JARI Research Journal 20140904 【技術資料】 回避されているケースを考慮した交通事故発生モデルの提案 Methods of Estimating Traffic Accidents Considering Number of Avoiding Situations 今長 久*1 鹿島 Hisashi IMANAGA 茂*2 Shigeru KASHIMA Abstract This study provides a method of estimating accidents occurring between two objects (vehicle types). Parameters of the estimator are generation rate of dangerous situations and failure rate of accident avoidance for each object. This model assumes accidents occur when one object creates a dangerous situation and another object fails to avoid it. The parameters estimated using Accident statistics indicate trends in safety quality. 1. はじめに 本研究では,交通事故は,ある主体が走行中に 今後ニーズが増える予防安全性に関する事故分 「危険な場面」を引き起こし,それに遭遇した別 析では事故が発生するか否かを議論する必要があ の主体が危険な場面を回避する努力をするが失敗 るが,既存の事故データ・分析フレームだけでは した場合に事故が発生すると仮定する(回避に成 十分対応できないことが課題となっている.ドラ 功した事例はヒヤリハットやニアミスと呼ばれる イブレコーダ等のデータを利用した事故・ニアミ 事例である). 1), 2) などと組み合わせて,これまでの事故 危険な場面発生頻度は,交通がどの程度の頻度 の結果分析やそれに基づく原因の予測から,事故 で利用されているかに依存すると考えられる.マ の原因自体を分析する体系構築が必要である. クロ的な分析では,車両台数や走行距離が用いら ス分析 本研究の目的は,複数の事故分析に関連するデ れるが,本研究では走行距離を用いる.つまり, ータを組み合わせた事故の原因と結果の評価等を 分析する主体の走行距離,危険な場面の発生頻度, 実施することに対応するために,既存の交通事故 事故件数の関連性を分析することになる.本研究 データを用いて事故と事故が発生する可能性があ では,表 1 に示す 2 つの指標を定義する. った状況とを分析するためのフレームワークを提 表 1 定義する安全性の指標 案することである.なお,本研究は,将来的に分 析可能なデータが十分に確保できた際に必要とな るデータ整理の方法提案であり,現在のところ十 分なデータがない.本報では,既存の利用可能な 事故データを用いたモデル作成を通してパラメー タの推計が可能かを検討することに主眼を置いて 名称 定義 単位 危険な場面 惹起率 ある主体が単位走行距離 あたりに発生させる危険 な場面の数 件数/走行距離 事故回避 失敗率 ある主体が危険な場面に 遭遇した際に回避に失敗 して事故になる割合 無次元 報告する. 2. 2 2 主体間で発生する事故件数の定式化 2. 提案する事故発生モデルの概要 分析の対象となる主体が N だけ存在するとし 2. 1 提案するモデルの考え方 事故の発生形態は実に多様であるが,事故の発 生メカニズムを最も一般的な 2 つの主体(事故当 事者)により引き起こされる事故を例に整理する. て,その内の,主体 i と主体 j の間で発生する事 故を以下のようにモデル化する.まず,主体 i が 事故になる状況である危険な場面を惹起する.こ の危険な場面を惹起する確率は交通走行距離ui に 比例して発生すると仮定し,車両 i が単位活動あ *1 一般財団法人日本自動車研究所 安全研究部 *2 中央大学理工学部教授 工学博士 JARI Research Journal 博士(工学) - 1 - (2014.9) たりに発生させる危険な場面の数である「危険な 場面惹起率」をpi とすると,車両 i が発生させる 3. 2 使用データ 分析対象年は 1995 年から 2009 年とし,1 年単 危険な場面の数Siは式(1)となる. 位でモデルを作成する.交通事故データは,交通 S i = pi ∙ u i び死亡事故件数を用いる.交通事故統計年報の全 事故統計年報 4)中の当事者相関別全事故件数およ …(1) 事故は本研究での人身事故に相当する.分析で利 対象とする事故は 2 主体間の交通事故であるた 用する負傷事故件数は,統計年報の全事故件数か め,危険な場面には相手の主体が存在する.この ら死亡事故件数を減じたものである.なお,事故 相手を主体jとする.ここで,主体jが危険な場 の名称を表 2 に整理する.走行距離については自 面に遭遇する割合は走行距離に比例すると仮定す 動車輸送統計の走行台キロデータ 5)を利用する. る.その場合,危険な場面 Si に遭遇する相手が主 表 3 に各統計と本研究で利用する車種区分の関 体 j である場合は式(2)のように表すことができる. 係を整理する.交通事故統計年報では,1995~ 2007 年と 2008~2009 年とで貨物車の車種区分 Si ∙ uj u = pi ∙ ui ∙uj u が変更されている点には注意が必要である. (ただし,u = ∑N k=1 uk ) …(2) 表 2 定義する事故程度 名称 なお,式中のuは全主体の走行距離の総和であ 内容 る.ここで,危険な場面に遭遇した主体 j は,事 死亡事故 一人以上の死者が発生した事故 負傷事故 死者は発生しないが負傷者が発生した事故 故回避を試み,失敗した場合に事故が発生すると 人身事故 死亡事故と負傷事故の合計 考える.主体jが危険な場面において事故回避に 失敗する割合である事故回避失敗率をq j とすると, 主体 i が引き起こした危険な場面に主体 j が遭遇 し発生する事故の件数Aij は式(3)となる. Aij = Si ∙ uj u ∙ q j = pi ∙ q j ∙ ui ∙uj u 全事故 表 3 利用データと車種区分の関係 データ 車種 バス …(3) 普通乗用 軽乗用 3. 車両相互事故発生モデルの作成 3. 1 作成するモデルの対象 近年,歩行者事故の死者数の多さ等が話題となる ことが多いが,車両相互事故は死亡事故件数の 17.5%,全事故件数の 51.2%を占める主要な交通 り 6 区分に分割しモデルを作成する.利用する車 種区分は,バス,普通乗用,軽乗用,大型貨物, 普通貨物,軽貨物,である. 危険な場面を惹起する主体(主体 i)およびそ れに遭遇する主体(主体 j)については,事故デ ータにおいて,より過失が大きいと判断される第 一当事者を主体 i,第二当事者を主体 j とする. JARI Research Journal 走行距離5) 全事故件数 死亡事故件数 走行台キロ バス マイクロバス 旅/営/バス, 普通乗用 旅/自/乗用車 軽乗用 旅/軽/乗用車 貨/営/普通車,貨/営/特殊用途車, 貨/自/普通車,貨/自/特殊用途車 大型貨物 普通貨物 普通貨物, ライトバン 軽貨物 慮し車両相互事故を対象としてモデルを作成する. 事故件数4) 政令大型*1, 大型貨物*1 トレーラー*1 多様な事故形態のうち,データの利用環境を考 事故形態である 3).なお,今回は主体を車種によ 人身事故と死傷者を伴わない物損事故の合計 軽貨物 旅/自/バス 旅/営/乗用車,旅/自/貨物車, 貨/営/小型車,貨/自/小型車 旅/軽/貨物車,貨/営/軽自動車, 貨/自/軽自動車 略号 旅:旅客,貨:貨物,自:自家用,営:営業用,軽:軽自動車 備考 *1 2007 年から分類が変更 (大型貨物,中型貨物(それぞれトレーラを含む)) *2 各車種とも自家用と営業用の合計 3. 3 パラメータの推計 交通事故統計年報より,各年の車種 i および車 種 j 間に発生する事故件数Aij が得られる.一方で 事故件数Aij の推計値は式(3)により推計される.こ こで,式(4)に示すように目的関数を事故件数Aij の 実測値(事故データ)と推計値の残差の自乗和と して,それが最小になるようにパラメータpi およ - 2 - (2014.9) びq j を推定する. バス 制約条件: 0 ≤ pi , 0 ≤ q j ≤ 1, ∑i Aij = ∑i pi ∙ q j ∙ ∑j Aij = ∑j pi ∙ q j ∙ ui ∙uj u � → min 危険な場面惹起率 [件/1万km] 目的関数: Z = ∑i ∑j �Aij − pi ∙ q j ∙ ui ∙uj u ui ∙uj ・・・(4) u 軽乗用 普通乗用 大型貨物 普通貨物 軽貨物 0.01 0.008 0.006 0.004 0.002 制約条件としては, パラメータの条件に加えて, 事故データの実測値と推計値の周辺分布が一致す 0 1995 1997 バス 普通乗用 1999 2001 軽乗用 2003 大型貨物 2005 2007 2009 普通貨物 軽貨物 0.02 事故回避失敗率 る条件を加えている. 3. 4 モデルの推計結果 以下では,死亡事故データ,負傷事故データを 用いた 2 つの分析を実施する.死亡事故データを 0.015 0.01 0.005 用いた分析は,危険な場面を人身事故件数と設定 0 1999 した分析である.危険な場面惹起率は走行距離あ たりの事故発生率となり,事故回避失敗率は死亡 2001 2003 2005 2007 2009 図 3 パラメータの推計結果(死亡事故) 率と解釈できる.もうひとつの負傷事故データを 用いた分析は,危険な場面を物損事故を含む全事 バス 故件数と仮定した分析である.ただし,物損事故 全事故件数(人身+物損) [100万件] . 払い実績から推計した値 6)を用いる(図 1) 4 3 危険な場面惹起率 [件/1万km] 件数に関しては統計が存在しないため,保険の支 普通乗用 軽乗用 大型貨物 軽貨物 普通貨物 0.05 0.04 0.03 0.02 0.01 0 1995 2 1 バス 1997 普通乗用 1999 2001 軽乗用 2003 大型貨物 2005 2007 2009 普通貨物 軽貨物 0.5 0 0.4 死亡事 故件 数 総 走行台 負傷事故件数 600 事故回避失敗率 図 1 自動車対自動車事故の全事故件数の推計値 5) 総走行台 200,000 事故件数(推計値) [件] 事故件数(推計値) [件] 300 200 150,000 0 1999 100,000 50,000 0 100 200 300 400 500 600 事故件数 [件] 2003 2005 2007 2009 0 0 50,000 100,000 150,000 200,000 事故件数 [件] 図 2 モデルによる事故件数の推計結果(2009 年) JARI Research Journal 2001 図 4 パラメータの推計結果(負傷事故) 100 0 0.2 0.1 500 400 0.3 図 2 は,死亡事故,負傷事故別の事故件数推計 結果(2009 年)である.死亡事故では,件数が少 - 3 - (2014.9) ないこともあり負傷事故よりは推計値と実測値と と事故回避失敗率という 2 つのパラメータを持っ の差が大きくなっているが,全体的に事故件数を ているが,危険な場面を定義しない限り,それぞ よく推計できている.なお,他の年についてもほ れを個別には推計できないものの,事故件数自体 ぼ同精度での推計が可能である. は比較的精度よく推計できることを示した. 図 3 は,死亡事故データを用いた分析において また,危険な場面を設定することで,2 つのパ 走行距離を総走行台キロとした場合の危険な場面 ラメータを推計できることも示した.提案したモ 惹起率および事故回避失敗率の推計結果であり, デルを用いれば,どの位事故に遭うかもしれない 図 4 は,負傷事故データを用いた分析の推計結果 状況に遭遇しているか(危険な場面惹起率として である. 表現),および,そのような状況でどの位事故に至 死亡事故データを用いた分析では,危険な場面 っているか(事故回避失敗率として表現)をそれ 惹起率は車種により大きさに違いはあるものの, ぞれ議論できることを示した.今後,事故件数の 比較的一定の値で推移していることが見て取れる. 予測等,安全性の議論をするうえで有効なツール 2005 年以降減少傾向にあるものの軽乗用の値が になると考える. 最も高い.事故惹起率から見ると,最大で 1 万キ 最後に,今後多様なデータが利用可能な状況に ロ走行あたり 0.008 回程度人身事故を惹起してい なってゆくことを想定し,それらを統合した分析 る.一方で,事故回避失敗率はどの車種において のあり方を検討する必要があると考えている. も減少傾向にあることがわかる.この分析におい て事故回避惹起率は死亡事故を回避し負傷事故で 済んだ事例であるため,衝突安全性を主に表して いると解釈すると過去の衝突安全性能の向上が反 映していると解釈できる.なお,2007 年以降の大 型貨物, 普通貨物の推計値に変動がみられるのは, 事故データにおける車種の定義が変更された影響 と思われる. 負傷事故データを用いた分析では,危険な場面 惹起率については,2000 年以降軽乗用は増加傾向 補注 本モデルでは,式(10)の危険な場面の総数に関する制約 条件を付加することで 2 つのパラメータをそれぞれ推計 することが可能となる(制約条件がないと piqj の積値は推 計できるが分離できない) . ∑i pi ∙ ui = X ・・・(10) X は全車種により引き起こされる危険な場面の総件数 であり,死亡事故の分析では全人身事故件数,負傷事故の 分析では保険データにおいて保険の支払い実績から推計 された物損事故件数である. (2005 年辺りから減少) ,普通乗用は減少傾向に あるが,その他車種では若干減少傾向にあるもの の変化の程度は小さい.一方,事故回避失敗率も 2000 年以降減少傾向にはあるものの,その変化率 は死亡事故の分析と比べると小さい.また,死亡 事故データを用いた分析では,バス,大型貨物と いった大型の車両の事故回避失敗率が大きかった が,負傷事故データを用いた分析では軽乗用の値 が大きい.これは,車両の大きさに起因する安全 性の違いによる影響と考えられる. 4. おわりに 本研究では,交通事故の発生件数を 2 主体間で 発生する事故に限定し,事故に至る可能性がある 危険な場面という概念を用いて説明するモデルを 参考文献 1) 小竹元基,道辻洋平,鎌田実,永井正夫,茂呂克己: ドライブレコーダの採取データによるヒューマンエラ ー分析の試み,自動車技術,Vol.62,No.12,pp.28-34, 2008. 2) 今長久,鷹取収:ドライブレコーダが記録するニアミ スの分類方法の提案,自動車技術会学術講演会前刷集 48-11,pp.11-16,2011. 3) 交通事故総合分析センター:交通事故統計年報平成22 年版,pp.5,2010 4) 交通事故総合分析センター:交通事故統計年報,1995. ~2009. 5) 国 土 交 通 省 HP : 自 動 車 輸 送 統 計 , 1995. ~ 2009. http:// www.mlit.go.jp/k-toukei/(アクセス:2013年3 月10日) 6) 坂本将吾,今長久,鹿島茂:自動車保険データを用い た交通事故の死傷者数と物損事故件数の推計,第32回 交通工学研究発表会論文集,pp133-138,2012. 提案した.提案したモデルは,危険な場面惹起率 JARI Research Journal - 4 - (2014.9)
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