不規則摂動系に おけ る カ オス 現象 ∗ 京都大学・ 情報学研究科 矢ヶ 崎一幸 Kazuyuki Yagasaki Graduate School of Informatics, Kyoto University はじ めに 1 次の微分方程式系を 考え る . x˙ = f (x) + ε(b(x)η(t) + c(x)), x ∈ Rn (1) こ こ で, 0 < ε ≪ 1 であり , f, b, c : Rn → Rn は C N 級 (N ≥ 2) で, f (0), b(0), c(0) = 0 か つ Db(0) = 0 を 満た すも のと する . ま た , η(t) は平均値 0, 自己相関関数 r : R → R のス カ ラ ー定常 Gauss 過程と する : E[η(t)] = 0, E[η(t)η(t + τ )] = r(τ ) さ ら に , r(τ ) は連続かつ, (−∞, ∞) 上で絶対積分可能であ り , 連続ス ペク ト ルを 有する も のと する . こ のと き , 丸山の定理 [3, 10] に よ り , η(t) はエルゴード 的であり , 任意の可 測関数 φ : R → R に 対し て 1 lim T →∞ T Z T φ(η(t))dt = E[φ(η(t))] a.s. 0 を 満たす. こ のよ う に , 式 (1) は確定的な 系 x˙ = f (x) (2) が不規則な 摂動を 受け る 場合を 表す. ま た , 一般性を 失う こ と な し に r(0) = 1 と し , 非 摂動系 (2) に おいて 原点 x = 0 は双曲型鞍点で, 孤立し たホモク リ ニッ ク 軌道を 有する も のと する . 自己相関関数 r(τ ) に 対し て , η(t) が確率 1 で H¨ older 連続と な る よ う な , τ = 0 に おけ る 条件を さ ら に 仮定する (第 2 節を 参照せよ ). η(t) が確定的な 関数の場合, 式 (1) の形の力学系に 対し て は非常に 多く の研究がな さ れ て いる . 特に , Melnikov の方法 [11] と 呼ばれる 大域的な 摂動法が応用あ る いは拡張さ ∗ 本研究は科研費 (課題番号:21540124, 22540180, 25400168) の助成を 受け たも のである . 1 h x (t) 0 図 1: 仮定 (A4) れ, カ オス 現象が調べら れて いる . 周期的な 場合に 対し て は文献 [4, 11, 13], 準周期的な 場合に対し て は文献 [16, 17], 一般的な 非周期的な 場合に対し て は文献 [8, 15] を 参照せよ . 各々 の場合に おいて , Melnikov 関数ある いは積分と 呼ばれる 積分を 計算する こ と に よ っ て , カ オス 軌道の存在する 条件が求めら れて いる . さ ら に , 類似のア プロ ーチに よ り , 特 別な 有界およ び非有界の不規則な 摂動を 受け る 2 次元系が, そ れぞれ, 文献 [8] およ び [9] √ に おいて 論じ ら れて いる . 後者は, ∆ > 0 を 小さ な 定数と し , 0 < ε/ ∆ ≪ 1 を ε に 置き 換え て , 式 (1) に おいて |τ | , 0 , c(x) ≡ 0 r(τ ) = max 1 − ∆ と し た場合に 対応する . 本報告では, 式 (1) の形の一般的な 不規則摂動系に おいて 確率 1 でカ オス 現象が生じ る こ と を 示し て いる , 文献 [18] の結果を 概括する . こ の結果は, 摂動項に おいて b(x)η(t) の 影響が c(x) に勝る と き に限り カ オス現象が起こ る 確定的な 場合と 非常に対照的である . 採 用さ れて いる アプロ ーチは文献 [9] のも のと 類似である が, 対応する Melnikov 関数の有用 な 確率的性質が示さ れて 用いら れて いる . 詳細お よ び証明に ついて は文献 [18] を 参照せ よ . ま た, 上記のよ う な 事実には全く 触れら れず, 取扱いも 数学的な 厳密さ を 欠く も ので ある が, 式 (1) と 類似の不規則摂動系がかな り 以前に 文献 [5, 14] で扱われて いる . 2 問題設定 第 1 節で述べたよ う に , ま ず次のこ と を 仮定する . (A1) f (0), b(0), c(0) = 0 かつ Db(0) = 0. (A2) η(t) の自己相関関数 r(τ ) は連続で, (−∞, ∞) 上絶対積分可能であり , C, α > 0 を ある 定数と し て 次式を 満たす. 1 − r(τ ) ≤ C|τ |α 特に , r(0) = 1 である . 2 (τ → 0) 仮定 (A1) は, 任意の ε > 0 に 対し て x = 0 が式 (1) の定数解である こ と を 意味する . 仮定 (A2) に よ っ て , η(t) は確率 1 で H¨older 連続と な る (文献 [2] の第 9.2 節を 参照せよ ). 非摂動系 (2) に 対し て 次のこ と を 仮定する : (A3) 原点 x = 0 は双曲型鞍点で, ヤ コ ビ行列 Df (0) は実部負およ び正の固有値を , そ れぞれ, ns およ び nu 個 (ns + nu = n) 有する . (A4) 平衡点 x = 0 はホモク リ ニッ ク 軌道 xh (t) を 有し , limt→±∞ xh (t) = 0 が成立する (図 1 を 参照せよ ). 仮定 (A3) と (A4) は式 (2) に おいて 鞍点 x = 0 が ns およ び nu 次元安定およ び不安定多様 体, W0s およ び W0u , を 有し , そ れら がホモク リ ニッ ク 軌道 x = xh (t) に 沿っ て 交差する こ と を 意味する . 非摂動系 (2) に 対する xh (t) ま わり の変分方程式 ξ˙ = Df (xh (t))ξ, ξ ∈ Rn (3) を 考え る . 明ら かに , ξ = x˙ h (t) は式 (3) の有界な 解で, lim x˙ h (t) = 0 t→±∞ を 満たす. 変分方程式 (3) に 対し て 次のこ と を 仮定する . (A5) 式 (3) に おいて , ξ = x˙ h (t) と 独立で有界な 解は存在し な い. 仮定 (A5) よ り , x = xh (t) は孤立し たホモク リ ニッ ク 軌道で, そ れに 沿っ て dim(Tx W0s ∩ Tx W0u ) = 1 と なる . 次に , 不規則摂動系 (1) を 考え , いく つかの準備を 与え る . こ こ での取扱いの一般的な 枠組みに 対し て は文献 [1] を 参照せよ . ま ず, (Ω, F , P) によ っ て , Ω = C(R, R) を 標本空間, F を Ω の Borel σ 代数, P を η(t) の有限次元分布で決定さ れる 確率測度と する 確率空間と 表す. 標準的な 取扱い [1] に 従っ て , 式 (1) に 対し , P-保存測度流れ θ = {θt }t∈R , θt : Ω → Ω, を 次のよ う に 定義する . θt ω(τ ) = ω(t + τ ) こ こ で, ω ∈ Ω およ び t, τ ∈ R である . 直ち に (i) θ0 = id; (ii) θt θτ = θt+τ for t, τ ∈ R; (iii) θt P = P for t ∈ R 3 が導かれる . こ こ で, id : Ω → Ω は恒等写像であり , 測度 θt P は A ∈ F に対し て θt P(A) = P(θ−t A) に よ っ て 定めら れる . D1 ⊂ D2 ⊂ Rn を ホモク リ ニッ ク 軌道 xh (t) を 含む領域, すな わち , Dj ⊃ {xh (t) | t ∈ R} ∪ {0}, j = 1, 2, と し , χ : Rn → R を , 任意の x ∈ Rn に 対し て 0 ≤ χ(x) ≤ 1 かつ ( 1 for x ∈ D1 ; χ(x) = 0 for x ∈ Rn \ D2 を 満たす C ∞ 級の bump 関数と する . f˜(x) = f (x)χ(x), c˜(x) = c(x)χ(x), ˜b(x) = b(x)χ(x) と おき , 次の系を 考え る . x˙ = f˜(x) + ε(˜b(x)η(t) + c˜(x)) (4) 式 (4) の軌道は, 領域 D1 に 留ま る な ら ば, ま た式 (1) の軌道と な る . 与え ら れた初期条件に 対し て , 式 (4) は初期値に ついて C N 級の大域解を 唯一つ有する [1]. ω ∈ Ω に 対し て , 初期条件 x(0) = x0 ∈ Rn を 満たす唯一つの大域解を x = ϕε (t, ω)x0 と 表し , コ サイ ク ル条件 (i) ϕε (0, ω) = id; (ii) ϕε (t + τ, ω) = ϕε (t, θτ ω)ϕε (τ, ω) for t, τ ∈ R を 満た す, θ 上の C N 級の大域的不規則力学系 ϕε (t, ω) : Rn → Rn を 定義する . 一般に , 確率変数 x ¯(ω) が ϕε (t, ω)¯ x(ω) = x¯(θt ω) a.s. for t ∈ R を 満たすと き , ϕε (t, ω) の定常解と いう . 仮定 (A1) によ り f (0), b(0), c(0) = 0 である から , x¯(ω) ≡ 0 は定常解と な る . 以下では確率 1 の事象を Ω1 と 記す. すな わち , Ω1 ∈ F かつ P(Ω1 ) = 1 である . 3 横断的ホモ ク リ ニッ ク 軌道の存在 E0s およ び E0u を , そ れぞれ, 非摂動系 (2) の x = 0 に おけ る 線形化方程式 ξ˙ = Df (0)ξ に 対する 安定およ び不安定部分空間と する . 命題 1. ω ∈ Ω1 と する . 任意の T > 0 に 対し て 無限列 {qj (ω)}∞ j=−∞ が存在し , 十分小さ s な ε > 0 に 対し て , q ∈ [qj (ω) − T, qj (ω) + T ] のと き , W0 およ び W0u の O(ε) 近傍に , そ u s (ω), が存在 (ω) およ び Wε.q れぞれ, 次の条件を 満たす ns およ び nu 次元 C N 多様体, Wε,q する . 4 s (ia) x ∈ Wε,q (ω) に 対し て , t → ∞ のと き 指数関数的に ϕε (t, θq ω)x → 0; u (ib) x ∈ Wε,q (ω) に 対し て , t → −∞ のと き 指数関数的に ϕε (t, θq ω)x → 0; s,u (ii) Wε,q (ω) は q に 関し て 連続; s s (iiia) t + q ∈ [qk (ω) − T, qk (ω) + T ] のと き , k ≥ j に対し て ϕε (t, θq ω)Wε,q (ω) ⊂ Wε,q (θt ω); u u (iiib) t + q ∈ [qk (ω) − T, qk (ω) + T ] のと き , k ≤ j に対し て ϕε (t, θq ω)Wε,q (ω) ⊂ Wε,q (θt ω); (iv) ε > 0 と ω ∈ Ω1 に依存し ないある 定数 δ > 0 に対し て, C N 級関数 hsε,q : E0s ×Ω1 → E0u およ び huε,q : E0u × Ω1 → E0s が存在し , s Wε,q (ω) ∩ Bδ = {(s, u) ∈ (E0s × E0u ) ∩ Bδ | u = hsε,q (s, ω)} およ び u (ω) ∩ Bδ = {(s, u) ∈ (E0s × E0u ) ∩ Bδ | s = huε,q (u, ω)} Wε,q と なる . こ こ で, Bδ ⊂ Rn は原点を 中心と する 半径 δ の n 次元閉球を 表し , hs,u ε,q (0, ω) = s u s 0 かつ Ds hε,q (0, ω), Du hε,q (0, ω) = O(ε) である . さ ら に , hε,q (s, ω) およ び huε,q (u, ω) は q に 関し て 連続かつ, ε と s およ び u に 関し て C N 級で, ω ∈ Ω1 に ついて 一様有 界な k 階偏導関数 (k = 1, . . . , N ) を 有する . 命題 1 の証明は文献 [18] を 参照せよ . そ こ では, Gauss 過程の極値に ついて の古典的な s u 結果 [12] が用いら れて いる . Wε,q (ω) およ び Wε,q (ω) を , そ れぞれ, 式 (1) に 対する t = q に おけ る 安定およ び 不安定多様体と 呼ぶ. s u Wε,q (ω) と Wε,q (ω) が点 x 6= 0 に おいて 交差する と き , 式 (1) は定常解 x = 0 に 対する ホ モク リ ニッ ク 軌道 xε (t, ω) を 有する . すな わち , lim xε (t, ω) = 0 t→±∞ s u と な る . Wε,q (ω) と Wε,q (ω) の交差が横断的である と き , ホモク リ ニッ ク 軌道 xε (t, ω) は横 断的である と いう . 定理 1. ω ∈ Ω1 およ び十分小さ な ε > 0 に 対し て , 式 (1) は無限個の横断的ホモク リ ニッ ク 軌道 xjε (t, ω), j ∈ Z, を 有し , tj (ω) < tj+1 (ω), limj→±∞ tj (ω) = ±∞ を 満た す無限列 j h {tj (ω)}∞ j=−∞ が存在し て , xε (t, ω) は t = tj (ω) に おいて x (0) の O(ε) 近傍を 通過する . 再び, 定理 1 の証明は文献 [18] を 参照せよ . そ こ では, Melnikov の方法のア プロ ーチ と Gauss 過程のレ ベル通過に ついて の古典的な 結果 [2, 7] が用いら れて いる . 定理 1 の無 限列 {tj (ω)}∞ j=−∞ を , 任意の t ∈ R に 対し て tj (θt ω) = tj (ω) − t, j ∈ Z, を 満たすよ う に 選ぶ. 5 4 カオス 命題 1 のよ う に δ > 0 を 十分小さ く 取り , 点 xh (0) を ∂Bδ から の距離が O(1) と な る よ う に 選ぶ. Tδ± を あ る 時刻で, Tδ− < 0 < Tδ+ , xh (Tδ± ) ∈ ∂Bδ かつ t 6∈ (Tδ− , Tδ+ ) に 対し て xh (t) ∈ Bδ が成立する も のと する . こ のと き |Tδ± | = O(| log δ|) と な る . 定理 1 の無限列 {tj (ω)}∞ j=−∞ から , τj+1 (ω) − τj (ω) > Tδ+ − Tδ− , j∈Z を 満たすよ う に 部分列 {τj (ω)}∞ j=−∞ を 選ぶ. ∞ a = {aj }j=−∞ を aj = 1 ある いは 2, j ∈ Z, を 満たす無限列と し , すべて のこ のよ う な 記号列全体の集合を Σ2 に よ っ て 表す. σ : Σ2 → Σ2 を シフ ト 写像 σ(a)j = aj+1 , j∈Z と し , 拡張シ フ ト 写像 σ ¯ : Σ2 × Z → Σ2 × Z を σ ¯ (a, j) = (σ(a), j + 1) に よ っ て 定義する . Pε,j (ω) = ϕε (τj+1 (ω) − τj (ω), θτj (ω) ω) と おき , Pε (ω) : (x, j) 7→ (Pε,j (ω)(x), j + 1) と する . 定理 2. ω ∈ Ω1 と 十分小さ な ε > 0 に 対し て , Pjε (ω)Λj (ω) = Λj+1 (ω) を 満た す集合の無 限列 Λj (ω) ⊂ Rn , j ∈ Z, が存在し て , 次の可換図式が成立する . Pε Λ(ω) −−−→ Λ(ω) hy hy σ ¯ Σ2 × Z −−−→ Σ2 × Z S∞ こ こ で, 各 j ∈ Z に 対し て Λj (ω) はカ ン ト ール集合で , Λ(ω) = j=−∞ Λj (ω) × {j} であ り , hj (x) を , h−1 j が j に ついて 一様に 同程度連続と な る , Λj (ω) から Σ2 上への同相写像 と し て , h(x; j) = (hj (x), j) である . 定理 2 は標準的な ホモク リ ニッ ク 定理 (例え ば, 文献 [6]) の写像列の場合に 対する 拡張 で, 証明は文献 [18] を 参照せよ . t = τj (ω) において Λj (ω) を 通過する 軌道は不安定で, 初 期条件に 対し て 鋭敏に 依存する . 6 5 例 上の理論の有用性を 示すために, 次の不規則な 摂動を 受け る 2 重井戸型ポテン シャ ルの Duffing 振動子を 考え る . x˙ 1 = x2 , x˙ 2 = x1 − x31 + ε(x21 η(t) − δx2 ) (5) こ こ で, δ > 0 は定数であり , η(t) は平均値 0 かつ, γ > 0 を 定数と し て , 自己相関関数 r(τ ) = exp(−γ|τ |) を 有する 定常 Ornstein-Uhlenbeck 過程と する . 同様の系が文献 [8, 9] で調べら れて いる . n = 2, ns = nu = 1 と し て 仮定 (A1)-(A5) が成立し , 特に , 非摂動ホモク リ ニッ ク 軌道は 次式で与え ら れる . √ √ xh± (t) = (± 2 sech t, ∓ 2 sech t tanh t) 定理 1 およ び 2 を 適用する こ と に よ っ て , 任意の δ > 0 に 対し て , ε > 0 が十分小さ いと き , 式 (5) に おいて 無限個の横断的ホモク リ ニッ ク 軌道が存在し , 確率 1 でカ オス 現象が 起こ る こ と が示さ れる . 参考文献 [1] Arnold L 1998 Random Dynamical Systems (Berlin: Springer) [2] Cram´er H and Leadbetter M R 1967 Stationary and Related Stochastic Processes: Sample Function Properties and Their Applications (New York: John Wiley and Sons) [3] Grenander U 1981 Abstract Inference (New York: John Wiley and Sons) [4] Guckenheimer J and Holmes P 1983 Nonlinear Oscillations, Dynamical Systems, and Bifurcations of Vector Fields (New York: Springer) [5] Gundlach V M 2000 Random homoclinic dynamics International Conference on Differential Equations (Berlin, 1999), Vol. 1 (River Edge, NJ: World Scientific) pp 12732 [6] Katok A and Hasselblatt B 1995 Introduction to the Modern Theory of Dynamical Systems (Cambridge: Cambridge University Press) [7] Leadbetter M R, Lindgren G and Rootz´en H 1983 Extremes and Related Properties of Random Sequences and Processes (New York: Springer) [8] Lu K and Wang Q 2010 Chaos in differential equations driven by a nonautonomous force Nonlinearity 23 2935–2975 [9] Lu K and Wang Q 2011 Chaotic behavior in differential equations driven by a Brownian motion J. 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