Title 「l部門の優先的発展法則」の論証 : 技術革新と産業 - HERMES-IR

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「l部門の優先的発展法則」の論証 : 技術革新と産業構
造の変化に関する基礎的考察
高橋, 勉
一橋研究, 17(4): 75-99
1993-01-31
Departmental Bulletin Paper
Text Version publisher
URL
http://hdl.handle.net/10086/5889
Right
Hitotsubashi University Repository
75
FI部門の優先的発展法則」の論証
「1部門の優先的発展法則」の論証
∼ 技術革新と産業構造の変化に関する基礎的考察 ∼
高 橋
勉
1.序
資本主義経済において企業が存続・拡大するためには技術革新が不可欠であ
り,よって,それが経済全体の産業構造に与える影響を解明することは,資本
主義経済分析において不可欠の課題となる。そこで,本稿では,技術革新を不
変資本の可変資本に対する割合の増加,すなわち資本の有機的構成高度化とし
て把握し,それが生産手段生産部門(1部門)と消費手段生産部門(H部門)
の割合にどのような影響を与えるかということについて原理的な解明を行
う(’)。すなわち,いわゆる「1部門の優先的発展法則」の論証を試みる。
ところで,資本の有機的構成高度化と部門構成の関係を最初に考察したのは
レーニンである。レーニンは表1のような数値列によって,資本の有機的構成
が高度化する場合には1部門がH部門に比べて急速に拡大するということを示
そうとしたのである(2)。
表1
レーニン表式
第一年度
1 4000c十1000v十1000m二6000 1r=4.00
11 lsoo c十 7so v十 7som=3000 , r=:=2.oo
i q == o.s 2 q == o.os b == 2.oo
第二年度
1 4450c十1050v十1050m=6550 , r=4.24
u 1550c十 760v十 760m=3070 2 r=2.04
iq=O.5 2q=O.076 b=2.38
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一橋研究 第17巻第4号
第三年度
1 4950c十1075v十1075m==7100 , r=4.60
11 1602c十 766v十 766m==3134 , r==2.08
iq=一〇,5 ,q−O.046 b=2,54
第四年度
1 5467.5c十1095v十1095M=::7657.5
上r=4.90
11 1634.5C十 769v十 769M==3172.5
2r=2ユ3
b ==2.73
(r:資本の有機的構成 q:蓄積率 b:資本の部門構成 添え字は部門を表す)
しかし,このようなレーニン表式をもって「1部門の優先的発展法則」を論
証したことにはならないことは,現在までの研究で明かであろう。この問題を
はじめて提起されたのは高須賀義博氏である。氏は次のように主張されている。
「資本の有機的構成が高度化する場合ですら,両部門の成長率には一定の自由
度があって必ずしも第一部門の優先的発展が必然的であるとはいえないし,ま
たレーニンの表式が第一部門の優先的発展を表現しえたのは,資本の有機的構
成高度化によるのではなく,蓄積率についての特定の仮定に依存していたので
あった。レーニンも言うように,『表式は,個々の諸要素が論理的に解明され
ているとき,その課程を図解するにすぎない』が,レーニンの拡大再生産表式
では,その基軸ともなるべ蓄積率の水準と動向が『論理的に解明』されていな
いために,その『図解」から得られる結論が一般性を持たないのである。(3)」
そこで,この高須賀氏の指摘にこたえるべく,「1部門の優先的発展法則」
を論証するための論理構成を考えるならば,それは次のようなものでなければ
ならないことになる。
(A)資本主義には有機的構成を高度化させる傾向がある
⇒(B)蓄積率(or成長率)が部門構成を高度化させる組み合わせに決定
⇒(C)部門構成が高度化する
そして,高須賀氏が指摘されているように,レーニン表式が論証に失敗してい
るのは「(A)⇒(B)」の論証が存在しないところに原因がある。レーニン
表式では(B)を仮定したうえで「(A)⇒(C)」の論証を試みているので
ある。したがって,我々が「1部門の優先的発展法則」を論証するためには,
「1部門の優先的発展法則」の論証
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なぜ資本は有機的構成高度化の際にレーニン表式でのような蓄積を,すなわち,
部門構成を高度化させるような蓄積率を選択するのか,という「(A)⇒(B)
」の論証を行わなければならない。これが論証成功の鍵となる。
さて,上の高須賀氏の指摘以来,「1部門の優先的発展法則」をめぐって多
くの議論がなされた。しかし,現在においてもこの法則の論証に成功している
とは言えないようである。そこで,以下の節では,第一に,そのような従来の
試みについて考察する。そして,第二に,従来の議論の問題点をふまえた上で,
この法則の積極的な論証を試みる。
なお,本稿では以下の記号を用いることにする。
不変資本:,C. 可変資本:
iV. 投下資本:iK。 ・、C。+iV。
剰余価値:iM. 利 潤: iH. 資本家消費:iMk。
生産額:,E。一iK。+,M,
部門構成:b。=1K。/、Kn
販売額:iH。=iK。+irl。
資本の有機的構成:ir。=iC。/iV。
総資本の平均的有機的構成:、 rn= (iCn+2Cn) / (iVn+2Vn)
剰余価値率: M。=、M。/lV、=、M。/、V。(部門間で等しい)
i9、=∠iK。/iK, 資本の粗成長率:,G。=i9。+1
資本の成長率:
粗利潤率:,P。=iP。+1
利潤率:iP。;i ll。/,K.
蓄積率: iqn= (AiCn+AVn) /iMn
右下は期を示す。また,n期からn+1期
記号の左下(i−1,2)は部門,
)。で表す。さらに,本稿では固定資本を捨象し不変
にかけての変化量を∠(
資本は流動資本のみとする。
投下資本に剰余価値を加えたものを生産額,投下
ところで,本稿において,
資本に利潤を加えたものを販売額と定義し,両者を区別しているのは,以下の
節において需給の一致・不一致に関する表現を明示的に行うためである。
2.従来の諸説の検討
本筋の課題は,1部門の優先的発展法則の論証を試みた従来の諸説を検討し,
その問題点を探ることにある。
さて,従来の諸説は,蓄積三二定説,必要性論理説,部門構成存在範囲高度
化説という三つに分類することができるが,個々の議論の紹介,および技術的・
数学的問題点の指摘は既に詳しく行われている㈲。そこで,本節では,第一
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一橋研究 第17巻第4号
に,それぞれの説をその論理構成に即して簡略に再構成し,第二に,その論理
構成がレーニン表式の欠点を克服し得るものとなっているのかどうかというこ
とを考察する。そして,前節で指摘したように,後者においてポイントとなる
ことは,各説が如何にして「(A)⇒(B)」の論証を行っているかというこ
とになるであろう。
なお,本節では従来の諸説に即し,マルクスの再生産表式に基づいて議論を
行う。そこで,次節において展開されるモデルとの相違点を明確にするために
も,マルクスの再生産表式の性格として,次の四点に注意していただきたい。
(あ)生産物の価値どおりの「実現」が可能となるように蓄積が行われ,生産
額と販売額が等しくなる。
(い) 各部門で余剰価値と利潤が量的に等しい(5)。
(う) n期に還流した貨幣(投下資本+利潤)は資本家消費をのぞいてすべて
自部門に蓄積される。
(え) n期の販売額は,1部門はn+1期の不変資本総額に,且部門はn+1
期の可変資本総額にn期の資本家消費を加えたものに,それぞれ等しくな
る。これらを本稿の記号で表すと,次のようになる。
iEn=iHn
(あ)
2En=2Hn
iHn=iMn
(い)
2”n=2Mn
iKn+AiCn+AiVn =iKn+i fi n−iMkn
(う)
2Kn+ A2 Cn+ A2Vn=2Kn+2 ll n−2Mkn
iHn=iCn+i+2Cn+i
(え)
2Hn == iVn+i+2Vn+i−Mkn+2Mkn
ここで,(あ)∼(え)より,周知の部門間均衡条件が導き出される。
iVn+AiVn+iMkn=2Cn+A2Cn
(お)
また,(い)より,利潤率を次のようにして表現しうる。
iPn=inn/i Kn=iMn/i Kn= Mn/(i rn+ 1)
(か)
「1部門の優先的発展法則」の論証
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2Pn=2nn/2Kn=2Mn/2Kn=Mn/(2 rn+ 1)
以下では,(あ)∼(か)を再生産表式の基本体系を呼ぶことにする。
では,諸説の検討に移ることにしよう。
(1) 蓄積三二定説(6)
この説は,基本的にレーニンの方法を踏襲し,それが有効であることを代数
を用いて積極的に論証しようという試みである。すなわち,レーニンは1部門
の蓄積率を50%にしているが,不均等発展が生じたのはその蓄積率の値に依存
しているわけではなく,それが何%にされていたとしても,それが一定である
ならば,部門構成の高度化が生じ得る,ということを論証しようというのであ
る。この立場での従来の諸説では非常に複雑な数式が展開されているが,すで
に数学的・技術的な問題が指摘されていて,それらはいまだ解決されていない。
しかし,その「論証」は次の二つの仮定を設定することによって,簡単に示す
ことができる。第一に,資本の有機的構成が部門間において等しいということ,
第二に,資本の有機的構成高度化にともなって余剰価値率が上昇し,利潤が変
化しないということ,である。
まず,再生産表式の基本体系(あ)と(え)より,n期に生産された生産財
生産額はn+1期の生産に投下される不変資本総額に等しい。すなわち,
iEn ==iCn+i+2Cn+i
よって,
AiEn/iEn=A (iCn+i+2Cn+i) / (iCn+i+2Cn+i) O
また,利潤率は一定であると仮定しているから,生産額の成長率と投下資本の
成長率は等しい。すなわち,
AiEn/iEn ==: AiKn/iKn=ign e
②を①に代入して,
A (iCn+i+2Cn+i) / (iCn+i+2Cn+D =ign @
ここで,蓄積率を一定の値に固定するとしよう。仮定により利潤率一定である
から,蓄積率を一定にすると成長率も一定となるの。すなわち,
1gn==1gn+1
これを③に代入すると。
A(,C。+i+、C。+1)/(1C。+1+,C。+1);19。+1 ③’
ところで,仮定により部門間で資本の有機的構成が等しい。この場合,資本の
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一橋研究 第17巻第4号
有機的構成の高度化は総資本における資本の有機的構成の高度化を意味する。
ということは,総資本に占める不変資本の割合が総体的に大きくなるというこ
とだから,明らかに総不変資本の成長率の方が総投下資本の成長率よりも大き
くなる。
すなわち,
A(1K。+1+2K。+1) ∠(1C。+1十2C。+1)
〈 一 @
iKn+i+2Kn+i iCn+i+2Cn+i
③’を④の右辺に代入すると,
∠(IK。+1+、Kn+1)/(1K。+1+、K。+1)<19。+1⑤
これは,n+1期において,総資本の成長率,すなわち資本の平均成長率より
も,1部門の成長率が大きくなることを示している。よって,n+1期におい
ては1部門の資本の成長率は2部門の資本の成長率よりも大きくなるのである。
n+1期以降も同様であろう。
このように,部門間で資本の有機的構成が等しく,利潤が不変という仮定を
設定した場合には,1部門の蓄積率が一定であれば,それが何%にされていた
としても,資本の有機的構成高度化にともなって部門構成の高度化が生じ得る
という命題が成立するのである。
しかし,この論理では「1部門の優先的発展法則」を論証し得てはいないと
思われる。なぜなら,第一に,マルクスの利潤率低下法則を前提にする限り,
利潤率不変という仮定は特殊な仮定とならざるを得ないからである(8)。よっ
て,その「論証」は一般性に欠けるものとなろう。
第二に,部門間で資本の有機的構成が等しいという仮定をとらなければ,各
部門において資本の有機的構成が高度化したとしても,総資本における資本の
有機的構成が高度化するということは必ずしもいえないからである。資本の有
機的構成が部門間で等しい場合をのぞけば,総資本の平均有機的構成は各部門
の資本の有機的構成と部門構成に依存するであろう(9)。よって,一般的には,
④の不等式が成立しないことも有り得る。
さらに,第三に,仮に,複雑な数式展開によって上の二つの仮定を設定せず
にこの命題を論証し得たとしても,1部門の優先的発展法則を論証したことに
はならないからである。それは,次のようなこの説の論理構成に原因がある。
「1部門の優先的発展法則」の論証
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(A) 資本主義には有機的構成を高度化させる傾向がある
+(B’)1部門の蓄積率が一定
⇒(C) 部門構成が高度化する
この図式から明かのように,
蓄積率固定説は前説で指摘した「(A)→(B)」
の論証という視点がまったく存在しない。よって,
この説が1部門の優先的発
展法則を論証し得るためには,
(B’)は決して特殊な仮定ではないというこ
とを示さなければならない。つまり,
この説は基本的にレーニンの立場を踏襲
しているので,
論理構成においてレーニンと同じ問題が生じてしまうのである。
この点について,滝田和夫氏は,
「有機的構成高度化が部門構成に及ぼす影
響を検討するためには,
他の要因を動かしたのではその検討はできず,他の要
因を不変としてはじめてその検討が可能となる」(10)とされる。
また,高木彰
氏は, 「レーニンが第一部門蓄積率を一定と想定したのは,
そこでの考察対象
は拡大再生産の長期的・平均的課程である」(’1)からであるとされる。しかし,
レーニン表式から明らかのように,資本の有機的構成高度化の際に両部門の蓄
積率を一定にすることはできない。1部門を一定にした場合にH部門の蓄積率
が低下せざるを得ないのである。よって,(B’)を仮定するということは,同
時にH部門の蓄積率の低下をも仮定することにもなるのだから,両氏の意見は
説得的ではないだろう。
このように,蓄積率固定説は,技術的・数学的な問題点に加え,1部門の蓄
積率は一定であるがII部門の蓄積率は低下するという特殊な仮定を想定する論
理構成となっていることがわかる。すなわち,この説はその論理的構成におい
てレーニン表式と同じ欠点をもっているといえる。
(2) 必要性論理説〔12)
この説は,レーニン表式及び上で考察した蓄積率固定説の反省に立ち,蓄積
率に関する特定の仮定から部門構成の値を導き出そうとはしない。むしろ,逆
に部門構成が高度化しなければ,一定規模での拡大再生産,あるいは拡大再生
産そのものが継続不可能になるという観点から,部門構成高度化の必要性を導
くことを試みているのである。代表的な論者である吉原氏は,資本の有機的構
成が高度化した場合に「均等発展成長率=拡大テンポを一定に保っためにも第
1部門主導・優位の部門間成長率開差が不可避である」(13)とされている。そ
こで,ここでは均等発展成長率の動向について考えることにする。
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一橋研究 第17巻第4号
ところで,この説をめぐる従来の議論においては,剰余価値率が高度化する
場合には,必ずしも部門構成高度化の必要性を論証しえないのではないか,と
いう指摘があり,現在でも解決されていない。しかし,その「論証」は,利潤
率低下法則を前提にするならば,次のようにして簡単に示すことができる。
まず,再生産表式の基本体系(お)より,部門間均衡条件は,
iVn+AiVn+iMKn=2Cn+A2Cn
これを,粗成長率,資本の有機的構成,剰余価値率,部門構成で表せば次のよ
うになる。
bn’irn+i 2rn+i bn’Mn
iGn + 一 2Gn =
@
1rn+上一ト1 2rn+1一ト! 1rr1一ト1
ここで均等粗成長率をG、とし,,G.=,G.=G。を⑥に代入すると,
Mn / (i rn十 1)
Gn:一 (ID
1 1
十
1十1/1rn+1 bn(1.十.1/2rn+1)
資本の有機的構成高度化により⑦の分母が増加することはあきらかであろう。
問題は分子の,特に剰余価値率の動向である。
ところで,再生産表式の基本体系(か)より,
iPn=Mn/ (i rn十1)
これを⑦に代入し,m。を消去すると,
1Pn
G”=一 (8)
1 1
十
1+1/irn+i bn (1+1/2rn+i)
マルクスの利潤低下法則を前提にするならば,⑧の分子は減少することになる
であろう。したがって,部門構成(== bn)が上昇しなければ,資本の有機的
構成高度化とそれに伴う利潤率の傾向的低下によって均等粗成長率(=G、)
が一定に保ちえなくなる。逆にいえば,均等粗成長率を一定に保っためには部
門構成が上昇が必要となる。このことより,必要性論理説においては,1部門
の優先的発展を結論するのである。
「1部門の優先的発展法則」の論証
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そこで,この論理構成を図式化すると次のようになる。
(A) 資本主義には有機的構成を高度化させる傾向がある
⇒(2) 部門構成が高度化しなければ一定規模での均等成長率=拡大テンポ
を維持できない
=部門構成高度化の必要性が発生
⇒(B) 蓄積率(or成長率)が部門構成を高度化させる組み合わせに決定
⇒(C) 部門構成が高度化する
これから明かのように,
必要性論理説の特徴は「(A)⇒(B)」を直接論証
するのではなく,
「(A)⇒(2)⇒(B)」という論理で,「(A)⇒(B)」
を論証しようとしたところにある。マルクスの再生産表式に蓄積率を決定する
論理が存在しない以上,(A)と(B)の間に媒介項を設定せざるを得ない。
その意味で,この説はレーニン表式による論証を一歩前進させたものとして評
価し得るであろう。
しかし,「(A)⇒(2)」は論証し得るとしても,「(2)⇒(B)」は直
接には論証し得ないのではなかろうか。というのも,資本主義経済には経済全
体の拡大再生産,あるいは一定の成長率を維持するという目的のために部門構
成を上昇させようという論理が内在していないからである。資本の目的は自己
増殖であって,個別資本が総資本にとって好ましい行動を必ずしも行うとは限
らない。例えば,利潤率低下法則はそのことを典型的示すものであろう。
このように,必要性論理説はレーニン表式による論証を発展させてはいるが,
「(2)⇒(B)」について,すなわち,部門構成高度化の必要性が必然性に
転化する論理の解明が不十分となっているところに問題を残している。
(3) 部門構成存在範囲高度化説(14)
上の二つの説の考察から明かなように,マルクスの表式を前提にする限り,
部門構成の動向そのものを直接的に導き出すことは不可能である。そこで,部
門構成存在範囲が高度化することをもって間接的に部門構成高度化を説くこと
を試みたのが部門構成存在範囲高度化説である。
ところで,この説をめぐる従来の議論においては,剰余価値率が高度化する
場合には,必ずしも部門構成の存在範囲(特に下限)が高度化しないのではな
いか,という指摘があり,現在でも解決されていない(15)。しかし,この指摘
は,剰余価値率の上昇が利潤率を不変とするような程度で行われることを仮定
84 一橋研究 第17巻第4号
するならば,次のようにして簡単に克服することができる。
まず,拡大再生産可能であるたあには,両部門において,今期の生産に投下
した以上の生産物を生産していなければならない。すなわち,次の不等式が成
立していなければならない。
iEn>iCn+2Cn
2En>iVn+2Vn
これらの不等式を,成長率,資本の有機的構成,部門構成を使って表すと,拡
大産が可能であるための部門構成の存在範囲は次のようにして示される。
2rn (i rn+i) (i rn+ !) (2 rn+’Mn)
〈 bn 〈 nv (1)
(2rn十1) (nユr1十1) 2rn→一1
次に,部門構成存在範囲の下限(=⑨左辺)と上限(=⑨右辺)が資本の有
機的構成高度化によってどのように変化するのか考えてみよう。⑨左辺,⑨右
辺の分母分子を2r。でわると,
1 irn十1
(⑨左辺)= ・
1十1/2 rn Mn十1
(i rn十 1) (1 十Mn/2 rn)
(⑨右辺)=
1+1/2 rn
ここで,再生産表式の基本体系(か)より,
iPn=iMn/ (irn十1)
2Pn== 2Mn/ (2 rn十 1)
前者を⑨左辺に,後者を⑨右辺代入してm。を消去し,整理すると,
1 1
(⑨左辺)= ・
1十1/2rn 1/(1rn十1) 一十1P。
@・
2Pn ’ (i rn十 1)
(⑨右辺)=
1+!/2 rn
仮定により利潤率は一定なので,資本の有機的構成高度化によって拡大再生産
「1部門の優先的発展法則」の論証
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可能な部門構成存在範囲の下限および上限が上昇することがわかる。このよう
な「論証」によって,部門構成存在範囲高度化説においては,長期的には,1
部門の優先的発展が行われると結論するのである。
さて,この論理構成を図式化すると次のようになるであろう。
(A) 資本主義には有機的構成を高度化させる傾向がある
⇒(3) 部門構成存在範囲が上昇
⇒(C) (長期的には)部門構成が高度化する
この図式からの明かのように,部門構成存在範囲高度化説の特徴は,「(A)
⇒(B)」の論証を回避して「(A)⇒(3)」の論証を試みた点にある。マ
ルクスの表式を前提にする限り,そこには蓄積率決定のメカニズムは存在しな
いのだから,「(A)⇒(B)」を論証することはできない。したがって,マ
ルクスの表式を前提にする限り,「(A)⇒(C)」の媒介項として(B)で
はなく(3)を用いることはやむを得ない方法であり,その意味で,部門構成
存在範囲高度化説は,他の二つの説よりも合理的なものとして評価されるべき
であろう。
しかし,この「論証」においてもやはり問題がある。第一に,剰余価値率が
利潤率を変化させないような程度に変化するという仮定によって,上の「指摘」
を解決している点である。⑨’から明らかなように,利潤率低下法則を前提に
すれば,部門構成存在範囲の下限は上昇するにしても,上限の動向は全く不確
定である。したがって,拡大再生産可能な部門構成存在範囲が上昇しているか
どうかも不確定となる(’6)。
第二に,より本質的な問題として,「(3)⇒(C)」の論理が成立し得ない
ということである。というのも,上でも述べたように,資本主義経済には経済
全体の拡大再生産を維持するという目的のために部門構成を上昇させようとい
う論理が内在していないからである。よって,「(3)⇒(C)」は資本に内
在した論理ではない。これは,必要性論理説と同様に,資本の有機的構成が高
度化する場合には,拡大再生産を維持するためには部門構成高度化が必要性で
あるということを示したにすぎないのである。
このように,部門構成存在範囲高度化説は,先の二つの説の欠点を積極的に
克服しようとした点に意義を見いだしうるものの,部門構成存在範囲の上限の
動向が不明であること,また,必要性論理説と同様に,部門構成高度化の必要
86
一橋研究 第17巻第4号
性が必然性に転化する論理の解明が不十分となっているところに問題を残して
いる。
以上のように,従来の諸説は「1部門の優先的発展法則」の論証に成功して
いない。蓄積率固定説の論理構成はレーニン表式を何ら発展させたものではな
いし,必要性論理説では必然性を示し得ない。さらに,両者の問題点を克服し
ようとした部門構成存在範囲高度化説も,結局,必要性論理説と同じ問題点が
残っている。その原因は,やはり,どの説においても「(A)⇒(B)」の論
証に成功していないことにある。それは,技術的・数学的問題だけではない。
そもそも,「(A)⇒(B)」を論証し得ない論理構成になっているのである。
その意味で,どの説においても,前節で引用した高須賀氏のレーニン表式に対
する指摘を克服し得ていない。
では,なぜ従来の諸説が「(A)⇒(B)」の論証を行い得ない論理構成に
ならざるを得ないのか。それは,端的に言って,従来の諸説が基本的にマルク
ス,レーニンと同様な表式展開を前提としているからである。本節初めで示し
たように,マルクスの表式では,生産物の価値どおりの「実現」が可能となる
ように蓄積が行われるという前提のもとで,成長率(or蓄積率)は部門間均衡
条件=(お),あるいは⑥を充たす組み合わせでなければならない。しかし,
部門間均衡条件を充たす成長率の組み合わせば無数に存在するのであり,その
組合わせの中で,いったいどの値に成長率が決定されるのか,そのような成長
率決定の論理がマルクスの表式には存在しないのである。よって,それをどの
ように工夫しようとも,「(A)⇒(B)」の論証は不可能となる(’7)。
したがって,我々は,その内部で成長率を決定し得るモデルを用いて「(A)
⇒(B)」の論証を行わなければならない。そして,一般的に,成長率は利潤
率に大きな影響を受けるから,利潤率の決定メカニズムも必要となるであろう。
すなわち,そのモデルでは,生産物の「実現」=価値や生産価格どおりの価格
の成立が前提とされない。生産価格を基準としつつも,需給関係によって価格
が決定されるのである。よって,部門間で利潤率が異なることも当然有り得る。
その場合には,「諸資本の競争」による利潤均等化法則に基づき,利潤率の高
い部門の方が成長率も高くなるといった部門間資本移動が行われることになる
のである。
さらに,そのモデルの性格として,景気循環を捨象した長期的な蓄積の傾向
「1部門の優先的発展法則」の論証
87
を示し得るものでなければならない。これは,論証対象である1部門の優先的
発展法則が景気循環を貫く長期的な蓄積の法則であることからして当然であろ
う。
このような観点からすれば,「1部門の優先的発展法則」を論証しうるモデ
ルとして,筆者が拙稿(’8)で規定した蓄積方程式体系に資本の有機的構成が高
度化する要因を導入したものを採用することも可能であろう。そこで,次節に
おいては,資本の有機的構成高度化う伴う蓄積方程式体系を規定し,「1部門
の優先的発展法則」を論証する。
3.「1部門の優先的発展法則」の論証
本節では,第一に,「1部門の優先的発展法則」を論証しうるモデル=蓄積
方程式体系を確定する作業を行ない,第二に,そのモデルに基づくシミュレー
ション分析によって「1部門の優先的発展法則」の論証を試みる。
前節でも若干述べたが,「1部門の優先的発展法則」を論証するためのモデ
ルとして不可欠な条件は次の三点である。
(条件1) 価値や生産価格どおりでの生産物の「実現」を前提せず,需給関係
によっては生産価格という基準から乖離する値に価格が決定されなけ
ればならない。すなわち,その価格は市場価格である。よって,当然,
部門間で利潤率が異なる場合もある。
(条件2) 利潤率均等化法則により,利潤率が相対的に低い部門から高い部門
への資本移動が発生し,前者よりも後者の成長率が相対的に高くなる。
(条件3) 「1部門の優先的発展法則」は景気循環を貫く長期的法則である。
よって,長期法則を示し得る体系でなければならない。
このような条件をふまえた上で,前節の初めに示したマルクスの再生産表式の
基本体系と比較しっっ,蓄積方程式体系の性格を次の(ア)∼(カ)としてま
とめることができる。
(ア)生産額と販売額は必ずしも一致せず,価格は市場価格となる(19)。ただ
し,簡略化のために,n期に生産された商品がn期末にすべて売り尽くさ
れるような額に価格が決定されるものとする。
(イ)各部門において剰余価値と利潤は量的に必ずしも等しくならない。利潤
は販売額から投下資本を引いたものとなる。
88
一橋研究第17巻第4号
(ウ) n期の販売額に関して,1部門はn+1期の不変資本総額に,H部門は
n+1期の可変資本総額に,それぞれ等しくなる。 (簡略化のために資本
家の個人的な消費を捨象する。)
(エ) r1期に還流した貨幣(=投下資本+利潤)はすべてn期に蓄積されるも
のとする。ただし,還流した貨幣は同じ部門に投下されるとは限らない。
(オ) 利潤率均等化法則により,利潤率が相対的に低い部門から高い部門への
資本移動が発生し,前者よりも後者の成長率が相対的に高くなる。
(カ)景気循環を貫く長期的な傾向を示すために,総需要と総供給が一致する
ことにする。よって,総生産額と総販売額が等しくなる。
では,これらを本稿の記号を用いて表してみよう。まず, (ア)∼(エ),
(カ)は次のようになる。
ね ね
一 一
ロ ロ
ロ
KK
HH
二=
HH
iEnSiHn
(ア)
2Eni2Hn
(イ)
,H。=’ 、C,+AICn+2Cn+A,C2 =・ ,C。+1+2C。+1
(ウ)
2H。=1V。+∠LV。+2V。+∠12Vn=IVn+1+2V。+1
iCn+i+2Cn+i+iVn+i+2Vn+i=iKn+innhKn+2nn
(エ)
tEn+2En=iHn+2Hn
(カ)
次に,部門間資本移動についての(オ)であるが,それは次の二つの式を使っ
て表すことにする。
iCn+T+iVn+i iKn+iHn
= 一 ’an
2C。+1+2Vn+1 2K。+2R。
(オー/)
an= (tPn−i/2Pn−i)B
(オー2)
ただし,定数βは1より小さい正の数とする。
(オー1)は,部門間資本移動の定旧式である。 (エ)より,n期の利潤は
すべてn期に蓄積させる。よって,部門間資本移動がまったく行われなかった
「1部門の優先的発展法則」の論証
89
場合,それぞれの部門において,n期に還流した貨幣総額(=n期の投下資本
+n期の利潤)とn+1期の資本が等しくなる。すなわち,n期に還流した貨
幣総額の部門間比とn+1期の部門構成が等しくなる。このことを逆に考える
と,部門間資本移動は,n期に還流した貨幣総額の部門間比とn+ユ期の部門
構成の大小関係によって表すことができるのである。そして,その大小関係を
表すものが変数α。である。したがって,α。は1との大小関係によって部門間
資本移動の方向と程度を表すことになる。例えば,α。>!であれば,n+ユ
期の部門構成がn期において各部門に還流した貨幣総額の比よりも大きくなり,
1部門では1部門の資本家が獲得した利潤以上に蓄積が行われていることにな
るのである。
(オー2)は,部門間資本移動を表す変数α。の決定式である。簡略化のため
に,資本家はn期における部門選択の判断根拠として,n−1期の粗利潤率の
部門間比のみを利用するとしよう。ただし,粗成長率の部門間比は粗利潤率の
部門間比よりも小さい割合で変化しなければならない。というのも,もし,前
者が後者よりも大きい割合で変化すれば,今度は逆方向への利潤率の不均等が
ヨリ拡大して発生することになるからである。この場合には,利潤率均等化法
則が成立し得ないであろう。よって,定数βは1より小さい正の数でなければ
ならない。
このように,蓄積方程式体系は(ア)∼(カ)によって表現される。しかし,
我々の目的は資本の有機的構成高度化(命題A)と部門構成(命題C)の関係
を利潤率によって決定される成長率(or蓄積率)の動向(命題B)を媒介にし
て考察する事にあるのだから,(ア)∼(カ)を部門構成粗利潤率,粗成長
率,資本の有機的構成,剰余価値率を使って表現しなおす必要がある。以下で
はその作業を行う。
第一に,粗利潤率の決定式である。まず, (イ)と(ウ)より,
iKn+iHn=iCn+ 1 +2Cn+i
(キ)
2K。+211 n=1Vn+i+2V。+1
両辺をそれぞれ1K。,、K。でわると,
1rn+1 2rn+1
iPn=::一 iGn +v2Gn @
1+irn+i bn (1 +2rn+i)
90
一橋研究 第ユ7巻第4号
bn
1
2Gn
iGn +
2Pn ==
1 十i rn+i
@
1十2rn+i
このように,今期の利潤率は,今期の成長率と部門構成,及び来期の資本の
有機的構成によって決定される。
第二に,総需要と総供給が一致するための成長率の制約式である。まず,
(カ)より,両辺から1K.+、K。を引くと,
iMn+2Mn=inn+2Rn
これを(エ)の左辺に代入すると,
1C。.1+2Cn+1+IV。+1+2V。+1;1K。+IM。+1K。+2Mn
この式の左辺(=総需要)はn+1期の投下資本総額を表しているので,
lKn+1+2Kn+1;1K。+1M。+iK。+2M。
両辺を、K,でわって整理すると次のようになる。
Mnbn Mn
bn (iGn−1)+ (2Gnml)=一+一 @
irn十1 2rn十!
第三に,粗成長率の部門間比(=lG、/、G.)の決定式である。(オー1)
の両辺を(lK。/、K。)でわって整理すると次のようになる。
iGn/2Gn= (iPn/2Pn) ’an @
第四に,部門間資本移動を表す変数α。の決定式である。これは既に(オー
2)において与えられている。すなわち,
α。・=(IP。.1/、Pn−1)β (オー2)=⑭
O〈B〈1
最後に,部門構成(=b。)の決定式である。定義により,次のように表す
ことができる。
bn+i == iKn+i/2 Kn+i
:= (iGn’iKn) / (2Gn’2Kn)
:= (iGn/2Gn) ’bn al)
以上の⑩∼⑮によって,我々の目的とする方程式を得た。それは6っの変数
(b。,α。, ,G。, 、G。, lP。, 、P。)と6っの方程式によって構成され
ている。そして,その展開は、 /r。, 、r。, m。,βが与えられれば,次の
ようにして行われることになる。
「1部門の優先的発展法則」の論証
91
第1期は,便宜的に,α1,blが与えられたとしよう。それらを⑩∼⑬に代
入して(1G1, ,G1)と(1Pl, ,P1)の値を求める。これで,第1期の変
数の値はすべて決定されたことになる。第2期は,まず,⑭に(、Pi, 、P,)
を代入してα、を求める。次に,⑮にb1と(1G1, ,Gl)を代入してb、を求
ある。そして,⑩∼⑬にb、とα,を代入して(,G、,,G、)と(1P、,、P、)
の値を求める。これで,第2期の変数の値はすべて決定されたことになる。第
3期以降も同様な計算が繰り返されるのである。
そこで,このような蓄積方程式体系に基づくシミュレーション分析によって,
「1部門の優先的発展法則」を論証しよう。
まず,資本の有機的構成と剰余価値率の動向を決定しなければならない。簡
略化のために,両者の変化率は部門間で等しく一定であると仮定する(2。)。
すなわち,ir。=ir。一1・(θ+1)=ir1・(θ+1)n−1⑮
Mn=Mn−1’(pt+1) =:Mi’(nc+1)”一i ([6)
ただし,本稿では利潤率の傾向的低下法則を前提としているので,
0>pt
とする(21)。
次に,具体的な数値を使って計算してみよう。まず,レーニンの表式と同様
に, 1r1=4, 2r1=2, m1=1とする。また,θ=0.02,μ= O.01とし,
blは(使用価値レベルで拡大再生産可能である)部門構成存在範囲の上限値
と下限値を用いることにする。よって前節⑨より,b、=5/3,5となる。
さらに,便宜的にα1=1とする。そして,これらを蓄積方程式に代入し,各
部門の資本の有機的構成と部門構成の変化についてグラフにしたものが図1−
1と図1−2であり,部門間の粗利潤比(=1P。/2P。)の変化を表したもの
が図2−1と図2−2である。それらの図から,第一に,資本の有機的構成高
度化に伴って部門構成が高度化すること,第二に,部門間の利潤率が等しくな
る方向へ向かっていることがわかる。第二の点に関していえば,我々のモデル
では総需要と総供給が一致しているので,価格が生産価格へと収敏しているこ
とを意味することになる。したがって,この蓄積軌道においては,均衡と不均
衡が繰り返されながら,1部門の優先的発展を伴う均衡蓄積軌道に収敏する傾
向を見い出すことができるであろう。
92
一橋研究第17巻第4号
図1−1
654つ,一2
−
②1
Q・QQ7・
1 〆一・冒’ /
./−//
/
ド/層− //
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ロ ノ
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図1−2
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1
1’1
ところで,我々はこの過程の経済学的な意味をどのように理解すべきなのだ
ろうか。それは,次のように考えることによって明確になるだろう。
まず,(キ)の二つの式について両辺それぞれ比をとり,b。でわると,
(iPn/2Pn) ==*rn+i/bn (llb
これより,n期の需要総額の部門丁丁はn+1期の総資本の平均的有機的構成
93
「1部門の優先的発展法則」の論証
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図2−1
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図2−2
1
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1.2
Li
/ V/Axvfx.x.x−
1
L).8
L/.6
1
圏2」
11
P唱
3,1
41
n
を表していて,n期の部門構成とn+1期の総資本の平均的有機的構成の大小
関係によってn期の粗利潤の比が決定されることがわかる。したがって,総資
本における有機的構成高度化という生産構造の変化は,同時に需要構造を変化
させ,それがn期の部門構成を上回るならば,1部門の利潤率が相対的に高く
なる。この場合,利潤率均等化法則に基づき,より高い利潤率を求めて1部門
94
一橋研究 第17巻第4号
へ資本移動が発生し(⇒⑬,⑭),部門構成が高度化するであろう。(⇒⑮)そ
して,t期の部門構成とt+1期の総資本の平均的有機的構成が等しくなるま
でその過程が繰り返され,その時点で両部門の粗利潤率が等しくなる。(⇒⑰)
すなわち,そこで生産価格が成立し,均衡が達成されるのである。しかし,無
限の自己増殖という資本の本性からして,特別剰余価格を求める技術革新も絶
えず行われるであろう。よって,資本の有機的構成はさらに高度化し,均衡が
破壊される。そして,同じ過程が繰り返されるのである。図2−1と図2−2
より,部門間の粗利潤率が等しくなる傾向を見いだすことができるが,このこ
とは⑰より,n期の部門構成とn+1期の総資本の平均的有機的構成が等しく
なる傾向が存在することを示していたのである。
ただし,資本の有機的構成高度化は直接的に総資本の平均的有機的構成高度
化を意味しない。後者は前者だけでなく部門構成にも影響されている(→注9
を参照)。よって,両者を媒介する論理として,厳密には⑩∼⑬が必要となる
のである。
このように,資本の有機的構成高度化はそれに対応する限りで部門構成を高
度化させる。その動力はより高い利潤率を求めての「諸資本の競争」による利
潤率均等化法則である。図式化すると次のようになる。
(A)資本主義は資本の有機的構成を高度化させる性質を持つ
⇒(4)需要構造の変化により1部門の利潤率が相対的に上昇
⇒(B)1部門の成長率が相対的に高くなる。
⇒(C)部門構成が高度化する。
第一節で示したレーニン表式の問題点である「(A)⇒(B)」の論証の媒介
項として,利潤率均等化法則が採用されたのである。
4.結論
以上の考察から,我々は次のような結論を得た。第一に,「1部門の優先的
発展法則」の論証を試みた従来の諸説がその目的を達成しえていない根本的な
原因は,資本の有機的構成高度化が蓄積率,あるいは成長率に与える影響の解
明に失敗していることにある。その意味で,従来の諸説はレーニン表式に体す
る高須賀氏の指摘を克服し得ていない。それは,蓄積率,成長率をその内部で
決定する論理を持たないマルクスの表式を前提にする限り不可能であろう。し
「1部門の優先的発展法則」の論証
95
たがって,この法則の論証にあたっては,蓄積率あるいは成長率をその内部で
決定するメカニズムが存在するモデルを用いなければならない。それは,資本
の有機的構成高度化を導入した蓄積方程式体系である。第二に,蓄積方程式体
系を展開した結果,資本の有機的構成高度化は1部門の利潤率を相対的に上昇
させ,1部門への資本移動を引き起こし,部門構成を高度化させる。そして,
その蓄積軌道は,1部門の優先的発展を伴う均衡蓄積軌道に収敏する傾向をも
つ。すなわち,「諸資本の競争」に基づく利潤率均等化法則により「1部門の
優先的発展法則」が成立するのである。それは資本に内在した実態的根拠を持
つ法則である。レーニンの論証方法には問題があったが,命題そのものは真で
あった(22)。
このように,資本主義経済においては,技術革新による需要構造の変化が部
門間利潤率格差を発生させることによって産業構造が変化するメカニズムが存
在している。すなわち,必要性論理説や部門構成存在範囲高度化説において部
門構成高度化の必要性が示されたが,それが必然性に転化する根拠は「諸資本
の競争」に基づく利潤率均等化法則にあるのである。このような法則が内在し
ているからこそ,個々の生産主体が利潤を追及し無政府的に生産を行う経済シ
ステムであるにもかかわらず,資本主義経済は体制として成立し得るのであり,
拡大再生産が可能となるのである。
しかし,現実には,そのメカニズムは景気循環を通じて機能する。そこで,
本稿の論理レベルを一歩進め,景気循環の過程を解明することが今後の課題と
なろう。
[注]
(1) もちろん,技術革新と資本の有機構成の関係は単純に規定できない。
たとえば,資:本の有機的構成(=ir。)は次のように表すことができる。
irn=iCn/iVn= (iCn’iWn)/(iVn’2Wn)
= (IWn/2Wn)’(iCn/iVn)
1W。, ,W。は生産財,消費財それぞれの単位価値, LC。は投下された
生産手段の量,iV。は実質賃金である。また,実質賃金を投下労働時間
(=iL。)と実質賃金率(・= Rn)で表せば,
iVn=iLn’Rn
これを上の式に代入すると,
irn = (iWn/2Wn)’(iCn/iLn)’(1/Rn)
96
一橋研究 第17巻第4号
ここで,技術:革新と資本の有機的構成の関係として二つの問題が考えら
れるであろう。
第一に、技術革新のタイプとして,労働1単位あたりの生産手段の量
(=iC。/iLn)を増大させるタイプと,減少させるタイプの二種類があ
るということである。確かに,個々の時点でみると,どちらが優勢である
かは判定はできない。ただし,長期的な観点による経験的事実として,前
者が優勢であることは明かであろう。したがって,技術革新により労働1
単位あたりの生産財の量が絶えず増大することを仮定しても可能であろう。
第二に,このような仮定をおくとしても,生産財と消費財の単位価値の
比率(=lw。/2w。)や実質賃金率(=R。)の変化によっては,資本の
有機的構成が高度化しないことも有り得るということである。この問題に
ついては,ここで簡単に結論を与えることは不可能である。
このように,本稿の前提である資本の有機的構成の高度化そのものにっ
いてはさらなる考察が必要であろうが,それは腹稿に譲りたい。
(2) レーニン「いわゆる市場問題について」「レーニン全集1』大月書店,
1953年,p.80∼82。ただし,レーニンの計算ミスはここでは本質的な問題
ではないので,そのまま利用している。
(3) 高須賀義博「再生産表式分析」新評論1968年,p.142
(4) この問題に関する論争を詳しく検討した論文として,浅利一郎「資本の
有機的構成高度化にともなう1部門の不均等発展について」(静岡大『法
経研究』第27巻2号,1979年),良永泰平「第一部門の優先的発展をめぐ
る論争について」(「一橋研究』第9巻2号,1984年)等がある。本稿に
おける論争分類の方法や問題点の把握に関しては両氏の指摘に依拠してい
る箇所が多い。
(5) というよりも,再生産表式が登場する「資本論』第二部第三編において
は利潤概念が確立されていないし,また,その必要もない。
(6) この立場の論者は,滝田和夫氏(「拡大再生産と1部門の不均等発展」
「一橋論叢」第79巻3号,1978年),高木両氏(『再生産表式の研究」ミ
ネルヴァ書房,1973年)等である。
(7) 再生産表式の基本体系(い)と(う)より,
AiCn十 Ai Vn==iqn’iMn
これを成長率の定義式(i9,;4K。/iK。)に代入して整理すると,
ign== AiKn/;Kn
== (AiCn+AiVn) / (iCn+iVn)
=iqn’iMn/ (iCn+iVn)
=iqn’iMn/ (irn十1)
さらに,再生産表式の基本体系(か)を代入し,成長率を利潤率と蓄積率
を用いて表せば,
ign=iqn’iPn
「1部門の優先的発展法則」の論証
97
これより,部門間資本移動を考慮しない限り,利潤率一定の場合には蓄積
率を一定にすると成長率も一定となる。
(8) 本稿では利潤率の傾向的低下法則を前提にする。この法則に関して論争
のあるところであるが,その検討については別稿に譲りたい。
(9)総資本の有機的構成:.r。は,次のように表される。
.rn= (1Cn十2C。)/(1V。+2V。)
bn’irn (2 rn+ 1) + (i rn+ 1)
bn (z rn十1) 十 (i rn十1)
これにより,総資本の平均的有機的構成は各部門の資本の有機的構成と部
門構成に依存していることがわかる。
(10)滝田 前掲p.359
(11) 高木 前掲p.274
(12) この立場の代表的な論者は高須賀義博氏(前掲書),吉原泰助氏(「拡
大再生産表式と生産力展開」 『商学論集」第41巻第7号,1974年)である。
ただし,高須賀氏は「必要性」を主張されているだけであって「必然性」
は主張されていない。
(13)吉原 前掲p.25
(14) この立場の論者は,浅利一郎氏(前掲論文),島岡光一氏(「生産手段
部門優先的発展法則論証の一つの試み」「埼玉大学紀要・教育学部』第21
巻,1972年),長谷部勇一氏(「技術進歩にともなう第一部門の優先的発
展法則について」 「一橋研究』第6巻第2号,1981年)等である。
(15) 長谷部氏(前掲論文)は,この問題を実証分析によって解決しようとさ
れている。しかし,実証分析によって解決可能であるならば,そもそも1
部門の優先的発展を実証分析手で示せば事足りるはずである。そうではな
くて,我々の課題は,現実の経済の表象に現れている1部門の不均等な拡
大が「法則」たり得るか否か,その根拠を原理的に示すことにあるのでは
なかろうか。
(16) 部門構成存在範囲を示す式は各論者によって若干異なっている。ここで
は,それぞれ詳しく紹介しないが,上限の取扱いについてのみ触れておき
たい。
まず,浅利氏(前掲論文)と長谷部氏(前掲論文)は上限の動向につい
て検討されていない。 (にもかかわらず,長谷部氏にあっては上限が上昇
することを結論されているようだが・……・・。前掲論文図1を参照。)これ
では,部門構成の存在範囲が上昇しているかどうか判断できないのではな
かろうか。次に,島岡氏であるが,氏は部門構成の上限を「総資本の平均
的有機的構成」とされていて,各部門の資本の有機的構成高度化にともな
い,総資本の平均的有機的構成が「全体として増大することも明かである」
(前掲論文,p.53∼54)とされている。しかし資本の有機的構成が高度化
98
一橋研究 第17巻第4号
したとしても,総資本の平均的有機的構成が必ずしも高度化するとは限ら
ない。後者は部門構成にも依存しているのである(注9を参照)。我々は
部門構成の動向について考察しているのだから,総資本の平均的有機的構
成が高度化することを前提にすることはできないであろう。
(17)ただし,筆者の考えは,マルクスの再生産表式においても価値どおりの
「実現」を前提にすべきではない,というものではない。その逆である。
というのも,再生産表式が用いられて分析が行われている「資本論」第二
部第三編の課題は, 「生産中に消費される資本はどのようにしてその価値
を年間生産物によって補填されるのか,また,この補填の運動は資本家に
よる剰余価値の消費および労働者による労賃の消費とどのようにからみ合っ
ているか」(「資本論 第2巻』大月書店,p.483∼p.484)ということで
あり,生産物の「実現」を問題にする必要がないからである。むしろ,価
値どおりの「実現」を前提にしたうえで,そのような「補填」や「からみ
合い」が分析されるべきなのである。その意味で,マルクスの再生産表式
はむしろ合理的であるといえる。
(18) 拙稿「均等的均衡蓄積軌道の成立メカニズムについて」「一橋論叢」第
106巻第6号,1991年
(19)本節では, iC。, iV。が価値ではなく市場価格で表されるため,厳密
にいえば, iC。/,V。, iMn/,V。が,それぞれ,本来の意味での資本
の有機的構成や剰余価値率を表せなくなる。したがって,この問題を解決
するために更なるモデルの改良が必要であると考えているが,今後の課題
としたい。
(20) まず,資本の有機的構成の高度化のあり方であるが,例えばレーニンの
ように,資本の増加部分の有機的構成を高度化させるモデルもあるが,本
稿では,投下資本全体の資本の有機的構成が高度化するものとする。その
方がより一般的であると思われるからである。次に,剰余価値率に関して
は,資本の有機的構成高度化は生産性の上昇を伴っていると考えられるか
ら,相対的剰余価値生産によって剰余価値率が上昇することにする。
(21) まず,平均利潤率を、P,とすると,
*Pn= (i nn+2nn)/(i Kn+2Kn) =(iMn+2Mn)/(i Kn+iKn)
=Mn/ (,rn十1)
ところで,総資:本の平均的有機的構成(一.r。)は必ず次の範囲に存在す
る。
if irn〈2rn D irn〈*rn〈zrn
if irn>2r. D irn>.rn>2rn
これより, .P。は必ず次の範囲に存在する。
if irn〈2rn =〉 Mn/(2rn十1) 〈.Pn〈Mn/(irn十1)
if irn>zrn =〉 Mn/(2rn+1) 〉.Pn>Mn/(irn+1)
そこで, .P。が傾向的に低下することを示すためには,その存在範囲が
「1部門の優先的発展法則」の論証
99
低下することを示せばよい。というのも,この不等式は.P。とir,の定義
から導き出されたものであり,この関係は必ず成立するからである。(と
ころが,部門構成存在範囲高度化説において,部門構成の存在範囲はその
定義から導き出されたものではなく,拡大再生産可能な部門構成の範囲が
示されたのである。よって,その範囲内に部門構成がおさまる保障はない。)
したがって,平均利潤率の存在範囲が低下するためには,ある次期以降
において次の不等式が成立しなければならない。
rnt/(irt十1)〉工nt÷且/(irt+1一ト1)
これに,⑮と⑯を代入して成立すると,
u 〈
r,.e
Ir1一ト1/(θ一ト/)n−1
この不等式において,右辺の値はnが大きくなるにしたがって増大し,θ
に限りなく接近する。したがって,
pt〈e
という関係を前提にするのである。
ちなみに,利潤率低下法則を前提にしなければ蓄積方程式体系において
「1部門の優先的発展法則」が論証しえない,ということはない。しかし,
前節の主張と一貫性をもたせるためにこの前提が必要となる。
(22) さらに,このことから,富塚氏の「均衡蓄積軌道」概念が拡張されるこ
とになる。周知のように,富塚氏は「実現を制約する基本原則」という観
点から,「生産力水準不変の場合………部門構成もまた原則として不変で
ある」(富塚良三「増補 恐慌論研究」未来者,1962年,p.89∼p.90)と
いう命題を提起されていて,筆者は前掲拙稿においてその命題を論証した。
そして今度は,本稿において,資本の有機的構成高度化に対応して部門構
成が上昇することによって均衡が達成されることがわかった。すなわち,
生産力水準上昇≒資本の有機的構成高度化のもとでは,すべての商品の
「実現」が可能となる条件として,部門構成も高度化しなければならず,
そして,その条件は利潤率均等化法則により成立するのである。