Q = 100 − p (1) πA(pA,pB)=(pA − 10)QA

ゲーム理論入門 補足:ベルトラン競争とクールノー競争
講義では記号を用いて一般化しながらベルトラン競争とクールノー競争について説明しましたが,
長い間数学から離れていた学生には内容以前に,数式をフォローするのが大変だったようです.そ
こで,数値例で講義の説明を補足します.
1. ベルトラン競争
同じ商品を生産している 2 社が価格で競争するモデルをベルトラン競争のモデルといいます.今,
ある商品に対する市場需要関数が
Q = 100 − p
(1)
で与えられているとします.Q は需要量,p はこの商品 1 単位の価格(円)です.この商品は 2 社
A および B によって供給されています.それぞれの企業は同じ生産技術を持っており,1 単位あた
り 10 円でいくらでも生産することができます.各企業は価格を戦略変数として競争します.企業
A の設定する価格を pA ,企業 B のそれを pB と書くことにします.
このとき,企業 A の利潤(利得)πA は次のように表せます.
πA (pA , pB ) = (pA − 10)QA
ただし,QA は企業 A の商品に対する需要量です.それは次のように決まってきます.





if pA < pB

 100 − pA



QA = 1 (100 − pA ) if pA = pB

2







0
if pA > pB
つまり,A 社が B 社よりも安い値段をつければ A 社の商品が市場を独占することになりますが,逆
に B 社の方が安い価格をつければ,A 社の商品にはまったく需要がありません.両社が同じ価格を
つければ,市場全体の需要を半分ずつ分け合う形でそれぞれの商品が売れることになります.
QA の式を代入すれば,利潤関数は次のように書き換えられます.





(pA − 10)(100 − pA ) if pA < pB





πA = 1 (pA − 10)(100 − pA ) if pA = pB

2







0
if pA > pB
(2)
ベルトラン競争では,各企業は同時手番で価格を設定します.このゲームのナッシュ均衡につ
いて考えましょう.
1
まず始めに,(pA , pB ) = (10, 10),つまり両社とも価格を 10 円に設定するのがナッシュ均衡に
なることを示します.
ナッシュ均衡は「互いに最適反応になっている戦略の組合せ」です.したがって,(pA , pB ) =
(10, 10) がナッシュ均衡であることを示すには,(i)A 社は,B 社の価格が 10 円ならば,自社商品の
価格を 10 円以外に変更しても利潤を増やすことができない,(ii)B 社も,A 社の価格が 10 円なら
ば,自社商品の価格を 10 円以外に変更しても利潤を増やすことができない,ことを示せばよいわ
けです.
そこで (i) について考えましょう.
今,B 社は pB = 10 を設定しています.このとき A 社の利潤関数は (2) に pB = 10 を代入す
れば,
πA =





(pA − 10)(100 − pA ) if pA < 10





0








0
if pA = 10
if pA > 10
となります.
まず,中段では A 社が pA = 10 としたときの利潤がゼロになることが示されています.一方,
上段では,A 社は 10 円よりも低い価格をつければ 100 − pA 単位の商品を販売できるものの,1 単
位あたりの生産費用よりも低い価格で販売していますから,利潤はマイナスになることがわかりま
す.したがって A 社には,10 円よりも低い価格をつけるインセンティブはありません.下段は A 社
が 10 円よりも高い価格をつけた場合です.このときは販売量がゼロになりますから,やはり利潤も
ゼロです.pA = 10 のときの利潤もゼロですから,やはり A 社には 10 円よりも高い価格をつける
インセンティブはありません.以上より,B 社が pB = 10 と設定すると予想されるとき,pA = 10
は A 社の最適反応になっています(厳密にいえば,pA ≥ 10 となるすべての価格は A 社の最適反応
です).
B 社が直面する状況がまったく同じであることは明らかでしょう.すなわち,B 社が pA = 10
と設定すると予想されるとき,pB = 10 は B 社の最適反応になっています(やはり厳密にいえば,
pB ≥ 10 となるすべての価格は B 社の最適反応です).したがって,(pA , pB ) = (10, 10) がナッシュ
均衡であることが示されました.
では,他にナッシュ均衡となる価格の組合せが存在するでしょうか.場合分けが煩雑ですが,
pA ≥ pB > 10,pA ≥ 10 ≥ pB ,10 ≥ pA ≥ pB ,および pA と pB の順番を入れ替えた,pB ≥ pA > 10,
pB ≥ 10 ≥ pA ,10 ≥ pB ≥ pA の合計 6 種類のケースについて(ただし pA = pB = 10 の場合を除
く),そのような価格の組合せがナッシュ均衡になりうるか,考察する必要があります.ただし,煩
雑ですが,解答は容易ですので,自分でやってみて,どの場合もナッシュ均衡にはならないことを
明らかにしてください.
2
2. クールノー競争
同じ商品を生産している企業が,価格ではなく生産量で競争するモデルをクールノー競争のモデ
ルといいます.産業組織論ではベルトラン競争と並んで有名なモデルです.講義では産油国の例を
用いましたが,他にも企業が工場の生産ラインを増やして量産体制を競うような状況はクールノー
競争と見てよいでしょう.
上のベルトラン競争とまったく同じ設定で説明します.クールノー競争では,企業 A と B がそ
れぞれ,生産量 qA と qB を戦略として競争します.
各企業が生産量を設定すると,供給量が決まりますから,それと需要量が一致するように商品
の市場価格が決まります.
需要関数は (1) で与えられています.今,供給量が qA + qB だとすれば,市場価格は
p = 100 − (qA + qB )
(3)
となるように決まります.それぞれの企業の生産量が増えれば価格は下がります.この関係を逆需
要関数あるいは逆需要曲線といいます.このとき,企業 A の利潤は
πA = (p − 10)qA = (90 − qA − qB )qA
(4)
と表されます.同様に,企業 B の利潤も
πB = (p − 10)qB = (90 − qA − qB )qB
(5)
となります.
各企業は同時手番で,相手の生産量を予想しながら,利潤が最大になるように自分の生産量を
決めます.互いに最適反応になっている生産量の組合せがナッシュ均衡です.
クールノー競争のモデルでナッシュ均衡を求めるのは,ベルトラン競争の場合ほど容易ではあ
りません.まず各企業の反応関数を求め,次に両者を連立して解くという手続きを経て,ナッシュ
均衡を求めることができます.
企業 A の反応関数を qA = rA (qB ) と書くことにします.これは,企業 B の生産量が qB と予想
されるとき,企業 A は rA (qB ) だけ生産することで利潤を最大にできることを意味します.つまり,
qB がある値で与えられたとして (4) の利潤を最大にする qA の解が rA (qB ) です.
では具体的に,qB が与えられているときに,(4) を最大にする qA を求めましょう.講義で説明
したように,(4) は qA の 2 次関数であり,縦軸に πA 横軸に qA を測ったグラフでは,上に凸の放物
線を描きます.そのグラフの横軸上で放物線が交差するのは,qA = 0 と qA = 90 − qB のところで
す.放物線の頂点はちょうど両者の中間にありますから,したがって,利潤を最大にする生産量は
qA =
90 − qB
2
(6)
となることがわかりました.この右辺が反応関数 rA (qB ) の具体的な表現に対応しています.
3
同様にすれば,企業 B の反応関数 rB (qA ) も具体的には
qB =
90 − qA
2
(7)
と表されることがわかるでしょう.
さて,ナッシュ均衡を求める手続きに進みます.繰り返しですが,ナッシュ均衡とは「互いに
∗ , q ∗ ) という生産量の組合せがナッシュ均衡で
最適反応になっている戦略の組合せ」です.今,(qA
B
あるならば,これら 2 つの生産量はそれぞれの企業における最適反応の関係を満たしていなければ
∗ = r (q ∗ ),q ∗ = r (q ∗ ) です.具体的に (6) と (7) を用いて書き直すと,
なりません.つまり,qA
A B
B A
B
∗
90 − qB
2
∗
90
−
qA
∗
qB
=
2
∗
qA
=
(8)
(9)
です.これは連立方程式になっています.そこで (9) を (9) に代入すると,
(
∗ )
90 − qA
1
∗
90 −
qA =
2
2
∗ を計算すると,
となります.この式を整理して qA
∗
qA
= 30
が求まります.これをさらに (9) に代入すれば,
∗
qB
= 30
が得られます.反応関数をグラフに描いて,反応曲線が (30, 30) で交差していることを確かめてく
ださい.
ナッシュ均衡で実現する生産物の価格はどうなるでしょうか.各社 30 単位ずつ生産しますから,
(3) の逆需要関数に代入して,均衡価格 p∗ は
p∗ = 100 − 60 = 40
となることがわかります.その結果,各企業の利潤は
∗
∗
πA
= πB
= 900
と求まります.
需要関数や生産技術はまったく変化していませんが,企業の戦略変数が価格(ベルトラン競争
の場合)から生産量(クールノー競争の場合)に変わっただけで,ナッシュ均衡は異なるものにな
ることがわかります.これは戦略変数の違いがゲームにおけるプレイヤー間の戦略的相互依存関係
を変化させるからですが,より詳しい解説は産業組織論などの講義に委ねようと思います.
4
3. 合計利潤の最大化
では最後に,もしこの 2 社が互いの生産量あるいは価格を協調して決定し,2 社の利潤の合計を
最大にするように設定したとすれば,どのような生産量あるいは価格が実現するでしょうか.
クールノー競争の場合で考えましょう.
2 社の合計利潤を π = πA + πB で表します.(4) と (5) より,
π = (90 − qA − qB )(qA + qB )
となります.ここで両企業の合計生産量を q = qA + qB で表しましょう.そうすると,合計利潤は
π = (90 − q)q
と簡略化して表現できます.これを最大にする q の値は,やはり π が上に凸の放物線のグラフを描
くことに着目すれば,
q = 45
であることがわかります.つまり,利潤の合計を最大にするには合計生産量を 45 単位にすればよ
いのです.ということは,各社の利潤を最大にするには,その半分ずつ,つまり qA = qB = 22.5 と
なるように生産量を各企業に配分すればよいということになります.このときの価格は,(3) より,
p = 55
ですし,各企業の利潤は
πA = πB = 45 × 22.5 = 1012.5
です.これはクールノー競争のときの均衡利潤(900)やベルトラン競争のときの均衡利潤(0)を
上回っています.
注意してほしいのは,合計利潤を最大にする生産量や価格が,ベルトラン競争やクールノー競
争のナッシュ均衡で実現することがないという点です.
実際,ベルトラン競争の場合には,たとえば企業 B が pB = 55 と価格を設定しても,企業 A は
それをホンのわずか下回る価格を設定して利潤を独り占めしてしまおうとするでしょう.そのとき
獲得できる利潤は上で求めた利潤の 2 倍,2025 に限りなく近い水準になります.
クールノー競争の場合では,企業 B が qB = 22.5 に生産量を設定すると予想するならば,(6) よ
り,企業 A は自分の生産量を反応関数にしたがって,
qA =
90 − 22.5
= 33.75
2
に設定して,qA = 22.5 のときよりも大きな利潤を獲得しようとしてしまいます.実際,このとき
価格が 43.75 になるので,企業 A が獲得する利潤は 33.75 × 33.75 = 1139.0625 となりますから,合
計利潤を最大化する生産量を選ぶときの利潤 1012.5 よりも大きくなっています.
5
ベルトラン競争やクールノー競争において各企業は,合計利潤を最大化する生産量や価格を維持
するインセンティブを持っていません.いいかえれば,合計利潤を最大にするという協調を裏切る
インセンティブをそれぞれの企業が持っています.しかしながら競争の結果,各企業がナッシュ均
衡で獲得する利潤は,合計利潤を最大にするように協調した場合に得られる利潤よりも小さくなっ
てしまいます.この状況は,囚人のジレンマに似ていますが,ベルトラン競争でもクールノー競争
でも支配戦略があるわけではありませんから,囚人のジレンマと同じゲームだということはできま
せん.
合計利潤を最大にするという協調は,双方が持つ裏切りのインセンティブによって,少なくと
も短期的には(ゲームが 1 回しか行われないならば),ナッシュ均衡として実現することはできま
せん.しかし,このゲームが無限回繰り返され,毎回のゲームの結果がそれぞれのプレイヤーに観
察される場合,一定の条件の下では,協調の繰り返しをナッシュ均衡として実現することが可能に
なります.この点については,繰り返しゲームのところで講義します.
3. 練習問題
では,練習問題をやってみましょう(提出する必要はありませんが,解答や解説も用意しませ
ん.ただし,やっておけば第 3 回の宿題や試験前の勉強で楽になるかもしれません).
問題 1 ある財は企業 1 と 2 の複占市場において生産されている.この財の市場需要関数は,
Q = 100 − 2P
で与えられている.ここで Q は需要量,P は価格を表している.一方,企業 i = 1, 2 の費用関数は,
生産量を qi としたとき,
Ci = 20qi
で表される.2社は生産量を戦略変数としたクールノー型の競争をしている.
(1) 企業 1 の利潤を q1 および q2 の関数として表しなさい.
(2) 企業 1 の反応関数 r1 (q2 ) を求めなさい.
(3) 各企業の反応曲線を図示しなさい.
(4) ナッシュ均衡で実現する各企業の生産量およびこの財の市場価格を求めなさい.
(注)上の数値例ではクールノー競争では1単位あたりの生産費用を 10 円で一定としましたが,こ
の問題では1単位あたりの生産費用ではなくて,企業の費用関数が指定されています.数値例のケー
スを費用関数で表すならば,Ci = 10qi となります.一般に,企業 i の利潤関数は,πi = P qi − Ci
と書けることに注意してください.
6
問題 2 企業 i の費用関数が
Ci = qi2
(つまり,生産量の 2 乗の値)で表されるとする(たとえば生産量が 3 単位なら 9 万円,5 単位なら
25 万円の生産費用が総額でかかる).これ以外は問題 1 と同じ設定である.
(1) 企業 1 の利潤を q1 および q2 の関数として表しなさい.
(2) 企業 1 の反応関数 r1 (q2 ) を求めなさい.
(3) 各企業の反応曲線を図示しなさい.
(4) ナッシュ均衡で実現する各企業の生産量およびこの財の市場価格を求めなさい.
問題 3 10 キロメートル離れた 2 つの地点 A,B に,同じ商品を販売する企業 A 社と B 社がそれ
ぞれ立地している.それぞれの企業は,この商品を 1 単位生産するのに 100 円の費用を要する.各
社が設定する商品の価格を pA ,pB としよう.
地点 A,B の間には全人口が 10 に等しい個人が,均一に居住している(あえて単位はつけてい
ないが,たとえば 10 万人と考えてよい.ただし,その場合,人口は整数ではなく,実数で数えて
よいものとする).すなわち,地点 A から x キロメートル(0 ≤ x ≤ 10)離れた地点(以下では,
地点 x と呼ぶ)までに住む人口は x である.各居住者はこの商品を 1 単位だけ,必ずどちらかの企
業から購入するが,購入にあたっては,商品の値段だけでなく,購入の際にかかる配達料も考慮す
る.商品の配達料は 1 キロメートルあたり 50 円と決まっているため,たとえば地点 x に住む人は,
A 社から購入するなら 50x 円,B 社から購入するなら 50(10 − x) 円の配達料を追加的に負担しなけ
ればならない.以下の設問に答えよ.
(1) 2 社の設定した価格 pA ,pB を所与としたとき,地点 x の居住者が A 社からこの商品を購入
するための条件を求めよ.
(2) 2 社の設定した価格を所与としたとき,A 社の商品に対する需要量を xA とする.xA を pA お
よび pB の関数として表せ.
(3) (2) と同様にして,B 社の商品に対する需要量を xB としたとき,それを pA および pB の関数
として表せ.
(4) A 社の利潤関数 πA ,B 社の利潤を πB とする.上で求めた需要関数を利用して,それぞれを
pA および pB の関数として表せ.
(5) 2 社は同時手番で,非協力的に価格を設定するとしよう.
7
(a) A 社の反応関数 rA (pB ) を求めなさい.
(b) B 社の反応関数 rB (pA ) を求めなさい.
(c) 2 社の反応曲線を,横軸に pA ,縦軸に pB を測ったグラフに描きなさい.
(d) ナッシュ均衡で 2 社が設定する価格を明らかにしなさい.
(注)この問題が扱っている価格競争はベルトラン競争に似ていますが,少し違います.異なると
ころは,A 社が B 社より安い価格をつけてもすべての需要を取ることができない点です.これは
「距離」の違いがあるからです.この「距離」というものを,消費者の好みの違いと解釈すること
も可能です.つまり地点 A の近くに住んでいる人ほど A 社の製品をより好む人だと見なすわけで
す.そうすると,ベルトラン競争では 2 社は完全な同質財を販売していましたが,この問題で登場
する企業の製品は完全に同質的ではなく,消費者の間で好みが分かれていることになります.たと
えばブランド品の靴やバッグなどと同じことで,このような場合,製品差別化が行われているとい
います.
(以上)
8