マイクロ波照射中の球型ナノ粒子近傍の電界分布解析

科学技術研究所技術書 2014 年 10 月 27 日
マイクロ波照射中の球型ナノ粒子近傍の電界分布解析
三 角 哲 平
(株) 科学技術研究所 科学技術部
Abstract The electric field around a nanosphere with microwave irradiated was calculated by
Successive Over Relaxation method. The electric field nearby a nanosphere was strong.
The higher permittivity a nanosphere had, the stronger electric field seemed.
概要 等方性を持つナノサイズの触媒粒子球にマイクロ波を照射した際の電界分布をポアソン方程式
の境界値問題として逐次過剰緩和法(SOR 法)で解いた。触媒粒子球の周縁に強い電界が認めら
れた。触媒粒子の誘電率を上げると電界強度も単調に増加した。
Keywords Poisson equation, nanospheres, electric field calculation
キーワード ポアソン方程式、ナノ粒子、電界計算
1. はじめに
現在、ナノレベルで粒径制御された金属粒子を含
む触媒反応系において、マイクロ波を照射すると反
応速度が上昇する例が報告されている。この反応速
度の促進が、単純に反応系が加熱されたことに起因
するのか、或いは別の要因が存在するのかは現在議
論中である。これに対して、系中の温度分布から反
応速度の促進度を求めることで反応系の加熱の影響
を定量化できる。本研究では温度解析の前段階とし
て、電位の支配方程式であるポアソン方程式から電
界強度(加熱量)を求めた。また様々な触媒を考慮し
て、誘電率の変化が電界強度にどのような影響を与
えるか、シミュレーションを行った。
1000 [nm]
電位の基準
1000 [nm]
1000 [nm]
2. 解析条件
解析領域(1000×1000×1000 [nm])の中心部に触媒粒
子(半径 50 [nm]の球体、誘電率 εr)を配置し、z 軸方
向の電界 Ez=10000 [V/m]を与えた(図 1、表 1 参
照)。また、ポアソン方程式の求解には以下の 3 点
を考慮した。
(1)ポアソン方程式の離散化
(2)逐次過剰緩和法(SOR 法)
(3)収束判定条件
(1) ポアソン方程式の離散化
デカルト座標空間における電界分布はポアソン方
程式の形をとり、電位 V と各方向への誘電率 εx, εy,
εz を用いて以下のように記述される。
𝜕𝑉
𝜕
𝜕𝑉
𝜕
𝜕𝑉
𝜕
𝜕𝑉
=
(ε𝑥 ) +
(ε𝑦 ) + (ε𝑧 )
𝜕𝑡 𝜕𝑥
𝜕𝑥
𝜕𝑦
𝜕𝑦
𝜕𝑧
𝜕𝑧
金属粒子
(r=50 [nm])
・・・①
図 1. 解析モデル.
表 1. 解析設定 (長さの単位は [nm] ).
center ( 0 , 0 , 0 ) , r = 50
触媒粒子(球)
物性
溶媒雰囲気の誘電率 : 1
球の誘電率 : εr
vmin : ( -500 , -500 , -500 )
解析領域
vmax : ( 500 , 500 , 500 )
(nx , ny , nz) = ( 100 , 100 , 100 )
メッシュ
Ex=0 , Ey=0 , Ez=10000
初期電界[V/m]
で解析領域内を一様に分布
ω= 0.5
緩和係数
ΔV < 1.0×10-8 [V]
収束判定条件
最大反復回数
1000 回
1
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ここで、触媒粒子に比べてマイクロ波の波長が十
分に長いことから①式の左辺は 0 と仮定した。一
方、図 2 に示すスタガード格子[1]に物性値を与える
と①の右辺は離散化した式で表せる。
(①の右辺)
𝜀𝑖 (𝑉𝑖+1 − 𝑉𝑖,𝑗,𝑘 ) + 𝜀𝑖−1 (𝑉𝑖,𝑗,𝑘 − 𝑉𝑖−1 )
=
(∆𝑥)2
𝜀𝑗 (𝑉𝑗+1 − 𝑉𝑖,𝑗,𝑘 ) + 𝜀𝑗−1 (𝑉𝑖,𝑗,𝑘 − 𝑉𝑗−1 )
+
(∆𝑦)2
𝜀𝑘 (𝑉𝑘+1 − 𝑉𝑖,𝑗,𝑘 ) + 𝜀𝑘−1 (𝑉𝑖,𝑗,𝑘 − 𝑉𝑘−1 )
+
(∆𝑧)2
Vk+1
Δz
Vi-1
εj-1
(𝑉𝑖+1 − 𝑉𝑖−1 )
・・・(③ − 1)
2∆𝑥
(𝑉𝑗+1 − 𝑉𝑗−1 )
𝐸𝑦 (𝑖, 𝑗, 𝑘) =
・・・(③ − 2)
2∆𝑦
(𝑉𝑘+1 − 𝑉𝑘−1 )
𝐸𝑧 (𝑖, 𝑗, 𝑘) =
・・・(③ − 3)
2∆𝑧
Vi,j,k
Vi+1
Δy
εk-1
z
y
Vk-1
x
図 2. スタガード格子.
電位の残差 ΔV [V]
②式が解析領域内の境界を除く全ての点で成り立
つような電位 Vi,j,k を求め、以下の式に代入すること
で電界強度が求められる。
εi
Δx
Vj-1
1
(𝜀 𝑉 + 𝜀𝑖−1 𝑉𝑖−1 )
(∆𝑥)2 𝑖 𝑖+1
1
+
(𝜀 𝑉 + 𝜀𝑗−1 𝑉𝑗−1 )
(∆𝑦)2 𝑗 𝑗+1
1
(𝜀 𝑉 + 𝜀𝑘−1 𝑉𝑘−1 )} ・・・②
+
(∆𝑧)2 𝑘 𝑘+1
ここで A は次の式で与えた。
ε𝑖 + ε𝑖−1 ε𝑗 + ε𝑗−1 ε𝑘 + ε𝑘−1 −1
𝐴=(
+
+
)
(∆𝑥)2
(∆𝑦)2
(∆𝑧)2
Vj+1
εj
εi-1
Vi,j,k について整理すると、①式は以下のように離散
化される。
𝑉𝑖,𝑗,𝑘 = 𝐴 {
εk
𝐸𝑥 (𝑖, 𝑗, 𝑘) =
(2) 逐次過剰緩和法
②式が境界を除く全ての点で成り立っているの
で、これは(nx - 1)(ny - 1)(nz - 1)元 1 次連立方程式で
ある。数値解析における連立方程式の解法には逐次
過剰緩和法(SOR 法)を用いた。ここでは収束安定
性を高めるために、緩和係数 ω=0.5 とした。
(3)収束判定条件
各反復でそれぞれの電位の残差が 1.0×10-8 [V]を
下回った、即ち 1 [V/m]程度の誤差に収束した時、
或いは反復回数が 1000 回に到達した時に反復計算
を終了した。εr=10 の時の収束の様子を図 3 に示し
た。電位の残差は反復計算するに従って小さくな
り、966 回目で初めて 1.0×10-8 [V]を下回り収束判定
条件を満たした。
2
反復回数
図 3. 反復計算による収束の様子.
反復計算終了後、解析結果の表示は数値データ可
視化・図形処理ソフト KeyPlotTR[2]を用いた。
3. 解析結果と考察
・電界分布
εr=10 とした場合の各方向成分の電界分布と三方
平均の電界分布を図 4 に示した。初期条件では電界
強度 0 であった Ex,Ey 分布が見られるが Ez が最も強
く電界が集中しており、三方平均|E|の電界分布にも
Ez の分布が支配的に現れている。|E|の分布が示す
ように、球体近傍を中心として強い電界が現れ、遠
ざかるにつれて弱くなった。従ってマイクロ波をナ
ノ粒子に照射した場合、ナノ粒子周縁が局所的に高
温になると予想される。
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図 4.1. |Ex|の分布.
球中心を通る Y 断面.
図 4.2. |Ey|の分布.
球中心を通る X 断面.
図 4.3. |Ez|の分布.
図 4.4. |E|の分布.
球中心を通る X 断面.
球中心を通る X 断面.
3
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25000
20000
電界強度E [V / m]
・誘電率と電界強度
誘電率の違いによる電界強度の変化を調べるため
に、εr=1,2,5,10,100,1000,100000 と増加させた場合の
Z 軸上の電界強度の最大値を図 5 に示した。
εr=100000 の場合はほぼ全反射条件となるため導体
粒子と考えられる。εr=1~100 では最大電界強度は単
調増加しているが、100 より誘電率を大きくしても
最大電界強度はほとんど増加しなかった。一方、誘
電率を同様に変化させた時の各電界分布を図 6 に示
した。εr=1 の時は 1 回の反復計算で終了し、その電
位の変化率は 10-14 %と非常に小さい誤差であっ
た。εr=2 以上で比較すると、電界分布の概形に大き
な違いは見られなかった。従って、強誘電性のナノ
粒子を用いるとより局所的に高温場が現れるが、誘
電率 100 より高い場合には温度場にほとんど変化が
ないと予想される。
15000
10000
5000
0
1
4. 今後の課題
境界については一定の電位として反復計算を行っ
たが、反復計算の最後に 1 つ内側の点の電位を境界
電位に取る手法もあり、その場合も同様の結果が得
られるか確認する必要がある。
メッシュ数や解析領域の最適化、特に解析領域が
現状で十分広く、境界付近に電界勾配が見られない
かどうかを確認する必要がある。
球体モデルを対象に解析を行ったが、実際のナノ
粒子は球体のような等方性はない。従って、形状を
変化させた場合に電界分布がどう変化するかを今後
検討したい。
10
100
1000
10000
図 5. Z 軸上の電界強度の最大値と誘電率の関係.
5. 参考文献
[1] 藤田明希, 計算工学講演会論文集, 2013, 18.
[2] KeyPlotTR は株式会社科学技術研究所が商標
登録したソフトウェアです。
電界強度E [V / m]
20000
15000
10000
5000
0
-5.0E-7
-3.0E-7
-1.0E-7
1.0E-7
3.0E-7
5.0E-7
Z座標
εr=1
εr=2
εr=5
εr=10
εr=100
εr=1000
図 6. Z 軸上の電界強度(球中心)
4
100000
誘電率εr
εr=100000