(11) 予防その1・トップのメッセージ・ルールを決める

#2321
職場におけるパワハラ・セクハラ
(11)
予防その1
トップのメッセージ・ルールを決める
(2015年1月作成)
2012(平成24)
年1月31日に発表された
「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する
円卓会議ワーキング・グループ報告」では、
「職場のパワーハラスメントを予防
するため」
に、次の5つの提案がなされました。
●職場のパワーハラスメントを予防するために
①トップのメッセージ
②ルールを決める
③実態を把握する
④教育する
⑤周知する
このパワハラの予防に関する提案は、抽象的なものであり具体的なものでは
ありません。では、会社はどのようなことをどのように行えば職場のパワーハ
ラスメントを予防することができるのでしょうか。
具体的に考えてみましょう。
■トップのメッセージ
「我が社にはパワハラなど存在しない」
「我が社は社員たちが和気あいあいと仕事をこなしている。パワハラなど関
係ない」
このように考えているトップは少なくありません。
「パワハラなどと言って、いちいち騒ぎ立てるほうがおかしい」
「少しくらいのことで弱音を吐く社員のほうが悪い」
そう考えているトップもまだまだいるようです。
しかし、会社がパワハラの予防を行うためには、トップがパワハラ予防の意
義と必要性を認識していなければならず、
「パワハラは決して他人事ではない」
という気持ちを持って対応しなければなりません。そのためには、まず会社の
トップがパワハラ撲滅のメッセージを明確に示す必要があります。
また、この提言の中は、「経営幹部が職場のパワーハラスメント対策の重要
性を理解すると、取り組みが効果的に進むことが考えられるため、特に経営幹
部に、対策の重要性を理解させることが重要である」として、トップのみなら
ず経営幹部にパワハラ対策の重要性を理解させる必要があることにも触れられ
ています。
つまり、会社のトップのみならず、経営幹部も、パワハラに関する認識を共
有しなければなりません。パワハラはこれを受けた社員の人間としての尊厳を
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傷つけるだけでなく、就業環境を悪化させ、モチベーションを下げ、露見した
ときには、会社の社会的評価を下げてしまうものです。会社のトップには、
「パ
ワハラは絶対に許さない」
という気概が必要です。
●メッセージの伝え方
小さな会社の場合
大きな会社の場合
トップが社員全員の顔を把握している規模であれ 社員に直接メッセージを伝えることが難しい規模
ば、朝礼などでトップが直接メッセージを伝えま ならば、社内報や回覧板などを利用してトップの
す。
メッセージを伝えます。
また、トップからのメッセージは1回だけ単発で行うのではなく、定期的か
つ継続的に行う必要があります。1回だけで終わってしまっては、トップの本
気度が疑われます。
●トップからのメッセージに盛り込むべきこと
①パワハラが個人の人格、人間としての尊厳を傷つけるものであること
②パワハラを受けた者が精神的に病むことがあること
③パワハラは受けている者だけでなく、周囲の社員にも影響を与え、職場環境悪化させるものであること
④特に部下を持つ上司は、部下の立場に立ち、部下を思いやった指導・叱責に努めること
⑤会社はパワハラを一切認めず、パワハラの撲滅に積極的に取り組んでいくこと、など
■ルールを決める
ルールを決めることに関しては、
「職場のいじめ・嫌がらせに関する円卓会
議ワーキング・グループ報告」
では次の2つの提案がなされています。
①就業規則の関係規定を設ける
会社の憲法ともいうべき就業規則にパワハラに関する規定を盛り込みます。
まずは服務規律の条項に「パワハラの禁止」を規定し、懲戒規定に
「パワハラが
懲戒対象に該当すること。及びパワハラがあった場合の制裁」について規定し
ます。このとき「パワーハラスメント」とは何かをある程度具体化しておくこと
がポイントとなります。もちろん、就業規則とは別に、
「パワーハラスメント
に関する規定」
のような形で、独立したものを作成することも可能です。
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●就業規則への規定例
服務規律
第○条
(パワーハラスメントの定義)
パワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性
を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為を
いう。なお、ここでいう優位性とは、上司から部下に行われるものだけでなく、先輩・後輩間、さらに
は部下から上司に対してさまざまな優位性を背景に行われるものも含まれる。
第○条
(パワーハラスメントの禁止)
会社は、いかなるパワーハラスメントも認めない。
懲戒
第○条
(訓戒、減給、出勤停止)
社員が次の各号の一に該当する行為をした場合は減給または出勤停止に処する。ただし、情状によって
は訓戒処分にとどめることがある。
1~5 省略
6.パワーハラスメントを行い、それが認められたとき
7.その他前各号に準ずる行為があったとき
第○条
(諭旨退職・懲戒解雇)
社員が次の各号の一に該当する行為をした場合は懲戒解雇に処する。ただし、情状によっては諭旨退職、
減給、出勤停止処分にとどめることがある。
1~10 省略
11.行ったパワーハラスメントが悪質であり、他の社員の心身に多大な被害を与えた場合
12.その他前各号に準ずる行為があったとき
②予防・解決についてのガイドラインを作成する
ガイドラインとは、会社ごとの指針のことです。どのようにパワハラに対す
る認識を広め、どのようにパワハラを防止していくのか。社員に理解をしても
らうために、会社の指針を作成しましょう。一言でパワハラと言っても、その
定義は曖昧ですし、指導や教育との線引きが難しいのも事実です。会社ごとに、
何がパワハラに該当するのか、パワハラと指導や教育との違いを明確化しまし
ょう。
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●ガイドラインの作成例
このガイドラインは、就業規則に基づき、会社で働く全社員の働きやすい職場を形成するために作成さ
れています。会社で働く全社員が、パワーハラスメントを理解した上で、その予防に努めていただける
ことを期待します。
1.パワーハラスメントとは
パワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位
性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為
をいいます。なお、ここでいう優位性とは、上司から部下に行われるものだけでなく、先輩・後輩間、
さらには部下から上司に対してさまざまな優位性を背景に行われるものも含まれます。
2.どのような行為がパワーハラスメントとなるのか
①暴行・傷害
(身体的な攻撃)
例:殴る、蹴る、胸ぐらをつかむ、物を投げる、など
②脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
例:
「バカ」
「ゴキブリ」
「臭い」
「死ね」など人格を否定するような発言をする。
「使えない」
「お
まえと仕事をしたくない」など能力や経験を否定するような発言をする。「育ちが悪い」「あ
の親じゃだめだ」
など家族の悪口を言う、など
③隔離・仲間外し・無視
(人間関係からの切り離し)
例:返事をしない、無視する、特定の者だけイベントに呼ばない、事務所への立ち入りを禁じる、
席を隔離する など
④業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
例:過大な業務の押し付け、終業時刻間際に過大な仕事を押し付ける、飲酒などを強要する、など
⑤業務上の合理性がなく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えない
こと
(過小な要求)
例:業務に関係のない程度の低い仕事を命じる、必要な情報を与えない、一方的に程度の低い業
務に配置転換する、意味もなく自宅待機を命じる、など
⑥私的なことに過度に立ち入ること
(個の侵害)
例:結婚や異性関係について聞く、家庭のことを言う、休みのことを聞く、個人が信仰している
宗教の悪口を言う、など
3.パワーハラスメントの判断基準となる要件
①職場での優位性を背景にしているかどうか。
②業務の適正な範囲を超えているかどうか
③相手の人格を否定するものかどうか
4.パワーハラスメントが与える影響
パワーハラスメントは、それが行われた当事者はもちろん、職場や会社にも大きな影響を与えます。
社員は、これを十分に認識し、理解しておく必要があります。
①パワーハラスメントを受けた者の影響
・精神的あるいは身体的なダメージによって業務が手につかなくなり、会社に出勤することがで
きなくなる場合もあります。これに伴い、精神疾患を患い、ときには自殺に追い込まれる場合
もあります。
②パワーハラスメントを行った者への影響
・就業規則の懲戒処分の規定に基づき懲戒処分を受けることになります。
・民事上の損害賠償責任が発生する場合があります。
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・刑法上の責任が発生する場合があります。
③会社に与える影響
・不法行為を問われ、パワーハラスメント行った社員と連帯して責任を負い、損害賠償を支払わ
なければならない可能性があります。
・安全配慮義務違反等の違反に問われる可能性があります。
④職場に与える影響
・職場の就業環境が悪くなることによって、生産性が下がり、またモラールが下がります。
5.パワーハラスメントの予防
①社員の皆様へ
・社員は、パワーハラスメントが行われないよう、常に相手の気持ちを配慮した言動をするよう
心掛けてください。
・パワーハラスメントを受けたり、見たり、聞いたりした場合には放置せず、苦情窓口に相談す
る、あるいは上司に相談するなど適切な対応をしてください。
②管理職の皆様へ
・管理職は、部下を指導・教育するときは、
「業務の適正な範囲内」
で行い、部下の人格を否定し
たり、心身を傷つけたりという手段をとらないよう配慮してください。
・部下が相談しやすい環境を作るよう努めてください。
・パワーハラスメントを見たり、聞いたりした場合は、放置することなく適切に対処してください。
・自分が部下の見本となるよう心がけてください。
・日頃からパワーハラスメントに対する理解を深め、部下にパワーハラスメントを行わないよう
指導してください。
・相談を受けた場合は、中立の立場で、秘密を守り、その者に不利益がないよう配慮してください。
6.おわりに
パワーハラスメントは、これを受けた社員だけでなく、行った社員も、職場も、会社も、関わったも
のすべてのものに不幸をもたらします。これを理解した上で、パワーハラスメントのない、明るく働き
やすい職場、会社を作っていきましょう。
パワハラは、どのような会社にも起こりうることです。仮に現在パワハラに
縁がない会社であっても、いつかパワハラが発生する可能性があります。会社
は、パワハラが起こらない環境を作り、社員に意識付けを行うよう努めなけれ
ばなりません。
特定社会保険労務士 嘉瀬陽介
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本リポートの内容は執筆時点における法令および社会情勢に基づ
いて記されています。なお、リポート利用者の経営結果について
は責を負いかねますので、ご了承ください。