キャリア教育と高大連携 山野 晴雄 キャリア教育の取り組み 私は、東京多摩地区にある、日本体育大学の併設校である桜華女学院高等学校(現・日 体桜華高等学校)に勤務し、二〇一〇年に退職するまでの三六年間、進路指導・キャリア 教育に関わったきた。特に〇三年からはコーディネーターとして、総合的な学習の時間を 核とした三年間を通してのキャリア教育に取り組んできた。 桜華女学院のキャリア教育は、総合的な学習の時間のねらいの一つである「あり方生き 方・進路」に焦点をおき、生徒たちが、自分の人生と生き方(人生の課題)を社会のあり 方(現代の課題)と重ねて選択し、未来に向けて自覚的に生きていく力を身につけていく ことを目標として進めてきた。そのプログラムを取り組むにあたっては、大学や専門学校 の協力を得ながら実施してきた。 一・二年次には、進路講演「大学の『知』を学ぶ」「女性とキャリアデザイン」「男女共同 参画の時代を生きる」「働く女性に必要な法律」「変わる社会、変わる女性の生き方」な どの講演を組んだが、その講師には、それぞれ専門分野の大学の先生方にお願いした。大 学訪問では、多摩地域の大学に学年の生徒全員で訪問したが、大学と高校との違いの説明、 大学の授業参加ないし授業見学、学生へのインタビューなどのプログラムに協力していた だいた。大学説明会では、多摩地域の大学で組織する東京多摩私立大学広報連絡会の協力 を得て実施し、模擬授業体験も、併設校の日体大以外は多摩地域の大学や専門学校を中心 に講師の派遣をお願いした。夏休みの課題として一年次には職業インタビュー、二年次に はジョブ・シャドウイングを取り組ませたが、インタビューや体験の受入先の紹介を専門 学校や大学にお願いすることも少なくなかった。また、多摩地区高等学校進路指導協議会 (多摩高進)と多摩地域の大学・専門学校による共同企画「多摩地区高校生夏休み授業体 験」プログラムには、二校以上の参加を課題とし、報告書を提出させた。三年次には、希 望進路に関わる課題研究・レポートの作成を取り組ませたが、生徒によっては専門学校や 大学に行って調べたり助言を得たりした生徒もいた。 このようなキャリア教育を取り組むにあたっては、一高校だけで実施するのは難しく、 地域の大学や専門学校、事業所などの協力なしにはできなかったと考えている。そして、 それを可能にしたのは、多摩地域では高校と大学や専門学校とのネットワークが築かれて いたことが大きい。特に私の場合は、多摩高進の活動に長く関わり、多摩地域の大学や専 門学校などの教職員と情報交換・意見交換をする中で人脈を築き信頼関係を培ってきたこ とが、協力を得られた大きな要因だと考えている。 普通科高校の進路指導・キャリア教育の現状 普通科高校、特に進学校の進路指導・キャリア教育はどのような現状にあるのか。私は、 二〇一二年に、東京都内の私立難関大学の二大学と栃木県の国立大学一大学、計三大学の 学生七一〇名の出身校の進路指導・キャリア教育についてアンケート調査を実施したこと がある。そのアンケート結果によれば、「総合的な学習時間、学校設定科目などで年間を通し て将来の生き方や働き方、進路について考えたりする取り組み」をしていた高校は八六%(高校別) -1- で、大半の高校で進路指導・キャリア教育が取り組まれていることが知られる。出身校の進路指導 ・キャリア教育で「取り組んだり経験したりしたもの」を二五項目からあげてもらったところ、 「オ ープンキャンパスへの参加」が七五%で最も多く、次いで「進路相談」 「学部・学科調べ」 「大学模 試の受験」 「進路学習教材の使用」の順であり、大学や学部・学科選択に関わる指導に関連する項 目が多いことが知られる。これに対して将来の生き方や働き方、職業に関わる項目については、 「職 業調べ」が三九%、 「将来の生き方や働き方に関する講演」は二八%となっているが、 「インターン シップ(職場体験) 」 「ライフプラン、キャリアプランづくり」 「現代社会の課題に関わる講演・デ ィベート」 「労働法に関するワーク・講演等」は一〇%未満にとどまっている。ここには、将来の 生き方や働き方、現代社会の課題や労働法教育などキャリア教育に関わる取り組みは全体として弱 く、大学進学指導に重点を置いた「出口指導」が中心となっていることが浮き彫りになっている。 学生の自由記述からは、出身校の進路指導に対して、 「大学入試を見すえた指導が行われていて よい」 (栃木・県立) 、 「私の高校は進学校で、 (中略)高校全体が高学歴大学に合格することが一番 目標でした。もちろんそのおかげでこの大学に入学することができました」 (千葉・私立)など、 大学進学指導が充実していてよかったとするものもあったが、その多くは批判的なものが多く、 「大 学受験を主としたものばかりだったので、大学に入学してからはあまり役に立っていない気がしま す」 (青森・県立) 、 「大学に向けての進路指導は割と熱心に行われていましたが、その先、つまり 大学を出て仕事をする、そのためのキャリア教育はほとんど行われていませんでした。大学に入っ てはみたものの、将来なにをしたらいいのか、まっく方向性がつかめていない自分がいます。大学 と社会を結びつけ、もっと社会を知るキャリア教育を高校で受けたかったです」 (神奈川・県立) など、大学進学指導だけでなく、もっと生徒の将来を考えさせるキャリア教育を行うべきだとする ものが多かった。 桜華女学院は進路多様校であるが、三年間のキャリア教育に取り組む中で、学ぶ意欲を 持ち始めた生徒の中には大学進学を目ざす生徒が多くなった。そして「私は、大学へ行く 目的や大学を卒業してからの仕事のこと、社会へ出てからの生き方など参考にすることが 出来た」とか、「就きたい職業や行きたい大学、さらにその先のことまでも視野に入れた 学習は、私にとっても大きな力になり、将来の計画を念入りに組むことができました」と いう生徒の感想からも知られるように、大学合格だけを目標とする進路観ではなく、大学 進学、そしてその後の人生についての見通しを考えられるような生徒が生まれるようにな った。 戦後の新規学卒就職・長期雇用・年功型賃金の「日本的雇用慣行」システムが機能不全 に陥り、「学校から社会(職業)への移行」が困難になってきている今日、卒業後の職業 や生き方、働き方を見すえた組織的・系統的なキャリア教育に取り組むことが重要になっ ていると考えている。 -2-
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