セリン選択的酸化的ペプチド鎖切断法 (東大院薬 1・ERATO-JST2)○関 1,2 ・生長 幸之助 1・金井 求 1,2 陽平 1・田辺 佳奈 1,2・佐々木 大輔 1,2・相馬 洋平 背景 化学的手法(人工触媒あるいは 反応促進剤)によるペプチド鎖切 断部位の多様化及び切断可能基質 の拡張は、タンパク質の構造決定 のみに留まらず、その生理機能の 人工制御という観点からも重要で ある。しかしペプチド鎖の変換を行う人工触媒には、配位性基質に対する失活耐性に加え、条件の穏和さ、 極少量の廃棄物、水系溶媒への適用可能性など様々な特性が求められ、その開発難度はきわめて高い。 この背景のもと我々は、非酵素的な人工触媒反応によりペプチド鎖を残基選択的に切断する手法の開発に 取り組んだ。反応設計を Figure 1 に示す。第一級水酸基を有するセリン残基の選択的触媒的酸化が穏和な加 水分解のトリガーになると考えた。すなわち、ヒドロキシメチル基の酸化的切断によりイミド構造 C が生成 し、穏和な加水分解が行えるものと期待した。この形式における数少ない成功例として、Ranganathan らの四 酸化ルテニウムを用いたセリン、スレオニンの酸化的変換からのペプチド鎖切断が報告されているが、官能 基選択性に乏しいことや過酷な酸化条件を必要とするなどの問題点があった 1。そこで、分子状酸素を用いる 穏和なアミンの酸素酸化触媒系 (Cu/keto-ABNO 系) 2 を出発点としてこの問題解決を目指すことにした。 結果 モデル基質と して N-Cbz-セリ ン -tBu ア ミ ド (1a) の 酸 化 か ら 検討を開始した (Figure 2)。その結果、Cu/keto-ABNO 系にて酸素酸化反応を行うと、1a からオキサルイミド 1b とカーバメー ト 1c が混合物として得られることを見出した。1b は、塩基性加水分解処理により 1c へと定量的に変換でき た。これはすなわち、Figure 2 に示した箇所にてペプチド鎖を選択的に切断できる可能性を意味する。本反 応は、水溶性の配位子(S2)を用いることで水系溶媒中でも実施可能であった。さらに、亜硝酸ナトリウムを 共触媒として用いることで収率が向上し、触媒量 10 mol%にて目的とする反応を高収率にて進行させること に成功した。 本触媒系は、化学量論量の反応剤を用いることで、低濃度 (5 mM) の様々なアミノ酸残基を含むペンタペ プチドやヘキサペプチド(Table 1, entry 1-14)、アルツハイマー病の発症に関与するとされるアミロイドペプ チド(A)の断片であるデカペプチド(entry 15)、生理活 Entry Substrate にも適用可能であった。加えて、N 末端、C 末端加水分 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10[c] 11 12 13 14 解物が共に高収率にて得られることも確認している 15 Fmoc-Gly-Ser-Asn-Lys-Gly-OH (2a) Fmoc-Gly-Ser-Asn-Arg-Gly-OH (2b) Fmoc-Gly-Ser-Asn-Asp-Gly-OH (2c) Fmoc-Gly-Ser-Asn-Cys-Gly-OH (2d) Fmoc-Gly-Ser-Asn-Met-Gly-OH (2e) Fmoc-Gly-Ser-Asn-Tyr-Gly-OH (2f) Fmoc-Gly-Ser-Asn-Trp-Gly-OH (2g) Fmoc-Gly-Ser-Asn-His-Gly-OH (2h) Fmoc-Gly-Ser-Asn-Thr-Gly-OH (2i) Fmoc-Gly-Thr-Asn-Ser-Gly-OH (2j) Fmoc-Gly-Ser-Gln-Phe-Gly-OH (2k) Fmoc-Ile-Ser-Asn-Lys-Gly-OH (2l) Fmoc-Ile-Gly-Ser-Asn-Lys-Gly-OH (2m) Fmoc-Gly-Ile-Ser-Asn-Lys-Gly-OH (2n) Fmoc-A(21-30)-OH: Fmoc-Ala-Glu-Asp-Val-Gly-Ser-Asn-Lys -Gly-Ala-OH (2o) Fmoc-Bradykinin-OH: Fmoc-Arg-Pro-Pro-Gly-Phe-Ser-Pro-PheArg-OH (2p) Fmoc-Gly-D-Ser-D-Asp-D-Phe-Gly-OH (2q) Fmoc-Cys-Gly-Arg-Arg-Ala-Cys-Gly-Ser -Asn-Phe-Gly-OH, disulfide bond (2r) 性ペプチドであるブラジキニン(entry 16)、そして酵素 消 化では適 用範囲 外である D-アミ ノ酸を 含む基質 (entry 17)に適用可能であった。特に、反応中で副産物 として産生する過酸化水素のスカベンジャーとしてジ メチルスルフィドを添加すると反応系の夾雑化が抑え られ、ジスルフィド結合を含む環状ペプチド(entry 18) (entry 19)。 16 さらに、本触媒系を天然タンパク質であるユビキチン の位置選択的切断に応用した(Figure 3)。ユビキチンは 17 18[e] 76 残基のアミノ酸から構成されており、三箇所にセリ 20 57 65 ン残基を有する (Ser , Ser , Ser )。反応の進行は、 19 [f] Fmoc-Gly-Ser-Gly-Asn-Gly-Lys(-Fmoc NH)-Gly-OH (2s) Yield [%][b] 94 quant. quant. 77 93 24 47 81 quant. 52[d] quant. 92 98 97 93 96 quant. 68 83 (3s)[b] 82 (4s)[g] SDS-PAGE とゲルの CBB 染色によって 評価した。 CH3CN/水/酢酸 (9/9/2)溶媒中、基質濃度を 1 mM とし て、それぞれ 500 mol%の CuI、S1、S2、1500 mol%の 亜硝酸ナトリウムを用い酸素雰囲気下室温(Condition A)にて反応を行ったところ、5 時間後にユビキチンの バンドは消失し、異なる 3 本のバンド(Band 1-3)が得ら れた。また、対照実験とし て S1 を 除 い た 条 件 (Condition B)と CuI、S1、 S2 を除いた条件(Condition C)のいずれにおいてもユ ビキチンのバンドが消失 せず他の顕著なバンドが生成しないことを確認した。加えて、SDS-PAGE により分離された異なる三本のバ ンドのゲルを切り出し、それぞれの抽出液の MALDI-TOF-MS 解析を行った結果、Band 1 の抽出液からは UQ(1-64) の 酸 化 体 ([M+2O+H]+) が 検 出 さ れ 、 Band 2 の 抽 出 液 か らは UQ(1-56) の 酸 化 体 ([M+O+H]+) と UQ(21-56)([M+H]+)が検出され、Band 3 の抽出液からは UQ(1-19)の酸化体([M+O+H]+)が検出された。セリン 部位で切断される想定断片が検出されていることから、本手法は天然タンパク質にも適用可能であることが 示唆された。 今後、ケミカルバイオロジーツールとしての活用に向けた検討を行っていく予定である。 参考文献 (1) Ranganathan, D.; Vaish, N. K.; Shah, K. J. Am. Chem. Soc. 1994, 116, 6545. (2) Sonobe, T.; Oisaki, K.; Kanai, M. Chem. Sci. 2012, 3, 3249.
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