本文PDF - J

『法 華 経 』梵 本 に於 け る関係代 名詞 の
用 例 に つい て
引
田 弘
道
I
『法 華 経 』 梵 本 に於 け る関 係 代 名 詞 の 用 例 の う ち, 特 に, 原 因 ・理 由 ・目的 等
の意 味 を含 み, 関係 文 が 後 置 さ れ相 関辞 を持 た な い例 文 が幾 つ か認 め られ る1)。
しか もそ れ らは他 の大 乗 経 典 よ りもあ る程 度 ま と ま った形 で散 見 され,
しか も こ
の 経 の前 半 部 と後半 部 とで は少 し くそ の使 用 に相 違 が あ る よ うに思 われ る の で あ
る。 それ 故 本 稿 は, 『法 華 経 』 に現 わ れ る この 関 係 代 名 詞 の 用 例 を 探 し 出 し, 他
の大 乗 経 典 と比 較 す る こ とに よ り, 当経 に現 わ れ る用 例 の特 徴 を 旧来 述 べ られ て
い る この経 中 の諸 品 の成 立 史 的 研 究2)に則 つ て考 察 す る こ と を 目的 とす る も の で
あ る。
先 ず, 『法 華 経 』 に於 け る用 例 を ネ パ ー ル本3)を底 本 と し, 中央 ア ジ ア本4)(T.),
ギ ル ギ ッ ト本(W.)5)と
対 照 しな が ら, 主 文 の み 示 す と次 の如 くで あ る。
sadhu sadhu mahakasyapa
sadhu khalu punar yusmakam
kasyapa
yad yuyam......
(p. 121, ll. 2-3, T. yad, W. yad)
aho bataham
bataham
mudho yo
mudho
yo 'ham......
'ham…
…(p.134,
(p. ll.9-106),
134, ll.
aho
bahavas casya sravaka bhavisyanty
yesam,
T.な
aparimana
し6),
yesain na......
W.yo)
(p. 148, 11. 13-14, T.
W.ya欠d)
ascaryam bhagavan
sambuddhah
ascaryam sugata parama-duskaram
kurvanti
ya imam......(p.
atyayam vayam bhagavan
desayamo
tathagata arhantah samyak-
199, ii. 5-8, T. yad, W. Yo)
yair
asmabhir......
(p. 210, ii. 1-2, T. yebhir
W.欠)
etad
bala-jatiyas
vayam
aparimitams
jlvamo
kalpams
yesam,
W.欠)
sadhu
sadhu……
sadhu
khalu
し, W.な
tvam
kscchram
bhoh
puruda
tasya…
tvam
tvam……(p.211.
…(p.211.
…bhavisyanti
欠 落(p.240.1.3.
punas
yas
ye7) vayam…
bhagavan
T.
yad,
sakyamune
し)
-763-
Z.5,
ZZ.10-11,
yesam
kalpanam
T.
T.ya(s).
ye,
W.欠)
W.欠)
(P.216.11.11-13,
T.
W.欠)
yas
tvam…
…(p.249.
ZZ.7-8,
T.な
(108)
『法 華 経 』 梵 本 に於 け る関 係 代 名詞 の 用 例 につ い て(引
sadhu sadhu mahavira
anumodamahe
田)
vayam svakara yena to (p. 302, ll. 4-5, T. yat,
W. yena)
sadhu sadhu kulaputra ye yuyam......(p.
sadhu sadhv a jita......yat
distyasi
tata
ksema-svastibhyam
308. ii. 1-2, T. yatha, W. yas)
agato yas
sadhu sadhu bhaginyo yad yuyam......
sadhu sadhu......yat
302, ii. 9-10, T. (yad), W. yad)
tvam......(p.
tvam……(p.321.Z.10,
T.欠,
W.yas)
(p. 402. 1. 14-p. 403 1. 2, T. (ya) d, W. yad)
tvaya (p. 419. 1. 10- p. 420. 1. 1, T. yas, W. yas)
以 上 の 例 よ り, 先 ずsadhusadhuと
半 部 に 集 中 し て 認 め ら れ,
い う主 文 以 外 の 例 は 主 と し て 経 の 前
そ こ で 用 い ら れ る 関 係 代 名 詞 の 性 ・数 ・格 は 後 続 す る
名 詞 ま た は 代 名 詞 の そ れ と一 致 し て い る こ と が 分 る 。 し か も こ の 関 係 代 名 詞 の 形
は 完 全 で は な い に せ よ, 三 本 と も ほ ぼ 一 致 し て い る 。 そ れ 故 こ れ ら の 用 例 は か な
り早 く よ り統 一 さ れ た 形 で 整 理 さ れ た と 言 え よ う 。 一 方,
例 は 主 に 経 の 後 半 部 に 多 く認 め ら れ,
統 一 を み な い もの の 主 にyatで
が 欠 如 し て い る も の(p.387.ll.5-6,
P.459.Zl.7-8),
yatra
430, l.13-p.431, l.2,
hi namaに
sadhu
sadhu…
…の用
し か も こ こ で 用 い ら れ る関 係 代 名 詞 の 形 は
あ る ことが 分 る。 ま た こ の 用 例 に は 関 係 代 名 詞
P.397, ll.5-6,
P.407.Z.1-P.408.Z.1,
置 換 さ れ て い る も の(P.421,
p.499, l.10-p.480.l.1)が
1l.14-16,
P.
あ り, こ の 不 統 一 さ は 大
い に疑 問 を呼 ぶ と ころ で あ る。 そ れ故 この用 例 を 中心 に他 の 大 乗 経 典 を調 べ て み
よ う。
II
始 め に,
と,
こ の 用 例 が 一 番 頻 繁 に 認 め られ る 梵 本 『八 千 頽 般 若 経 』8)を調 べ て み る
こ の 用 例 の 主 文 は ほ ぼ 以 下 の 四 例 に ま と め ら れ る 。 即 ち,
(1)
s.adhu sadhu subhute, yas tvam......(p.
95. ll. 18-19)
(2)
labha me parama-sulabdhah, yasya me....... (p. 255, ll. 24-25)
(3)
duskara-karakah
subhute bodhisattva mahasattvah, ye......
(p. 146, ll. 26-
31)
(4)
ascaryam bhagavan syad yad enam......(p.
109, ii. 27-29)
これ らは 勿論 全 く同一 の文 で は な い もの の, ほ ぼ 同 じ よ うな型 を持 つ もの で あ
り, そ の うちで も特 に(1)の
型 を もつ もの が 圧 倒 的 に多 い 。
一方, 初 期 の成 立 と され る, 梵 本 『大 無 量 寿 経 』 に於 い て9)も こ の 関 係 代 名 詞
の用 例 は二, 三 認 め られ るが, そ の主 文 は相 関 辞 が あ る形 で し か認 め られ ず, し
-762-
『法 華 経 』 梵 本 に於 け る関 係 代 名 詞 の用 例 に つ い で(引
か も 先 の 主 文(1)の
bahujana-hitaya
田)
(109)
型 は な い 。 例 え ば,
tvam ananda pratipanno
janakayasyarthaya
222, 11. 14-16)
bahujana-sukhaya
lokanukampayai
hitaya sukhaya devanam ca manusyanam
mahato
ca, yas tvam......(p.
amity casya prabha yasya (p. 233, 1. 26)
pasya a jita kiyat sulabdha-labhas
to sattva ye......
(p. 251, ii. 9-10)
さ ら に 他 の 大 乗 経 典 を 調 べ て み る に, 先 に 挙 げ た 主 文(1)の
分 を 占 め て お り, し か も, 後 期 の 作 と さ れ る 経 典 に は,
型 の用例 が大 部
この 型 以 外 の 例 は殆 ん ど
認 め られ な い。
例 え ば,『 十 地 経 』(p.2, ll.9-10),『
護 国 尊 者 所 問 経 』(p.9.l.15-p,
『金 光 明 経 』(p.98.l.18-p.99.l.1),『
入 樗 伽 経 』(p.146.ll,
1-5),『 薬 師 璃 璃 光 如 来 本 願 功 徳 経 』(p.173.ll.4-610))に
… … の 用 例 が認 め られ る
10.l.1)
1-4, p.150, ll.
は こ のsadhu
sadhu
。
こ の よ う に 他 の 大 乗 経 典, 特 に 後 期 の 成 立 と さ れ る も の に 於 い て は,
代 名 詞 の 用 例 は 前 述 し た 如 く主 文(1)の
但 し, Avadana6ataka
や
Jataka
この関 係
型 が 主 流 を 占 め て い る と 言 え よ う。
Mala等
大乗経典以外 の 梵語仏典 に於 い て
は11), 例 え 成 立 が 新 し い と さ れ る も の で も こ の 定 型 句 化 し な い 主 文 を 持 つ 関 係 代
名 詞 の 用 例 は 認 め ら れ る 。 し か し な が ら 大 乗 経 典 に の み 限 定 す る な ら ば, 後 期 に
な る 程 定 型 句 化 し た 主 文 を も つ 用 例 が 大 半 を 占 め て い る と 言 え よ う。 そ れ 故,
『法 華 経 』 は 「如 来 寿 量 品 」 辺 りを 境 い と し て, 前 半 の 非 常 に 文 学 的 価 値 の 高 い
も の と, 後 半 の 他 の 後 期 大 乗 経 典 に 共 通 す るsadhu
sadhu…
… と い う定 型 句 し か
持 たな い もの に 分 け られ るの で は な い か と思 わ れ るの で あ る。
以上
1)
Speyer, Sanskrit Syntax, §.458.
2)
布 施 浩 岳 『法 華経 成 立 史 』 ・金 倉 円 照 編 『法 華経 の 成 立 と展 開』 等 。
3)
4)
Kern and Nan jio, Saddharmapundarika
Hirofumi Toda, Saddharm apundarikasutra, Central Asian Manuscripts, Tokushima, 1981
5) Shoko Watanabe, Saddharma-pundarika Manuscripts found in Gilgit, Tokyo, 1975
6)「
な し 」 は 関 係 代 名 詞 が 用 い ら れ て な い こ と,
「欠 」 は 当 該 箇 所 が 欠 落
し て い る こ と
を 示 す 。
7)
但 しPetrovskiを
9)
Sukhavativyuha,
10)
す べ てVaidya
11)
Maha
32, l.8(15);
Vastu,
採 用
8)
vistara-matrka
Astasahasrikaprajnaparanita-s.,
(Mahayana-samgraha)
ed.byvaidya,
ed.
by
Vaidya.
ed.
vol.1,
p.226,
ll.14-15;
Avadanas Sataka(31)p.79, ll.11-12等
-761-
Saundarananda
XII-21;
。(東
Jataka
Mala
京 大 学 大 学 院)
p.