「日系大手IT企業の課題と今後の成長」福岡凌平・三澤恭平

Student Essays of Osaka University Strategic Management Seminar
大阪大学経済学部中川功一ゼミ論文(2014)2,127-154.
日系大手 IT 企業の課題と今後の成長
大阪大学経済学部 4 回生
福岡凌平
三澤恭平
はじめに
本稿は、現代の日系大手 IT 企業が抱える問題を明らかにし、それに対する解決案につい
て考察するものである。情報処理技術の進歩により、IT 産業は現代社会において不可欠な
ものとなってきており、その重要性と共に市場規模は毎年大きくなってきている。しかし、
グローバル化の中で日系大手 IT 企業の業績は近年不振であり、いずれの企業も閉塞感・停
滞感に悩まされているように見える。その原因と解決案について論じていく。
本稿の構成は以下の通りである。1 章で IT 産業の概況と業界構造について述べ、日本の
IT 産業における大手 IT 企業の重要性を示す。2 章では日系大手 IT 企業と海外大手 IT 企業
に関するデータを挙げ、3 章でそのデータを基に日系と海外の相違点について探る。4 章で
は 3 章であげた相違点を基に日系大手 IT 企業の課題・問題点を示し、5 章でそれに対する
解決策を実際の成功事例を交えて述べる。そして最後に 6 章で具体的な解決策について提
言していく。
1 IT 業界について
1.1 IT 業界の業態
IT 産業と一口に言ってもその業態は様々である。例えば、システム開発全般やネットワ
ーク&インフラの構築を行う受託システム開発業、ビジネスソフトやゲームソフトなどを
開発・販売するソフトウェア開発業、システム運用の管理の受託や人材派遣を行うアウト
ソーシングサービス業、ポータルサイトや CGM(インターネットなどを活用して消費者が
内容を生成していくメディア)などを開発するインターネットサービス業などである。
受託システム開発を行っているのは、一般的にシステムインテグレーターと呼ばれる、
コンサルティングから設計、開発、運用・保守・管理までを一括請負する情報通信企業で
ある。
近年、ソフトウェアや IT サービスの重要度が高まり、コンピュータ製造業や情報通信業
でも事業の主力はソフトウェアや IT サービスを提供するシステムインテグレーションサー
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ビス(SI)に移行しつつある。
出典:IBM HP より筆者作成
例えば世界最大級の IT 企業である IBM の主要事業は、ハードウェアを製造し販売する
というものから、サービスを含めた「ソリューション」として一体提供するビジネスモデ
ルへと転換した。上図を見ると、2000 年には売上の 3 分の 1 をハードウェアが占めていた
が、2012 年には 1 割強程度しかない事がわかる。また、日本の大手総合 IT ベンダーであ
る富士通もその売上の 6 割以上は IT サービス事業によるものである。
1.2 IT 産業市場
IT 産業は、総務省の「日本標準産業分類」では情報サービス業に分類される。日本では
1955 年にコンピュータの民間活用が始まった。当時は非常に高価だったため、共同で利用
するために計算センターが設立された。それが IT 産業の始まりである。
コンピュータ利用の拡大とともに、情報サービス産業は「ソフトウェア開発の時代」、
「イ
ンターネットの時代」などの変遷を経て、今日の「社会インフラとして IT 浸透の時代」を
迎えた。情報サービス業は社会・経済を支える必要不可欠なインフラであり、その重要性
は益々大きくなっている。
IT 産業は草創期から今日に至るまで、その市場規模と従業者を増加させている。(下図)
2012 年の市場売上高は約 14 兆であり、情報通信産業(情報サービス業に情報通信関連の
製造・建設・サービスなどを加えたもの)全体の市場売上高は 85 兆円である。これは全産
業の名目市場規模の 9.2%を占めており、全産業の中で最大規模の産業となっている。
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出典:経済産業省・特定サービス産業実態調査
また、今後もその市場は拡大していくと予測されている。国内市場でも近年は低成長な
がら拡大を続けており、2014 年以降もプラス成長で推移し、2012 年-2017 年の年間平均成
長率は 1.5%になると予測されている。(出典: IDC Japan, 10/2013)
世界に目を移すとその市場は成長段階にある。世界の IT 産業の売上高は 2003 年には約
2.4 兆円であったが、2013 年には約 4.6 兆円と、ほぼ 2 倍にまで成長している。過去 5 年
に限って見ても、年間平均成長率が 6.5%程度あり、国内よりも遥かに高い数値であること
がわかる。国によって情報サービス業の定義は異なるが、IT 産業は世界的に見ると、成長
中の市場と言ってよい。
出典:Digital Planet(WITSA)
※ICT とは、情報処理および情報通信、つまり、コンピュータやネットワークに関連する
諸分野における技術・産業・設備・サービスなどの総称
1.3 業界構造
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次に近年多くの IT 企業の主力事業となっている受託システム開発業界の構造について見
ていく。日本の受託システム開発業界の仕組みは重層的な下請・階層構造となっている。
大手システムインテグレーター(元請け会社)が顧客企業から一括受注して下請け会社に
仕事を発注し、場合によっては元請け会社から受注した下請け会社がさらに下請け会社(孫
請け会社)に仕事を発注する、という構造である。下請け、孫請けになるにつれて、利益
率は低くなる。
下請けを使う理由は、大きく分けて 2 つある。1 つは、IT システム開発のほとんどがプ
ロジェクト型であり、プロジェクトの稼働状況や時期に応じて必要とされるスタッフの数
やスキルが変わるためである。下請けを使い、状況に応じて外部の会社から必要な数のス
タッフを調達する事で、元請け会社は固定費を下げる事ができる。また、下請け会社は自
社の社員がもつスキルを、それが求められるプロジェクトで有効に活かすことができる。
もう 1 つは、IT システム開発は一括請負契約が主流なためである。一括請負契約では、
契約時に見積もった金額で基本的にすべての要件を満たしたシステムを開発しなくてはな
らないが、実際のプロジェクトではトラブルの発生などで採算が合わない「赤字プロジェ
クト」の状態になる可能性がある。元請会社はそのリスクを負う代わりに、高い利益をの
せた金額を顧客企業に請求し、中小企業は下請けとして元請企業と「時間契約」を結ぶこ
とでリスクを避け、売上を確保する事ができる。
このような構造の実態を考慮し、元請け企業が持つ産業に対する影響力を考えると、彼
らのビジネスの停滞は日本の IT 産業全体の停滞につながる。そこで以降の章では IT 業界
の中の大手企業に注目して見ていくことにする。
2 大手 IT 企業について
次に IT 業界で活躍する大手の企業とはどのようなものがあるのか、それらがどういう状
況にあるのかを見ていく。
2.1 日系大手 IT 企業
日本に多く存在する IT 企業の中でも、トップクラスの規模と技術力を持つ総合 IT ベン
ダーである、富士通と NEC の現状について調べる。総合 IT ベンダーとは、ハードウェア、
ソフトウェア、デバイス、IT サービスなど他業種にわたる事業・技術を持っている IT 企業
の事であり、日本の大手 IT 企業の多くは総合 IT ベンダーである。
2.1.1
富士通の概要と現状
富士通は 1935 年設立の日本を代表するエレクトロニクスメーカーである。売上高は連結
で 4 兆 3817 億円(2013 年 3 月期)もあり、国内首位・世界 3 位の総合 IT ベンダーでもあ
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る。ICT 分野において、各種サービスを提供するとともに、これからを支える最先端、高
性能かつ高品質のプロダクトおよび電子デバイスの開発、製造、販売から保守運用までを
総合的に提供する、トータルソリューションビジネスを行っている。
まず、富士通の売上と利益について見ていく。
売上高(単位:億円)
60000
54,844
55000 52,551
53,308
51,001
50,069
50000
47,66847,62747,914
46,175
46,92946,795
45,28444,675
43,817
45000
40000
35000
30000
1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
出典:富士通 HP より筆者作成
当期純利益(損失)(単位:億円)
2,000
1,000
427
497 319 685
85
1,024
930
481
550 427
0
-1,000
-2,000
1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
-1,123
-1,220
-729
-3,000
-4,000
-3,825
-5,000
出典:富士通 HP より筆者作成
図からわかるように、2008 年のリーマンショックの影響を受けて減少した売上は近年も
回復することができず、減少傾向が続いている。海外売上比率は 3 割程度である。また、
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純利益も 2009 年に一時的に回復したものの、近年は右肩下がりであることがわかる。
富士通は国内外に 500 を超える連結子会社を持っている。2011 年度末時点では国内に
198 社、海外に 337 社ある。本社は東京にあり、アメリカ、ヨーロッパ、アジアなど世界
各地に拠点持っている。
2.1.2
NEC の概要と現状
NEC は、有線・無線通信機器・コンピュータ・および IT サービスを主力事業している
企業であり、富士通と同様、日本を代表するエレクトロニクスメーカーである。
富士通と同様に IR 資料から売上と利益についてみていく。
国内外売上(単位:億円)
60,000
50,000
40,000
30,000
20,000
海外売上
10,000
国内売上
0
出典:NEC HP より筆者作成
当期純利益(損失)(単位:億円)
500
91
227
304
114
0
-500
2005年度
-101 2006年度 2007年度 2008年度 2009年度 2010年度
-125 2011年度 2012年度
-1,000
-1,103
-1,500
-2,000
-2,500
-3,000
-3,500
-2,966
出典:NEC HP より筆者作成
図からわかるように、NEC の売上は年々低下しており、海外売上比率も 16%と低い。ま
た、売上の低迷を受けて大規模なリストラや半導体などの不振事業の切り離しを行ったに
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もかかわらず、赤字続きである。2000 年には 3,540 円をつけた株価も 2012 年には 100 円
を割ったこともあり、NEC の経営状況が芳しくないことがわかる。
NEC も富士通と同様、連結子会社を多く持っており、その数は 270 社に上る。また、40
か国に海外拠点を持っている。
データを見てわかる通り、2 社の売上・利益は近年停滞調子である。また、売上や利益の
多くを国内に頼っている事もわかる。
2.2 海外大手 IT 企業
次に海外において活躍している IT 企業について見ていく。
まず 2011 年度の IT サービス業のグローバルマーケットシェアを見てみると下図のよう
になっている。
IBM, 7.10%
HP, 4.20%
富士通, 3.00%
アクセンチュア,
3%
CSC, 1.90%
その他, 80.70%
出典:IDC より筆者作成
首位は 20 世紀からコンピュータのハード面をリードし、それらの技術を生かして現在は
IT サービス業を牽引する米 IBM 社である。それに次ぐのは、米 HP 社である。かつてはプ
リンティング業を中心とした事業を展開していたがそれらに加え M&A によって IT サービ
ス業を展開する EDS 社を獲得することで、IT サービスの業界でも 2 位のシェアを誇って
いる。
3 位に日本の富士通が登場する。日本企業がなかなか海外でシェアを獲得できない中で富
士通は積極的に海外進出を進め、現在 3 位の位置を守っている。
2.2.1
IBM について
IBM はコンピュータを中心とするサービスおよびコンサルティング、ハードウェア・ソ
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フトウェアの開発・製造・販売・保守、それらに付随するファイナンス業務を行う企業で
ある。
Revenue ($ in millions)
120,000
100,000
91,420
98,780
103,630
95,750
99,870
106,910
104,500
80,000
60,000
40,000
20,000
0
2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
出典:IBM HP より筆者作成
Net Income ($ in millions)
20,000
15,000
10,000
9,490
10,410
12,300
13,420
14,830
15,850
16,600
5,000
0
2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
出典:IBM HP より筆者作成
以上のグラフからも分かるとおり、2012 年度に約 1,040 億ドルの売上があり、純利益は
約 160 億ドルで右肩上がりとなっている。1990 年代以前は売上の中心はハードウェアであ
ったが、選択と集中の結果、現在は売上の約 60%がサービス事業となっている。また本社
は米国ニューヨークに所在するが、世界各地に拠点をもつグローバル企業となっている。
2.2.2
HP について
HP はパソコンのアクセスやデバイス、またプリンターなどハードウェアで業績を伸ばし
てきた企業であり、
2012 年度は約 1,200 億ドルの売上がある。
「経済的な逆風とリストラ策」
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のため 2012 年度は約 127 億ドルの赤字となっているが、IT 業界において大規模な企業で
あることには変わりない。
Revenue($ in millions)
140,000
120,000
118,364
114,552
2008
2009
126,033
127,245
2010
2011
120,357
100,000
80,000
60,000
40,000
20,000
0
2012
出典:HP 2012Annual report より筆者作成
Net earnings($ in millions)
10,000
8,329
7,660
2008
2009
8,761
7,074
5,000
0
-5,000
2010
2011
2012
-10,000
-12,650
-15,000
出典:HP 2012Annual report より筆者作成
2012 年現在、事業のセグメントとしてはパーソナルシステム、プリンティング、サービ
ス、企業向けサーバ・ストレージ・ネットワーク、ソフトウェア、フィナンシャルサービ
スに分かれている。冒頭の IT サービス業に該当するのはサービスのセグメントで約 350 億
ドルの売上があり、HP 全体の売上の約 29%を占めている。また IBM と同様のグローバル
企業であり、ヒューストン(米)、マイアミ(米)、ミシサガ(カナダ)、ジュネーブ(スイス)、シ
ンガポール、東京に拠点を持っている。
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3 日本と海外の IT 企業の比較、違い
前章で日本と海外の IT 企業について見たが、そこから伺える海外企業と比較した日系企
業の現状について考察していく。
3.1 M&A について
海外企業の特徴として、積極的に買収(M&A)を行う点が挙げられる。例えば IBM で
あれば 2000 年以降だけでも 100 社以上の会社を買収している。また元々プリンティング業
務で業績を伸ばしていた HP は 2008 年に 139 億ドルで EDS 社を買収した。EDS はグロー
バルに IT サービスを展開していた企業であり、これを買収することによって HP は IT サ
ービス事業で IBM に次ぐ 2 位のシェアをとることに成功している。あるいは 2013 年には
Amazon が特殊ディスプレイ技術を持つオランダのリクアビスタを韓国のサムスン電子か
ら買収している。PwC 社発表によると、2010 年の米国における M&A 活動の総規模は約
7,900 億ドルであり、その内 IT 業界が占める割合が約 13.5%に上っている。このことから
も、米国では M&A が盛んであることがわかる。
海外企業を積極的に買収することで、技術や人材を集めることができると同時にグロー
バルに市場を広げていくことができ、顧客を獲得していくことが可能となっている。IBM
を例にとると、アメリカでの売上が 445 億ドル、欧州・中東・アフリカが 317 億ドル、ア
ジアパシフィックが 259 億ドル(いずれも 2012 年)となっており、アメリカだけでなく世
界中で売上を上げていることがわかる。
一方で日本の企業は近年 M&A に取り組む企業が多くなっているものの、米国と比べると
まだまだ規模は小さい。日本の M&A 市場の規模は約 12 兆円であり、単純に金額ベースで
比較しても米国の約 7 分の 1 である。ただし、海外 M&A は増加しており、2011 年では 400
件、金額も 6 兆円を超えている。
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1985 年以降のマーケット別 M&A 件数の推移
:日本企業同士の M&A
:日本企業による外国企業への M&A
:外国企業による日本企業への M&A
1985 年以降のマーケット別 M&A 金額の推移
:日本企業同士の M&A
:日本企業による外国企業
への M&A
:外国企業による日本企業
への M&A
出典:MARR Online
これは近年高齢化や人口減少が叫ばれている国内市場の縮小を危惧し、日系企業が積極
的に海外へ進出しようとしているためである。
しかしやはり米国の規模には及ばない。M&A にはリスクがともなうため、及び腰になる
ことも多い。例えばこれは海外企業の例であるが、M&A の失敗事例として挙げられるのは
HP の米 Palm 社買収である。HP はモバイル事業を展開するため、2010 年 7 月に Palm を
約 12 億ドルで買収してモバイル OS である webOS を獲得し、タブレットやスマートフォ
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ンを発売した。しかし売上は軌道に乗らず、2011 年 8 月には webOS 端末事業の打ち切り
を発表し、2013 年 2 月には韓国 LG Electronics への売却を発表した。HP 社のモバイル事
業参入はうまくいかず、M&A による Palm の獲得は失敗に終わったと言える。
また KPMG FAS 社によれば、M&A を実行した日系企業のうち、価値向上に結び付いた
取引は全体の 31%程度に留まっており、26%は価値を低下させたという結果が出ている。
出典:KPMG FAS 社 知野雅彦「日本の M&A 投資実態の総括」より抜粋
M&A を行ったものの業績につながらないというリスクはつきものであり、慎重になるこ
とも多い。
しかしながら、グローバルな市場へ出ていくためには M&A は不可欠である。特に IT の
業界であれば、新たに自社で技術の開発や現地ビジネスの開拓をするよりは、その地であ
る程度育った企業を買収するのがはるかに手っ取り早い。技術や人材、支援などで優位性
を獲得することができ、支払った金額を上回るメリットを得ることができる。もちろんリ
スクはあるが、戦略的な M&A を行っていくことでグローバル市場において有利に戦ってい
くことができるようになる。
日本の IT 企業は海外売上比率が低い。例えば NEC が 16%(2012 年)、
NTT データも 16%
(2011 年)となっている。富士通は 32%(2012 年)海外売上比率があるが、その利益はほぼ 0%
である。今までの日系企業が M&A に慎重になっていたこともあり、海外の企業に M&A 相
手やその市場のシェアを先取りされていると考えられる。
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3.2 技術力確保について
また日系企業と海外企業の違いとしてもう一つ、技術力確保の方法が挙げられる。米国
では R&D を主にベンチャー企業が行い、大企業はそのベンチャー企業を買収することで技
術力を取り込む方法をとる。シリコンバレーなどベンチャー企業が育つ土壌も整っており、
買収元は効率よく技術力を確保することができる。一方で日本企業は R&D と生産現場が一
体となって技術を開発し、最終財メーカーと部材メーカーが一体となって製品開発を進め
る。よりよい製品を作ろうとする日本人的な考え方である。
これらの歴史的・文化的背景があるため、日本と米国では得意とする製品特性が異なる。
米国は事前調整や設計を重んじる考え方で、事前に決めたルールにのっとって開発や製造
を進め、部品を組み合わせていく方法が得意である。一方で日本は事後的な調整を重んじ
る考え方であり、あらかじめルールを完全に決めるのではなく、開発や製造を進めながら
最適なところを探りつつ作り上げていく方法が得意である。そのような製品の例として、
現在でもグローバルに活躍する企業であるトヨタの自動車がある。自動車の部品はそれぞ
れの製品特性に合わせて経済的な最適設計がなされており、そのことが自動車産業での競
争優位の源泉となっている。このようにそれぞれの考え方の違いの結果、米国企業はパッ
ケージ販売が得意であり、日系企業はカスタム販売が得意となった。
国内のとある大手 IT 企業にヒアリングをしたところ、強みとして顧客に入り込んで御用
聞きとなり、オーダーメイドで求めるものを作ったり、保守運用のサービスができたりす
る、ということを挙げていた。どの企業あるいは機関、官公庁に対しても通用するような
汎用品ではなく、まず顧客ありきで、その顧客に合わせてサービスを提供しているとのこ
とであった。
4 日本企業の課題、問題点
4.1 閉塞感・停滞感
これまで見てきたように、海外企業は高い水準での売上と成長率を維持しているのに対
し、日系企業はあまり成長率が高くない。総務省によると、ハードウェア企業について売
上上位 100 社のハードウェア売上比率及び売上成長率をみると、2010 年(平成 22 年)に
おいて韓国や台湾の IT 関連ハードウェア企業がプラス成長を維持しているのに対し、
米国、
欧州、中国及び日本の IT ハードウェア企業はマイナス成長となっている。特に、日本のハ
ードウェア企業は、2009 年(平成 21 年)は 13.5%にもかかわらず、2010 年(平成 22 年)
は-18.4%となっておりその売上の落ち込みは大きい。
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出典:総務省「情報通信産業・サービスの動向・国際比較に関する調査研究」
(平成 24 年)
またソフトウェアや IT サービスでも日本企業の成長率の低さが表れている。こちらも同
様に売上上位 100 社の本社国・地域別にソフトウェア売上比率及び売上成長率を比較する
と、2011 年(平成 23 年)には米国、欧州、韓国の企業がいずれもプラス成長か横ばいを
維持しているのに対し、日系企業はマイナス成長(-3.8%)となっている。なお、ハードウ
ェア企業については、米国企業と比べても一定の規模感を有していることと比較すると、
日本のソフトウェア企業の売上規模は小さい。
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出典:総務省「情報通信産業・サービスの動向・国際比較に関する調査研究」
(平成 24 年)
市場規模やシェアで見てみると、IT ソリューション・サービスの事業は AV 機器や通信
機器、コンピュータ及び情報端末と比べると市場規模は大きくなっているが、日本企業の
シェアはわずか 9%となっており、他産業と比べても日本企業のシェアが小さいことがわか
る。
出典:総務省 平成 24 年度版情報通信白書 「ICT 産業の海外展開(世界シェア)」
141
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また、下図は世界 ICT 市場売上の上位 18 社を米国・欧州・日本に区分したうえでのもの
であるが、この図からも日本企業が海外売上比率・世界シェアが少ないことがわかる。米
国企業については、全世界シェアは 25.7%に達し、国内市場が 6 兆 9,453 億円と大きいに
もかかわらず海外売上比率も 47.7%と比較的高い。一方、日本企業については、米国企業
と比べ売上高規模は小さく、世界シェアは 8.1%であるが、海外売上比率は 20.1%であり、
国内市場中心となっていることがうかがえる。一方、欧州企業は、売上高規模では米国企
業、日本企業と比べて小さく、世界シェアは 6.1%であるが、海外売上比率は北米企業大手
を上回る 57.3%と高い。欧州企業は積極的に海外進出に取り組んでいることがわかる。
出典:総務省 平成 24 年度版情報通信白書 「ICT 産業の海外展開(世界シェア)
今後は IT サービス事業の市場規模が拡大していくと考えられる中で、日系企業は米国企
業と比べると売上規模も、成長率が低いことがわかり、日系企業が停滞しているというこ
とがいえる。
1 章で例を出した富士通であれば、2007 年をピークに売上は下降を続け、近年は当期純
利益も減少し続けている。NEC であれば近年の売上は 3 兆円前後で推移し、2010 年、2011
年は赤字であり、2012 年は純利益が黒字となったものの利益率は約 1%と低い。これは米
IBM や米 HP と比べると売上や利益率の水準が低いことがわかる。
また、大手総合 IT ベンダーの特徴として、さまざまな技術をもちトータルなサービスを
提供するということがあり、これは強みともいえるのだが、その反面組織規模の膨張は避
けられない。多くの社員と事業部を抱え、階層や役職も大変多くなる。そのため、現場社
員からすれば、企業全体の社長は雲の上のような存在であり、社長も全事業部に通じるよ
うな抽象度の高いメッセージしか発信することができない。ヒアリングを行った企業も組
織規模が大きく階層が多いため、本部長の名前を知らない現場社員も少なくないようであ
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った。
現場の社員からすると、
「雲の上のような存在」が目指すものよりも、すぐ直近の上司か
ら与えられる、目の前の仕事をこなすに過ぎない存在となる。すると、自分の仕事が直接
的に会社に貢献していると感じにくく、日々の業務での責任感は低下してしまう。もちろ
んユーザー企業のためによりよいものを提供しなければならないが、海外企業と比較する
とハングリー精神がなくなってしまう。元外資 IT 企業から国内大手 IT ベンダーに転職し
た人物に話を伺う機会があったが、
「前の勤め先では遊んでいる社員はいなかった、言い換
えれば、今の会社では業務時間中にパソコンで遊んでいる社員もいる」とのことであった。
このことも、日本の大手 IT ベンダーの停滞感や閉塞感と関わっているように思われる。
4.2 原因①:国内需要に依存
これらの課題を踏まえて、それらが起こっている原因について探っていく。
日系大手 IT 企業の停滞感・閉塞感の原因として、国内需要への依存が挙げられる。日本
大手 IT 企業の強みの 1 つとして、様々な業種の企業や病院、官公庁など国内の幅広い顧客
と密接な関係を築き、常駐したり御用聞きをしたりと顧客に入り込む事で、ニーズに合わ
せた IT サービスを提供できることがある。提供する IT サービスの 1 つ 1 つがそれぞれの
顧客ニーズを反映させて作られたカスタム品であるので、他のベンダーの提供する同種の
製品、サービス、システム等への乗り換えは容易ではない。また、官公庁向けなどの公共
性の強いシステムは安全保障の観点から国内ベンダーに開発を依頼する事が多い。そのた
め、現状の売上や利益は低迷しているが、国内の需要はすぐには無くならないと考えられ
る。
しかし、他の多くの産業においてもそうであるが、IT サービス業も国内市場成長率は低
下傾向にあり、少子化による国内人口の減少に伴ってその市場が縮小していく可能性は高
いと考えられる。そのため海外に広く展開してくのが望ましいが、前項で見た通り現段階
ではあまり利益を上げることができていない。それは、日系大手 IT 企業の強みが国内に限
ったものであるためだと考えられる。昔からの技術力を頼りに質の高い総合的な ICT サー
ビスを提供してきたことで、国内で多くの顧客と密接な関係を築いているが、海外市場で
は IBM などの後塵を拝している。また、提供するサービスが顧客ごとのニーズに合ったカ
スタム品であるため汎用性が低く、広く海外展開していくには不向きであるためである。
こういった現状があるため、国内大手 IT 企業の海外進出は精彩を欠いている。
また、先述の通り現段階での国内の開発需要はある程度安定しており、売上も増加はし
ていないものの十分に高い水準を保っているためか、海外進出への意欲が今ひとつ欠けて
いる事も一因であると考えられる。
4.3 原因②:組織構造
また、成長を妨げる別の要因として組織構造によるものがある。ヒアリングを行った企
143
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業には、組織規模が巨大であり、階層や役職が多くなり過ぎる事によって、経営者の意図
をミドルマネージャー以下が適切に理解し、実際の業務に反映させる事ができていないと
いう問題があった。
また、その組織規模が大きく、技術・製品が非常に多岐にわたるため、経営者も内外部の
環境を深く理解した上での的確な戦略を立てることが困難であり、具体性に欠けるメッセ
ージしか出せていないという状況にもなっていた。現状として経営者は、内部資源や市場
の分析に基づいた戦略や投資の決定を行う事ができておらず、社員の行動理念となるメッ
セージを発信するに留まっていた。また組織が大きければ大きいほど、一つの戦略を決め
て実行するにも多くの時間と手間がかかってしまい、変化の速い IT 業界においては遅れを
とる要因となる。巨大な組織構造が意思決定・実行速度の遅れを生じさせている。
4.4 原因③:海外拠点を手に入れるための M&A
さらに 3 章で見たように、日本企業は海外企業に対する M&A が近年増えてきたとはい
え、まだまだ少ないという問題がある。経済産業省の通商白書 2012 によれば、日本は実質
GDP が米国の約 4 割であるのに対し、
対外 M&A 件数は約 1/4 に留まっている。
実質 GDP
の規模の割に対外 M&A 件数が少ないということは、主要先進国の中で日本企業は迅速な
海外事業展開や市場・人材の確保、ひいては業界再編や構造転換に後れをとる可能性があ
るということである。
出典:経済産業省
通商白書
我が国企業の海外事業活動の展開」
出典:経済産業省
通商白書
20122012
年版年版
「第「第
3 章3 章
我が国企業の海外事業活動の展開」
144
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人口減少などから国内市場が徐々に減っていく中で、日本の国内企業が海外に活路を見
出すのは当然であり、それはどの産業にも言えることである。たとえば IT ベンダーの顧客
(ユーザー)である製造業の企業も、需要拡大や人件費節約を狙ってますます海外へ拠点を増
やす。すると、ユーザー企業も海外での IT 投資に重点を置くようになっていく。その中で、
現地での IT 事業の基盤が整っていない IT ベンダーでは対応が難しく、ユーザー企業はす
でに基盤を整えており十分なサービスを提供できる他の IT ベンダーへ乗り換えてしまう恐
れがある。
また、国内のユーザー企業の本社は国内にあるのだから、国内市場は安定しているよう
に思われるかもしれないが、ユーザー企業が海外企業を M&A で獲得し、そのシステム部
門の方が優れているとなった場合、その海外 IT ベンダーの供給するサービスを中心として
再編するかもしれない。あるいは国内の IT 市場に、技術力・サービス力をもったグローバ
ルに名を馳せる海外ベンダーが参入してくる可能性もある。すなわち、海外での競争力を
高めることが、結果的に国内のシェアを守ることにもつながるのである。
海外での IT 事業の発注はその現地の企業に依頼することが多く、他国の企業の参入障壁
は大変高い。IT 事業の基盤を作り上げるためにも、M&A は有効であり、そこで後手に回
っている日本企業は海外進出が遅れてしまうのである。
5 解決策
5.1 成功の事例
前章までに日本企業は課題を抱えており、結果として停滞感や閉塞感が存在する状況を
見てきたが、中には活発な企業活動を行っている会社もある。
IT 業界ではないものの、閉塞感・停滞感を脱却し、成長した企業の好例として、ルネサス
エスピードライバ(以下 RSP)の事例を見ていく。
RSP はルネサスとシャープと台湾のパワーチップ社が親会社になって 2008 年に設立さ
れた、中小型 LCD ドライバを作るファブレスの設計会社である。
ルネサステクノロジ社(現ルネサスエレクトロニクス社)のドライバ事業が赤字で行き
詰まり、切り離されてできた会社であるため、設立初年度は赤字であり、資本割れの危機
まであったが、2 年後の 2010 年に黒字化を達成し、以来 2013 年現在まで黒字を継続する
ことができている。
赤字を脱却し、黒字転換できた経緯から企業が閉塞感・停滞感を打破し、成長するために
必要な事について考察する。
RSP はまず赤字製品の撲滅を徹底した。企業間の力関係を受けてこれまで赤字で生産し
ていた製品に対して、値上げまたは生産停止という強気な交渉を行うことで、16 品種あっ
た赤字製品を 2 年間で 0 品種にする事ができた。
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その後、製品開発において顧客や分野を絞り込むようにし、ハイエンド製品向けの開発
に集中した。また、顧客ニーズに特化したカスタム品の仕事をあまり受けないようにし、
1製品作ればどこにでも売れるようにした。製品を絞り込む事で売上は減少したが、粗利
確保のためにこの方針を全社一丸となって推進した。
黒字転換後は損益分岐点を徹底的に下げた。生産拠点の海外移転やチップサイズの縮小
化などによるコストダウンの徹底と製品開発の絞り込みにより、売上が半減しても赤字に
ならない状況を作る事に成功した。また、黒字が出ている製品でも、収益性の悪いものは
整理していった。
そして今後の成長戦略の1つとして、社員全員に利益を意識させる方針をとっている。
設計部門はもちろんだが、普通単体では直接コストを意識しないような営業などの部門で
も、自分たちの仕事が利益をどのように生んでいるかという指標を作り、毎月管理してい
る。また、新事業にも意欲的に取り組んでいる。
RSP の黒字化へのこれらの取り組みは「粗利を優先したビジネスをせよ。
」という社長の
明確な方針の元に行われてきた。多くの企業はどうしても売上を優先してしまいがちであ
り、そのため顧客からの値引き要求に応えてしまう。すると実際の利益が減り、開発費用
が減る事で競争力が低下する。その結果古い製品・競争力の低い製品が並びさらに値下げ
が要求される。という負のスパイラルに陥ってしまう。
出典:ヒアリングをもとに筆者作成
RSP はこのスパイラルから脱却するため、粗利を確保する方針にシフトした。最初は売
上が下がってもよいので粗利を確保する。利益が確保できれば開発への投資を強化する事
ができ、競争力が上がる。すると売上は上がっていき、粗利が拡大していく。という正の
スパイラルとなる。
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出典:ヒアリングをもとに筆者作成
このようにして RSP は短期間で業績を改善することができた。
5.2 なぜ成功できたか
RSP は「粗利優先」という方針と、それを全社一丸となって愚直に実行できたため、黒
字転換・成長を達成する事ができた。トップが会社を取り巻く環境要因を正しく判断し適
切で明確な方針を打ち出せた事、その方針が伝わりやすい組織規模であった事が成功要因
なのである。
出典:ルネサスエスピードライバ HP
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従業員約 240 人という小回りが利き、全社を見渡す事ができる規模であり、上図をみて
もわかる通り、階層が少なく責任の所在がはっきりしている。また、取締役会と各部署が
直接繋がっている事でトップとミドル以下の距離が近い。トップとミドルの距離が近く、
やり取りが多い事により、経営権限を持つ人間が社内の資源を深く知ることができ、それ
を経営方針に反映させる事ができた。またミドルもトップからのメッセージを正しく理解
し、適切なマネジメントや業務の遂行をする事ができた。
このような組織構造があったため、RSP は閉塞感を打破し、成長することができたので
ある。
5.3 成功要因
RSP の事例から、企業が閉塞感・停滞感を打破し成長する改革を行うためには以下の 3
つを満たす組織構造がある事が重要であると言える。
i.
ii.
iii.
現在会社が置かれている状況を深く理解した人物に経営判断の権限がある
経営層による明確な方針とそれが適切かつ迅速に伝わる環境がある
責任の所在が明確である
これらの条件を満たした組織構造の下で経営者が改革を行う事で、日系大手 IT 企業も閉
塞感・停滞感を打破できるのではないか。
5.4 IT 業界における M&A
半導体業界における RSP 社は以上のように、意思決定の速度と質、またメッセージ伝達
の速度と質が優れていたことから、社員が一丸となって働き、黒字転換に成功できた。こ
こではさらに、IT 業界における大手総合ベンダーの状況をふまえ、M&A について言及し
ておきたい。
5.4.1
M&A 成功事例
停滞感のある日本国内の IT 企業は M&A で積極的に海外に進出していくことで、競争
意識が生まれ活発な企業活動ができると考えられるが、その足掛かりを掴まなくてはな
らない。M&A の必要性は 4 章で述べたとおりであるが、ここで近年成功している例とし
て富士通オーストラリア(FAL)を取り上げたい。
FAL は富士通がオーストラリアにもつ現地法人である。元々はハードウェアに強い企
業であったが、2000 年代初頭の IT バブル崩壊によりハードの売上が減少、そこで IT サ
ービス業へとシフトしていった。2011 年度の売上は約 12 億豪ドル(約 1000 億円)であり、
オーストラリアにおいて HP、IBM 次ぐ 3 位のシェアを持っている。富士通全体から見
れば売上規模は大きくはないが、特筆すべきはその利益率であり、富士通の海外での利
148
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益率がほぼ 0%なのに対し FAL はその営業利益率が 5%にも及ぶ優良企業となっている。
FAL の成長要因は M&A である。IT サービスへ事業を拡大する際には IT コンサルや
アプリ開発会社などを次々に M&A で獲得、さらに 2009 年にオーストラリアで IT サー
ビスを展開する KAZ 社を M&A により買収することで、売上高 3 位のシェアに拡大した。
もともとオーストラリアの地方政府には強かった FAL が、KAZ を獲得することによって
連邦政府ともビジネスができるようになり、また規模が大きくなったことで大型案件の
契約を取れるようになった。
このオーストラリアでの成功をほかの海外拠点でも生かすことができれば、グローバ
ル市場における富士通の競争力を高めるための効果的な戦略となる。
5.4.2
M&A を行う上での注意点
ただし、ただ闇雲に M&A を実行すればよいのではない。以下では M&A を行う上での
注意点を挙げていく。
① M&A が目的にならないこと。
M&A はあくまで、海外での事業基盤をつくるための「手段」である。必ず、
「M&A
をする目的は何か、そのために必要な M&A であるのか」ということを念頭に置いて進
めなければならない。
② 自分たちが求める企業を M&A をすること。
M&A をする相手先はどこでもいいというわけではない。自社が求める条件に合致す
る企業を見極めなければならない。それも、
「社風が似ている」「規模の大きな会社で
ある」などの表層的なものではなく、自社が足りないところを本当に補える企業を選
ばなくてはならない。本当に必要な企業でない場合、その買い物はかえって損失とな
ってしまう。
③ M&A 後のビジョンを明確に持つこと。
M&A をしたあと徐々に方針を決めていくのでは遅い。統合初日から一つの会社とし
て動けるようなビジョンを持ち、あらかじめ統合相手のことを調査しておくなど準備
を進めておかなくてはならない。
④ 人材のケアをすること。
M&A によって今まで別の会社だった人間が同じ会社で働くことなるわけなので、従
業員本人たちには明確な説明が必要である。M&A をすることになるという情報を社外
のニュースなどのソースからしか得られないという場合、従業員の自社に対するモチ
ベーションは下がってしまう。また、海外の現地従業員に対しての情報伝達は大変難
しい。多様な人材に対していかにきめ細やかな対応ができるかが重要である。
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6 解決策を実践するために
6.1 組織構造
5 章でみた RSP の成功のように、停滞感・閉塞感のない企業とは、明確な目標を持ち、
持続的な成長と新しいチャレンジに向けて全社一丸となって取り組んでいる企業である。
そのために、経営層の明確な経営方針とそれがしっかりと迅速に伝わっていく、また責任
の所在が明らかであり曖昧ではなく確実に事業を運営していく組織構造が必要である。
そのような組織構造として、我々はカンパニー制を推奨する。カンパニー制を取り入れ
て上手く経営を行っている例として、日立製作所を取り上げる。
日立製作所は本社機能を持つ「グループ・コーポレート」の下に電力システム社、イン
フラシステム社、交通システム社、都市開発システム社、ディフェンスシステム社、情報・
通信システム社を抱えるカンパニー制をとっている。これは様々な領域においてビジネス
を展開する日立が、責任と権限を明確化し独立採算による迅速な運営を目指すためのもの
である。
上記の中で我々が論じてきた IT 事業は情報・通信システム社の担当領域に当たる。
出典:日立製作所 HP
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情報・通信システム社は 2013 年 3 月期 1 兆 7865 億円の売上があり、日立製作所全体の
売上の 18%を占め中核の存在となっている。売上のうち 2012 年度の海外売上高比率 26%
だが、2015 年度に 35%を目指すというグローバル事業の拡大を掲げており、積極的に海外
へ進出しようとする姿勢が伺える。
情報・通信システム社・齊藤裕社長は「(2015 年度に)売上高 2 兆 1000 億円、営業利益
2100 億円に高める。2000 億円以上の営業利益を確保する規模でなくては、グローバルでは
生き残れない。10%の営業利益が出ないと一人前ではない。また、投資ができるだけのフ
リーキャッシュフローを確保することも優先課題である。情報・通信システムグループは、
Growth、Global、Group の 3G により、グローバルメジャープレーヤーを目指す」、
「過去
3 年間で約 900 億円の M&A を行っており、2015 年度には 1900 億円の貢献があった。今
後、M&A 資金として、年間 500 億円程度を捻出したい」と語っており、明確に指針を打ち
出している。
情報・通信システム社がこのようなビジョンを持ち、企業活動を行えるのはまさにカン
パニー制の恩恵を受けていると言える。すなわち、日立製作所の一部門として活動した場
合、意思決定が遅く、個別の事業収支が明らかにならないため目標も曖昧になってしまい
がちになり、また不振事業からの撤退の決断が難しくなってしまうだろうが、カンパニー
制によりそれらのしがらみがない。自分たちの事業が会社として誇りと責任を持ち、今ま
でのやり方にとらわれることなくチャレンジングな経営が可能となる。
一方で、カンパニー制にもデメリットは存在する。企業全体としてのシナジー効果を生
み出しにくい点、企業内で競争が生まれてしまう点、である。すなわち、企業全体として
みたときは非効率な経営スタイルとなる。
しかし日立の場合はそのデメリットよりもグローバル成長を目指すためのメリットを重
視してカンパニー制を採用し、本社機能を果たすグループ・コーポレート部門が高度な戦
略立案・推進や経営幹部への提案・支援に特化し、よりスピーディーな業務遂行を行ってい
る。本社がピラミッドの頂点に君臨する「雲の上の存在」ではなく、事業推進の後押しを
泥臭くやっていく黒子といった役割を果たす存在になっている。
日本の大手 IT 企業は技術が顧客に特化し、専門的で多岐にわたっており、汎用性が低い
という現状がある。そのため、それらを統合していく方針よりも、日立に見られるように
それぞれの部門が独立して権限と責任を持ち、ビジネスのスピードを上げて個々の競争力
を高める方針の方が企業が成長していくことになり、海外企業と戦っていけるようになる。
またカンパニー制によって、大企業が陥りがちな、現場職員の意欲低下を防ぐことがで
きる。大きな企業の現場で働く末端社員は、その巨大な組織構造のために経営層の掲げる
ビジョンを共有することができず、上から与えられた仕事を日々こなしていくだけとなり、
その企業のために目標を持って自主的に働くことができない。その結果、組織に埋没して
いるように感じモチベーションが下がる。
カンパニー制のように自分の属する部門が独立すれば、現場職員はそのカンパニーのト
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ップの意志を共有して仕事をすることになる。大きな企業の一部門として働いていた時よ
りもトップとの距離は近くなり、必然的に自分の業務の責任も大きくなる。一人一人がよ
り主体的に働くことが求められ、それが個人の意欲を刺激することとなるのである。
また、M&A をする際にも有効となる。全社の一事業部として活動する場合と比べて、
M&A の必要性や相手先などをより細かに選定できる上、よりスピーディーに、効率よく決
定を進めることができる。自社にとってどんな買収相手が必要なのかを明確に見極めるこ
とは大切であり、見つけた後は速やかに合意にまで達する必要があるが、そのプロセスを
よりスムーズに行うことができるようになる。また、トップと現場社員までの距離が近く
なることから、社員へのフォローアップもより行いやすくなり、社員の意欲低下を防ぐこ
とができるようになる。
6.2 求められる社長、経営層の素質
RSP の成功の場合、組織的な要因も大きいが、会社を同じ方向へ導いていった社長の役
割も大きい。ここでは、求められる社長、あるいは経営層について触れておく。
特に日本は技術で成長してきた国であり、技術力のある人物が昇進し社長となるケース
が多い。そのため、技術や製品のことについては詳しいが、経営感覚の乏しい人物となっ
てしまうこともしばしばある。会社全体のことを考えた投資効率よりも自身が育ってきた
領域を優遇しがちであったり、本来切るべきはずの不採算事業をなかなか切れなかったり
する。全社的に物事を考えられる経営感覚の優れた人物が求められる。
また、わかりやすく明確なメッセージを発信できることも必要な素質である。自社と市
場、他社の状況をよく判断し、それを踏まえた戦略を取る。その戦略を全社で実践してい
くために、曖昧な表現を避け従業員が付いていきやすいようなメッセージが必要である。
それから、リスクを負い覚悟を持てる人物が会社を引っ張っていくべきである。何事も
変化を与えるにはリスクが伴うが、考えられるリスクについて対して善後策を打ち、その
リスクを容認しなくてはならない。ステークホルダーの既得権益も大切ではあるが、変革
など本当に必要なこととのバランスを保つ必要がある。会社を引っ張っていく存在として
成果を上げられない場合、退陣も辞さないような覚悟を持たなくてはならない。
最後に、過去の成功に囚われすぎてはいけない。自身が社長に上りつめてくるまでに成
功してきた方法が、現在の時代に合うかどうかを客観的に認識しなくてはならない。自分
が正しいと今まで思ってきたことでも、現在の状況に合わないと思ったらそれを否定でき
る勇気が必要である。
7 結論
以上より、
日本の IT 企業が現在停滞感・閉塞感を抱えていることが課題として挙げられ、
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その解決策として、経営判断力をもつ社長と、その意思決定や伝達の質と速度が優れる組
織構造の必要性を提言する。カンパニー制によりその組織の実現が可能になり、トップか
らミドルマネージャー、現場従業員まで全社一体となって事業を進めていくことができる。
全社的なマクロの視点からは M&A を含めた海外展開を推進するなど新たな市場を獲得し、
従業員レベルのミクロの視点ではモチベーションが高く生き生きと働くことができる会社
になれば、停滞感や閉塞感はなくなって海外 IT 企業と競合し、より発展していくことがで
きるだろう。
おわりに
今後も IT の分野は日進月歩で進化していき、
ますますその重要性は高まっていくだろう。
一般企業や官公庁、様々な機関も IT に対する投資を増やし、より効率的な経営や組織運営
を目指すようになっていくと考えられる。その中で、日系 IT 企業の抱える停滞感が解消さ
れ、国内にとどまらず世界の IT 市場で活躍していくような今後の成長を願う。
最後に本稿の執筆にあたり、協力していただいた有識者の方々に心から感謝申し上げま
す。
参考資料
富士通
http://jp.fujitsu.com/
NEC
http://jpn.nec.com/
IBM
http://www.ibm.com/us/en/
HP
http://www.hp.com/country/us/en/uc/welcome.html
富士通オーストラリア
http://www.fujitsu.com/au/
ルネサスエスピードライバ
http://www.rsp.renesas.com/jp/index.htm
日立製作所
http://www.hitachi.co.jp/
JISA 「IT 企業の動向」
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Student Essays of Osaka University Strategic Management Seminar
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http://itjobgate.jisa.or.jp/trend/
総務省統計局 平成 25 年情報通信業基本調査
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001050944&cycode=0
JETRO 和田恭 「米国 IT 企業の M&A 活動の動向」
http://www.ipa.go.jp/files/000006075.pdf
レコフデータ MARR Online
http://www.recofdata.co.jp/mainfo/graph/;jsessionid=6E887D9A49F275761475E781BEC
2153C.ap1
総務省 平成 24 年度版 情報通信白書
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h24/index.html
経済産業省 特定サービス産業実態調査
http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/tokusabizi/
経済産業省 通商白書 2012
http://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2012/2012honbun/index.html
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