3. 2 太陽光発電普及に関する選好調査 3. 2. 1 概要 低炭素技術の開発は目覚ましいが、当初は価格などの経済性に劣るため、世の中に普及するか どうかは、普及を促す補助金などの政策に依存することが多い。たとえば、住宅用太陽光発電は 1990 年代から普及が始まった有望な低炭素技術の一つである。その導入時の価格が高いことが普 及の妨げとなっていることから、国は、1994 年から 2005 年にかけて住宅用太陽光発電設備導入 時に数万円 /kW の補助金を交付する制度を実施した。この制度は 2005 年度にいったん終了したが、 住宅用太陽発電のさらなる普及を進める必要が生じたことから、2008 年度に7万円 /kW 相当を給 付する新たな制度を再開した。そして、2009 年 11 月からは、太陽光発電の余剰電力を買い取る 制度(太陽光発電の余剰電力買取制度)が開始されるに至っている。このように、太陽光発電の 普及に関わる施策はいわば試行錯誤的になされており、消費者の行動を十分に予測して立案され た普及施策を行ってきたとはいい難い。 LCS では、消費者の購買行動の予測可能性を高めるために、二つのアプローチを行った。一つ 目は、過去の普及施策とその結果である普及実績との関係の分析である。これにより、平均的な 消費者が実際にどのような選択を行ってきたかを把握することができる。二つ目は、個人へのア ンケート調査などに基づいて、仮想的な状況での消費者の選択行動やその個人間のばらつきを分 析するアプローチである。このアプローチでは個々の消費者の所得階層や環境意識等の個人の特 性ごとの傾向を把握できる。これらのアプローチを実施することにより、消費者の購買行動を知 ることが可能となり、費用対効果の大きい補助金施策の実施、さらには低炭素技術の効果的な普 及促進が可能となる。 本節では、住宅用太陽光発電に対する消費者の選択行動を上述の二つの観点から分析した結果 を示す。 3. 2. 2 過去の普及施策の分析 LCS ではまず、2000 年代の住宅用太陽光発電の普及施策と普及実績を統計的に分析した。この 結果、価格、設置時の補助金、電力買取価格、潜在発電電力量(日射量には地域差があるため、 同じ性能の太陽光発電を設置しても発電量は異なる)の4要素が普及率に影響を与えることが分 かった。 普及施策と普及実績の関係から予測することにより、電力買取価格を現在の 42 円 /kWh からた とえば 50 円 /kWh に上げると、1年当たりの普及率を現在の 1.37%から 1.43%まで増やすこと ができ、初期費用の補助金をたとえば現在の 4.8 万円 /kWh から7万円 /kWh に上げると、同普及率 を 1.69%まで増やすことができる、といった施策効果の柔軟なシミュレーションも可能となった。 3. 2. 3 太陽光発電の普及施策に対する消費者の選好に関するアンケート調査 太陽光発電の普及のための施策には、大きく分けて2通りの方法がある。設置のための初期費 用への補助金と、設置した住宅用太陽光発電で発電した電力の固定価格買取制度である。LCS で はインターネット調査によって戸建て住宅居住者 1,000 人に太陽光発電に関するアンケート調査 を行い、太陽光発電の普及施策に対する個人の選好と施策の有効性との関係について検討を行っ た1)。 アンケート調査内容は、環境意識の調査、時間選好率の調査、太陽光発電に関する選択実験か らなる。環境意識調査では、環境知識を問う設問と普段の環境に配慮した行動意識について質問 を行った。次に時間選好率であるが、これは将来価値を現在価値に引き戻す際に消費者が暗黙の うちに想定する割引率をいう。時間選好率の調査については、回答者に「現在 100 万円を受け取 る権利がある」という仮定を与えたうえで、 「100 万円に代わっていくら受け取れるのであれば、 受け取り時期を将来に延期しても構わないか」という質問を、異なる延期期間について1人当た り計6問実施した。また、太陽光発電に関する選好調査では、総額は同じであるが初期費用、発 電電力の買取価格、保証期間が異なる太陽光発電の選択肢の組から、回答者にとって最も望まし い選択肢を問うことを数問繰り返した。これらの結果を、回答者の個人属性に照らし傾向を分析 した。 このアンケート調査によって、現在の価値を強く重視する割引性向を持つ人ほど、発電電力の 59 買取価格を高くすることに対する選好が小さく、初期費用への補助金への選好が大きいことが示 唆された。具体的には時間割引率についての設問で、回答者を現在の価値を強く重視する割引性 向を持つグループ(双曲割引)とそうでないグループ(指数割引)に分類し、各グループについ て、固定買取価格を1円 /kWh だけ増加させた場合の利益の増加(年間 3,000kWh 発電すると 3,000 円相当)の 30 年にわたる現在価値を計算した(図3.2-1) 。その結果、双曲割引グループが 30 年後の年間利益増加の評価額を半減程度まで低くみているのに対し、指数割引グループは将来の 価値を高く見積もり続けていることを示した。このように、太陽光発電については初期費用への 補助金と電力の買取価格の二種類の導入インセンティブが考えられるが、消費者によってどちら の導入インセンティブを好むかは異なり、それは時間選好率と相関を持つことが示唆された。こ の結果は、消費者の低炭素技術の購入に対する選好の違いの存在を明らかにした一つの例といえ る。 したがって、太陽光発電のような、消費者向け低炭素技術の普及施策としては、将来の価値を 割引率の小さい消費者向けの固定価格買取制度、逆に割引率の大きい消費者向けの設備購入時の 補助金、という選択可能な2本立ての制度を用意することが、より大きな普及拡大につながる可 能性が示唆される。 年間利益の増加(円) 3000 指数型 2500 2000 双曲型 1500 1000 500 0 0 5 10 15 20 25 30 購入からの経過年数(年) 図3.2-1 発電 1kWh 当たりの買取価格を 1 円増加させたときの利益の増分の現在価値 3. 2. 4 今後の展望 近年、行動経済学の分野において、個人の時間選好率は、禁煙、飲酒、ギャンブル等の嗜癖行 動との関連において研究が進んでいる。一方、低炭素技術の導入行動や各種の環境配慮行動が、 個人の時間選好率とどのような関係があるのかについては、本節の内容を端緒として LCS が今後 検討を進めていくべき重要な課題である。 【文献】 1)外崎龍之介,松橋隆治,吉田好邦, 「選好分析を用いた国内住宅用太陽光発電システムの普 及に関する研究」 ,第 28 回エネルギーシステム・経済・環境コンファレンス講演論文要旨集, p.36, 2012.1.30. 60
© Copyright 2024 ExpyDoc