走高跳のセルフコーチングの在り方に関する研究 古川佑生 1) 石井隆士 2) 伊藤雅充 2) 1) 日本体育大学大学院コーチング学系 1. 研究課題の設定 2) 日本体育大学 デルを構築した(図 1 参照)。その内容は以下の通り 走高跳(以下 HJ)とは身体のみによる跳躍動作に である。 よってクリアしたバーの高さを競い合う実にシン SC を実行する上での目標を「成績目標」「技 プルな種目であると言える。だが、実際は技術種目 能目標」の二つの側面から詳細、かつ最終的に に位置付けられ技術動作の習得、発達こそが HJ の 目指す目標に向け段階的に設定すること。 達成記録に大きな影響を及ぼすことが示唆されて 計画実行に移し、処方した練習計画と内容がセ いる(阿江, 1990 / Killing, 1996 / 渡辺, 2012 / ルフコーチャー自身にどういった効果、変化、 etc…)。一方で、Schmidt ら(2004)は各スポーツ特 影響を与えているのか、日々の練習でフィール 有の技術動作習得、もしくは改善に向けた練習では ドノートをつけ、それらを基に取り組みを評価 コーチによる観察や指導が学習の効果を高め、効果 し、動向をモニタリングすること。また、日々 的に技術動作研鑽の質を高めていくためには重要 の内省行動の確保と取り組み全体の評価材料 な要素であることを主張している。この所見からも となる量的データの確保も兼ねる。 アスリートの技術動作の発達にはコーチの存在が 練習計画は 1 週間単位で「アクションリサーチ 重要な役割を担うことが理解できる。しかし、国内 (以下 AR)」を用いて進行させることでより効 の HJ 実践現場に目を向けてみると専門のコーチは 果的に自己研鑽を促し、計画実行の動向を把握、 少なく、学生から国内上位群のアスリートに至るま 軌道修正できるモニタリングの効果も果たす。 でコーチの指導を受けられず、自らのセルフコーチ ング(以下 SC)によってパフォーマンス(以下 PF)向 日々の練習で「Deliberate Practice (Ericsson, 1993)」を実行し、高い学習の質を確保する。 上を目指している者が多数存在し、研究者自身も同 技術練習において Schmidt ら(2004)の「PF 改 じ境遇にある。同時にこのような状況下でも SC 実 善&技術習得サイクル」の要素を満たし、より 行に関する方法論の確立はおろか、セルフコーチャ 練習と学習の質を高く確保することを狙う。 ーへのヒントとなる先行研究も少ない。先に述べた 練習の内容をデジタルビデオカメラを用いて Schmidt らの主張を考慮するとコーチの指導なし 撮影し、自身の動作を客観的視点から評価する で HJ 種目の PF 向上は困難な取り組みに感じられ こと。なお、映像の評価は動作分析ソフト「ダ るが、可能性はあるのだろうか。本研究ではエスノ ートフィッシュ」を用いることで PF 評価の質 グラフィー的にこの問いの解決にチャレンジし、 の向上を狙う。 PF 向上を目指す SC とはどう在るべきか検討を行 った。 PF の評価方法として村木(1995)の提唱するも のを用いる。 理論構築 SC 実行にあたってメンター(第三者)からのア HJ で最も重要な要素とは技術動作であり、技術 ドバイスを受けることで PF 向上を目指すため 発達こそが HJ の記録達成に大きな影響を及ぼすこ の知識を広げるとともに練習中の映像を評価 とが主張されており(Killing, 1996)、SC においても してもらうことでセルフコーチャー自身とは 技術発達に特化し、かつ効果的に SC を実行できる 違った観点からの評価を確保でき、PF 改善の 方法論を確立、実行に移すことで PF を向上できる。 助力とする。なお、メンターの選出とメンタリ 以 上 を 仮 説 と し 実 現 し う る 要 素 を Côté ら ング頻度を研究目的と研究形態を考慮して設 (2009&2010)が報告した理論を中心に近年のコー 定。 チング学から抽出し、SC 実行に先駆けて SC のモ 2. 理論に基づくセルフコーチング実践 73 本研究での最終目標とは、AR 開始(2012 年 5/28) が研究者に高い学習効果をもたらし、実際に前ター から 2012 年度シーズン中で最も大きな競技大会と ムで身につけた助走が技術として身に付いている なる、 「国民体育大会(以下、国体)において 2m20cm ことが示唆された。 の自己記録を出し、3 位入賞を果たす」こととした。 第 3 ターム:2012 年 9/17~10/6 この最終目標を達成するため、まず、国体への出場 怪我の影響から成績目標を「国体において 2m16cm 権を決めるため国体予選において国体出場条件と の自己記録を出し、3 位入賞を果たす」ことへと変 考える 2m10cm をクリアし、 優勝する必要がある。 更し、故障部位の回復を第一に計画を進行した。 そして、国体での目標を達成するための前段階とし 結果、国体は記録なしで終わった。これまでの全取 て日本インカレで自己記録である 2m16cm を跳び、 り組みを通じて新たな助走を設定、それぞれのター 3 位入賞を果たす。これらを最終目標達成に必要な ム内の PF 向上への課題だった問題点の改善の成功 要素として考え逆算的に通過すべき目標として設 に合わせ、怪我からも復帰し、最終目標達成へ十分 定し、それぞれ目標となる試合に合わせ、ピリオダ な可能性をもって国体に臨むことができた。だが、 イゼーションに基づいて 3 つにタームに期分けした。 実際の結果は予想に大きく反するものであり、新た また、大学卒業後 AR 導入までの競技成績は 2m05 な PF 改善課題を抽出し、アクションリサーチを終 が最高であり(自己最高記録は 2m12)大学 2 年時以 えることとなった。 来最低にまで記録が低迷しており、その原因は助走 3. 本研究結果とコーチング現場への示唆 にあり、まずはこの改善を第 1 タームの課題として 本研究の結果、目標達成には至らず、SC におい 設定した。 ても PF 向上が可能であることを証明するには至ら 第 1 ターム:2012 年 5/28~7/8 なかった。本研究で用いたアプローチには傷害の予 「7/8 の国体予選において 2m10cm 以上をクリア、 防を含め、SC 実行の際に発生しうるリスクについ 優勝し、国体出場を決める」ことを目標とし、先の て熟考し予め対策を用意しておく「リスクマネージ 通り助走の改善を優先的に取り組んだ。結果、助走 メント」が不足し、それが本研究の結果を導いた一 の改善に成功し国体予選で SC 開始後最高記録であ つの原因と考えられた。しかし、一方でコーチ無し る 2m10cm を記録すると共に優勝を手にし、国体 の状況でも技術動作の改善や発達には成功し、本研 出場を決めた。セルフコーチングモデルの導入によ 究で構築されたセルフコーチングモデルが SC にお って PF 課題抽出と改善は著しいものがあり、本タ いても技術動作を改善、習得するため有効であるこ ームでは目標通りの結果を出すことができた。しか とがメンターによっても認められた。今回明らかに し、同時に国体予選で足首の故障が発生した。 なった要素を追加し、更なる取り組みの続行で SC 第 2 ターム:2012 年 7/9~9/16 においても方法次第では PF の向上は十分に可能で 「9 月 11 日の日本インカレにおいて 2m16cm の自 あると考える。 己記録をクリアし、3 位入賞を果たす」ことを目標 とし、達成のため前タームで設定した助走より全体 的なスピードアップを図り、跳躍高の向上を狙った。 結果、足首に加え、ターム前半で膝の故障を誘発し、 計画全体が停滞し、目標は達成できず 3 位入賞はお ろか、記録は 2m05cm で 8 位入賞も逃した。しか し、怪我によって踏切動作改善の必要性に気付き、 改善に成功した。目標より記録は下がったが、この タームで実施できた跳躍練習は 2 回と非常に少なく、 練習も満足にできない状態であった。その中でも SC 後 2 番目の記録を出せたことは大きな成果であ り、この結果から本研究で実行している SC モデル 74 図 1. セルフコーチングモデル
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