企業の経営戦略 - 一般財団法人アーネスト育成財団

一般財団法人
アーネスト育成財団
調査研究報告
連載:企業経営と新製品開発
第6回
企業の経営革新
‐ビジョン型革新と診断型革新
-
研究員
坂巻 資敏
1. 経営革新の必要性
淀んだ水は腐るように、企業活動も毎日同じことを繰り返していては、進歩発展がなく
市場の競争力を失って倒産することになる。企業を永続させ発展させる原動力は、今の状
態を守り「維持する活動」と新しい飛躍を実現する「経営革新」である。
「維持する活動」は、現在上手くいっている業務のやり方を標準やマニュアル化して、
作業に従事する社員を訓練し、これを徹底して守らせる活動である。ISO9000 の審査は、現
状維持が正しく行われているかどうかを評価する有効な手段である。維持する活動を徹底
しても、実際の経営活動の現場では、マニュアル通りに結果が出ないことが起こる。これ
は、マニュアルを作成したときの作業条件と、日々の作業をする条件が異なるからである。
例えば、温度や湿度はクリーンルームであっても制御精度の範囲内でばらついている。
日々納入される部品や材料も製品企画の範囲内でばらついている。作業者の精神状態も一
定ではない。このように、関係者が真面目に作業をしても出来上がる結果は、ばらつきを
起こす。このバラつきのあらゆる組み合わせをテストして、作業標準やマニュアルを作る
ことは、経済的に出来ないから、
「維持活動」をしている現場では、新たな問題が発生する。
日々生ずる問題をよく観察し、真の原因を解明して工程改善を行う活動も「維持する活動」
に含まれる。戦後日本が急成長した時代は、「QCサークル」活動が活発で、この活動によ
り品質の向上とコストダウンが進み、日本製品の国際競争力を高める一因になった。
自分の作業を自分で分析し、創造性を発揮して問題点を自主的に解決してゆく日本企業
の製造現場の女性たちを視察した米国の経済学者たちは「東洋の魔女」とか「東洋の奇跡」
などと表現しほめ称えた。「QCサークル」活動は、今でも有効な「維持する活動」の重要
な一つである。
2.2つの経営革新
維持活動を続けていると現状の延長戦では、どうしても企業が生き残ってゆけない大き
な壁に突き当たる。この壁を乗り越えるには新しい経営活動が必要になる。既存モデルを
破棄し、新しいモデルで企業活動を存続させることになるがこの活動を「経営革新」とい
う。
経営革新には、「ビジョン型革新」と「診断型革新」の二つのやり方がある。
1
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2.1
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ビジョン型経営革新
この革新は、社長や組織のトップがビジョンを掲げ、これを関係者で実現する企業活動
である。古くはソニーを創設した井深大の企業目的と経営方針、松下幸之助の事業部制の
導入、近年ではアップルのジョブスの iPod,iPhoneto と iPad の開発による経営革新などがビ
ジョン型経営革新の良い事例である。企業が将来目指す目標を決め、社長が陣頭指揮を執
りこの目標達成に全力を尽くす活動で、社長が真剣に取り組めば、ほぼ目標を達成できる。
此処で高い目標を掲げた経営革新活動は、全社員が真剣に全能力を発揮しなければ達成で
きないが、中には楽をしたがり、サボタージュをする人が出てくる。こうした社員は、厳
しく対処することが必要で、こうした怠け者を排除することによって会社は精鋭チームに
育ってゆく。創業期のソニー、iPod を開発したアップルは、妥協なく徹底して理想を追求
した。与えられた仕事が出来ない人は、ソニーでは自ら身を引き、アップルでは、即座に
解雇され、画期的な新製品が誕生したときは、業界の精鋭部隊が育っていた。画期的な目
標に挑戦し達成するためには、寝食を忘れ、全身全霊を傾けて 24 時間仕事に打ち込まなけ
ればならない。そのための環境つくりは、経営革新を達成するには重要な条件である。台
湾の新竹工業団地や三星電子の水原事業所などには、残業する社員の宿泊設備が完備され
ている。
ビジョン型経営革新は、社長や組織のトップが目標を掲げ陣頭指揮をすれば実現できる
がここで問題になるのがビジョンの内容である。あまり高い目標を立てすぎると絵に描い
た餅になり達成できない。さりとて低い目標では、経営の改革にならない。日常の経営活
動では、20%の改善目標を掲げ、経営革新では一桁違う目標に挑戦するのが筆者の経験か
ら良いと思う。例えば、20%のコストダウンは、現状のモデルで無駄無理を削除して追求
すれば達成できるが、十分の一のコスト実現は、既存モデルを離れ、新しいモデルを開発
しないと実現できない。人は現状維持をしつつコツコツと改善することが得意な人と、全
く新しいものを創造することが得意な人がいるから、社員の特徴を把握し、適材適所に人
材を登用することは、組織の長の最重要能力である。
ビジョンの描き方は、故人や先達に学ぶと同時、現在経営している人から学び、自分の
身の丈に合った、企業モデルを構築することである。この時に採用する基準は、企業の使
命の3条件を深く考察し、人々に感動を与える新製品を開発し、それを使う人々を幸福に
させると同時に、新製品開発に携わった人々が、達成感と充実感を味わい、この仕事につ
いてよかったと、満足してもらえるような企業を作ることである。
2.2
診断型経営革新
「ビジョン型経営革新」が攻めの革新なら「診断型経営革新」は守りの革新である。
人は「無くて七癖」と言われるが、企業活動をすすめると、その企業独特の企業文化風土
が出来てくる。この風土に慣れてしまうと、中にいる人は、自分の異常に気が付かなくな
ってくる。丁度人間が元気で働いていても、暴飲暴食をしている人、或はストレスの多い
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職場で働いている人は、健康を害してしまう。最悪は突然死でなくなってしまう。
これを予防するために、ある年齢になると定期的に健康診断をし、体の異常がないかを
チェックし、病気や突然死を防ぐ処置を取る。此れと同様に、企業の健康状態を定期的に
診断し、悪いところを直す活動が「診断型経営革新」である。この革新の代表例はデミン
グ賞である。組織の課題を合理的に整理し、真の問題点を把握する管理手法に「5 つのシ」
がある。このツールはデミング賞を取得するために、企業の体質を診断し自分で自分たち
の問題点を気付かせる手法としてデミング賞の企業体質改善を指導した先生方が、実践を
通して効果を確認したものである。
筆者もリコーのデミング賞受賞活動を 5 年間体験し、このツールを活用し、身をもって
有効性を体験している。「5 つのシ」の詳細は、
「企業の健康診断」を参照されたい。
日常の維持活動で色々対策を講じても同じ失敗を繰り返す場合には、診断型経営革新を
行ってみると良い。新しい発見や気づきに出会い問題が解決する。
3.まとめ
経営革新は「ビジョン型」と「診断型」を上手に組み合わせて行うと良い。
ビジョン型では、自社が目標とする企業を定め、その企業の優れているところを自社流
に改良して取り込む活動が、好結果を生んでいる。古くはトヨタの「ジャストインタイム」
の生産管理システムを、日本の多くの企業が導入し、コスト競争力を強化した。最近は「J
ITシステム」として広く海外にも普及している。
GEのジャック・ウエルチの経営手法をベンチマークしてこれを導入したソニーは、ベ
ンチマークには成功したものの、ソニーの物つくりの強みを失い、情報家電で収益を上げ
られない体質の企業に変質してしまった。
この失敗例は、企業の使命とソニーの創業者の DNA を無視して経営管理の手法のみをベ
ンチマークすれば、経営がおかしくなるという悪い事例であり他山の石にしてほしい。
企業経営の原動力は社員であるが、社員にどのようなやりがいのある仕事をさせるか。
社員たちの仕事の結果が市場のお客様に如何にお役立ちし、喜んで頂いているか。此処に
焦点を絞って企業経営と企業革新を実行している企業は、必ず成長する。経済学者や経営
工学の先生たちが力説している「効率経営」は、一時的な好業績を上げることが出来ても
永続しない。亀の歩みで地道にコツコツと人を育て、画期的な自社技術を開発し、お客様
のご満足いただける商品創りに徹している企業が、勝利の美酒を手にできる。
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