共同シンポジウム ⽇本語教育への挑戦︓筑波⼤学の取り組み紹介 ⽇時︓2015.3.1 9:00〜17︓30 場所︓筑波⼤学筑波キャンパス総合研究棟 主催︓筑波⼤学⽇本語教育連合会* *国際日本研究専攻日本語教育領域,留学生センター日本語教育チーム,日本語・日本文化学類,国際地域研究専攻日 本語教育研究コース,文芸•言語専攻応用言語学領域 1 合同シンポジウム「⽇本語教育への挑戦︓筑波⼤学の取り組み紹介」 筑波大学では,1980 年代以降,日本語教育に関わる人材養成や研究開発において多数の注目すべき成果を発信 してきました。今回の共同シンポジウムでは,日本語教育に関わる学内の複数の組織が力を合わせ,これまでの取り 組みを総括しつつ,未来に向けて挑戦すべき新たな課題を追究します。これまでの取り組みに関連しては,4つの注 目すべき成果がありました。 1. 学士課程における日本語教育:筑波大学は,1985 年に日本語教師養成の主専攻カリキュラムを備えた日本語・ 日本文化学類を開設し,多数の卒業生を世に送り出してきました。その中で,日本語教育関係に進んだ者が多 数おり,国内,海外の日本語教育機関や出版社などで活躍しています。さらに,日本語・日本文化学類では,卒 業生が教員を務める海外の大学との連携による国際科目を多数開設しています。 2. 大学院課程における日本語教育:筑波大学は,1984 年以来,400 名を越す日本語教育コースの修士や応用言 語学専攻の博士を輩出しており,寺村秀夫教授以来,言語研究と日本語教育の橋渡しを行ってきた歴史があり ます。日本語研究と日本語教育を同時に展開している本学出身の教育者・研究者が多数活躍しています。大学 院における専門家養成に力を入れてきた歴史を踏まえ、さらなる充実・発展のため、来年度からは、国際日本研 究専攻を拡大し、日本語教育学学位プログラム(博士前期・後期課程)も始まります。 3. 留学生センターにおける日本語教育:筑波大学は,1984 年から研究目的の外国人留学生を対象として、留学生 教育センター、後に留学生センターという名称の下に長年にわたり日本語教育を実施してきました。近年は,社 会のグローバル化,大学の国際化等に伴って,研究留学生だけでなく、短期留学生や大学院正規生、英語プロ グラム(G30)の学生など、多様な目的を持つ外国人留学生を対象に,効果的な日本語学習を支援するための 様々な工夫をしています。2015 年度以降は、新しい組織の下でグローバルコミュニケーション教育としての日本 語教育を充実させていく予定です。 4. 日本語教育のためのコンテンツ開発:効果的な日本語学習をサポートする目的で様々な教育コンテンツを開発し てきました。教材としては『Situational Functional Japanese』,プレースメントテストの「SPOT(Simple Performance-Oriented Test)」,漢字力を診断する「漢字力診断テスト」などを開発してきました。さらに 2010 年 度から開始した日本語・日本事情遠隔教育拠点事業では,自律学習を支援する様々な教育コンテンツ(筑波日 本語 e ラーニング,J-CAT,TTBJ など)を制作し,公開してきました。 本シンポジウムでは,これまでの取り組みの総括と研究成果の共有を目指すと同時に,筑波大学が今後,果たすべ き大学院教育および専門的人材の養成という課題にどのように取り組んでいくか考えていきたいと思います。 2 プログラム 08:30~09:00 受付 09:00~09:10 趣旨説明 09:10~10:30 ポスターセッション: 102 講義室 ギャラリー 1. 許明子・田中裕祐・陳一吟・中山健一・古川雅子(留学生センター):留学生センター補講 コース中上級文法の実践 2. 関崎博紀(留学生センター):筑波大学留学生センター集中日本語コースの取り組み 3. ブッシュネル・ケード(留学生センター):英語を媒介語とした日本語教育:英語による 学位プログラムの場合 4. 柳田 しのぶ(留学生センター):演劇の要素を取り入れた日本語教育の実践 5. 堀恵子(留学生センター):【実践報告】上級口頭表現クラスの取り組みと学習者の自 己評価の変化 6. 鈴木華子(留学生センター):日本語授業を利用した留学生のキャリア支援 7. 石上 綾子、許 明子、小池 康、吉田 麻子、段 麗君(留学生センター):初級レベ ルの発話を促進させるための活動について:オーラル活動の実践報告を通して 8. 登里民子(国際交流基金アジアセンター):「日本語パートナーズ」に求められる能力と は 9. 俵山雄司(群馬大学)・田中真寿美(青森中央学院大学)・渡部真由美(東京福祉大 学):地域の日本語教育におけるボランティア養成講座の変遷―2008 年から 2014 年までの流れ― 10. 大江元貴(文芸・言語専攻):「X ノ Y!」の語用論的分析 ―「お父さんのバカ!」とい う評価の述べ方― 11. ラルアイソング・タナパット(国際日本研究専攻[院生]):描写タスクに見られる日本語 母語話者とタイ人日本語学習者の視座の置き方の分析―受動表現と授受表現を構 文的手がかりとして― 12. 渡辺裕美(文芸・言語専攻[院生]):日本人教師・ロシア人教師・一般日本人による発 音評価の相違:クラスター分析による評価階層の比較 13. 田中佑(文芸・言語専攻[院生]):数詞と結合する二字漢語サ変動詞について 14. 魏娜(国際日本研究専攻[院生]):旧日本語能力試験 1 級聴解問題に関する分析:出 現語彙の分析を中心に 15. 申 貞恩(国際日本研究専攻[院生]):日本語における移動表現について 16. 孫 思琦(国際日本研究専攻[院生]):文末の接続助詞が伝わる話者の心的態度につ いて 17. 張淼(国際地域研究専攻[院生]):いわゆる「語彙的複合動詞」再考 3 18. 今井新悟(留学生センター):日本語・日本事情遠隔教育拠点開発教材デモンストレ ーション 10:40~12:10 テーマセッション1: 「日本語研究と日本語教育」 102 講義室 ・10:40-10:50 松崎寛:概要説明 ・10:50-11:10 竹沢幸一:言語学研究と応用言語学領域の教育 ・11:10-11:30 小野正樹:語用論研究と国際地域研究専攻の教育 ・11:30-11:50 一二三朋子:年少者教育研究と日本語・日本文化学類の教育 ・11:50-12:10 質疑 12:10~13:10 昼休み 13:10~14:40 テーマセッション2: 「日本語教育と教材開発 ―SFJ の目指したもの ― 」 102 講義室 ・13:10-13:20 加納千恵子:概要説明 ・13:20-13:40 西村よしみ:会話ノートと会話ドリル ・13:40-14:00 小林典子:文法ノートと構造ドリル ・14:00-14:20 酒井たか子:タスクと活動 ・14:20-14:40 質疑 15:00~17:30 18:00~20:00 シンポジウム:「筑波大学における日本語教育の「これまで」と「これから」」 102 講義室 ・砂川有里子: 日本語・日本文化学類における日本語教師養成の取り組み ・Stefan Kaiser: 国際化・電子機器時代の日本語教育を考える ・西原鈴子: 大学と社会を結ぶ日本語教育 懇親会 4 ポスターセッション 留学⽣センター補講コース中上級⽂法の実践 許明⼦,⽥中裕祐,陳⼀吟,中⼭健⼀,古川雅⼦(留学⽣センター) 筑波大学留学生センター補講コースの中上級技能別コースの中で、中上級文法コースの実践について報告する。コミュ ニケーション能力を高めるための文法教育の取り組みや、自律学習を支援するために取り入れた e ラーニングシステム manaba の運用について紹介する。 本実践を通して、中上級レベルにおいて運用力を向上させるための文法教育の在り方を再考し、より実用的な文法クラス のシラバスについて提案したい。 筑波⼤学留学⽣センター集中⽇本語コースの取り組み 関崎博紀(留学⽣センター) 本ポスターでは、筑波大学留学生センターにおける集中日本語コースの取り組みを紹介する。集中日本語コースは、国 費留学生対象の日本語予備教育課程としてスタートし、これまでに様々な地域から、多様な背景を持つ留学生を受け入 れてきた。留学目的や学習動機も様々な学習者に対して週に 20 コマ(1コマ=75 分)の授業を提供するにあたっては、 単語や文法、発音の指導などの言語構造的な要素の育成や、円滑にタスクを達成するための方策の指導はもとより、楽し みながら参加し、日本語を運用できる授業も用意するなど、教師も柔軟な対応を迫られる。本ポスターでは、この中から特 にここ数年の取り組みに焦点を絞って紹介する。そして、これらの教育実践の中から生まれた研究についても紹介する。 英語を媒介語とした⽇本語教育︓英語による学位プログラムの場合 ブッシュネル・ケード(留学⽣センター) 筑波大学は、平成21年度に、文部科学省による「国際化拠点整備事業(グローバル30)」を実施する機関として選抜され たことを機に、筑波大学では英語を媒介語とした教育環境で学位取得が可能なプログラムを確立した。そして、25年度に 文部科学省からの援助終了後でも、大学のグローバル化の一環として当プログラムを残すことに決定した。この英語による 学位プログラムでは、原則として、すべての科目が英語で教えられる。ただし、授業以外では、実用的な日本語能力や日 本の文化、日本人の考え方などに関する知識が必要不可欠であるという事実を踏まえ、留学生センターを開設母体とする 「英語プログラムのための日本語・日本事情等科目」を平成21年度から新たに設置し、平成22年度より実際の授業を開 始している。本科目群では、日本語能力、および日本の社会、文化、歴史などに関する理解力の養成を主な目的とした教 育活動を実施している。 演劇の要素を取り⼊れた⽇本語教育の実践 柳⽥しのぶ(留学⽣センター) 筑波大学留学生センターで 2014 年度秋学期に開講された制作日本語Ⅱにおいて実施した演劇演習に関する実践報 告である。演劇の要素を取り入れた日本語タスク、ワークショップ、スクリプトの作成を通して学習者が演劇発表という目標 に向かってどのように活動したかを報告するとともに、演劇活動が日本語学習にどのような効果をもたらすかについて考察 する。 5 【実践報告】上級⼝頭表現クラスの取り組みと学習者の⾃⼰評価の変化 堀恵⼦(留学⽣センター) 筑波大学留学生センターにおいて,上級レベルの正規学生・研究生などを対象とした口頭表現のクラスで行っている授 業の取り組みについて報告する。 クラスの目標は,アカデミックな場面で必要とされる日本語の口頭表現技能を身につけることである。さらに,自己の設定 した学期の目標を目指して,毎回の授業における目標設定と自己評価,クラスメートとのピア活動による学びあいを取り入 れ,留学生センターの最上レベルであることから,終了後も自律した学習者として学び続けていく方法を身につけることを 目指している。 口頭の産出活動として学期中に 3 つを行う。①自分の専門を一般の人にわかりやすく説明するスライドを用いたプレゼ ンテーション,②自分の好きな作品を紹介し聞き手に読みたいと思わせるビブリオバトル,③研究課題を設定し,仮説検証 によって論証するポスター発表である。 本発表では,授業報告と学習者の学期中の自己評価の変化にも触れる。 初級レベルの発話を促進させるための活動について︓オーラル活動の実践報告を通して ⽯上綾⼦,許明⼦,⼩池康,吉⽥⿇⼦,段麗君(留学⽣センター) 筑波大学留学生センター日本語補講コースの初級レベル J200 クラスは『SITUATIONAL FUNCTIONAL JAPANESE』Vol.2 を主教材として使用し、コミュニケーション能力の向上を目標として設定し、各課で設定された場面で 使える Structure Drills、Conversation Drills 等を学びながら、様々な活動を行った。 本発表では、2014 年度に実施した活動の中で、会話力の向上を目指して行った3種類の活動「オーラル・チェック」「音 読発表会」「ポスター発表」を取り上げ、実践報告を行う。活動の概要および学生の取り組み、期待される学習効果につい て紹介すると共に、初級レベルにおいて発話を促進するために必要な活動について提案する。 ⽇本語授業を利⽤した留学⽣のキャリア⽀援 鈴⽊華⼦(留学⽣センター) 世界的に留学生数が増加する中で、留学生に特化したキャリア支援の必要性が重要視されている。留学生の多くは留 学経験により多文化多言語スキルを身につけていることにより、ホスト国に残る、母国に帰国する、第三国に移動する等、 キャリアに関する選択肢が多い。しかしその一方で、在留資格による規制や帰国時の逆カルチャーショック等、環境に起 因する問題に直面することも多い。そこで、筑波大学では、日本語授業を利用してキャリア支援を提供する試みを開始し た。一学期間の授業内容を、キャリアカウンセリング・就職活動支援・就職活動に必要な日本語学習の三部構成にするこ とで、短期目標だけにとらわれず、自己理解を深め、選択肢を把握できるようになり、また、長期的視点を持つことができる ようになった。さらに、授業内容に文化的要素を含むことで、自文化とホスト文化への理解を深め、意識的に文化や文化 差を捉えられるようになった。 「⽇本語パートナーズ」に求められる能⼒とは 登⾥⺠⼦(国際交流基⾦アジアセンター) 国際交流基金アジアセンターでは、2014 年から 2020 年までに日本人 3000 人を授業のアシスタントとして Asean10 カ 国に派遣する「日本語パートナーズ」(以下:NP)事業を展開している。平成 27 年 3 月 1 日時点で、インドネシア、タイ 等5カ国で計 100 名の NP が活動している。 NP 事業では派遣に先立ち、4 週間の合宿型派遣前研修を行っている。派遣前研修の目的は①NP としての心構え② 安全管理・健康管理の知識と技術③NP としての活動に必要な知識と技術、以上3点を身につけることである。2014 年 10 月に実施した派遣前研修では、このうち③について3つの Can-do を試作して提示し、派遣前研修開始時と終了時に Can-do チェックを行った。 本発表では NP 事業の概要と派遣前研修のシラバス、スケジュール、NP に求められる能力(3 つの Can-do 試作版) 等を紹介し、皆様より忌憚なきご意見を賜りたい。 6 地域の⽇本語教育におけるボランティア養成講座の変遷―2008 年から 2014 年までの流れ― 俵⼭雄司(群⾺⼤学)・⽥中真寿美(⻘森中央学院⼤学)・渡部真由美(東京福祉⼤学) 地域の日本語教育において、「双方向の学び」の重視が提唱されるようになって久しい。また、近年では、支援者間のネッ トワークの構築も進められている。このような状況を受け、地域の日本語教育に従事するボランティアのための養成講座の 内容にも変化が現れている。本発表は、平成 19(2007)年度に文化庁の委嘱によって日本語教育学会が行った「外国人 に対する実践的な日本語教育の研究開発」中のボランティア養成講座の実態調査の結果を出発点として、それ以降の養 成講座について調査し、地域の日本語ボランティア養成講座の内容・方法の変遷を明らかにするものである。具体的に は、国立国語研究所の「日本語研究・日本語教育文献データベース」によって、2007 年以降のボランティア養成講座を 扱った論考を調査し、それらの記述を主なデータとして、ボランティア養成講座の流れを分析するものである。 「X ノ Y︕」の語⽤論的分析 ―「お⽗さんのバカ︕」という評価の述べ⽅― ⼤江元貴(⽂芸・⾔語専攻) 本発表では,「お父さんのバカ!」「クララの意気地なし!」といった,「名詞 X ノ名詞 Y!」という形で対象 X に対する評 価 Y を述べる文の分析を行う。従来の研究では,X と Y それぞれの名詞の性質や X と Y の意味関係など,「ノ」で結ば れて作られる名詞句「X ノ Y」がどのような特徴を持つのかという意味論的・統語論的観点から記述がなされてきた。本発 表は,一発話の未分化文「X ノ Y!」には,名詞句「X ノ Y」が基本的に有する意味的・統語的性質からは予測できない 種々の語用論的制約があり,(1)評価の判断過程と,(2)評価の提示のあり方に関して細かい指定がかかっていることを示 す。(1)「X ノ Y!」で評価を述べるには,〈X のふるまいによって被害を被った結果「X は Y だ」と判断した〉という話し手の 判断過程が必要である。(2)「X ノ Y!」は,「X は Y だ」という評価を,対象 X に宣言的に提示する文である。 描写タスクに⾒られる⽇本語⺟語話者とタイ⼈⽇本語学習者の視座の置き⽅の分析―受動表 現と授受表現を構⽂的⼿がかりとして― ラルアイソング・タナパット(国際⽇本研究専攻[院⽣]) 従来の視点研究では、日本語母語話者は出来事を描写する際、談話の主人公に視座を置いて描写する傾向(「統一視 座」)があると指摘されている。これに対し、日本語学習者は主人公以外の登場人物にも視座を置いて描写する(「複数視 座」)ため、日本語の談話として不自然であり、理解しにくいことがある。 本研究では、タイ人日本語学習者の視座の置き方の問題点を探るために、描写タスクを実施した。まず、日本語母語話 者とタイ人日本語学習者に 8 コマ漫画を提示し、その内容について筆記させた。次に、視点表現である受動表現と授受 表現を通して分析した。その結果、日本語母語話者は「統一視座」の傾向を示した一方、タイ人日本語学習者は「統一視 座」のほかに「複数視座」の傾向も示した。また「複数視座」の一因として、タイ語の視点表現が影響している可能性がうか がえた。本研究の結果をもとに、より日本語らしい談話を構成するためのヒントを提案したい。 ⽇本⼈教師・ロシア⼈教師・⼀般⽇本⼈による発⾳評価の相違―クラスター分析による評価 階層の⽐較― 渡辺裕美(⽂芸・⾔語専攻[院⽣]) 本研究は,日本人教師(以下 JT),ロシア人教師(以下 RT),一般日本人(以下 J)による発音評価の階層構造を分析 し,属性による評価の相違を明らかにすることを目的とする。 発音評価はロシア人学習者に見られる発音特徴「「ん」の[n]化」「長音化」「ストレスアクセント」など 10 カテゴリーを対象 に行った。評価者は JT,RT,J 各 20 名で,各属性による評価平均値を用いて階層的クラスター分析を行った。その結 果,J は意味に影響するかどうか,JT は複数の誤りが同時に現れるかどうか,RT は「「す」の「ず」化」かどうか,さらに,誤 りに含まれているのが日本語の要素(リズムや音色)かロシア語の要素かで発音特徴が大別されることが示された。以上よ り,発音評価に影響する要因は属性によって異なっており,J は語の意味,JT は誤りの数,RT は誤りの性質が評価に影 響する可能性が示唆された。 7 数詞と結合する⼆字漢語サ変動詞について ⽥中佑(⽂芸・⾔語専攻[院⽣]) 日本語には、「3 回転する」「3 分類する」「3 往復する」「3 連勝する」などのように、二字漢語サ変動詞に、直接、数詞が 結合している表現が存在する。従来の二字漢語サ変動詞に関する記述的研究の中心的興味は、その自他や意味の分 布、内部構造などの記述にあり、このような現象は等閑視されてきた。このような状況を踏まえ、本発表では、研究の第一 段階として、数詞と直接結合することのできる二字漢語サ変動詞を抽出し、それらの特徴を記述することを目的とする。 研究の手順としては、国立国語研究所の『分類語彙表 増補改訂版』から漢字二字に「する」が直接後接している語(研 究対象外の語を含む)を抽出し、それらが数詞と結合するかを新聞コーパス(朝日新聞社『聞蔵ビジュアルⅡ』)を用いて 調査した。そして、そこから得られた語について、統語的な振る舞いなどの文法的特徴や語種などの語彙的特徴を記述 し、今後の研究の可能性を指摘する。 旧⽇本語能⼒試験 1 級聴解問題に関する分析―出現語彙の分析を中⼼に 魏娜(国際⽇本研究専攻[院⽣]) 中国語系学習者について、日本語を文字で処理する能力が優れているが、聴解の方が苦手であると指摘する声はよく 聞かれる。中国語系学習者を対象とし、聴解ストラテジーや聴解テストの問題形式の影響などをトピックとした研究は多く 存在している。しかし、聴解テストの成績に影響するのは、聴解テキストにおける語彙の難易度や種類、中国語系学習者 の場合、出現語彙と中国語との意味的類似性なども、考えられるだろう。そこで、本研究では、基礎研究として旧日本語能 力試験 1 級聴解テキストに出てきた実質的に意味のある語彙を分類し、分析する。具体的には、2000 年から 2009 年ま で計 10 回分の 1 級聴解テキストを対象とし、「茶筅」を用いて形態素分析を行って、実質的に意味のある語彙を抽出し た。次に抽出語彙の語種、難易度、比率、使用頻度などを統計した。また、出現した漢語を中国語との意味的類似性で分 類した。 ⽇本語における移動表現について 申貞恩(国際⽇本研究専攻[院⽣]) 日本語において移動表現を表す場合、名詞の場所性は重要な問題となる。森山(1988)は次の例文を上げながら名詞 の場所性は、名詞の場所性は相対的な観点のレベルで、何にとっての「場所」であるかによって決定されると指摘してい る。a.*きのう私に彼が来た。b.きのう私に手紙が来た。しかし、名詞の場所性は移動主体が同一であっても、移動動詞の 意味特性によって、名詞の場所性が異なることが次の例文から分かる。a.きのう私に彼が近づいた。b.*きのう私に手紙が 近づいた。そこで本研究は、移動表現における名詞の場所性は、移動主体が同一であっても移動動詞の意味特性と名詞 の特性によって異なるのではないかと捉え、そうした影響があるのであれば、許容度において違いが見られるであろうと考 え、日本語母語話者を対象に移動表現の許容度調査を行った。その結果、移動動詞の意味特性によって、名詞の場所 性が異なることが明らかになった。なお、移動動詞のうち名詞の素性と関係なく移動表現が成立する移動動詞がある一 方、名詞の素性と緊密に関わって移動表現が成立する移動動詞があることが分かった。 ⽂末の接続助詞が伝わる話者の⼼的態度について 孫思琦(国際⽇本研究専攻[院⽣]) 本研究は、日本本語母語話者に昨今顕著に見られる接続助詞の新たな用法を分析することで、日本語のコミュニケー ション研究、および日本語学習者への提言を目指すものである。従来の日本語研究において、接続助詞は主節と従属節 の間に使用される表現とされ、文末使用に関する記述は稀である。しかし、実際の会話において、接続助詞が文末に使用 されるケースが多く見られ、特に近年「若者ことば」として用いられる傾向があると指摘されている(栗原 2009)。本稿はシ ナリオデータの分析を通して、文末の接続助詞として最も頻繁に使われるカラ・ケド・シが伝わる話者の心的態度について 検討した。 8 いわゆる「語彙的複合動詞」再考 張淼(国際地域学専攻[院⽣]) 日本語には、「動詞連用型+動詞」型の複合動詞がある(i.e. 打ち破る、切り倒す, etc.)。それは、影山(1993)に提起さ れたモジュール形態論により、「語彙的複合動詞」と「統語的複合動詞」に分類できると考えられている。近年では、この分 類はモジュール形態論によらなくても再現することができるという研究もあった(Tamaoka et al. 2004; Asao 2007)。「語 彙的」対「統語的」という違いは、言語形式の実際の使用状況(i.e. 使用頻度)から生じた相違である可能性が高いというこ とが示されている。しかし、これまでの研究では、アプローチの差こそあれ、「語彙的複合動詞」を「語彙的複合動詞」の対 極としてみなしがちで、その内部の構造的・意味的違いを見過ごす傾向にあると考える。それに対して、本発表では、語彙 的複合動詞を対象に、実際の Web ページから収集したデータに基づいて、その構造・意味的特徴が、言語使用とどのよ うに絡んでいるのかを文法化の観点から考察する。 9 テーマセッション1「⽇本語研究と⽇本語教育」 司会:松崎寛 筑波大学は,過去 30 年間にわたり,博士(文芸・言語専攻応用言語学領域),修士(国際地域研究専攻日 本語教育研究コース),学士(日本語・日本文化学類)を多数輩出し,国内外の日本語と日本語教育の現場 に貢献してきました。また,言語研究と日本語教育の橋渡しを行い,指導的立場に立てる日本語教育者,教 育を視野に入れた日本語研究が行える研究者,大学院における教育の専門家の養成に力を入れてきまし た。4月からは国際日本研究専攻で「日本語教育学学位プログラム」も始まります。 本セッションでは,大学・大学院での教育・研究への取り組みについ て,学界の最先端で教育・研究活動を 行う3名のパネリストが,各自の専門領域である「言語学」「年少者教育」「語用論」の立場から総括を行いま す。そしてその成果をフロアと共有し,今後,筑波大学が果たすべき専門的人材の養成という課題に,どのよう に取り組んでいくべきかを考えていきたいと思います。 ⾔語学研究と応⽤⾔語学領域の教育 ⽵沢幸⼀(⼈⽂社会系) 本発表では、理論言語学研究者としての立場から日本語・日本文化学類と文芸・言語専攻応用言語学領域両プログラ ムの特色を概観するとともに、学士課程と大学院課程における言語学研究と日本語教育の関係について考えてみたいと 思います。具体的には、まず英語圏の大学で用いられている言語学の主要テキストの内容を見ながら,欧米の言語学研 究において現在どのような研究領域が中心的課題として位置づけられているかを確認した後、日日学類、応用言語学領 域それぞれの開設授業やこれまで提出された卒業論文・博士論文から両プログラムの特徴とこれまでの教育成果を示しま す。さらに現在、大学教育のグローバル化が進む中で、筑波大学および日本国内外での言語学研究、日本語学研究、日 本語教育との連携に関わる課題について考えます。 語⽤論研究と国際地域研究専攻の教育 ⼩野正樹(⼈⽂社会系) 本発表では、日本語教育と語用論の関わりを中心に、H27 年度から組織改編が行われる新国際日本研究専攻(前期 国際地域研究専攻と後期国際日本研究専攻の一体化)の日本語教育学位プログラムの特色を概観するとともに、大学院 前期・後期課程における語用論研究と日本語教育の関係について考えてみたいと思います。具体的には、「コミュニケー ション」「配慮表現」「課題遂行型」というキーワードを再考しながら、前期国際地域専攻、後期国際日本研究専攻日本語 教育領域でこれまで提出された修士論文・博士論文から両プログラムの特徴とこれまでの教育成果を示します。さらに、広 義の「日本語教育」の課題について考えます。 年少者教育研究と⽇本語・⽇本⽂化学類の教育 ⼀⼆三朋⼦(⼈⽂社会系) 現在国内の公立学校には約 27,000 人の日本語指導を要する外国人児童生徒が在籍している。茨城県内では約 2000 人である。こうした児童生徒以外にブラジル人学校に通う者もいる。筆者は平成 23 年度から毎年、授業の一環でつ くば市内のブラジル人学校に学生たちと訪問し、日本語授業に参加してきた。内容は壁新聞作りや年表作りなどの作業を 児童生徒たちと共に行うというものである。参加した学生たちのレポートから、訪問による多くの学びを得ていたことがわか った。一方ブラジル人学校の児童生徒たちのアンケートから、我々の訪問が日本語・日本文化への興味を持つきっかけと なっていたことがうかがえた。また、年少者日本語教育への関わりとして学生たちが市内の M 小学校の取り出し授業にボラ ンティアとして参加しており、そこでの問題をテーマとした卒論も今年度で 3 年連続して提出されている。これらの実践を 通して日日の地域への貢献の在り方を模索していきたい。 10 テーマセッション2「⽇本語教育と教材開発 ―SFJ の⽬指したもの ― 」 司会:加納千恵子 筑波大学における長年の日本語教育の歴史の中から、画期的な中級教材として、寺村秀夫らによる『日本語 表現文型 中級』(1983)が生まれ、またコミュニカティブアプローチによる本格的な初級教材として、大坪一夫 らによる『Situational Functional Japanese(SFJ)』(1991)が開発されました。 本テーマセッション2では、日本語教育における教材開発の問題について考えます。『SFJ』の開発において 中心的な役割を果たした3名のパネリストが、開発の背景と理念、<会話><文法><タスク>の各班が目指 したものについて語り合います。自然な会話の場面設定、コミュニケーション能力の育成を目指した会話班、 そこから必要な文法知識を抽出し、教育文法的観点からシラバス化を試みた文法班、そして両方から得られ た知識・スキルを現実の社会における四技能の運用力に繋げることを目標に、文化を意識し、楽しむことを追 求したタスク班、それぞれの立場から教材開発のあり方について考えたいと思います。 会話ノートと会話ドリル ⻄村よしみ(元筑波⼤学) 1980 年代はコミュニカティブアプローチという風が日本語教育にも嵐のように吹き込んでいました。その風を受けて、会 話班では、大学で学ぶ研究留学生に必要な具体的な場面を抽出し、自然で本物の会話を追求したモデル会話を作成し ました。第1課からさまざまな省略やあいづち、ノダ文なども入り混じっている会話です。会話をうまく運ぶためのストラテジ ーや背景にある日本社会や文化の情報も解説(ノート)に入れ込みました。本発表では、自然な会話とは何かを再考しつ つ、コミュニケ―ション能力育成のために考案したいくつかの方法について紹介したいと思います。 ⽂法ノートと構造ドリル ⼩林典⼦(元筑波⼤学) 本発表では、会話班からのモデル会話の提供を受けて、文法班が学習者の文法力を付けるためにどのように取り組ん だかをお話しします。SFJ の特徴は、通常の教科書作りとは違って、日本語教育用の初級文法シラバスから離れて、自然 さを重視したモデル会話が先に作られたことにあります。ですから、敬体も常体も入り混じる会話、また、ノダ文、終助詞、 様々な省略などを含んだモデル会話となっています。文法班はそこから文法項目を抽出し、各課へ配分したのです。それ を構造ドリルで取り上げるか、会話ドリルで取り上げるか、どのような練習にするか、解説(ノート) はどの程度詳しくする か、しないで翻訳(英語)で意味を示すだけにするか、議論しました。当時の判断を今また振り返ってみたいと思います。 タスクと活動 酒井たか⼦(⼈⽂社会系(留学⽣センター)) 本発表では、各課で提供される文法知識や会話ストラテジーをいかに実生活におけるさまざまな運用力につなげるかを 考えてタスクと活動を作成した経緯をお話しします。聞きタスク、読みタスクといった理解力だけでなく、話しタスクや書きタ スクといった産出力の養成、しかもできるだけ楽しく活動させるにはどうしたらよいかが課題でした。実用的なタスクばかりで はなく、日本の昔話のような異文化理解につながるタスクもあります。タスク作成上の留意点および使い方の問題につい て、皆さんとともに考えたいと思います。 11 シンポジウム「筑波⼤学における⽇本語教育の「これまで」と「これから」 司会:小野正樹 ⽇本語・⽇本⽂化学類における⽇本語教師養成の取り組み 砂川有⾥⼦(⼈⽂社会系) 日本語・日本文化学類は 1985 年に、日本語教育に関する主専攻のカリキュラムを備えた学類として開設され、以来 30 年、世界各地で活躍する日本語教師や日本語研究者を数多く輩出しています。 シンポジウムでは。日本語・日本文化学類の沿革と現状を紹介し、日本語・日本文化学類がこの 30 年間に取り組んでき た日本語教師養成の試みについて、①日本語と日本文化の相対化、②国際的視野の涵養、③日本語教育技能の向上、 ④日本語教師へのキャリアパスといった観点から振り返ります。また、具体的なプログラムとして、日本語・日本文化コミュニ ケータ養成プログラムと日本語・日本文化修了証プログラムについて、および、日本語教師養成に深く関わる科目としてコ ミュニケーション力養成科目と国際・協働科目について紹介し、日本語・日本文化学類が今後取り組むべき日本語教師養 成の課題について考えます。 国際化・電⼦機器時代の⽇本語教育を考える Stefan Kaiser(元筑波⼤学) 2 つのテーマを中心に問題提起する。 1, 日本語学習者のロールモデルはどこに設定すべきか。 これは、日本語教育の基本体制にも関係するが、日本の社会が外国人に対してとる態度・待遇とも関わる問題。 日本語教育から考えると、発音、アクセント、イントネーションが自然に身につく学習者もいるが、大半はそうではなく、か なりのヴァリエーションの幅がある。日本語教科書では、E.H. Jorden の JSL のようにアクセントや鼻濁音をローマ字表記 のテキストに明記して、教養のある東京の話者をモデルとして設定しているものもある。しかし、大半の教科書はそこまでは 詳しく表示しない。ただ、暗黙のうちやはり教養ある東京語話者をモデルとして設定していると思われる。日本語教育の実 態を考えると、それでよいかどうか、問題にしたい。 2, ネット時代の漢字教育 悲漢字系日本語学習者にとっては、漢字をマスターするのはほとんど期待できない難題であることは観察やデータやか らも確認できるが、電子機器が広く普及している現在においても日本語教育が手書き文字にこだわるのは甚だ時代に逆 行している。新しいパラダイムの漢字教育が求められるが、幼少から繰り返し書くことをとおして漢字を覚えた日本人教師 には抵抗があるようだ。 ⼤学と社会を結ぶ⽇本語教育 ⻄原鈴⼦(国際交流基⾦) 大学における日本語教育は、一般的に、大学内の学習ニーズに対応するために行われてきた。留学生が学内で科目等 を履修するために必要な日本語を習得すること、調査・研究の成果を論文等によって発信するに充分な日本語レベルに 到達することが、大学における日本語教育の中心的な責務であるとされてきた。 近年展開されてきた留学生に関する政策(留学生 30 万人計画、アジア人財資金構想など)においては、彼らが学業・ 研究の修了後、日本に残って就職し、日本社会の中核的人財として活躍することが期待されている。大学内のニーズに 対応する日本語教育を「入口戦略」とすれば、今後は卒業・終了後の社会生活を見据えた「出口戦略」も大学における日 本語教育の責務になると考えられる。 本シンポジウムにおいては、大学の「出口戦略」をどのように設計すればよいのか、国内外の事例を参照しつつ可能性を 模索したい。 12
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