10 年間の熊本高専の建築設計教育の成果と課題 その2取組評価及びカリキュラ

10 年間の熊本高専の建築設計教育の成果と課題 その2取組評価及びカリキュラムへの展開可能性 −社会を教室とした新しいエンジニア教育− 熊本高等専門学校 ○下田貞幸、磯田節子、森山学、勝野幸司
1.目的 その1で述べたように本取組では、学生たちが実
社会の複雑な課題に出会い問題解決力を養う場とし
て地域社会を位置づけ、
「社会を教室」としながら学
生が主体的な学びを育むことを目指した建築教育を
進めてきた。 この取組による学生の成長は、通常の評価で測れ
るものではない。また、建築系学科では社会的な事
柄との関係が強く、総合的な知識を必要とする。さ
らに共同作業やグループ作業等における力も必要で
ある。そこで、学生の成長や一連の能力を知るため
の指標として、ダニエル・ゴールマン文1)が提唱する
EQ(Emotional Intelligence Quotient)に着目した。
これは思いやり、自制、協力、調和等に関する能力
を知るためのものであり、これらの能力は社会活動
に貢献する様な姿勢や学ぶ意欲の背景となり重要と
考える。従って、取組による学生の内面的な成長や
エンジニアとしての基礎的な能力や姿勢が身につい
ているかを知り、本取組による効果を測るための指
標として EQ を取り入れることとした。本報では、4
年間に渡って収集した EQ に関するデータを分析し、
取組の効果について考察する。 さらに、この取組をより効果的なものとして、継
続的に進めていくためにはカリキュラムへの展開が
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不可欠である。そこで、先行事例として調査を実施
したデンマークの Aalborg 大学のカリキュラムを参
考としながら、熊本高専における「新しい建築社会
デザインエンジニア育成カリキュラム」として再
編・体系化するための方向性を示すこととする。 2.EQ の分析 EQ のデータを収集するために、建築社会デザイン
工学科学生を対象にアンケートを実施した。アンケ
ートの概要は以下の通りである。 ○ 対象:建築社会デザイン工学科1年から5年の
全学生(40 名程度/学年であり、年間 200 名程
度が対象となる) ○ 実施時期:2010 年~2013 年に年1回、合計4回 ○ 設問項目文2):スマートさ、自己洞察、主体的決
断、自己動機づけ、楽観性、自己コントロール、
愛他心、共感的理解、社会スキル、社会的器用
さの 10 項目の評価項目に対しそれぞれ 4 問の設
問を用意 ○ 評価点:5 段階の回答に対し 1〜5 点の値を与え
て集計、3 点を境に高点ほど EQ 値が高いと判断 集計結果について、10 項目に対応した 4 問の平均
を算出し、年度別、学年(クラス)別に集計した。
図1〜図4に年度別の 10 項目の集計値をレーダー
チャートとして示す。どの年度も概ね4年生、5年
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2010年11月
2011年5月
2012年5月
2013年5月
図1 調査年度別集計(2010.11) 図2 調査年度別集計(2011.05) 図3 調査年度別集計(2012.05) 図4 調査年度別集計(2013.05) 3.8$
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一昨年度卒業生の変化
図5 同一クラスの変化-1 3.8$
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昨年度卒業生の変化
図6 同一クラスの変化-2 3.8$
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現5年生の変化
図7 同一クラスの変化-3 3.8$
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現4年生の変化
図8 同一クラスの変化-4 【連絡先】〒866-8501 熊本県八代市平山新町2627 熊本高等専門学校 建築社会デザイン工学科 下田貞幸 TEL:0968-53-1342 FAX:0965-53-1349 e-mail:[email protected] 【キーワード】地域社会、建築教育、PBL、EQ、カリキュラム 生が他学年に比べ外側に広がり、2年生、3年生が
内側にある。これは入学後3年時を底として EQ 値が
下がり、その後は EQ 値が上がる傾向を示している。 図5〜図8に同じクラスの学年による EQ 値の変
化を示す。たとえば図7のクラスは 2010 年度に入学
し 2013 年度は 4 年生であり、同一クラスの4年間の
EQ の変化を見ることができる。その結果、3 年時に
EQ 値が下がり4年5年となるに高くなる傾向が見
られる。特に図6で顕著である。また 2013 年度の 4
年生と 3 年生は 3 年時の落ち込みが少ない傾向が読
み取れる。これは入学時から現在の手法による取組
を段階的に経験している結果と考えることもできる。 設問項目毎の傾向を見ると、全体的にスマートさ
や社会的器用さ楽観性の値が低く、愛他心、自己洞
察、共感的スキル等の値が高い傾向が伺える。 3.カリキュラムについて 3.1.Aalborg 大学と熊本高専建築社会デザイン
工学科のカリキュラムの概要 Aalborg 大学は世界で最も進んだ工学系の PBL を
実践している大学として知られる。当該大学の教育
方法は Project Based Learning に基づく Aalborg PBL モデルと呼ばれている。図9に Aalborg Model
のカリキュラムの模式図を示す。Aalborg ではプロ
ジェクトが単位の 50%を占めるプロジェクト中心の
カリキュラムで、講義科目(コースモジュール)は
基本的に3科目と極端に少ない。PBL はプロジェク
トやワークショップで実施される。講義は従来型の
講義である。図 10 に、あるセメスターでのスケジュ
ールを示す。基本的な考え方としてセメスターの前
半はプロジェクトに関連する講義中心、後半はプロ
ジェクト中心の構成となっている。 図 11 に本校のカリキュラムの模式図を示す。本校
は多くの専門科目から構成される伝統的なカリキュ
ラムであり、その中で幾つかの科目で PBL 的な取組
が実施されている。我が国の PBL と呼ばれる授業ス
タイルは大方この方式であり我が国独特のスタイル
である。PBL 科目と講義科目の連携はほとんどない。 3.2.本校の建築系カリキュラムの方向性 Aalborg 大学を参考に本校の建築系カリキュラム
の方向性を検討する。我が国の建築系学科では建築
士試験の受験資格への対応は避けられない。従って
Aalborg と同じ考え方のコースモジュールの設定は
難しい。しかし、プロジェクトと講義の関係は重要
なポイントであり、本校においても活かすべきであ
る。以上より、次のような方向性を提案する。 1) 専門科目を建築計画、構造力学等の建築士受験
資格認定の分野毎で統合した9科目とその他専
門科目で構成する。 2) 建築設計製図と実験をプロジェクト科目としセ
メスターの後半を中心に実施する。 3) 2)に示した2科目以外の専門7科目等を講義科
目としセメスターの前半を中心に実施する。 4) 設計テーマが前期、後期のプロジェクトテーマ
となり、他の専門科目の講義も基本的にそのテ
ーマに関連づけられる。 4年前期でのシミュレーション結果を図 12 に示す。 4.まとめ 「社会を教室とする」教育による効果を学生の内
面的な成長として捉え、それを測るための手法とし
て EQ の活用を試みた。その結果、学年毎の特徴や本
取組の経験による違いを明らかにすることができた。
また、本取組をより効果的なものとすることを目指
してカリキュラムの方向性について検討した。今後
はこれらの成果をより具体的なものにしていくため
の取組が重要となってくる。 参考文献 1)ダニエル・ゴールマン(著)、土屋京子(訳):
EQ こころの知能指数、講談社、1996 年 2)内山喜久雄(著):EQ その潜在力の伸ばし方、
講談社、1997 年 3)Aalborg 大学 Study Guide 図9 Aalborg Model のカリキュラム模式図 3
The modular execution of the Semester
The activities of the semester will be prosecuted by the following procedure:
September
36
37
38
October
39
L
L
Course module
1: Studies and
Experimentation
in Tectonic
Culture
S
40
E
41
E
42
November
43
44
45
46
December
47
48
49
50
51
January
52
1
Project module 1:
Tectonic Design &
Nordic Architecture
W
W
2
3
A
A
2
3
4
5
A
Course module 2:
Engineering
Architecture and
Tectonic Design
S
36
37
38
39
40
41
42
43
44
45
46
47
48
49
50
51
52
1
4
5
A: Assessment
E: Excursion: : Architecture Excursion to Norway
L : Lectures giving an introduction to main project and excursion
M: Midterm review
S: Submission
W: Workshop – one and two days works in project module
図 10 Aalborg 大学のスケジュール例 講義
演習
科 構造力学
目
建築設備
建築計画
15 コマ
1 単位
=30 時間
15 コマ
1 単位
=30 時間
15 コマ
1 単位
=30 時間
単
位
複合工学セミ
ナー
etc
15 コマ
1 単位
=30 時間
実験
建築設計演習
45 コマ
3 単位
=90 時間
工学実験
30 コマ
2 単位
=60 時間
1 年間
PBL 型 ( グループワーク )
図 11 熊本高専のカリキュラム模式図 図 12 4年前期での科目配置シミュレーション(横軸は週)