学位論文の内容の要旨

学 位 論 文 の 内 容 の 要 旨 学 位 論 文 題 目 関節リウマチにおける血清バイオマーカー
に 関 す る 研 究 論 文 指 導 教 員 江 川 祥 子 学 位 申 請 者 樋 浦 一 哉 関 節 リウマチ(RA, rheumatoid arthritis)は進 行 性 の多 発 性 関 節 炎 を主 徴 と
する全 身 性 自 己 免 疫 疾 患 である。病 変 の主 座 は関 節 滑 膜 にあり、滑 膜 の増
殖 ・炎 症 から次 第 に周 辺 の軟 骨 ・骨 を侵 食 し、関 節 破 壊 に至 る。
従 来 、RA 患 者 の関 節 破 壊 は発 症 後 10 年 以 上 かけて緩 やかに進 行 すると考
えられていたため、疼 痛 や炎 症 を抑 えるなどの消 極 的 治 療 が行 われてきた。し
かし、関節破壊は発症後2年間が最も進行しやすく、治療開始が早い
ほど寛解率も向上する。このため、早期診断、早期の適切な治療が重
要 で あ る 。 RA の 確 定 診 断 は 、 米 国 リ ウ マ チ 学 会 (ACR)に よ る 1987 年 改
定分類基準に基づいて行われてきたが、このような背景をもとに早期
診 断 の 実 現 に 向 け 、 2009 年 に ACR と ヨ ー ロ ッ パ リ ウ マ チ 学 会 (EULAR)
が 共 同 で ACR/EULAR 分 類 基 準 を 作 成 し た 。 こ れ は 、 4 群 12 項 目 の 一 覧
表 か ら 該 当 す る 項 目 の ス コ ア を 合 計 し 、 6 点 以 上 を RA と 診 断 す る 簡 便
な 分 類 と な っ て い る 。し か し 、ACR/EULAR 分 類 基 準 を 用 い て も 、他 の 膠
原 病 や 変 形 性 関 節 症 ( O A , o s t e o a r t h r i t i s ) 、 脊 椎 関 節 症 な ど と い っ
た R A 以 外 の 疾 患 を 除 外 で き な い 症 例 が あ り 、R A 専 門 医 以 外 が 早 期 に 他
の疾患の可能性を除外し、早期治療を開始することは難しいのが現状
で あ る 。 現 在 、 RA に 対 し て は 、 早 期 か ら メ ト ト レ キ サ ー ト を 中 心 と し た 抗 リ
ウ マ チ 薬 や 生 物 学 的 製 剤 を 積 極 的 に用 いる治 療 が推 奨 されている。生 物 学
的 製 剤 の導 入 は、かつては不 治 の病 といわれた RA の治 療 目 標 を臨 床 症 状 改
1
善 から寛 解 導 入 、関 節 破 壊 進 行 制 御 さらには生 命 予 後 改 善 へとパラダイムシ
フトさせた。しかし、生 物 学 的 製 剤 は効 果 が期 待 できる半 面 で、非 常 に高 価 であ
るため患 者 の経 済 的 負 担 が大 きい。RA を早 期 に診 断 し、適 切 な時 期 に適 切 な
治 療 を開 始 することは、患 者 の QOL を改 善 するとともに医 療 経 済 的 視 点 からも
重 要 である。
本 研 究 は、RA 診 断 ならびに治 療 上 の問 題 点 の解 決 に寄 与 することを目 的 と
して行 なった。RA 診 断 に関 しては、簡 便 な血 清 バイオマーカーの評 価 と早 期 診
断 への利 用 を検 討 した。治 療 に関 しては、TNF-α (tumor necrosis factor-α)
受 容 体 製 剤 であるエタネルセプト(ETN)の投 与 回 数 の違 いによる治 療 効 果 の
差 異 、ならびに ETN 投 与 による血 清 TNF-αを中 心 とした血 清 成 分 の変 動 につ
いて、TNF-α抗 体 製 剤 であるインフリキシマブ(IFX)投 与 の場 合 と比 較 し解 析 し
た。
本 研 究 は、帯 広 厚 生 病 院 倫 理 委 員 会 の承 認 を得 て行 い、患 者 からは書 面
による同 意 を得 た。
1.関 節 リウマチ患 者 におけるリウマチ因 子 と他 の血 清 マーカー
リウマチ因 子 (RF)は、ACR 分 類 基 準 (1987)、ACR/EULAR 分 類 基 準 (2009)で
用 いられており、客 観 的 に RA を評 価 できる血 清 マーカーとして現 在 でも中 心 的
な存 在 である。RA 患 者 の約 60∼80%が陽 性 を示 すが、RA だけではなく、他 の疾
患 や一 部 の健 常 人 でも陽 性 になることがあり、RA に対 しての特 異 度 が十 分 では
ない。そこで、ACR 分 類 に従 い RA と診 断 された 68 例 を対 象 とし、RF 陽 性 ・陰
性 に分 け江 川 等 により測 定 法 が開 発 された抗 カルパスタチン抗 体 (ACA)を含 め、
RA 診 断 の指 標 候 補 にあげられている抗 シトルリン化 ペプチド抗 体 (抗 CCP 抗
体 )、抗 ガラクトース欠 損 IgG 抗 体 (CA・RF)、マトリックスメタロプロテアーゼ-3
(MMP-3)の有 用 性 を検 討 した。
RF 陽 性 群 では抗 CCP 抗 体 、CA・RF、ACA の陽 性 率 が MMP-3 より高 く、一
方 、RF 陰 性 群 では抗 CCP 抗 体 、MMP-3、ACA の陽 性 率 が CA・RF より高 かっ
た(Table.1)。このことから、RA 分 類 基 準 に挙 げられている RF に抗 CCP 抗 体 、
または ACA などの自 己 抗 体 測 定 を組 み合 わせることが診 断 に有 用 であると推
2
察 された。後 に発 表 され、現 在 、最 も新 しい ACR/EULAR 分 類 基 準 の血 清 学
的 因 子 の項 目 では、RF と抗 CCP 抗 体 を組 み合 わせての評 価 に変 更 となってい
る。
Table.1 RF 陽 性 群 、陰 性 群 における各 種 血 清 マーカーの陽 性 率
2. 診 断 未 確 定 関 節 炎 における関 節 リウマチ早 期 診 断
抗 CCP 抗 体 は早 期 RA において感 度 ・特 異 度 が高 いことが知 られている。し
かし、初 診 時 に抗 CCP 抗 体 陰 性 であっても、後 に RA と確 定 診 断 される場 合 が
ある。そこで、抗 CCP 抗 体 陰 性 RA と他 の関 節 疾 患 との鑑 別 診 断 に有 用 な血
清 マーカーの検 討 を行 った。関 節 痛 を主 訴 とし、症 状 の発 症 後 6 ヶ月 以 内 に来
院 した患 者 99 例 の初 診 時 血 清 を用 い、抗 CCP 抗 体 、RF、C-反 応 性 タンパク
質 (hsCRP:高 感 度 CRP)、MMP-3 を測 定 し、1年 以 内 に確 定 診 断 された RA に
対 する感 度 、特 異 度 、陽 性 予 測 度 、陰 性 予 側 度 、正 確 度 を求 めた。
Fig.1 診 断 未 確 定 患 者 の内 訳
3
99 例 中 RA 確 定 診 断 に至 った症 例 は 44 例 であった。初 診 時 に抗 CCP 抗
体 陽 性 は 34 例 であり、このうち 33 例 が RA、1 例 が OA と診 断 された(Fig.1)。
RA44 例 の抗 CCP 抗 体 に対 する感 度 は 75.0%、特 異 度 98.2%、陽 性 予 測 値
97.1%であり、他 のマーカーと比 較 しいずれも高 かった(Table.2)。一 方 、抗 体 陰
性 65 例 中 22 例 が初 診 時 に RA を疑 われたが、RA と確 定 診 断 されたのは 11
例 であった(Fig.1)。抗 体 陰 性 RA 患 者 において、単 独 の血 清 マーカーでは十 分
な正 確 度 が得 られなかった(Table.3)。そこで血 清 マーカーの組 み合 わせによる
検 討 を行 ったところ、hsCRP と MMP-3 がともに陽 性 である 7 例 (63.6%)が RA 確
定 診 断 と一 致 し、特 異 度 85.2%、正 確 度 81.5%となった(Table.3)。
Table.2 RA 患 者 の血 清 マーカーの比 較
Table.3 抗 CCP 抗 体 陰 性 RA 患 者 の血 清 マーカーの比 較
4
関 節 痛 を主 訴 として来 院 した患 者 が抗 CCP 抗 体 陽 性 であれば早 期 RA と診
断 し、また陰 性 であっても早 期 RA の疑 いがあり、hsCRP と MMP-3 がともに陽 性
であれば、今 後 RA と確 定 診 断 される可 能 性 が高 いと考 えられ、専 門 医 による画
像 診 断 も含 めた精 査 の対 象 になると思 われる。
3. エタネルセプトの用 法 ・用 量 の妥 当 性 の検 討
完 全 ヒト型 可 溶 性 TNF レセプター製 剤 である ETN は 2005 年 に発 売 され、
関 節 破 壊 抑 制 と臨 床 症 状 改 善 において優 れた臨 床 効 果 が認 められている。発
売 当 初 、ETN の用 法 ・用 量 は海 外 での臨 床 試 験 に倣 い、25mg 週 2 回 投 与 が
推 奨 された。しかし週 2 回 投 与 では特 に低 体 重 者 に対 しては過 量 となる可 能 性
が指 摘 され、一 部 の医 療 機 関 で週 1 回 投 与 が試 みられていた。そこで RA の疾
患 活 動 性 を 評 価 す る DAS28-CRP と 各 種 バ イ オ マ ー カ ー を 指 標 と し て 用 い 、
25mgETN 週 1回 投 与 (11 例 )と週 2 回 投 与 (11 例 )の有 用 性 を比 較 検 討 した。
両 群 とも投 与 3 ヶ月 後 に、腫 脹 関 節 数 、疼 痛 関 節 数 、CRP、DAS28-CRP の
有 意 な改 善 がみられた(Fig.2)。⊿DAS28-CRP は両 群 に有 意 な差 はなく、週 1
回 投 与 、週 2 回 投 与 ともに同 程 度 の活 動 性 低 下 を示 した(Fig.3)。
A)
B)
*
10
8
8
DAS28-CRP
DAS28-CRP
*
10
6
4
2
6
4
2
0
1
投与前
0
2
投与後3ヶ月
1
投与前
2
投与後3ヶ月
Fig.2 ETN 投 与 前 、投 与 後 3 ヶ月 の DAS28-CRP の変 化
A) 25mg 週 1 回 投 与
B) 25mg 週 2 回 投 与
5
*: p<0.05
⊿DAS28-CRP
6
4
2
0
1
ETN 25mg
週1回投与
2
ETN 25mg
週2回投与
Fig.3 投 与 後 3 ヶ月 間 の DAS28-CRP の変 化 量
以 上 の結 果 より、ETN の用 法 ・用 量 において 25mg 週 1 回 投 与 と週 2 回 投
与 では治 療 効 果 に有 意 な差 が認 められず、患 者 の経 済 的 負 担 の軽 減 の観 点
からも週 1回 の投 与 が推 奨 されると考 えた。その後 、国 内 実 臨 床 における多 くの
25mg 週 1 回 投 与 の有 効 性 、安 全 性 の報 告 を受 け、本 投 与 法 の検 証 目 的 で国
内 第 Ⅲ相 試 験 が行 われた。その結 果 、2010 年 10 月 から 25 ㎎週 1 回 投 与 を承
認 する内 容 に添 付 文 書 が改 訂 され、申 請 者 等 の報 告 した研 究 論 文 もその一 助
となったと考 える。
4.エタネルセプト投 与 による血 清 TNF-α値 の変 動
ETN ま た は 抗 TNF-α 抗 体 製 剤 で あ る IFX を 投 与 し た 場 合 の RA 患 者 の
治 療 効 果 に つ い て 、 血 中 TNF-α 濃 度 に 着 目 し て 解 析 し た 。 ETN 投 与 18
例 と IFX 投 与 12 例 を 対 象 と し た 。 ETN 投 与 患 者 か ら は 投 与 前 、 投 与 開
始 後 1 ヶ 月 、3 ヶ 月 、6 ヶ 月 経 過 時 に 、ま た I F X 投 与 患 者 か ら は 投 与 前 、
投 与 開 始 後 2 週 間 、 6 週 間 、 14 週 間 、 22 週 間 経 過 時 に そ れ ぞ れ 血 液 を
採 取 し 、 各 種 臨 床 マ ー カ ー を 測 定 し た 。 血 清 TNF-α 値 は ELISA 法 に よ
り 定 量 し た 。 E T N ま た は I F X 投 与 患 者 の D A S 2 8 - C R P は 投 与 前 と 比 較 し 、と も に 投 与
開 始 後 1 ヶ 月 辺 り か ら 有 意 な 改 善 が み ら れ た (Fig.4)。 し か し 予 想 に 反
し 、 ETN 投 与 患 者 で は 血 清 TNF-α 値 は 同 時 期 か ら 著 し く 上 昇 し て い た
( F i g . 5 ) 。 一 方 、 I F X 投 与 患 者 で は 上 昇 は ご く わ ず か で あ っ た 。 6
B)
A)
15.0
15.0
**
DAS-CRP
DAS-CRP
**
10.0
**
**
10.0
**
*
**
5.0
5.0
0.0
0.0
投与前
1ケ月後
3ケ月後
Fig.4
A) ETN
投与前
6ケ月後
2週間後
6週間後 14週間後 22週間後
D A S 2 8 - C R P の 推 移 B) IFX
*: p<0.05 **<0.01
投稿予定図のため削除
F i g . 5 血 清 T N F - α 値 の 推 移 A) ETN
B) IFX
*: p<0.05 **<0.01
こ の 現 象 の 理 由 を 明 ら か に す る た め に 、 TNF-α が 発 現 誘 導 を 行 う 細
胞 接 着 因 子 I C A M - 1 の 発 現 を 指 標 と し て 、E T N 投 与 R A 患 者 血 清 中 の T N F α の 生 理 活 性 に つ い て 調 べ た 。 細 胞 は ヒ ト 大 動 脈 内 皮 細 胞 (HAEC)を 用
い た 。 そ の 結 果 、 リ コ ン ビ ナ ン ト TNF-α で は HAEC の ICAM-1 の タ ン パ
ク 質 発 現 が 促 進 さ れ た の に 対 し 、 同 濃 度 の TNF-α を 含 む ETN 患 者 血 清
で は 促 進 し な か っ た ( F i g . 6 ) 。 7
投稿予定図のため削除
F i g . 6 I C A M - 1 の 発 現 に 及 ぼ す E T N 投 与 患 者 血 清 の 影 響 ETN は 偽 受 容 体 と し て 可 溶 性 TNF-α と 結 合 す る た め ア ッ プ レ ギ ュ レ
ー シ ョ ン 機 構 が 働 き 、 そ の 結 果 TNF-α 産 生 が 亢 進 す る が 、 そ の 活 性 は
E T N に よ り 阻 害 さ れ て お り 、そ の た め 治 療 効 果 が で て い る と 考 え ら れ た 。 ま と め RA 治 療 に お い て 早 期 診 断 は 適 切 な 治 療 介 入 の た め に 不 可 欠 で あ る 。
本 研 究 で は 抗 CCP 抗 体 あ る い は hsCRP と MMP-3 が 共 に 陽 性 で あ れ ば 、
今 後 RA と 確 定 診 断 さ れ る 可 能 性 が 高 く 、 専 門 医 に よ る 精 査 の 対 象 に な
る と 考 え ら れ る こ と を 示 し た 。 ま た 生 物 学 的 製 剤 で あ る ETN は 週 1 回
投与、週 2 回投与ともに同程度の治療効果を示すことを確認するとと
も に 、E T N 投 与 に よ り T N F - α 産 生 は ア ッ プ レ ギ ュ レ ー シ ョ ン さ れ る が 、
活 性 は ETN に よ り ブ ロ ッ ク さ れ て い る た め 治 療 効 果 が 現 れ る こ と を 示
唆 し た 。 RA 診 断 、 治 療 に お い て 簡 便 か つ 客 観 的 な 評 価 が 可 能 な 血 清 バ
イ オ マ ー カ ー の 探 索 は 有 用 で あ る と 考 え た 。 8