No. 191 紅藻サンゴモ類の生物多様性 公益財団法人 海洋生物環境研究所 馬 場 将 輔 * 1. は じ め に 2. サンゴモ類の多様な形態 身近な海藻というとモズク,ワカメのように毎日 サンゴモ類は石灰化しない膝節と石灰化する節間 の食卓に上るもののほか,寒天の原料になるテング 部をもつ有節サンゴモ,膝節を持たず藻体が完全に サ類などが代表であり,これらはすべて柔らかい体 石灰化する無節サンゴモに大別することができる。 構造を持っている。ところが,海藻のなかには藻体 これまでに国内から有節サンゴモが約30種,無節サ の内外に炭酸カルシウムを沈着して堅くなるものが ンゴモが約70種,それぞれ報告されている2)。 あり,それらは石灰藻と総称され,緑藻,褐藻,紅 有節サンゴモは主に潮間帯から漸深帯上部の比較 藻の各分類群にまたがっている。なかでも紅藻のサ 的浅い場所の岩礁域に群生して生育している。エゾ ンゴモ類が代表格であり,まるで石と見間違えるよ シコロは,波の荒い潮間帯下部から漸深帯上部の岩 うに堅くなる。このサンゴモ類の藻体を割って,断 上に群落をつくる(図2 (a)) 。藻体は高さ 7 cm 程 面を走査型電子顕微鏡で観察すると,細胞壁に炭酸 度で,石灰化して堅い節間部はカエデの翼果のよう カルシウムを多量に沈着させ石灰化することにより, に左右に翼を広げた形態になり,その先端部に生殖 骨格のような構造を作っていることが分かる(図1)。 器官を形成する。 サンゴモ類は寒帯から熱帯にいたる世界各地の潮間 無節サンゴモの生育範囲は,有節サンゴモよりも 帯から漸深帯に広く分布する。海藻類の生育最深記 はるかに広く,潮間帯から水深100 m を超える陸棚 録は北大西洋バハマ諸島の水深268 m から採集され に及ぶ。生育する基質も多様であり,海草や海藻の 1) たこのサンゴモ類の仲間である 。本稿では,沿岸 表面に着生するきわめて薄い種,岩を被覆するよう 域の生態系を維持するうえで大切な存在であるサン に成長し厚くなる岩上性の種,特定の基質を持たず ゴモ類について,形態,生態的な役割,海洋酸性化 海底で生育する自由生活性のサンゴモ球などがある。 が及ぼす影響について紹介する。 植物着生性のヒラノリマキは同じ紅藻のカバノリの 図1 石灰化したサンゴモ類の藻体縦断面 * ばば まさすけ 中央研究所所長代理 兼 海洋環境グループマネージャー 研究参事 水産学博士 電 気 評 論 2014.12 図2 サンゴモ類 50 つとして重要視されている5)6)。 上によく生えている(図2(b)) 。円形に広がり直径 1 cm までになる藻体は薄く100 μm ほどであり,体 4. 海洋酸性化の影響 表面全体に円錐形の生殖器官を作る。岩上性のオニ ガワライシモは漸深帯の岩を覆うように生育し,体 大気中の二酸化炭素濃度の増加に伴い,海洋中の 表面の突起がよく発達した個体では厚さ 1 cm を超 二酸化炭素が増加し水素イオン濃度(pH)が低下 える(図2 (c))。ヒライボは岩の上に生えるほか, する現象が海洋酸性化である。この影響を受けやす サンゴモ球として海底を転がるように生育している い海生生物は殻を作る軟体動物,有孔虫や円石藻な (図2 (d)) 。国内ではこのヒライボのサンゴモ球が どのプランクトン,サンゴモ類などの石灰化生物で 大量に生育する場所として島原半島の「白洲の真砂」 ある。これらの生物群に及ぼす海洋酸性化の影響に が有名であり,春の大潮時には長さ 1 km に及ぶ浅 ついては,現在,様々な分野で活発な研究が行われ 3) 瀬が出現する 。 ているが,サンゴモ類が形成する炭酸カルシウムの 結晶構造は高 Mg カルサイトであり,その影響を受 3. サンゴモ類の生態的役割 けやすい生物グループであると指摘されている7)。 サンゴ礁が発達する熱帯・亜熱帯の浅海域では, したがって,今後も海洋酸性化が進行する状態が継 無節サンゴモは動物のサンゴとともに造礁作用に深 続するのであれば,ここで紹介してきたサンゴモ類 く関わり,死んだサンゴの枝や破片をつなぎ合わせ の持つ生態的な役割にも直接的および間接的な影響 るセメントのような役割を果すことが広く知られて を及ぼすことが懸念される。 いる。サンゴモ類は多くの底生無脊椎動物の初期入 参考文献 植段階にも深く関わっている。サンゴ,アワビ,ウ 1)Littler, M.M. et al.(1985). Science, 227 : 57−59. ニなどは生活史初期に浮遊幼生として過ごし,海中 2)吉田忠生・馬場将輔.(1997).サンゴモ目.「新日本海 を浮遊しながら適切な基盤を選択して着底・変態す 藻誌」(吉田忠生著),内田老鶴圃,東京,525−627. る。無節サンゴモはこの着底・変態を促進する作用 3)飯間雅文. (2009).原城址沖合「白州(リソサムニュー があることが知られている。また,サザエの浮遊幼 ム) 」について. http://www.sourui-koza.com/z_danwa/200905/lithothamnion. 生はヘリトリカニノテなどの有節サンゴモ群落を選 html び着底し,群落内に稚貝が高密度に分布することが 4)Hayakawa, J. et al.(2008). J. Exp. Mar. Biol. Ecol., 363 : 118− 4) 報告されている 。一方,無節サンゴモが優占種に 123. なりその他の大型海藻類が生育しない場所はサンゴ 5)Foster, M.S.(2001). J. Phycol., 37 : 659−667. モ平原と呼ばれ,北海道南西部の日本海沿岸では, 6)Nelson, W.A.(2009). Mar. Freshwater Res., 60 : 787−801. 殻状の無節サンゴモの一種,エゾイシゴロモが海底 7)栗原晴子(2013).海洋と生物,35(4):356−365. 一面を覆う状態が継続している。 着生基質を持たずに球状に成長するサンゴモ球は 層状に重なりあい三次元的な構造を海底に作り出す。 そして無脊椎動物,魚類,海藻類などに新たな生息 場,着生基質を提供することにより,海域環境の多 様性を創出することから,コンブ藻場,海草藻場な どにならび,サンゴモ球藻場として重要な藻場の1 電 気 評 論 2014.12 51
© Copyright 2024 ExpyDoc