マウス粥状動脈硬化病変における脂肪染色 en face

(A7)
マウス粥状動脈硬化病変における脂肪染色 en face 解析
後のパラフィン切片作成と組織学的解析 -本法による動
脈硬化病変形成における MMP-2 の関与の検討佐々木健 1*、葛谷雅文 3、成憲武 3、中村香江 3、鈴木直美 2、川端弥生 2、佐藤康二 1
(浜松医科大学 解剖学講座 1、同 実験実習機器センター2、名古屋大学医学部 老年科 3)
SASAKI Takeshi, KUZUYA Masafumi, CHENG Xian Wu, NAKAMURA Kae,
SUZUKI Naomi, KAWABATA Yayoi and SATO Kohji :
Preparation of Paraffin Section and Its Histological and Immunohistological Analysis Following En Face
Analysis Using Oil Red O Staining in Murine Atherosclerotic Lesion. –Involvement of MMP-2 in Atherosclerotic
Lesion Formation –
The method of en face analysis of atherosclerotic aorta using lipid staining is widely used in studies of vascular biology. In this study,
we examined the possibility of reuse of atherosclerotic aortae in apolipoprotein E (ApoE) deficient mice for histological and
immunohistochemical staining, which were previously-analyzed by en face method using Oil red O staining. The Oil red O stained
tissue was destained and processed to paraffin section by conventional methods, and this section was stained by hematoxylin and eosin,
picrosirius red or Masson tricrome stain. The histochemical staining was performed satisfactorily. In addition, the section processed
from reused-tissue could be also used in immunohistochemical staining using antibodies for α-actin, Mac-3 and matrix
metalloproteinase (MMP)-2. Furthermore, using this reused-tissue analysis, it is suggested that MMP-2 is involved in atherosclerotic
lesion formation in ApoE deficient mice.
1. 目的
2. 方法
現在までに、動脈硬化症の発症・進展に関する様々な
粥状動脈硬化症のモデルマウスである Apolipoprotein
研究が行われ、その機序については徐々に解明が進み
E 遺伝子欠損(ApoE-/-)マウスと ApoE と MMP-2 の両遺
つつある(1-4)。我々も動脈硬化病変の進展に対する
伝子欠損マウス(ApoE-/-, MMP-2-/-マウス)に対し(各 8
matrix metalloproteinase (MMP)-2 の関与について、いろ
週齢)、高脂肪食(21%脂質、0.15%コレステロール含有)
いろな手法を用いて研究している(2,5-7)。このような動脈
を 8 週間にわたって負荷し、動脈硬化病変の形成を誘導
硬化病変に対する解析手法の一つに、採取した血管(主
した(4,5)。この後、両マウスを 4%パラホルムアルデヒドで
に大動脈)を長軸方向に切開し、そのまま脂肪染色して解
灌流固定し、心臓と大動脈を摘出した。大動脈弓~胸部
析する方法(en face 解析)があり、多くの研究者に利用され
大動脈部を切開して飽和 Oil red O 溶液で染色を行ない
ている。しかしながら、この en face 解析を行なった組織(大
en face 解析を行なった(図 1)。
動脈)は、その組織中に多くの未解析情報が含まれている
解析終了サンプルは、図 2 に示すように直ちに PBS で洗
にもかかわらず、en face 解析以後は利用されず廃棄され
浄後、70%エタノールに浸漬し、通常のアルコール系列
てしまう場合も多い。このようなことから、本研究では、この
による脱水処理を行なった。Oil red O の染色色素は、これ
脂肪染色による en face 解析を行なったマウス大動脈から、
ら一連の脱水処理過程において、肉眼的にも顕微的にも
脂肪染色色素を脱色し、その後、パラフィン切片を作成し
ほぼ脱色された。その後、常法によりパラフィン包埋ブロッ
て組織染色や免疫組織化学染色への転用を検討した。さ
ク・薄切標本(4μm)を作成した。薄切標本は組織染色(HE
らに、並行して、本手法を用いてマウスの粥状動脈硬化巣
染色、マッソントリクローム染色、ピクロシリウスレッド染色)
における MMP-2 の関与についても調べた。
や各種抗体による免疫組織化学染色(α-actin、Mac-3、
MMP-2)を行ない、組織学的な検討を行なった。
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両マウスの粥状動脈硬化病変における en face 解析後
に作成したパラフィン切片では、通常のパラフィン切片と
ほぼ同様に HE 染色やマッソントリクローム染色、ピクロシリ
ウスレッド染色が可能であった(図 4)。また、これらの染色
像からコンピューターソフト(Scion image)を用いた半定量
的な解析も行うことができた。両マウスの肥厚内膜面積に
ついては ApoE-/-, MMP-2-/-マウスの方が有意に小さ
かった(図 4C)。一方、ピクロシリウスレッドによる肥厚内膜
内の膠原線維の染色面積は、両マウス間において有意な
図1. マウス胸部大動脈の Oil red O 染色による en face 解析法の概略図
差はなかった(図 4F)。
採取したマウスの胸部大動脈を縦軸方向に切開し、それを Oil red O により
脂肪染色して正面からデジタルカメラで撮影した。赤色に染まっている腫瘤状
のものが粥上動脈硬化巣(アテロームプラーク)であり、そこに含まれる脂質が
Oil red O 色素に染まることにより観察できる。
図2. en face 解析終了サンプルからのパラフィン切片作成法
上記の手順に従って、組織学的な解析を行なうためにパラフィン切片を作
成した。
3. 結果
高 脂肪食の 負荷に よ り 、 ApoE-/- お よ び ApoE-/-,
MMP-2-/-の両マウスにおいて、大動脈弓部に顕著な動
図4. ApoE-/-マウスと ApoE-/-, MMP-2-/-マウスの動脈の大動脈弓
部における HE 染色(HE:A, B)、ピクロシリウスレッド染色(PSR:D, E)、
およびマッソントリクローム染色(MT:G, H)
Oil red O 染色による en face 解析終了後、大動脈弓部をパラフィン包埋し
て薄切切片を作成し、各組織染色を行なった。HE 染色像(A, B)より肥厚内膜
脈硬化巣が形成され、これは Oil red O 染色の en face 解
の面積を求めたところ、ApoE-/-, MMP-2-/-マウスは ApoE-/-マウスと比
析により確認された(図 3A,B)。また、両マウス間の肥厚内
較して有意に小さい値となった(C)。一方、膠原線維を染め分ける PSR 染色
膜の面積には、有意な差は認められなかった(図 3C)。
から、それぞれの膠原線維染色領域を比較したところ、両マウス間に有意差
A
B
はなかった(F)。さらに、MT 染色によっても膠原線維染色の確認を行なった
C
次に、en face 解析後に作成したパラフィン切片におい
て、いくつかの抗体を用いて免疫組織化学染色を行った。
平滑筋細胞のマーカーである α-actin 抗体、マクロファー
ジのマーカーである Mac-3 抗体、および MMP-2 抗体を用
いたいずれの免疫染色においても、良好な免疫陽性反応
が認められた(図 5)。また、それらの染色領域の面積を両
図3. ApoE-/-マウスと ApoE-/-, MMP-2-/-マウスの胸部大動脈の Oil
red O 染色による en face 解析およびアテロームプラーク面積の割合
マウス間で比較すると、平滑筋細胞マーカーの α-actin 抗
採取したマウスの胸部大動脈に対して Oil red O により脂肪染色を行ない
体では、ApoE-/-, MMP-2-/-マウスの方が有意に小さい
(A:ApoE-/-マウス、B:ApoE-/-, MMP-2-/-マウス)、正面からデジタルカ
値となった(図 5C)。一方、マクロファージマーカーである
メラで撮影した。赤色に染まっている腫瘤状のものが粥状動脈硬化巣(肥厚
内膜) であり、そこに含まれる脂質が Oil red O 色素に染まって赤色像として
Mac-3 抗体による免疫染色面積は、両マウス間において
観察される。両マウスの粥状動脈硬化巣の面積を測定し比較したところ、有
有意な差は見られなかった(図 5F)。さらに MMP-2 抗体に
意な差は認められなかった(C)。
よる免疫染色は、ApoE-/-マウスの動脈硬化巣において
その染色陽性領域が認められたが、ApoE-/-, MMP2-/-
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マウスでは、元々MMP-2 が欠損しているため、その染色
ものであると思われ、現在の科学研究や動物実験の流れ
陽性反応は認められなかった(図 5G, H)。
に沿う手法(技術)でもあるとも言える。
本研究では、免疫蛍光染色のような蛍光色による組織
学的解析に対して本手法が応用できるかどうかは検討し
ていない。最初に行った en face 解析では、Oil red O によ
る脂肪染色を行なっているが、Oil red O 色素は蛍光色を
発することが知られており(8)、仮にアルコール系列・キシ
レンの過程で組織中から Oil red O 色素が完全に除かれ
ていなければ、蛍光色による解析に残留 Oil red O が干渉
する可能性が考えられる。このようなことから、アルコール
系列・キシレンの過程は通常の場合より回数を増やす、浸
漬時間を長めにする等のことが必要であるかもしれない。
また、これらのことは、本手法に関する今後の検討課題で
あるとも思われる。
ApoE-/-マウスと ApoE-/-, MMP2-/-マウスを比較する
図5. ApoE-/-マウスと ApoE-/-, MMP-2-/-マウスの大動脈弓部にお
ける免疫組織化学染色
と、MMP-2 欠損マウスでは内膜内の平滑筋細胞の染色
図 4 と同様に、en face 解析終了後、いくつかの抗体を用い免疫組織化学
面積が減少していた。動脈硬化巣の形成・進展のメカニズ
織染色を行なった。平滑筋細胞マーカーである-actin 抗体による染色
ムにおいて、平滑筋細胞は中膜から内膜への浸潤・遊走
(SMC:A, B)では、中膜および内膜の線維性被膜部分に陽性反応が確認でき
た。また、肥厚内膜内の SMC 陽性面積は、ApoE-/-マウスよりも ApoE-/-,
してくるが、この時に MMP-2 を分泌し、周りの膠原線維を
MMP-2-/-マウスが有意に小さい値となった(C)。一方、マクロファージマー
はじめとする細胞外マトリックスを分解して移動するものと
カーであるMac-3抗体による染色(D, E)では、肥厚内膜内に豊富な陽性反応
考えられている(1,2,6)。このようなことから、本研究では
が検出された。また、Mac-3陽性面積については、両マウス間に有意差はな
MMP-2 の欠損により、血管中膜から内膜への平滑筋細胞
かった(F)。さらに、MMP-2 抗体による染色も行なったところ(G, H)、ApoE-/マウスでは肥厚内膜や中膜に陽性反応が認められたが、ApoE-/-,
の遊走が抑制され、その結果、内膜内の平滑筋細胞の減
MMP-2-/-マウスではMMP-2が欠損しているため、陽性反応は見られなか
少につながり、ひいては内膜面積自体の減少に至ったと
った。
考えられた。以上のような内容を、仮説図として図 6 にまと
めた。
4. 考察
本研究の結果から、マウス大動脈の粥状動脈硬化病変
での脂肪染色(Oil red O 染色)による en face 解析後に、そ
のサンプル組織を再利用する形で、パラフィン包埋・薄切
標本によるさらなる組織学的解析が可能であることが示唆
された。これについては、一般的な組織染色のみならず、
免疫組織化学染色にも応用できる可能性も示唆された。
今回の結果は、今まで en face 解析のみで解析が終了して
図6. 動脈硬化巣(アテロームプラーク)の形成メカニズムの仮説図
-MMP-2 の関与について-
いたサンプルから、様々な情報、特に今回我々が行った
動脈硬化巣の形成過程において、平滑筋細胞が中膜から肥厚内膜に浸潤・
ような組織学的な解析による情報が得られる可能性を示し
遊走してくる。この時、平滑筋細胞は MMPs(MMP-2)を分泌し、周りの細胞外
ている。免疫組織化学染色が可能であることは、利用可能
マトリックス(主に膠原線維と考えられる)を分解し、肥厚内膜内へ遊走し進む
な抗体の数や作成した薄切切片の枚数に応じて、目的分
ものと考えられる。遊走した平滑筋細胞は内膜の内腔面に沿うように位置
し、そこで細胞外マトリックスを合成・分泌し線維性被膜の形成に至る。本研
子の位置情報を捉えることができ、さらには本研究のよう
究における MMP-2 欠損は、平滑筋細胞の中膜から内膜への浸潤・遊走を減
に半定量的な解析も可能であると思われる。
少させ、結果的に内膜内の平滑筋細胞を減少させたと思われる。また、内膜
最近、動物福祉という観点から、できる限り実験動物の
の面積は、平滑筋細胞が減少した分、小さくなったと考えられる。
使用数を減らすべきであるという考え方が広まっている。
今回検討した本手法は、採取した組織を有効に利用する
一方、内膜内の平滑筋細胞の減少は、そこで平滑筋細
ことにより、実験動物の使用数を減らすことにも貢献できる
胞が合成・分泌する膠原線維の減少にもつながると予測
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薬剤として MMP 全般を抑制するものよりも、選択的に抑
4) Sasaki T, Kuzuya M, Nakamura K, Cheng XW,
Hayashi T, Song H, Hu L, Okumura K, Murohara
T, Iguchi A, Sato K. (2010) AT1 blockade
attenuates atherosclerotic plaque destabilization
accompanied by the suppression of cathepsin S
activity in apoE-deficient mice.
Atherosclerosis. 210: 430-7.
制を行なうような薬剤が、より有効であると考えられる。
5) Kuzuya M, Nakamura K, Sasaki T, Cheng XW, Itohara S,
される。平滑筋細胞や膠原線維は動脈硬化巣において線
維性被膜を形成し、骨格的な役割を果たすと考えられて
いる(1,4,5)。よって、これらの減少は線維性被膜の脆弱化、
つまり動脈硬化巣の不安定化を招き、プラーク破綻にまで
至ることも予想される。このようなことから、抗動脈硬化の
Iguchi A. (2006) Effect of MMP-2 deficiency on
atherosclerotic lesion formation in apoE-deficient mice.
Arterioscler Thromb Vasc Biol. 26: 1120-5.
謝辞
本研究の遂行に対して格別の取り計らいをしてくだ
6) Cheng XW, Kuzuya M, Nakamura K, Liu Z, Di Q,
さいました、浜松医科大学実験実習機器センター、浦
Hasegawa J, Iwata M, Murohara T, Yokota M, Iguchi A.
野哲盟センター長に深く感謝いたします。なお、本研
(2005) Mechanisms of the inhibitory effect of
究は、
平成 21-22 年度科学研究費補助金
(若手研究 B、
epigallocatechin-3-gallate on cultured human vascular
課題番号 21700447)の助成により行なわれました。
smooth muscle cell invasion.
Arterioscler Thromb Vasc Biol. 25: 1864-70.
7) Cheng XW, Kuzuya M, Sasaki T, Kanda S, Tamaya-
参考文献
Mori N, Koike T, Maeda K, Nishitani E, Iguchi A.
1) Kuzuya M, Iguchi A. (2003) Role of matrix
metalloproteinases in vascular remodeling.
J Atheroscler Thromb. 10: 275-82.
2) Kuzuya M, Kanda S, Sasaki T, Tamaya-Mori N,
Cheng XW, Itoh T, Itohara S, Iguchi A. (2003)
Deficiency of gelatinase a suppresses smooth
muscle cell invasion and development of
experimental intimal hyperplasia.
Circulation. 108: 1375-81.
3) Sasaki T, Kuzuya M, Nakamura K, Cheng XW,
Shibata T, Sato K, Iguchi A. (2006) A simple
method of plaque rupture induction in
apolipoprotein E-deficient mice.
Arterioscler Thromb Vasc Biol. 26: 1304-9.
(2004)
Green
tea
catechins
inhibit
hyperplasia in a rat carotid arterial injury model by
TIMP-2 overexpression.
Cardiovasc Res. 62: 594-602.
8) Fowler SD, Greenspan P. (1985) Application of Nile red,
a fluorescent hydrophobic probe, for the detection of
neutral lipid deposits in tissue sections: comparison with
oil red O.
J Histochem Cytochem. 33:833-6.
*
Correspondence to Takeshi Sasaki, PhD, Department of
Anatomy and Neuroscience, Hamamatsu University School
of Medicine, E-mail : [email protected]
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neointimal
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