米住宅ローン市場に変化の兆し

みずほインサイト
米 州
2014 年 3 月 31 日
米住宅ローン市場に変化の兆し
市場調査部ニューヨーク事務所
変動金利ローンのシェア拡大は何を意味するか
+1-212-282-3532
服部直樹
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○ 米国の住宅ローン市場では、金利上昇局面にもかかわらず2013年に入って変動金利ローンのシェア
が拡大
○ 固定と変動の金利差拡大が一因。早期に住宅を売却し繰上返済を計画する借り手にとっては、固定
金利ローンに比べて当面の返済額が抑えられる変動金利ローンの魅力が高まった格好
○ 運用難に苦しむ銀行も、高額物件を中心に変動金利ローン貸出を後押し。金融正常化の進展が期待
される一方、将来のバブルの種をまくことになりはしないか、リスクテイクの動きを注視する必要
米国の住宅市場は2012年ごろから持ち直しに転じ、その後の景気回復を支える一因となってきた。
足元では、今冬の寒波や大雪といった悪天候の影響などからやや足踏み状態にあるものの、先行きに
ついては回復基調を続けるとの見方が一般的だ。
こうした住宅市場の回復の鍵を握るのが、住宅ローンの貸出による金融面の後押しである。実は米
国の住宅市場では、これまで手元資金が潤沢な機関投資家による賃貸用住宅の購入が回復を主導して
きたため、住宅ローンの貸出は未だ伸びていない。今後、住宅市場が持続的に回復していく中では市
場の主役が住宅ローンを利用した個人の住宅購入にシフトしていくことが期待されるが、当地では最
近、銀行が住宅ローンを拡大させようとしているとの指摘もある。本稿では、足元の住宅ローン市場
での変化の兆しについて紹介することとしたい。
1.変動金利住宅ローンのシェアが拡大
米国の住宅ローン市場では、2013年以降、変動金利ロー
図表 1
住宅ローン申請の内訳
ンのシェアが拡大している。不動産金融に関する業界団体
350
(2012年=100)
である米モーゲージ銀行協会(MBA)のデータによると、
300
全住宅ローン申請件数に占める変動金利ローンのシェア
250
は2013年末で8.2%と、2012年末の3.1%から高まった(図
200
表1)。これは、昨年半ばの金利上昇に伴って借換え需要
150
6
を中心に固定金利ローンの申請が大幅に落ち込んだこと
100
4
が理由であり、必ずしも変動金利ローンが増加している訳
50
ではない。但し、変動金利ローンも固定金利ローンと同様
0
14
(%)
12
変動金利ローン申請指数
10
8
固定金利ローン申請指数
2
変動金利ローンシェア(右)
0
08
09
10
11
12
13
14
(注)申請指数はローン申請のボリュームを示す。
(資料)モーゲージ銀行協会(MBA)
1
に金利上昇の影響からは逃れられないことを勘案すれば、変動金利ローンへのニーズが相対的に高ま
っていると考えるのが自然である。現在のように米国経済が景気回復を背景とする金利上昇局面にあ
るにもかかわらず、変動金利ローンのシェアが拡大していることは特筆に値する。
実際、先行きの金利上昇が予想される局面では、変動金利ローンによる借り入れは固定金利ローン
よりも敬遠される傾向がある。現在の低金利が借入期間全体にわたって保証される固定金利ローンと
は異なり、変動金利ローンでは将来の金利上昇リスクが借り手に転嫁され、思わぬ返済額の増加に直
面するおそれがあるからだ。
2.なぜ金利上昇局面に変動金利ローンのシェアが拡大するのか
では、なぜこうした金利上昇局面にもかかわらず、足元では変動金利ローンのシェアが拡大してい
るのだろうか。その一因と考えられるのが、固定金利と変動金利のスプレッドの急速な広がりである。
政府系住宅金融機関の連邦住宅貸付抵当公社(FHLMC、通称フレディ・マック)が発表する住宅ロー
ン金利の推移をみると、30年固定金利ローンの金利が2012年末(3.35%)から2013年末(4.46%)に
かけて1.11%Pt上昇したのに対し、ハイブリッド5年/1年変動金利ローン(当初5年は金利を固定し、
その後1年毎に金利水準を見直す方式)の金利上昇幅は0.27%Pt(2012年末:2.70%→2013年末:2.97%)
にとどまっている。その結果、固定金利と変動金利の差は2013年末時点で1.49%Ptと、2012年末時点
の0.65%Ptから倍以上に拡大した格好だ(図表2)。こうした金利差の拡大は、住宅売却により返済期
間終了を待たずに一括繰上返済を計画する借り手にとって、変動金利ローンの魅力度が相対的に高ま
ったことを意味する。
図表3は、30年固定金利ローンとハイブリッド5年/1年変動金利ローンについて、20万ドルを借り入
れたときの当初返済額(月間)を試算したものである。住宅ローンの借り手がまず考慮するであろう
当初返済額の水準が、2012年末のローン金利(固定金利:3.35%、変動金利:2.70%)と、2013年末
のローン金利(固定金利:4.46%、変動金利:2.97%)でそれぞれどれだけ異なるかを比較した。な
お、計算の簡便化のために手数料や税金、保険料などは省略している。
2012年末の金利水準をもとにした場合、変動金利ローンの当初返済額は毎月811ドルと、固定金利の
図表 2
固定金利と変動金利の差
6
(%)
図表 3
1050
(ドル)
1000
3.5
(%Pt)
固定金利
3.0
5
950
2.5
4
2
1
金利差(右)
0
850
1.5
800
1.0
750
0.5
700
10
11
12
13
$70
$840
$811
変動
2012年末
14
$1009
$881
固定
0.0
09
$169
900
2.0
変動金利
3
当初返済金額の比較
固定
2013年末
(注)2012年末金利…固定:3.35%、変動:2.70%
2013年末金利…固定:4.46%、変動:2.97%
(資料)みずほ総合研究所
(資料)連邦住宅貸付抵当公社(FHLMC)
2
変動
返済額(881ドル)を70ドル下回るに過ぎない。しかし、2013年末の金利水準をもとにした場合では、
固定金利ローンの返済額が1009ドルにはね上がる一方、変動金利ローンの当初返済額(840ドル)はほ
とんど変わらず、その結果両者の差は月169ドルに達する。住宅ローンの借り手にとっては、毎月の返
済額ベースでみた変動金利ローンの「お得」度合いが、2012年末から2013年末にかけて100ドル近くも
増した計算だ。こうした「お得」度合いは、借入額が多くなればなるほど大きくなる。
もちろん、借り手が気にするのは当初返済額だけではない。最終的に固定・変動金利ローンの負担
総額がどの程度違うかも、借り入れる住宅ローンの種類を決定するうえで重要なポイントである。こ
の点を明らかにするため、変動金利ローンの将来の金利上昇が固定・変動金利ローンの負担総額の差
にどの程度影響するかを計算した。
図表4は、2013年末の金利水準(固定:4.46%、変動:2.97%)で20万ドルを借り入れ、10年間返済
を続けた後に一括繰上返済を行うという条件のもとで、変動金利の上昇の度合いと、固定・変動金利
ローンの負担総額(10年間の返済総額と10年後の残債額の合計)の差の関係をみたものである。横軸
は5年後の変動金利の水準を、縦軸は固定金利ローンの負担総額から変動金利ローンの負担総額を減じ
た差(=負担総額でみた変動金利ローンのお得度合い)を示している。
これをみると、5年後の金利水準が高まるにしたがって変動金利ローンのお得度合いが縮小し、金利
水準が5.77%のときに固定・変動金利ローンの負担総額が一致することが確認できる。この5.77%と
いう水準は、住宅バブルの最中におけるハイブリッド5年/1年変動金利ローンの金利水準をやや下回る
程度であり、決して低い水準とはいえない。つまり、借り手が変動金利ローンを選ぶのは、必ずしも
低金利の継続を過度に期待したからではなく、先行きの金利上昇をある程度考慮しても、変動金利ロ
ーンを利用する合理的な理由があるということだ。
3.金融機関も変動金利ローンの貸出を後押し
加えて、変動金利ローンのシェア拡大の背景には、資金運用難から個人向け貸出を増やさざるをえ
ない貸し手側の事情も見逃せない。
金融危機以降、米国の金融機関では預金が増加する一方で、融資基準の厳格化も手伝い貸出が減少
図表 4
固定・変動金利ローンの負担総額の差
図表 5
米銀の預貸率
120
(%)
負担総額の差
25000
(ドル)
20000
15000
10000
5000
0
-5000
-10000
-15000
110
固定金利
有利
100
90
変動金利
有利
3%
4%
5%
6%
75.1
80
5.77%
7%
70
05 06 07 08 09 10 11 12 13 14
5年後の変動金利水準
(注)預貸率=貸出残高÷預金残高
(資料)FRB
(注)当初金利は2013年末水準(固定:4.46%、変動:2.97%)
(資料)みずほ総合研究所
3
した。足元では貸出は回復基調にあるものの、預金の伸び率を未だ下回っており、預貸率の大幅な低
下には歯止めがかかっていない(図表5)。総じて低金利環境が継続する中で、相対的に高い利回りが
期待できる高額な住宅に対する変動金利ローンは、金融機関にとっても魅力的なものに映っていると
考えられる。
実際、こうした見方を裏付けるように、変動金利ローンのシェアは40万ドルから100万ドル程度の高
額物件に対するローンで拡大しているという1。米国では通常、金融機関が組成した住宅ローンは、連
邦住宅抵当公社(FNMA、通称ファニー・メイ)やフレディー・マックに売却され、証券化された後に
投資家に販売されるが、高額物件に対する住宅ローン(2014年時点では借入額が41.7万ドル以上。通
常、ジャンボローンと呼ばれる)はこの売却基準に合致しない。その結果、金融機関は自身のバラン
スシート上で当該ローンを保有し続けることとなるが、他方で流動性の低さと相対的なリスクの高さ
からジャンボローンには通常よりもやや高い金利が課されるため、資金運用難の状況下では貴重な収
益機会ともなる。
そうした中、最近では単に規模が大きいローンだけでなく、返済当初(通常3~10年)に利息分だけ
返済を行うインタレスト・オンリー(IO)形式の変動金利ローンも、大手行を中心に貸出が増加して
いる模様だ。なかには、変動金利ローンのおよそ半数をIOローンで貸し出している銀行もあるという。
4.回復への序曲か、それとも将来のバブルの種か
IOローンの拡大と聞くと、住宅バブル発生の要因となったサブプライム問題の再来につながること
を懸念する向きもあるだろう。事実、住宅バブル時にはIOローンをはじめとする変動金利ローンの貸
付が大幅に増加し、信用度が極端に低い層であっても容易に住宅ローンを借り入れることができた。
その後、これらのローンの返済額が急増するに伴って住宅ローン延滞率が上昇し、住宅バブル崩壊に
至ったことは周知のとおりである。
ただ、現在貸出が進んでいる変動金利ローンは、高額物件を購入可能な信用度が極めて高い借り手
に限定されているとみられ、すぐさまバブルの引き金となる可能性は小さい。実際、借り手の信用度
を測るクレジットスコアをみると、2013年10~12月期に変動金利ローンを借り入れた人の平均スコア
は762と、2006年10~12月期の693から大幅に上昇していることが確認できる。
一方で、これまで厳しい規制下で慎重な貸出姿勢に徹してきた金融機関が、上記のように自身のバ
ランスシート上で積極的なリスクテイクに踏み切り始めたとすれば、それは米国の金融業界が大きな
転換点に差し掛かっていることを示唆している。つまり、金融仲介機能の回復という正の側面が期待
される一方で、金融機関による貸出基準緩和や融資拡大が急速に進めば、将来的なバブルの種をまく
ことにもなりかねないということだ。今後、金融の正常化が進展するなかで、金融システムの監視モ
ードを将来的にはもう一段引き上げる必要が出てくることも頭の片隅に置いておくべきだろう。
1
Annamaria Andriotis and Shayndi Raice, “Adjustable-Rate Mortgages Make a Comeback”, Wall Street Journal,
March 17, 2014
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