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妊娠高血圧腎症患者由来 IgG による絨毛癌細胞、妊娠
初期絨毛細胞よりの soluble Endoglin 産生の検討
(要約)
日本大学大学院医学研究科博士課程
外科系産婦人科学専攻
小林 祐介
2014 年
指導教員 山本 樹生
妊娠高血圧症候群 (pregnancy induced hypertension PIH) は産科特有の疾患で
基本病態は血管内皮障害による臓器障害と血圧上昇であり, 大部分は分娩後に
軽快する。その中でも妊娠高血圧腎症 (preeclampsia PE) は高血圧, 蛋白尿, 凝固
異常を併発し母児ともに危険に晒される疾患である。しかしながら, その病態に
ついては不明な点が多くその解明が望まれる。
soluble Endoglin (sEng) は Transforming growth factor-beta (TGF-β) と結合して,
血管新生に関わる antiangiogenic protein として知られている。TGF-β は eNOS
(endothelial Nitric Oxide Synthase) を活性化し血管拡張を引き起こす。このため
sEng は TGF-β による NOS 依存性の血管拡張を阻害し, 高血圧を発症し PE 患者
末梢血では高値を呈することが知られている。
PIH では自己抗体の関与が報告されており, antiangiogenic protein 産生との関連
も報告されている。しかしながら, これまで PE 患者における自己抗体と sEng
濃度高値との関わりを直接示す報告は認めない。
そこで, 本検討では PE において血清 IgG が sEng 産生にどのような役割を担
っているのか, 特に自己抗体と sEng 産生増加の関連を明らかにするため絨毛
癌細胞株 (JEG-3 cells) 及びヒト妊娠初期絨毛細胞を用いて検討を試みた。
近年になって, 自己抗体の中でも angiotensin II type 1 (AT1) の receptor に対す
る自己抗体である AT1-receptor agonistic autoantibody (AT1-AA) が PE 発症に関わ
る因子として報告されている。
したがって, 筆者は AT1-receptor を特異的にブロックする AT1-receptor 阻害薬
(Losartan) を用いて PE の sEng 過剰産生における AT1-AA機能の有無を検討した。
(方法)正常妊婦と PE 患者から血清 IgG 分画を抽出し, JEG-3 cells と合法的に
採取したヒト妊娠初期絨毛細胞に添加し, sEng の蛋白産生並びに mRNA 発現量
の変化を比較検討した。さらに, sEng 産生における AT1-AA 機能の有無を検討す
るため, Losartan を用いて特異的に AT1-receptor を阻害したうえで sEng 産生並び
に sEng mRNA 発現量の変化を比較検討した。また AT1-AA の sEng 産生と
TGF-β をはじめとした cytokine の関係を検討するため, IL-1β, IL-4, IL-5, IL-6,
IL-7, IL-8, IL-10/ CSIF, IL-12 (p40), IL-12 (p70), IL-17A/CTLA8, IL-17F/ML-1, IL-23,
IFN-γ, TNF-α, GM-CSF/CSF-2, MCP-1/CCL2, MIP-1α/CCL3, RANTES/CCL5 産生
の変化を Losaratan 添加前後で比較検討した。
(結果)本検討により PE 患者血清をヒト妊娠絨毛細胞に添加することで in vitro
で PE 発症機構におけるヒト妊娠絨毛細胞の変化を確認できた。
PE 患者血清 IgG 分画を作用させると JEG-3 cells 及びヒト妊娠初期絨毛細胞の
どちらにおいても正常妊婦血清 IgG 分画添加群と比較して sEng 蛋白産生が有意
に増加し, sEng の mRNA 発現も有意に亢進した。
さらに, Losartan を用いて AT1-receptor を特異的に阻害したうえで PE 患者血清
IgG 分画を作用させると sEng 蛋白産生は有意に減少し, sEng の mRNA の発現も
有意に抑制された。Cytokine 濃度に関しては TGF-β 濃度が Losartan 添加で有意
な増加をみた。しかし, 他の検討した cytokine 濃度は有意な変化は認めなかった。
(結語)以上の結果より, PE 患者血清中の IgG 分画がヒト妊娠初期絨毛細胞に
作用すると antiangiogenic protein である sEng の産生を亢進し, PE の病態に関与す
る可能性があると推察した。
さらに, Losartant 添加により TGF-β の濃度が上昇したことから AT1-AA が胎盤
絨毛を介し sEng 産生を増加させることで TGF-β を低下させ, TGF-β による血管
拡張作用及び血管新生作用を阻害し, PE 患者の病態に深く関与している可能性
があることが判明した。
今回, 筆者は培養が困難と言われているヒト妊娠初期絨毛細胞に血清 IgG
分画を添加し sEng 産生が増加することを証明し, Losartan により AT1-receptor を
特異的にブロックしたことで PE 患者血清中の AT1-AA の存在を示し, PE 発症に
関与する sEng 産生という従来あまり知られていなかった AT1-AA の機能を間接
的にはじめて証明した。