InPベーススピントロニクスを目指した 室温強磁性

InPベーススピントロニクスを目指した
室温強磁性材料に関する研究
平成26年2月
大前
洸斗
長岡技術科学大学大学院工学研究科
情報・制御工学専攻
本論文の要旨
本論文は、近年注目を集めている電子の電荷とスピンの両方を制御する半導体スピ
ントロニクスの実現を目的として InP 基板上への室温強磁性材料 Mn-doped ZnSnAs2
(ZnSnAs2:Mn)と閃亜鉛鉱型 MnAs(zb-MnAs)のヘテロエピタキシャル成長に関す
る研究をまとめたものである。半導体スピントロニクスでは電界効果トランジスタにお
いて2次元チャネル中をスピン偏極したキャリアが走行するスピントランジスタの作
製をゴールのひとつにおいている。この2次元チャネルは Datta と Das により提案さ
れたものであるが InAlAs と InGaAs のヘテロ界面を想定している。InAlAs と InGaAs
は InP 基板と格子整合するためスピントランジスタは InP 基板上で実現するものと予
想される。スピン偏極キャリアは強磁性ソース電極から注入され、強磁性ドレイン電極
でスピンの向きを検出される。この電極として ZnSnAs2:Mn と閃亜鉛鉱型 MnAs は有
望な材料である。それ故に、InP 基板上に強磁性体を成長する意義は非常に大きい。
第1章では、序章として本研究の背景と目的を述べる。まず半導体スピントロニク
スの研究背景を述べ、その後、希薄磁性半導体 ZnSnAs2:Mn とハーフメタリック強磁
性と予測されている zb-MnAs について、これまで報告されている物性について紹介す
る。この2つの材料のキュリー温度は室温以上であるため実用の面で有望な材料と考え
られる。しかし ZnSnAs2:Mn については基礎物性についての報告が十分ではなく応用
についての報告も少ない。zb-MnAs については GaAs 基板上では数件の作製報告があ
るものの InP 基板上では存在しない。本研究では、InP(001)基板上に ZnSnAs2:Mn 薄
膜を分子線エピタキシー(MBE)法により作製し、結晶構造、磁気特性、電気的特性、
応用としての巨大磁気抵抗効果について調べることを目的とした。zb-MnAs について
は MBE 法を用いて InP(001)基板上に zb-MnAs 薄膜を作製することを目的とした。
第2章では、試料の結晶成長で用いた MBE 法の概要、X 線回折法による結晶構造
評価、ホール測定による磁気輸送測定について、基本的な原理と測定方法について記述
した。
第3章では、ZnSnAs2:Mn 薄膜の結晶成長と構造特性について述べる。Mn 濃度の
増加とともに結晶欠陥が導入されること、Mn 濃度が 10%を超えると強磁性金属である
NiAs 型六方晶 MnAs が析出することを明らかとした。
第4章では、ZnSnAs2:Mn 薄膜の磁気輸送特性について述べる。ZnSnAs2:Mn に
おいて初めて異常ホール効果を観測した。また磁気抵抗効果について議論した。これに
より ZnSnAs2:Mn の磁性とキャリアの伝導が相互作用しており、伝導キャリアがスピ
ン偏極していることが明らかとなった。
第5章では、MnAs/ZnSnAs2/ZnSnAs2:Mn の積層構造を InP(001)基板上に作製し
た。この試料をウェットエッチングで加工して磁気抵抗効果を測定した。その結果、巨
i
大磁気抵抗(GMR)効果が ZnSnAs2:Mn 層を用いた構造で初めて観測された。これに
よりスピン偏極キャリアを注入および検出するための電極としてデバイス応用できる
可能性が明らかとなった。
第6章では、InP(001)基板上への zb-MnAs 薄膜の作製、構造特性、磁気特性につ
いて記述する。成長温度、成長後の熱処理での結晶構造の変化を明らかとした。これに
より InP 基板上で zb-MnAs 薄膜を作製できることが明らかになった。
第7章では、本研究全体の総括を述べる。本研究により、MBE 法による InP(001)
基板上での ZnSnAs2:Mn の半導体スピントロニクス応用の可能性が示された。特に異
常ホール効果の観測による磁性と伝導の相互作用が示したこと、巨大磁気抵抗効果が観
測されたことは大きい。ZnSnAs2:Mn のカチオンサイトに対する Mn 濃度を 100%にし
た zb-MnAs が InP 基板上で作製できる可能性を示したことは、ハーフメタリック材料
を InP 基板上で作製できることを示している。これは Datta-Das 型スピントランジス
タを実現させるとき、高効率のスピン注入が実現できることを示しており、InP 基板上
でのスピントロニクスが期待できる。
ii
目次
第1章 序章.
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1-1 本研究の背景.
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.........1
1-1-1
半導体スピントロニクスの背景...
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.1
1-1-2
半導体へのスピン偏極キャリア注入.........
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.2
1-1-3
スピントランジスタ.
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.4
1-1-4
ZnSnAs2:Mn について...
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...6
1-1-5
閃亜鉛鉱型 MnAs について.....
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..10
1-2 本研究の目的と論文構成.
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.......13
第2章 実験方法.
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.15
2-1 分子線エピタキシー法とその成長原理.
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.15
2-1-1
MBE 装置について.
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.15
2-1-2
フラックス測定.....
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.16
2-1-3
InP 基板.
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.18
2-2 X 線回折法.
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.20
2-3 電気的特性評価.........
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.......21
2-3-1 装置の構成.
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.......22
2-3-2 抵抗率測定.
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.......23
2-3-3 Hall 効果測定.....
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.24
第3章 ZnSnAs2:Mn 薄膜の構造特性...
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.26
3-1 はじめに.
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.......26
3-2 実験方法.
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.......27
3-3 実験結果.
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.......27
3-3-1
ZnSnAs2:Mn の組成比...
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.27
3-3-2
XRD 2θ/ω スキャン.
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.28
3-3-3
透過型電子顕微鏡観察.....
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.31
3-3-4
逆格子マップ測定...
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.33
3-4 本章のまとめ.
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.......38
第4章 ZnSnAs2:Mn 薄膜の磁気輸送特性...
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.39
4-1 はじめに.
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.......39
4-2 異常ホール効果.........
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.......39
iii
4-3 Khosla-Fischer の半経験的モデル...
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........40
4-4 実験方法.
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.......41
4-5 実験結果.
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.......45
4-5-1
異常ホール効果.....
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.45
4-5-2
磁気抵抗効果.......
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.47
4-6 本章のまとめ.
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.......49
第5章 ZnSnAs2:Mn を用いた巨大磁気抵抗効果....
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.50
5-1 はじめに.
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.......50
5-2 巨大磁気抵抗効果.
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.......51
5-3 実験方法.
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.......53
5-4 実験結果.
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.......55
5-5 本章のまとめ.
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.......61
第6章 zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価....
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.62
6-1 はじめに.
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.62
6-2 試料について.
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.......63
6-3 実験結果.
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.64
6-3-1
MnAs 薄膜の結晶構造に対する成長温度依存性.....
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.64
6-3-2
透過型電子顕微鏡観察.....
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.70
6-3-3
逆格子マップ測定...
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.72
6-3-4
MnAs 薄膜の結晶構造に対する熱処理効果...
......
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.76
6-3-5
zb-MnAs 薄膜の磁気特性.
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.81
6-4 本章のまとめ.
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.83
第7章 総括.
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.84
謝辞...
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.86
参考文献.
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.......87
研究業績.
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.......92
iv
略語

AMR:
anisotropic magnetoresistance、異方性磁気抵抗

BEP:
beam equivalent pressure、ビーム等価圧力

DOS: density of state、状態密度

EPMA:

fcc:

GMR: giant magnetoresistance、巨大磁気抵抗

hcp: hexagonal closed packed、六方稠密

HR:

K セル: Knudsen cell、クヌーセンセル

MBE:

MR: magnetoresistance、磁気抵抗

n-MnAs:

PBN:

RHEED: reflection high energy electron diffraction、反射高速電子線回折

SQUID: superconducting quantum interference device、超伝導量子干渉素子

TMR:
tunnel magnetoresistance、トンネル磁気抵抗

VSM:
vibrating sample magnetometer、振動試料磁力計

XRD: X-ray diffraction、X 線回折

ZnSnAs2:Mn: Mn-doped ZnSnAs2、Mn ドープ ZnSnAs2

zb-MnAs:
electron probe X-ray microanalysis、電子線マイクロアナライザ
face-centered cubic、面心立方
high-resolution、高分解能
molecular beam epitaxy、分子線エピタキシー
NiAs type hexagonal MnAs、NiAs 型六方晶 MnAs
pylolytic born nitride、熱分解窒化ほう素
zinc-blende type MnAs、閃亜鉛鉱型 MnAs
v
第1章
序章
第1章
序論
本論文は、近年注目を集めている半導体スピントロニクスの実現を目的
とした InP 基板上への室温強磁性材料 Mn-doped ZnSnAs2(ZnSnAs2:Mn)と
閃亜鉛鉱型 MnAs(zb-MnAs)のヘテロエピタキシャル成長とその特性を評価
し、InP スピントロニクスへの応用に関する研究をまとめたものである。半導
体スピントロニクスではスピン偏極キャリアを注入・検出する強磁性体が要求
される。前半ではこの強磁性体として ZnSnAs2:Mn の結晶構造特性と磁気輸送
特性について、後半では zb-MnAs の作製について述べる。
1―1
本研究の背景
1―1―1
半導体スピントロニクスの背景
これまでの高度情報化社会では、コンピュータ
分野において半導体デバイス、発光ダイオードやレ
ーザーダイオードを代表とする半導体光デバイス、
光通信を可能とした光アイソレータを代表とする
磁気光学デバイス、さらにハードディスクドライブ
を代表とする磁気記録において金属スピントロニ
クス1が発展してきた。これからもますます発展す
る情報化社会において、半導体スピントロニクス
デバイスが注目されている。
図 1-1 スピントロニクスの概念図
図 1-1 にスピントロニクスの概念図を示す。スピントロニクスでは、エレクトロニ
クスで利用されてきた電子の電荷のみでなく新たに電子の自由度のひとつであるスピ
ンも利用することで新規のデバイス創成を目指す分野である。特に磁性体中のスピン依
存輸送が応用の対象となるが、さらにスピントロニクスには半導体の光デバイスも加わ
る。実際の応用では、巨大磁気抵抗(GMR)効果やトンネル磁気抵抗(TMR)効果を
1
スピトロニクスの他に、スピンエレクトロニクスやマグネトエレクトロニクスとも呼
ばれる。
-1-
第1章
序章
利用した素子は市場において大きな成果をあげている。
現在は強磁性金属材料が主役となっているが、スピントロニクスを半導体デバイスに応
用する動きが近年活発になっている。これを半導体スピントロニクスと呼ぶ。そのデバ
イス応用としてスピントランジスタ [1]などがあげられる。そのような素子には半導体
にスピン偏極キャリアを注入しそれを検出する強磁性電極材料が必要である。強磁性金
属電極では半導体とのインピーダンス・ミスマッチによりスピン偏極キャリアの注入効
率がよくないと報告されている。そのため強磁性電極として希薄磁性半導体とハーフメ
タリック強磁性体が要求されている。これらの材料には、既存の半導体デバイスとの融
合のため、既存の半導体基板上にエピタキシャル成長できることが望ましい。
希薄磁性半導体は、半導体的特性と磁性を併せ持つ材料のことである。Si、GaAs、
InP 基板上にエピタキシャル成長させる上で結晶構造的に有利である閃亜鉛鉱型の半
導体に Mn などの遷移金属を添加した材料で研究が盛んに行われている。例として
GaMnAs [2]や InMnAs [3]がある。また、CdMnGeP2 [4]など閃亜鉛鉱型と類似の結晶
構造をもつ II-IV-V2 族の希薄磁性半導体の研究も行われている。
ハーフメタリック材料は強磁性状態での状態密度がアップスピンに対して金属、ダ
ウンスピンに対して絶縁体である材料である。そのためスピン偏極率が 100%である。
そのような材料として閃亜鉛鉱型 CrAs [5]や zb-MnAs [6] [7] [8]が理論的に期待されて
いる。これらは六方晶型が安定構造であるが、非平衡な成長である分子線エピタキシー
(MBE)法によりエネルギー的に準安定な閃亜鉛鉱型を作製可能ではないかと考えら
れている。しかし結晶成長条件を揃えることが困難であるため実験により作製できたと
いう報告は少ない。
1―1―2 半導体へのスピン偏極キャリア注入
[9]
半導体スピントロニクスでは強磁性電極から半導体へスピン偏極キャリアを注入
できることが応用面で重要がある。いま図 1-2 に示す強磁性体と半導体の接合におけ
るスピン注入効率を考える。この構造は同図に示す等価回路に置き換えることができる。
つまりメジャースピン(↑)とマイナースピン(↓)に偏極した電流が流れるパスが異
なると考える。この等価回路に電圧 V を印加する。2つの強磁性電極が同じであると
改定すると印加電圧は、
(1-1)
-2-
第1章
序章
図 1-2 強磁性体/半導体接合とその等価回路
と表される。ここで R↑と R↓は各スピン回路の抵抗である。これらは2つの強磁性電極
の抵抗 r↑と r↓、半導体の抵抗 rSC を用いて、
、
(1-2)
と表すことができる。ここで r↑と r↓は強磁性体の抵抗 rFM と抵抗に対するスピン依存
度 β を用いると以下のようになる。
、
(1-3)
スピン注入効率 α は以下の式で表される。
(1-4)
ここで I↑はメジャースピンの電流、I↓はマイナースピンの電流である。
スピン偏極キャリアを生成、注入、検出するための強磁性電極材料として強磁性金
属を考える。金属と半導体の接合間の抵抗率の違いから rFM/rSC は~10-4 となる。また強
磁性金属中での β は~0.5 程度であるからスピン注入効率 α は約 0.01%と非常に小さな
値となる。そのため、強磁性金属は半導体へのスピン注入用電極として相応しくない。
次の候補としてハーフメタル電極を考える。rFM/rSC は金属強磁性体と同じく~10-4 であ
るが、ハーフメタリックではマイナースピンが存在せず、伝導を担う電流は全てメジャ
ースピンに偏極しているため β は 1 と仮定できる。この条件では I↓が 0 となるので α
は 100%となる。第3の候補として希薄磁性半導体がある。この場合、半導体と半導体
の接合となるため rFM/rSC は~1 になる。β を金属と同じく~0.5 と仮定すると、α は~36%
と見積もられる。従って、半導体にスピン偏極キャリアを注入するための電極としてハ
-3-
第1章
序章
ーフメタリック材料と希薄磁性半導体が望まれる。
表 1-1 強磁性金属、ハーフメタル、希薄磁性半導体電極による半導体へのスピン注入
効率
強磁性体の抵抗の
接合の種類
rFM/rSC
強磁性金属/半導体
~10-4
~0.5
~0.01%
ハーフメタル/半導体
~10-4
~1
~100%
希薄磁性半導体/半導体
~1
~0.5
~36%
スピン注入効率 α
スピン依存度 β
1―1―3 スピントランジスタ
スピントロニクスにおけるキーデバイ
二次元電子チャネル
スに Datta と Das により考案されたスピン
強磁性ソース
ゲート
InAlAs
強磁性ドレイン
トランジスタがある [1]。模式図を図 1-3 に
示す2。素子構造は半導体ヘテロ接合の二次
元電子ガスをチャネルとした電界効果トラ
i-InAlAs
ンジスタであるが、ソース・ドレイン電極に
図 1-3 スピントランジスタの模式
強磁性体を用いる。動作原理は強磁性体ソー
図
ス電極からスピン偏極した電子を二次元電子ガスチャネルに注入し、二次元電子ガスの
スピン軌道相互作用によって注入された電子スピンの向きを回転させ、強磁性体ドレイ
ン電極の磁化の向きとの角度を変化させることによって、チャネル電流を変調させるも
のである。従って半導体二次元電子ガスとしてスピン軌道相互作用の強い狭ギャップ半
導体を用いることが必要がある。狭ギャップ半導体の2次元電子ガス中では磁場がゼロ
であってもスピン分裂が起こる。
これは有効ハミルトニアン内の Rashba 項 HR にある。
(1-5)
この Rashba 項はヘテロ接合の界面において垂直方向からの電界により生じる。
Rashba 項は異なる波数ベクトル k1 と k2 をもつ同じエネルギーの+z に偏極した電子と
-z に偏極した電子に起因すると考えることができる。
動く状態を考えると、Rashba 項 HR は
2
と
となる。これは
文献 [1]では強磁性電極として Fe(鉄)を例にあげている。
-4-
の電子が x 方向へ
により+z 偏極した電子
第1章
序章
のエネルギーを引き起こす。またこれは同じ量による-z 偏極した電子のエネルギーより
も低い。これら2つのエネルギーは以下のように表される。
(1-6)
(1-7)
この状態は電子が kx に比例した磁場 Bz を感じていることと等しい。つまり有効磁場は
電界と電子の運動する方向に垂直となる。スピンの方向が有効磁場と垂直であれば、こ
の有効磁場を軸としてスピンの向きは歳差運動することになる。これが Rashba により
提唱されたヘテロ界面における電界に起源とするスピン軌道相互作用である。ここでチ
ャネル長を L、スピン軌道相互作用係数を とすると、スピン回転角度
は、
(1-8)
と表される。
タンスを変化させることができる [10]。平行
(a)
入力VI
バイアスVB
電流Io
電流Io
IO
ひとつは GMR 素子のように強磁性体の磁化
状態によって出力特性が変化させる機能であ
VB
る。強磁性体の磁化状態によって入力電圧に
VI
よる出力電流の駆動能力である伝導コンダク
“反平行磁化”
“平行磁化”
スピントランジスタは2つの機能を持ち、
入力VI
バイアスVB
磁化では伝導コンダクタンスが大きく、大きな
(b)
(c)
図 1-4 スピントランジスタの電流
出力が得られる。一方、反平行磁化では伝導コ
電圧特性 [10]
ンダクタンスが小さくなり同じ入力でも出力は小さくなる。このように一つのトランジ
スタで伝導コンダクタンスのような電流駆動能力を切り替えることができるため、わず
かな数のトランジスタのみで高機能かつ多機能の集積回路が実現できる。さらにスピン
トランジスタではこの電流駆動能力の状態を磁化状態として不揮発に保持できるため、
今後の半導体エレクトロニクスの発展の要となるモバイル機器や省エネルギー機器に
対応した集積回路を実現できる [11]3。
[11]にスピントランジスタを用いたロジック回路が提案されている。文献による
と AND, OR, XOR, NAND, NOR, XNOR, all-“1”, all-“0”となる書き換え可能ロジック
回路は 48 個の MOSFET が必要であるが、スピントランジスタを用いることで 10 個の
3文献
-5-
第1章
序章
1―1―4 ZnSnAs2:Mn について
前節で述べたスピントランジスタはチャネルに InAlAs と InGaAs の界面を利用し
ている。In0.52Al0.48As と In0.53Ga0.47As の基板として InP が選択される。そのためソー
スとドレインにも InP 基板と格子整合する室温強磁性材料が要求される。しかし、す
でにデバイス応用されている半導体材料を母体とした希薄磁性半導体はキュリー温度
が低い。一方、その要求を満たす材料に希薄磁性半導体 ZnSnAs2:Mn がある。表 1-2
は InP 基板と格子整合する希薄磁性半導体の一覧である。
表 1-2 InP 基板上に成長させ希薄磁性半導体
材料
キュリー温度 (K)
文献
InP:Mn
70
Shon ら(2004) [12]
InGaAs:Mn
100
Slupinski ら(2004) [13]
InAlAs:Mn
25
Maksimov ら(2005) [14]
ZnSnAs2:Mn
333
Asubar ら(2009) [15]
ZnSnAs2:Mn
の 母 体 で あ る
ZnSnAs2
ZnSnAs2 は II-IV-V2 族化合物半導体に
InP
属し、正方晶系のカルコパイライト構造
―
(空間群 I42d)をもつ。カチオンサイ
トに II 族と IV 族の原子が入り、アニオ
ンサイトに V 族の原子が入る。カチオ
ンサイトの II 族と IV 族の原子が混ざっ
たとき、結晶構造は立方晶系のスファレ
5.869 Å
ライト構造(空間群 F43m)となる。カ
ルコパイライト型のときの ZnSnAs2 の
結晶構造を InP と比較して図 1-5 に示
5.852 Å
図 1-5 ZnSnAs2 と InP の結晶構造
す。
II-IV-V2 族の化合物半導体の形成について説明する。まず、III-V 族化合物半導体は
原子周期表の IV 族の両隣にある III 族と V 族で化合物をつくるとダイヤモンド構造で
あったものが似た化学結合である閃亜鉛鉱構造ができ、IV 族と同じ半導体となる。こ
の III-V 族の III 族を同じように II 族と IV 族に置き換えて、化合物をつくるとカルコ
トランジスタで実現できることが示されている。
-6-
第1章
序章
パイライト構造の II-IV-V2 族の化合物ができ IV 族と同じ半導体となる。このような系
列をアダマンティン系列と称する。
4
図 1-6 に主な半導体材料と ZnSnAs2 の
格子定数とバンドギャップエネルギーをま
Å、c=2a =11.704 Å である。この値は InP 基
板の a = 5.869 Å と近く、エピタキシャル成
AlAs
2
1
長することが可能である 。MBE 法による
GaP
Si
あり、バンドギャップはバルクで 0.73 eV5と
ZnTe
CdSe
InAlAs
GaAs
AlSb
InP
InGaAs
CdTe
Ge
GaSb
ZnSnAs2
0
5.4
5.6
5.8
6.0
InAs
6.2
InSb
6.4
6.6
o
Lattice constant (A)
Seryogin らにより初めて報告された [16]。
また、ZnSnAs2 は狭ギャップ半導体で
CdS
AlP
4
InP(001)基板上への ZnSnAs2 薄膜の成長が
ZnSe
3
Band gap (eV)
とめて示す。ZnSnAs2 の格子定数は a=5.852
ZnS
図 1-6 主な半導体と ZnSnAs2 の格
子定数とバンドギャップエネルギー
0.67 eV6、InP(001)基板上に成長した薄膜で 0.699 eV7と報告されている。ZnSnAs2 の伝導
型は p 型である。これは Sn サイトに置換した Zn によるアクセプターバンドによるも
のである [17]。p 形 ZnSnAs2 を n 形 ZnSe [18]や n 形 InP 基板上 [19]に成長させるこ
とで pn 接合を作製しダイオード特性が得られている。MBE 法で成膜された ZnSnAs2
はバルクの格子定数より大きな 5.88 Å が得られる。これはアニール実験から格子間 As
や Zn と Sn のアンチサイト欠陥により格子が膨張したと結論づけられている [20]。
ZnSnAs2 の諸特性は表 1-3 の通りである。
表 1-3 ZnSnAs2 の各パラメータ [21]
結晶構造
カルコパイライト/スファレライト
格子定数
a = 5.852 Å, c = 11.70 Å, u = 0.23
伝導型
p型
移動度
μp = 90 cm2/Vs
有効質量
0.35m0
バンドギャップ
0.73, 0.67, 0.699 eV
融点
775C
屈折率
3.53
イオン度
0.100
InP の他に In0.52Al0.48As や In0.53Ga0.47As とも格子定数が近いため、それらと ZnSnAs2
のヘテロ接合を形成することも可能である。
5 エレクトロリフレクタンス法から見積もられた。
6 吸収係数の光エネルギー依存性から見積もられた。
7 抵抗の温度依存性から見積もられた。
4
-7-
第1章
序章
初めて ZnSnAs2:Mn が室温強磁性であることを実験的に示したのは 2002 年の Choi
らの論文である [22]。その試料は Zn、Sn、As、Mn のそれぞれのパウダー(99.999%)
を出発材料として、vertical temperature gradient Bridgman 法により作製されている。
この方法で作製された ZnSnAs2:Mn の保磁力は 18 Oe であり、キュリー温度は 329 K
であったと報告されている(図 1-7)
。
その後、2004 年に Yi と Lee により ZnSnAs2:Mn の第一原理計算が行われた [23]。
計算は Mn 濃度が 12.5%、Mn は Sn に置換していると仮定し、格子定数を a=5.95 Å、
c=2a として、Vienna ab initio simulation package8の一般化勾配近似を用いて、64 原
子のスーパーセルに対して行われた。彼らの計算では、ZnSnAs2:Mn は反強磁性となる
という結果となり、実験事実をつじつまが合わず、さらなる研究が必要と結論づけてい
る。
図 1-7 (右)100 Oe 磁場中で測定した磁化の温度依存性、(左)5 K と 300 K で測定した磁
化の磁場依存性 [22]
2007 年には Asubar らにより InP(001)基板上に MBE 法で Mn 濃度 0.73%の
ZnSnAs2:Mn 薄膜が作製され、同様の磁気特性が示された [24]。その後、2009 年に
Mn が 4%の ZnSnAs2:Mn を InP 基板上に成長させ、より明確な磁気ヒステリシス・ル
ープが室温で観測している(図 1-8) [15]。Mn=4%の ZnSnAs2:Mn 薄膜の格子定数は
5.867 Å であり、InP 基板(5.869 Å)との格子不整合度は-0.034%であった。
表 1-4 にこれまで作製された ZnSnAs2:Mn について文献で議論されている内容と
ともにまとめた。どれも MnAs などの異相が存在しないことを XRD、TEM、または
RHEED で評価し、その試料の磁気特性として M-H 曲線または M-T 曲線を評価して室
温強磁性であることを報告している。しかし、未だ電気伝導と磁性の相互作用を報告し
たものもなく、応用についての文献も著者の知る限り報告はない。
8
ウィーン大学で開発された第一原理電子状態計算プログラム。
-8-
第1章
図 1-8
序章
Mn=4%の ZnSnAs2:Mn の磁化の磁場依存性と温度依存性 [15]
表 1-4 報告されている ZnSnAs2:Mn の作製
成長方法
議論している内容
文献
ブリッジマン
結晶構造、M-H 曲線、M-T 曲線
Choi ら(2002) [22]
MBE
結晶構造、M-H 曲線
Asubar ら(2007) [24]
MBE
結晶構造、M-H 曲線、M-T 曲線
Asubar ら(2009) [15]
MBE
結晶構造、M-H 曲線、M-T 曲線
Asubar(2009) [19]
Asubar らによる報告では MBE 成膜した ZnSnAs2:Mn 薄膜の Mn ひとつあたりの
磁化は 1.5 μB/Mn である [19]。しかし Choi らはバルク試料において 3.63 μB/Mn と報
告している [22]。そのため、すべての試料において Mn ひとつあたりの磁化の大きさ
が一致しているわけではないことに注意が必要である。理想的には Mn が2価の状態で
Zn サイトに置換するなら 5 μB/Mn となる。一方、Mn が4価の状態で Sn サイトに置
換するなら 3 μB/Mn となる。これらの値より実験で得られた 1.5 μB/Mn という値は小
さい。Wang ら [25]による GaMnAs 薄膜の研究で説明されているように Mn が格子間
位置に入ることで、Zn または Sn サイトに置換した Mn と格子間 Mn が反強磁性結合
し全体の磁化の大きさを減少させている可能性が考えられるが定かではない9。
次にキュリー温度に着目する。ZnSnAs2:Mn のキュリー温度は、試料の作製法と
Mn 濃度に対してほぼ依存せず 333 K 付近となっている。MBE 法で作製された
ZnSnAs2:Mn の磁気特性を表 1-5 にまとめた。
GaMnAs を MBE 成長後に低温アニールすることで格子間 Mn を除去するとキュリー
温度が上昇することが報告されている。
9
-9-
第1章
序章
表 1-5 ZnSnAs2:Mn 薄膜の磁気特性のまとめ
Mn (%)
飽和磁化
飽和磁化
キュリー温度
文献
(emu/cm-3)
(μB/Mn)
(K)
0.73
-
-
-
Asubar ら(2007) [24]
4
~11
1.6
333
Asubar ら(2009) [19]
7
~20
1.5
325
Asubar ら(2009) [19]
1―1―5 閃亜鉛鉱型 MnAs について
ZnSnAs2:Mn の Zn と Sn を Mn で 100%置換すると図 1-9 に示す zb-MnAs となる。
zb-MnAs は理論的にハーフメタリックを示すと予測されている(図 1-10 [6])
。ハーフ
メタリック強磁性体は、フェルミ準位においてメジャースピンが完全にバンドを満たし
(金属的)、マイナースピン側はギャップとなる(半導体的)ためキャリアのスピン偏
極度が 100%となる。そのためハーフメタリック強磁性材料はスピン偏極キャリアのソ
ースとして注目を集めている。Ohno [26]が報告した zb-MnAs の格子定数は、同じく閃
亜鉛鉱型である In1-xMnxAs と Ga1-xMnxAs の
の外挿から得られている(図 1-11)。そ
の値は、In1-xMnxAs から 6.01 Å、Ga1-xMnxAs から 5.98
閃亜鉛鉱型MnAs
I
Å である。
しかし MnAs の安定な結晶構造は NiAs 型六方晶
であり、報告されている MnAs のほぼ全てが六方晶
MnAs か斜方晶 MnAs である。閃亜鉛鉱型構造は準
安定な状態であるため MBE 法による非平衡成長法
で数件の作製報告があるのみである。筆者の知る限
りでは Ono らによる 2002 年の GaAs 基板上へのナ
ノドットの形成が最初の報告である [27]。同年、
Moreno らが GaAs 母体中への zb-MnAs クラスター
の形成を報告した [28]。薄膜としての最初の報告は
5.96 Å
図 1-9 閃亜鉛鉱型 MnAs
2006 年の Kim らによる GaAs(001)基板上への成膜であ
る [29]。その後、2008 年に Kubo ら [30]により GaAs(111)B 基板上への zb-MnAs の作製
が報告された。これらの報告を表 1-6 にまとめた。
- 10 -
5.
第1章
序章
GaAs
MnAs
図 1-10 Shirai により計算された zb-MnAs 図 1-11 GaMnAs、InMnAs の Mn 濃度に
の状態密度 [6]
対する格子定数の推移 [26]
表 1-6 これまで報告されている zb-MnAs の成長
形状
基板
バッファ層
文献
ナノドット
S-passivated
-
Ono ら(2002) [27]
GaAs(001)
Okabayashi ら(2004) [31]
Kubo ら(2007) [32]
GaAs 中のクラスター
GaAs(001)
GaAs
Moreno ら(2002) [28]
GaAs 中のクラスター
GaAs(001)
GaAs
Yokoyama ら(2005) [33]
薄膜
GaAs(001)
InAs
Kim ら 2006 [29]
薄膜
GaAs(001)
GaAs
Kubo ら(2008) [30]
GaAs(111)B10
図 1-12 は GaAs(001)基板上に形成した MnAs ナノドットである [31]。TEM 像と
電子線回折パターンから、このナノドットが基板と同じ閃亜鉛鉱型であると報告してい
る。GaAs 基板は(NH4)2Sx 溶液に 1 時間浸けた後、純水でリンスしその後 MBE チャン
バー内で 400 °C で加熱している。MnAs の成長温度は 200 °C である。
図 1-13 は GaAs(001)基板上の InAs バッファ層上に成長した 200 nm の zb-MnAs
の TEM 像である [29]。MnAs の成長温度は 200 °C である。zb-MnAs を成長するため
には 2.0 ML 以下の InAs バッファ層が必要であると報告している。一方、2.5 ML の
InAs バッファ層にした場合は、n-MnAs が成長したと報告している。
GaAs(111)には A 面と B 面がある。GaAs(111)A は Ga 原子が表面に並んでおり、
GaAs(111)B は As 原子が表面に並んでいる。
10
- 11 -
第1章
序章
図 1-12 GaAs(001)上に形成した zb-MnAs 図 1-13 GaAs(001)上に形成した zb-MnAs
ナノドット [31]
の TEM 像 [29]
以上の2つは 200 °C の低温成長により zb-MnAs の成長に成功しているが、Kubo
ら [30]は 500 °C 以上の高温成長で zb-MnAs の形成に成功したと報告している。図
1-14 は 200、500、600 °C で GaAs(111)B 基板上に成長した MnAs の 2θ/θ スキャンの
結果である。200 °C では n-MnAs が成長しているが、500 °C では n-MnAs の他に
zb-MnAs が成長している。さらに高温の 600 °C での成長では zb-MnAs のみが成長し
ている。
図 1-14 MnAs/GaAs(111)の XRD 2θ/θ スキャンの結
果。矢印のピークが zb-MnAs からの回折である
[30]。
このように zb-MnAs の作製条件は様々であり、未だ不透明な部分が多い。本研究
では InP(001)基板上への zb-MnAs 薄膜のエピタキシャル成長を行った。InP 基板を用い
る理由は、GaAs 基板上の成長と比較して格子不整合度の点で有利である。GaAs の格子
定数は 5.65 Å であり、InP の格子定数は 5.869 Å である。前述したとおり、zb-MnAs
- 12 -
第1章
序章
の格子定数は 5.98 Å と 6.01 Å の2つが予測されているため [26]、それらの値と
GaAs(001)、InP(001)との間の格子不整合度は以下のようになる。
In1 x Mnx As  InP 6.01  5.869

 2.4%
InP
5.869
(1-9)
Ga1 x Mnx As  InP 5.98  5.869

 1.9%
InP
5.869
(1-10)
In1 x Mnx As  GaAs 6.01  5.85

 2.7%
GaAs
5.85
(1-11)
Ga1 x Mnx As  GaAs 5.98  5.85

 2.2%
GaAs
5.85
(1-12)
従って InP 基板との方が格子不整合度が小さく zb-MnAs を成長するときに有利である
と考えられる。
1―2
本研究の目的と論文構成
本研究では InP 基板上の半導体スピントロニクス応用材料について研究を行った。
材料として希薄磁性半導体である ZnSnAs2:Mn とハーフメタリック強磁性体である
zb-MnAs である。実用を考えたとき室温で動作することが望ましい。この2つの材料
のキュリー温度は室温以上であるため有望な材料と考えられる。しかし、前者の
ZnSnAs2:Mn については基礎物性についての報告も十分ではなく、応用についての報告
も少ない。一方、後者の zb-MnAs については GaAs 基板上では数件の作製報告がある
ものの InP 基板上では存在しない。
そこで本論文は、InP(001)基板上に ZnSnAs2:Mn 薄膜を MBE 法により作製し、
結晶構造、磁気特性、電気的特性、応用としての巨大磁気抵抗効果について調べること
を目的とした。zb-MnAs については同じく MBE 法を用いて InP(001)基板上に
zb-MnAs 薄膜を作製することを目的とした。
半導体スピントロニクスでは電界効果トランジスタにおいて2次元チャネル中を
スピン偏極したキャリアが走行するスピントランジスタの作製をゴールのひとつにお
いているこの2次元チャネルは Datta と Das により提案されたものであるが InAlAs
と InGaAs のヘテロ界面を想定している。InAlAs と InGaAs は InP 基板と格子整合す
るためスピントランジスタは InP 基板上で実現するものと予想される。スピン偏極キ
- 13 -
第1章
序章
ャリアは強磁性ソース電極から注入され、強磁性ドレイン電極でスピンの向きを検出さ
れる。この電極として ZnSnAs2:Mn と zb-MnAs は有望な材料である。それ故に、InP
基板上に強磁性体を成長する意義は非常に大きい。本論文は InP 基板上の強磁性体の
エピタキシャル成長をまとめたものである。
本論文の構成および各章の概要は以下の通りである。
第1章では、序章として半導体スピントロニクスの研究背景、これまで報告されて
明らかになっている希薄磁性半導体 ZnSnAs2:Mn の基礎物性および zb-MnAs について
紹介する。
第2章では、試料の結晶成長で用いた MBE の概要および結晶構造評価法と磁気輸
送測定の基本的な原理と測定方法について記述した。
第3章では、ZnSnAs2:Mn 薄膜の結晶成長と構造特性について述べる。Mn 濃度の
増加とともに結晶欠陥が導入されること、Mn 濃度が 10%を超えると強磁性金属である
NiAs 型六方晶 MnAs が析出することを見出した。
第4章では、ZnSnAs2:Mn 薄膜の磁気輸送特性について述べる。ZnSnAs2:Mn に
おいて異常ホール効果を初めて観測した。また磁気抵抗効果について議論する。
第5章では、ZnSnAs2:Mn 薄膜を用いて MnAs/ZnSnAs2/ZnSnAs2:Mn の積層構造
を InP(001)基板上に作製した。この試料を加工して得た巨大磁気抵抗効果について記
述する。
第6章では、InP(001)基板上への zb-MnAs 薄膜の作製、構造特性、磁気特性につ
いて記述する。成長温度、成長後の熱処理での結晶構造の変化を明らかとした。
第7章では、本論文の総括を述べる。
- 14 -
第2章
実験方法
第2章
実験方法
本研究では、分子線エピタキシー(MBE)装置を用いて InP(001)基板
上に薄膜試料を作製している。ZnSnAs2:Mn 薄膜については、主に輸送特性
を調べた。一方、MnAs 薄膜については XRD を用いて薄膜の結晶構造を主
に調べた。そこで本章では MBE 装置の概略とその結晶成長方法、XRD 装置
による結晶構造の評価方法、磁気輸送測定法を述べる。
2―1
分子線エピタキシー法とその成長原理
2―1―1 MBE 装置について
図 2-1 分子線エピタキシー装置の概略図
- 15 -
第2章
実験方法
MBE 法は真空蒸着法のひとつであるが、超高真空(~10-10 Torr)で結晶成長を行
う点に特徴がある [34]。さらに高純度の原料を用いることで、極めて高純度、高品質
の結晶が作製できる。
分子線の分子が熱的につくられるため分子のエネルギーは 0.1 eV から 1 eV 程度と
低く、分子は基板上に付着したあと表面を移動し、結晶サイトに取り込まれる。この成
長は1原子層ごとに行われ、成長条件を適切に設定することで非常に高品質な半導体薄
膜が得られる。成膜速度も 10 nm/min 程度であり膜厚の制御も優れている。シャッタ
ーにより分子線の供給を断続的に行えば、組成の切り替えを正確に行うことができ、急
峻な界面を持ったヘテロ構造の作製ができる。また MBE は熱平衡から少しずれた結晶
成長法であるため、熱平衡に近い結晶成長では成長しにくい物質も成長できる。物質に
よっては非混和領域と呼ばれる均一な結晶のできない組成領域があるが、MBE 法では
これらの組成領域の結晶成長が可能である。
図 2-1 に本研究で使用した MBE 装置の概略図を載せた。成長室は油回転ポンプに
より荒引きを行なった後、ターボ分子ポンプとスパッタイオンポンプにより高真空を得
ている。成長時にはさらに液体窒素をシュラウドに導入することで真空度をあげる。Zn、
Sn、As、Mn の分子線源として抵抗加熱式蒸発源である Knudsen cell(K セル)が装
着されている。またこれ以外にも4つの K セルが備わっており原料の組み合わせによ
り複数の層を得ることができる。それぞれの融点と沸点は、Zn が 420 °C と 907 °C、
Sn が 232 °C と 2603 °C、 As がどちらも 630 °C、Mn が 1244 °C と 2062 °C である。
成膜を行わないとき、Zn と As は 100 °C、Sn は 700 °C、Mn は 400 °C の温度で保持
している。成膜室には反射高速電子線回折(RHEED)用の電子線源と蛍光スクリーン
が付いている。高真空内での成長であるため、成膜中の薄膜の結晶性と表面平坦性をリ
アルタイムに分析でき、結晶成長中の表面状態を知ることができる。また、分子線源と
基板の距離が比較的大きく取られており、基板を回転させることで3インチの基板に対
して堆積膜の膜厚や組成の面内均一性を良くすることができるように設計されている。
- 16 -
第2章
実験方法
2―1―2 フラックス測定
MBE 法で薄膜成長するとき、基板を適切な温度にしたのち、必要な原料の分子線
を照射する [34] 。前述のとおり、分子線を得るための蒸発源セルとして K セルを使っ
ているが、原料を入れるルツボは PBN(pylolytic born nitride)製である。PBN は約
1250 °C の高温に耐え、かつほとんどの材料に対して反応性が極めて低い特徴がある。
原料を入れたルツボはヒータで過熱され、それによりフラックスを得る。
セルの口径がセル内の分子線の平均自由行程よりも小さく、セル内の蒸気圧が原料
の平衡蒸気圧に等しいと仮定すると、得られる分子線のフラックス J(cm-2s-1)は次式
で与えられる。
(2-1)
ここで、p はセル内の平衡蒸気圧、m は分子の質量、kB はボルツマン定数、T は温度、
A はセル出口の面積、L はセル出口と基板との距離、θ は分子線と基板の垂線がなす角
度である。しかし、セル内の蒸気圧はルツボの形状や原料の残量のよって変化するため、
成膜前に基板直下でフラックス測定を行い必要なフラックスが得られるようにセルの
温度を調節する。実際に測定した Zn BEP (beam equivalent pressure)、Sn BEP、As
BEP、Mn BEP のセル温度依存性を図 2-2 に示す。原料の残量によるプロットの上下
はあるが、片対数でグラフにしたときの温度の逆数に対する BEP の傾きはほぼ一定で
ある。この傾きを B とするとフラックス J とセル温度 T との間には
(2-2)
の関係がある。B は原料の残量などによる定数である。この式から成膜に必要な BEP
となる温度 T を決定する。式(2-2)における Zn、Sn、As、Mn の C の値はそれぞれ、
1109、3054、1669、2613 であった。
- 17 -
3x10
-6
2x10
-6
実験方法
Sn BEP (Torr)
Zn BEP (Torr)
第2章
2x10
-7
10
-7
-6
10
16.2
16.4
16.6
16.8
17.0
17.2
7.35
7.40
10
7.45
7.50
7.55
7.60
Cell temperature (1000/K)
Mn BEP (Torr)
As BEP (Torr)
Cell temperature (1000/K)
-6
3x10
-8
2x10
-8
10
-8
-7
10
17.5
18.0
18.5
19.0
19.5
20.0
8.9
Cell temperature (1000/K)
9.0
9.1
9.2
9.3
9.4
9.5
Cell temperature (1000/K)
図 2-2 Zn BEP、Sn BEP、As BEP、Mn BEP のセル温度依存性
2―1―3 InP 基板
本研究で使用した InP(001)基板の主
な規格を表 2-1 に示す。基板は ACTOTEC
社のものを使用した。この InP 基板は N2
ガスで封止されており、エッチングなどの
前処理を必要としないエピレディの基板で
ある。本研究では2インチの InP 基板を 2
分の1または4分の1に劈開し3インチ
図 2-3 酸化膜除去後の基板温度 300 °C
の Si 基板に In で貼り付けた後、基板ホ
での InP(001)基板表面の RHEED パター
ルダに乗せて MBE 装置の準備室に導入
ン
する。
準備室を大気から 5 × 10-8 Torr まで減圧した後、基板を~10-10 Torr の搬送室に移
送する。その後、成長室に移し 100 ºC から 300 ºC に昇温し 20 分間、基板と基板ホル
ダの脱ガスを行う。この時の RHEED パターンは 1×1 のストリークである。次に As4
- 18 -
第2章
実験方法
雰囲気で 550 ºC の基板温度で 5 分間の酸化膜を除去を行う。昇温時、基板表面からの
P の脱離を防ぐために 350 ºC から As4 を照射する。約 450 ºC で RHEED パターンは 2×4
を示す。550 ºC の温度で RHEED パターンが In-rich [35]の 4×2 を示したとき酸化膜
が除去できたと判断する11。その後、成膜温度まで降温し成膜を行なった。図 2-3 は酸
化膜除去を行なった後の 300 °C での基板からの RHEED パターンである。長いストリ
ークパターンとなっており、表面の平坦性と結晶性が良いことが分かる。各成膜の詳細
については各章で述べる。
表 2-1 InP の各パラメータ
結晶構造
閃亜鉛鉱型
格子定数
a = 5.869 Å
移動度
μn = 4…6×104 cm2/Vs (77 K), 4.2…5.4×103 cm2/Vs (300 K)
μp = 1200 cm2/Vs (77 K), 150 cm2/Vs (300 K)
有効質量
mn = 0.077m0, mhh = 0.65m0, mhl = 0.12m0, mso = 0.12m0
バンドギャップ
1.42 eV (2 K), 1.34 eV (300 K)
融点
1,062C
屈折率
3.54
表 2-2 本研究で使用した InP(001)基板の規格
項目
測定値
製造方法
液体封止引上法
導電型
半絶縁性
ドーパント
Fe(鉄)
抵抗率 (Ω cm)
≥1 ×107
EPD (cm-2)
≤ 1×104
面方位 (deg)
(100) ± 0.2
厚さ (μm)
350 ± 20
仕上げ(表面)
鏡面(エッチング)
(裏面)
エッチング
N2 ガス封入
サイズ (mm)
50 ± 0.5
4×2 は InP 基板では観測されず InAs で観測される [35]。As4 雰囲気による熱処理に
より InP の最表面は InAs になっていると考えられる。
11
- 19 -
第2章
2―2
実験方法
X 線回折法
XRD 法を用いることで、X 線入射角度と受光角度をある条件下で変化させることに
より、試料の結晶構造の様々な情報を得ることができる。また、XRD は電子線回折法
と比較して X 線の波長精度が電子線よりも高いため、格子定数がより精度よく求めら
れる。本研究では XRD の特性 X 線として CuK1 を用いた。CuK1 の波長は 1.54056 Å
である。面間隔 d の結晶面に対する Bragg の回折条件は次式で与えられる。
2d sin    n
(2-3)
ここで、2θ は入射 X 線と回折 X 線のなす角、λは X 線の波長である。実際には n=1
とする。その理由は(100)面からの n=2 次の回折を (200)面からの 1 次の回折とみなし
ているためである。
一般的に行われる XRD 2/法は、ある未知試料に対するその試料の結晶構造の
情報を与えてくれる。しかし、本研究で扱う試料は、InP(001)基板上にエピタキシャル
成長させた薄膜試料であり、基板に対して配向成長しているため、成長薄膜の配向性、
格子定数、膜厚などさらに多くの情報を得る必要がある。そのため本研究では図 2-4 に
示す4つの軸をもつ HR-XRD (high-resolution)を用いて試料を評価した。
HR-XRD は XRD と異なり多重散乱が生じる完全結晶に対して用いられる方法で
ある。XRD に使われる完全性の低い結晶を測定するための光学系では不十分であり、
複結晶法により X 線の平行性と単色性をさらに強めゴニオメータの精度を上げて分解
能を高めている。さらに単結晶薄膜試料から様々な情報を取り出すために、4つの回転
軸をもつゴニオメータが備わっている。本研究ではこれらの工夫がなされた HR-XRD
装置を用いて以下の測定を行なった。

計数器
入射X線
2
図 2-4 HR-XRD での試料、X 線、回

転軸の関係
- 20 -

第2章
実験方法
2/スキャン
試料面に垂直な格子面の結晶構造の情報を与える。InP(001)基板であれば、
InP(002)、InP(004)、InP(006)をスキャンすることができる。
2/スキャン
試料面と垂直な格子面の結晶構造の情報を与える。このとき入射 X 線の角度
は試料面で全反射する条件に設定する。2はの2倍の角度とする。軸で試料台
を回転させながら 2軸を動かす。例えば試料が InP(001)であれば、InP(400)や
InP(220)をスキャンすることができる。
スキャン
、2、2軸をある面の回折角度に固定して、軸で 360°回転させる。例え
ば InP(001)基板のとき InP(220)の回折ピークを観測できるように各軸を固定し、
―
――
―
スキャンすると InP(220)、InP(220)、InP(220)、InP(220)がそれぞれ 90°ごとに現
れる。
逆格子マップ測定
エピタキシャル膜の結晶性を評価できる。基板と薄膜についてある逆格子スポ
ットを含む範囲をを変えながら 2/スキャンを繰り返すことで、基板と比較した
ときの面の揺らぎなどを評価できる。
これらの測定法を表 2-3 にまとめた。
表 2-3 本研究で行った HR-XRD を用いた測定
測定法
得られる情報
2/スキャン
試料表面に平行な格子面の結晶構造
2/スキャン
薄膜面内の格子面の結晶構造
スキャン
ある特定の結晶方位の分布についての情報
逆格子マップ測定
エピタキシャル膜の結晶性
- 21 -
第2章
2―3
電気的特性評価
2―3―1
装置の構成
実験方法
本研究では電気特性の評価として、ホール効果測定、磁気抵抗効果測定、抵抗率測
定を行なった。電気特性を測定するとき試料に電極を取り付ける必要がある。本研究で
は全てハンダ付けによる方法で導電性の細線をインジウムで取り付けた。ホール効果と
抵抗率測定は試料を 5 mm × 5 mm ほどの大きさに切り出し、広く一般的に採用されて
いる van der Pauw 配置で電極を取り付けた。本研究で使用した磁気輸送測定系の概略図
を図 2-5 に示す。電流源は KEISLEY 2400 Soucemeter、電圧計は KEISLEY 2182
Nanovoltmeter を使用した。電流源、電圧計、クライオスタットの温度制御、電極切替
器、ガウスメータ、電磁石制御電源は GP-IB または RS-232C のケーブルを介してパー
ソナルコンピュータと接続している。
電流源
コンピュータ
スイッチ
電圧計
クライオスタット
温度コントローラ
ガウスメータ
電磁石
電磁石電源
図 2-5 磁気輸送測定系の概略図
- 22 -
第2章
2―3―2
実験方法
抵抗率測定
Van der Pauw 法では、試料の形状や大きさ、電極の配置に依存せずに試料の抵抗率
を測定できる。ただし、試料の厚さが一様の平板状であることと電極と試料が ohmic 接
触していること、電極が十分に小さいことが要求される。図 2-6 のように電極を取り
付ける。電極 a-b 間に電流 Iab を流し、電極 c-d 間の電圧 Vcd を測定したときの抵抗を Rab,cd、
電極 b-c 間に電流 Ibc を流し、
電極 a-d 間の電圧 Vad を測定したときの抵抗を Rbc,ad とする。
Rab,cd 
Vcd
I ab
, Rbc,ad 
Vad
(2-4)
I bc
このとき、試料の抵抗率は、膜厚 d を用いて次のように表される。


ln 2
d 
Rab,cd  Rbc,ad
2
 f(
Rab,cd
Rbc,ad
)
(2-5)
ここで、f(Rab,cd / Rbc,ad)は形状補正関数であり、次式で表される。
 ln 2 x  1  1  ln 2 
  f 

cosh

 f x  1 2  f 
(2-6)
ここで、x は Rab,cd / Rbc,ad である。f 値は解析的に解くことが可能である。
a
d
c
b
図 2-6 Van der Pauw 法での電極配置
- 23 -
第2章
2―3―3
実験方法
Hall 効果測定
Hall 効果測定は、試料のキャリアの種類、濃度、移動度を決定できるため、物性研
究において重要である [36] [37]。図 2-6 を用いて説明すると、Hall 効果は端子 a から
端子 c に向けて電流を流し、試料面に垂直に磁場を印加すると、端子 b-d 間に起電力が
発生する現象である。P 型半導体の端子 a から端子 c に向けて電流を流し、試料面に磁
束密度 B を作用させると、ローレンツ力によって、正孔は x 軸の正の方向に曲げられ、
端子 b に正孔が蓄積する。その結果、端子 b-d 間に正の空間電荷が形成されて電圧 VH
が誘起される。この VH をホール電圧とよぶ。
y 軸方向の正孔の速度を v とすると、ローレンツ力は x 軸の正の方向に
FL  evB
(2-7)
の力正孔に及ぼし、正孔は a 端子側に曲げられる。その結果、x 軸の負の方向に空間電
荷電界 FH が形成され、これが正孔に作用して、正孔は x 軸の負の方向に力を受ける。
この力と式(2-7)のローレンツ力との和がゼロになったところで定常状態に達する。つま
り定常状態では、
eFH  evB  0
(2-8)
I  epvbd
(2-9)
一方、y 軸方向の電流 I は
ここで b は幅、p は正孔濃度である。式(2-7)から v を求め、式(2-6)に代入し、FH=-VH/b
の関係を用いると、
VH  RH
となる。ここで、
- 24 -
IB
d
(2-10)
第2章
実験方法
RH 
1
ep
(2-11)
をホール係数という。実際には RHall(=VH/I)を B の関数でプロットし、傾き RH を求める。
この結果からキャリア濃度 p と移動度 μ は、
p
1
eR H
(2-12)

1
ep
(2-13)
ここでは試料の抵抗率である。
- 25 -
第3章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の構造特性
第3章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の構造特性
本章では InP(001)基板上に成膜した Mn 濃度の異なる ZnSnAs2:Mn 薄
膜の構造特性について述べる。ここでの Mn 濃度の範囲はカチオンサイトに
対して 0-24%である。Mn 濃度は MBE 成長中の Sn と Mn のフラックス比
に比例することを明らかにした。Mn が 10 %を越えると強磁性金属である
NiAs 型六方晶 MnAs が析出することを明らかにした。
3―1
はじめに
希薄磁性半導体のひとつである ZnSnAs2:Mn はバルクおよび薄膜でキュリー温度
は約 330 K と報告されている。しかし序論で述べたとおり本材料に関する報告は数件
に留まっている。MBE 法による成長については Mn ドーピングについて系統的なデー
タがない。本研究では MBE 法による ZnSnAs2:Mn の成長と Mn のドーピング可能な
濃度、Mn 濃度の変化に対する薄膜の結晶性の変化について述べる。
3―2
実験方法
試料は全て ZnSnAs2:Mn/ZnSnAs2/InP(001)の構造で作製した。ZnSnAs2:Mn と
InP 基板との間の ZnSnAs2 層はバッファ層としての役割を果たしている。ZnSnAs2:Mn
の膜厚は 100 nm から 500 nm まで様々である。本研究で取り扱う全ての ZnSnAs2 薄
膜は文献 [16]と [19]を参考に、Zn : Sn : As のフラックス比を 24 : 1 : 52 として成膜を
行なった。3.3 nm/min で 100 nm の ZnSnAs2:Mn を成長するときの成長シーケンスを
図 3-1 に示す。ZnSnAs2 と ZnSnAs2:Mn の成長温度は 300 °C に固定している。この
成長温度にすることで ZnSnAs2 を成長すると Zn、Sn、As の比が 1 : 1 : 2 の化学量論
組成が得られる。
- 26 -
第3章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の構造特性
600
(b)
Temperature ( C)
500
400
(a)
300
(c)
(d)
200
100
0
0
30
60
90
120
Process time (min)
図 3-1 ZnSnAs2:Mn の成長シーケンス。(a) ホルダデガス、(b) 熱クリーニング、(c)
ZnSnAs2 バッファ層の成長、(d) ZnSnAs2:Mn 層の成長。
3―3
実験結果
3―3―1 ZnSnAs2:Mn の組成比
図 3-2 に成長時の Mn と Sn のフラックス比に対する電子プローブ X 線マイクロ
アナリシス(EPMA)で得た Zn 濃度、Sn 濃度、Mn 濃度の変化を示す。ここではそれ
らの濃度はカチオンサイトに取り込まれた量として以下のように定義する。
(3-1)
(3-2)
(3-3)
ここで Zn、Sn、Mn は EPMA で測定した組成比である。図中のプロットは全て成長時
- 27 -
第3章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の構造特性
の基板温度を 300 °C としている。ZnSnAs2 および ZnSnAs2:Mn の組成比は基板温度に
著しく影響を受ける。組成が基板温度に影響を受ける理由は、Zn の吸着系数が 300 °C
近傍で大きく変化するためである [19]。Mn 濃度は 0 から 24 %の範囲で Mn/Sn flux
比にほぼ比例することが分かる。また Zn 濃度と Sn 濃度の変化をみると、Zn 濃度は
Mn 濃度にほとんど依存していないが、Mn 濃度が 10%以下のとき Sn 濃度は Mn/Sn
フラックス比に比例している。つまり、Mn 原子は Sn 原子と置換すると考えられる。
一方、Mn 濃度が 10%を超えると Sn 濃度の変化がなくなる。これは Mn がそれ以上
Sn 原子と置換しなくなるためと考えられる。後述するが、Mn 濃度が 10%を越える領
域では n-MnAs が析出することが XRD 測定で分かった。つまり、Mn 原子は Sn 原子
と置換せず、n-MnAs 結晶を形成するため、Mn 濃度が 10%を超えると Sn 濃度に変化
がなくなると読み解ける。
Atomic content (at. %)
60
Zn
50
40
Sn
30
20
10
y=66x
Mn
0
0.0
0.1
0.2
0.3
0.4
Mn/Sn flux ratio
図 3-2 Zn、Sn、Mn 濃度 vs. Mn/Sn フラックス比。4%と 7%のプロットは文献 [19]
のもの。
3―3―2 XRD
2θ/ωスキャン
図 3-3 に Mn 濃度を 0 から 5%としたときの InP(004)近傍の XRD 2θ/ω スキャン
の結果を示す。ZnSnAs2:Mn の膜厚は全て 100 nm に統一している。InP(004)からの回折
ピークの低角度側に ZnSnAs2、ZnSnAs2:Mn のピークが確認できる。Mn ドープにより低
- 28 -
第3章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の構造特性
角度にシフトしている。これは Mn をドープすることで格子定数が大きくなることを示
している。また、Mn 濃度が 0 から 3%の試料では、ZnSnAs2 のピークの周りにフリンジ
が見られる。これは界面と表面での高い結晶性と平坦性を示している。しかし、フリン
ジの強度は Mn 濃度が増加するとともに小さくなる。
5%の Mn をドープした ZnSnAs2:Mn
ではフリンジが確認できない。Mn をドープすることで界面と表面の結晶性と平坦性が
良質でなくなることを意味している。なお、5%Mn の XRD パターンには ZnSnAs2:Mn
だけでなく ZnSnAs2 バッファ層からの回折ピークも見られる。成長中に Mn がバッファ
層に拡散していないことが分かる。
図 3-4 は Mn 濃度が 5%、12%、25%の ZnSnAs2:Mn の XRD 2θ/ω プロファイルで
ある。5%の試料では強磁性金属である NiAs 型六方晶 MnAs からの回折ピークは観測
―
―
―
されないが、12%と 25%の試料では MnAs(1011)、MnAs(1012)、MnAs(2022)の回折
ピークが確認できる。
高濃度に Mn をドープすると n-MnAs が析出することが分かる。
これは AlAs [38]、GaAs [39]、InAs [40]などの III-V 族の As 化合物への Mn ドーピン
グでも観測されている。
Intensity (arb. units)
InP(004)
Mn=0%
Mn=2%
Mn=3%
Mn=5%
61
62
63
64
65
2 (deg)
図 3-3 膜厚 100 nm の異なる Mn 濃度の ZnSnAs2:Mn に対する 2θ/ω プロファイル
- 29 -
第3章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の構造特性
Intensity (arb. unit)
InP(002)
InP(004)
ZnSnAs2:Mn(008)
MnAs(1011)
MnAs(0004)
MnAs(2022)
MnAs(1012)
25%
12%
5%
20
30
40
50
60
70
80
2 (deg)
図 3-4 n-MnAs が析出した膜厚 100 nm の ZnSnAs2:Mn の 2θ/ω プロファイル
- 30 -
第3章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の構造特性
3―3―3 透過型電子顕微鏡観察
図 3-5、図 3-6 にそれぞれ Mn 濃度が 5%と 7%の断面 TEM 像を示す。観察範囲
は ZnSnAs2:Mn/ZnSnAs2 と ZnSnAs2/InP の両界面を含む領域である。それぞれの界面
は平坦である。しかし Mn 濃度が高くなるにつれて、成長が進むと欠陥が生じることが
分かる。欠陥なしで成膜できる膜厚は Mn 濃度の増加に伴い薄くなると予想される。
5% Mn-doped ZnSnAs 2
ZnSnAs2 Buffer-layer
25nm
InP(001)sub.
図 3-5 Mn 濃度が 5%の ZnSnAs2:Mn の界面近傍の断面 TEM 像
- 31 -
第3章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の構造特性
図 3-6 Mn 濃度が 7%の ZnSnAs2:Mn の界面近傍の断面 TEM 像
- 32 -
第3章
3―3―4
ZnSnAs2:Mn 薄膜の構造特性
逆格子マップ測定
次に ZnSnAs2:Mn 薄膜と InP(001)基板とのエピタキシャル歪みを評価するために
InP(224)近傍の逆格子マップ(RSM)測定を行なった。RSM 測定では、角度 ω を徐々
に変えながら 2θ/ω スキャンを繰り返し行う。ここでは InP(001) 基板を用いているの
で(224)は非対称面であるため、測定における ω と 2θ の角度を決めなければならない。
まず 2θ を散乱ベクトル Q の大きさと逆格子空間の原点から hkl 逆格子点までの距離|K|
が一致するように設定する。X 線の波数ベクトルの大きさは 2π/λ なので散乱ベクトル
の大きさ|Q|は、
(3-4)
一方、逆格子空間の基本ベクトルの大きさは 2π/a なので hkl 逆格子点までの距離|K|
は
(3-5)
となる。|Q|=|K|となるように 2θ を計算する。よって、
(3-6)
次に
となるように ω を設定する。まず、Q と K のなす角 θ’は、
(3-7)
である。よって ω は対称面である(002)や(004)のとき ω=θ であるが非対称面の場合は θ’
だけ θ の値からずらして、
(3-8)
- 33 -
第3章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の構造特性
とする。InP(224)の場合、2θ = 80.020°、ω = 4.755°(
)となる。RSM 測定の
概略図を図 3-7 に示した。
[112]
[001]
Detector
θ'
X-ray source
ω=θ-θ'
2θ
図 3-7 RSM 測定の概略図
逆格子座標は(Qx, Qy)の座標系で表される。InP(001)基板を用いているので座標は
(Q[110], Q[001])となる。実際の測定では逆格子点の周りを ω を徐々に変えながら 2θ/ω
スキャンを繰り返すことで格子定数と結晶方位のばらつきを評価することができる。こ
こで(ω, 2θ)座標を(Q[110], Q[001])座標に変換するには以下の式を用いる。
(3-8)
(3-9)
ここで Q[001]と Q[110]は膜の面と垂直と平行方向への散乱ベクトルの成分である。λ は
X 線の波長(1.54056 Å)である。
ここ では InP(224) 近 傍の RSM 測 定を 行な っ た。 2θ/ω ス キャン の 結果 から
ZnSnAs2:Mn の格子定数は InP の格子定数よりも大きいことが分かっている。このとき、
ZnSnAs2:Mn のエピタキシャル応力が緩和しているならば、その RSM は図 3-8(a)のよ
うになる。応力が緩和せず ZnSnAs2:Mn の格子が完全に歪んでいるなら図 3-8 (b)のよう
な逆格子パターンが得られる。つまり ZnSnAs2:Mn(224)と InP(224)のパターンが(Q[110],
Q[001])座標において垂直方向に揃う。
- 34 -
第3章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の構造特性
(a)
[112]
(b)
ZnSnAs2 :Mn
ZnSnAs2 :Mn
InP
InP
00l
[112] 00l
hk0
hk0
図 3-8 (a) ZnSnAs2:Mn の 格 子 が 緩 和 し て い る と き の 逆 格 子 パ タ ー ン と (b)
ZnSnAs2:Mn の格子が完全に歪んでいるときの逆格子パターンの模式図
図 3-9 と図 3-10 にそれぞれ Mn 濃度が~3%と~5%の ZnSnAs2:Mn/InP(001)の
RSM 測定の結果を示す。測定条件は以下のとおりである。
X 線出力
50 kV - 100 mA
ω 範囲(InP ピークとの相対値)
-2°~+1.5°
ω ステップ
0.005°
2θ 範囲(InP ピークとの相対値)
-4°~+3°
2θ ステップ
0.006°
ステップ時間
5 sec
いずれの試料においても InP(224)の真下に ZnSnAs2:Mn のスファレライトの(224)
またはカルコパイライトの(228)が存在する。これは ZnSnAs2:Mn の結晶格子が歪み
InP(001) 基 板 と 擬 格 子 整 合 し て 成 長 し て い る こ と を 示 し て い る 。 さ ら に
ZnSnAs2:Mn(224)と InP(224)のパターンの広がりがほぼ同じである。そのため、
ZnSnAs2:Mn の結晶性は InP の結晶性と同程度であると判断できる。この結果はアン
ドープの ZnSnAs2 で報告されている結果と同じである [19]。
逆格子座標における面間隔
は、三平方の定理から以下のように表される。
(3-10)
- 35 -
第3章
面間隔
は
ZnSnAs2:Mn 薄膜の構造特性
の逆数なので、
(3-11)
RSM 測定の結果から格子定数 a と c を見積もると、
(3-12)
(3-13)
h、k、l はミラー指数である。RSM 測定から見積もった格子定数を 2θ/ω スキャンから
見積もった格子定数と共に表 3-1 にまとめた。この測定では InP(224)が a = 5.869 Å、
c = 5.869 Å になるようにしている。Mn 濃度が~3%でも~5%でも[001]方向の格子定数
c は ZnSnAs2:Mn がスファレライト構造であるとすると、どちらも 5.918 Å であり Mn
濃度に対して変化はない。また 2θ/ω スキャンの結果から見積もると格子定数は 5.917 Å
であったのでよく一致しているといえる。
以上の結果から、ZnSnAs2:Mn の格子は InP 基板によるエピタキシャル歪みを受け
て C 軸方向に伸びている。歪みを取り除いた ZnSnAs2:Mn の格子定数 afree はポアソン比
ν を用いて、
(3-14)
ここで ν は 1/3 と仮定する。a = 5.869 Å、c = 5.918 Å であるので、ZnSnAs2:Mn がス
ファレライト構造の場合、afree は
Å
(3-15)
GaMnAs では Ga サイトに Mn が置換することで格子定数が 5.85 Å(Mn=0%)か
ら 5.98 Å(Mn=100%)まで線形比例すると報告されている [26]。しかし、ZnSnAs2:Mn
ではそのようにならないようである。
- 36 -
第3章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の構造特性
6.9
Qz [001]
6.85
6.8
6.75
6.7
-5.2 -5.1 -5.0 -4.9 -4.8 -4.7 -4.6 -4.5
Qx [110]
図 3-9 ~3%の XRD 逆格子マップ測定の結果。1 は InP(224)の回折スポット、2 は
ZnSnAs2:Mn の回折スポット。
6.9
Qz [001]
6.85
6.8
6.75
6.7
-5.2 -5.1 -5.0 -4.9 -4.8 -4.7 -4.6 -4.5
Qx [110]
図 3-10 ~5%の XRD 逆格子マップ測定の結果。1 は InP(224)の回折スポット、2 は
ZnSnAs2:Mn の回折スポット。
- 37 -
第3章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の構造特性
表 3-1 RSM と 2θ/ω スキャンから見積もられた InP と ZnSnAs2:Mn の格子定数
RSM
2θ/ω
Mn 濃度 (%)
層
Qx (Å-1)
Qz (Å-1)
a (Å)
c (Å)
c (Å)
~3
InP
-4.819
6.815
5.869
5.869
5.869
ZnSnAs2:Mn
-4.819
6.759
5.869
5.918
5.917
InP
-4.819
6.815
5.869
5.869
5.869
ZnSnAs2:Mn
-4.819
6.759
5.869
5.918
5.917
~5
3-4
本章のまとめ
MBE 法により成長した ZnSnAs2:Mn 中の Mn 濃度は広い範囲で成長時の Mn/Sn
フラックス比に比例することが分かった。また、Mn 原子は Sn 原子と置換しているこ
とが分かった。Mn 濃度が 5%を超えると結晶性と表面および界面の平坦性が失われる
ことが分かった。Mn 濃度が 10%以上になると強磁性金属である n-MnAs が析出する
ことが分かった。Mn 濃度が 5%の試料では ZnSnAs2:Mn の格子がエピタキシャル歪み
を受けていることを RSM 測定から確認した。
- 38 -
第4章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の磁気輸送特性
第4章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の磁気輸送特性
本章では分子線エピタキシー法によって InP(001)基板上に作製した希
薄磁性半導体 ZnSnAs2:Mn 薄膜の異常ホール効果と磁気抵抗効果について
述べる。Mn 濃度は 6.5%である。面内磁化および面直磁化の測定結果は、300
K においても明確なヒステリシス曲線を示した。キュリー温度は 350 K と見
積もられた。ホール効果測定の結果を面直磁化曲線と比較して異常ホール効
果が得られたと結論づけた。また正と負の磁気抵抗効果が得られた。この振
舞いを不純物バンド中のキャリアのスピン散乱に対する Khosla と Fischer
の半経験モデルにより議論した。これらの特性は ZnSnAs2:Mn 中の伝導キャ
リアと Mn スピンの相互作用の存在を示唆している。
4―1
はじめに
希薄磁性半導体に対して材料の磁化に起因する磁気輸送特性が調べられている。異
常ホール効果および磁気抵抗効果は Mn の d スピンと伝導キャリアが相互作用している
ことを示唆するものである。そのため III-V 族 DMS の GaMnAs [41]、II-VI 族 DMS
の ZnMnTe [42]、II-IV-V2 族 DMS の ZnGeP2:Mn [43]、酸化物 DMS の TiCoO2 [44]な
ど多くの DMS で異常ホール効果の観測実験が行われている。磁気抵抗効果に関して
Khosla と Fischer [45]が報告した半経験的モデルにより議論した。これは不純物バン
ド中でキャリアのスピン依存散乱を記述したものである。このモデルは InMnAs など
の DMS の磁気抵抗効果の説明に利用されている [46]。
4―2
異常ホール効果
本章で取り扱う異常 Hall 効果について述べる。Hall 効果測定を行なうとき、非磁
性体ではローレンツ力によりキャリアの軌道が曲げられるために生じる Hall 効果が観
測されるが、
強磁性体ではそれ以外に磁性原子にキャリアが散乱されて生じる異常 Hall
効果が観測される。強磁性体の Hall 抵抗は以下の式で表される。
- 39 -
第4章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の磁気輸送特性
(3-1)
ここで R0 は正常 Hall 係数、RS は異常 Hall 係数、B は外部印加磁場、d は試料の厚さ、
M は試料の垂直方向の磁化である。つまり、異常ホール効果は強磁性体の磁化 M に比
例する。異常ホール係数 RS は、磁性不純物によるキャリアの散乱のされ方の違いによ
って変わる。RS は抵抗率の関数で表され、
ー機構のとき
、サイドジャンプ機構のとき
と記述できる。散乱の起源がスキュ
である。その2つが寄与する場合、
となる。いずれの機構でも異常ホール効果の大きさはスピン軌道相互作用と
フェルミ面におけるキャリアのスピン偏極率に依存する。
4―3
Khosla-Fischer の半経験的モデル
ZnSnAs2:Mn の磁気抵抗効果を説明するために用いた Khosla-Fischer の半経験的
モデルについて説明する。
このモデル中は MR を正と負の成分に分けて説明している。
負の磁気抵抗の存在は局在磁気モーメント散乱の結果であると理解されている
[45]。Toyozawa のモデルによればキャリアは磁性不純物原子の局在磁気モーメントに
より散乱される [47]。外部磁場の印加は磁気モーメントを揃わせるので散乱を減少さ
せる。その結果として抵抗率が減少する。しかし Khosla と Fischer はこのモデルは低
磁場では定性的には一致するが、定量的には交換ハミルトニアンの2次の摂動を基にし
た計算と一致しないことを指摘した。そこで彼らは3次の項まで拡張してさらに半経験
的な式を導入して負の磁気抵抗の説明をした。Khosla と Fischer は正と負の成分を持
つ MR に対して以下の式を用いた。
(4-2)
上記の第1項は負の磁気抵抗を表す半経験的な式である。負の磁気抵抗の大きさはキャ
リア濃度の増加と温度の上昇により減少する。パラメータ B1 と B2 は以下で与えられる。
(4-3)
(4-4)
- 40 -
第4章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の磁気輸送特性
ここで J は交換積分エネルギー、g はランデ因子、ρF はフェルミエネルギーでの状態密
度、〈M2〉は磁化の2乗平均、S は局在磁気モーメントのスピン、α は数値定数で 0.1
から 10 の値を取る。A1 は全磁気抵抗に対するスピン散乱の寄与の割合である。
第 2 項は正の MR である。これは two-band モデルから与えられる [45] [48]。パ
ラメータ B3 と B4 はそれぞれのキャリアのグループの伝導率と移動度に関係し、以下の
式で表される。
(4-5)
(4-6)
式(4-2)から分かるように正の MR は高磁場で飽和する。
4―4
実験方法
500 nm の ZnSnAs2:Mn を ZnSnAs2/InP(001)上に成膜した。基板は半絶縁性
InP(001)基板を用いた。MBE 成膜の条件を表 4-1 にまとめた。EPMA で組成分析した
結果、Mn 濃度は 6.5%と見積もられた。
表 4-1 MBE 成膜の条件
項目
値
Zn flux (Torr)
1.3×10-6
Sn flux (Torr)
5.4×10-8
As4 flux (Torr)
2.8×10-6
Mn flux (Torr)
8.6×10-9
Zn : Sn : As4 : Mn flux ratio
24 : 1 : 52 : 0.16
Growth rate (nm/min)
1.8
ホール効果測定はファン デア パウ配置を用いて 10-300K の温度範囲で行った。
磁気抵抗効果は、試料面に磁場を垂直に印加して電流を測定した。擬似 4 端子法を用い
て行った。使用した試料の電気抵抗率の温度依存性を図 4-1 に示す。比較のため、Mn
- 41 -
第4章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の磁気輸送特性
をドープしていない ZnSnAs2 のデータもプロットした。Mn をドープした試料の方が
抵抗率が高いのは結晶性が良くないことによる移動度の減少が理由と考えられる。温度
の上昇と共に抵抗率は下がっており、半導体的な特性を示している。ZnSnAs2 の伝導
は高温において主に価電子帯の正孔が、低温ではアクセプター帯の正孔が伝導に寄与す
るとバルクおよび薄膜の両方で報告されている [17] [49]。文献によれば、このアクセ
プター帯は価電子帯上端から約 34 meV 上に位置しており、Zn サイトの空孔(e2+)と
Sn サイトへの Zn 原子の置換(e2+ )に因るものである。この電気伝導機構は、
ZnSnAs2:Mn でも同様だと考えられるが、さらに Mn が2価で Sn サイトに置換した場
合、Zn 原子が Sn サイトに置換するのと同様に2+の正孔を生成し、伝導に寄与する
可能性がある。
そのため ZnSnAs2 と ZnSnAs2:Mn の伝導型は共に p 型である。
ZnSnAs2
薄 膜 の キ ャ リ ア 濃 度 は 5.98 × 1018 cm-3 と 報 告 さ れ て い る 。 一 方 、 本 実 験 で は
ZnSnAs2:Mn のキャリア濃度は 300 K で 2.5×1019 cm-3 と見積もられた。それ以下の低
温では、後述する試料の異常ホール効果の寄与により Hall 係数、移動度、キャリア濃
度を決定することは難しいため避けた。
Resistivity (cm)
1
ZnSnAs2:Mn
0.1
ZnSnAs2
0.01
0
50
100
150
200
250
300
350
Temperature (K)
図 4-1 ZnSnAs2 [19]と ZnSnAs2:Mn の抵抗率の温度依存性
試料の磁化特性を図 4-2 と図 4-3 に示す。図 4-2 (a)は 5K、図 4-2 (b) は 300K
で測定したそれぞれの磁化 M の磁場依存性である。磁場は試料表面に対して平行と垂
直に印加している。測定は SQUID 磁力計を用いた。M-H 曲線は、InP 基板による反
磁性を取り除いている。5K において、正味の保磁力は ~616 Oe と~700 Oe が、面内
磁化と面直磁化のそれぞれから得られた。一方、室温における面内と面直磁化に対する
- 42 -
第4章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の磁気輸送特性
正味の保磁力は~277 Oe と~355 Oe であった。図 4-3 は、300 Oe の磁場印加中で測定
した磁化の温度依存性である。5 K から 400 K まで温度を上げながら測定した。面内磁
化と面直磁化でのキュリー温度は平均して 350 K と見積もられた。この値はこれまで
に報告された ZnSnAs2:Mn の中で最も高いキュリー温度である。なぜこのような値が
得られたかは今のところ不明である。
30
3
Magnetization (emu/cm )
40
in-plane
out-of-plane
20
10
(a)
0
-10
-20
-30
-40
-6000
T = 5K
-4000
-2000
0
2000
4000
6000
Magnetic field (Oe)
3
Magnetization (emu/cm )
30
20
in-plane
out-of-plane
10
(b)
0
-10
-20
T = 300K
-30
-6000
-4000
-2000
0
2000
4000
6000
Magnetic field (Oe)
図 4-2 (a) 5 K と(b) 300 K で測定した磁場を面内と面直に印加した時の磁化曲線
- 43 -
第4章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の磁気輸送特性
3
Magnetization (emu/cm )
30
25
20
15
10
in-plane
out-of-plane
5
H = 300 Oe
0
-5
0
100
200
300
400
Temperature (K)
図 4-3 300 Oe の磁場中で測定した磁化の温度依存性
- 44 -
第4章
4―5
ZnSnAs2:Mn 薄膜の磁気輸送特性
実験結果
4―5―1 異常ホール効果
図 4-4(a)は、ホール効果測定の結果である。60, 77, 100, 140, 300 K で測定した結
果を示す。それぞれの温度で得られたホール抵抗に対して、ゼロ磁場近傍でヒステリシ
スループが明確に観測された。これは強磁性による異常ホール効果で説明できる。図
4-4(a)から異常ホール抵抗 RAH (= RSM/d)を抽出するために、図 4-3 で示したように磁
化 M が温度に対してほとんど依存しないため、0.5 T 以上で飽和すると仮定することで、
RHall の 0.5T 以上に対する線形カーブフィッティングより得た傾きから正常ホール抵抗
の成分を見積もった。この正常ホール抵抗をホール抵抗から引くことで、異常ホール抵
抗 RAH を得た。図 4-4(b)は様々な温度での磁場 B に対する抽出された RAH の成分を示
す。60 から 100K の温度範囲において保磁力は約 0.065 T であった。異常ホール抵抗
の曲線は磁化のヒステリシス曲線とほぼ一致する。この結果から、異常ホール効果が得
られているものと結論づけた。300 K での Hall 抵抗のデータは、抽出した RAH の変動
が大きく明確なデータが得られていない。Hall バーにパターニングするなどの工夫に
より、明確な RAH 曲線が得られると思われる。
この結果は ZnSnAs2:Mn の強磁性がキャリア誘起強磁性のフレームワークで理解
できる可能性を示している。これは III-V 族ベースの DMS の強磁性を上手く説明して
いる。一方、ZnSnAs2 の伝導は価電子帯とアクセプター不純物帯によると考えられて
いる。不純物帯の形成は Zn 空孔と Zn と Sn のアンチサイトによる。ZnSnAs2 薄膜の
不純物帯は two-band モデルに基づくと価電子帯端上の 34 meV に位置している。Sn
サイトへの Mn 原子の占有は2つの正孔と局在した磁気モーメントを生成する。Sn と
Zn のカチオンサイトの両方に Mn イオンが置換すると仮定し、さらに強磁性交換が浅
いアクセプターの正孔を介すると仮定すると、強磁性交換結合を導く ZnSnAs2:Mn の
室温強磁性は強磁性交換結合は高いキュリー温度はを示す希薄強磁性酸化物中のドナ
ー不純物バンド交換モデルと同じことで説明できる [50]。
- 45 -
ZnSnAs2:Mn 薄膜の磁気輸送特性
第4章
60K 77K
0.3
(a)
100K
140K
0.2
300K
RHall ()
0.1
0.0
-0.1
-0.2
-0.3
-0.3
-0.2
-0.1
0.0
0
0.1
0.2
0.3
Magnetic field (T)
0.04
60K 77K
100K
(b)
140K
RAH ()
0.02
0.00
0
300K
-0.02
-0.04
-1.0
-0.5
0.0
0
0.5
1.0
Magnetic field (T)
図 4-4 ZnSnAs2:Mn 薄膜の(a) ホール抵抗と(b) 異常ホール効果
- 46 -
第4章
4―5―2
ZnSnAs2:Mn 薄膜の磁気輸送特性
磁気抵抗効果
図 4-5 は 10K から 300K の温度で測定した ZnSnAs2:Mn 薄膜の MR 比の磁場依存
性である。MR 比は
(4-7)
と定義する。ここで ρH は外部磁場 H での MR、ρ0 はゼロ磁場での MR である。MR は
磁場と温度に対して複雑な振舞いを示している。MR は 40K 以下では低磁場の範囲に
おいては負であるが温度が上がるに従い正になる。最大の負の MR 比は 10K での
-0.06%であった。この MR の特性を説明するために式(4-2)に示した Khosla–Fischer
の半経験的モデル [45]を用いてフィッティングを行った。式(4-5)と式(4-6)に示したと
おりパラメータ B3 と B4 は試料の two-band 中の伝導度と移動度に関係している。しか
しここでは ZnSnAs2:Mn のそれらが不明なため、B3 と B4 は単なるフィッティングパラ
メータとして扱った。図 4-5 中の実線はフィッティング曲線である。測定したデータ
の振舞いはこの半経験的モデルで定性的にフィットできている。それぞれの温度に対す
るフィッティングパラメータ B1、B2、B3、B4 の値を表 4-2 にまとめた。フィッティン
グパラメータ B1 は 50 から 10K の範囲において約 0.447 で一定であった。その理由は、
ZnSnAs2:Mn の磁化が図 4-3 に示したようにほぼ一定であるためと考えられる。
図 4-6 はフィッティングパラメータ B2 を温度の逆数 1/T でプロットしたものであ
る。式(4-4)から分かるように両者には比例関係がある。図に示したとおり、確かに両者
には比例関係にあるといえる。B2 と 1/T の間の比例関係は交換結合パラメータを見積
もることは可能かもしれない。しかし、この試料のいくつかの物理パラメータが不明で
あるため現段階では困難である。
このモデルを基に考えると 50K 以下で得られた負の MR は不純物帯中でのキャリ
アの散乱が減少していると考えられる。この MR の結果は正孔の輸送メカニズムが低
温と高温で異なることを示している。以前の研究のひとつの中で undoped ZnSnAs2 薄
膜中で同様の MR の振舞いが同様に発見している [17]。この負の MR はここでの試料
の中での不純物帯の存在によるものである可能性が高いと思われる。
ここで扱った Khosla-Fischer の半経験的モデルはこれまで InMnAs [46]、ZnCoO
[51]、CdGeAs2:Mn [52]の MR をよく説明している。
- 47 -
ZnSnAs2:Mn 薄膜の磁気輸送特性
第4章
4
300K
250K
200K
150K
100K
80K
60K
50K
40K
30K
20K
10K
0
-2
MR ( 10 %)
2
-2
-4
-6
-8
-1.0
-0.5
0.0
0
0.5
1.0
Magnetic field (T)
図 4-5 10-300 K の範囲で測定した ZnSnAs2:Mn の磁気抵抗比。実線は Khosla–Fisher
の半経験的なモデルによるフィッティング曲線。
表 4-2 フィッティングパラメータ B1、B2、B3、B4
T (K)
B1
B2
B3
B4
300
-
-
0.0388
2.26
250
-
-
0.0377
1.94
200
-
-
0.0399
1.96
150
-
-
0.0408
1.99
100
-
-
0.0390
1.96
80
-
-
0.0383
2.08
60
-
-
0.0383
2.56
50
0.478
0.0236
0.0376
2.01
40
0.433
0.0338
0.0347
2.51
30
0.483
0.0358
0.0282
2.07
20
0.478
0.0373
-
-
10
0.364
0.0752
-
-
- 48 -
第4章
ZnSnAs2:Mn 薄膜の磁気輸送特性
0.10
-1
B2 (T )
0.08
0.06
0.04
0.02
0.00
0
0
20
40
60
80
100
1000/T (1/K)
図 4-6 Khosla–Fisher の半経験的なモデルのパラメータ B2 の温度の温度依存性
4―6
本章のまとめ
500 nm の ZnSnAs2:Mn 薄膜を InP(001)基板上に作製した。面内磁化のみならず、
面直磁化が得られた。初めて ZnSnAs2:Mn 薄膜の異常ホール効果を観測した。この結
果はキャリアと Mn 原子の間の相互作用の証拠である。また磁気抵抗効果について議論
した。測定データは Khosla–Fischer 半経験的モデルによりフィッティングをおこなっ
た。データはこのモデルと良く一致しており、負の磁気抵抗かは不純物バンド中でのキ
ャリアのスピン依存散乱に起因することが示唆された。
- 49 -
第5章
ZnSnAs2:Mn を用いた巨大磁気抵抗効果
第5章
ZnSnAs2:Mn を用いた巨大磁気抵抗効果
分子線エピタキシー法を用いて、InP(001)基板上に MnAs / ZnSnAs2 /
ZnSnAs2:Mn 三層ヘテロ構造を作製し、ZnSnAs2:Mn を用いて初めて巨大磁
気抵抗効果を観測した。磁化曲線は MnAs 層と ZnSnAs2:Mn 層の間の保磁
力差に起因する小さなダブルステップを示した。電流面内配置での磁気抵抗
効果を測定した結果、巨大磁気抵抗効果が明確に観測された。この三層構造
の磁気抵抗比は、MnAs 単層の磁気抵抗比よりも 2 倍大きかった。この向上
した磁気抵抗比は、2 つの強磁性層の磁化の向きが平行状態のときの磁気抵
抗と反平行状態の磁気抵抗の差である巨大磁気抵抗効果により説明できる。
磁気抵抗比の温度依存性も同様に MnAs 単層のものとは異なっていた。
5―1
はじめに
半導体基板上に形成された巨大磁気抵抗効果(GMR)素子は、不揮発性メモリを
代表とするスピントロニクスデバイス応用の観点から重要である [11] [53]。巨大磁気
抵抗効果は 1988 年に Fe/Cr 人工格子を用いて初めて報告された [54] [55]。これは金
属をベースとしているが、GaMnAs の登場により希薄磁性半導体をベースとした
GaMnAs/p-GaAs/GaMnAs による GMR が報告された [56]。
GMR 素子において希薄磁性半導体 [56]や強磁性金属 [57]はスピン流の注入と検
出の役割を果たしている。半導体スピントロニクス応用の観点から強磁性電極材料には
既存の半導体へエピタキシャル成長できることと室温強磁性の2つが要求される。本研
究で扱う ZnSnAs2:Mn はこの2つの条件を満たしている。
一方、本研究で強磁性電極として採用した NiAs 型六方晶 (n-) MnAs は一般的な半
導体基板である GaAs [58]、Si [59]、InP [60]にエピタキシャル成長できるため、強磁
性電極として有望な材料のひとつである。n-MnAs の格子定数は a = 3.725 Å と c =
5.714 Å であり、321K のキュリー温度をもつ強磁性金属である。MnAs / GaAs / MnAs
[57]や MnAs / GaAs / GaMnAs [61]の3層構造において GMR 信号が観測されている。
この章では InP(001)基板上に成長した MnAs/ZnSnAs2/ZnSnAs2:Mn3層構造の
CIP-GMR 効果について報告する。これは著者が知る限り II-IV-V2 族3元化合物半導体
- 50 -
第5章
ZnSnAs2:Mn を用いた巨大磁気抵抗効果
を用いた CIP-GMR についての最初の報告である。これは MnAs 層から ZnSnAs2:Mn
層へのスピン流の注入を示している。ZnSnAs2:Mn において、強磁性金属/ZnSnAs2:Mn
エピタキシャルへテロ構造でのスピン注入・検出のための強磁性電極として機能する可
能性をもつことを明らかにしたといえる。
5―2
巨大磁気抵抗効果
[62]
GMR は非磁性層を介した強磁性層の磁化が互いに反平行から平行に変わるときに
生じる。強磁性金属では↑スピン電子と↓スピン電子は、異なるポテンシャルを受けて
結晶中を運動する。そのため電子の散乱はスピンに依存する。このポテンシャルの違い
は交換ポテンシャルと呼ばれる。
図 5-1 のような膜厚 dNM の非磁性層と膜厚 dFM の強磁性層が2層ずつ交互になっ
た GMR 構造を考える。
(a)
(b)
強磁性層
非磁性層
強磁性層
非磁性層
R↓
R↓
R↓
R↑
R↑
R↑
R↑
R↓
図 5-1 (a)平行磁化状態、(b)反平行磁化状態での GMR の模式図[58]
電流は面内に流れるとする。ここで非磁性層の抵抗率を
、強磁性層のメジャースピ
ンに対する抵抗率を 、マイナースピンに対する抵抗率を とすると非磁性層と強磁性
層の2層を合わせた抵抗は、
- 51 -
第5章
ZnSnAs2:Mn を用いた巨大磁気抵抗効果
(5-1)
と表される。このとき、磁化の向きが平行なときの抵抗 RP と反平行磁化のときの抵抗
RAP はそれぞれ、
(5-2)
(5-3)
と表される。従って、磁気抵抗比は以下のようになる。
(5-4)
もしも非磁性層の抵抗が強磁性層の抵抗よりも十分に小さいとすると、式(5-1)と式
(5-4)から GMR は以下のようになる。
(5-5)
一方、非磁性層の抵抗を無視できない場合は GMR は以下のように表される。
(5-6)
(5-7)
はスピン非対称パラメータである。ここでは本研究と異なり、2つの強磁性層が
同一であると仮定しているが、式(5-6)から が大きくするか非磁性層の抵抗を下げるこ
とでより大きな GMR を得ることができると予想される。
- 52 -
第5章
5―3
ZnSnAs2:Mn を用いた巨大磁気抵抗効果
実験方法
MnAs (20 nm) / ZnSnAs2 (2 nm) / ZnSnAs2:Mn (50 nm)ヘテロ構造を半絶縁性
InP(001)基板上に MBE 法を用いて成長した。成長シーケンスを図 5-2 に、成長条件を
表 5-1 および表 5-2 に示す。ZnSnAs2:Mn の Mn 濃度は Mn/Sn ビーム等価圧比から 5~7%
と見積った。試料表面は鏡面であった。
Temperature ( C)
600
(b)
400
(d) (f)
(a)
(c)
(g)
200
0
(h)
(e)
0
30
60
90
120
Process time (min)
図 5-2 MnAs/ZnSnAs2/ZnSnAs2:Mn の成長シーケンス。(a)ホルダデガス、(b)As4 雰
囲気中での熱クリーニング、(c) 16 nm の ZnSnAs2 バッファ層の成長、(d) 50 nm の
ZnSnAs2:Mn 層の成長、(e) 5 分間の待機、(f) 2 nm の ZnSnAs2 層の成長、(g)5 分間の
待機、(h) 20 nm の MnAs 層の成長。
表 5-1 ZnSnAs2 および ZnSnAs2:Mn 層の MBE 成長条件
項目
値
Zn flux (Torr)
2.4×10-6
Sn flux (Torr)
1.0×10-7
As4 flux (Torr)
5.2×10-6
Mn flux (Torr)
1.1×10-8
Zn: Sn : As4 : Mn flux ratio
24 : 1 : 52 : 0.11
Growth rate (nm/min)
3.5
- 53 -
第5章
ZnSnAs2:Mn を用いた巨大磁気抵抗効果
表 5-2 MnAs 層の MBE 成長条件
項目
値
Mn flux (Torr)
1.5×10-8
As4 flux (Torr)
3.4×10-6
Mn : As4 flux ratio
15 : 23
Growth rate (nm/min)
0.84
試料は MR 測定を行うために ZnSnAs2 層まで湿式化学エッチングにより加工した。
MnAs 層に対するエッチャントは塩酸(純水と塩酸の比は 2:1)を用いた [63]。塩酸を
用いた理由は ZnSnAs2 層でエッチングが止まり選択エッチングできるためである。そ
の後、MnAs と ZnSnAs2 層の表面にインジウム電極を形成した(試料 A)。比較のため
にエッチングプロセスを行わないものを用意した(試料 B)
。また InP(001)基板上に成
長した単層の n-MnAs を用意した(試料 C)
。
A
B
MnAs
C
MnAs
ZnSnAs2
ZnSnAs2
ZnSnAs2:Mn
ZnSnAs2:Mn
ZnSnAs2 buffer
ZnSnAs2 buffer
MnAs
SI-InP
SI-InP
SI-InP
図 5-3 試料 A, B, C の概略図。矢印は電流の流れを示す
MR 測定は直流電流源と電圧計を用いた疑4端子法で行った。図 5-3 に示した通り
に電流が流れているかを確認するために、試料 A, B, C の電気抵抗を測定した。これま
での実験から ZnSnAs2 と ZnSnAs2:Mn 層のキャリア濃度は、室温においてそれぞれ
6.0-8.2×1018 cm-3 と約 2.5×1019 cm-3 であると予想される [19]。そのため ZnSnAs2 と
ZnSnAs2:Mn まで電流が流れていれば抵抗の温度依存性は半導体的かつ高抵抗になる
と予想される。抵抗とその温度依存性の測定結果を表 5-3 にまとめた。試料 A は高抵
抗であり、ZnSnAs2 と似た半導体的な温度特性を示した。一方、試料 B と C は低抵抗
で金属的な温度特性を示した。この結果は試料 A では電流が半導体である ZnSnAs2 層
と ZnSnAs2:Mn 層を経由していることが示唆される。逆に試料 B ではほとんどの電流
が MnAs 層を流れて下の層へはほとんど流れていないと考えられる。
- 54 -
第5章
ZnSnAs2:Mn を用いた巨大磁気抵抗効果
MR 測定では試料 A に対するバイアス電流は 1 μA に固定した。試料 B と C に印
加した電流は試料 A を測定したときと同じ電圧レンジになるようにした。使用したバ
イアス電流を表 5-4 にまとめた。磁場は InP[110]方向に±9 kOe の範囲で印加した。ま
た、MR 曲線を磁化曲線と比較するために磁気特性を SQUID 磁力計で測定した。
表 5-3 試料 A, B, C の電気的特性
試料名
10 Kでの抵抗
温度に対する抵抗の変化
A
B
C
2635 Ω
788 Ω
814 Ω
Semiconducting behaviour
Metallic behaviour
Metallic behaviour
表 5-4 試料 A, B, C の MR 測定に使用した電流値
5―4
試料名
電流(μA)
A
1
B
~10
C
~10
実験結果
図 5-4 に InP(001) 基板上 MnAs/ZnSnAs2/ZnSnAs2:Mn の XRD 2θ/ω パターンを
―
―
―
―
示す。n-MnAs の 1011 (31.9°)、2022 (42.3°)、2023 (66.6°)、1012 (77.6°)のピークが
観測され n-MnAs が成長していることが分かる。図 5-5 に InP(004)近傍の拡大図を示
す。InP(004)の回折ピークにオーバーラップしているが ZnSnAs2 と ZnSnAs2:Mn の回
折ピークがあることも分かる。この n-MnAs の格子定数は a = 3.720 Å, c = 5.712 Å と
見積もられた。バルクの格子定数に近く結晶格子が緩和していると考えられる。
ZnSnAs2 スペーサ層の表面が完全に平坦ではなく荒れているためである。これは
ZnSnAs2 スペーサ層の成長中の RHEED 観察から分かった。そのため ZnSnAs2 スペー
サ層上の n-MnAs 薄膜の結晶性が良くない。
作製した構造は試料 A の形に加工した。塩酸によるエッチング時間に対するエッ
チング深さを図 5-6 に示す。エッチャントの温度は室温である。エッチングレートは
120 nm/min と見積もられた。エッチングした領域から n-MnAs 層が除去できたかを確
認するために XRD 測定を行なった。その結果を図 5-7 に示す。n-MnAs からの回折ピ
ークがエッチングした領域からは消えていることが分かる。また、表面の色の違いから
も MnAs 層が除去されたことが確認できる。
- 55 -
ZnSnAs2:Mn を用いた巨大磁気抵抗効果
第5章
10
8
10
7
10
6
10
5
10
4
10
3
10
2
10
1
InP(004)
20
40
MnAs(2023)
MnAs(2022)
ZnSnAs2:Mn(008)
MnAs(1012)
MnAs(1011)
InP(006)
ZnSnAs2:Mn(004)
Intensity (arb. unit)
InP(002)
60
80
100
120
 (deg)
図 5-4 MnAs/ZnSnAs2/ZnSnAs2:Mn の XRD 2θ/ω プロファイル
ZnSnAs2:Mn
InP(004)
MnAs(2022)
Intensity (arb. unit)
and
InP substrate
InP substrate
58
60
62
64
66
68
/2 (deg)
図 5-5 InP(004)近傍の XRD 2θ/ω プロファイル。InP(004)の回折ピークにオーバーラ
ップして、ZnSnAs2:Mn の回折ピークがある。
- 56 -
第5章
ZnSnAs2:Mn を用いた巨大磁気抵抗効果
70
Thickness (nm)
60
50
40
30
20
10
0
0
5
10
15
20
25
30
Time (sec)
図 5-6 塩酸による MnAs のエッチング特性
(b)
InP(004)
MnAs(2023)
MnAs(2022)
Intensity (arb. units)
MnAs(1120)
etched
ZnSnAs2(204)
InP(002)
MnAs(1011)
Intensity (arb. units)
(a)
etched
without etching
without etching
20
30
40
60
50
/2 (deg)
70
80
90
/2 (deg)
図 5-7 (a) InP(002)と(b)InP(004)近傍の XRD 2θ/ω パターン。エッチングしていない
領域とエッチングした領域の比較。
図 5-8 図 5-8 に 10K での試料 A、B、C の磁場に対する MR 測定の結果を示す。
低磁場(< 2kOe)でヒステリシスをもつ2つのピークが現れた。高磁場でのリニアな
負の MR は強磁性 MnAs 層の異方性磁気抵抗(AMR)によるものと考えられる。ここ
では ZnSnAs2:Mn 層の磁気抵抗は 10-2%と小さいので無視する。負の MR を除去し
CIP-GMR による MR の成分のみを取り出すため、文献[57]を参考にして MR 比を
- 57 -
第5章
ZnSnAs2:Mn を用いた巨大磁気抵抗効果
(5-8)
と定義する。ここで Rmax は最大抵抗、R0 はゼロ磁場での抵抗である。試料 A の最大
MR は試料 B と C のものよりも大きい。また MR のピークは試料 B と C と異なり、高
磁場側にシフトしている。試料 C の Rmax は試料 B のものよりも低磁場側に現れている
が、その理由は試料 C の保持力が~770 Oe であり、試料 B の~950 Oe よりも小さいた
めである。一般的に保磁力は結晶性に依存する。試料 C の結晶性は、試料 B よりも良
い。試料 A の MR は他のものよりもブロードである。試料 B と C は、最大 MR 比が小
さく、幅も小さい。試料 A の向上した MR 比は、2つの強磁性層の反平行磁化による
ものと思われる。
次に MnAs / ZnSnAs2 / ZnSnAs2:Mn から成る 3 層構造の磁気特性の測定結果を議
論する。図 5-9 に SQUID で測定した 77K の磁化曲線を示す。磁場は InP[110]に沿っ
て-5 から 5kOe の範囲で印加した。磁化曲線中の小さな2つのステップは強磁性 MnAs
と ZnSnAs2:Mn 層の間の保磁力差によるものである。SQUID 磁力計で測定した磁化の
温度依存性では、磁化が~325K で消失した。このキュリー温度は MnAs (321 K)と
ZnSnAs2:Mn (333 K)のものと一致する。磁気抵抗効果が最大になるときの磁場は、
MnAs と ZnSnAs2:Mn の磁化が反平行になるときと一致していることが示唆される。
よって、試料 A において低磁場(< 2 KOe)で明らかに CIP-GMR が観測されたといえ
る。一方、試料 B と C の MR は MnAs 層の AMR に起因すると考えられる12。
図 5-10 に試料 A、B、C の MR 比の温度依存性を示す。MnAs と ZnSnAs2:Mn は
両方とも室温以上でも強磁性をもつため、300K でも試料 A の MR 比は、試料 B、C の
MR 比よりも大きい。試料 A の MR 比は、試料 B、C よりも 10K で約 2.5 倍、300K
で約 2.1 倍大きかった。全ての試料が温度の減少とともに MR 比が増大するが、試料 A
の MR 比の温度依存性は、試料 B、C のものよりも大きかった。試料 B と C は、電流
が MnAs 層のみを流れるため、MR 比の温度依存性はほぼ同様である。試料 A に対し
て観測された温度依存性は、ZnSnAs2:Mn 層の飽和磁化の変化を反映していると考えら
れる。これらの結果から DMS である ZnSnAs2:Mn の CIP-GMR を室温まで観測した
といえる。
H. Oomae, Y. Jinbo, H. Toyota and N. Uchitomi, Phys. Status Solidi A vol. 210, p.
1336, 2013 中で、
試料 A の MR 比から試料 B の MR 比を引算することで試料 A の GMR
成分を抽出する処理をしたが、その後の考察でこの処理が正しくないとの結論に至った。
12
- 58 -
第5章
ZnSnAs2:Mn を用いた巨大磁気抵抗効果
MR ratio (%)
0.2
Sample A
Sample B
Sample C
0.1
0.0
-0.1
-3
-2
-1
0
1
2
3
Magnetic field (kOe)
図 5-8 10K で測定した current-in-plane 配置での試料 A, B, C の MR 曲線。磁場は InP
[110]方向に印加した。
-4
Magnetization ( 10 emu)
4
3
2
1
0
-1
-2
-3
-4
-3
-2
-1
0
1
2
3
Magnetic filed (kOe)
図 5-9 MnAs(20 nm) / ZnSnAs2 (2 nm) / ZnSnAs2:Mn (50 nm)の 77K での磁化曲線。
磁場は InP [110]方向に印加している。矢印は MnAs と ZnSnAs2:Mn 層の磁化の向きを
表す。
- 59 -
ZnSnAs2:Mn を用いた巨大磁気抵抗効果
第5章
0.2
MR ratio (%)
Sample A
Sample B
Sample C
0.1
0.0
0
0
50
100
150
200
250
300
Temperature (K)
図 5-10 試料 A、B、C の最大 MR 比の温度依存性。試料 A の MR 比の温度依存性は、
試料 B、C のものより大きく、また傾向も異なることが分かる。
MnAs 層を用いた GMR 素子の最大 MR 比を表 5-5 にまとめる。ここにまとめたも
のは全て面内電流配置である。MnAs と MnAs の組合せでは最大 MR 比は 0.17%、
MnAs
と GaMnAs の組合せでは~0.15%であり、本研究で得られた値と近いことが分かる。
表 5-5 MnAs 層を用いた GMR 素子の最大 MR 比
最大 MR 比
測定温度
(%)
(K)
MnAs/GaAs/MnAs
0.17
27.9
Takahashi ら (2000) [57]
MnAs/GaAs/GaMnAs
0.15
4.2
Zhu ら(2007) [61]
MnAs/ZnSnAs2/ZnSnAs2:Mn 0.18
10
-
構造
- 60 -
文献
第5章
5―5
ZnSnAs2:Mn を用いた巨大磁気抵抗効果
本章のまとめ
MnAs / ZnSnAs2 / ZnSnAs2:Mn 磁性三層構造を InP(001)基板上に MBE 法を用い
て作製した。本研究により初めて ZnSnAs2:Mn を用いた CIP-GMR 効果の観測に成功
した。磁化曲線を測定した結果、典型的は2つのステップが観測された。CIP-GMR は
面内磁気抵抗効果測定において観測された。CIP-GMR の温度依存性は MnAs 単層のも
のと異なっていた。
これらの結果は InP ベーススピントロニクスに対して ZnSnAs2:Mn
デバイス応用に有用である可能性を明らかにした。
- 61 -
第6章
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
第6章
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
MBE 法を用いて、InP(001)基板上に MnAs 薄膜を成長した。4 つの試料を
作製し、その内 3 つは成膜後、As4 雰囲気で 340、380、400 ºC でそれぞれ熱処
理を行った。各試料を X 線回折(XRD)で分析した結果、全ての試料で閃亜鉛
鉱型 MnAs(zb-MnAs)と NiAs 型六方晶 MnAs(n-MnAs)が混在しているこ
とが確認された。zb-MnAs(002)と(004)の XRD ピーク強度は 380 ºC で熱処理
した試料が最も大きかった。zb-MnAs(400)と(220)の XRD パターンでも同様の
結果を示した。
一方、n-MnAs の回折ピーク強度は 380 ºC で最も小さくなった。
この実験結果は、MnAs の結晶構造が六方晶型から閃亜鉛鉱型へ変化すること
を示唆している。
6―1
はじめに
第3章から第5章まで取り上げてきた ZnSnAs2:Mn の Zn 原子と Sn 原子を Mn 原子
で 100%置換すると zb-MnAs となる。zb-MnAs は理論的にハーフメタリック強磁性体
であると予測されている [6] [64] [65] [66] [67] [68]。しかし、InP(001)基板上への
zb-MnAs 薄膜の作製についての情報は少ない。そこで、本章では MBE 法による MnAs
薄膜の成長と熱処理効果を調べた。
ここでは MnAs が安定な n-MnAs [29] [69] [70] [71]
[72] [73]または MnP 型斜方晶 MnAs [74] [75] [76]ではなく zb-MnAs になっているこ
とを結晶構造の分析から検証した。また、比較のために n-MnAs を成膜した。n-MnAs
の成膜温度は 210 ºC であり、340 ºC で熱処理している。熱処理効果の実験では、250 ºC
で成膜を行なった MnAs 薄膜に対し 340、380、420 ºC の各温度で 10 分間の熱処理を
行なった。熱処理により、zb-MnAs の領域が変化することについて述べる。結晶構造
の評価として、XRD 2θ/ω、2θχ/φ スキャン、φ スキャン、TEM、電子線回折を行なった。
熱処理の効果を調べるために、熱処理中の結晶の変化を観察するために RHEED 観測
を行った。磁化測定は SQUID と VSM を用いた。
- 62 -
第6章
6―2
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
試料について
表 6-1 に本章で扱う試料をまとめた。一例として図 6-1 に試料 A の成長シーケン
スを示す。全ての成膜において、InP(001)基板は As4 雰囲気で 550 ºC の基板温度で酸
化膜の除去を行なった。
酸化膜除去により得られた InP 基板の RHEED パターンは 550
ºC の温度のとき(4×2)であった。
MnAs の成膜では、Mn と As4 のフラックス比を Mn:As4
= 1:23 とした。成長時間は全て 30 分である。試料 A,B,D-F の膜厚は後述の TEM 観察
の結果から見積もったものである。成長速度は 8.4 Å/min であった。試料 C の膜厚は
X 線反射率測定から見積もった。
成膜温度依存性を調べる実験では基板温度を 250 ºC(試料 A)と 300 ºC (試料 B)
で成膜した。この2つの試料は成膜後に成長炉内で As4 雰囲気の下で 380 ºC で 10 分間
熱処理を行なった。一方、熱処理効果の実験では成膜温度を 250 ºC で成膜を行ない、
340 ºC (試料 F)、380 ºC (試料 G)、420 ºC (試料 H)の各温度で 10 分間の熱処理を行な
った。試料 E は比較のために用意した as-grown 試料である。
表 6-1 本章で扱う試料の Mn フラックス、As4 フラックス、膜厚、成長温度、成長速度
および熱処理温度
Mn flux
As4 flux
膜厚
成長温度
成長速度
熱処理温度
(Torr)
(Torr)
(nm)
(°C)
(Å/min)
(°C)
A
1.5×10-8
3.4×10-7
50
250
8.4
380
B
1.5×10-8
3.4×10-7
50
300
8.4
380
C
5.6×10-8
1.3×10-6
85
210
14.2
340
D
1.5×10-8
3.4×10-7
50
250
8.4
380
E
1.5×10-8
3.4×10-7
50
250
8.4
-
F
1.5×10-8
3.4×10-7
50
250
8.4
340
G
1.5×10-8
3.4×10-7
50
250
8.4
380
H
1.5×10-8
3.4×10-7
50
250
8.4
420
試料名
- 63 -
第6章
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
600
(b)
Temperature ( C)
500
(e)
400
(a)
300
(d)
200
(c)
100
0
0
30
60
90
120
150
180
Process time (min)
図 6-1 試料 A の成長シーケンス。(a) ホルダデガス、(b) 熱クリーニング、(c) As テ
ンプレート、(d) MnAs 層の成長、(e) As4 雰囲気での熱処理。
6―3
実験結果
6―3―1 MnAs 薄膜の結晶構造に対する成長温度依存性
図 6-2 (a-c)にそれぞれ 250 ºC、300 ºC、210 ºC で成膜した MnAs/InP(001)の高分解
能 XRD パターン(2θ/ω)を示す。また参考のために Ohno らにより報告された格子定
数 (5.98 Å) [26] を 用 い て 計 算 し た zb-MnAs の XRD パ タ ー ン と n-MnAs
(ICDD#00-028-0644)のパターンを示す。250 ºC で成膜した MnAs 薄膜の XRD パターン
には n-MnAs の回折ピークとは異なるものが InP(002)、InP(004)回折ピークの低角度側
に現れた。それぞれの角度は 2θ = 29.435°と 60.991°である。300 ºC で成膜した MnAs
薄膜では同様のピークが観測された。それぞれの角度は 2θ = 29.472°と 61.086°である。
計算により求めた zb-MnAs のパターンと比較するとこれら2つの回折ピークは
―
zb-MnAs で指数付けできる。ただし図 6-2 (b)には強度は弱いが n-MnAs(101 1)、
―
―
n-MnAs(1012)、n-MnAs(2023)が観測された。このことから zb-MnAs を成膜するための
基板温度は 250 °C が良いことが分かる。ただし、別途 250 ºC で成膜した MnAs 中には、
―
~78.18º に n-MnAs(2023)のピークが観測されたことに留意する。これは、n-MnAs の格
子の[0001]方位が面直に対して約 66.31º 傾いた面である。
- 64 -
第6章
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
一方、210 ºC で成膜した MnAs 薄膜の場合、n-MnAs のピークのみが観測された。
―
―
ピークはそれぞれ 41.201º に n-MnAs(1012)、77.541º に n-MnAs (2023)である。この2つ
のピークは [60] [77]で報告されている n-MnAs/InP の XRD パターンとは異なる。その
―
―
―
文献中には、27.8°の MnAs (1100)、57.3°の(2200)、91.9°の(3300)が観測されている。ま
た GaAs(001)基板上に成膜された type-A でもなく type-B でもない [69]。図 6-2 (c)で得
られた成長方位は Kim ら [78]による GaAs(001)基板上への MnAs 薄膜の成膜で報告され
ている。図 6-2 (c)の回折ピーク位置から見積もられた n-MnAs の格子定数は a=3.710 Å
と c = 5.712 Å であった。この値はバルク n-MnAs の格子定数 a = 3.721 Å、c = 5.712 Å と
近く、n-MnAs の格子が緩和していると考えられる。
―
前述のとおり、250 ºC で成膜した MnAs 薄膜にも n-MnAs(2023)の回折ピークが現
―
れたが、210 ºC で成膜したものと比較して zb-MnAs が存在する膜では、n-MnAs(2023)
のピーク位置が高角度側にシフトしていた。250 ºC と 210 ºC で成膜したものでは
―
n-MnAs (2023)のブラッグ角は 78.181º と 77.541º であった。これは n-MnAs の格子の圧
縮された状態で zb-MnAs と共存しているためと考えられる。
つまりこの格子の違いは、
膜中に zb-MnAs のような他の結晶が存在することによるものだといえる。
次に 250 ºC と 300 ºC で成膜した試料の XRD パターン中の zb-MnAs ピークについ
て詳細に議論する。これらの InP(002)と InP(004)の回折ピーク近傍の XRD パターンを
図 6-3 (a)-(d)に示す。前述のとおり、InP(002)と InP(004)の回折ピークの低角度側にあ
るピークは n-MnAs のものと一致せず、むしろ zb-MnAs の可能性が考えられる。これら
のピークを zb-MnAs であると仮定すると、格子定数は 250 ºC 成膜した試料では
zb-MnAs(002)から c = 6.0639 Å、zb-MnAs(004)から c = 6.0715 Å と見積もられた。一
方、300 ºC で成膜したものでは zb-MnAs(002)から c = 6.0565 Å、zb-MnAs(002)から c =
6.0630 Å と見積もられた。それぞれの格子定数の平均は、250 ºC で成膜したものに対
して 6.068 Å、
300 ºC で成膜したものに対して 6.060 Å となる。またそれ以外に、図 6-2(c)
―
では InP(002)ピークの高角度側に n-MnAs (1011)の回折ピークが観測された。
- 65 -
第6章
Intensity (arb. unit)
(a)
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
InP(002)
InP(006)
InP(004)
(b)
(c)
(d)
calculation
(e)
ICDD #00-028-0644
20
40
60
80
100
120
/2 (deg)
図 6-2 (a) 250 °C、
(b) 300 °C で成膜し 380 °C で熱処理した MnAs 薄膜および(c)210 °C
で成膜し 340 °C で熱処理した MnAs 薄膜の XRD 2θ/ω パターン。(d) 5.98 Å の格子定
数を用いて計算した zb-MnAs の XRD パターン 。(e) n-MnAs の XRD パターン。
- 66 -
第6章
InP(002)
(b)
Intensity (arb. unit)
Intensity (arb. unit)
(a)
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
29.435
27
28
29
30
31
32
33
34
28
29
31
Intensity (arb. unit)
Intensity (arb. unit)
62
64
66
68
32
66
68
InP(004)
(d)
n-MnAs(1011)
32.406
30
60
/2 (deg)
InP(002)
29.472
27
60.991
58
/2 (deg)
(c)
InP(004)
33
34
61.086
58
60
/2 (deg)
62
64
/2 (deg)
図 6-3 (a-b) 250 °C、(c-d) 300 °C で成膜した MnAs 薄膜の XRD2θ/ω パターン。(a)と
(c)は InP(002)近傍、(c)と(d)は InP(004)近傍。
立方晶構造である閃亜鉛鉱型の結晶は面内に 4 回対称の面をもつ。例えば、試料面
―
―
―
――
―
に垂直な面として(400)、(040)、(400)、(040)や(220)、(220)、(220)、(220)などがある。
MnAs の結晶構造が閃亜鉛鉱型であればそれらの面が試料面に垂直に見えると予想され
る。これを確かめるために、面内の XRD パターン(2θχ/φ)を測定した。測定方法の概略
図を図 6-4 に示す。入射角 ω は試料面に水平に入射するが、完全に 0°にすると回折強
度を取れないため僅かに角度をつけて X 線を入射した。2θ は ω の 2 倍の角度である。
原理自体は 2θ/ω スキャンと同じであるので、この測定配置では 2θ が 2θχ となる。ただ
し入射 X 線源は ω 軸しか動かないため、2θ/ω の ω の代わりに φ 軸を回転させる。
- 67 -
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
第6章
φ
Sample
X-ray source
Detector
X-ray source
ω
2θχ
Sample 2θ
Detector
図 6-4 2θχ/φ スキャン測定の概略図
zb-MnAs が出来ていると考えられる試料 D と n-MnAs だけが成長している試料 C
の 2θχ/φ スキャンの結果を図 6-5 に示す。この測定では InP 基板の法線である[001]の垂
直にあたる InP{220}と InP{400}近傍を測定した。
Intensity (arb. units)
Intensity (arb. units)
InP{220}
(b)
(a)




60
61
62
63




40
41


Intensity (arb. units)
Intensity (arb. units)
(d)
InP{400}
(c)




60
61
42
43
44
2/ ( )
62
63



40
2/ ( )
InP{220}
n-MnAs{1012}
41
42
43
44
2/ ( )
図 6-5 試料 D (a, b)と試料 C(c, d)の 2θχ/φ スキャンの結果。(a)と(c)は InP{400}近傍、(b)
と(d)は InP{220}近傍のスキャン結果である。
- 68 -
第6章
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
図 6-5 に示す通り、それらのピークの隣に{220}と{400}ピークが観測された。それ
ぞれのピークは 90 º ごとに現れており、立方晶の対称性であると判断できる。しかし、
―
InP{220}の隣のピークは面間隔の近い n-MnAs{1012}と指数付けすることも可能である。
―
―
実際、図 6-2 (c)で示された n-MnAs (2023)に垂直な n-MnAs(1012)が図 6-5 (d)で見つか
った。しかし、90 º ごとのピークの出方は図 6-5 (b)のものと異なる。ピーク強度は図
6-5 (b)中の4つの角度とほぼ等しいが、図 6-5 (d)では強いピークは 180 º ごとに現れて
いる。それらの間に弱いピークもある。また、図 6-5 (c)に示すように試料 B では~61 º
に回折ピークが得られなかった。この回折角度に n-MnAs のピークは存在しない。その
ため、図 6-5 (a-b)で得られた薄膜からの XRD パターンは4回対称性をもつ zb-MnAs
のものであると考えられる。
図 6-6 は試料 D と試料 C に対して測定した φ スキャンの結果である。2θχ は~42º
に固定した。φ の範囲は 0 º から 360 º である。
Intensity (arb. units)
(a)
(b)
0
45
90
135
180
225
270
315
360
( )
図 6-6 (a)試料 D と(b)試料 C の φ スキャンの測定の結果。2θχ を~42º に固定している
zb-MnAs ができていると判断できる試料 D では 90º ごとに強度の等しいピークが現れ
ている。これは 2θχ/φ スキャンの結果と一致する。一方、n-MnAs のみができている試
料 C では強度の強いピークと弱いピークが 180º ごとに現れた。これは n-MnAs のサブ
ドメインの存在により説明できる。つまり、強度の強い 45º と 225º のピークがメインド
メインであり、135º と 315º がサブドメインである。これらの結果からも図 6-5 (b)が
―
zb-MnAs{220}によるものであり、図 6-5 (d)が n-MnAs{1012}によるものであると判断で
- 69 -
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
第6章
きる。従って、明らかに 250 ºC で成膜したものは zb-MnAs が形成されているといえる。
――
ただし、図 6-5 (b)を見ると、zb-MnAs{220}の回折ピークの中心角度は(220)と(220)で同
―
―
―
じであるが、(22 0)と(2 20)とは若干異なる。 (220)と(22 0)の回折角度を比較すると約
―
0.061º だけ異なる。これは n-MnAs{1012}の回折ピークが zb-MnAs{220}とオーバーラッ
プしているためと考えられる。
面内の格子定数を見積もると、{220}の回折角度で計算すると 6.047 Å、{400}の回
折角度で計算すると 6.050Å と見積もられた。この2つの値はほぼ等しく、やはり同じ
zb-MnAs 格子によるものと判断できる。この格子定数と面直方向の格子定数を合わせて
考えると、zb-MnAs の格子は面内に 0.1%ほど圧縮して歪んでいることが分かった。
6―3―2
透過型電子顕微鏡観察
結晶構造をより詳細に調べるために 250 °C で成膜した MnAs 薄膜(試料 A)につ
いて高分解能 TEM 観察を行なった。この試料は XRD 2θ/ω 測定で n-MnAs 相が観測さ
れなかった試料である。図 6-7 に MnAs/InP 界面の高分解能断面 TEM 像を示す。電子
線を InP[110]方位から入射したものである。3つの結晶領域が存在することが明らかに
わかる。またクラスターのような領域は存在していない。図 6-8 に MnAs/InP ヘテロ接
合の制限視野電子線回折パターンを示す。この電子線回折パターンを分析した結果、
―
MnAs 薄膜中には六法緻密構造(hcp)の n-MnAs (1010)と面心立方構造(fcc)の zb-MnAs
(110)があることが明らかとなった。Zb-MnAs からの回折は弱く分かりにくいが、
InP(110)からの回折スポットの近傍に zb-MnAs の回折スポットが確認できる。図中の実
線は InP(110)の回折点を繋いだものである。また破線は zb-MnAs(110)、
点線は n-MnAs(10
―
10)からの回折スポットを繋いだものである。この結果は、MnAs が InP と同じ閃亜鉛鉱
型の結晶構造であることを示している。
この TEM 像の界面に着目すると、界面での結晶性も良いことが分かる。また、
zb-MnAs 領域と n-MnAs 領域が InP 基板とエピタキシャル関係にあることも確認できる。
この n-MnAs 領域は HR-XRD では見つからなかったものである。
n-MnAs 領域は zb-MnAs
領域の体積と比較して小さく、HR-XRD の検出限界以下であったと考えられる。
zb-MnAs と n-MnAs の界面を見ると、遷移領域が存在することが分かる。前述の
XRD 2θ/ω 測定と 2θχ/φ 測定から得た格子定数を比較すると、若干面直方向に格子が伸
―
びているもののほぼ緩和していた。電子線回折パターンの 440 と 004 を用いて zb-MnAs
の格子定数を見積もったところ a = 6.00 Å と c = 6.06 Å であり、やはり格子が c 軸方向
に伸びている。
InP 基板に対して格子不整合下にある zb-MnAs 結晶格子の応力が n-MnAs
- 70 -
第6章
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
層の存在により緩和していると考えられる。
図 6-7 InP(001)基板上に成膜した MnAs 薄膜の断面 TEM 像(試料 A)
図 6-8 [110]方位から電子線を入射したときの制限視野電子線回折パターン。黄色の実
―
線は InP(110)、赤の破線は zb-MnAs(110)、白の点線は n-MnAs(1010)。
- 71 -
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
第6章
6―3―3 逆格子マップ測定
前述したとおり、電子線回折の実験結果では zb-MnAs からの回折スポットは確か
に存在するものの強度が弱い。そこで XRD を用いて逆格子マップ(RSM)測定を試み
た。RSM の測定は結晶構造の決定だけでなく、面の揺らぎを評価するためにも有効で
ある。実際、電子線回折パターンよりも結晶格子について多くの情報を得ることができ
る。RSM は 2θ/ω と 2θχ/φ スキャンのプロファイルから予測できる。図 6-9 (a)と(b)に
――
zb-MnAs[110] // InP[110] と n-MnAs[1012]//InP[110]の回折パターンの模式図を示す。も
し、図 6-5 (b)の 42º 付近のピークが zb-MnAs(220)であるならば、RSM は図 6-9 (a)と同
―
じになる。逆に、もしもそのピークが n-MnAs(1012)であるならば、RSM は図 6-9 (b)
の模式図のようになる。
試料 D の RSM を測定し、これらのパターンとの比較を行った。図 6-10 に Q[001]
と Q[110] InP 散乱ベクトルを含む面に沿ったいくつかの InP の回折スポット近傍を測定
――
した RSM を示す。また図 6-11 に InP 基板 (224)ブラッグピーク近傍の RSM の拡大図
を示す。両図とも小さく鋭い回折スポットは InP からのものであり、ブロードな回折パ
ターンは MnAs 薄膜からのものである。図 6-10 に示すブラッグ点のパターンは図 6-9
(a)のパターンと一致する。この一致は zb-MnAs[110] // InP[110]のエピタキシャル関係を
――
示している。zb-MnAs(224)スポットから見積もられた zb-MnAs 結晶の格子定数は a =
6.034 Å、c = 6.103 Å であった。
- 72 -
第6章
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
図 6-9 InP の Q[001]と Q[110]散乱ベクトルに沿って描いた (a) zb–MnAs/InP と (b)
n-MnA/InP の逆格子の模式図。○は InP 面からの反射、●は MnAs 面からの反射。
- 73 -
第6章
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
――
――
図 6-10 250 °C で成膜した MnAs/InP(001)の InP(115)、InP(115)、InP(224)、InP(224)、
InP(002)、InP(004) Bragg ピークの周りの RSM 像
――
図 6-11 250 °C で成膜した MnAs/InP(001)の InP(224) Bragg スポットの周りの MnAs
薄膜の RSM 像
- 74 -
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
第6章
ここで n-MnAs の存在について議論する。250 °C で MnAs/InP(001)を別途成膜し
―
たところ、n-MnAs(2023)の回折ピークが InP[001]に沿って測定した XRD 2θ/ω プロファ
―
―
イル中で観測されている。もし n-MnAs[2023] // InP[001]であり、なおかつ n-MnAs[0110]
―
―
―
// InP[110]となっているのであれば、n-MnAs (0112) と n-MnAs(0112)の回折ピークが
――
InP(220)と InP(220)のピーク付近に現れるはずである。なぜなら、n-MnAs と InP の面間
隔はそれぞれ 2.13 Å と 2.08 Å であり、この2つの値は近いためである。実際、これら
の2つのピークは 210 °C で成膜した MnAs/InP の XRD 測定で観測されている。さら
に、もしもサブドメインとして n-MnAs が 面内で 90º 回転して成長した領域もあるなら、
―
―
n-MnAs のこれらの2つの回折ピークは InP(220) と InP(220)ピーク近傍にも現れると予
想される。 図 6-4(b)に示す結果が InP(001)基板に成長した n-MnAs でも説明できるに
も関わらず、1.47 Å の面間隔をもつ InP{400}の隣にピークはあらゆる面内回転で説明で
きない。そのため zb-MnAs 回折スポットが観測され、MnAs 薄膜の結晶構造が閃亜鉛鉱
型であると結論付ける。
――
2つの [112] と[001]の線を図 6-11 に描いた。もしもエピタキシャル膜が膜と基板
の間の格子不整によるエピタキシャル応力により歪んでいるなら、膜の回折スポットが
InP の Qx[110]軸の同じ位置に現れる。それに対して、もしも膜が完全に緩和している
なら、膜の回折スポットは(000)から基板の回折スポットまで引いた線上に現れる。実
――
験的に、スポットの広がりは[112]の線に垂直の方向に見つかった。これは、ω スキャン
の方向と一致する。明らかに、MnAs 格子は緩和している。図 6-11 の広がった MnAs
スポットはモザイクライクの格子構造を示している。つまり、膜と基板の格子定数の違
――
いから現れる層の面の(224)方位中の角度の違いがある。同じ議論が図 6-10 の他の面に
も当てはまる。
これらの結果から成長温度は zb-MnAs 単結晶を実現するために重要といえる。
210ºC で成長した MnAs 薄膜は NiAs 構造となるが、300ºC で成膜した MnAs 薄膜は閃亜
鉛鉱型と NiAs 型六方晶構造が共存していた。一方、その中間の 250 ºC で成膜した試料
は、NiAs 構造が 300 ºC で成膜したものよりも減少し、閃亜鉛鉱型構造が支配的となる。
得られた格子定数から見積もった膜と基板の間の格子不整合度は約-3.1%であるので、
適切なバッファ層が要求されると考えられる。適切なバッファ層の導入により、結晶構
造がモザイクライクとなることを抑え、より良質な zb-MnAs 薄膜を得られると考えら
れる。
- 75 -
第6章
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
6―3―4 MnAs 薄膜の結晶構造に対する熱処理効果
成長中とアニ-ル中の RHEED パターンを図 6-12 (a)-(f)に示す。 その場アニ-ル
により表面の結晶構造が変化していることを示している。図 6-12 (a)は InP(001)基板
の RHEED パターンである。成長中、RHEED パターンは初期段階で即座にスポット
パターンに変化し、その後、徐々に図 6-12 (c)のパターンに変化する。図 6-12 (c)の
RHEED パターンは成膜の終わりまで続き、As4 雰囲気でアニ-ル中、340 ºC まで続い
た。380 ºC での RHEED は図 6-12 (d)と図 6-12 (f)に示すパターンに変化し、420 ºC
まで昇温すると輝度が強くなった。図 6-12 (d)と(f)の RHEED パターンはストリークと
スポットの違いはあるものの、それぞれ図 6-12 (b)と図 6-12 (e)と似たパターンである。
しかし、図 6-12 (d)の RHEED パターンが閃亜鉛鉱型構造であるかどうか判断するこ
とは難しい。なぜなら、閃亜鉛鉱型(110)面と NiAs 型六方晶(0001)のパターンは比較的
似ているためである。
e//[110]
a
e//[110]
InP surface
b
e//[110]
e//[110]
c
After growth
d
e//[100]
e
Initial stage of growth
Annealing at 420 ºC
e//[100]
Initial stage of growth
f
Annealing at 420 ºC
図 6-12 成長時とアニール時の RHEED パターン。(a-d)は e//InP[110]、(e, f)は
e//InP[100]。(a)は InP 基板、(b)と(e)は成長初期、(c)は成長後、(d)と(f)は 420 ºC での
アニール中。加速電圧は 20 kV、電流は 1.7 A である。
- 76 -
第6章
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
図 6-13 に as-grown の MnAs/InP と 340、380、420 ºC でそれぞれアニールした
MnAs/InP の4つの XRD 2θ/ω スキャンの結果を示す。Zb-MnAs の格子定数は、340、
380、420 ºC のアニール温度に対してそれぞれ 6.065、6.068、6.066 Å と見積もられた。
as-grown のプロファイルをみるとそれ以外にも 32.4、42.7、78.8º 付近に小さなピーク
―
―
―
が見られる。これらはそれぞれ n-MnAs (1011)、n-MnAs (1012)、n-MnAs (2023)から
の回折ピークである。これら n-MnAs の回折ピーク強度はアニールにより小さくなっ
た。
InP(004)
Intensity (arb. unit)
InP(002)
zb-MnAs
(002)
n-MnAs zb-MnAs
(1012) (004)
InP(006)
n-MnAs
(2023)
(a)
zb-MnAs(006)
(b)
(c)
(d)
20
40
60
80
100
120
/2 (deg)
図 6-13 (a) as-grown と (b) 340、(c) 380、(d) 420 ºC でアニールした MnAs/InP(001)
の高分解能 XRD 2θ/ω パターン
―
図 6-14 はアニール温度に対する zb-MnAs(002)、zb-MnAs(004)、n-MnAs (1012)
の XRD ピーク強度である。ただし 250 ºC のプロットは as-grown の試料の値である。
zb-MnAs (002)、(004)のピーク強度は 380 ºC で最大値をとることが分かる。アニール
温度が 380 ºC のときの zb-MnAs(004)のピーク強度は as-grown のものより約 11.6 倍
―
大きい。一方、n-MnAs(101 2)のピーク強度は 380 ºC まで徐々に減少している。
―
―
n-MnAs(1011)と n-MnAs(2023)はアニール後に消失した。
- 77 -
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
Peak intensity (arb. unit)
第6章
zb-MnAs(002)
zb-MnAs(004)
n-MnAs(1012)
250
300
350
400
450
Temperature ( C)
―
図 6-14 アニール温度に対する zb-MnAs (002)、zb-MnAs (004)、n-MnAs (1012)の
XRD ピーク強度の変化。250 ºC のプロットは as-grown の試料に対応する。
図 6-15 は4つの試料の 2θχ/φ スキャンの結果である。2θχ と φ は、試料台の法線
に対する面内回折角度と φ 軸に対する回転角度である。これらの測定では X 線の入射
角度 ω は約 0.3 º とした。
As-grown の試料に対する InP<110>方位に沿った面内 XRD パターンを図 6-15
(a)に示す。as-grown の試料では 2θχ~42º と~49º のピークが InP{220}の回折ピーク近
―
傍に現れた。2θχ~42º は zb-MnAs {220} (42.14º) と n-MnAs {1012}(42.27º)のどちらに
―
も近い。49º 付近の回折ピークは n-MnAs {112 0} (48.93º)と考えられる。従って、
as-grown の MnAs 薄膜中に n-MnAs が存在しているといえる。ここで n-MnAs と
InP(001)基板とのエピタキシャル関係を考える。2θ/ω スキャンの結果 InP(001)と
―
―
―
―
―
n-MnAs(1012)が平行と考える。そうすると InP(001)と垂直な n-MnAs の面には(1210)と
―
(1012)が含まれる。2θχ/φ スキャンの結果を考慮すると、InP(220)と n-MnAs (1210)が
―
―
―
平行であると考えられる。また(1210)と(1012)の面のなす角は 90 º であるから、90 º 回
転した n-MnAs がサブドメインとして存在していると考えられる。その結果として、
―
―
―
n-MnAs(1210)と n-MnAs(1012)は2回対称性として得られるはずが 90 º 回転して成長し
た n-MnAs のサブドメインにより4回対称性として現れたと考えられる。InP 基板と
n-MnAs のエピタキシャル関係の模式図を図 6-16 に示した。
- 78 -
Intensity (arb. unit)
(a)
Intensity (arb. unit)
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
第6章
InP(400)
0 deg
90 deg
180 deg
270 deg
38
40
42
44
46
48
50
0 deg
90 deg
180 deg
270 deg
38
52
InP{220}
(b)
40
42
46
Intensity (arb. unit)
(c)
InP(220)
420 C
380 C
340 C
(d)
40
42
44
46
50
52
InP{400}
420 C
380 C
340 C
as-grown
as-grown
38
48
2/ (deg)
2/ (deg)
Intensity (arb. unit)
44
48
50
58
52
60
62
64
66
68
2/ (deg)
2/ (deg)
図 6-15 MnAs 薄膜の XRD 2θχ/φ パターン。(a)と(b)は as-grown と 420 ºC でアニール
―
―
――
した試料。X 線の散乱ベクトルが InP[110]、[110]、[110]、[110]に平行になるように
測定した。(c)は[110]に、(d)は[100]に散乱ベクトルを平行にしたときの as-grown と
340、380、420 ºC でアニールした試料のプロファイル。
次にアニールによる変化を議論する。図 6-15 (b)は同様のスキャンを 420 ºC でア
ニールした試料で行なったものである。49º 付近のピークは消失していることが分かる。
一方、42º 付近のピークは鋭くなっている。これはアニールにより n-MnAs の結晶領域
の体積が減少し、逆に zb-MnAs の領域が増えたことを意味していると解釈できる。そ
のため 42º の回折ピークは zb-MnAs{220}と指数付けした。
図 6-15 (c)は as-grown と 340、380、420 ºC の試料に対する InP(220)近傍の 2θχ/φ
スキャンの結果である。アニール温度が高くなるにつれて 2θχ~49º の n-MnAs のピー
クが消失し、42º の zb-MnAs {220}のピーク強度が大きくなっていくことが分かる。
zb-MnAs {220}から見積もられた格子定数は 340、380、420 ºC のアニール温度に対し
て、それぞれ 6.019、6.014、6.017 Å であった。
- 79 -
第6章
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
図 6-15 (d)は as-grown と 340、380、420 ºC で
(1012)
(1210)
アニールした試料に対する InP(400)近傍の 2θχ/φ プ
(1012)
ロ フ ァ イ ル で あ る 。 zb-MnAs (400) の ピ ー ク が
InP(400)のそれの低角度側に観測された。このピーク
n-MnAs
は n-MnAs と一致しない。zb-MnAs {400}のピークが
InP
90º ごとに観測され、立方晶の 4 回対称性を示した。
(110)
InP(220)近傍の 2θχ/φ スキャンの結果と同様に、アニ
ールにより zb-MnAs (400)のピーク強度が大きくなっ
ている。また、2θ/ω スキャンの結果とも一致してい
る。zb-MnAs{400}から見積もった 340、380、420 ºC
でアニールした試料の格子定数はそれぞれ 6.020、
[001]
[010]
[100]
図 6-16 n-MnAs と InP のエピタ
キシャル関係
6.016、6.027 Å であった。これらの値は zb-MnAs {220}から求めた値と一致している。
これらの結果から、MBE により低温で InP(001)基板上に成長した MnAs 薄膜の核
形成は、エピタキシャル MnAs の結晶構造を決定する役割をする。zb-MnAs 相は理論
的に準安定であり熱的に不安定であるにも関わらず、zb-MnAs が本実験で得られた。
Kim ら [29]は 200 ºC の温度で zb-MnAs を成長することに成功したが、一方で Kubo
ら [30]は>500 ºC の温度で zb-MnAs が成長することを報告している。Yokoyama ら
[33]は GaMnAs を成膜後、500 ºC から 600 ºC で熱処理することで zb-MnAs のナノク
ラスターを作製できることを示した。さらに As を Sb に置き換えた NiAs 型六方晶
MnSb において、Aldous ら [79]は~420 ºC で閃亜鉛鉱型が得られることを報告してい
る。つまり閃亜鉛鉱型構造が広い温度範囲で形成される可能性があるといえる。本研究
の結果は、n-MnAs と zb-MnAs との間の相互の変化が 380 ºC で起こる可能性があるこ
とを示唆している。
これら XRD の結果から得られた格子定数を表 6-2 にまとめた。いずれの試料にお
いても面内の格子定数が面直方向の格子定数よりも小さく、格子が圧縮歪みを受けてい
ることが分かる。これらの値は InP 基板の 5.869 Å よりも大きいため、前述したとお
り基板による圧縮応力が zb-MnAs の格子に加わっていると考えられる。
表 6-2 2θ/ω と 2θχ/φ 測定から得た格子定数
Lattice constant (Å)
(00l)
{220}
{400}
As-grown
6.067 ± 0.006
6.010 ± 0.016
6.020 ± 0.002
340 ºC
6.065 ± 0.001
6.019 ± 0.008
6.020 ± 0.002
380 ºC
6.068 ± 0.005
6.014 ± 0.004
6.016 ± 0.002
420 ºC
6.066 ± 0.005
6.017 ± 0.007
6.027 ± 0.003
- 80 -
第6章
6―3―5
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
zb-MnAs 薄膜の磁気特性
磁化の温度依存性を図 6-17 に示す。InP[110]に 300 Oe の外部磁場を印加しながら
10 K から 400 K に昇温して測定した。250 °C で成膜した試料 A のキュリー温度は 308
K と見積もられた。一方、300 °C で成膜した試料 B のキュリー温度は 256 K であった。
また、VSM で測定した試料 C(n-MnAs)のキュリー温度は 328 K であった。zb-MnAs (試
料 A)の飽和磁化とキュリー温度は n-MnAs (試料 C)のそれよりも小さい結果となった。
ここで、
Mn-As の 2 元系材料の磁気特性と比較する。Mn-As の強磁性体として Mn2As
と Mn3As2 が考えられる。Hwang ら13の報告によれば Mn2As のキュリー温度は 380K で
ある [80]。一方、Mn3As2 のキュリー温度は 273 K であると Yuzuri と Yamada14が報告し
ている [81]。試料 A のキュリー温度は 305 K であるから Mn2As や Mn3As2 とは異なる
300
250 C
300 C
3
Magnetization (emu/cm )
と考えられる。
250
200
150
100
50
300 Oe
0
-50
0
100
200
300
400
Temperature (K)
図 6-17 250 ºC と 300 ºC で成膜して 380 ºC でアニールした MnAs 薄膜の磁化曲線
次に試料 A と試料 B の磁化の磁場依存性を図 6-18 に示す。測定は SQUID 磁力計
を用いた。外部磁場は InP[110]に印加している。測定温度は 10、150、300 K である。
13
14
Si(001)基板上に MBE 法を用いて成膜している。
Mn(99.9%)と As(99.9%)の粉末を用いてセラミック法で作製している。
- 81 -
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
第6章
10 K での飽和磁化はそれぞれ 300 emu/cm3 と 120 emu/cm3 であった。
200
200
0
-200
250 C
-400
-5000
10 K
150 K
300 K
3
Magnetization (emu/cm )
10 K
150 K
300 K
3
Magnetization (emu/cm )
400
-2500
0
2500
5000
100
0
-100
300 C
-200
-5000
-2500
Magnetic field (Oe)
0
2500
5000
Magnetic field (Oe)
図 6-18 (a)試料 A、(b)試料 B の磁化曲線。InP[110]に磁場を印加している。
(a)
3
400
600
Magnetization (emu/cm )
3
Magnetization (emu/cm )
600
200
0
-200
B//InP[110]
B//InP[010]
B//InP[-110]
-400
-600
-10
-5
0
5
10
400
(b)
200
0
-200
B//InP[110]
B//InP[-110]
B//InP[010]
-400
-600
-10
Magnetic field (kOe)
-5
0
5
10
Magnetic field (kOe)
図 6-19 VSM で測定した(a) 試料 D と(b) 試料 C の磁化曲線である。測定温度は 77 K
―
である。磁場を面内の InP[110]、InP[010]、InP [110]方向に印加している。印加した磁
場の範囲は-10kOe から 10 kOe である。
次に zb-MnAs の磁気異方性を調べた。図 6-19 は VSM を用いて 77 K の温度で測
定した試料 D(zb-MnAs)と試料 C(n-MnAs)の磁化曲線である。磁場を面内の InP[110]、
―
InP[010]、InP [110]方向に印加した。zb-MnAs はいずれの方位に磁化させても違いはな
く等方的である。一方、n-MnAs ではそれぞれの方位で違いがあり六方晶に起因する異
方性が確認できた。この結果からも zb-MnAs だと考えられる試料は立方晶の結晶構造
であると判断できる。
最後に、報告されている zb-MnAs の磁気特性と比較する(表 6-3)。Kim らは
GaAs(001)基板上に成長した zb-MnAs の飽和磁化は 70 emu/cm3 と報告した。一方、Kubo
らは GaAs(111)B 基板上に成長した zb-MnAs の飽和磁化は 500 emu/cm3 であったと報告
- 82 -
第6章
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
している。zb-MnAs が予測されている通りにハーフメタリックであるならば、Mn 一個
あたりの磁化は 4μB/Mn であるので、単位換算すると 700 emu/cm3 となる。本章で作製
した試料の飽和磁化はその値からは離れており、改善の予知があるといえる。
表 6-3 zb-MnAs の格子定数と磁化特性のまとめ
格子定数
飽和磁化
Tc
(Å)
(μ/Mn)
(K)
試料 A
6.068
1.7
308
試料 B
6.060
0.7
256
6.049
-
280
5.733
0.4
310
GaAs(001)
Kubo ら
5.73
0.4
-
GaAs(001)
(2008) [30]
5.96
2.9
> 350
GaAs(111)B
5.98
-
360
GaAs(001)
Ono ら
(2002) [27]
Kim ら
(2006) [29]
Yokoyama ら
(2005) [33]
6―4
基板
InP(001)
S-passivated
GaAs(001)
基板の格子
定数 (Å)
5.869
5.653
5.653
5.653
5.653
本章のまとめ
MBE 法を用いて zb-MnAs 薄膜を InP(001)基板上へ成長できることを明らかとした。
zb-MnAs は半導体スピントロニクスにおける重要な役割を担うことから格子定数が近
いと報告されている InP(001)基板上への薄膜成長を試みた。HR-XRD と HR-TEM によ
る結晶構造分析の結果、MnAs 薄膜中に zb-MnAs と n-MnAs が共存していることが確認
された。zb-MnAs が形成された薄膜の飽和磁化は 300 emu/cm3 であり、キュリー温度は
308 K であった。また、本研究では MnAs の成長温度と成長後のアニール温度を変えて
成長条件の最適化を試みた。成長条件をより最適化することで zb-MnAs 薄膜のみの形
成が達成されることが期待される。
- 83 -
第7章
総括
第7章
総括
本章では本研究の結果の要約と本研究の成果について述べる。
分子線エピタキシー法により、InP(001)基板上にカルコパイライト型半導体
ZnSnAs2 を母体材料とする Mn ドープ ZnSnAs2(ZnSnAs2:Mn)層を成長させ、
結晶構造、磁気特性、異常ホール効果、巨大磁気抵抗効果について実験を行った。
これまでは ZnSnAs2:Mn の作製成功の報告のみであったが、本研究によりデバイ
ス応用の可能性が見出された。
また同基板上に閃亜鉛鉱型 MnAs 薄膜を成長させ結晶構造と磁気特性の評
価を行った。閃亜鉛鉱型 MnAs は理論的にハーフメタリック材料であると報告さ
れている。MnAs は NiAs 型六方晶構造が安定相であり、閃亜鉛鉱型は準安定相
となることから報告件数は極めて少ない。現在、分子線エピタキシー法による
GaAs 基板上への作製が報告されているが、未だ作製方法に不明な点が多い。本
研究では、InP(001)基板上に閃亜鉛鉱型 MnAs 薄膜の成長を試みた。閃亜鉛鉱型
MnAs は予想されている格子定数は GaAs 基板よりもむしろ InP 基板の方が近い
ためである。MnAs 層中に NiAs 型 MnAs が混在しているものの閃亜鉛鉱型 MnAs
相の成長に成功した。結晶構造特性と磁気特性について主に議論した。
本研究により下記の知見が得た。
(1)
ZnSnAs2:Mn 薄膜の構造特性
分子線エピタキシー法により ZnSnAs2:Mn を成長させたときの結晶構造と磁
気特性についての Mn 濃度依存性を調べた。Mn 濃度の増加ととに結晶性が劣化
することが XRD と TEM 観察の結果分かった。Mn 濃度が 10%を超えるところ
で XRD 測定において NiAs 型六方晶 MnAs が析出する可能性があることを明ら
かにした。
(2)
ZnSnAs2:Mn 薄膜の磁気輸送特性
半絶縁性 InP(001)基板上に Mn 濃度 6.5%で作製した ZnSnAs2:Mn 薄膜で異常ホ
ール効果を観測した。この結果により ZnSnAs2:Mn 結晶中で Mn イオンと伝導
キャリアが相互作用していることを明らかにした。300 K での測定ではノイズが
大きく異常ホール効果が明確に確認できなかったが試料のキュリー温度は 350 K
- 84 -
第7章
総括
であるので 300 K 以上でも異常ホール効果が得られると期待できる。磁気抵抗効
果についても調べた。正と負の磁気抵抗効果が得られた。Khosla-Fisher の半経
験的モデルでフィッティングした。不純物バンド中でのキャリアのスピン依存散
乱による可能性があることを明らかにした。
(3)
ZnSnAs2:Mn 薄膜を用いた巨大磁気抵抗効果
ZnSnAs2:Mn を用いた CIP-GMR 効果を初めて観測した。MnAs / ZnSnAs2 /
ZnSnAs2:Mn から成る3層構造を半絶縁性 InP(001)基板上に MBE 法を用いて作
製した。典型的は2つのステップをもつ磁化曲線が観測された。MnAs 層をウェ
ットエッチングにより一部取り除き電極を形成し磁気抵抗効果を測定した。
CIP-GMR が室温付近でも観測された。CIP-GMR の温度依存性は MnAs 単層の
ものと異なっていた。これらの結果から InP ベーススピントロニクスに対して、
ZnSnAs2:Mn エピタキシャル層を用いた強磁性体/半導体構造が強磁性スピンデ
バイスの作製に有用なものであることを示した。
(4)
zb-MnAs 薄膜の MBE 成長と結晶構造評価
閃亜鉛鉱型 MnAs は、半導体スピントロニクスにおける重要な役割を担うことか
ら、格子定数が近いと報告されている InP(001)基板上への薄膜成長を試みた。
HR-XRD と HR-TEM による結晶構造分析の結果、閃亜鉛鉱型 MnAs と六方晶
MnAs が共存する薄膜ができていることが確認された。飽和磁化は 300 emu/cm3
であり、キュリー温度は 308 K であった。この研究により、MBE 法により閃亜
鉛鉱型 MnAs 薄膜を InP(001)基板上へ成長させることができる可能性が提示され
た。成長条件の最適化により、閃亜鉛鉱型 MnAs 薄膜のみの形成が達成されるこ
とが期待される。本研究では、成長温度を変えて実験を行った。成長条件として、
原料フラックスを変化させることによる成長速度の最適化、アニール温度とアニ
ール時間の最適化が挙げられる。
- 85 -
参考文献
謝辞
本研究は著者が長岡技術科学大学大学院工学研究科修士課程および博士後期課程
在学中に行なったものであり、これまで多くの方々のご指導、ご協力を頂いてきたこと
に改めて感謝の意を表し、謝辞とさせていただきます。
本研究の遂行にあたり、実験環境の提供および適切なご指導を頂きました長岡技術
科学大学 内富直隆教授に感謝致します。
MBE 装置の使用・メンテナンスに関するご指導、ご協力を頂きました神保良夫技
術職員、豊田英之技術職員に深く感謝いたします。
有益なご意見を賜りました上林利生教授、打木久雄教授、加藤有行准教授に厚く御
礼申し上げます。
有益なご意見を賜りました石橋隆幸准教授に厚く御礼申し上げます。また、VSM
装置の使用にもご協力いただきました。
株式会社東芝 水島一郎博士、糸川寛志博士には研究の進め方、学会発表、論文の
執筆についてご教授いただき、深く感謝いたします。
MBE 装置による結晶成長、各種測定についてご教授を頂きました Joel T. Asubar
博士に深く感謝いたします。
SQUID 装置の使用にご協力いただきました末松久幸教授、鈴木常生助教に深く感
謝いたします。
HR-XRD 装置の使用にあたりご協力賜りました西山洋 准教授に感謝いたします。
試料の TEM 観察にご協力頂きました青山学院大学
使用にご協力頂きました長岡高等専門学校
中村新一先生、HR-XRD の
大石耕一郎准教授に御礼申し上げます。
ZnSnAs2:Mn の研究において大変お世話になりました我妻優二氏、羽子田賢氏、遠
藤洋紀氏、山神圭太郎氏に心より感謝いたします。
MnAs の研究において大変お世話になりました大森公博氏、入澤真治氏に心より感
謝いたします。
研究室生活全般において大変お世話になりました土田隆太郎氏、広部豊氏、藤江周
作氏、林恭輔氏、三上明弘氏、久保真人氏、山内佑希氏、岡部晃也氏、小野大祐氏、大
倉拓也氏に心より感謝いたします。
最後に今日まで温かく見守ってくれた父、母、弟、祖父母、友人に心より感謝いた
します。
この場を借りて、改めて関係者各位に深く敬意を表するとともに、心より厚く御礼
申し上げます。
- 86 -
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[58] M. Tanaka, J. P. Harbison, T. Sands, T. L. Cheeks, V. G. Keramidas and G. M.
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2006.
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2000.
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Phys. Rev. B, vol. 68, p. 115309, 2003.
- 90 -
参考文献
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[75] Y. Takagaki, E. Wiebicke, L. Daweritz and K. H. Ploog, Appl. Phys. Lett., vol.
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060403, 2012.
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063914, 2011.
[81] M. Yuzuri and M. Yamada, J. Phys. Soc. Jpn, vol. 15, p. 1845, 1960.
- 91 -
研究業績
本研究の主要論文
1.
H. Oomae, J. T. Asubar, Y. Jinbo, and N. Uchitomi:
“Anomalous Hall Effect and Magnetoresistance in Mn-Doped ZnSnAs2
Epitaxial Film on InP Substrates”
Jpn. J. Appl. Phys. 50 (2011) 01BE12.
2.
N. Uchitomi, H. Oomae, J. T. Asubar, H. Endo, and Y. Jinbo
“Room-Temperature Ferromagnetism in (Zn,Mn,Sn)As2 Thin Films Applicable
to InP-Based Spintronic Devices”
Jpn. J. Appl. Phys. 50, (2011) 05FB02
3.
H. Oomae, J. T. Asubar, S. Nakamura, Y. Jinbo, and N. Uchitomi
“Zinc-blende MnAs thin films directly grown on InP (001) substrates as possible
source of spin-polarized current”
J. Cryst. Growth 338, (2012) 129
4.
H. Oomae, S. Irizawa, Y. Jinbo, H. Toyota, T. Kambayashi, and N. Uchitomi
“Studies of zinc-blende type MnAs thin films grown on InP(001) substrates by
XRD”
J. Cryst. Growth 378, 410, (2013)
5.
H. Oomae, Y. Jinbo, H. Toyota, and N. Uchitomi
“Magnetotransport properties of MnAs / ZnSnAs2 /ZnSnAs2:Mn ferromagnet /
semiconductor hybrid structures”
Physica Status Solidi (a) 210 (2013) 1336
6.
H. Oomae, T. Shimazaki, H. Toyota, S. Nakamura and N. Uchitomi
“In-situ Annealing Effect of Zinc-blende MnAs Thin Films grown on InP
Substrates”
Physica Status Solidi (c) 10 (2013) 1481.
- 92 -
参考論文
1.
H. Oomae, H. Itokawa, I. Mizushima, S. Nakamura, N. Uchitomi
“Influence of Carbon in in-situ Carbon-Doped SiGe (SiGe:C) Films on Si (001)
Substrates on Epitaxial Growth Characteristics”
Jpn. J. Appl. Phys. 49 (2010) 04DA07
2.
H. Oomae, J. T. Asubar, M. Haneta, Y. Agatsuma, T. Ishibashi, Y. Jinbo and N.
Uchitomi
“Dependence of MBE-grown ZnSnAs2:Mn epitaxial film properties on Mn
doping level
IOP Conference Series: Materials Science and Engineering, 21 012026
3.
N. Uchitomi, H. Endo, H. Oomae, and Y. Jinbo
“Ferromagnetic and transport properties of highly Mn-doped ZnSnAs2 epitaxial
layers on InP substrates”
Thin Solid Films 519 (2011) 8207
4.
N. Uchitomi, J. T. Asubar, H. Oomae, H. Endoh, and Y. Jinbo
“Ferromagnetic ZnSnAs2:Mn Chalcopyrite Semiconductors for InP-based
Spintronics”
e-Journal of Surface Science and Nanotechnology, 9 (2011) 95.
5.
N. Uchitomi, H. Endoh, H. Oomae, M. Yamazaki, H. Toyota, and Y. Jinbo
“Ferromagnetic and transport properties of p-type (Zn,Mn,Sn)As2 thin films
grown on InP substrates for various Mn contents”
Physica Status Solidi (c) 9 (2012) 161.
- 93 -
国際会議
1.
H. Oomae, H. Itokawa, I. Mizushima, S. Nakamura, and N. Uchitomi:
“Influence of Carbon in in-situ Carbon-Doped SiGe (SiGe:C) Films on Si (001)
Substrates on Epitaxial Growth Characteristics”, The 2009 International
Conference on Solid State Devices and Materials A-3-2 (2009).
2.
H. Oomae, J. T. Asubar, Y. Jinbo, N. Uchitomi: “Anomalous Hall Effect in
Mn-Doped ZnSnAs2 Epitaxial Film on InP Substrates”, The 3rd International
Symposium on Organic and Inorganic Electronic Materials and Related
Nanotechnologies, P2-38 (2010).
3.
H. Oomae, Joel T. Asubar, M. Haneta, Y. Agatsuma, T. Ishibashi, Y. Jinbo, and
N. Uchitomi: “Dependence of MBE grown ZnSnAs2:Mn epitaxial films
properties on Mn doping level”, International Symposium on Global
Multidisciplinary Engineering (2010).
4.
H. Oomae, H. Endo, J. T. Asubar, Y. Jinbo, and N. Uchitomi: “Growth and
Properties of Zinc-blende MnAs thin films on InP(001) substrates”, The 6th
International Conference on the Physics and Applications of Spin Related
Phenomena in Semiconductors, P2-20 (2010).
5.
H. Oomae, Y. Jinbo and N. Uchitomi: “Mn doped ZnSnAs2 based ferromagnetic
semiconductor
trilayer”,
6th
International
School
and
Conference
on
Spintronics and Quantum Information Technology, FP-08 (2011)
6.
K. Yamagami, H. Oomae, H. Endo, E. Mammadov, Y. Jinbo, and N. Uchitomi:
“Effect of thermal annealing on magnetic properties of Mn-doped ZnSnAs2 thin
films grown by MBE”, 6th International School and Conference on Spintronics
and Quantum Information Technology, FP-09 (2011).
7.
N. Uchitomi, H. Endoh, H. Oomae, Y. Jinbo, E. Mammadov, T. Ishibashi:
“Experimental
Evidences
of
Site
Preference
for
Mn
Substitution
in
Ferromagnetic (Zn,Mn,Sn) As2 Films” International Symposium on Global
Multidisciplinary. Engineering 2011, O-6 (2011).
- 94 -
8.
H. Oomae, J. T. Asubar, S. Nakamura, J. Yoshio, and N. Uchitomi: “Structure
and magnetic properties of zinc-blende MnAs thin films directly grown on InP
(001) substrates“, The 1st International GIGAKU Conference in Nagaoka,
MP-19 (2012).
9.
S. Irizawa, H. Oomae, H. Toyota, Y. Jinbo, N. Uchitomi: “Studies of zb-Type
MnAs Thin Films by High-Resolution X-ray Diffraction”, , The 1st International
GIGAKU Conference in Nagaoka, MP-14 (2012).
10. H. Oomae, Y. Yamagami, A. Suzuki, H. Hayashi, N. Happo, Y. Takehara, S.
Hosokawa, W. Hu, M. Suzuki, and N. Uchitomi: “Analysis of local structure
around Mn in ferromagnetic ZnSnAs2:Mn thin films by X-ray fluorescence
holography”, International workshop on 3D atomic imaging at nano-scale active
sites in materials, Wed_P3 (2012).
11. H. Oomae, Y. Jinbo, H. Toyota, and N. Uchitomi: “Magnetotransport properties
of MnAs / ZnSnAs2 / ZnSnAs2:Mn ferromagnet / semiconductor hybrid
structures”, 18th International Conference on Ternary and Multinary
Compounds, P09–P03 (2012).
12. H. Oomae, S. Irizawa, Y. Jinbo, H. Toyota, T. Kambayashi, S. Nakamura, and N.
Uchitomi: “Studies of zinc-blende type MnAs thin films grown on InP (001)
substrates”, The 17th International Conference on Molecular Beam Epitaxy,
MoP-37 (2012).
13. H. Oomae, A. Suzuki, A. Funashoku, H. Toyota, T. Kambayashi, and N.
Uchitomi:
“Low-temperature
heteroepitaxial
growth
of
In1-xAlxAs
and
In1-xGaxAs layers on magnetically doped ZnSnAs2 / InP(001)”, The 4th
International Symposium on Organic and Inorganic Electronic Materials and
Related Nanotechnologies, P3-30 (2013).
14. H. Oomae, H. Toyota, S. Emura, H. Asahi, and Naotaka Uchitomi: “XAFS
STUDIES OF DILUTED MAGNETIC SEMICONDUCTOR Mn-DOPED ZnSnAs2
THIN FILMS ON InP SUBSTRATES”, Joint European Magnetic Symposium
2013, TU-139 (2013).
- 95 -
国際会議の発表賞
1.
H. Oomae, Poster Award 2nd Place, 18th International Conference on Ternary
and Multinary Compounds, 2012/8/27-31 [4-1]
国内会議の発表
1.
大前 洸斗, 内富 直隆, 糸川 寛志, 水島 一郎, “Carbon Doped SiGe (Si1-x-yGexCy)
成膜における C の成長速度への影響”, 第 70 回応用物理学会学術講演会, 10a-P6-18
(2009).
2.
大前洸斗,
Joel T. Asubar,
我妻優二、神保良夫, 内富直隆, “MBE 法により成長
した Mn doped ZnSnAs2 / Si(001)の構造的および磁気的特性評価”, 平成 21 年度
(第 19 回)電気学会東京支部新潟支所研究発表会, P-3 (2009).
3.
大前
洸斗, Joel T. Asubar,
内富
直隆: “Mn ドープ ZnSnAs2 薄膜の Mn 濃度依存性”, 第 57 回応用物理学関係
羽子田 賢, 我妻 優二, 石橋 隆幸,
神保 良夫,
連合講演会, 17p-ZH-18 (2010).
4.
大前洸斗,
Joel T. Asubar,
神保良夫, 内富直隆: “MBE 法より成長させた Mn 添
加 ZnSnAs2 の異常ホール効果”, 平成 22 年度 電子情報通信学会信越支部大会,
P-21 (2010).
5.
大前
洸斗、Joel T. Asubar、神保 良夫、内富
直隆: “InP 基板上へ成長させた
Mn 添加 ZnSnAs2 薄膜の異常ホール効果”, 平成 22 年度多元系機能材料研究会 年
末講演会 (2010).
6.
大前
洸斗、Joel T. Asubar、神保 良夫、内富
直隆: “InP 基板上に成長させた
Mn 添加 ZnSnAs2 薄膜の異常ホール効果”, 第 20 回電気学会東京支部新潟支所研究
発表会, I-03 (2010).
7.
大前洸斗,豊田英之,神保良夫,内富直隆, “InP(001)基板上 ZnSnAs2:Mn ベース
強磁性半導体3層構造の作製と評価”, 第 72 回応用物理学会学術講演会, 30a-ZS-1
(2011).
8.
大前洸斗,Joel T. Asubar,中村新一,神保良夫,内富直隆, “InP 基板上閃亜鉛鉱
- 96 -
型 MnAs 薄膜の成長”, 第 35 回日本磁気学会学術講演会, 27aB-6 (2011).
9.
大前 洸斗,熊倉 一英,クロッケンバーガ 賢治,山本 秀樹, “MOCVD 成長 Mg ド
ープ GaMnN の磁気特性”, 第 59 回 応用物理学関係連合講演会, 16p-B11-22
(2012).
10. 大前洸斗,神保良夫,内富直隆: “MnAs/ZnSnAs2/ZnSnAs2:Mn の磁気輸送特性”, 多
元系機能材料研究会 2012 年度年末講演会 (2012)
11. 大前洸斗,神保良夫,内富直隆: “Magnetotransport properties of MnAs / ZnSnAs2
/ ZnSnAs2:Mn”, 第 22 回電気学会東京支部新潟支所研究発表会, I-04 (2012).
12. 大前洸斗,島崎矩行,豊田英之,内富直隆, “InP 基板上閃亜鉛鉱型 MnAs の熱処理
特性”, 第 60 回
応用物理学会春季学術講演会, 29a-A7-8 (2013).
- 97 -