上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013) 14. アデノウイルスベクターを利用した特異体質性肝障害機序の解明 川瀬 篤史 Key words:肝毒性,トランスポーター, グルクロン酸抱合体,シトクロム P450,活性代謝物 近畿大学 薬学部 医療薬学科 生物薬剤学研究室 緒 言 ジクロフェナクをはじめとする非ステロイド系抗炎症薬 (NSAIDs) はシトクロム P450 (CYP) による酸化および UDP-グルクロン酸転移酵素 (UGT) によるグルクロン酸抱合を受け,親電子性反応性代謝物 (ERM) を産生する.ERM は求電子性で血清アルブミンや細胞内タンパク質などの生体高分子と共有結合体を形成し,免疫学的毒性やアナフィラ キシー反応などの特異体質性肝障害に関与すると考えられるが,肝障害に ERM 肝内動態のいずれの過程が大きく関与 しているかは不明である 1).NSAIDs の一種である zomepirac や tolmetin は市販後重篤な肝障害を引き起こし,販売 中止となったが,これらのアシルグルクロン酸抱合体は反応性が高い. 肝臓は生体異物を積極的に取り込み,異物をさまざまな代謝反応により排泄されやすくすると同時に,生成した代謝 産物をトランスポーターによるベクトル輸送により胆汁中へ排泄しているが,NSAIDs による肝障害発生に肝臓での解 毒の過程で生成する ERM の ABC トランスポーターによる細胞外輸送機能低下が関与している可能性が考えられる. 本研究では,NSAIDs による特異体質性肝障害の発症機序に薬物代謝酵素やトランスポーターの機能低下が関与する かを明らかにするために,ERM の生成に関わる CYP および UGT,ならびに肝細胞からの排出に関わるトランスポー ター multidrug resistance-associated protein 2 (MRP2) および MRP3,さらにグルタチオン抱合に関わるグルタチオン 転移酵素 (GSTs) について検討を行った. 方 法 効果的に MRP2 および MRP3 発現を抑制する siRNA 配列について検討した.ラット初代培養肝細胞をコラゲナー ゼ還流法により調製し,siRNA を添加し,ノックダウン効果を mRNA およびタンパク発現量で検討した.プレートに 播種した肝細胞に siRNA を添加し,24 時間後にジクロフェナクを添加し,経時的に細胞内または細胞外のジクロフェ ナクおよびジクロフェナクのグルクロン酸抱合体濃度を高速液体クロマトグラフィー法により定量した.さらに,共有 結合体生成量についても測定するとともに細胞傷害作用を培地中に漏出した LDH 量の測定により行った.代謝酵素 についての検討では,CYP2C9 阻害剤として,スルファフェナゾールを UGT2B7 阻害剤としてボルネオールを用い同 様の検討を行った. 結果および考察 siRNA による MRP2 および MRP3 発現のノックダウン作用を評価したところ,mRNA およびタンパク発現に対し て 60%以上のノックダウン効果が認められ(図1),特異体質性肝障害の検討に用いることとした. 1 図 1. rMRP2 siRNA によるラット初代培養肝細胞での MRP2 mRNA 発現に対するノックダウン効果. NC (negative control) または MRP2 に対する siRNA をコラゲナーゼ還流法により調製したラット初代培養肝 細胞に添加し,24 時間後に細胞の MRP2 mRNA 発現量をリアルタイム PCR 法により測定.*: p < 0.05. MRP2 または MRP3 ノックダウン細胞に対してジクロフェナクを添加し,経時的に細胞内外のジクロフェナク (DF) およびジクロフェナクグルクロン酸抱合体 (DF-Glu) 濃度を測定したところ,これらのトランスポーター活性を抑制し てもグルクロン酸抱合体の細胞内蓄積量に大きな影響を与えないことが明らかとなった(図2). 2 図 2. MRP2 ノックダウン時の細胞内外における DF および DF-Glu 量. siRNA により MRP2 発現を低下させたラット初代培養肝細胞に DF を添加し 3 時間後に細胞と培養液を回収 し,HPLC 法により DF および DF-Glu 量を定量. またこのときの細胞毒性もコントロールとほとんど変化しないことが示された.これより,細胞内からのグルクロン 酸抱合体の排出過程は特異体質性肝障害発症において律速過程ではないことが示唆された.次に,第1相代謝酵素であ る CYP および第2相代謝酵素である UGT を阻害したところ,それらの阻害により細胞内および細胞外のジクロフェ ナクグルクロン酸抱合体量は有意に低下したものの,細胞毒性や共有結合体生成量は大きな変動を示さなかった.今回 検討したいずれのターゲット分子を阻害しても,特異体質性肝障害を引き起こすと考えられている共有結合体生成に大 きな影響を与えなかったことより,今回検討した因子以外が特異体質性肝障害の原因分子となる可能性が示された. 文 献 1) Pumford, N. R. & Halmes, N. C. : Protein targets of xenobiotic reactive intermediates. Annu. Rev. Pharmacol. Toxicol., 37 : 91-117, 1997. 3
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