束論とその応用: 趣旨、補足説明
論理と数学は、先験的な知と見なされるのが普通だが、経験に依存するという主張も
無くはない。 量子力学が、標準論理とは異なる論理 ─ 「量子論理」─ を生み出し
たという見解は、その一つである。 だが、それは真実か? 量子力学は、数学、延い
ては科学一般を基礎付ける、超領域的な知としての「論理」の名で呼ばれるのに相応
しいか? この疑問に応えることを含め、量子論理を学ぶ。 その準備として、量子論
理が非標準的な論理であると言う理由が、量子的命題の成す束が分配律に従わないと
いう点に在ることに鑑み、束の基本的性質を確認する。 併せて、命題論理や bit 列
の空間等、計算機科学と関わりの深い例も、一瞥して置きたい。
束の束:
完備 Boole 代数(冪集合: 部分集合の集合)
Frame:完備分配束
(開集合の集合)
Boole 代数
(古典論理、
閉開集合の集合)
Heyting 代数
(直観主義論理、
Lindenbaum 代数)
Ortho-modular 束
(線型幾何学、量子論理)
分配束
有向完備半束(Bit 列)
束
半束(最小論理)
随伴関係: U , V , W ∈OX について W ∧V ≦U ⇔ V ≦ (¬W ∪U )O
≦ と ⇒ をそれぞれ含意(→)と推論式で置き換え、論理的に表すと
W ∧V →U
V → (W →U )
V → (W →U )
W ∧V →U
0
分配律の不成立: (a ∨b )∧c ≠ f = (a ∧c )∨(b ∧c )
一点 p を含む部分空間全体の Filter は極大だが
素ではない: a , b ∈
/ ↑p
a ∨b ∈↑p
a
p
b
c
Boole 環としての Boole 代数: x + y ≡ (x ∧¬y )∨(¬x ∧y )
束としての Ideal は、環としてのと一致する。
x ×y ≡ x ∧y
開集合の束 OX の Filter: 一点 x を含む開集合の全体 V [x ](≡ OX ∩↑{x })
• V [x ] は素、また X が T1 分離公理を満たすならば、{x } =∩V [x ]
• しかし極大ではない。 反例: S [x ] ≡V [x ]∪{V - {x }: V ∈V [x ]} 素 Filter
• V [x ] の余集合 {U : x ∈
/ U } は極大、従って素な Ideal
• X が T2 分離公理を満たすならば、二点を含む開集合の全体は、素ではない。
束としての自然数と、その Ideal、Filter: m , n ∈N m ≦n ≡ m|n
• m ∨n =m 、n の最小公倍数 m ∧n =m 、n の最大公約数
• 最小元 = 1 最大元 = 0
• 原子 = 素数の冪(p n) 素元は存在せず。
• Ideal =l ( pr , ps , Ks : r ∈R , s ∈S ) = {Pr ∈R pr jr Ps ∈S ps ks : jr <∞ , ks ≦Ks }
素 ⇔ ∃!p (p ∈
/ {pr : r ∈R })
• Filter F の任意の元 x を取り a = min{y : y |x 且つ y ∈F } とすると
∀z ∈F (a ∧z |x 且つ a ∧z ∈F ) だから a =a ∧z 従って a ≦z 即ち
F =↑a また 素 ⇔ a =p n
1
束 L と位相空間 X 相互の準同型表現: spec(L ) ≡ {p : 準同型: L → {0, 1}} として
各 a ∈L に、p (a ) =1 であるような p ∈spec(L ) の全体から成る集合を対応させ
それらを spec(L ) の開集合の基とする。
j : L ∋a → {p : p (a ) =1} = {(L - P , P ): a ∈/ P =p
―1
(0) : 素 Ideal } ∈O (spec(L ))
双対的に各 x ∈X に、x を含む開または閉開集合の全体を双対核とする、OX また
は COX から {0, 1} への準同型写像を対応させる。 即ち U ∈OX |COX として
y : X ∋x → {p : ∀U ∋x (p (U ) =1)} = ({U : x ∈U }, {V : x ∈/ V }) ∈ spec(OX |COX )
• 特に L ≡OX |COX 、U ∈L については、j (U ) と y (U ) ≡ {y (x ) : x ∈U } が
• 双対的に x ∈X ≡ spec(L ) についても、y (x ) と j (x ) ≡ {j (a ) : x (a ) =1} が
定義され y (U ) =j (U ) y (x ) =j (x ) 。 第 2 式は、正確には次の通り:
spec(L ) =X ∋x = (L - P , P ) として
(y (x )) ―1 (0) =OX -↑{x } =↓∪{j (a ): x ∈
/ j (a )}) =↓∪{j (a ): x (a ) =0}
=↓∪{j (a ): a ∈P } =↓∪j (P ) =↓∪j (x ―1 (0))
y
a
P
L
• これらの相等関係に基づき、j の束としての準同型性と、y の位相空間としての
連続性が成り立つ。 更に、L や X がどれ程「重い」構造を備えているかによって、
j やy も精密の度を増す。 特に
•• L が Boole 代数 B の場合 j : B → CO (spec(B )) は同型
y : X → spec(COX ) は同相
•• L が Frame R の場合は、spec(R ) を Frame 準同型写像の全体 pt(R ) に限り
j : R → O (pt(R )) は全射 Frame 準同型
y : X → pt(OX ) は連続、T0 |T2 に応じて単|全射、更に
•• B が完備 Boole 代数の場合は、a を B の原子、p (a ) ≡ (­a , B - ­a ) とすると
p : at(B ) → pt(B ) が全単射、a と p (a ) を同一視すると、b ∈B について
j (b ) = {p : p (b ) =1} = {a : a ≦b } 特に
B =PX の場合 j =1
2
Boole 代数や Frame のような重い構造ではない、単なる分配束や Bit 列(有向
完備半束)についても、位相構造や写像 j や y を導入することができる。
• Bit 列の集合の順序関係と Scott 位相構造:
有限列 0111 を含む開集合(近傍)
↑(0111) ≡ {0111, 01110, 01111, • • •,
0111(0|1) ∞}
0
0
1
0
0
1
0 •••
1
0
1 •••
0
1
1
• 分配束の場合:
Ideal 全体の集合 Idl(L )、主 Ideal 全体の集合 K (Idl(L )) を考える。
•• Idl(L ) は Frame、K (Idl(L )) はその部分束
KO (spec(L ))
KO (pt(Idl(L )))
•• spec(L ) ∋P →↓P ∈ pt(Idl(L )) は同相
•• KO (spec(L )) → KO (pt(Idl(L ))) は同型
j
j
•• L ∋a →↓a ∈K (Idl(L )) は同型
•• j : Idl(L ) → O (pt(Idl(L ))) は同型、併せて
L
K (Idl(L ))
•• j : L → KO (spec(L )) は同型
有向完備な順序集合に於ける‘compact’の概念: 通常、x が‘compact’とは
「任意の S について、x が S で覆われるならば、S の或る部分集合で覆われる」
ことを言う。有向完備な場合は、そのような S の部分集合の全ての元より大きい S
の元 s が存在し x ≦s だから、定義 7 の条件が成り立つ。 逆にそのような s が
存在すれば x ≦s =∨{s } 即ち x が S の部分集合 {s } で覆われる。 つまり、有向
完備のばあいは、定義 7 は通常の定義と一致する。
‘coherent’の概念: T2 空間の compact 集合は閉、従って OX の compact 元は
連結成分に他ならず、OX が coherent であるとは、X の開集合がそれら連結成分
の和の形であることを意味する。 T2 でなければ、必ずしもそうではない。 実際、
X を bit 列の空間とすると、開集合 ↑{x } は compact ではあるが、閉ではなく
(y <x ならば、y を含む開集合は全て ↑{x } を含む)
、従って X は T2 でないが、
OX は coherent である。
(2014. 5.10)
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