JDC ニュースレター 2015 年 2 月発行 酪農家取材レポート(2015 年・冬) Vol.3 http://www.dairy.co.jp/ 平成 26 年度生乳需要基盤強化対策事業 独立行政法人農畜産業振興機構 後援 〒101-0044 東京都千代田区鍛冶町2-6-1堀内ビルディング4階 TEL:03-6688-9841 FAX:03-6681-5295 値 上 げの 春、酪農にも波及:乳 価 値 上 げも、模 索 続く日本 酪農 今年に入って、多くの食品の販売価格が値上がりしています。背景にあるのは、円安と原料価格などの高騰。 トウモロコシ や乾牧草などの輸入飼料を使用する酪農家においても、影響は深刻です。酪農家が生産する生乳の取引価格(=乳価)につ いても、4月から値上げせざるをえない状況です。また、厳しい経営環境が続くことで酪農家の減少が続いており、畜産業の 中でも新規参入が難しいとされる酪農においては、担い手の確保が課題になっています。 このような中にあっても、日本の基礎的な食料である牛乳乳製品の安定供給のため、課題を乗り越えようと努力を重ねて いる酪農家も多くいます。今回は、乳価値上げの背景を説明するとともに、日本の酪農を次世代の担い手に引き継ぐための、 新潟県新潟市の牧場の取り組みについてご紹介します。 201 5 年 4 月、 乳 価の 改 定を実 施 主要な食品価格が 相次ぎ値上げ 食 品 産 業 全 体にとって、値 上げがやむを得 生乳の生産基盤を守るため、 乳価の改定を実施 ない状況となっています。 そこで、前述の背景を踏まえ、酪農家の 格の上昇などもあり、酪農業界だけでなく、 生産する生乳を販売する指定生乳生産者 食 用 油に即 席 麺 、そして冷 凍 食 品にアル 穀物価格上昇×円安の影響を 受け、コスト高に陥る酪農経営 コー ル。家庭料理に欠かせない食材から嗜 穀物価格の高騰は、乳牛を育てるのに欠か ヨーグ ルトなどに使 用 される生 乳 の 価 格 好 品まで、さまざまな食 品 の 価 格が相 次 い せない飼料の価格にも直接反映されます。 について1kgあたり3円の値上げ、その他 で値上げされています。 日本の酪農では、飼料の多くを輸入に頼っ の 乳 製 品に使 用される生 乳でも値 上げが その中でも目立つのが、パスタや即席麺 ていますが、その価格は近年上昇を続けて 決まりました 。これに伴 い 、大 手 乳 業メー といった 、穀 物 を 原 料とした 食 品 で 、主 要 います。 カー 3 社は、乳 価 の 値 上げに加え、包 装 資 メーカー各社が値上げを表明しています。 これにより、牛乳や乳製品の原料となる 材 価 格や 物 流 費 の 上 昇 など自社 のコスト 生乳の生産にかかる「流通飼料費」は過去 増を踏まえ、既に、4月から(一部商品は3 表1〈2015年に値上げする主な食品〉 4年連続で増 加 。もとより酪 農をめぐる経 月から)牛 乳・乳 製 品 の 出 荷 価 格を改 定す ●食用油 営環境は厳しいうえに、日々乳牛に与える ことを発 表 。牛 乳 では 、2 ~ 5 % 程 度 の 値 飼料費のコスト高は、酪農家にとって大き 上げとなります。 な打撃となっています。 これまで、生産現場から消費までの様々 これに対し、生産性の向上、経営基盤強 な関 係 者 の 努 力により、安 全 安 心な牛 乳・ 化などの努力も積極的に行われていますが、 乳 製 品 を 安 定 的 に 供 給して きました が 、 食品の価格上昇の背景には、世界的な穀 個々の生産者レベルで大きな経済の波を受 酪 農 の 生 産 基 盤 の 弱 体 化をはじめとする 物 価 格 の 高 騰が あります。バイオエタノー けとめ、負担を続けるには限界があります。 様々な要因により、その安定供給が脅かさ ●パスタ/カップ麺/即席麺 ●魚介缶詰/魚肉練り製品 ●輸入ワイン/ウイスキー/紅茶 ●冷凍食品 ●カレールー 団体と乳業メーカーが交渉した結果、大手 乳 業 者などは、2 0 1 5 年 4月から、牛 乳や ル 向 け のトウモロコシ需 要 の 高まりや 、新 れています。 興 国 で の 穀 物 需 要 の 増 加 などから 、穀 物 今 後 も日 本 の 基 礎 的 な 食 料 で ある牛 価 格 の 水 準が9 0 年 代に比 べると大きく上 乳・乳 製 品 の 安 定 供 給を続けるためには、 がっており、穀物を原材料とする食品のコス 日本 の 酪 農や 牛 乳 、国 産 の 乳 製 品 の 重 要 ト高を招いています。 性 へ のご理 解 、酪 農 家 が 安 定 的に生 乳 供 それに加え、昨秋以降急激に進んだ円安が、 給できる適正な乳価へのご理解とともに、 原材料のコスト増を後押しし、製品価格に転嫁 実 質 的 なコストに見 合った 適 正 な 価 格 で せざるを得ない状況になっているのです。 牛乳・乳製品を販売・購入していただくこと また、光 熱 動 力 費や 流 通 費 、包 装 資 材 価 が必要不可欠なのです。 1 牧 場 を 支 える スタッフ の ほと ん ど は 2 0 代 。 「 労 働 で は なく仕 事 を す る 」ことを 掲 げ 、 酪 農 の 魅 力を次 世 代に継 承 新潟県新潟市 Moimoiファーム 堤 富士人氏 若手スタッフとともに働き、 次世代に酪農をつなぐ く、堤さんも畜 産 の 大 学を卒 業して2 0 代 高 度 な 衛 生 管 理 を 行って い ること か で 家 業 の 酪 農 を 継 承したとき は 、ご両 親 ら、新 潟 県 畜 産 協 会 から「クリーンミルク 日 本を代 表 するコメどころ、新 潟 。広 々 も一緒に働 いていました。 生 産 農 場 」の 認 定も受けています。 とし た 田 園 地 帯 の 一 角 に 3 棟 の 牛 舎 を しかし、酪 農 経 営 の 合 理 化 を 進 める中 持 ち 、9 5 頭 の ホ ル ス タ イ ン を 飼 育して で 、1 0 数 年 前 にご両 親 は 引 退しました 。 い る牧 場 が 、農 業 生 産 法 人 の「 株 式 会 社 そこで、人 材を確 保するため、これまで 規 模 拡 大により 経 営 体 制を整 備 Moim oiファーム」です。 地 域 の 酪 農 関 係 者に声をかけるなどして 堤 さん の 牧 場には 、規 模 を 拡 大 するい 社 長 の 堤 富 士 人 さ ん( 5 4 歳 )と、とも 人 材 を 募 集 。過 去 に 1 0 人 ほどの 若 者 を くつかの転機がありました。 に 働くス タッフ は 現 在 4 名 。そ の 顔 触 れ 雇 用してきました。 ま ず 、隣 接 する酪 農 家 が 廃 業したこと は 、農 業 大 学 校 の 卒 業 生 から、まったくの そ の 半 数 は 、地 元にある新 潟 県 農 業 大 で、牛舎を借りたり、買い取ったりすること 未 経 験 者までさまざまですが、2 0 代から 学 校からの 紹 介 。畜 産 科 の 卒 業 生や 酪 農 ができたため、規 模を拡 大 。増 頭により生 3 0 代 にか け て の エ ネ ル ギ ー に あ ふ れた に興 味 を 持 つ 若 者 を 受 け 入 れ 、一 から指 乳 生 産 量 が 増 えることで 収 入 が 増 え 、安 人材ばかりです。 導を行ってきました。 定的に人を雇用できるようになりました。 日 本 の 酪 農 の 担 い 手 が 年 々 減 少し、特 さらに2 年 前に経 営 基 盤を強 化 するた に 若 手 の 就 労 者 が 不 足して い る中 、この めに、牧 場 の 法 人 化を行 いました。ともに 牧 場 で は 若 手 の ス タッフ の 雇 用 に 成 功 働くスタッフと共 同 出 資 する形をとり、皆 し、さらに そ の 中 から 次 期 社 長 に 就 任 す でつくりあげていく体 制ができました。 る人が決まっています。 法 人 化 により活 用しや すくなった 補 助 今 回 は 、社 長 の 堤 さ ん に 、積 極 的 に 受 事 業 の 助 成 を 受 け 、新 潟 県 で 初 めてとな け 入 れて いる若 手 が 高 い モ チ ベ ーション る 搾 乳 ロボットを 導 入 。作 業 の 合 理 化 に を 持って 活 躍 できる酪 農 経 営 の あり方に より1 0 0 頭 近くにまで飼 育 頭 数を増やす ついて、お話を聞きました。 日本 の 酪 農は家 族 経 営 のスタイルが多 ホルスタイン柄の建物の外装はスタッフの手で ペイントされています ことができました。 乳牛を健康に育て 安全安心な生乳を生産 M o i m o iファームの 生 産 技 術 は 高 く、経 産 牛 1 頭 当 たりの 乳 量 は 県 の 目 標( 9 . 0トン )を 上 回 る9 . 5トンで す 。しかし、この 結 果 にも 満 足 せ ず 、 コンスタントに1 0トン以 上 生 産 する ことを目指しています。 乳 量 が 多 い ということは 、毎 日 の 世 話 が 行 き 届 き 、乳 牛 が 健 康 で ある ことの 証 拠 で す 。一 頭 一 頭 の 体 調 を 人 の 目と手 で 確 か め 、乳 房 炎 などの 病 気 の 予 兆を見 逃さな いように努 め 3 つの牛舎で 95 頭の乳牛を飼育しています 2 ていることがうかがえます。 Moimoiファーム 社長 堤富士人さん ■法人化により経営基盤を強化 法人化は、事業継承がしやすくなるとい うメリットもあります。 元来、家族に牧場を引き継ごうという考 えを持ってい なかった堤さんは、2 0 代 の 若 手 のスタッフの 中から次 期 社 長を指 名 しています。経 営 会 議では、これまで堤さ んが身につけてきた酪農経営の技術や情 報を後継者に伝えています。 各自が 考えを述 べ 合う勉 強 会では、多 様な テーマが扱われます 皆で考えて作り上げた企業理念を掲示しています ■経営情報もスタッフと共有化 球 外 生 命 体 は 存 在 するか?”といった ユ ら募 集してとりまとめたという、牧 場 の 企 ニ ークなテーマまで様 々です。 ちな みに 業理念からも明らかです。 堤さんは、働く人一人ひとりに自主的に 酪 農をテー マにしたも の は 年に数 回しか M o i m o iファームの 企 業 理 念は、 「酪農 仕事に向かって欲しいと考えています。 ないとのこと。 を通して自分を高める、社 会に貢 献 する、 そこで 、今 月 の 売 上 げ や 飼 料 代 、手 元 忙しい 業 務 の 合 間で あっても、 若 手に 未 来 へ の 種を蒔く」。また 、毎 年 の 年 初に 残 金 は いくらかといった 会 社 の 経 営 情 報 「 人 間 力 を 高 めてもらい た い 」 と堤 さ ん スタッフ1人1人が1年の抱負を色紙に書 をスタッフにも共 有し、それらの 情 報を踏 は話します。 くこともMoimoiファームの習慣となって まえて 、日 々 の 業 務 の 中 で自 分 が す べ き 勉 強 会 は、 スタッフ間 のコミュニ ケ ー います。 ことを具 体 的にイメージしてもらうように ション の 場 にも なって い ます。 意 見 を 述 しています。 べ 合うことで、 そ れぞ れの 考え方や 個 性 あぜはら 次 期 社 長とな る予 定 の 畔 原 さ ん( 2 6 を知ることができ、モチベーションや雰囲 歳 )も 、 「 収 支を知ることで 、例 えば 、来 月 気作りにつながると参加者も話します。 はもっと乳量を向上させたい、頑張ろうと いう気持ちになる」と話します。 リフレッシュのための 長期休暇 スタッフ の モ チ ベ ー ションアップ に つ な が るもう一 つ の ポ イントが 、長 期 休 暇 制度です。 次 期 社 長となる予 定 の 畔 原 健 太さんも交 え、経営会議を開催しています 乳 牛 の 世 話 は 休 み なく続 き 、まとまっ 従 業 員 の 自 主 性 や 提 案 を 重 んじる 取 た休 暇を取ることが難しいとされますが、 り組 みをしている理 由を堤 社 長に伺うと、 M o i m o iファー ムで は1年 間 のうち で 連 「“ 労 働 ”ではなく、 “仕事” をしてもらい た 続して7~ 1 0 日 間 の 休 暇 を 取 れる制 度 いと考えているから」という答えが返って を設けています。 きました。 こ の 制 度 を 活 用して 、若 手 スタッフ は 「指示をもらって実行するだけでは単な 世 界 の 牧 場を視 察したり、ボランティア活 る労働で、機械でも代替できます。作業の 動をしたりと、思 い 思 いに過ごすことがで 意 味や理 由を自分で考えて手を動かすこ きます。 とで、労働がやりがいの ある仕事に変わっ 伝えたいのは「労働ではなく、 仕事をすること」 ていく」と堤さんは考えています。 「 M o i m o iファーム」という名 前は、フィ 勉強会を開催し、若手スタッ フの人間力と自主性を育む ら採 用されたものです。ちな みに、m o iと Moimoi ファームでは、1 カ月に 2 回 は、フィンランド語で「や あ!」 「よう!」とい のペースで勉強会を開催しています。 う挨 拶 の 言 葉 を 繋 げた 言 葉 で 、牛 の 鳴 き 勉 強 会 の テ ー マ は 堤 さ ん だ け で なく、 声の「モーモー」に似ていることが採用の スタッフが提案することもあります。 その 決め手だったとのこと。このように従 業 員 内容は自由で、最近の政治情勢から、 “地 のアイデアを重視する姿勢は、各従業員か 若い女性スタッフも、自ら判断して行動します ンランドを旅行したスタッフのアイデアか 搾 乳をしながら、一 頭 一 頭の健 康 状 態に目 を配る 3 ■地域との交流にも積極参加 の成果である生乳を取りだす仕事にやりが 酪 農 経 営 をする上 では 、地 域との つ な いを感じるそうです。 がりを保つことも大切です。堤さんの牧場 では規模の拡大とともに、たい肥の量も増 ■飼料費高騰が経営に影響 加 。そ れを 近 隣 農 家に有 償 提 供して 地 域 堤さんとスタッフの 努 力により、牧 場 経 で循環させています。 営は順調ですが、近年の飼料費の高騰は、 そのほか、酪農の振興に寄与する催しに 経営に大きな影響を与えました。 は、可 能 な 限り参 加しているそうです。そ Moimoiファームで使う飼料のすべては の一つが、小学校などでの出張授業です。 輸入品で、生産コストの6割を占めていま 堤 さん や 牧 場 スタッフが 学 校 などに赴き すが、 この1年だけでも価格が1~1.5割ほ 講師として子供たちに酪農の仕事を伝え、 ど値上がりになったそうです。 食 育 の 推 進に協 力しています。また、逆に 生 乳 の 取 引 価 格がこの 4 月から値 上が 牧 場に、子どもたちを招き入 れ、牛を触ら りすることで経営の厳しさは緩和されます せ たりすることも あり、 「 子 供や 地 域 の 人 が、業界全体から見ると、生産コストが高く に 酪 農 に 親しん で もらえると嬉しい で す 経営が不安定な状況は依然続いています。 ね」と堤さんは語ります。 「やめる×やりたい」 を 酪農家に育ち、牛をはじめとする動物が 身 近 な 存 在だったことから、ごく自然に酪 農の道を志望したという畔原さん。 力仕事でも大丈夫! 牧場で活躍する女性たち マッチングする 仕組みが必要 現在働く4名のスタッフのうち、2名は女 30年以上にわたって酪農に携わる堤さ 行し、本当は数年後に実家の牧場を引き継 性。体力が求められるこの仕事で、どのよう ん。 「 農 業 は 国 の 礎 で 、牛 乳という基 礎 的 ぐ予定でしたが、その前に実家は廃業して な業務を受け持っているのでしょうか。 な食料を安くおいしく安定的に提供する、 しまいました。堤 社 長から「 牧 場を任 せた 農 業 大 学 校を卒 業して2 年 目 の 佐 藤 彩 素晴らしい仕事。それに貢献しているとい い」と言われたときには、 「責任は重いが、 花さんは、勤めはじめた頃は体力に不安が うことがやりがいです」と話します。 自分でよければぜひチャレンジしたい 」と あったそうです。清 掃から始 め、徐 々に給 しかし、厳しい経営環境の下、10年前に 感じたそうです。 餌、搾乳へと仕事を広げていったのだとか。 4 0 0 軒 以 上 あった新 潟 県 の 酪 農 家は、今 畔原さんは、 「牛の世話は生活の一部で 時間とともに慣れていき、女性の体力でも はおよそ210数件にまで減少しているそ あり、酪 農 以 外 の 仕 事は考えられない 」と 問題がないと思ったそうです。仕事を始め うです。 「酪農の存続は、切実な問題」と堤 言 い 切ります 。 「 酪 農 は 、人 の 口に入る食 て4カ月目 の 小 崎 多 恵 子さん の 今 の目標 さんは危機感を持っています。 料を自分 の 手でつくる、誇りの ある仕 事 」 は、搾乳がうまくなること。毎日の牛の世話 日 本 の 多くの 牧 場 が 家 族 経 営 ですが 、 と、力強く語ってくれました。 畔 原さん の お父さんと堤さんが知り合 いだったことから、M o i m o iファームで修 後 継 者 不 足 による廃 業 が 多く、家 族 が 病 気で倒れてしまうと、そのまま廃業に繋が るケースがあると言 います。一 方 、酪 農に 夢を持 ち 、新 規 就 農を望 む 人 も いるの で すが、多額の資金が必要であることから断 念するケースもあるそうです。酪農の存続 のためには、 「就農希望者と廃業予定者を つ な い で 、就 農 希 望 者に金 銭 面 の 不 安を 与えずに、廃業予定者から経営を引き継ぐ マッチングの 仕 組 みと、大きすぎるコスト を緩和するための行政のバックアップが不 可欠」と堤さんは言います。 酪農の仕事を、 誇りを胸に継承 【Moimoiファーム】 所在地:新潟県新潟市南区味方 社長:堤 富士人さん 飼育頭数:95頭 M o i m o iファームの 次 期 社 長に任 命さ れた畔原さんにも話を聞きました。 従業員の半数は女性 4 2015 年 2 月発行
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