家チーム(プロジェクトマネジャー,薬事専門
家,生物統計家,データマネジャー,モニター,
臨床研究コーディネーターなど)による支援を
行いたいと思います.さらに,臨床研究実施体
制として,研究事務局とデータセンターの体
制,臨床研究コーディネーターの支援,また臨
床試験の場合はモニタリングと監査の体制を構
築していきます.生物統計・データマネージメ
ント部門に今後臨床データマネジメントシステ
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研究統合センターの臨床研究コーディネーターの方々と手良向聡教授
ムを導入する予定ですが,研究規模に応じて開
発業務受託機関(CRO)やシステム開発企業な
ど外部機関の専門性を最大限に活用することが
鍵になります.また,センター内で業務を行う
ためには標準業務手順書の整備も必要です.臨
床・疫学研究の倫理審査・自己点検体制はさら
に強化する必要がありますし,そのためには,
研究代表者を含む関係者全員に臨床・疫学研究
方法論(研究倫理,統計学を含む)
,関連法規・
ガイドラインなどの講習を受けていただくこと
が必要です.最後に,臨床研究の資金を得るた
めの公的研究費獲得や産学連携の支援もしてい
きたいと考えています.
お
わ
り
に
「京都府立医科大学生物統計学・元年」に当た
り,私の思うところを自由に述べました.新し
い教室を立ち上げる喜びを感じながら,本学が
この分野において世界をリードできるよう着実
に体制を整備していきたいと考えています.本
学関係者の皆様には,今後益々のご支援をお願
い申し上げます.
(文責:手良向聡)