地域の資源や技術を活かし、特色ある製品づくりを 行っている企業群を 「地域産業」 として紹介します。 2 楽器 静岡県 音楽のまち 「浜松市」。楽器のまちから音楽のまち、 さらにその資源を活かした創造都市「音楽の都」 へ◇ 浜松市 産業と文化を連携させ、新たな魅力を創造していく 偶然と情熱が生み出した、楽器産業の聖地 1 1台のオルガンが、 楽器産業を誕生させた ( 現・東京藝術大学音楽学部)に持ち込み検査を 依頼したが、調律が不正確で使用に堪えないと言 「音楽のまち」 として、その名を世界に響かせて われてしまう。 「そこで彼は音楽理論を学ぶために いる浜松市。ヤマハ、河合楽器製作所の発祥地で 東京に残り、その後、浜松に戻って次のオルガンを あり、かねてから製造・開発拠点を置いていたロー 製作し、 とうとう国産第1号と認められるオルガンを ランドが2005( 平成17)年に大阪から本社を移転し 完成させたのです」 とオルガン誕生の物語について たことで今やわが国の三大メーカーの本社が ヤマハ広報部広報グループ担当課長の石川聖司 っ た、音楽関連企業の一大集積地である。 始まりは、1887( 明治20)年のある出来事がきっ かけだ。浜松市内の尋常小学校(現・元城小学校) でアメリカ製のオルガンが壊れて音が出なくなり、偶 然、浜松に仕事で来ていた医療機器の技師であっ た山葉寅楠氏へ修理の依頼が舞い込んだ。山葉 氏は「国内産のオルガンができるようになれば、国の ためになり、 もっと国民の生活は豊かになる」 と考え、 修 理をするとともに図 面を作 成した。この図 面を もとに試 作 品を製 作 、これを東 京の音 楽 取 調 所 12 中経連 2015.3 氏は語る。 4 平成26年静岡県楽器品目別出荷額割合 1% 静岡県楽器製造品出荷額 1% 735億円 ■ピアノ 22% 6% 4% 7% 37% ■電気・電子ピアノ ■電子オルガン ■電子キーボード ■キーボードシンセサイザー 22% ■管楽器 ■ギター ■電気ギター 資料提供/静岡県楽器製造協会 中経連 2015.3 13 3 経済成長に合わせて 楽器メーカーが次々誕生 2 密接な関係にある、 ヤマハとカワイの創業期 山葉氏は1888( 明治21)年にヤマハの前身であ 日本のピアノ生 産 台 数は国 産 第1号の開 発 以 る山葉風琴製造所を設立。 日本における楽器産業 来伸び続け、第二次世界大戦中に落ち込みを見 のパイオニアとして、待望されていた国産ピアノづく せたが、終 戦 後には回復 。両 社は1 9 5 0 年 代から りを目指す。その時、 わずか11歳の少年、河合小市 音 楽 普 及 活 動 への取り組みを活 発 化させ、ほぼ 氏が山葉氏の弟子となり研究メンバーの一人にな 時を同じくして音楽教室を開始した。同時期に始 った。後の河合楽器製作所の創始者であり、 日本の まる高 度 経 済 成 長とも重 なり、ピアノの 需 要 は ピアノの父とも称される人物だ。山葉氏がアメリカを 1960年頃から急速に拡大。所得の増加、居住面 視察し、河合氏がピアノづくりにおいて最も重要な 積の拡大により、 ピアノを購入する資金、設置する 「アクション」 ( 盤を押すとハンマーが弦を打つしく み) を研究、ついに1900( 明治33)年、 そのアクション その後、1 9 7 0( 昭 和 4 5 )年 頃には日本のピアノ生 を取り付けた国産ピアノ第1号が完成した。 産台数は世界一になり、1980( 昭和55)年頃に生 その後、河合氏は山葉風琴製造所から改組され 1 場所が生まれたこともその要因として挙げられる。 産台数がピークを迎えることになる。 た日本楽器製造の技術製造部門の最高責任者と また戦後、浜松市において次々と楽器メーカー してピアノづくりを推 進していったが、1 9 2 6( 昭 和 が誕生している。例えば1954( 昭和29)年創業の 元)年に大規模な労働争議が勃発し、 鈴 木 楽 器 製 作 所は、 盤 ハーモニカ 同社は楽器生産を停止。そこで翌年に 「メロディオン」やハーモニカ、 リコーダ 仲間の技術者たちと立ち上げたのが、 ー、打楽器などを生産。1947( 昭和22) 河合楽器研究所(現・河合楽器製作所) 年に創業した昭和楽器製造は、教育用 である。同時期には日本楽器製造から からプロ演 奏 家までが 独 立した技 術 者によっていくつもの楽 愛 用 するハーモニカの 器メーカーが誕生し、国内の楽器産業 における大きな転機となった。 ハーモニカ ◆ やメロディオン□ は学校教育の 現場に定着していった メーカーとして知られる 存在だ。 創 造 都 市ネットワーク認 定で、産 業 振 興を加速 4 音楽産業の発展に向け それぞれの道を歩む 12 中経連 2015.3 以上の歴史を持つ世界有数のピアノメーカーであ ともにピアノを基盤に成長をしてきた日本楽器製 る「ベーゼンドルファー」ブランドを傘下にするなど事 造と河合楽器製作所だが、少子化による楽器産業 業拡大を活発化し、 さらにはプロフェッショナル向け の国内市場の頭打ちという課題を乗り越えようと、 の楽器・音響製品の開発など専門性の向上による 両社はそれぞれ独自の道での成長を目指している。 成長戦略を描いている。 日本楽器製造は、高度経済成長に合わせて、 中興 資料提供/静岡県楽器製造協会 社名をヤマハに変更。2007( 平成19)年には180年 一方の河合楽器製作所は、 盤楽器に集中し続 の祖と呼ばれる川上源一氏(4代目代表取締役社 けている。創始者の河合小市氏の考えを引き継ぎ、 長) が経営を多角化。電子楽器やオーディオ機器な 技術と情熱を楽器に注いだ河合滋氏(2代目代表 ど、エレクトロニクス関連分野にも事業を展開して 取締役社長)の名を冠した「Shigeru Kawai」グラ いる。1 9 8 7( 昭 和 6 2 )年には創 業 1 0 0 周年を機に ンドピアノシリーズは、世界最大規模のピアノ専門 中経連 2015.3 13 工場であるカワイ竜洋工場で作られる同社の傑作 の販売や音楽教室、 さらに調律などの技術者育成 だ。 「『Shigeru Kawai』 との出会いによって、 ロシアの にも力を入れることで、国内市場をもっと活発化させ 至宝とも言われるピアニスト、 ミハイル・プレトニョフ氏 たい」 と、同社の今後について話す。 が、 このピアノなら自分を表現できると、いったん休 5 ユネスコからアジア初の 音楽分野の創造都市に認定 止していた演奏活動を再開した」 と話すのは、河合 楽器製作所企画広報課長の吉原徹氏。河合楽器 製 作 所の技 術 力を証 明するエピソードだ。同じく 音楽のまち浜松市には、 ヤマハや河合楽器製作 企画広報課の天野浩四郎氏は、 「この技術力を武 所といった世界的メーカー以外にも、世界に名高い 器に世界への展開を進めながらも、国内直営店で 楽器を創る職人が多く存在し、小さな工房で芸術 的な技術を繰り広げている。 また、楽器関連産業と して現在、最盛期より数は減ったものの、約180社が ピアノの修理や調律、楽器関連部品の生産を行っ ている。 このような楽器関連の産業集積地である浜松市 は、2014( 平成26)年12月1日に、ユネスコの「創造 都市ネットワーク※1 」の音楽分野に認定された。国 内では他に、神戸市(デザイン)、名古屋市(デザイ 世界最大の総合楽器メーカーとしてピアノだけでなく管楽器、弦楽器、音響 機器など幅広い音・音楽関連製品を製造し、世界中に供給しているヤマハ ◎ ン)、金沢市(工芸)、札幌市(メディアアート)、鶴岡 市(食文化)の5都市が認定されており、音楽分野 での認定はアジア初の快挙である。浜松市では、 1991( 平成3)年から市制80周年記念事業として 「浜松国際ピアノコンクール」を開始。世界的音楽イ ベントを通じて国際交流が推進されている。 また、す でに23回の開催を数える 「ハママツ・ジャズ・ウィーク」 Shigeru Kawai グランドピアノとアップライトピアノKシリーズ アクション部分には湿度などの影響を受けないABS樹脂を使用し、見えな い部分の 盤を長くし滑らかなタッチを実現するなど、 日々技術を進化させ ている河合楽器製作所 ○ グランドピアノができるまで 1 支柱の組み立て 2 薄い板を何枚も重ねた曲線支柱に直 支柱を取り付ける 5 外装取り付け アクションの動きを調整した後、一定の 環境下にしばらく置き、大屋根、ペダ ル、足を取り付ける 音楽イベントだ。 さらに、 日本で最初の公立楽器博物 最先端の技術を駆使した機械工程の他に職人の技、五感を使う工程も多い。 塗装 最高の塗装技術を駆使し丁寧に 仕上げる 6 は、 ヤマハと連携して運営している地域に根づいた 仕上げ調律・調整 製造工程の中で全4回調律を行う。最後 は人の耳で全体のハーモニーを聞きなが ら本格的に調律、最終調整をする 3 弦を張る チューニングピンを打ち込み約230本 の弦を1本ずつ張る (弦の張力の合計 は約20tにもおよぶ) 7 整音 整音 ハンマーの形や硬さを調整し、豊かな 音をつくる 4 盤・アクションの取り付け 盤を押してハンマーが弦を打つ 「アク ション」 をピアノ本体に取り付ける 8 品質検査・完成 ◇ 組み立てから調整にいたるまで全体の 検査を行い1日に約30∼40台のグラ ンドピアノが作られる 提供/ヤマハ㈱ 14 中経連 2015.3 中経連 2015.3 15 館として1995( 平成7)年 楽祭を企画している。楽器のまちから音楽のまち、 に開館した浜松市楽器博 さらには創造都市という側面が加わった浜松市。 物 館をはじめ、音 楽 人 材 他都市とのハーモニーによって、新たな産業の魅 育成事業としてアクトシテ 力が創造されていく。 ィ音楽院を設置するなど、 広く音 楽 産 業をあらゆる 浜松市の音楽政策∼音楽の都づくりに向けて∼ 文化的多様性の実現 側面から支援してきたこと が、創造都市ネットワーク 認定の背景にある。 ハーモニカの形をしたアクトシティ 浜 松では、さまざまなイベントが 行われている ◇ 6 産業と文化を連携させ、 新たな魅力を創造していく 現在、浜松市では創造都市ネットワークの認定を 受けたことで、海外にどのように浜松市の魅力を発 信していくかを模索している。 「音楽という文化をも とに、 イベントや観光という付加価値を組み合わせる ことで創造都市としての魅力を高めていきたい」 と 話すのは浜松市市民部文化政策課の鈴木三男氏。 産業面においても創造都市認定を契機に、 さら なる支援策を検討している。例えば、ヤマハが開発 した音声合成ソフト 「VOCALOID※2 」を活用し、 札幌市の企業が「初音ミク※3 」 というバーチャルシ ンガーを開発したことで、世界的な広がりが生まれ た。 このような事例をもとに、 「中小の楽器関連企業 のネットワークづくりや後継者育成支援を充実させ 国際交流の促進 世 界 的音楽イベントを 通じた国際交流の推進 音楽を通じた異文化理解 と文化的多様性の実現 音楽創造産業の振興 5つの基本方針 創造的人材の育成 新しい価値を創造する ファンタジスタの輩出 サウンドデザインの聖 地としての貢献 音楽人材の育成 国際レベルの音楽人材 の育成と交流 浜松市の強みを活かした5つの基本方針 2014年浜松市発表資料より ※1 ユネスコが文化の多様性を保持するとともに、世界各地の文化産業 が潜在的に有している可能性を都市間の戦略的連携により最大限 に発揮させるための枠組みとして誕生した事業。文学・映画・音楽・ 工芸・デザイン・メディアアート・食文化の7つの分野で創造都市を認 定し、相互の交流を推奨している ※2 実際の人の声からつくられたデータベースをもとに、歌声を合成して つくり出すヤマハ㈱が開発した技術 ※3「初音ミク」 はクリプトン・フューチャー・メディア㈱の商標登録です 取材協力・資料提供/ヤマハ㈱、㈱河合楽器製作所、浜松市、静岡県 楽器製造協会 写真提供/◎:ヤマハ㈱、○:㈱河合楽器製作所、◇:浜松市 □:㈱鈴木楽器製作所、◆:昭和楽器製造㈱ 世界中から貴重な楽器が一堂に集結 浜松市楽器博物館 日本で最初の公立楽器博物館として誕生した浜松市楽器 博物館。世界中の楽器1,300点を展示。体験ルームでは 珍しい楽器に実際に触れて、演奏をすることもできる。そ の他にもレクチャーコンサートやミュージアムサロン、ギャ ラリートーク、講座、 ワークショップなど、多彩な活動を通 して、楽器と音楽の素晴らしい世界へと連れて行く。 ていきたい」 と話すのは浜松市産業部産業振興課 の瀧 下 且 元 氏 。それに呼 応するように鈴 木 氏は、 「国内で言えば札幌市のメディアアートと協力し、 ヤ マハがある浜松への初音ミクの里帰りプロジェクト や、デザイン都市である名古屋市と連携し、デザイ ン力に注目を集めた付加価値をつけていくことも可 能だ」 と夢を語る。 2015( 平成27)年ユネスコの音楽分野の国際会 議が開催されるのと同時に、産業振興を目指し楽器 フェアを開催する予定だ。 また2016( 平成28)年に は、創 造 都 市ネットワークとして認 定された記 念と して、 「世界音楽の祭典 in 浜松」 という大規模な音 14 中経連 2015.3 ◇ ■住所/〒430-7790 浜松市中区中央3-9-1 ■開館時間/9:30∼17:00 ■入館料/大人400円、高校生200円、 中学生以下・70歳以上・障害者 無料 ■休館日/毎月第2・4水曜日 (祝日の場合は翌日、 8月は無休) ■TEL/053-451-1128 ■URL/http://www.gakkihaku.jp/ 中経連 2015.3 15
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