pH値によ る魚類鮮度定の一新法について

一35一
昭 和35年7月(1960)
pH値
に よ る魚 類 鮮 度 鑑 定 の 一 新 法 に つ い て
足
立
晃
太
郎
下
村
佐
和
子'
藻
子
瀞
亀
1
緒
井
光
か も簡 単 な操 作 で測 定 出 来 た ら 便利 で あ ろ う と考 え
言
た 。 そ れ 故 魚 肉 を 一 定 容 器 に 密 閉 し腐 敗 の進 行 に よつ
生 鮮 蛋 白質 性 食 品 の 腐 敗 徴 候 の 検 出 に つ い ては,従
て 生 成 さ れ る揮 発 性 物 質 を水 に 吸 収 させ この 溶 液 の水
来 幾 多 の 方 法 が 案 出 され て い る こ とは 周 知 の こ とで あ
素 イ オ ン濃 度 を 測 定 す る こ とに よつ て種 々の 条 件 下 で
る 。 従 来最 も広 く行 わ れ て い た 肉眼 的 方法 や,現
鮮 度 判 定 の 資 料 とな し得 るか 否 か に つ い て 検 討 した。
1)2;
於 て は 細 菌 類 を 測 定 す る 方 法,主
3)
測 定 す る物 理 的 方 法,及
在に
と して 筋 肉 の 弾 性 を
皿
実 験 の 部
び 最 も多 く行 わ れ てい る 化 学
(1)実
験 試 料:生
き た 「ふ な 」 を 使 用 した 。
的 方 法 等 種 々 行 わ れ て い る。 しか し死 後 の 諸 条 件 や 個
(2)実
験 方 法:生
き た 「ふ な 」 を 殺 し死 後 直 ち に この
体 的 差 異 等 が あ るた め,い ず れ も一 長 一 短 が あ り,2
・3種 を 併 用 す る のが 最 も確 実 で あ る と され て い る。
生 成 す る物 質 を水25ccに 吸 収 させ,こ の水 溶 液 のpH
魚 肉 は 腐 敗 が 進 行 す るに 従 い,其
を ガ ラ ス電 極 法 で 測 定 した 。 そ の場 合 対 照 試 験 と し
肉5gを
の化 学 成 分 が 変 化 す
る か ら,こ れ らを 検 索 す る 化 学 的 方法 が 最 も多 く用 い
一 定 容 器 内 に 密 閉 し,種 々 の 温 度 に 於 て,
て 同 じ条 件 下 で.従 来 行 わ れ て い る 方 法(常
法 によ
られ て い る。即 ち筋 肉が 腐 敗 す るに 従 つ て 非 蛋 白窒 素,
り魚 肉5gに
可 溶 性 窒 素,ア ミ ノ窒 素,ア ンモ ニ ァ窒 素,揮 発 性 塩
9)
5).6)
基 態 窒 素,硫 化 水 素,イ ン ドー ル,ア ミ ン等 が 生 成 さ
に よ りpHを
れ 筋 肉 中 に 漸 次 蓄 積 され る か ら.こ れ らの物 質 を 測 定
時 間 放 置 した も の を 用 い又 盲 験 値 と して水 のみ の
用 した 水 は,イ
す る こ とに よつ て 鮮 度 を 判 定 出 来 るわ け で あ る。 又 筋
pH値
肉 の 水 素 イ オ ン濃 度 を 測 定 す る方 法 も行 わ れ て い る。
(3)実
従 来 の 方 法 は 筋 肉 の水 素 イ オ ン濃 度 を 直 接 に 測 定 す る
方 法 で あ るが,筆
を も そ の都 度 測 定 した。
験 結果 及 び考 察
300Cに
各 々放 置 し,日 数 経 過 と共 に 変 化 す る水 溶
B
A
盲
検
I 4.$pH
8 8888 8888 88888 88
4 4444 4444 44444 44
ド
D5
5 5 5
6 8 9 9 0 ユ 7 7 7 7
6.2pH
6 6 7 7 8 8 8 8 8 8
H
P
55
83 4889 16677
45 6777 8888 8
一
一3…}
H
P
35 1557 112 2
66 7777 8888
A寧
1
正
D^5
5 5
8 9 1 4 4 4 4 5 0 2
■
4 4 6 7 7 7 7 7 8 8
コ5
16
オ ン交換 樹 脂 法 に よ る蒸 溜 水 を 一 定
註1)
各種 の 温 度 に放 置 した 「ふ な 」 肉 の 水 素 イ オ ン濃 度
H
P
55
55
215557 671 2222 4
666 666 77888 888
ユ2
ユ3
14
5
5
2 2 9 9 6 0 1 1 4
・ ● ● ● . ・ ● ● 麟
5 5 5 5 6 7 7 7 7
9
10
11
5
5
6
7
8
H
P
5 5
8 6 5 1 2 2 2 6 3 4 5 5 6 3
4 4,4 5、5 5 ε a 乳 乞 乳 乳 乳 &
2
3
4
日
A10°C丑
H
P
8 4 4 8 8 8
・ ' ・ ● ・ ●5
4 4 4 4 4 4
1
測 定 し,両 者 を 比 較 考 察 した 。 猶 使
so°c
誹1・-3°C
0
れ を 直 接 測 定 した)
上 記 の 実 験 方法 に 従 つ て1∼3。C,10°C,22。C
者 等は 直接検 体にふれず 間接的 に し
第1表
水25ccを 加 え,こ
契本 学 教 授
締 本 学 副手
註1)蒸
溜 水 は 製 造 直 後 中 性 で あ る が 以 後 漸 次 酸 性 に 傾 く,し か し製 造 後 一 定 期
間 経 過 す る と平 衡 状 態 に な つ た の で,本 研 究 に 於 て は 一 定 時 間 放 置 して平 衡 状 態 に達 した 蒸 溜 水 を使 用 した 。
A:発
生 した ガ ス を 吸 収 した 水 のpH値,
B:常 法 に よ り測 定 した 「ふ な」 肉 のPH値,
盲 検=同 一 条 件 で 蒸 溜 水 の み を 測 定 したpH値,
一36一
食 物 学 会 誌 ・第8号
液 の 水 素 イ オ ン濃 度 を 測 定 した 。 そ の 結 果 を 第1図
後 次 第 に ア ル カ リ性 を 強 め る傾 向 を 示 して い る。 又,
に 示 した 。
温 度22QC及
第1
に
した
ふ
び3」°Cで は,自
7)
Hの
家 消 化 の期 間 が 極 め て短
く,(木 俣 に よれ ば 淡 水 魚 の 自家 消 化 は23。C∼27。C
に 最 も速 か に 行 わ れ る と報 告 し,本 実 験 結 果 と一 致 す
る)死 後24時 間 を 経 過 す る と水 素 イ オ ン濃 度 が,急 激
に 変 化 して,酸 性 か ら ア ル カ リ性 に 移 行 し,以 後 は 比
較 的 緩 慢 に 変 化 して 漸 次 ア ル カ リ性 が 増 加す る。 し灸
し一 定 段 階 に 達 す る と平 衡 状 態 を 示 す よ うに な る。
以 上 で 明 らか な よ うに,「
度 は 死 後,或
る一 定 の時(保
ふ な 」 肉 の水 素 イ オ ン濃
存 温 度 に よ り異 る)数 経
過 す る と,筋 肉 の水 素 イ オ ン濃 度 が 飛 躍 酌 に 変 化 して
酸 性 か らア ル カ リ性 を 示 す よ うに な る。 この 点,即
度1∼3。Cで
①1∼3。C
Rio°c
第1図
●ZZ°c
C'30。C
22。C及 び300Cで
に 示 す ご と く種 々 の温 度 に 放 置 した 場 合 の 水
素 イ オ ン濃 度 の 変 化 を 考 察 す る と,1∼30Cの
死 後0時
か ら1日 ∼2日
後 はpH
4.4と
し9日 ま で 漸 次 中性 に 近 ず き,10日
は 死 後9日
場合は
∼12日,100Cで
は ユ日∼2日
温
は5∼7日,
を 経 過 した 時 か ら腐 敗
の 段 階 に 入 る も の と考 え られ る。 この よ うな 飛 躍 的 変
化 を 示 す の は,通 常 筋 肉 は ほ ぽ 中 性 で あ るが,腐
敗が
一 時 酸 性 を増
進 行 す るに 従 つ て塩 基 性 物 質 を 生 成 し,漸 次 ア ル カ リ
∼ ユ3日で 急 激 に 変
性 に 変 化 して 行 く。 しか し筋 肉 が 緩 衝 能 を有 す るた め
化 して以 後 次 第 に アル カ リ性 が 強 くな る傾 向 を 示 して
或 る一 定期 間 は 殆 ん どpHの
い る。100Cで
と考 え られ る か らで あ る 。 故 に常 法 に よ る水 素 イ オ ン
も0時 か ら2日 ま で は 一
一時pHが
を 増 し1∼30Cと
同 様 の傾 向 を 示 す が3口
中 性 に 近 ず き,6,7,8日
性 を 示 し以 後9∼12日
か ら次 第 に
に 急 激 に変 化 して ア ル カ リ
ま で変 化 少 く13日 再 び 急 激 に 変
化 して 強 アル カ リ性 を 示 してい る。220Cで
及 び100Cに
酸性
は1∼3QC
比 べ て 死 後21時 以 後 急 激 な変 化 を 示 し,死
変 化 が 認 め られ な い も の
濃 度 測 定 値 に つ い て は こ の 点 を考 慮 に 入 れ て,pH価
が ほ ぽ 中 性 で あ るか 否 か と云 うこ と よ りも,む
しろ
pH価 が 死 後 第一 回 の 段 階 で 飛 躍 的 に 変 化 して,酸 性 か
らア ル カ リ性 に移 行 す る 点 を 腐 敗 の 初 期 と考 え るの が
妥 当 と思 わ れ る。 しか し本 研 究 に 用 い た 水 素 イ オ ン濃
後1∼3日
間 に 酸 性 か ら急 激 に ア ル カ リ性 に 移 行 し て
度 測 定 法 に 於 て は 筋 肉 の 緩 衝 能 や 酸 性 物 質 等,腐
敗の
い る。3日
∼7日
判 定 の 明 確 性 を さ ま た げ る諸 条 件 が 除 去 され,腐
敗に
は 殆 ん ど変 化 な く8∼9日
リ性 を 増 す 傾 向 を 示 して い る。300Cで
100C,220Cに
と急 激 な 変 化 を 示 す,そ
傾 向 を 示 す が7日
これ はpH
は1∼3°C,
比 して 変 化 が 激 し く死 後0時
に 酸 性 を 減'じ死 後10∼3日
とア ル カ
よ り次 第
に 酸 性 か らア ル カ リ性 へ
直 接 関 係 の あ る揮 発 性 塩 基 物 質 の み を 測 定 出 来 る。 故
に こ の 点 に 於 て常 法 よ り秀 れ て い る と考 え られ る の で
あ る。
の 後 は 漸 次 ア ル カ リ性 な増 す
一 方,温
以 後 は 殆 ん ど変 化 が 認 め られ な い 。
1∼3。C及
7∼8.5:こ 於 て ア ミノ基 脱 離 が 最 も旺 盛 に
度 と水 素 イ オ ン濃 度 変 化 の 関係 を み る と,
び10UCの
合 程 変 化 が 緩 慢 で,白
ご と く比 較 的 低 湿 に放i配 した 場
家 消 化 期 間 も長 い が,22QC及
行 わ れ るた め と考 え られ る。 以 上 述 べ た 各 温 度 と時 数
び30。Cの ご と く,高 温 に な る程 自家 消 化 期 間 が 短 くs
経 過 に伴 う 「ふ な 肉」 の 水 素 イ オ ン濃 度 の変 化 に つ い
死 後24時 間 を 経 過 す る と急 激 に水 素 イ ナ ン激 度 が 変 化
て 次 の こ とが 考 え られ る。
し,以 後 大 い した 変 化 は 認 め ら れ ず 平 衡 状 態 に 達 す
先 ず,放
死 後0時
置 温 度1∼30C及
よ りも1∼2日
び100Cの
場 合いず れ も
後 に 一 時 酸 性 が 強 くな つ て い
る。 尚,本 実 験 で 試 み た 鮮 度 判 定 方法 の 妥 当性 を 検 討
す るた め,同
一 条 件 下 で 常 法 に よ り 「ふ なゴ 肉 の水 素
る。 即 ちpH 4.5附 近 が 自家 消化 の期 間 と考 え られ る。
イ オ ン濃 度 を測 定 した 。 そ の 結 果 を 各 々 第1表 及 び 第
こ の 自家 消 化 期 間 が 終 る と1∼3。Cで
2図,3図,4図
は3∼9日
と大
い した 変 化 は 認 め られ な い が 漸 次 中 性 に 近 ず く傾 向 を
に 示 した 。
これ らの 図 で 明 らか な よ うに,10。Cに 於 て両 者 は 一
示 し,10日 ∼13日 で 急 激 に 変 化 して 酸 性 か らア ル カ リ
定 の 差 を もつ て,全
性 に移 行 す る。 一 方10QCで
れ よ り変 化 が 早 く
3〕OCで
と次 第 に 中 性 に 近
如 くむ しろ.常 法 よ りも,本 実 験 に採 用 した測 定 法 の
で 急 激 に 変 化 して アル カ リ性 を 示 し以
方 が よ り明 確 に水 素 イ オ ン濃 度 の変 化 過 程 を 示 して い
は,こ
自家 消 化 の段 階 が終 る と3日 ∼5日
ず ぎ6日 ∼8日
く同 様 の 変 化 傾 向 を 示 し,220C.
は 両 者 共 全 く同 一 の 変 化 傾 向 を 示 し,前
述の
一37一
昭 和35年7月(1960)
る 。 従 つ て 本 実 験 方法 を 魚 肉の 鮮 度 鑑 定 の一・
方 法 とな
し得 る可 能 性 を もつ も の と考 え る の で あ る。 も ち論,
実 際 問 題 と して,本
実 験 の 測 定 方 法 を採 用 す る場 合 に
は,個 体 差 等 種 々 の条 件 が 加 わ る の で,他
の種 々の方
法 と共 に 併 用 す れ ば これ らの 欠 点 が 解 消 出 来 るわ け で
あ る。
m
結
論
従 来 か ら魚 肉 の鮮 度 鑑 定 の一 方 法 と し て,水 素 イ ォ
ン濃 度 測 定 法 が 行 わ れ て 来 た 。 しか し,こ の 方 法 は,
検 体 を 直 接 測 定 す る もの で あ る 。 こ の 方 法 に は 種 々 の
欠 点 が 認 め られ て い る こ とは 周 知 の 通 りで あ る。 そ れ
故,著
第2図
「ふ な 」 肉 の水 素 イ オ ン濃 度(100C)
者 等 は,間
接 的 に,し
か も簡 単 な 操 作 で,測
定 出 来 る鮮 度 判 定 法 が あ れ ば種 々 の 点 で 有 利 で あ ろ う
と考 え本 研 究 を行 つ た 。 即 ち,「 ふ な 」 肉 を 実 験 試料
と して,死 後 直 ち に,そ
の一 定 量 を一 定 容 器 内 に 密 閉
し,種 々 の温 度 に 放 置 し,時 数 経 過 と共 に 生 成 す る揮 発
性 物 質 を 水 に 吸 収 させ,こ
の水 の水 素 イ オ ン濃 度 を測
定 し,同 時 に 同条 件 下 に放 置 した 「ふ な 」 肉 を 常 法 に
よつ て測 定 した 結 果 と比 較 検 討 し,鮮 度 判 定 の 一 方法
とな し得 るか 否 か に つ い て 考 察 した 。
1)常
法 に よ る水 素 イ オ ン濃 度 測 定 結 果 と,本 実 験 法
に よ る測 定 結 果 は 同 一 傾 向 を 示 し,本 実 験 法 が 魚 肉
の一 鮮 度 判 定 法 とな り得 る こ と を認 め た 。
2)従
来 の水 素 イ ナ ン濃 度 測 定 法 に於 て は 直 接 筋 肉 を
測 定 す るた め 腐 敗 判 定 の 明 確 性 を さ ま た げ る 諸 条 件
が 存 在 した 。 しか し本 研 究 法 は,こ
の欠点が 除去 さ
れ た 。 即 腐 敗 の進 行 と共 に 生 成 す る揮 発 性 塩 基 物 質
第3図
「ふ な 」 肉 の 水 素 イ オ ン濃 度(22。C)
の み を 測 定ti来 るか ら,従 来 の 方 法 よ り水 素 イ オ ン
濃 度 の 変 化 過 程 を 一 層 明 確 に 示 す こ と を認 め た 。
3)各 種 温度 に放 置 した 場 合 の 「ふ な 」 肉 の 水 素 イ オ
ン濃 度 の変 化 は,温 度 が 低 い程,水 素 イ オ ン濃 度 の変
化 は 緩 慢 で あ り,高 温 に 放 置 した 程 変 化 は 急 激 で あ
る 。但 し,い つ れ も一 定 時 間 経 過 す る と水 素 イ オ ン濃
度 は 飛 躍 的 に 酸 性 か らアル カ リ性 え と変 化 す る即,
1∼30C及
び100Cで は 死 後0時 ∼2日 即,自 家 消
化 期 間 は 一 時 酸 性 を増 し,以 後1∼3。Cで
は9日 ∼
10日,100Cで
は5日 ∼6日 に,又22。C及 び30Cで
は 死 後1日 ∼3日
に この 飛 躍 的 変 化 が 認 め られ る。
参 考 文 献
1)
Hunter:Abst.Bact.,4,(1920),11.
2)。Nickerson,
Proctr:J.
Bact。30,(1935),383.
3)田
内,広
田,和 田:水 産 講 習 所 研 究 報 告,26(19
31),79.
4).Lucke
and
「ふ な」 肉 の 水 素 イ ォ ン濃 度(300C)
A:本
実 験 に 使 用 した 新 法 に よ るpH値
B
3常 法 に よ り測 定 したpH値
Untersuch.
Lebensmit
.,70,(1935),441.Kimura
and Kumakura:
Proc. Fifth Pac. Congr. f 5,(1934),3709.
Clough:Pub.
Puget Sd. Biol:Sta.,3,(192
5)
第4図
Gerdel:Z.
2),195.
立,田 中:京 都 女 子 大 食 物 学 会 誌5,(1958),38.
6).足
7).木
俣:日 本 水 産 学 会 誌,10,(ユ935),256.