第Ⅲ部. - 大阪湾研究センター

第Ⅲ部.大阪湾沿岸域の将来像の実現に向けて
第Ⅲ部では、第Ⅱ部に示した大阪湾沿岸域の将来像の実現のための基本戦略を明らかにし、それに基
づいて、沿岸域環境の保全・創造のための具体策を示す。
1.将来像実現のための基本戦略
(1) 沿岸域の物質循環メカニズムの重視と大阪湾の環境保全・創造
沿岸域へは、様々な物質が陸域から流入してくる。一部分は外洋に流出していくが、多くの物質は、
沿岸海域、特に内湾海域ではそこに留まり、水質ならびに底質を悪化させている。かつては、汚濁物質
の流入負荷はさほど多くなく、干潟・浅場などの自然浄化力も大であった。また自然と人間の共同作業
により、沿岸海域に流入した物質を再び陸域に戻す「循環」が行われていたため、深刻な汚染問題、特に
人為的富栄養化の問題などは生じなかった。
大阪湾に流入した様々な物質は、海域生物に取り込まれ、最終的には魚介類、底生生物を通して人間
や鳥類に捕食されることにより、陸域に回帰していた。かつての大阪湾では、魚類の産卵場であり生育
場である藻場があちらこちらに見られ、漁業生産性が高く、干潟は鳥類の生息場所であった。しかし、
藻場があり、漁業が健全に営まれ、鳥類が羽を休め餌を啄む干潟がある大阪湾は、人間活動の拡大とと
もに、失われてしまった。栄養塩類が陸域へ戻されるメカニズムが機能していたからこそ、人間は豊か
な生物・生態系と共生し得たことの重要性を再認識すべきである。
私達は、今後、持続可能な形で多くの海域生物の再生産が行われ、豊かな生物・生態系が維持される
よう、このようなメカニズムを再生する必要がある。また、人間活動のために効率性重視で造られた様々
な基盤施設等により過去に生態系が破壊された海域では、その回復に役立つ機能をもつ基盤施設に造り
変えていくこと(特に湾奥部では、干潟とアマモ場の再生、直立護岸の緩傾斜護岸への再整備)が必要で
ある。
(2) 生物・生態系との共生のための社会経済システムの構築
大阪湾沿岸域では、長い年月にわたり維持されてきた砂浜・岩場・干潟・湿地帯などの自然海岸が破
壊され、浅場や藻場が消滅しつつある。自然海岸、浅場や藻場は、生物にとって重要な繁殖・生息環境
であり、それらが失われれば、生物・生態系が損なわれ、それに依っていた物質循環が阻害され、自然
浄化機能も当然のことながら消滅する。
そこへさらに、陸域から大量の窒素やリンがもたらされたことにより、大阪湾では、生態系内での生
産・消費・分解のバランスが崩れ、一次生産が過大となり、赤潮の頻発や底層水の貧酸素化など環境の
悪化をきたしている。こうして、海域環境が悪化したために、生物相は貧困となり、さらに、陸域から
排出された有害な重金属や人工化学物質は、生物濃縮現象へと結びつき、また内分泌攪乱物質(環境ホ
ルモン)等として水生生物の生殖活動にも異常を引き起こしている。
私達が持続可能な発展を実現するためには、海からの視点を常に備えておかなければならない。海域
の生物・生態系との共生を忘れた陸上での人間活動のツケの総てが大阪湾に押しつけられてしまうから
である。環境財としての大阪湾が機能を失ってしまっては、私達自身の生存も危うくなる。大阪湾沿岸
域が持続可能な発展を達成するためには、まず沿岸陸域の社会経済システムを生物・生態系と共生する
システムに変える必要がある。
(3) 総合的な沿岸域管理
大阪湾沿岸域においては、沿岸域開発・利用の歴史過程から得られる教訓を踏まえ、海域生物の視点
を含めた海からの視点に立って、海陸が共に発展していくための総合的な沿岸域管理を行う必要が
③環境市民の主体的活動
市民サイドにあっては、沿岸域環境の保全・創造に積極的に取組むことが期待される。自然環境デー
タの収集、河岸や海浜の維持・管理、コミュニティ単位の環境カルテづくりや自然エネルギーを活用し
た環境共生型まちづくりなど、市民が活躍する分野・範囲は広い。生物・生態系と共生する豊かな生活
は、市民が主体的に活動するところから始まる。なお、このためには、大阪湾沿岸域の環境に関する情
報の公開と環境に対する認識の共有化、市民が学習する機会の拡大が不可欠である。
④研究・技術開発の強化
大阪湾沿岸域においては、環境評価手法の研究、生態的沿岸域管理計画手法注1)の研究、生物・生態
系環境の保全・創造のための技術開発、河川・海域への流入負荷を減じるための技術開発が積極的に進
められなければならない。
注1)生態的沿岸域管理計画手法では次の点が重要である。
1) 生物の生活史の各段階を通じて種が生存するために必要とする空間の条件を、主な種ごとに明らかにする。
2) 物質循環、浄化機能の視点から、沿岸域生態系の果たす役割を場所ごとに明らかにする。
3) 持続的環境保全における漁業の役割、地域住民の(産業)活動が、沿岸域生態系の安定化に果たしてきた役割を
適正に評価・把握する。
4) 港湾、漁業、マリンスポーツ、エコツーリズム、観光等の多面的海面利用の調整による海域環境の持続的安定
化の方策を明らかにする。
5) 沿岸域の景観・二次的自然環境の維持と漁業活性化についても考慮する。
⑤資金の確保
大阪湾沿岸域の環境保全・創造のためには、資金の確保が不可欠である。従来型公共事業への環境保
全・創造の義務づけ、環境創造を目的とする新事業の創設、海岸線・海域を私的に利用したり、海域へ
大量に排出する者からの負担金や税の徴収、環境財としての機能を増進させるため沿岸域各セクターが
負担することなどについて、具体的検討を進めなければならない。
(3) 総合的な沿岸域管理の具体的展開
総合的な沿岸域管理を具体的に展開していくためには、森・里山二次林・水田・ため池等と川と海を
一体的な環境圏ととらえ、生態系のつながりを解明すること、砂浜・岩場・干潟等のなぎさの環境研究
や藻場の環境研究を積極的に進めること、これらを通して望ましい環境注2)とは何かを明らかにするこ
とが必要である。さらに、現場主義の姿勢で観察・調査を続け、環境財としてのリストを作成し、それ
を踏まえて環境を正確に把握・評価しつつ、環境の保全・創造のための具体策を見つけていくことが必
要となる。
その具体策としては、保護・保存されるべき環境、積極的に修復・回復・創造すべき環境、生物・生態系
と共生しつつ適切に利活用を図る空間を明確にし 注2)、そのための具体的方法と適用する技術、市民の理解・
協力を含む管理プログラム注3)注4)、必要な財源とその源泉などが示されなければならない。
行政においては、総合的な沿岸域管理を、持続可能な発展に向けての最も重要な戦略のひとつと強く
認識し、研究機関等における所要の研究や技術開発を十分に支援するとともに、広く叡智を結集し、様々
なステークホルダーとともに具体策を立案していく必要がある。
注2)別表−2に、大阪湾における望ましい環境状態を示した。また、保護・保存すべき環境、修復・回復すべき環境、
創造すべき環境、生物・生態系と共生しつつ適切に利活用する空間を検討した。
注3)管理プログラムの原則は、「汚さない」、「きれいにする」ことである。「汚さない」ためには、すべての市民・企業の
意識向上、負荷極小化のための規制策や高い浄化能力をもつ設備・施設等が必要となる。後者に係る費用は、負荷
物質排出者の負担を原則とすべきである。「きれいにする」ためには、自然の浄化能力を向上させるとともに、自然
の劣化を防止すること、さらに清掃を強化することが必要となる。これは、公共的負担を原則としつつ、様々なス
テークホルダーの協力が必要となる。
注4)大阪湾沿岸域においては、生物・生態系の速やかな回復のために、情報と技術を結集して「近自然」を創造しなけれ
ばならないが、創造した近自然を適切に管理していくことも欠かせない。管理システムの研究と実証的具体化も重
要な課題である。