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カ ビー ノ
レの 『語 録 全 集 』 と聖 典 『ビー ジ ャク 』
橋
本
泰
元
一 般 に イ ン ド中 世 史 上 ヒ ン ド ゥ ー ・イ ス ラ ー ム 両 宗 教 の 改 革 ・統 一 論 者 と し て
知 ら れ て い る カ ビ ー ル(15世
紀 前 半)は 無 属 性 な る 至 高 の存 在 者 に 対 す るバ ク テ ィ
を 基 調 と す る 中 期 ヒ ン デ ィー 文 学 の 祖 で あ る。 彼 の 言 説 は カ ビ 」 ン
レ教 団 諸 派(バ
ナ ー ラス のKablr
Caura寺
が 中心)の
る もの」=「聖 語 」 程 の意 味1)。 以 下Biと
ヴ(Arjun
Dev)の
聖 典 『ビ ー ジ ャ ク 』(Bijak, 「
秘 蔵 の宝 を 教 示 す
略 す。), 1604年
第5代
祖 ア ル ジ ュ ン ・デ ー
命 に 依 り編 纂 され た ス イ ッ ク 教 聖 典 ・
『ア ー デ ィ ・グ ラ ン ト』
(Adi-granth),
及 び 近 年 諸 写 本 の 本 文 批 評 に依 っ て 編 纂 さ れ た 『語 録 全 集 』(kabir-
granthavali)の
中 に 収 録 さ れ て い る。 本 稿 の 課 題 は 『全 集 』 中 最 も 科 学 的 な 方 法
に よ っ て 校 訂 さ れ た と言 わ れ るParasnath
Tiwari(PT)版2)の
概 容 を述 ベ テ キ ス
ト と し て の 性 格 と 問 題 点 を 指 摘 し, 更 に カ ビ ー ル 派 で 最 も権 威 が あ り カ ビ ー ル の
言 説 が 忠 実 に 収 録 さ れ て い る と見 な さ れ て い るBiの
テ キ ス トと して の 性 格 を 提
示 し, 最 後 に カ ビ ー ル の 言 説 の 原 型 と の 距 離 に 注 目 して 『全 集 』 とBiの
主 に形
式 の 視 点 か ら検 討 を 加 え る こ と で あ る。
PTの
編 者 は カ ビ ー ル の 言 説 の 原 典 の 再 構 成 を 目標 と し10本
本 を 相 対 的 に 独 立 し た11の
も の の2っ
の 写 本 と9本
の刊
テ キ ス ト群 に 分 類 し, あ る 詩 句 が 少 々 の 変 容 は あ る
以 上 の 独 立 し た テ キ ス ト群 に 見 出 さ れ た 場 合 に 信 愚 性 の あ る も の と し
て 抽 出 す る方 法 を 採 用 して い る。 写 本 中5本
はDadu派(始
Kabir,
祖Dadudayal,
ラー ジ ャ ス タ ー ン地 方)所
伝 の. Pancvani(Dadu,
〔16世紀 〕, Haridas〔16世
紀 〕 の5人 の 宗 教 詩 人 サ ン トの語 録)3)形 式 に よ る も の で 書 写
年 代 は17, 8世 紀 に 属 す る。 編 者 に 依 れ ばSD版4)の
で あ る5)。Biに
討 し次 の3刊
っ い て は 編 者 は 書 写 年 代 が ほ ぼ18世
Namdev〔13世
16世 紀,
底本 も この 系統 に属 す る もめ
紀 後 半 に 属 す る8写
本 に 酷 似 して い る と 分 類 し て い る。(1)Vicardas
Barabanki版, (2)Hanumandas
Sastri版, (3)Mahanth
Methi
編 者 は 後 代 に カ ビ ー ル 派 の 編 纂 に よ り刊 行 さ れ たsabdavali,
い る が,
本 を 検
Sastri版
な い し
Gosai版6)。
を5っ
次 に
に 分 類 して
こ れ ら は 写 本 へ の 言 及 が 一 切 無 い。 写 本 中重 要 な も の と編 者 が 評 価'して
い るsarbangiと
66人
紀 〕, Ravidas
は カ ビ ー ル 派 の 強 い:影響 を 受 け たDaduの
の ス ィ ッ ダ(Siddha
高 弟Rajjabdasが
「成 就 者 」)と サ ン トの 語 録 を 編 纂 し た も の で 書 写 年 代 は
-499-
カ ビー ル のr語 録 全集 』 と聖典 『ビー ジ ャ ク』(橋
18世 紀 中 頃 と推 定 さ れ て い る。 他 の 分 類 は ス ィ ッ ク教 典,
と 推 定 さ れ る2写
本,
sarbangiと
同 形 式 の1写
本) (61)
badu派
伝 本 め増 広 本
本 で あ る。 こ こ ぞ 問 題 と な る 点
は こ の テ キ ス ト群 の 分 類 が 果 た し て 比 較 し得 る も の か 否 か が 第 一 点(第
二 に はBi
に 関 して 写 本 と刊 本 と の 相 似 を 指 摘 す る に と ど め 校 訂 時 に は 刊 本 の み に 基 づ い て
い る こ と, 更 に第 三 点 と し て 写 本 へ の 言 及 の な い, 後 代 の カ ビ ー ル 派 の 手 に な る
sabdavaliを
独 立 し た テ キ ス ト群 と し て 取 り扱 う の は 無 理 で は な い か,
と で あ る。pT版
で 検 討 さ れ た724
Sakhi中583も
のsakhiはDadu派=ラ
ジ ャ ス タ ー ン系 統 の み に 属 す る と い う事 実 か らPTな
ジ ャ ス タ 」 ン系 統,
Biは
ー
い し 『全 集 』 は 明 ら か に ラ
す な わ ち 「西 方 群 」 テ キ ス トと 言 う こ と が で き る7)。
早 い 時 期 か ら 外 国 人 研 究 者 に よ っ て 注 目 され て い た に も か か わ らず 本 文
批 評 の 研 究 はSukdev
Kablr
とい うこ
Caura寺
Silhhを
俊 っ た8)。 彼 はPT版
に 使 用 さ れ たBi諸
写 本,
所 蔵 写 本 と そ れ ら 写 本 に 基 づ い て 出 版 さ れ た も の も 含 む 約40本
の 刊 奉 を 編 纂 方 法 の 特 性,
1)Danapur(=Kabir
詩 句 の 数 ・配 列 を 基 準 に4群
Cahra)群:
PTの(1)に
に大 別 し考 察 を 加 え た。
相 応 し 「普 及 版 」 で あ り, ramainiの
句 の 配 列 は各 本 と も全 く同 じ で 他 の 作 品 の 詩 句 の 構 成 も ほ と ん ど 同 一 で あ る。2)
Fatuha群:
PTの(2)に
対 応 す る も の でramainiの
第1,
2句 が1)の
場 合 と違 い
置 換 さ れ て い る。 こ の 点 に 関 して 宗 派 分 裂 を 物 語 る 伝 説 が カ ビ ー ル 派 に伝 わ っ て
い る。3)Bhagatahi
A群:
PTの(8)に
い う配 列 はNabhaji(1600頃)の
合 す る。4)Bhagatahi
対 応 す る も の でramaini, sabd, sakhiと
『聖 者 伝 』(Bhakt-mal,
B群:
上 記3群
60)の
記 述 に符
と 配 列 が 全 く異 な る。 以 上 の 考 察 に よ り
編 者 は3)が 古 形 を 示 し て い る, 1)と3)が
て い る, 従 っ て1)と3)両
chappay
独 立 した テ キ ス ト群 と し て 重 要 性 を 持 っ
群 に共 通 した 詩 句 がBIの
原 型 に 近 似 す る と結 論 し て い
る。
こ こ でBiと
sakhiの
『全 集 』 と の 大 ま か な 比 較 を 形 式 の 上 か ら試 み る こ と と す る。(1)
語 源 はSkt.
saksiと
る事 柄 ・事 象 に 関 し て,
考 え ら れ る がBiの
詩 句 か ら汲 み 取 れ る意 味 は 「あ
そ の議 論 に決 議 を下 す 際
人 」>「聖 語 」 と 考 え ら れ る9)。PT
作 の 伝 統 は カ ビ ー ル 以 前,
sakhi
判 断 基 準 と認 め ら れ る 人=聖
5, BijakのSakhi
恐 ら くGorakhnath
代 か ら始 ま っ た と推 測 さ れ て い る10)。sakhiの
(<Skt.
Goraksanatha
は こ の よ う な 区 分 は な い。Sarbangi頃
に な っ た と推 測 さ れ て い る11)。(2)padは
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らsakhi
4)著
10世 紀 頃)時
ほ と ん ど はdoha(13拍+11拍
行 よ り成 る)で 著 さ れ て い る。 『全 集 』 で はsakhiはang(a)に
Biに
99か
の2
区 分 され て い るが
よ り こ の 区 分 が 広 く用 い ら 郡 る よ う
『全 集 』 で の 呼 称 でrag(a)(音
楽 の旋
(62)
カ ビー ル の 『語 録 全集 』 と聖 典 『ビー ジ ャク』 (橋
律)に
よ っ て 分 類 さ れ て い る。Biで
rag(a)に
sabd(<Skt.
よ る 分 類 は な い。 『全 集 』 に は ま たtek(=refrain)の
後 世 のBhajan(詠
歌)集
測 さ れ る。(3)ramgniは
Biで
の 呼 称 はsabd,
本)
よ り成 り各2行
ず つ をarddhaliと
来 説 が あ る12)。
一 定 して い る が 『全 集 』 のSD版
で は 中 間 に 配 置 さ れ21句
く・
異 な っ て い る。 ま たramainiは2句
で は 最 大82か
詠 唱 用 で あ っ た と推
物 語 的 性 格 を 有 す る た めRamayana由
PT版
で は最
とな って い て両 者 で は 大 き
のsakhiの
間 にcaupai(各
い う。)のarddhali
ら 成 り立 っ て い る。ramainiは
あ℃
記 号 が あ る こ と,
に 収 録 さ れ て い る こ と か らpadは
は 常 に 最 初 に 配 置 さ れ 句 数 も84と
後 に配 置 さ れ67句,
sabda)で
数 がBiで
行16拍,
は2∼13,
4行
『全 集 』
現 象 世 界 と個 我 の 関係 を 述 べ る 哲
学 的 詩 句 で あ る。
Biに
は 上 記3種
類 の 作 品 の 他 に 東 部 ヒ ン デ ィ ー語 地 域 の 民 謡 形 式 に よ る6っ
の 作 品(basant, cacar, hindla, kahra, beli,birahmli)と 他2っ
が あ りBiを
以 上 の 概 観 に よ りBiが
そ れ故
の 作 品(cautisa, vipramtisi)
特 徴 づ け て い る。
『全 集 』 と は独 立 し た テ キ ス ト群 で あ る こ と は 明 瞭 で,
「東 方 群 」 テ キ ス ト と し て 分 類 す る こ と が で き る13)。
カ ビ ー ル の 活 動 の 中 心 地 は バ ナ ー ラ ス で あ っ た こ と(伝 記 的 事 実), Biは 聖 典 と し
て 代 々 忠 実 に 書 写 さ れ 伝 持 さ れ て き た こ と(文 献 的 事 実),
カ ビー ル派 の 後 世 の拡
大 と と も に 語 録 が ラ ー ジ ャ ス タ ー ン地 方 に 伝 播 し た こ と(歴 史 的 事 実)か
らBiの
方 が よ り原 型 に 近 い と考 え る こ と が で き よ う。 詳 細 な 検 証 は 今 後 の 課 題 で あ る。
1) Abhilakhdas ed. & comment., Bijak (Parakh-prabodhi-tika), 2nd, Varanasi, 1966.
ramaini 37-sakhi.
2) Parasnath Tiwari ed., Kabir-granthavali,
Hindi Parisad,
Prayag,
1961.
3)
年 代 は
Parasram
Caturvedi, Uttari-bharat
3rd ed., Allahabad, 1972. p. 108, p. 243, p. 344.
granthavali,
lahabad,
Prasad
Nagari Pracarini
1928).
ed.
Kabir
(1950).
Caura寺
この 両版 が
Sabha, 1928.
所 伝 の5写
5)
4)
ki
sant-parmupara,
Syamsundardas
PT, Intro., p. 61.
本 に 基 く。Hamsdas
「普 及 版 」。他 にPurandas
Sastri
ed. &
ed., Kabir6) (1)
&
comment.,
(Al-
Mahavir
Bijak
Sri
Kabir sahab, (Tri jya-tika), Lakhnau, 1872. Abhilakhdas, op. cit., etc. (2) (Sisubodhini-tika), Fatuha, Patna, 1926. Samskrt Bijak (3 vols.), Swasamved Kalyalay, Baraqqa,
1950.,
etc. (3).
寺 のMahant.
7)
Mul.
Bijak,
Charlotte
Barauqa,
1937.
Vaudeville,
Bihar,
Kabir,
Chapra
vol.
1,
dist.,
Oxford,
Bhagatahiに
1974.
在 る
pp.
75-8,
pp. 311-3.
8) Sukdev Simh ed., Kabir Bijak, Allahabad, 1972.
9) Caturvedi,
Kabir sahitya ki parakh, 3rd ed., Prayag, 1972. p. 184.
10) Caturvedi, op. cit.,
p. 185.
11)
ibid., p. 187.
12)
ibid., p. 191.
13)
Vaudeville, op. cit., p. 75.
(拓殖 大 学 講 師)
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