サルモネラ病原因子の宿主細胞内輸送システムに関する研究

平成 20 年度学術奨励研究助成金報告
研究課題
サルモネラ病原因子の宿主細胞内輸送システムに関する研究
Trafficking of Salmonella virulence factors in host cells
千葉大学 大学院薬学研究院 微生物薬品化学研究室 講師
高屋明子
サルモネラ属細菌はヒトに感染し、軽微な腸炎からチフス症のような重篤な全身感染まで
幅広い病気を引き起こす。サルモネラは経口から感染し、小腸上皮細胞から侵襲した後、
直下に存在するマクロファージに直ちに取り込まれる。マクロファージ内環境は過酷な状
況であるが、サルモネラはこの環境に応答して新たなゲノム活動を開始し、生存に必要な
病原因子を産生し殺菌機構に抵抗することにより、細胞内で増殖し感染を拡大する。我々
はこれまでに、サルモネラが細胞内で産生増加させるタンパク質の一つとして外膜タンパ
ク質 PagC を同定し、PagC 量の調節が細胞内増殖制御に重要であることと共に PagC が MV
(Membrane Vesicle)の主要な構成成分であることを見出している。近年、多くの病原細菌
において MV は細菌毒素などの輸送を担うことが明かにされ、新たな病原因子輸送システ
ムとして注目されている。そこで、宿主細胞内におけるサルモネラの MV 動態と機能を明
らかにする目的で研究を行った。まず MV に局在するタンパク質を同定し、PagC、OmpA、
OmpX、PgtE 量が MV 産生に与える影響を調べた。その結果、PagC の量の増加によって
MV 量が顕著に増加し、さらに PagC が MV の形状維持に特異的に関与することが示唆され
た。続いて、マクロファージ内における MV 放出を様々な大きさの PagC とアデニレートシ
クラーゼ活性を持つ CyaA ドメインを融合したプラスミドを構築して検討したところ、シグ
ナルペプチド領域のみを融合した CyaA 融合タンパク質において感染 24 時間後に cAMP 量
の顕著な増加がみられた。この結果から、サルモネラは MV に内包するタンパク質を宿主
細胞質に放出することが強く示唆された。これらの結果よりマクロファージ内での MV 動
態は以下のように考えられる。マクロファージに貪食されたサルモネラは環境を感知して
pagC 発現を誘導し PagC 量を増加させる。増加した PagC は外膜に移行し、MV として細胞
外に放出される。サルモネラはマクロファージ内では SCV に存在するが、MV はおそらく
SCV 膜と融合することにより MV 中に含まれるタンパク質が細胞質中に放出させる。MV
中には PgtE など細胞の高次機能に影響を与えるタンパク質が含まれることから、これらが
細胞質に移行することによりサルモネラにとって都合のいい状況に変化させると考えられ
る。本研究により、サルモネラ MV が病原因子の輸送システムである可能性が強く示唆さ
れ、また、MV の産生量制御と構造維持は PagC によって特異的に行われていることが明ら
かとなった。