1.2 テーマ【1-2】 - 環境・防災都市共同研究センター

1.2
テーマ【1-2】 環境創造における環境評価システムに関する研究
1.2.1 はじめに
本研究プロジェクト(1-2 グループ)は,
「開発行為」と「自然環境の保護・保全」を両立さ
せる新たなまちづくりのあり方を導くものである。そのためには,単なる自然環境保護・保全
策の検討にとどめるのではなく,開発行為において自然環境を積極的に創出していく「環境創
造」の概念をまちづくりの中に取り入れていくべきとのスタンスに立っている。
このような観点から本研究では,まちづくりにおける環境創造手法の構築をめざして,次の
3つの研究項目に着手してきた。
①環境の価値評価手法の構築
②環境モニタリングシステムの構築
③環境創造手法の構築
これら3つの研究項目に基づく本研究プロジェクトの枠組みを表 1-2-1 に示す。
表 1-2-1 本研究プロジェクトの枠組み
研究項目
概 要 (ねらい)
・わが国で環境創造を促進させるためには,環境創造に対
①
環境の価値評価手法の構築
する社会的コンセンサスが不可欠との認識にもとづき,環境
創造(事業)に対する市民の価値意識を捉えるための評価
手法を構築する。
・環境創造事業を実施するためには,その適地を選定する
こと,事業効果を確認すること(環境モニタリングの実施),
②
環境モニタリングシステムの構築
【本文 1-2-2 章】
などが重要になり,そのためには,当該地域の環境状態を
継続的に監視(情報収集)する必要がある。
・そこで,ここでは,当該地域の環境状態を継続的かつビジ
ュアルに把握・分析できる GIS(地理情報システム)を援用
した環境情報管理システムを構築する。
・わが国で環境創造を促進させるためには,環境創造に対
する社会的コンセンサスを得るとともに,その意志を社会的
③
環境創造手法の構築
【本文 1-2-3 章】
に担保することが重要であるとの認識にもとづき, ここで
は,環境創造事業の「制度化」を提案する。
・その制度化に向けて,国内外の環境行政の現状を把握
し,わが国の環境行政の課題を抽出するとともに,その課題
の改善策を環境創造事業と関連づけて提案する。
本年度では前年度に続き、
「環境モニタリングシステムの構築(研究項目2)
」と「環境創造
手法の構築(研究項目3)
」という2つの研究項目を重点的に展開した。
以降では本研究項目ごとにそれぞれの研究成果を述べていく。
1.2.2 環境モニタリングシステムの構築
【携帯電話からの E メール情報発信により GIS データを構築する手法に関する検討】
a)研究背景および目的
これまで本研究項目では、平成 11∼14 年度にかけて、沿岸域における陸域・水域の環境デー
タ収集とそれを活用した陸域が沿岸海域にもたらす環境影響について把握を行ってきた(表
1-2-2)
。これに関して、昨年度(平成 14 年度)においては、平成 13 年度成果の課題を補うた
めに、沿岸海域の水質に影響を与えると想定される項目数をさらに増やし、それらの中から主
要な項目を抽出する作業を試みた。
しかし現状では、
陸域と沿岸海域それぞれが異なる省庁
(局)
によって管理されているため、各所管が個別の目的でまちまちの時期に環境データが採取され
ていることから、それらのデータ間の比較や分析はきわめて困難であるという根本的な問題が
明らかとなった。このため、昨年度成果のひとつとして、今後は、陸域が沿岸海域の水質に与
える影響を明確に捉えられると同時に、的確に監視(モニタリング)できるよう、陸域と沿岸
海域両者の環境データが相互に比較・分析できる環境データ整備が必要であることを提言した。
その実現にあたっては、地域住民や学生といった省庁・専門機関以外の者でも、自分で採取
した環境データが、これまでに当プロジェクトが構築した「沿岸域環境 GIS」
(データベース)
に簡便に入力(送信)できる「環境データ収集システム」
(図 1-2-1)が必要不可欠になる。
そこで、本年度の本研究では、一般に広く普及している携帯電話のメール機能を活用するこ
とにより、現地調査結果(環境データ)を、現地から容易に情報発信し、
「沿岸域環境 GIS」の
データ更新を可能とするシステム構築を図ることを目的とする。
具体的には、携帯電話のメール機能を活用した、GIS データベース更新を現地からリアルタ
イムで行えるシステム開発とその将来性・課題等について考察するものとする。
表 1-2-2 これまでの本研究項目の流れ
年度
検討項目および内容
平成11年度 東京湾臨海地域の現地調査結果のGISデータ化(土地利用、護岸形状等)
平成12年度 東京湾周辺の水質情報のGISデータ化
土地利用・護岸形状と水質の関連性に関する検討業務
→土地利用と護岸が水質に与える影響について把握した。
平成13年度 長所:これまで別々に検討されてきた陸域情報と水域情報を重ね合わせて、その関連性を
把握したことに意義がある。
短所:水質を考える上で、河川からの流入や底質からの溶出を踏まえて検討する必要があ
るが、それができていなかった。
土地利用・護岸形状と水質の関連性を把握するために必要な情報の検討業務
平成13年度の短所である、河川からの流入、底質からの溶出を踏まえた検討を行なう予定
平成14年度 であったが、水質の調査地点数が少ないため、検討できないことがわかった。
そのことから現在整備されている水域情報についてどのような情報とすれば、陸域情報と
水質の関連性を把握(水域情報を陸域情報と同じ精度で把握)することができるかを提案
宛先
件名
本文
<現地>
<学内>
図 1-2-1 携帯電話からの E メール情報発信により GIS データの更新を行う
b)既往研究整理と本研究の位置付け
ノートパソコンなどのモバイル機器を携帯電話につないで情報を発信・集約するシステムや、
携帯電話を活用した情報発信については、GPS を登載した携帯電話により災害時などに自治体
職員からその被害情報を発信するシステムなどが検討されている。
しかし、前者はそのシステム開発が膨大となること、後者は GPS の精度※によるため、その
情報が有効となる精度を維持しているかどうかの判断が発生する。
そこで本研究では後者の携帯電話を用いる点はそのまま踏襲し、GPS によるところを、建物
番号や敷地番号などその位置を正確に捉えられる事物とその属性情報を携帯電話から発信し、
パソコン側で解析が行えるシステムの構築を行うものとする。このようなシステムは現在開発
されていないことから検討する意義があり、有用であるといえる。
※GPS とは地球の周回軌道を回る 24 個の衛星から発信される情報を利用して、受信者と GPS 衛星(人工衛星)の
地上に放射される位置測定用の電波を利用して、利用者の現在地(緯度・経度・高度)を得るためのシステムであ
る。この衛星は米国国防総省が運営しており、その精度などは諸事情により予告なく変更されることがある。また
GPS は衛星から電波を受信し測位するシステムであるため、
ビルや木立の陰等、
電波を遮断・反射する場所を避け、
できるだけ上空の開けた場所で利用することとされている。また、上空の衛星の数と配置は一定ではないため、測
位状況は時間とともに変化する。
c)研究方法
次の(1)∼(4)により、システム開発、成果の活用策と今後の課題の取りまとめを行う。
(1)携帯電話のメール機能の確認
(2)メールソフトからデータベースソフトへの取り込み機能の開発
(3)GIS での解析が現地での入力と同時(リアルタイム)で行えることに関する機能開発
(4)成果の活用策と今後の課題の取りまとめ
d)システム基本設計
①携帯電話の機能とパソコンに登載するソフトウエアの選定
携帯電話の機能として、最近の携帯電話に標準的に搭載されており、パソコン側のソフトウ
エアで受け取れる必要があることから、E メール機能を使用する。
パソコン側でのメールソフトとして、ソフトウエアの仕様(受信メールを受け取る箇所のカ
スタマイズ)
がオープンソースとなっており、
OS がデファクトスタンダード※とされる Windows
であるパソコンに標準搭載されている、Microsoft OutLook Express を使用することとする。
また、GIS ソフト、データベースソフトは学術フロンティア推進委員会所蔵ソフトである
Geo-Media Professional、Microsoft Access を使用する。
※デファクトスタンダード 【de facto standard】
別名 :業界標準, 事実上の標準
国際機関や標準化団体による公的な標準ではなく、市場の実勢によって事実上の標準とみなされるようになっ
た「業界標準」の規格・製品の。
「de facto」とはラテン語で「事実上の」の意。
家庭用ビデオにおける VHS、パソコン向け OS における Windows、インターネット上の通信プロトコルに
おける TCP/IP などがデファクトスタンダードの例として挙げられる。国際的なコミュニケーションに英語を用
いることもデファクトスタンダードであると言える。
一旦デファクトスタンダードが確立した業界においては、スタンダード規格に対応した製品や、スタンダー
ド製品と高い互換性を持つ製品がシェアのほとんどを占めるようになる。また、公的な標準化団体によって、
すでにデファクトスタンダードを確立している規格が公的な標準規格として追認されることもある。
②更新ツール(着信メールから、GIS データ更新用のメールを選択し、そのメールの内容によ
ってデータベースを書き換えるツール)の開発
本機能は、それを動作させることにより、メールソフト内の着信メールの中から、GIS デー
タ更新用のメールをメールの件名(タイトル)により判別し、条件を満たすものについて、メ
ール本文中に存在するIDとデータベースソフトに格納されているデータのIDにより結合させ、
データベースソフトに格納されているデータの更新を行うものとする。
事前の準備として、パソコンに届く、GIS データ更新用のメールである場合は件名(タイト
ル)に含むべき文字列(本検討においては GIS とした)および本文の 1 行目にメール内の情報
と GIS のデータベースを結合するリンクキーとなる ID、2 行目以降を建物階数、建物用途、備
考と定義する(本検討において仮に設定した項目であり、2 行目以降は変更可能である)こと
により、携帯電話から情報を発信する側、パソコンによりその情報を受信する側でその情報を
共有しておくことがあげられる。そのことにより、GIS データ更新用のメールを正しく判断す
ることができる(図 1-2-2)
。
なお、本プログラムはメールソフトの送受信機能を起動させるが、大量のメールが送られる
場合、メール送受信に時間がかかることが想定されるため、リアルタイムなデータ更新のため
に、
メールソフトでの送受信の設定を最小間隔で確認する設定としておくことが必要であろう。
宛先
○.CST.NIHON-U.AC.JP
宛先:学術フロンティア推進委員会パソコンのアドレス
件名
GIS040305
件名:GISを含む形態とする
本文
111115
5
4
備考
本文:
(1行目)ID:半画数字
(2行目)建物階数:コード(半角数字)
(3行目)建物用途:コード(半角数字)
(4行目)備考:文字列
図 1-2-2 送受信データの定義
(1)GIS データ更新用のメールの判別(図 1-2-3)
1)
GIS 更新メールの判別ツールを起動させることにより、
携帯電話から情報を発信する側、
パソコンによりその情報を受信する側で取り決めたキーワードを定義したファイルを
みにいくこととする
2)メールソフトの着信メールの中から、件名(タイトル)にキーワードを含むメールを
選択し、本文の内容をメモリ上に一時保存する(パソコン機能のコピー&ペーストのコ
ピー状態と同じような状態)
。
定義ファイル
着信メール
判断プログラム
起動
定義ファイルで
定義された
文字列を件名
(タイトル)に含む
メールソフトの
送受信を起動
着信
メールフォルダ
内のメール
N
Y
メモリに本文を
一時保存
図 1-2-3 GIS データ更新用のメールの判別
処理しない
(2)メールの本文データからデータベースへの取込機能(図 1-2-4)
1)メモリ上に一時保存されている、メールの本文(一行目)の ID により、データベース
に存在する ID を検索する。
2)データベース上の対象データを選択し、メールの本文 2 行目以降のデータを、データ
ベース内に格納する。
メモリに本文を
一時保存
本文1行目のIDと
同じIDをDB上で検索
DBの書換え
本文とDBの
IDが一致
一致しなかった旨の
ログファイルを作成
(DB:データベースの略)
図 1-2-4 メールの本文データからデータベースへの取込機能
③GIS での解析が現地での入力と同時(リアルタイム)で行えることに関する機能開発
事前に GIS ソフトを立ち上げておき、データ更新ボタンをクリックすることで、前掲②の
各動作を起動させ、GIS 上の表示内容を最新の情報に更新することとする(図 1-2-5)
。
②4-2の処理を実行
①更新ボタンをクリック
③更新された情報が画面に表示される
図 1-2-5 GIS データのリアルタイム更新のイメージ
e)成果の活用方策と今後の課題
(1)成果の活用方策
本研究で開発したシステムは、現地の情報を即座に、GIS 上で解析できること、調査に必要
な精度にあわせた対応が可能であること、事前に準備する図形情報により、建物・敷地・水
質調査点・写真撮影点などさまざまなデータベースの構築が可能となることなどが長所とし
てあげられよう。
(2)今後の課題
現地から携帯電話の E メールにより、GIS データの更新を行うシステムであることから、
誤ったデータが携帯電話から送られた場合においてもデータが更新される。
このことへの対応としては、誤ったデータに更新される以前に戻すためのバックアップデ
ータの保存や、データの更新前に確認するための一時的なデータベースファイルに書き込み、
確認後データベースファイルを更新することなどが考えられる。
1.2.3 環境創造手法の構築
【プライベートビーチに着目した海岸空間の環境管理手法に関する研究】
a)はじめに
1956 年にわが国で制定された「海岸法」が、およそ半世紀ぶりの 1999 年5月に大幅に改正
されたことは記憶に新しい。このなかでも最も注目すべきは、これまでの「海岸の防護」に加
え、新たに「海岸環境の整備と保全」および「公衆の海岸の適正な利用」をその目的(第1条)
に位置づけ、
「防護」
「環境」
「利用」の調和のとれた海岸形成を目指したことにあろう1-2-1)。
そして、それを担保するため都道府県には、海岸のマスタープランともいえる「海岸保全基本
計画」を関係市町村との協議のもと策定すること(第2条の3)と、市町村がその発意により
日常的な管理権限を受託し、海岸管理に参画できること(第5条)を定めた。
そのため、海岸の環境・利用の方針およびその実現化を促す日常的な管理は、行政の必須的
な取り組み事項となり、
特に地域に最も密着した市町村が主導的な役割を果たすこととなった。
しかしながら、法改正から5年を経た現在、こうした市町村主導の管理は、権限が委譲され
るにもかかわらず、地方財政が逼迫しているとともに、財政的なメリットを得るための手法が
構築されていないことから、多くの市町村では海岸管理への参画に対して、その発意が生まれ
にくい状況となっている1-2-2)。
そこで本研究では、市町村財政が逼迫している状況においても、今後の海岸づくりに不可欠
となる日常的な管理を促進する手立てとして、民間事業者(以下、民間)を主体とした新たな
海岸環境管理手法を提案する。
b)民間を主体とした海岸環境管理手法の概要
美しい砂浜や海辺の豊かな生物生息などの地域に根ざした自然環境は、その土地固有の景観
や風土を生み出し、地域の個性豊かな文化や歴史を創り出すことにつながる1-2-3)。本研究で対
象とする日常的な管理とは、このような海岸の自然環境を持続的に管理することで、無秩序な
利用を制御するという環境管理を視座に据えたものである。具体的には、海浜地の利便施設整
備や海岸美化事業等、市町村が日常的な管理のなかで立案する独自の運営戦略において、民間
による実現が可能な管理を対象としている。
また、本研究で検討する海浜地(公共空間)の民間管理・使用は、国有財産法において厳し
く制限されているが、2001 年の改正 PFI 法では、PFI であれば、海浜地等の行政財産を現行法
の規定に関わらず民間への貸付けが可能となったことから、実質的に制限は大幅に緩和された
といえる。これより、本提案の骨子は、市町村主導の環境管理に PFI を導入して民間管理を促
すものである。そこで、そもそも PFI とは、利潤を最大にしようとする民間が、社会的に効率
的な行動をとるためのインセンティブを備えた仕組みが求められることから、環境管理に対し
て民間の参入意欲をどのように促すかが重要となる。
そのため、本提案では、環境管理を民間に委ねるにあたって、実施者となる民間の事業範囲
を明確にすることや、当該民間の意欲が他者におびやかされないことなどが肝要であるとの認
識から、その管理手法として、当該民間が事業対象海浜地を自由に使用、収益するための排他
性を創出することとする。しかしながら、海浜地は公共空間であることから、その利用形態に
ついては、公共の利用に供することが前提となる(1-2-1)。
以上を踏まえ、本研究では、この排他性という観点から、プライベートビーチという利用形
態に着目することで、民間を主体とした環境管理手法を提案するものである。具体的には、特
定の民間に海浜地での「環境管理の義務」と「排他的利用の権利」を適用するものであるが、
民間の実施形態のなかには、
メセナ活動やNPOの参画など直接的な利潤獲得を目的としない展開
も想定できる。そのため、排他的利用権の行使については当該民間の意思に委ねることとする
(1-2-2)
。一方で、海浜地に排他性を付与するにあたっては、民間の過剰な利便性追求により、
無見識な開発や利用という危険性が懸念されるが、例えば、内陸の私有地が都市計画法等によ
り規制されているのと同様に、本提案においても事業対象海浜地に海岸法や港湾法による規制
がかかることはいうまでもない。さらに、PFI法は、公共と民間の双方にとって望ましい方法・
条件により合意形成が為されることが前提であることから、あまりにも不適切な実施形態であ
れば、当然ながら公共の意思によって否認されるものとなる。
c)研究目的
以上より、本研究では、プライベートビーチを活用した環境管理の実現化方策を導くもので
あるが、これまで本研究では、すでに民間による環境管理が自主的に行われている沖縄県の海
浜地を本提案の先駆的事例として、表 1-2-3 に示すように、民間であるリゾートホテル事業者
に、海浜地のプライベート的な管理や利用の実態および本提案に対する見解から、わが国にお
けるプライベートビーチの実現可能性を検討した1-2-4)。
その結果、リゾートホテル事業者は自己資金を投じて積極的に環境管理を実施しており、プ
ライベートビーチの提案に対しても、
「環境管理の義務」については、今以上に環境を悪化させ
ない状況(環境保全)であれば、おおむね実施可能であること、
「排他的利用の権利」について
は、ホテルが実施する収益事業(マリンレジャー等)の安定性(継続性)を確保する上で、必
要となることを明らかにした。
以上より、沖縄県の海浜地では、プライベートビーチの提案がすでに現出している状況にあ
ることから、本提案の実現化方策を導く次の検討事項としては、海浜地の民間管理が、公共と
民間の適切な役割分担に基づいた一定のルールのもとに実施される必要があると考える。
そこで本研究では、本提案の実現化方策を導くにあたって、海岸環境管理における公共と民
間の関わりを把握することで、海浜地の民間管理を制度化するための要件を明らかにすること
を目的とする。
表 1-2-3 これまでに得られたプライベートビーチの実現可能性1-2-4)
設問項目
ー
自
主 リ
的ゾ
に
行 ト
う ホ
海テ
岸ル
管事
理業
の者
実が
態
︵
管理費用
・年間300万円から多いところでは1億円を管理費用として
負担している
(管理の質や砂浜の面積によって異なる)
管理内容
・リゾートホテルの従業員などによってゴミ処理や養浜を中心
に実施している なかには、観光資源となるサンゴの保全
や移植等を行うリゾートホテルもある
その理由
・海岸の自然環境が商品価値を有しており、それを満喫・享
受するために利用者が来訪するため、環境管理を実施して
いる
管理範囲
・現在は、海浜地の形状がそのまま管理範囲となっているた
め、結果的に帰属意識が生じている
責任等
・本来は公共海浜地であるが、リゾートホテル前面の遊泳区
域内で事故等が生じた場合は、リゾートホテルが何らかの責
任を負わされることになる
収益性
・多額の費用負担や技術不足といった点から、リスクが伴う
ため、環境管理によって収益確保の保証が見込めることが
条件となる
自然環境
・今以上に環境を悪化させない程度(環境保全)であれば
実施可能、生物生息空間を新たに創りあげる(環境創造)と
なると技術的にも難しい
利用
・適正な利用を促すために、利用者の入場を制限することな
どは、地域住民との協力が条件となる
法制度
・海浜地における施設整備などは、公共の支援や法制度の
緩和等が実施されることが条件となる
︶
海
の浜
4
義地
つ
務に
の
にお
視
対け
点
する
に
る環
分
見境
類
解管
理
リゾートホテル事業者(6社)の回答(要約)
排他的利用の権利に
対する見解
・現行法による占用許可では、短期更新や用途転用の不可
などから、収益事業に支障が生じるため、排他的利用の権
利には有用性がある
・収益確保のインセンティブが海浜地のみの排他的利用権
では魅力を感じないため、海域までの設権範囲の拡張を望
む
d)本提案の導入意義
本提案は、プライベートビーチを活用することで海浜地の民間管理を促すものであるが、今
後の海岸空間は、海岸法の改正により、
「防護」に偏重してきた管理から、
「環境」や「利用」
にも配慮した空間構成に基づく管理が求められている。このことから、これまで公共が主体的
に行ってきた海岸管理に民間主体の管理手法を導入することは、環境管理の新たな担い手の育
成に加え、一元的な公共管理による行政負担と財政支出を抑制するものと考える。
さらに本提案は、これまで都市計画において非土地とされていた海浜地に排他性による市場
原理を活用することから、これまでにない産業や雇用の創出に寄与するとともに、海浜地の貸
し付け等による借地権の適用や固定資産税などの税収源の確保に供する土地化を促すことにな
る。そして、その対象範囲が、理論上では、わが国の海岸全体(約 35,000 ㎞)となることを踏
まえると、市場や財政に与える影響はきわめて膨大なものとなる。つまり、本提案の実現は、
これまで産業の場から最も遠いとされていた海岸空間を不動産的に取り扱うことで、新たな産
業空間として成立する可能性が高まるのである。
e)既往研究の整理
これまでのプライベートビーチに関わる研究には、
(財)沿岸開発技術センターにより、海洋
レクリエーションなど海岸の利用促進の観点から、ステータス形成のためのプライベートビー
チの実現を目指す研究1-2-5)が行われている。また、旧運輸省では海浜地の利便性向上のために、
現行法における占用許可制度の運用の転換を求める研究1-2-6)が行われている。しかし、これら
はいずれも海岸における人間の利便性向上を中心としたものであり、本研究が意図する海岸環
境の持続的な管理のためにプライベートビーチの実現を検討するという視点はみられない。
一方、海浜地における自然環境の保全策には、国土交通省が港湾区域内の海岸事業に対して
PFIの適用可能性を検討しており、
海浜地背後の国有地を有効活用することで民間の参入意欲を
促そうとしている1-2-7)。また、海浜地へ漂着したゴミの清掃など環境保全の対価に、海浜地の
命名権(ネーミング・ライツ)を民間に与える仕組みづくりが検討されている1-2-8)。しかし、
このような取り組みには、本研究で意図するように環境管理の対価として、その管理範囲(当
該海浜地)
内での直接的な費用確保を認めるプライベートビーチを活用する視点はみられない。
f)研究方法
海浜地の民間管理を制度化するにあたっては、現状の海岸環境管理において公共と民間の関
わりを明らかにすることが重要であることから、本提案に近似している管理形態を持つ事例分
析を行うこととする。その対象事例としては、冒頭でも述べたように改正海岸法では市町村が
今後の海岸管理に重要な役割を果たすことから、すでに都道府県から日常的な管理者としての
権限を委譲され、独自の運営戦略による環境管理を実施している沖縄県恩納村、千葉県成東町
および京都府網野町の3自治体を対象に、ヒアリング調査と現地踏査を行うこととする(表
1-2-4)
。
そして、3自治体への調査から得られた現状の管理形態と本提案を比較することで、本提案
に対する利点や課題を明確にし、それらを通じて、本提案(海浜地の民間管理)を制度として
構築するための要件を明らかにする。
表 1-2-4 調査概要
調査対象
沖縄県国頭郡恩納村
(恩納海岸)
千葉県山武郡成東町
(成東海岸)
京都府竹野郡網野町
(網野海岸)
調査期間
2003年9月29・30日
8月7日・9月6日
12月8・9日
調査方法
調査項目
直接面接形式によるヒアリング調査
現地踏査
1)海岸管理に関する業務内容と府県との役割分
担の把握
1)海浜地の空間状況の
把握
2)海浜地に関わる民間の自主性を促すための管
理形態の把握
2)海浜地と背後施設と
の関係の把握
3)日常的な管理の受託経緯の把握
4)地域住民、海浜利用者との関わりの把握
g)結果および考察
表 1-2-5 は、3自治体の海浜地の「空間状況」と日常的な管理の「移管の経緯」および当該
自治体の実施する「管理内容」を民間との関わりを含めてまとめたものである。また、表 1-2-6
は、現状の管理形態と本提案によるプライベートビーチの比較に基づく利点や課題を抽出した
ものである。以降は、これらを各自治体ごとにみていくこととする。
(1)沖縄県恩納村について
①空間状況:わが国有数の海洋リゾート地として知られる沖縄県恩納村では、延長約 20 ㎞の恩
納海岸に 16 ヶ所の海浜地を有しており、そのなかの 13 ヶ所は、写真 1-2-1 に示すように海岸
構造物や湾入地形等によって囲い込まれた海浜地の背後にリゾートホテルが立地している状況
となっている1-2-9)。
②移管の経緯:一般的に、旧海岸法での市町村による海岸管理は、都道府県の要請により美化
清掃などを実施していたことが多く、市町村が自らの意思で業務を行う際にも、都道府県の許
可を必要としていた。そのため恩納村では、台風の影響で河口閉塞が頻繁に生じていたが、そ
の対応にも許可を要することから良好な海岸環境を維持できずにいた。こうしたことから、村
では良好な海岸環境による海洋リゾート地域の形成を目的として、管理手続きの簡略化のため
に沖縄県から日常的な管理権限を受けることとなり、現在では、リゾートホテルが多数立地し
ている空間状況を活用し、各ホテル事業者に対して、前面の海浜地の美化清掃等を依頼すると
いう、いわゆる「一海浜一管理者制」で環境管理を促している。
写真 1-2-1 沖縄県恩納村サンマリーナビーチ
表 1-2-5 恩納村・成東町・網野町における日常的な環境管理の実態
自治体名
沖縄県国頭郡恩納村
千葉県山武郡成東町
京都府竹野群網野町
海岸名
恩納海岸(約20km)
成東海岸(約4.5㎞)
網野海岸(約20㎞)・琴引浜(約1.8㎞)
法定区域
海岸保全区域
かりゆし、インブ、みゆき、瀬良垣、万座、
海浜地数
恩納村営、白雲荘、リザンシービーチ等計16ヶ所
利用者数
海岸保全区域
一般公共海岸区域
本巣賀海水浴場、白幡・井之内海水浴場、
小松海水浴場の計3ヶ所
浅茂川海水浴場、浜詰海水浴場、小浜
海水浴場、掛津海水浴場(琴引浜)の計4ヶ所
年間約70万人
年間約10万人
年間約170万人
0
250
500 ㎞
京都府竹野郡網野町
日本海
空
間
状
況
沖縄県国頭郡恩納村
千葉県山武郡成東町
事例位置
太平洋
東シナ海
与久田ビーチ
恩納村営ビーチ 万座ビーチ インブビーチ
マリブビーチ
瀬良垣ビーチ
白雲荘ビーチ
ラマダビーチ
ムーンビーチ
みゆきビーチ
東シナ海
冨着ビーチ
ミッションビーチ
恩納村
リザンシービーチ
タイガービーチ
サンマリーナビーチ
0
3
県道 121 号
成東町
太字はホテルが立地
0
㎞
1
成東海岸 4.5 ㎞
2
太平洋
日本海
琴引浜
琴引浜
松
約 1.8 ㎞
かりゆしビーチ
恩納海岸 20 ㎞
6㎞
網野町
小松
海水浴場
白幡・井之内
海水浴場
本須賀
海水浴場
特別保護区域
県道 30 号
0
0.5
日本海
1.0 ㎞
海の家は、利便施設等の各種料金について適正
護岸工事や河口閉塞の除去等、土木事務所の
さがなく、またレジャーによる快適性にも乏しいた 琴引浜が名勝地、鳴き砂が天然記念物として指
許可のもと実施していたため、台風による災害時
め、利用客が抱くイメージはあまり良いものではな 定されているが、従来の京都府による一律的な海
などは常に対応が遅れていた
かった
岸管理では、一地域のみの特別な保全行為や禁
移管前の
止行為を定めることができなかったため、これまで
問題点
村内の海浜地に悪質な事業者が侵入し、不法に 町を含めた県全体で、長年にわたり不法に占拠し
の保全活動等に罰則を設けるなどの強制力がな
施設設置するなど海浜地の適正な利用を妨げて てきた海の家の存在(約70件)が適正利用の上で
かった
移
いた
大きな問題となっていた
管
の 移管目的
良好な海岸環境によるリゾート地域の形成
海浜地の健全化による地域活性化の促進
琴引浜や鳴き砂等地域の文化的遺産の保全
経
「美しいふるさとづくり条例」を制定し、琴引浜を特
緯
リゾートホテル事業者に前面の海浜地の管理を依 事前に海の家の不法占拠を撤去させたため、飲
別保護区域に指定し、海の家の設置や喫煙等の
頼し、便宜的に「一海浜一管理者制」をとること
食物品等を街中と同じ適正な価格に統一し、販
禁止行為を規定する条例を罰則の規程とともに制
で、民間の資金力や管理能力を活用している
売するよう健全化に寄与する指導を行っている
定
移管後の
改善点
NPO「鳴り砂を守る会」(会員の約半数が町民)
リゾートホテル建設時には、当該地域住民の同意 管理費用を確保するため、受益者負担の観点か
を、町の環境保護団体として認定し、主体的な管
を得た上で、ホテル従業員として雇用することなど ら海浜地背後に有料の町営駐車場を設置して、
理活動を促すよう支援している(金銭的な支援は
を条件として、合意形成を図っている
利用者から料金を徴収している
しない)
根拠条例
恩納村海岸管理条例
成東町海岸管理条例
網野町海岸管理条例
網野町美しいふるさとづくり条例
管理業務
海岸清掃、砂の採取工事、河口閉塞の除去、
遊泳監視、施設使用・占用に関する許可、
行為の許可・禁止等
海岸清掃、駐車場整備・補修、海水浴場の開
設、遊泳監視、施設使用・占用に関する許可、
行為の許可・禁止等
海岸清掃、土石採取工事、海岸清掃に関する
NPOの支援、施設使用・占用に関する許可、
行為の許可・禁止等
管理費用
約800万円
(内、20%がホテル付属施設の占用による収入)
約1,460万円
(内、約80%が駐車場使用料による収入)
約500万円(琴引浜のみ)
(独自の財源による収入はなし)
現状での
管理課題
県への補助金の申請
護岸(直立護岸から緩傾斜護岸)の改築
海浜地の健全化方策の確立
海浜地における集客ノウハウの取得
減少した鳴き砂の復元および植栽計画
侵食対策(景観と調和の取れた整備)
管
理
内
容
恩納村
管理と
享受
海岸環境
指導と
許可
管理
口頭依頼
管理形態
( は
主体的な
実施者)
成東町
リゾート
ホテル
享受
環境・利用
サービスと
施設使用料
海の家
環境サービスと
駐車料
海岸環境
賃金と
雇用
村 民
海浜利用者
リゾートホテル事業者は、村が実施する管理以上
民間の に質の高い環境管理を実施しているため、公共
位置づけ 業務の一助となっているが、公共海浜地を無償で
使用しているのだから当然であるともいえる
網野町
保全条例
の制定
享受
海岸環境
利用サービスと
施設使用料
管理
条例制定による
制度的支援
鳴り砂を
守る会
環境
会費の サービス
支払い
享受
町 民
町 民
海浜利用者
海の家の事業者が出店しなければ、シャワー・更
衣室・店舗等を町の経費で設置しなければなら
ず、財政的に不可能であるため、海の家の事業
者とは共存共栄の立場にある
海浜利用者
NPO「鳴り砂を守る会」は、自主財源のもと、町と
一線を画した独自の管理方針で実施しており、相
互の管理業務を補完しあうという形になっているた
め、良好な関係が築けている
表 1-2-6 民間管理の導入に対する現状の管理形態と本提案の比較
・環境管理費用は有料駐
・NPOのような非営利団体
・現状で海の家が利用 ・独自の条例を制定するこ
・PFIの基本事項を踏襲す
・「一海浜一管理者制」は
車場を設置することで賄っ
であっても、管理範囲(海
サービスに寄与しているの とで、NPOを環境管理の実
るものであるため、事前に
リゾートホテルへの口頭依
ているが、新規の空間整備
頼によって締結されている 導入 公共と民間の契約や民間
導入 と同様に、環境管理につい 施者としているが、NPO自 導入 浜地)において必要最低
に関しては一般財源から
管理の実効性
限の費用確保を認める排
ても資金調達能力や集客 身が財政難であるため、管
の破綻などに備えることか
ため、ホテルの自由裁量に
の持ち出しとなり、集客ノウ
他的利用権を適用すること
ノウハウを有する民間に義 理の実効性に関して危険
ら、管理の実効性が担保さ
よって管理を実施させてい
ハウを有していないことな
が望ましい
務付けることが望ましい 性がある
れることが望ましい
る
ども問題視している
事業(管理)
範囲
・NPOの実施する管理範
・プライベートビーチ実施
囲を明確にするために、条
に基づく事業範囲は一定
例において環境管理を促 導入
の地域(海浜地)単位で定
す海浜地を「特別保護区
めることとしている
域」として定めている
・リゾートホテルにより、当該
・既得権益を有する海の家
海浜地がプライベート的利
・プライベートビーチ実施
・プライベートビーチ実施
を明確な海岸政策のもと、
用になることが想定されて
に基づく利害関係者との取
に基づく地域住民との取り
利害関係者間
導入
導入
強制撤去し、信頼のおける
いたため、あらかじめ、地
り決めは明確には定めて
決め等は明確には定めて
の調整
事業者にしか許可しないな
域住民をホテル従業員とし
いない
いない
ど慎重に対処している
て雇用するなどの協定を締
結していた
③管理内容:こうした経緯から、恩納村の「管理形態」では、ホテル事業者が主体的に環境管
理を実施していることがわかる。ホテル事業者が負担する管理費用については、表 1-2-3 にも
示すように海浜利用者が支払う施設使用料(レジャー用具レンタル等)から多いところでは、
約1億円もの費用を捻出している。一方で、こうしたホテル主体の環境管理については、海岸
構造物等により囲い込まれた海浜地に立地していることが大きな要因となるが、地域住民にと
っては開発当初から、
海浜地がホテルによるプライベート的な利用となることを懸念していた。
そのため、村では地域住民をホテル従業員として雇用するなどの協定(村内の雇用促進)を結
ぶことで、地域との合意形成を図っているとのことである。
④現状と提案の比較:以上のことから、恩納村では、民間が海浜地にリゾートホテルを設置し
て、収益事業を実施しているという状況とともに、環境管理を促進している管理形態であるこ
とがわかる。
しかし、表 1-2-6 に示すように、恩納村の特徴である「一海浜一管理者制」は、信頼関係に
基づき口頭による管理依頼となっている。その理由としては、ホテル事業者は収益確保のため
に自主的に管理をするのだから、
あえて強制力が伴う取り決めを交わす必要はないとしている。
この点については、
管理委託により民間の創意工夫が生かされにくい状況をつくりだすよりは、
相互の信頼関係により民間管理に自由余地を残すという点で有用であるという見方もあろうが、
問題点として、リゾートホテルが破綻するなどの不測の事態が生じた場合、当該海浜地におけ
る環境管理が永続的に実施されないといった危険性が生じる。こうしたことは、本提案が PFI
を踏襲するものであり、あらかじめ、管理の実効性を担保する公共と民間の契約を行うことや
破綻時の取り決めを明確にしておくことなどが前提となることから、民間の裁量を認めつつ破
綻などに備えられるという点においては、本提案の優位性がうかがえよう。
一方、本提案によるプライベートビーチを実施する場合には、排他的利用権の行使により、
地域住民の利用を妨げることが懸念されるが、その際には現状の恩納村のように、公共が特定
の民間との交渉に入る前に、例えば、雇用促進を促すなどして、地域住民との合意を事前に図
ることが不可欠となろう。
(2)千葉県成東町について
①空間状況:千葉県成東町では、九十九里浜のほぼ中央に位置する約 4.5 ㎞の直線的な海岸を
3つの区域に分けて管理している。そのなかでも、写真 1-2-2 に示す本須賀海水浴場は、九十
九里浜の代表的な海浜地として、年間約 60 万人の利用に供している1-2-10)。
②移管の経緯:成東町では、海浜利用の利便を高める海の家が、国有海浜地に無許可で通年に
亘り設置されているという不法占拠が大きな問題となっていた。そのため、1996 年に国の提訴
により不法占拠物件すべてに建物撤去・土地明渡しの判決が下ると、従来の海の家を中心とし
た海水浴場から脱却し、不法占拠のみられない健全な海岸への転換を求め、海浜地の健全化に
よる地域振興を目的に、千葉県から日常的な管理権限を受けることとなった。現状では、利用
者が海浜地や海の家に抱いていた悪い印象を払拭するために、海の家の出店数の制限やコンビ
ニ・FMラジオ局の誘致、飲食物品の販売指導などの取り組みを行っている。
③管理内容:成東町の「管理形態」をみると、町が主体的な実施者として環境管理を実施して
おり、その管理費用については、受益者負担の観点から有料駐車場を設置することで賄ってい
ることがわかる。また、占用を許可する海の家についても、これまでの経緯から、長年出店し
ている事業者や社会的に信用のおける事業者のみしか許可せず、健全化を促すために海の家の
選定を慎重に行っている。
④現状と提案の比較:以上のことから、成東町では、海浜地に立地する海の家を制限すること
で、海浜利用の利便性・快適性を向上させており、駐車料から管理費用を確保することで、環
境管理を促している管理形態であることがわかる。しかし、現状の問題点として、駐車料金に
よる財源確保手段では、環境管理にかかる費用のすべてを賄える状況にはなく、海岸空間を高
質化するための新規整備は、町の一般財源から使用せざるを得ないことや、利用促進のための
集客ノウハウを有していないことなどが挙げられている。
写真 1-2-2 千葉県成東町本須賀海水浴場
こうした状況にあっては、本提案が意図するように、環境管理についても資金調達能力や集
客ノウハウを有する民間を実施者として義務付けることが望ましい。ただし、本提案により民
間の新規参入を展開する場合には、既得権的に海の家を営む事業者とのコンフリクトが懸念さ
れるところであるが、海岸空間の活性化・高質化を促すためには、既得権益を有する(聖域化
された)悪質な海の家の事業者が、その障害となることから、成東町の「海の家中心とした海
水浴場からの脱却」というように、市町村が日常的な管理を受ける際に、当該海浜地の存在を
多角的に分析・検討し、将来その海浜地をどのように位置づけるかを確立した上で、利害関係
者との調整にあたることが必要になると考える。
(3)京都府網野町について
①空間状況:京都府網野町では、延長約 20 ㎞の直線的な海岸のなかで、写真 1-2-3 に示す琴引
浜(約 1.8 ㎞)のみの管理者となっている。この琴引浜は、天然記念物の「鳴き砂」(1-2-3)に
よって名勝地になり、町の重要文化財に指定されている1-2-11)。
②移管の経緯:旧海岸法では、網野町内の海岸は京都府による一律的な管理が実施されていた
ため、地域の文化的な遺産である琴引浜に対して、特別な保全行為や禁止行為等を定めること
ができないという問題点が生じていた。そのため、海岸法が改正されると、琴引浜のみの特別
な管理を実行するために日常的な管理権限を受けることとなった。また、自然環境の保全につ
いては、町独自の「網野町美しいふるさとづくり条例」を制定することで、ゴミの散乱を防ぐ
ために、琴引浜を「特別保護区域」に指定し、区域内での海の家の出店や砂浜での喫煙、花火
等の禁止行為を定めることとなった。
③管理内容:網野町では、条例により環境保護団体として公式に認定されたNPO「鳴り砂を守る
会」が環境保全や啓発、区域の監視等の管理活動を主体的に実施している。この「鳴り砂を守
る会」は、町の外郭団体ではなく非行政団体として、琴引浜保全に対する賛同者が会員となり
独自の活動を行っている。また、主な活動費は会員が支払う会費や寄付金等により賄われて
いるが、会によると、近年の管理活動については、財政難から会の運営そのものが維持できな
い状態であるため、
会費の値上げ等の処置を講じて維持活動費を確保していくとのことである。
写真 1-2-3 京都府網野町琴引浜
④現状と提案の比較:以上から、網野町では、環境悪化の要因となる人間活動の禁止や保護区
域の指定などを定めた独自の条例を制定することで、
NPOの管理活動を促している管理形態であ
ることがわかる。
しかし、現行法制度において民間の営利行為が著しく制限されている海浜地を活動拠点とす
る NPO では、その活動費を会費や寄付金等に頼らざるを得なく、資金調達リスクに対する責任
の所在が明確にされないことから、結果的に環境管理が滞る、あるいは NPO の存続自体に関わ
るといった危険性が生じる。そのため、地域の文化的遺産を将来に向けて保全していく網野町
にとっては、大きな問題点として挙げられるが、本提案は、海浜地に排他性を創出するもので
あることから、NPO であっても必要最小限の維持活動費を捻出できることで解決されるものと
考える。
一方で、琴引浜のように直線的な海浜地で本提案を実施するにあたっては、前述の恩納村の
ような囲い込まれた海浜地に比べ、民間の管理範囲が不明瞭になりやすく、排他性が働かない
という欠点が考えられる。そのため、環境管理の対価として、海浜地での排他性を確保するこ
とは、民間による環境サービスの提供を実現させる意味でも必要不可欠であることから、これ
を補うためには、網野町のように、条例によって環境管理の区域を限定することで、管理範囲
の明確化と空間内の排他性の確保が制度的にも物理的にも構築されることが望まれよう。
h)まとめ
本研究の結果より、日常的管理を受けた3自治体の管理形態は、ホテル事業者や海の家の事
業者、NPO 等の民間との適切な役割分担のもとで、環境管理を実施している状況にあった。
そして、3自治体の現状と比較することで明らかとなった本提案の利点や課題等から、海浜
地の民間管理については、以下の要件を踏まえた本提案の制度化が必要となることを明らかに
した。まず、①契約等により民間の環境管理の実効性と海浜地での排他的な使用収益を担保す
ること、②地域固有の海浜地形は、その形状も多様であるため、条例等により民間の管理範囲
を明確にする必要があること、③本提案導入に際しては、自治体にとっての海浜地の意味を明
らかにした上で、利害関係者との調整を図る必要があること。以上の要件を満たした制度を構
築することで、プライベートビーチを活用した海浜地の民間管理が実現されると考える。
【わが国における代償ミチゲーション制度の構築に関する研究∼志木市自然再生条例を通じて】
a)はじめに
開発行為と自然環境の両立を促す手立てとして、
米国では 1970 年代からミチゲーション制度
(1-2-4)
が実施されている。わが国では 1997 年の環境影響評価法において、ミチゲーションの概
念が導入されたが、「回避」「最小化」に関しては実行可能な範囲にあるものの、「代償(代償ミチ
ゲーション)」に関しては、明確な義務付けがされていない現状にある1-2-12)。しかし、開発に
よって失われる環境への補償を積極的に推進させるためには「代償」は取らざるを得ない方策と
考える。
以上の観点から本研究では、わが国において「代償」を実施するうえでの具体的手段を考究す
るものである。
b)研究のねらいと方法
わが国における「代償」の事例は、主として事業者の自発的な取組みであり、制度としてのミ
チゲーションは存在しなかった。しかし、2001 年に埼玉県志木市において、わが国で初めて回
避不可能な市内の公共工事に代償義務を設けた「志木市自然再生条例」(以下「条例」)が策定され
に至った。そこで本稿では、わが国で「代償」を円滑に進める手立てを導くため、本条例を対象
として、文献調査1-2-13,14)およびヒアリング調査(表 1-2-7)から、その運用実態を明らかにする
ことを目的とする。
表 1-2-7 調査概要
ヒアリング調査
調査方法
調査日時
調査対象
調査内容
2003年
8月13日(水)
・志木市まちづくり環境推進部
環境推進課
○条例の策定背景
○条例運用手順
○条例適用事例の実施手順
2003年
12月9日(火)
・埼玉県生態系保護協会
・エコシティ志木
○条例運用手順
○条例適用事例の実施手順
c)調査結果
(1)条例の策定背景
埼玉県南部に位置する志木市は、大都市近郊という立地状況から、住宅開発、商業施設とい
った環境影響評価法や県条例で規制される規模以下の開発が進められてきた。その結果、
645ha(1945 年)あった緑被面積は、約 50 年間で 281ha(1999 年)に半減した1-2-13)。この状況を重
く見た行政は、「これ以上緑を減らさない」ことを第一義とした「条例」を策定した。その際、志
木市職員はミチゲーションに関する知識が不足していたため、素案の作成を埼玉県生態系保護
協会(1-2-5)に依頼し、それをもとに「条例」は策定された。
(2)条例の内容
本条例は志木市において、
初めて環境アセスメントや自然再生の概念を導入したものである。
その内容は、今後事例を重ね、円滑に制度を運用することが可能になるまで、市が行う公共事
業のみを対象に影響緩和手法(1-2-6)の実施を義務付けている。また、市内の公共工事は、その
決裁の際、必ず環境推進課を通すことから、当該工事が環境に与える影響について検討が行わ
れたもののみが認可される制度になっている。
(3)代償ミチゲーションの運用状況
本条例の適用事例としては、
道路整備事業3件、
排水路整備事業 10 件の公共工事がある(2003
年8月時点)。以降は、2003 年度現在における「条例」の運用実態に加えて、代償地の選定にお
ける留意点を把握するため、代償地の適地としてすべて開発地以外の場所を選定している道路
整備事業(図 1-2-6)に着目し、その実施事例(表 1-2-8)(1-2-7)について述べていく。
①工事前調査と決定事項
工事前の環境影響調査(以下「調査」)は事業を実施する担当課が自ら行うことになっているが、
植生等、環境面の知識が乏しいため、環境推進課や自然保全再生協議会(1-2-8)が協力を行って
いる。「調査」は、大気汚染や水質汚濁といった周辺環境に与える影響や、保全対象種(1-2-9)等
の有無を問うものであり、その実施時期や期間に定めはない。
道路整備事業における「調査」の結果では、いずれも周辺環境に対し大きな支障は無く、生活
道路として事業の「回避」が困難であるという理由から開発が容認された。しかし、保全すべき
貴重種は確認されなかったが、既存の緑が失われるため、緑の再生措置が必要とされた。
②代償地の選定要件と代償措置
代償地の選定およびその措置は、環境推進課と自然保全再生協議会が協力し、「調査」の結果
をふまえ、事業ごとに影響緩和手法について検討を行う。代償措置は開発地に近接した場所に
同等以上の自然環境を創出することが目標とされており、案件ごとに代償地および影響緩和手
法が決定される。また、財政が逼迫しており、新たに代償地としての用地取得は困難であるた
め、用地買収の必要がない「公有地」が選定要件として含まれる。代償面積の算出は、開発地が
林や沼である場合は完全な自然とみなし、喪失面積と同面積分を代償するのに対し、田畑の場
合は、季節によって緑量に変化があるため、完全な自然とはみなさず、喪失面積よりも少ない
代償面積で認められる。
道路整備事業においては、上述の要件に加え、「公園の機能(緑の保全)と代償措置のねらいが
一致する」等の理由から、既存の公園や樹林地が選定され、植栽による代償措置が行われた。こ
の際、代償面積の算出は志木市の緑化基準(1-2-10)をもとに行われた。
③事後評価
事後評価は、環境推進課と自然保全再生協議会によって行われ、決定事項に従った工事が実
施されたか否かが判断基準となる。決定事項にそぐわない工事の場合は、事業者に代償措置の
追加や手直しが要求され、事業が完了するまで代償義務を課すようになっている。
【凡例】
:開発地
国道 463 号
:代償知
:当該開発に対する代償地
上宗岡3
C
・アルファベットは表−2に対応
さいたま市
上宗岡2
A
国道 254 号
秋ヶ瀬運動公園
上宗岡4
B
上宗岡5
富士見市
B
A
宗岡
上宗岡1
荒川
中宗岡2
中宗岡3
中宗岡1
柏町2
志木市
0
1000m
図 1-2-6 道路整備事業における開発地と代償地の関係
表 1-2-8 道路整備事業における条例適用事例1-2-7)
事業名
開発地
代償地
工事内容
事業概要
工事前調査
市道 2127 号線自然再生型道路改良工事
志木市中宗岡2丁目(A)
上宗岡2丁目ふくろ樹林公園(A )
・道路延長 75m の改良を行う道路改良工事。それ
に伴い失われる自然面積 60 ㎡。
・周辺環境に関しては大きな影響を与えるものは
みられなかった。また自然環境調査では 13 種類
野草が確認された。
(表中のアルファベットは図 1-2-6 と対応)
市道 2197 号線道路改良工事
志木市上宗岡2丁目(B)
市道 2229 号線道路改良工事
志木市上宗岡3丁目(C)
秋ヶ瀬運動公園内(B )
・田畑を削り 120m の水路を暗渠化させる道路改
・1.5mの歩道幅を確保するに伴う道路拡幅工事。そ
良工事。それに伴い失われる自然面積 300 ㎡。
れに伴い失われる自然面積 49 ㎡。
・周辺環境に関して大きな要因となるものは認め
・周辺環境に関して大きな支障になるものは認めら
られなかった。現地調査による植物相は、季節
れなかった。田畑の脇に人工植栽した庭木などが
的な要因もあったが7種類が確認された。このな
あり、固有の野生種は確認できなかった。また庭木
かでは保全すべき植物相はみられなかった。
等においても保全すべき植物相はみられなかった。
・本工事は生活道路として「回避」することが困
・本工事は生活道路として「回避」することが困難な
ため、整備に伴って既存の自然が失われることか
難なため、整備にともなって既存の自然が失
われることから、この部分の自然再生措置が
ら、この部分の自然再生措置が必要と判断する。
必要と判断する。植生については郷土種であ
るハンノキを検討する。
・本工事は生活道路として「回避」することが困難な
ため、全面アスファルト舗装するなかで、既存の自
然が失われる事から、新たな自然再生措置が必
要と判断する。植生については郷土種であるハン
ノキを検討する。
・買収の必要がないという理由から開発地に近接す ・公園の目的が達成できる場、まとまった植栽ができる場を考慮した結果選定される。
代償地
る公有地が対象となる。最も近い公有地では児童
選定要件
公園が該当するが、樹林公園の機能の方が代償
措置のねらいと一致するため選定される。
・シラカシ7本を植栽。
・ハンノキ 10 本、ベニカナメモチ 140 本、ドウダンツツジ 100 本を植栽。
代償措置
・代償面積 70 ㎡(高木 10 ㎡/本×7=70 ㎡)
・代償面積 260 ㎡(高木 10 ㎡/本×10+中木1㎡/本×140+低木 0.2 ㎡/本×100=260 ㎡)
1550m
1700m
開発地との距離 1000m
事後評価
・決定事項に従って工事されたと評価され、事業完了。
決定事項
d)米国と本事例の相違点
表 1-2-9(1-2-11)は、ミチゲーションの先進事例である米国と本条例においてのそれぞれの留意
点ついて示したものである。これをみると、米国は、「代償」の規制対象を民間の開発行為まで
とし、環境影響に関する定量的把握が行われている。その結果、代償措置、モニタリングまで
明確な指標が存在している。
これに対し、
本条例は規制対象を市が行う公共事業に留めており、
代償措置も緑化基準を用いて面積を定量的に算定しているが、環境影響に関しては定量的に把
握する基準は設けていない。また、代償地の選定において、米国では公・民有地に、拘わらず
生物生息環境が優先されるのに対し、志木市では買収の必要がないなどの理由から、財政面の
負担を軽減できる公有地が優先的に選定されている。このような違いが生ずる要因として、わ
が国は土地が狭小で高地価であるため、逼迫する財政下においては、新たな用地確保が困難で
あること、また土地に対する所有意識が強く、財産権による利益が優先されるという国土事情
が関係していると考えられる。
表 1-2-9 米国の制度と自然再生条例の比較(1-2-11)
基準項目
規制対象
事前調査
米国の制度
自然再生条例
・民間事業、公共事業等の開発行為に対し
・市が行う公共事業に適用され、国、県、民間には「協
適用される。
・HEP(Habitat Evaluation Procedure)等によ
り環境価値と環境影響の定量的に把握。
・補償対象生物の生息圏内を基本とする。
代償地の選
定要件
・同等以上の生物生産性を持たせられる
場。
・補償対象生物の生息面積と同価値のもの
を創出できる場。
・開発地と同種の自然を代償する。
代償措置
・開発地と同価値の自然環境を創出する。
力を要請」する。
・周辺環境や保全すべき対象種等の調査項目に対する
影響の有無を問うものであり、定量的把握はなされて
いない。
・可能な限り近い距離に代償することを目標としてい
る。
・買収の必要がない公有地、まとまった植栽ができる
場、公園の機能と代償措置
のねらいが一致する場を考慮している。
・貴重種が存在した場合においては、同種の自然を代
償する。
・失われる自然環境と同等の自然環境を創出。
・代償面積の算出は志木市緑化基準を逆算して行う。
モニタリング
・実施後の植生管理とモニタリングを行う。
・実施されていない。
e)今後の条例運用指針
(1)行政および公的機関による現状評価
「条例」を運用する「行政」および「公的機関」に対するヒアリング調査(表 1̶2-10)より得られ
た「条例」の現状評価を示したものが表 1-2-11 である。
これをみると「行政」は、公共事業にともなう緑の減少に歯止めをかけるという当初の目的は
達成されていること、「公的機関」は、自然環境の保護を推進していくきっかけとなる制度とし
て評価できるという見解を示している。
一方、「行政」「公的機関」ともに、緑量減少の主たる要因は、民間事業者の開発行為であるこ
とから、規制対象を国・県・民間事業者を含む開発事業者(以下「事業者」)全体へ拡大する必要が
あるとしている。そのため公共事業において「代償」の実績を積み、そこから得た知見をもとに
規制対象を拡大する方針を示している。
(2)代償措置の課題
一般的に、代償義務を事業者に課す場合の問題点として、事業者の経済的な負担や、専門知
識の不足等が指摘されている1-2-23)。なかでも、わが国の狭小で高地価という国土事情をふまえ
れば、造成地の確保が経済的にも大きな負担になる。これは志木市においても、現在までの代
償措置が、すべて既存の公有地で実施されているが、そのための公有地が不足しているという
行政の見解1-2-24)からも、新たな用地を取得していく必要がある。したがって今後は、公有地の
みならず、民有地も包括した、新たな用地確保の手段が必要と考える。
表 1-2-10 調査概要
調査方法
調査日時
調査対象
面接形式によるヒアリング調査
2003 年
2003 年
2004 年
8月13 日(水)
12 月9日(火)
1月8日(木)
・志木市まちづくり環境 ・埼玉県生態系保護協会
推進部環境推進課
調査内容
・エコシティ志木
○志木市自然再生条例の現状評価と今後の展開
・志木市都市整備部都
市整備課
○ふれあいの森整備
事業の運用実態
表 1-2-11 条例に対する各機関の評価
評価
内 容
・開発(公共事業)にともなう緑の減少に歯止めをかけた。(a)
評価点
・自然環境の保護を推進していくきっかけとして大きな効果を与えた。(b)
・条例の規制対象を民間まで広げる必要がある。(a)(b)
・現地調査の内容を充実化させるべきである。(b)
改善点
・緑のほかに、生息する生物や土壌にも考慮すべきである。(b)
・保全・創造した緑地の維持・管理形態を充実化すべきである。(a)(b)
・民間へ適用する場合は、定期的なモニタリングの必要性がある。(b)
【凡例】 (a):行政 (b):公的機関
(3)民有地を借用した緑地保全事業
現在志木市において、行政が民有地を借用し、緑地を保全する事業を行っている事例が存在
する。以下は、上述した民有地確保の必要性から、本事例の概要を捉え、その成立条件や問題
点を把握する。
①事業概要
図 1-2-7 は、民有地である斜面林等を、行政が無償貸借し、維持管理を行う「ふれあいの森整
備事業(以下「事例」)」を図式化したものである。この「事例」は、市内に残された貴重な自然環境
を永続的に保全していくことを目的とし、行政と地権者が交渉のもと、貸借契約を交わすもの
である。契約後は、下草の伐採や清掃等の日常的維持管理から、台風や落雷などの自然災害に
よる倒木、また不法投棄物の処分作業も、すべて行政が請負い、その費用も負担する。実施は、
行政から業者に委託され、地権者は一切の維持管理を行うことは無い。
②現状での関係者の利点と成功条件
行政が緑地保全を目的として借用する用地は、多様な生物生息空間を形成している斜面林等
である。一方、地権者にとって斜面林等は使用用途に乏しく、管理費や固定資産税の支出をと
もなう土地であるため、活用し難い資産として売却を望む地権者も多い。そこで、地権者が行
政に斜面林等を貸し付け、維持管理を委託することで、その費用が削減されることに加え、当
該地の固定資産税が免除されるなど、経済的な利益を得ることになる。
無償貸与
地権者
行 政
・固定資産税の免除
・維持管理の請負
斜面林等
・事業目的
残された貴重な自然環
境を保全する事。
・行政の利点
無償貸借により、緑地
保全を安価に行える。
・地権者の利点
固定資産税の免除や維
持管理費の削減。
図 1-2-7 ふれあいの森整備事業概要
このように、行政と地権者の関係者双方にとって利点のある貸借契約であることが、この「事
例」の成功条件と捉えることができる。
③現状の問題点とその解決策
「事例」は、地権者が返却を申し出れば契約を解除することが可能であり、行政はその返還要
求に応じることが定められている。その場合、緑地の管理に投じた維持管理費や労力が無益と
なり、事業の目的でもある緑地の永続性は担保することができない。そのため、市は財政的に
可能ならば斜面林等を所有するために用地買収を行いたいが、それが不可能であるため、一時
的に民有緑地を保全している状態にある。
以上をふまえると、制度の運営上、緑地としての永続性をいかに担保していくかが今後の課
題である。しかし、この課題を解決する策が、地権者に対する経済性であることは、この「事例」
の成功条件からみても明らかである。
すなわち、現在行われている、地権者の支出を削減する措置に加え、賃借契約を結ぶなど、
当該地から利益を発生させ、経済的な折り合いを保つことが、永続的な土地の利用につながる
ものと考える(図 1-2-8)。
地権者
利点
・公租公課の減免
・賃料の収入
賃料の支払い
金銭取引
用地の提供
行 政
利点
・「代償」を推進できる
・安価で、永続的に緑地
が確保できる
課題点
地権者に対する賃料等の経済的利益の確保
図 1-2-8 地権者と行政の有償賃貸契約イメージとその課題
f)借地型ミチゲーションバンキングの提案
上述したように、現状の環境状態を今後も維持管理していくためには、民有地の活用が重要
になり、さらにそのためには、民有地権者に対して、経済的なメリットをもたらすことが重要
となる。この点につき、米国では、ミチゲーションバンキング制度(以下「バンキング」)が導入
されており、「事業者」に対する代償義務を、環境創造事業者(ミチゲーションバンク、以下「バ
ンク」)が代行することで、
金銭的にその義務を完了させるというシステムである。
わが国でも、
その必要性は多くの研究者により論じられているが1-2-25,26)、わが国においてバンキングを展開
するには、バンク造成地の確保が大きな問題となる(図 1-2-9)。
開発事業者
利点
・代償義務を金銭で完
了できる
・開発実施前に代償義
務を完了できる
環境価値を販売
金銭取引
バンク運営者
利点
・「代償」を推進できる
・環境価値の販売代金の
収入
代金の支払い
課題点
環境創造を行う用地の確保
図 1-2-9 ミチゲーションバンキングの利点とわが国における課題点
しかしこの問題は、「事例」のように、貸借により確保された緑地を活用することで解決でき
る可能性があると考える。すなわち、永続的な緑地の確保に必要な地権者への賃料や、その管
理費等は、バンキングを用いれば、その収益でまかなうことが可能となる。また、米国の手法
では、
バンクを運営する実施主体には、
当該地を永久に維持していく義務が課されることから、
永続性を担保する諸条件が揃うことになる。
以上より、開発用地になりにくく、自然環境が残された斜面林等のような民有地を賃借し、
バンキングを展開するという「借地型ミチゲーションバンキング」は、バンキングと「事例」が、
互いの問題点を補完できる手法であることから、実現可能性の高い仕組みと考える。
そこで以降では、
借地型ミチゲーションバンキングに関係する各機関の利点について整理し、
図 1-2-10 に示す。
①事業者の利点
事業者は開発実施前に、代償義務を金銭的に完了することができ、用地買収や、維持管理の
必要がなく、その負担も軽減される。
②バンク運営者としての行政の利点
用地確保にともなう多大な初期投資が回避され、事業費が削減される。このため、環境創造
事業数の増加が見込め、結果として「代償」が推進される。また、土地を借用しバンクを造成す
るには、賃料や維持管理費、環境創造費が発生すると考えられるが、バンキングの収益を利用
することにより、確保することができる。さらに、その収益を地権者に配当できれば、借地に
おいても永続性の担保が可能になる。
③地権者の利点
賃料収入や管理費の削減、公租公課の免除など、環境創造事業に協力することで経済的な
利益が生じる。バンクとしての機能を有する場合、長期に渡り用途変換は不可能となるが、収
益の上がらない塩漬けとなっていた土地から利益が生まれることは、地権者にとっても魅力で
あり、意欲を刺激する要因となり得よう。
事業者の利点
・開発実施前に金銭的に
「代償」を完了できる
・用地買収の必要がない
事業者
ミチゲーション
バンキング
代金の支払い
行政の利点
・用地確保が安価である
・「代償」を推進できる
・環境価値の販売代金の
収入がある
環境価値の販売
円滑な
制度運用
バンク運営者
(行政)
借地型緑地保全
賃料の支払い
地権者の利点
・賃料の収入がある
・維持管理費が削減できる
・公租公課の減免
用地の提供
永続的な
用地確保
地権者
図 1-2-10 借地型ミチゲーションバンキングによる関係者の利点
g)まとめ
わが国における「代償」制度の構築には、諸外国のバンキングでは不十分であり、その阻害要
因は国土の稠密な土地利用と高地価という、わが国固有の特徴であることが捉えられた。これ
より、用地取得の問題解決が不可欠となることから、義務を課せられる事業者に対し、その経
済的な負担を軽減すること、また、それに協力する地権者への利点を確立する必要性を認識し
たうえで、「借地型ミチゲーションバンキング」を提案した。
今後は、本提案の特徴でもある、借地であるが故の問題点を考慮しなければならない。環境の
質が向上し、既に環境価値を売却している場合は、バンクとして維持継続するべきであるが、
契約期間が満了し、地権者から正当な理由で返還を要求された場合、その後良好な環境が喪失
する可能性は否定できない。したがって、契約期間中の事業成果が、契約更新時に反映される
制約等の検討が、本提案を運営していく上での課題といえる。
1.2.4 総括
本年度では前年度に続き、
「環境モニタリングシステムの構築(研究項目2)
」と「環境創造
手法の構築(研究項目3)
」という2つの研究項目を重点的に展開した。
前者の研究項目において、前年度では本研究項目の最終目的である「陸域・海域双方を一体
的に捉えた沿岸域環境 GIS」を構築するにあたり、現状では、陸域が海域に及ぼす環境影響メ
カニズムを解明するための環境情報が不十分であるため、これまでの本研究成果の確度を高め
ていくためには、新たに各種環境情報を現地で収集していく必要性を示した。そこで、現地に
おける沿岸環境情報の収集は今後、永続的に更新していく必要性をふまえ、本年度では、誰で
も簡易に現地において沿岸域環境 GIS データを更新可能とするシステム開発を目的として、一
般家庭にも普及している携帯電話を活用した沿岸域環境情報更新システムの構築を展開した。
後者の研究項目では、前年度の継続として、新たな海岸環境管理のためのプライベートビー
チ実現に向けて、プライベートビーチを実施する際に求められる管理形態と、当該事業におけ
る関係者間の調整方策および各者の役割などについてのあり方を導いた。また、海岸のみなら
ず内陸の市街地においても円滑なる環境創造手法を構築するために、新たな緑の保全・創造手
法として日本型ミチゲーションバンキングシステムの提案を行った。
【補注】
(1-2-1)本提案において、民間に付与する「排他的利用の権利」とは、公共と民間による排
他的利用の契約権を意味する。そのため、海浜地の使用(管理)は、特定の民間の独
占的な使用となるが、その利用形態については、公共空間であることからも、公共利
用が前提となる。つまり、
「排他的利用の権利」とは、従来の「無料で誰もが」利用
していた海浜地を、
「料金を支払えば誰もが」利用できる海浜地として、使用できる
権利となる。
(1-2-2)例えば、NPO 法人等が本提案の事業者となった場合は、インセンティブとしての排他
的利用権は必要なく、環境管理の義務のみで事業が成立すると思われる。また、営利
企業が CI(コーポレート・アイデンティティ)向上を目的に本提案に名乗りをあげた
場合でも、当該事業においては収益確保を度外視することから、排他的利用権を行使
することはないと考える。こうしたことから、
「排他的利用の権利」は、民間が当該事
業を自社経営のなかで、どのように位置づけるかによって、権利の必要度が変化する
ため、その行使については、当該民間の選択に委ねることとする。
(1-2-3)琴引浜の鳴き砂は、主に石英質と微小貝から構成されており、歩いたり、棒でつつく
と「クックッ」とか「ブーッ」といった音が鳴る。また、鳴き砂は汚染に弱いため、
砂が鳴くということは海浜地が清浄な状態であることを示す環境指標となる。
(1-2-4)ミチゲーションは、開発行為が自然環境に与える負の影響を「回避」することを第
一義とし、回避不可能な場合は、その影響を「最小化」させ、それでも自然環境へ
負の影響を与えてしまう場合には、
それに見合う環境創造を人為的に行うことで
「代
償」する環境管理制度である(文献 1-2-5)。
(1-2-5) 自然を守る民間の環境 NGO として埼玉県から法人格が認められている団体。
(1-2-6)公共事業に伴ない自然への影響が予測される場合に、回避、最小化または代償の措
置を講ずることにより影響を緩和する手法をいう(文献 1-2-13)。
(1-2-7)指導事項となる自然再生決定の回答書、ヒアリング調査、関連資料(文献 1-2-15、16)
をもとに作成した。
(1-2-8) 自然保全再生計画(文献 1-2-13)にもとづき設置され有識者 16 名により構成される
協議会。
(1-2-9) 保全対象種は、「埼玉県レッドデータブック」等をガイドラインとする。
(1-2-10)「宅地等の開発及び中高層建築物の建築に関する指導要綱」では、樹高が 3.5m以上の
樹木1本、若しくは樹高が 1.5m以上 3.5m未満の樹木 10 本以上が緑化面積 10 ㎡相当
し、また、樹高が 3.5m以上の樹木1本以上及び樹高 1.5m以下の樹木 50 株以上若し
くは樹高が 1.5m以上 3.5m未満の樹木 10 本以上及び樹高 1.5m以下の樹木 50 株以上
が緑化面積 20 ㎡に相当するとした基準。
(1-2-11)基準項目は米国のミチゲーション事例について述べられている6文献(文献 1-2-17
∼22)中すべてに共通する項目を抽出した。
引用・参考文献
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り方の提言−」
、農林水産省・同水産庁・運輸省港湾局・建設省河川局、1998
[1-2-2] 千葉県政策形成研修 A グループ:
「海岸環境の保全と適正利用について−海岸環境保
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、千葉県職員研修所、2001
[1-2-3] 横内憲久:
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、波となぎさ第 135 号、p.5、港湾
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[1-2-4] 山崎正人・横内憲久・岡田智秀:
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[1-2-5] (財)沿岸開発技術センター:
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[1-2-6] 運輸省港湾局防災課:
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、1994
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[1-2-11] 京都府網野町:
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[1-2-14] 寒川賢一:「INTERVIEW」,日経コンストラクション,pp.34∼37,2002.6.14
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の運用実態―カリフォルニア州のミチゲーションバンキングについて―」,日本都市計
画学会学術研究論文集,第 36 回,pp.379∼384,2001
[1-2-18] 田中章:「環境影響評価制度におけるミティゲーション手法の国際比較研究」,日本造園
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[1-2-19] 田中章:「米国の代償ミティゲーション事例と日本におけるその可能性」,日本造園学会
誌ランドスケープ研究,Vol.62.No.5,pp.581∼586,1999
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学論文集,第 45 巻,pp.1236∼1240,1998
[1-2-22] 磯部雅彦:「米国のミティゲーションの動向と日本への適用における課題」,海岸工学論
文集,第 43 巻,pp.1156∼1159,1996
[1-2-23] 日本大学「環境と資源の安全保障」プロジェクトチーム著:「環境と資源の安全保障 47
の提言」,共立出版,p67,2003.12
[1-2-24] 寒川賢一:「INTERVIEW」,日経コンストラクション,pp.34∼37,2002.6.14
[1-2-25] 岡田智秀・横内憲久・宇於 勝也:「米国における環境管理制度の支援システムとそ
の運用実態―カリフォルニア州のミチゲーションバンキングについて―」,日本都市計
画学会学術研究論文集,第 36 回,pp.379∼384,2001
[1-2-26] 田中章:「米国の代償ミチゲーション事例と日本におけるその可能性」,日本造園学会誌
ランドスケープ研究,Vol.62,No.5,pp.581∼586,1999
発表論文リスト
[1-2-1]横内憲久・岡田智秀・山崎正人・三井智子・指 晃且
「プライベートビーチを活用した新たな海岸環境管理手法に関する研究−現行法制度から
みた実現可能性および沖縄県における民間事業者の見解−」、日本沿岸域学会研究討論
会 2003 講演概要集 No.16、pp.43∼46、2003 年 7 月
[1-2-2]山崎正人・横内憲久・岡田智秀
「プライベートビーチを活用した沿岸域の環境管理手法に関する研究−沖縄県における海
岸環境管理の現状と官民の見解−」、2002 年度日本建築学会学術講演梗概集・海洋部門
(東海)、pp.477∼478、2003 年 9 月
*[1-2-3]山内大輔・横内憲久・岡田智秀・宍倉正俊・乗松勇人
「わが国における代償ミチゲーション制度の構築に関する研究−志木市自然再生条例の
運用実態−」、第 46 回日本大学理工学部学術講演会(都市・交通部会)、pp..464∼465、
2003 年 11 月
[1-2-4]指 晃且・横内憲久・岡田智秀・山崎正人
「プライベートビーチを活用した新たな海岸環境管理手法に関する研究−(その2)沖縄県の
3 自治体におけるビーチ管理形態の現状−」、第 46 回日本大学理工学部学術講演会(海洋
建築部会)、pp.864∼865、2003 年 11 月
*[1-2-5]山崎正人・横内憲久・岡田智秀
「プライベートビーチを活用した海岸空間の環境管理手法に関する研究−沖縄県におけ
る海岸環境管理の現状と公共・民間の見解ー」、日本都市計画学会学術研究論文集
No.38-3、pp.733∼738、2003 年 10 月
[1-2-6]山崎正人・横内憲久・岡田智秀
「プライベートビーチを活用した沿岸域の環境管理手法に関する研究−沖縄県での実現可
能性に関する公共と民間の見解−」、土木計画学研究・講演集 Vol.28、CD-ROM(84)、
2003 年 11 月