MPレーダによる偏波観測に基づいた 豪雨発生時の降水粒子分布構造の

MP レーダによる偏波観測に基づいた
豪雨発生時の降水粒子分布構造の解析
岡田 翔太
1.
目的 · 背景
近年,地球温暖化や都市化に起因すると見られる記録的な集中豪雨や短時間のうちに急激に積乱雲が発達する局所
的な大雨が頻繁に発生するようになっている.このような豪雨が今後も発生すると考えられる中,時間・空間的にき
め細やかな情報をリアルタイムで得ることの出来る気象レーダの役割がますます重要となってきている.国土交通省
では平成 19 年度から,既存の C バンド在来型レーダ(以下,C バンドレーダ)とは別の新たな気象レーダとして,X
バンドマルチパラメータレーダ(以下,MP レーダ)の導入,整備を始めている(現在試験運転中).MP レーダの
主な利点として,C バンドレーダに比べ,短い周波数の電波を発射しているので,観測範囲が狭くなるが,より繊細
な情報を短い時間間隔で観測できること.C バンドレーダでは水平方向 1 種類のみの電波を発射しているのに対し,
MP レーダでは水平方向と鉛直方向の電波を発射し,位相差など様々な偏波パラメータを得られることが挙げられる.
このような背景の中,豪雨発生時における降水粒子の分布構造の解析を目的とし,上空の雨滴粒径の推定および降
水粒子の判別に関する解析を行った.特に,今年度夏季に発生した東京と大阪での局地的豪雨に関しては,レーダか
ら得られる情報のみでなく,GPV 情報も用いた.MP レーダによるゲリラ豪雨をもたらす積乱雲の卵の早期発見の
研究1) が行われているが,どのような状況の時にその卵が発達するのかなど,まだ解明されていない点が多い.本研
究では,GPV 情報を用いた大気の解析を行うことにより局地的豪雨のメカニズム解明を試みた.
2.
偏波パラメータによる雨滴粒径の推定
本研究では現在試験運転されている 11 地域 26 基のレーダのうち,東京,名古屋,大阪のレーダを対象として解析
を行った.例として,関東レーダと新横浜レーダを重ね合わせた 8 月 26 日の合成雨量を図-1 に,反射因子(ZHH )
の鉛直断面を図-2 に示す.MP レーダにおいて得られる偏波パラメータは,雨が強くなると雨滴の形状が空気抵抗に
より扁平な形になるという原理に基づく.以下,雨滴粒径の推定方法について述べる.
雨の降り方には上空の雨滴粒径が密接に関係する1) と言われているが,C バンドレーダでは雨滴に関する情報を得
ることは不可能であった.しかし,MP レーダでは反射強度偏波比(ZDR )など,雨滴に関する偏波パラメータを得
ることができ,その偏波パラメータを組み合わせることにより雨滴粒径の推定を行うことが可能である.本研究では
ZDR と ZHH (反射因子)の値から雨滴粒径の平均値(以下,雨滴粒径)を推定する方法2) を用いた.推定式を以下
に示す.また,本研究では,降雨が観測された領域内で平均値を求め解析に用いた.
dm = 0.54ZHH 10ZDR
3.
(1)
GPV 情報を利用したファジー理論による降水粒子判別
本研究では,中北ら3) を参考に,ファジー理論による降水粒子判別を行った.ファジー理論とはあいまいさを含む
情報をあいまいなまま理解し,定量的に取り扱う手法である. 降水粒子(雨,あられ,氷晶,雪片)の混在具合や偏波
パラメータが取りうる値の曖昧さをファジー理論を用いて表現した.ファジー理論において,ある偏波パラメータが
粒子タイプに属する度合をメンバーシップ関数 μxj によって評価し,メンバーシップ関数の値が 1 に近いほど属する
度合が高いことを示し,0 に近ければ低いことを示す. メンバーシップ関数の入力データとして,反射因子(ZHH ),
反射強度偏波比(ZDR ),偏波間相関係数(ρHV ),比偏波間位相差(KDP ),融解層高度(M LH )があるが,MP
レーダの情報のみで融解層高度を判定するのは難しく,GPV による気温情報を用いた.気温− 1 ℃から 1 ℃の高度
を融解層と判定し,融解層の高度情報(μMLH
(h))をメンバーシップ関数に加え,以下の評価関数を用いて降水粒
j
子判別を行った.
ZDR
ρHV
HH
DP
Qj = μMLH
(h)× (μZ
(ρHV )+ μK
(KDP ))
j
j (ZHH )+ μj (ZDR )+ μj
j
各グリッドにおいて,評価関数 Qj が最大となる降水粒子をそのグリッドにおける粒子タイプと判別する.
(2)
nagoya 09/04 type(1km) 1mm
type nagoya 09/04 06:00
1
12
0.75
10
height
type
14
0.5
0.25
rain
graupel
icecrystal
snowflake
8
6
4
0
2
(a) 局地的豪雨(東京)
(GPV)
4.
16:00
14:00
12:00
10:00
08:00
06:00
75
100
1
0.5
(b) 前線性(大阪)
20:00
18:00
16:00
14:00
12:00
10:00
08:00
06:00
04:00
0
(c) 台風(東京)
図-5 各降雨タイプにおける推定雨滴粒径の時間変化
降水粒子判別の評価と分布構造の解析
まず初めに,GPV 情報を加えた降水粒子判別の結果の一例を図-3 に示す.高度 5080m で温度がゼロとなるので,
高度 5060m から 5140m を融解層とした.融解層より下層では雨の割合が多く,上層では雹や雪片等が多いという
GPV 情報を加える前に比べて,融解層を境に鉛直分布に変化の現れる妥当な結果を得ることが出来た.
次に図-5 を見ると,降雨タイプにより雨滴粒径の特徴に違いがあることが確認出来る.局地的豪雨(図-5(a))で
は,降雨が急激に強くなることに伴い,雨滴粒径の時間的変化も激しい.前線性の降雨(図-5(b))では雨滴の大き
さが 1mm 前後と比較的小さい値を示しており,時間的変化も少ないことがわかった.
局地的豪雨に焦点を絞ると,地上で雨が観測される 1 時間ほど前に高度 3km や 5km といった上空で雨滴が 2 倍近
くになり,あられが多く判別されている.レーダは雲の中の雨粒の様子も捉えることが出来るので,積乱雲内部で雨
粒が形成される様子を捉えることが出来ている.また,雨が強くなる 15 分ほど前に雨滴が大きくなり,ピーク時に
なると減少する傾向がある.このような変化が 30 分間隔であることを考えると,積乱雲によってもたらされる降雨
サイクルの中,成長期や減衰期などの発達ステージ毎に雨滴粒径の変化の特徴に違いがあることがわかった.
5.
まとめと今後の課題
本研究では,豪雨発生時における降水粒子の分布構造の解明を目的とし,上空の雨滴粒径の推定および降水粒子の
判別を行った.降水粒子判別では,GPV 情報を利用することで融解層の高度が明確となり,融解層を境に鉛直分布
に変化の現れる妥当な結果を得ることは出来たが判別精度に関しては今後検証する必要がある.降水粒子の分布構造
の解明に関しては,GPV 情報により豪雨発生前の大気の状況,降雨毎による雨滴粒径の特徴の違い,局地的豪雨発
生前の降水粒子の分布構造,積乱雲の発達状況と雨滴粒径の対応関係について解析した.
今後の課題として,まずは今回推定した雨滴粒径と降水粒子の判別に関して精度の検証を行う必要がある.精度の
検証に伴い,メンバーシップ関数の最適化を実施する必要もある.また,引き続き事例を増やすとともに,積乱雲の
卵が発達する条件について GPV 情報を用いた大気の解析を行い,GPV 情報と偏波パラメータの関係性に注目する
ことで MP レーダによる局地的豪雨の発生予測へと繋げていきたい.
参考文献
1) 中北英一,山口広誠ら: レーダ情報を用いたゲリラ豪雨の卵の解析,京都大学防災研究所年報,第 52 号 B,平成 21 年 6 月
2) 中北英一,金原知穂ら: X バンド偏波レーダによる雨滴粒径分布の時空間構造の推定と非偏波レーダレーダへの利用,京都大
学防災研究所年報,第 54 号 B,平成 23 年 6 月
3) 中北英一,山口広誠ら: 最新型偏波レーダを用いた氷相降水粒子タイプの混在状態推定に関する研究,平成 22 年 6 月
rr(mm/h)
2
1.5
02:00
dm (mm)
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
dm ave
rr
2.5
22:00
21:00
20:00
19:00
18:00
17:00
16:00
15:00
14:00
0
3
00:00
1
0.5
13:00
20:00
19:00
18:00
17:00
16:00
15:00
14:00
13:00
12:00
0
2
1.5
12:00
1
0.5
50
type (%)
tokyo 09/21 dm ave(5km) 1mm
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
dm ave
rr
2.5
rr(mm/h)
2
1.5
3
dm (mm)
dm (mm)
rokko 10/14 dm ave(5km) 1mm
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
dm ave
rr
図-4 相対湿度と風速
25
(b) 6 時 00 分 鉛直分布
rr(mm/h)
tokyo 08/26 dm ave(5km) 1mm
2.5
0
図-3 GPV 情報を用いた降水粒子の判別結果(名古屋)
鉛直断面(ZHH )
3
0
(a) 高度 1 km 水平分布
図-2 偏波パラメータの一例 図-1 合成雨量(東京)
04:00
02:00
-0.25