夏山・冬里方式の導入で「ゆとりある繁殖複合経営」の実現 ∼放牧で得られた余剰労力を他部門に生かした和牛繁殖経営∼ 原澤 典雄(はらさわ・のりお) 原澤かよ子(はらさわ・かよこ) 群馬県利根郡新治村 <推薦理由> 1 事例の概要 本事例の特徴は、繁殖基礎牛の改良、夏山・冬里方式の導入による「ゆとりある繁 殖経営」を主体とした、地域特産の野菜との複合経営である。 取り組んだ内容および成果は、①生産子牛の高値販売を求めて改良を積極的に進め たことにより、県内市場でも最上位のランクに位置づけられていること、②早期離乳 による分娩間隔の短縮を図るとともに、子牛の適切な管理によって発育の向上を図っ ていることである。 また、夏期預託放牧方式を取り入れることによってゆとりある時間が確保できるこ とから、③徹底した畜舎の清掃・衛生対策を行うことができ、ふん尿処理や臭気、衛 生害虫対策の軽減につなげている。さらに夏期余剰労力を用いて、④地域特産である 野菜(枝豆)との複合経営による経営安定を図り、⑤自給飼料生産の拡大等にも利用 するなど、土地基盤に立脚した経営を行っていることがあげられる。 このような経営体は、今日の公共牧場活性化への範となり、繁殖基盤が希薄な本県 の和牛振興にとって優良な事例である。 2 本事例の評価された点 和牛繁殖農家は比較的土地基盤の希薄な経営が多いが、当農場は夏山・冬里方式に よって得られた労働力を積極的な借地で自給飼料生産を行っており、高く評価できる。 また、夏山・冬里方式により環境問題の発生頻度が高い夏期にほぼ無畜状態にできる ことから、十分な対策が実践できている。 − 43 − さらに、夏期預託によって得られた労力を野菜との複合経営に発展させたことは、 経営維持にとって貴重な成果である。 (群馬県審査委員会委員長 苫米地 達生) <発表事例の内容> 1 地域の概況 1)管内の状況 利根郡新治村は、首都東京から100km、群馬県の北西部に位置し、総面積は 182.43km2と県下9番目の広さである。全面積の84%は山林原野で、農用地は7% である。 村の中央部を国道17号線が南北28kmにわたり縦断しており、隣町で利根川に合 流する赤谷川の両岸に河岸段丘が形成され、居住地区の高低差が400mと大きく、 新潟県境の三国峠付近では冬季の積雪が2mに達することもある。 交通環境については恵まれており、上越新幹線上毛高原駅、関越自動車道月夜 野インターより約8kmと近距離に位置している。新治村は猿ヶ京温泉を有し、首 都圏より例年多くの観光客を迎え、村内各所に点在する観光資源と各種農業との 連携事業が活発に展開されており、「たくみの里」などは広く知られている。 表1 農家戸数の動向 2)農業の特色および振興方針 農業生産物の主要なものは、畜産、水稲、果樹(リンゴ、ブドウ、サクランボ) である。リンゴは市場出荷が少なくなってきているが、観光リンゴ園による販売 や贈答品としての利用が確立してきたことから、生産規模も拡大の方向にある。 また、市場において商品価値が高く、雨よけ施設による栽培の可能なサクランボ、 ブドウ、野菜類の生産も近年急増の傾向にある。 農業生産は、兼業化と後継者離れおよび高齢化により生産量が低下しているが、 農業基盤整備の推進、域内販路の確立を図り、山村の特徴を生かした農業振興に 努めている。 畜産は年々減少の傾向にあり、当地域では養豚の減少が際立っている。乳牛と 肉用牛の飼養頭数はほぼ横ばいの傾向にある。 − 44 − 表2 地域の家畜飼養頭羽数 2 経営管理技術や特色ある取り組み 経営実績とそれを支える経営管理技術、 左記の活動に取り組んだ動機、背景、経過 特色ある取り組み内容とその成果等 やその取り組みを支えた外部からの支援等 1.早期離乳による繁殖率向上 繁殖経営では優良雌牛の確保ととも 繁殖成績の向上には飼育管理はもちろ に、繁殖効率の向上が需要であることか んのこと、分娩後の早期離乳(7∼10日) ら、分娩間隔の短縮ときめ細かな管理に によって分娩間隔12.3ヵ月を維持してい 徹することとした。 る。 2.肉用牛の改良 繁殖経営では収入源となる子牛の高値 昭和43年の就農とともに、繁殖和牛を 販売が最も重要と考え、優良子牛の生産 導入し牛群改良を進めてきた。4年後に ならびに子牛の発育向上を目指して改 関東共進会に出品、以後も全共に出品し 良・飼育管理を徹底した。 て、優秀な成績を収め、本県の優良和牛 また、優良牛飼育はその成果を和牛共 生産農家として位置づけられるようにな 進会等で確認することも重要で、県共進 った。 会など機会があれば出品するように心が 改良にあたっては、より良い繁殖基礎 けている。 牛をつくるよう外部からの導入を定期的 に行い改良を進めてきた結果、子牛市場 では高値で取り引きされるようになっ た。 3.夏山冬里方式の導入による経営改善 当管内には公共育成牧場が多いことか 1)夏山による省力化と、これに伴う他 ら、夏期放牧によって「ゆとりの創出」 部門との複合経営を樹立 と、牛自体の強健性を高め、耐用年数の 当該地域には、公共育成牧場が多く、 延長を考えていた。また、当経営は国道 夏期に管内の牧場に飼育牛のほとんどを 17号線に面しており、経営規模の拡大に 預託(預託料1日1頭当たり300円)し 伴ってたい肥処理、悪臭、衛生害虫、い て、省力化と牛の強健性を高めることに わゆる環境問題が懸念される状況でもあ − 45 − した。なお、省力化された労力は野菜 った。 (枝豆)を1.4ha栽培して、複合経営によ る所得の安定・向上を図った。 そこで平成4年から夏期放牧を試験的 に開始し、その効果を確認しながら、放 牧頭数の拡大を行ってきた。 2)環境に配慮した経営 一方、ゆとりで創出した余剰労力を他 本村中心部で国道付近に位置する当経 の部門で活用できないものかと考えてい 営では、夏期のふん尿処理、臭気対策に たところ、当該地域は枝豆の栽培に適し 時間を要しない上、しかも、畜舎の清 ており、しかも収穫期間の延長によって 掃・消毒が徹底され、衛生管理上からも 労働力の平準化が図られるとともに、現 成果が得られている。 金収入となることから平成4年に野菜複 合経営を取り入れた。 3)畜舎の衛生対策 常時140頭の飼育牛のうち夏期預託で きる牛はすべて預託することによって、 4月下旬から10月下旬までの舎内飼育頭 数は20頭程度となり、十分な清掃・消毒 が徹底され、衛生対策が行き届いた結果、 疾病の発生率が極めて少ない。 4)「ゆとりある経営」の創出 夏期放牧による健康な牛づくりととも に、ゆとりある繁殖経営が実行できた。 5)自給飼料生産活動への発展 自己所有地140aと借地300aを使って 自給飼料生産と枝豆生産を行っている。 自給飼料は、夏作300aにトウモロコシ、 冬作80aにイタリアンを栽培している。 夏期放牧によって夏作の栽培・収穫が容 易となった。 − 46 − 3 経営・生産の内容 1)労働力の構成 (平成16年6月現在) 2)収入等の状況 (平成15年1月∼平成15年12月) − 47 − 3)土地所有と利用状況 単位:a 4)家畜の飼養状況 単位:頭 − 48 − 5)施設等の所有・利用状況 − 49 − 6)自給飼料の生産と利用状況 (平成15年1月∼平成15年12月) − 50 − 7)経営の実績・技術等の概要 (1)経営実績(平成15年1月∼平成15年12月) ※収益性の成雌牛1頭当たり売上原価のうち購入飼料費には、育成牧場への預託料(45,097 円/成雌牛1頭)が含まれている。 − 51 − (2)技術等の概要 4 経営・活動の推移 − 52 − 5 家畜排せつ物処理・利用方法と環境保全対策 1)家畜排せつ物の処理方法 ・ パイプハウスたい肥舎でたい肥化処理 2)家畜排せつ物の利活用 3)処理・利用のフロー図 4)処理・利活用に関する評価と課題 (1)群馬県審査委員会の評価 処理方法については、パイプハウスたい肥舎によってたい肥化していること、 ならびに夏期放牧によってふん尿の発生がほとんどなく、年間排出量は舎飼い の場合の2分の1程度になっている。 利活用は耕種農家(こんにゃく農家)への稲ワラ交換、借地を活用した自給 飼料生産圃場への施用で有効利用がなされている。 これらの処理・利活用から当農場の取り組みは経営体にとって努力成果であ り、高く評価できる。 (2)課 題 今後、増頭計画があるが、国道17号線に沿った畜舎であり、一層の環境対策 を考える必要がある。 − 53 − 計画としては、畜舎から離れた農地に処理施設の建設を検討しているので、 問題はないものと思われる。 5)畜舎周辺の環境美化に関する取り組み 畜舎周辺の環境美化については、国道端に畜舎があるため、整理・整頓ならび に樹木の植栽を行い、畜舎イメージの向上に努めている。 6 後継者確保・人材育成等と経営の継続性に関する取り組み 現在、後継者はいない。息子は現在、(社)家畜改良事業団熊本種雄牛センターに 勤務している。家畜改良関係に携わっているので、将来は後継者となる可能性が高い。 娘は、千葉大学の園芸科に通っている。 7 地域農業や地域社会との協調・融和についての活動内容 (1)地域の農業・畜産の仲間との共存のための青年農業活動 現在、新治村改良組合長として、地域の和牛改良のリーダーとして活躍して いる。 (2)地域循環型農業の確立(耕種農家との結びつき) こんにゃく農家が必要とするたい肥を供給して、稲ワラと交換をしている。 (3)遊休地の利用(転作田の有効活用) 畑300aを借用しているが、今後は遊休地を活用した自給飼料増産に心がけ、 健康な牛づくりを目指す。 (4)畜産への理解を深める活動 地域の農業祭では牛乳を配布や牛肉を提供、販売したりしていた。今後は改 良組合で地産地消の取り組みを行っていきたい。 8 今後の目指す方向性と課題 <経営者自身の考える事項> (1)夏山冬里方式 夏山冬里方式を今後も継続していく。放牧方式を取り入れることで、さらに 増頭の計画予定である。 (2)遊休地を活用した自給飼料の増産 遊休地は借地可能であり、十分な自給飼料と放牧によってさらなる子牛生産 コストの低減を目指したい。 (3)冬期の家畜管理 妊娠鑑定が終わった牛は冬場牛舎にて子牛とともに飼い、きめ細かな管理を 実施したい。 (4)飼養管理の改善 ・ 交配と発育、生後半年までの腹作りを行い、下痢をしたら早めに診断をする。 − 54 − ・ 4∼5ヵ月までは絨毛を伸ばすために濃厚飼料ペレットを給与する。 ・ 今後は、種付けを考えて空胎期間を合わせて、従事者が1ヵ月でも休める期 間を作れるようなゆとりある経営を目指す。 《群馬県審査委員会の評価》 今後の目指す方向として上記4点が提案されているが、これまでの実践からいずれ も可能であり、さらなる発展を期待する。 当経営は本県の先導的経営であり、和牛生産基盤の弱い本県にとって貴重な努力成 果であるので、他地域にも波及させたいと考えている。 − 55 −
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