日本からの投資回復力は鈍い

世界のビジネス潮流を読む
AREA REPORTS
エリアリポート
China
中 国
日本からの投資回復力は鈍い
ジェトロ海外調査部中国北アジア課長 箱㟢 大
2013年後半以降、投資額は低レベルながら比較
異なる。そもそも日本の対中直接投資額は、11、12 年、
的一定水準で推移しており、日本の対中直接投資額は
そして減少に転じた 13 年にしても、歴史的な高水準
底に近づきつつあるようにみえる。もっとも、賃金上
と言い得るものだった。14 年 1〜6 月期(上半期)は
昇、成長鈍化、企業競争の激化といった中国の事業環
前年同期比 48.8%減だったが、7〜9 月期(第 3 四半
境に変化はなく、投資の回復力は今のところ慎重に見
期)は 20.8%減、10〜12 月期(第 4 四半期)は 16.6%
ざるを得ない。
減と縮小している。この点についてはあまり報じられ
日本の直接投資は4割減だが…
ていない。これは中国商務部の発表が年初来累計額と
その対前年同期比だから、というのが要因と思われる。
中国商務部の統計によれば、2013 年は中国の対内
目標の進捗を見るにはよいが、通常、経済統計を年初
直接投資総額が増加する中、日本の対中直接投資額は
来累計の対前年同期比で見ることはない。年末に近づ
前年比 4.3%の減少だった。14 年も前年比 38.8%の大
くにつれ変化が小さくなり、潮目の変化を捉えるには
幅減となっている。
不向きだからだ。
日本の対中直接投資減少の要因としては、中国事業
に対する企業マインドの冷え込みが挙げられる。12、
変化する投資主体
13 年、日本企業の対中事業への意欲が低下したから
日本の対中直接投資額が最後に大きく減少したのは
だ。ジェトロのアンケート調査「在アジア・オセアニ
13 年の後半で、その後の変動は大きなものではない
ア日系企業実態調査」(12 年度)では、「今後 1〜2 年
(図 1)。
の中国の事業展開の方向性」について、「拡大」と回
答した企業の割合が 52.3%と前年より 14.5 ポイント
低下し、
「現状維持」が大幅に増えた。「拡大」の割合
は 13 年度調査で 54.2%と若干回復したが、14 年度の
図1 日本の対中直接投資の実行金額と契約件数の推移
(件)
(億ドル)
30
600
500
25
国際協力銀行の「わが国製造業企業の海外事業展開
400
20
に関する調査報告」によると、今後 3 年程度の中長期
300
15
200
10
近年低下している。従来、常に第 1 位だった中国が
100
5
13 年は 4 位に下がり、14 年も 3 位と単独首位から上
0
調査では 46.5%に低下した。
のスパンで事業展開先を見た場合の有望な国・地域に
ついて、
「中国」と答えた企業の割合(複数回答)は
位グループの一角に後退している。
日本の対中投資は、こうした投資意欲の低下を背景
に、世界の対中投資が続いているにもかかわらず減少
していったように見える。しかし、筆者の見方はやや
60 2015年3月号 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4
09
2008
件数
10
11
12
13
金額(右軸)
金額08∼10年平均(右軸)
注:契約件数は新規投資のみ、投資実行金額は新規投資、増資のいずれをも含む。
資料:図1、2とも商務部、CEIC 資料を基に作成
14
0
(年)
AREA REPORTS
投資の意思決定と実行に時間差があることは言うま
でもない。興味深いのは、契約件数が減少するタイミ
ングが投資実行金額の減少と大きくずれている点だ。
図2 日本の対中直接投資額(実行金額/契約件数)
(100万ドル)
10
9
契約件数は 12 年の第 4 四半期に大きく減った。しか
8
し投資実行金額が大きく減ったのは 13 年の後半で、
7
タイムラグがある。この点をどう見るか。
統計の定義では、追加投資(増資)が行われても契
約件数としてカウントされない。つまり契約件数はい
わば新規案件の多寡を示すといってもよい。しかし投
資実行金額の方は、新規案件であろうと増資案件であ
ろうと、資金移動が起こりさえすればカウントされる。
6
5
4
3
2
1
0
Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4 Q1 Q2 Q3 Q4
2008
09
10
11
12
13
14 (年)
図 1 を見ると、10 年は契約件数が増加傾向にある。
だが投資実行金額が増えていないところをみると、こ
に投資が絞り込まれている様子がうかがえる。つまり、
の時期は新規案件が多く、案件個々の金額は小さいと
体力のある企業か、中国での事業に経験豊富な企業の
いうことになる。つまり盛んに進出したのは中小企業
どちらかに、投資主体が絞り込まれていることになる。
だった可能性がある。
14 年 7〜9 月期(第 3 四半期)の金額(投資実行金額
他方 11 年以降は、件数が頭打ちから下り坂に向か
/契約件数)は前期に比べ減少したが、もともと第 3
ったにもかかわらず金額は増えているので、増資が中
四半期の値は小さくなる傾向があり、データの季節性
心だったか、あるいは新規の案件に大型のものが多か
によるところが大きいように思う。
ったという可能性が考えられる。特に 13 年上半期は、
11 年から 13 年上半期にかけ、日本から多額の対中
契約件数が激減したわりに投資実行金額が大幅に増加
直接投資が流入した。そもそも投資は中国で得た収益
しており、新規案件がかなり大型だったか、増資が非
でも可能だ。新規の案件が減り、中国での投資が手元
常に活発だったとみることができる。13 年下半期に
資金で賄えてしまう状況が生じていた可能性もある。
はそうした大型の新規案件や増資も落ち込み、投資実
これは、日本から中国へのクロスボーダーの投資には
行金額にも大きな影響が出た、と考えられる。
マイナスに働く。
06 年以降、対中直接投資は 5 年ほど低調だった。
14 年の日本の対中直接投資が、前年比 4 割減とい
投資の一巡、チャイナ・プラス・ワンへの関心の高ま
うのは統計的な事実だが、「4 割減」が足元の実態を
りに加え円安やリーマン・ショックの影響もあった。
表しているかというと、そうではないように思う。14
だが中国経済がリーマン・ショックの影響をいち早く
年 7〜12 月期(下半期)で見れば、投資額は前年同期
脱し、また為替レートも円高に振れる中で、対中投資
比 2 割減だ。13 年は上半期の投資金額が大きすぎた。
案件に続々とゴーサインが出されたのではないか。12
反日デモから 2 年が過ぎ、日中の経済交流にプラス
年の反日デモ発生後、投資の決定が済んでいた案件は
といえる日中首脳会談も実現した。だが中国での人件
そのまま実行に移されたが新規案件は提起しづらくな
費の上昇、成長鈍化、市場における競争の激しさとい
った――契約件数と投資実行金額の減少に見られるタ
った状況に変化は見られない。円安元高も進んだ。
イムラグには、このような背景があるのではないか。
日本企業の対中直接投資は、その主体が大企業や中
14 年の投資実行金額の水準は、投資額が急増する
国事業の経験が豊富な企業に絞り込まれ、底固めの段
以前(08〜10 年)とほぼ同水準にまで下がっている。
階に入りつつあるものと思われる。とはいえまだ 2 割
このあたりが投資額の「底」なのではないかとも感じ
減。回復力については、今のところ慎重に見ざるを得
る。加えて、投資実行金額を件数で割った金額は、13
ない。
年 7〜9 月期(第 3 四半期)に底を打ったようにも見
え(図 2)
、金額の大きな案件と増資案件のどちらか
61
2015年3月号