11.OB 会員の先生からの便り 宗像市在住 永 元 康 夫(昭和 54 年入局) ハナイカダとボダイジュ わたしの趣味である「樹木の花」のうち、今年はハナイカダ(花筏)とボダイ ジュ(菩提樹)をとりあげてみます。両者に共通する特徴は花が葉の一部から成 長することです。 毎年 4 月末~ 5 月初旬にオープンガーデンが開催されます。福岡・筑紫野地区、佐賀・鳥栖・小郡・ 熊本玉名・柳川・大川地区、久留米・田主丸地区で 30 余りの庭が開放されます。宗像市大井台にある 吉田邸はバラで有名な庭ですが、ここにハナイカダの花が咲いていました。ハナイカダのことは樹木図 鑑で知っていましたが、実物をみたのは初めてです。写真 1 にあるようにとても地味な花です。葉の緑 の上に淡緑色の小花がのっていますので、うっかりすると見過ごしてしまいそうです。 写真 2:ボダイジュ 写真 1:ハナイカダ ボダイジュはヨーロッパではごくありふれた樹木で、マロニエ、プラタナス、アカシアとともに並木 として利用されています。とくに名高いのが、ベルリンにあるボダイジュの並木道です。ブランデンブ ルグ門の東側の通りを Unter den Linden と呼びます。直訳すると、ボダイジュの樹の下、となります。 ブランデンブルグ門からシュロス橋まで 1.4㎞にわたりボダイジュの並木が延びています。通りの左右 に 2 列ずつ計 4 列ものボダイジュが連なっており見事です。この通りの北側に国立図書館、フンボルト 大学、ドイツ歴史博物館、南側に国立オペラ劇場があります。わたしのドイツ語のテキスト(Themen aktuell)に以下の記載があります。 In dieser Strasse,die moisten Gebaeude hier sehen noch fast so aus wie damals. =この通りの多くの建物はほぼ当時のままである。 ドイツ統一前、ブランデンブルグ門はベルリンを東西に隔てる要でした。その東側の通り Unter den Linden は東ベルリンに属しますが、当時のままであるとのことです。このテキストに楽しい写真が 載っています。Unter den Linden の南側のカフェの屋外席の風景です。人々はボダイジュの樹の下で 楽しそうに飲み物を嗜んでいます。奥にはブランデンブルグ門がみえます。ここに旅したおり、わたし − 41 − たち 4 人は写真とほぼ同じ場所でアイスコーヒーを飲みました。 ボダイジュの特徴のひとつに灰白色の翼果(日本のカエデの翼果と同じ。プロペラの中心に実がつい ている。風にのって子孫を増やす)がありますが、樹木全体が白っぽくなります。2 年前、ヨーロッパ を訪ねたのは、翼果が灰白色へと変る前の季節でした。ニュルンベルグの街を一望するためカイザーブ ルグに登りました。ここにボダイジュがたくさん植わっており、直ぐ真下にボダイジュを見ることがで きました。ボダイジュに花が咲いていたではありませんか。写真 2 にあるように、葉の根元付近から茎 が伸びその先に淡黄色の花が咲いています。 4 月になると、ユキヤナギ、コブシ、ハクモクレン、エゴノキ、ハナミズキ、フジ、ネズミモチ、タ イサンボク、ハシドイ、ナンジャモンジャが白い花を咲かせます。花の命は 7 日~ 10 日ほどですが、 いたる所にあるこれらの花を見逃すことはありません。しかし、限られた所にしかない樹木の花はタイ ミングを逃すと巡り会うことができません。福津市のなまずの里運動公園にアカシアがありますが、こ の樹は 8 月に花を咲かせます。久末ダムにあるキバナフジ(キングサリ)は 4 月末、明天寺公園のユリ ノキ(チューリップツリー)は 6 月、産業医大の丘の麓にあるクサギは 9 月です。ボダイジュの花もし かり。数年前の 2 内科便りで書きました「キバナフジ」と同様、長年かかって探しあてた女性に巡り会 えたようです。 久山療育園重症児者医療療育センター(糟屋郡久山町) センター長 宮 﨑 信 義(昭和 58 年入局) 「在宅支援センター」の建設に向けて 私は、昭和 58 年 4 月から 63 年 3 月まで第 2 内科・呼吸器科にお世話になりま した。前回の教室便り OB からは 2008 年度で 30 周年全面改築完成後に寄稿致し しましたが、その後の施設についてお便りします。施設建設が一新し 94 床に増床した後、全国で約 3 万人と言われる在宅重症児者の医療福祉や在宅療育が不可能となった時の受皿が求められ、2009 年度 から「在宅支援プロジェクト」計画を実施し、 2014 年 5 月には「在宅支援センター」 (下図は完成予想図) の建設が始められる見込みです。 − 42 − 当園は医療機関(医療法 94 床)と福祉施設(児童福祉法・障害者自立支援法)とに規定される医療 と福祉の二重性が求められていますので、医師定数は 6.35 人、薬剤師 2 人、看護師は約 40 人(10 対 1 看護)、生活支援員 44 人(介護福祉士など) 、その他通園・外来・専門職・事務職・給食職員など、約 130 人の常勤職員と約 60 人の非常勤職員で構成されています。現在の医師不足(特に小児科医)や看 護師不足が深刻なことは変わりありません。基礎疾患は脳性麻痺が大半ですが、平均年齢は入所者が 40 歳を超え、通所利用者も殆どの方が成人(18 歳以上)です。医療上重症の方が増加し、在宅人工呼 吸の方は登録者 67 人中の 6 名に及んでいます。私たち医師に求められる専門性は、三大基礎疾患であ る脳性麻痺・精神遅滞・てんかんの健康万里と治療ですが、実際は殆どが呼吸器疾患・消化器疾患・神 経疾患・運動器疾患からなる続発症及び合併症の診療です。一般医療だけでなく障害者医療に働く医療 者が求められています。 重症心身障害児(者)の存在の尊さ(生命や生活、人生の質)を支える重症心身障害医療の使命は重 いものです。力不足ですが、専門性を大切にしつつ領域を超えた総合(全人)医療・全人療育が深めら れていくことが望まれます。最後になりましたが、第 2 内科の発展と教室の皆様のご活躍とご多幸をお 祈り申し上げます。 大島郡医師会病院(鹿児島県奄美市) 院長 櫻 井 修 吾(昭和 58 年入局) 大島郡医師会病院の近況を報告いたします。 現在、内科、整形外科の先生方に消化器の先生が加わり、大変がんばって戴い ており、また、専門外来として、リウマチ、膠原病外来、糖尿病、内分泌外来、 耳鼻科をはじめとして、物忘れ(認知症) 、神経内科、皮膚科などの先生方にも 定期的な診療をお願いし、継続しております。今年度は、設備の旧式化に伴い、エコー装置、CT 装置、 および内視鏡装置一式を一新致しました。 勉強会などは大島郡医師会、県立大島病院で の講演会、消化器カンファレンス、症例検討会 など活発に行われています。昨年より、県医師 会主導で県下医師会の中で 5 医師会が参加して の(現在は参加医師会は増加しているようで す)、在宅支援事業が始まりました。これは県 主導の 2 年半かけた補助事業です。我々郡医師 会も医師会主導で私どもの病院も含めて、参加 しております。 当地は離島であるがためにといっていいかは別にして風光明媚です。海も格別なようでスキューバダ イビング、釣りなどを皆さん楽しんでおられるようです。一方、それなりに繁華街もあります。利便性 の問題はなく、インターネット、鹿児島、福岡、大阪、東京への直行便などの利用で不自由は感じませ ん。そして 4 月から福岡~奄美間に直行便が一日 2 便就航することになり、福岡が大変近くなりました。 皆さん是非来られてください。歓迎いたします。私は少しだけ歳を取り、そして出来るだけ遊びに重心 を移して、何とか元気でやっております。尾辻教授はじめ産業医大 2 内科の先生方のご活躍は耳にして おります。教室員そして同門の先生方の今後ともますますのご発展を祈念いたします。 − 43 − 医療法人はまゆう会 新王子病院(北九州市八幡西区) 副院長 筬 島 明 彦(昭和 59 年入局) 王子病院は「新王子病院」の名前で新病院として再出発しました! 御無沙汰しています。この度、新病院新築移転を機にアピールを兼ねて数年ぶ りに近況報告させて頂きます。私はというと平成 15 年に大学を離れ(旧王子病 院に異動)、早いもので 11 年が経過しました。透析合併症に追われる毎日ですが、卒業当時は腎不全で 透析というと患者数も未だ少なく、合併症に対しての治療介入も困難な一種特別な疾患とみなされ、一 歩引いた感があったのではないかと思われます。今では、皆さんも御存知のように糖尿病の増加や高齢 化に伴い患者総数も増え、虚血性心疾患などに対しても侵襲的な検査や治療は普通に行われており、透 析医療は common disease になっている感がします。合併症は頭からつま先までの動脈硬化性血管病、 シャントトラブル、消化管出血、易骨折、感染症そしてメンタル疾患など多岐にわたり、大学を始め周 辺の基幹病院にて迅速に対応して頂いてとても助かっています。紙面をお借りし重ねて感謝申し上げま す。透析本体が高額医療の上にこのような合併症管理にて一人当たりの医療費は高騰し、国民医療費を 圧迫するはずです。この由々しき透析医療経済的問題、今後どうなるのでしょうか? さて、本年 5 月に市丸理事長の運営方針により旧王子病院を閉鎖し、鉄王の地(はまゆう会相生リハ ビリテーションクリニックの道を隔てた対面)で新王子病院としての再スタートを切りました。規模も 大きくなり、内部もピカピカ、そして採光も良い明るい環境の新王子病院で、スリッパを履きかえ「心 機一転」の気持ちです。旧王子病院はハード面に関しては、比較的隅々までメンテが行き届いているた めか築 34 年の割には外壁、内部構造及び美化の面においての老いはあまり感じませんでした(私見) 。 しかしながら、昨今外来透析患者数の増加や送迎バスの拡充に伴う駐車スペースの問題、外来待合室や 透析室及び病棟廊下の狭小の問題、周囲にビルが建ち各階とも採光が悪くなってなんとなく暗い(私の 印象)などの不備な面も目立ってきました。殊にリハビリ治療を希望する患者にとっては旧王子病院と 1 キロも離れてない相生リハビリテーションクリニックとの距離感はもっと遠くに感じられたことで しょう。透析治療とリハビリ治療との癒合の面では、今回の新築移転はかなり理想的なものになったの ではないかと考えます。 新王子病院は、先ずスペース面に於いて駐車場を含む上記問題点をクリアーしています。加えて、最 大の特徴である免震構造にて震災の際にも倒壊等の心配なく、安心安全な治療が継続出来るという大き なメリットを有しています。さらに、特徴的な点は透析室がワンフロアーであることにより、旧病院時 代に比べるとスタッフの動きや連携が良くなり、また患者さんの状態をより共有し易くなると思われま す。恐らく、ワンフロアーでの 120 ベッド数は他に類を見なく、国内最大規模のものでしょう。私も第 一印象は圧巻でした。また、屋根には太陽光パネルを設置し自然エネルギーを有効利用しています。最 後に、新病院では入院病棟 3 階にはリハビリ訓練室を有しています。一般リハビリ治療目的で入院中の 患者さんのみならず、外来透析患者さんも透析前にリハビリ治療を受けることが出来、透析前リハビリ の普及に繋がるものと思われます。 鉄王の閑静な新興住宅街に囲まれた新王子病院は、4 階の私の部屋からは、この時節新緑に彩られた 皿倉山を眺望出来、とても環境の良い場所に位置しています。周辺が住宅街でもあり、一般内科的診療 にもニーズがあると思われます。今後とも、医療機関と連携を取りながら地域医療に少しでも貢献する ことが出来ればと考えます。はまゆう会には、私以外に西島博満先生(昭和 58 年卒) 、瀬川賀世子先生 − 44 − (昭和 62 年卒)の同門会員が在籍しています(昭和 50 年卒副島正典先生は 3 月にて退職)。今後とも、 同門の皆様!宜しく御指導、御鞭撻の程お願い致します。 琉球大学 大学院 医学研究科 薬理学(沖縄県西原町) 教授 筒 井 正 人(昭和 63 年入局) 皆さん、こんにちは。産業医大 5 回生の筒井です。琉球大学に赴任して、早い もので 5 年が経過しました。赴任後の教室の立ち上げは大変でしたが、現在大学 院生が 4 人に増えて、研究成果も少しずつ出始めています。 以前に一緒に研究を行った第 2 内科の仲間が、今年相次いで開業しました。柴 田清子先生は 2 月に戸畑で「しばた循環器内科クリニック」を、中田靖先生は 4 月に横浜で「横浜さか え内科」を、亀﨑文彦先生は 4 月に戸畑で「かめざき内科クリニック」を開業しました。仲間の新しい 進路の選択に、時の流れを感じます。開院の成功を、祈念しています。 亀﨑先生は、茨城県東海村にある原子力科学研究所の産業医の時に行った臨床研究の成果を、最近 Hypertension(Impact factor 6.9)に発表しました。Hypertension は、過去に第 2 内科から発表された 産業医の論文の中では最も Impact factor の高い Journal であり、素晴らしいと思います。この研究は、 上記の柴田先生、中田先生の基礎研究の成果と密接に関連しています。過去の研究において、心電図で 左室肥大を認めれば、高血圧者のみならず正常血圧者でも心血管死のリスクが増加することが報告され ていますが、その機序は不明です(Stroke 2009, Hypertens Res 2006) 。柴田先生は、一酸化窒素(NO) の産生低下が左室肥大を引き起こすことを、中田靖先生は、NO の産生低下が心血管死を引き起こすこ とをマウスの研究で明らかにしました(Circ J 2010,Circulation 2008) 。亀﨑先生は、これらの背景を 踏まえて、健診受診者を対象に、心電図左室肥大を有する正常血圧者における心血管死リスクの増加に は、NO の産生低下が関与している可能性を明らかにしました。第 2 内科の基礎研究の成果が、第 2 内 科の臨床研究の成果に結実したことを、大変嬉しく思っています。 私は、昨年、学務委員長(産業医大の教務委員長)および副医学部長として、大学院医学研究科の改 組を行いました。文部科学省との度重なる交渉は大変でしたが、大役を果たせてほっとしています。今 − 45 − 年 4 月からは、新たに学長補佐も拝命しています。学長補佐の主な仕事は、学長が全学的に進めている 研究活性化、組織改革・教育改革、任期制・年俸制導入等の大学改革プロジェクトを、プロジェクト リーダーとして実践することです。仕事は益々忙しくなってきていますが、土日も休まず働いて、大学 の仕事も、研究も、教育も、全力で頑張っています。棺桶に入った時に「良い人生だった」と思えるよ うに、精一杯努力したいと思います(これは以前尾辻教授から戴いた言葉です) 。 ここ一年の大きな出来事は、平成 25 年 6 月に沖縄で第 13 回日本 NO 学会学術集会を開催したことで す(写真 1) 。第 2 内科の古野由美 先生は、この学術集会で、東京大学 循環器内科の西村先生および東北大 学循環器内科の野田先生とともに、 Young Investigator Award(YIA) を 受 賞 し ま し た( 写 真 2)。 ま た、 亀﨑文彦先生も Travel Award を受 賞しました(写真 3)。産業医大第 2 内科が、東京大学や東北大学と肩を 並べていることに、感銘を受けまし た。 写真 1 写真 2 写真 3 第 2 内科の古野先生、田村准教授、尾辻教授との共同研究である「創薬に資する急性心筋梗塞モデル の開発」の研究成果を Journal of Molecular and Cellular Cardiology に投稿し、現在 revise の追加実験 を行っています。この研究は、産業医大から通算すると 6 年位がかかっていますが、何とか形にしたい と頑張っています。最近、メタボリックシンドロームを引き起こす食事成分の同定に成功しました(特 許出願)。また、NO 合成酵素系は心筋梗塞では善玉として働いているが、脳梗塞では悪玉として働い て い る こ と を 見 出 し て い ま す。Arteriosclerosis,Thrombosis,and Vascular Biology(ATVB) の Editorial board member の仕事では 3 年連続して表彰され、昨年は Top 10 Reviewer Award を受賞し ました。この貢献が評価され、American Heart Association(AHA)の fellow に選出されました。 最後になりますが、大学院生を募集しています。興味がある先生は気軽に連絡して下さい(tsutsui@ med.u-ryukyu.ac.jp)。第 2 内科の先生と、また一緒に研究が出来ることを願っています。 − 46 − ハートクリニック練馬春日町(東京都) 岡 英 孝(平成元年入局) <東京の片隅で・・第 2 内科のネットワーク(今は赤い糸)に助けられ> ご無沙汰しており誠に申し訳ありません。平成元年入局させていただきました 岡と申します。第 2 内科、第 3 内科で半年ずつ研修し、2 年目は中国労災病院で 研修させていただきました。今から思うととても有意義な 2 年間の研修でした。 紆余曲折あり、平成 20 年より東京の片隅の練馬で小さなクリニックを開業しております。一人常勤 医でして “ 院長 ” などと呼ばれていい気になっているようですが…実情はハラハラ、ドキドキの毎日で、 隣区の板橋中央病院に勤務している沼田哲也先生には本当に何度も助けられ、なんとか 6 年間やってこ られたと言うのが正直なところです。 <お騒がせ 1 > 月曜日の昼過ぎ。午後の診療が開始するとともに、クリニックの正面入り口前に横付けされた軽ト ラック。助手席から引きずりだされるように出てきたのは半年前から高血圧の治療のため通院し始めた 69 歳の男性。顔面蒼白で自力では立ち上がることはできず、軽トラの運転手(近所に住む 30 歳ほどの 男性)は “ めまいがする。ハートクリニックへ連れて行け!と言われたからつれてきたよ ” と言う。タ イヤ付の椅子(この一件のあと車椅子購入)に座らせ心電図室へ…血圧測定してびっくり!脈が 20/ 分! “ どうしたんだ?何が起きたんだ?どうしよう…誰か助けて! ” 顔面蒼白症が主治医に伝播。“ あ、そ うだ!板中(板橋中央病院のこと)に沼ちゃんがいた! ” 急いで電話し、震える声を押し殺して(先輩 としての威厳を保とうと必死)事情を説明。無事、ICU に収容してもらい手厚い、適切な治療を施し ていただいた。返信より…もともとの腎機能低下の上に、結石が尿管を閉塞。急性腎不全、高 K 血症 となり洞停止となった…とのこと。 <お騒がせ 2 > “ 高脂血症の治療を始めたら脚に力が入らなくなった。フ ラフラする ” と言って来院した 65 歳の女性。“ では、血液検 査と頸動脈エコー、血管年齢検査(CAVI)をして、高脂血 症治療を継続すべきか確認しましょう ” と理解ある医師を演 じきったつもりだったが…ついでにとオーダーした心エコー で左房内に長径 5 ㎝以上の巨大腫瘤!それが今にも僧帽弁 口を塞ぎそうにみえる。“ もしこの腫瘤が僧帽弁口を塞いだら…ヤバイ!単なる横紋筋融解(心配)症 候群の半インテリオバサンじゃないの? ” 大慌てして板橋中央病院に連絡して入院加療を依頼。この時 も沼田先生にお世話になりました。返信より…無事、心臓外科にて左心房粘液腫除去終了…とのこと。 − 47 − 独立行政法人労働者健康福祉機構 浜松労災病院(浜松市) 太 田 孝 行(平成 6 年入局) 第 2 内科の皆さん、大変ご無沙汰しています。平成 6 年入局の太田です。 第 2 内科医局から浜松労災病院への正式な派遣はとっくの昔に終わったのです が、縁あって現在もこの病院で仕事をさせて頂いています。 以前の同門会誌への投稿でも触れたと思いますが、当院は主に京都大学関係者がメインで、多才な人 が多いです。そういう人たちを間近で見るにつけ、他の人に負けない何かを突き詰めてみようと思い、 去年の初夏から機械式時計の再生に取り組むことにしました。 もともと学生のころからアンティックの時計は好きで大学院在学中に知り合ったご高齢の時計職人さ んから修理のイロハは学んでいました。 これまでは時計をバラバラにして、元通りに戻せる程度はで きていたのですが、仕上げてみた時計は精度もそれなり、とも すれば途中で止まってしまうなどなど、仕上がりはひどいもの でした。 そこで、どこまで自分の能力を極めることが出来るかを試し てみたい気持ちもあり、メーカー問わず、動品不動品も問わず 片っ端に週 1 個から 2 個程度で再生してみました。 これまでの約 1 年間を振り返ってみると、最初はできるつも りでいたのに、いざノルマを課してやってみると途端にミスを することも多く、時計の修理ができると思っていた自分の未熟さに気付かされて恥ずかしいばかり。 失敗の後は原因を追求し、対策も練り、うまくいったときは更なる高みを望む、好きな事だと普段仕 事の時には無いようなモチベーションで続けることが出来ましたが、幸いこれまでにだいたい 30 個位 は実用可能なレベルまで再生できました。 これまでは馬鹿みたいに時計を集めてきたから、あと 200 個くらいは修理待ちです。 腕は 2 本しかないことだし、本当に気に入ったもの以外はすべて実用レベルにして手放すつもりで す。 君の大学院時代で得たものがこれか !? と顔をしかめる人もおありかと思いますが、自分が再生した 時計が第 3 者の手に渡ると精度と耐久性の捏造は出来ません。そういう意味では意外に重たい仕事で す。本来の仕事も人並みに頑張るとして、こちらも一層極めたいと思っています。 最後に、ふと気が付くとこの私でさえ平成 26 年で経験年数 20 年目に入ります。現職も今年で 10 年、 良い区切りの時期になったと思うのでそろそろ新しい職場を模索しようと思っています。御縁あるとき はどうかよろしくお願いします。 − 48 − 庄原赤十字病院 ( 広島県庄原市 ) 循環器内科 小 出 真一郎(平成 11 年入局) 産業医科大学第 2 内科学の皆様、大変ご無沙汰しております。ご存じいただけ ていない方がほとんどとは存じますが、平成 11 年入局の小出真一郎です。家庭 の事情で平成 24 年度をもちまして退局させていただき、現在郷里の広島に戻り、 広島大学循環器内科学にお世話になり庄原赤十字病院で勤務しております。第 2 内科所属時には、中島康秀教授、尾辻豊教授、岡﨑昌博診療教授をはじめ、諸先輩・同期・後輩の皆様 から熱心なご指導ご鞭撻を頂き心より感謝しております。改めましてお礼申し上げます。 近況をご報告いたします。現在勤務している広島県庄原市は 広島県北部に位置し、広島市内から高速道路を使って車で約 1.5 時間かかります。平成 8 年入局の小林賢悟先生(市立三次中央 病院)がいらっしゃる広島県三次市の隣で、島根県、鳥取県、 岡山県とも接しています(小林先生とは、講演会等でよくご一 緒させていただき、大変お世話になっています)。人口は 4 万 人弱(内、65 歳以上が約 40%)、面積は広島県の約 14%、近畿 以西では最大の広さとなっているようです。庄原赤十字病院は 庄原市内唯一の 200 床以上の病院で、許可病床数は 301 床、診 療科は 18 科を標榜していますが、非常勤科もあり庄原市内で全てが完結できない状況にあります。実 務に関しては、循環器内科は 4 人体制で、中国労災病院で研修していた時の先輩がいるため入職時より 不安なく過ごせています。PCI は年間 70 例程度、EVT は 25 例程度、ペースメーカは 25 例程度と少な いのは、外来を含め 85 歳以上の方も少なくなく、症例が限られている面もあるのではないかと考えて います。月に一度、広島市内の病院から心臓血管外科の先生が外来にいらっしゃるので、手術適応の相 談を行いやすく大変助かっています。広島大学循環器内科 木原康樹教授も年に数回当院にいらっしゃ るので緊張します。各科の垣根はなく、相談しやすい環境です。内科の後期研修の先生方が救急を頑 張って頂けているので楽ができています。当直は全科当直で、小児科の初期対応等もしています(当院 小児科作成のマニュアルを大変参考にしています)。近隣に病院・医院は少なく、どうしても外来担当 患者数は多くなり外来日は非常に疲れますが、週に何回かしかバスがない、他科との兼ね合いがあるの でその日にしてくれと言われるとどんなに多くても予約を取らざらなくなります。同様に退院調整によ く難渋します。休日は完全当番制ですので、ツーリングに出かける機会が格段に増えました。元気に楽 しく過ごしております。 最後になりましたが、今回第 2 内科教室便り に寄稿する機会を頂いたことに大変感謝してお ります。この教室便り等を通じ第 2 内科の諸先 生方のご活躍を知り感服しております。第 2 内 科の諸先生、同門の先生方の益々のご発展とご 健勝を心より祈念申し上げます。 − 49 − 医療法人 高橋内科クリニック(直方市) 下 池 朋 子(平成 12 年入局) 産業医科大学第 2 内科学の皆様、日頃より色々とご指導くださり、誠にありが とうございます。また、今回このような寄稿の機会を頂き、心より感謝いたして おります。 私は、平成 4 年に山口大学を卒業し、九州大学第三内科およびその糖尿病グ ループで研修いたしました。30 歳を過ぎた頃、次第に父のクリニックを継承する気持ちになり、腎と 透析を学ぶため、平成 12 年に産業医科大学第 2 内科に入局させていだきました。そして、腎グループ に快く受け入れていただき、ご指導を賜りました。その後も、第 2 内科の先生方には、今に至るまで多 方面に助けていただいており、本当に感謝いたしております。 当院は、父が社会保険筑豊病院(現、直方病院)のサテライトとして始めた透析がメインのクリニッ クで、開業 39 年になります。現在、透析患者さんは 260 名前後で、その多くは、心・脳血管疾患や癌 などの合併症をお持ちで、高齢化が進み、認知症の方も増えています。 地域の透析クリニックといたしましては、合併症の管理と介護問題への取り組み、そして看取りが主 な仕事になっております。 患者さんの「有事」には、産業医科大学病院をはじめ基幹病院の先生方に大変お世話になっておりま す。また、第 2 内科学教室の先生方には毎週来ていただいており、色々とご教授いただき、心強いばか りです。重ねて感謝申し上げます。 最後になりましたが、教室ならびに同門の先生方の今後益々のご発展を祈念いたしております。今後 とも何卒よろしくご指導くださいますようお願い申し上げます。 − 50 − 大阪大学大学院医学系研究科 循環器内科学(大阪府) ハートセンター 特任助教 南 口 仁(平成 22 年入局) 産業医科大学第 2 内科学の皆様、お元気ですか。ご無沙汰しております。早い もので北九州を離れ大阪に戻って 2 年半以上が経過しようとしております。昨年 の 10 月に高橋正雄先生の結婚式で久しぶりに皆様とお会いして楽しい時間を過 ごせたことをなつかしく思います。大阪大学では、同じ病棟グループの坂田泰史 先生が 2013 年 12 月より大阪大学の教授となりました。今後は長期政権が続くものと思われます。2013 年度の不整脈関連診療実績はカテーテルアブレーション 120 例(うち心房細動アブレーション 60 例) 、 ペースメーカ植込み 52 例、ICD 植込み 23 例、CRT 植込み 18 例(1 例のみ CRT-P)でありました。 VT アブレーションで有名なイタリアの San Raffaele 病院より水野裕八先生が 2013 年 8 月に帰局し、 順調に不整脈の手術件数も増えてはいたものの、精力的に心房細動アブレーションにも取り組んでいた 同期の増田正晴先生が、2014 年 4 月より私がもともと研修時代をすごしていた尼崎の関西労災病院へ と異動になってしまいました。そのため、今年は昨年以上に臨床業務や委員会・雑用におわれ四苦八苦 しております。臨床研究に関しては、日本不整脈学会ミロスキーフェローシップでの短期留学中に与え られたテーマで、後任の杏林大学の三輪陽介先生が引き継ぎ完成させて頂いた「アミオダロンと持続性 心房細動」の解析 “Amiodarone reduces the amount of ablation during catheter ablation for persistent atrial fibrillation.” が “Europace” に掲載されることとなりました。3 ヶ月という短い期間では 1 人で完 成できませんでしたが、最終的に論文として形に残ったことを非常にうれしく思っております。学会で は 2 年続けて日本循環器学会総会のシンポジウムで発表する貴重な機会もあり、また植込みデバイス関 連冬季大会でも特別賞を頂くことができました。 2012 年 6 月にハートセンター(病院)の助教となって以来、学生教育(クリニカルクラークシップ) に携わる機会が非常にふえています。また、日本内科学会の JMECC にも大阪大学の代表として参加 し、院内で開催できるよう取り組んでいます。 最近は東京慈恵医大や東京女子医大などへ国内留学していた若い先生方も大阪へ戻ってきており今後 の活躍が期待されると思っています。技術面や論理面においても切磋琢磨し、いつの日か大阪から世界 に届くエビデンスを提供していきたいと思っています。今後ともご指導・ご鞭撻の程よろしくお願いい たします。 <写真 1 >大阪大学医学部附属病院循環器内科病棟にて。不整脈グループ一同。 <写真 2 >植込みデバイス関連冬季大会にて。産業医科大学の皆様と。 <写真 1 > <写真 2 > − 51 −
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