Domain and C. A. ドメインとコンテンポラリーアート 領土、現在地、夢 - Anna Kato 炭鉱のカナリア - Jun Ernest Okumura ポストインターネットの土地神話 - 緑川雄太郎 Domain and C. A. - 領土、現在地、夢 - Anna Kato 沖縄諸島の上空を通過中とのアナウンスで目が覚める。寝ぼけ眼で窓から外を見ると、そこには一面の雲海。しか し、機内のテレビモニターはしっかりと地図上の現在位置を映し出す。私は雲の下に広がっているはずの美しい海を 想像しながら考えた。どうして、空を移動しながら同時に海と戯れることが人間にはできないのか・・・・と。空間と時間 の関係性の中で、時間が直線的に流れる、つまり過去から未来へと進んでいくものであれば、空間的な位置は非常 に重要になる。どこからきて、とこにいて、どこへ行くのか。空間の中の点と点が結ばれていく。 ネットワークに接続しているコンピュータには、他と区別できるようコードが割り当てられている。これが、ドメイン名 と呼ばれるもので、インターネット上の「位置情報」、すなわち「住所」を示す。ドメイン名は、トップレベル、セカンドレ ベル、サードレベルといった順での階層構造を持つが、たとえば「 .jp」といった日本を表すトップレベルドメインを見れ ば、英語の原義が「領域、領土」であることはすぐに理解できる。 ネットサーフをすれば、アクセスできる情報は数限りなく、私たちは何でも知っているような気持ちになるが、時間の 流れにそって点と点を結ぶ作業を繰り返しているにすぎない。現実の空間であれば境界や輪郭が見え、そこに閉塞 感を感じる私たちであるが、インターネットの世界は遮るものがないような気がする。しかし、それは仮想的であるだ けで空間は空間なのである。 現代アートにおいて、ミニマリズム以降タイトルを与えない作品が急増する。作品名は「untitled」。名がないというこ とはどういうことか。もし、「untitled」の作品について話そうとするとuntitled が無数にあるため、どの作品について話 しているかがわからなくなる。また、完成途上の作品もuntitled の状態であるので、「untitled」と言って想定される射 程はぐんと広くなる。自分の作品を他の作品と識別させない、つまり「位置情報」を与えないことで、閉塞空間から脱 しようとするひとつの試みのようにも私には思える。とはいえ、結局は、私たちは「○○によってXX 年に作られた、鉄 でできた四角い箱が壁にたくさんつけてある『untitled』」などと言って、新たに「位置情報」を与え、特定化し、それを 元の世界に引き戻す。 しかし、輪郭がわからない空間と出会えることもある。ロンドン Matt's Gallery の扉を開け、ネルソンのインスタレー ション空間を見たときの衝撃は、上手く言葉にすることができない。空間ではない空間と直線的ではない時間の流れ。 私が今まで得た知識や経験とは結び付けられない何かが確かにそこに立ち現れていた。 人間が同時に二つの場所に存在できないのは当り前のことであろうか。同時存在が許されるのは夢の中だけだと 言われるかもしれないが、中世の日本人は夢と現実とを区別していなかった。夢もまた現実なのである。 いつの時代にも、限界を越えようとする者がいる。輪郭のない、領域とは呼べない世界を求め続ける者もいるだろ う。Contemporary Art は、ひっそりとそれに応答する。 求めよ、さらば与えられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かん。 ―新約聖書マタイの福音書7 Domain and C. A. - 炭鉱のカナリア - Jun Ernesto Okumura 90年代頃から「ネット・アート」と呼ばれるインターネットならではの表現を追求する活動が盛り上がりを見せている が、その中でもユニークな作品を残しているのはラファエル・ローゼンタールだろう。彼は作成したWebサイトそのもの を 作 品 と し て イ ン タ ー ネ ッ ト 上 に 展 示 し 、 ま さ に URL そ れ 自 体 を 販 売 し て い る の だ 。 彼 の HP(http://www.newrafael.com/websites/)を訪れると、カーソルに合わせて背景に流れる雨のアニメーションが変化 する「looking at something.com」、トイレットペーパーを引っ張ることが出来る「paper toilet.com」など、シンプルかつイ ンタラクティブな作品が並んでいる。 ここでまず興味深いのは、ローゼンダールが取得するドメイン名に対して作品としての値段がついて売買されてい る点だ。マーティン・クリードの作品群のように、一見価値のなさそうなものにコンセプトが加わることで経済的価値が 発生することがあるが(そしてこうした傾向はしばしば現代アートの批判対象にもなる)、インターネットにおいてはそ れが「ドメインの販売」という形で表出しているのかもしれない。彼が一連の作品を作り始めたのは2001年であるが、 この時期はアメリカの市場を中心にインターネットベンチャーが異常な投資の高潮を引き起こした「.com bubble(ドット コムバブル)」が弾けた年でもある。インターネットと現実の経済圏が結びつき始めた時期に、ローゼンダールのよう なアーティストも敏感に空気を読み取っていたのだろう。実際、形のないものに経済価値を認めることの諸問題は、 数年後に「リアルマネートレーディング(Real Money Trading、以下RMT)」として議論が立ち上がることになった。主に ソーシャルゲームなどの世界では、レアアイテムをプレイヤー同士で取引出来るシステムが存在するが、この「交換」 が擬似的な経済圏を作り上げているのだ。ここでいうアイテムというのはその実ただのデータ(gif画像など)でしかな いにも関わらず、出現確率の低いアイテムは現実の貨幣と交換が行なわれ、為替も変動するらしい。 続いて言及したいのは、彼の作品のもつ固有性である。インターネット上においては、データの複製にかかる限界 費用がほとんどないに等しいため、私たちはそれがどのような著作物であれ、データということに関しては際限なく複 製することが可能になっている。ここで彼の販売している「ドメイン」について改めて考えてみよう。ドメインとはいわば インターネット上の住所のようなものであるが、この住所名はDNS(Domain Name System、ドメインネームシステム) というシステムによってIPアドレスと対応付けられ、勝手に他人が複製することは出来ない。実際、IPアドレスなどの インターネット資源はICANNと呼ばれる非営利の国際組織によって一元管理されており、そこに複製を企む他者の 介入する余地はない。ローゼンダールの作り出す作品は、インターネットという複製可能性の渦巻く海において、作 品の同一性を担保しているのだ。そのような意味で、作品(ドメイン名)の末尾を「.com」や「.org」に変えることでエディ ションを作成している点も非常にユニークだ。写真術の誕生以来、複製芸術に対して多くの言及がなされてきたが、 インターネットという新しい世界においては複製を巡る諸問題が奇妙な形で解決しているようにも思われる。 最後に、ネット上で作品を展示するという行為は、「作品は誰に対しても開かれているべきだ」という彼の哲学の現 れでもある。「形ある美術品はコレクターに買われたが最後、仕舞い込まれて、10年に一度しか展示されない。そん なアート作品には興味がないんだ。1」という彼の言葉から伺えるように、今後はアート作品の所有を巡ってより入り 込んだ議論が必要になってくるだろう。 ドメインというただの文字列が新しい経済圏を生み出すこと、複製可能な場所においてなお作品の同一性を担保し 贋作が生まれないこと、そして作品がネット空間で誰にでも開かれたものになっていること。アーティストはしばしば 「炭坑のカナリア」に例えられ、時代の変化をいち早く嗅ぎ付けて形にする存在とされているが、ローゼンタールはま さにネット社会が現実世界と衝突しながら混ざっていく様子を敏感に感じ取っている。今後、どのような表現がイン ターネット上で生まれていくのか、大きな好奇心を持って観察して行きたいと思う。 1 I♥INTERNET!アナーキーなアーティスト、ラファエル・ローゼンダール - http://white-screen.jp/?p=3223 Domain and C. A. - ポストインターネットの土地神話 - 緑川雄太郎 突然ですが、thedisagreeinginternet.com をご存知ですか?たまたまみつけたこのサイトは当時、衝撃的でした。もしご存知 ない方は一度このアドレスに訪れてみてください。いかがでしょう。多かれ少なかれ、視界が揺らいだことと思います。最近 また訪れてページのソースをみてみると、 Constant Dullaart 2008 とありました。試しに検索してみると、これはアムステル ダ ム 出 身 の ア ー テ ィ ス ト ( ? ) 、 Constant Dullaart ( 本 名 と の こ と ) の 作 品 ( ? ) で あ る こ と が わ か り ま し た ( 他 に も therevolvinginternet.com がありました。いかがでしょう。多かれ少なかれ目が回ったことと思います)。 さて、「ドメイン」と聞いてまず思い浮かぶのは、前述したようなインターネットで使われるドメイン、つまりワールド・ワイド・ ウェブ上にあるウェブサイトのアドレス(URL)でしょうか。そもそもドメインという単語自体の意味は、領土や領域、土地を現 しています。いまとなってはあたりまえすぎるこの「ドメイン」ですが、改めて考え直してみると、現代的なキーワードであるこ とがわかってきました。本論では、「URL と土地」という観点からドメインを捉え、そのときにみえてくる C. A.について論じて いきます(2番目のURLの音楽をBGMにしながら読み進めてもいいかもしれません。歌詞もとってもよいです。) 他の世紀に比べて20世紀は、実に変化に富んだ100年でした。その中でもとりわけインターネットの出現は、その多大 なる変化の筆頭として挙げられるでしょう。というのも、ワールド・ワイド・ウェブという技術は、地上の土地とは別の土地へ の上陸を人類にもたらしたからです。かつては地上の土地を巡ってさまざまな物語がつくられてきましたが、インターネット の導入以降、地上にない土地での物語が、今日も幾千幾億と織り成されています。URLは、かつての住所のような意味を 持っているので、そのままアドレスと呼ばれるようになりました。そしてこのURL、アドレスは、かつての住所よりも重要視さ れていると考えられます。たとえばハンバーガーショップ、マクドナルド以外のマクドナルドさんがmcdonalds.com を取得し て99セントショップを開いたり、ジョージア州で輸入雑貨を扱う小売店をしていたら、ハンバーガーのマクドナルド社だけでな く、マクドナルドを利用する世界中の人たちが困るでしょう。あるいはレディー・ガガ以外の誰かが ladygaga.com を取得して、 その人の私生活を綴ったブログができあがっていたとしたら、レディー・ガガと混同して、レディー・ガガ本人だけでなく、多く の人がとても奇妙な感覚になります。 URLは単なるアドレスではなく、領土なのです。地上にないその土地を領土として獲 得することが、インターネット時代には重要なのです。13世紀の日本では、「一所懸命」ということば (ひとつの領土を命を 駆けて守ること)がありましたが、21世紀に入ると特に、守るべき領土、一所懸命は、ドメインに対して使われてるといって もよいでしょう。 かつての土地は、実際にそこにいかなければそこにくことができませんでした。しかしドメインは、かつての意味での「そ こ」がないのです。インターネットさえ繋がっていれば、タジキスタンにいても上海にいても大気圏の外にいても、そのアドレ スに行くことができます。それこそが土地ではない、ドメインです。ドメインはインターネットを介して、私たちにある場所のこ とをみせてくれます。つまり、土地は偏在することができず、ドメインは偏在することができるということです。地上の土地に あるどこを移動したとしても移動しない何かが、このドメインにはあります。 その特性を生かして多くの領野でさまざまなドメインが展開していますが、ここでは C.A.に限って、特筆すべきドメインを紹 介します。まずはCASにも多大な影響をあたえたドメイン、 contemporaryartdaily.com。このドメインはA Daily Journal of International Exhibitions とあるように、世界中の展覧会を、独自の選択力で伝えてくれるドメインです。これをみるだけでも、 ある世界がみえてきます。次にvernissage.tv。the window to the art worldとあるように、展覧会のオープニング映像をメイ ンに紹介することで、その画面自体がアートワールドの窓になっています。あるいは deletedimages.com は、撮影した写真 のデータの中から消去されるイメージだけを掲載する場所を守るドメインです。 internetisnot.tv は、トップレベルドメインを 生かし、インターネットはテレビではないと主張するドメインです。何を主張し、どんな土地を守ろうとしているのかよくわから ないものもありますが、やや掘り下げるとhybridmoment.com、goooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo ooooogle.com、atoasttostillness.com、12glowingmen.com、などがあります。かつての土地とは異なり、ドメインには限りは ないようです。 2010年12月、『今日のアート』というイベントが東京で開催されました。Discussions in Contemporary Culture をテーマにし たCAMP という組織が主催したそのイベントには、立ち見ができるほど人が集まっていました。そこで私は、『 SUPER ADDRESS』と題して、上のようなサイトを紹介しました。率直に言って特に反応はなく、来場者にとってはあまり心躍るよう なものには写らなかったようでした。地上の土地を離れた C.A.のドメインが与えるインパクトはどうやらなかなか伝わりにく いようです。しかしそれを引き続き物語らないわけにはいきません。ポストインターネットの C. A.における土地神話はまだま だはじまったばかりです。最後にその引き続きをお伝えして終わりにします。s-u-p-e-r-c-a-r.tumblr.com です。地上の土 地を離れたら、S-U-P-E-R-C-A-Rで回りましょう。 ”Round. Like a circle in a spiral. Like a wheel within a wheel. Never ending or beginning. On an ever spinning reel”
© Copyright 2024 ExpyDoc