3.甲10707 足立 浩一 主論文の要約

主論文の要約
Mitogen-activated protein kinase phosphatase 1
negatively regulates MAPK signaling
in mouse hypothalamus
マウス視床下部組織において Mitogen-activated protein kinase
phosphatase 1 は MAPK シグナルを抑制的に制御する
名古屋大学大学院医学系研究科
病態内科学講座
分子総合医学専攻
糖尿病・内分泌内科学分野
(指導:大磯 ユタカ
足立 浩一
教授)
【緒言】
細 胞 膜 か ら 核 内 に 情 報 を 伝 達 し 様 々 な 細 胞 機 能 を 誘 導 す る Mitogen-activated
protein kinase(MAPK)は細胞に不可欠なリン酸化酵素(キナーゼ)であり、末梢組織の
みならず中枢神経系にも存在し、視床下部においては炎症、概日リズム、エネルギー
代謝調節、各種神経ペプチドシグナル経路に関与している。MAPK は Erk、p38、JNK
の 3 系統で構成され、MAPK キナーゼによりリン酸化され活性化される一方で、
MAPK phosphatases により脱リン酸化され不活性化される。MAPK phosphatases
の一つである MAPK phosphatase 1(MKP-1)は末梢組織及び中枢神経系に存在し、こ
れまでに大脳皮質や線条体、海馬において MKP-1 が MAPK シグナルを阻害すること
が示されているが、視床下部における MKP-1 の役割は未だ明らかになっていない。
さらに、MKP-1 は MAPK3 系統全てを脱リン酸化する可能性があるが、細胞の種類
や状態により MKP-1 の基質は異なっていることが知られている。今回我々は TNFα
で誘導される炎症がマウス視床下部 MKP-1 発現に及ぼす影響を評価した。また、視
床下部器官培養において MKP-1 が各種 MAPK に与える影響について検討した。
【対象および方法】
3 ヶ月齢 C57BL6/J 雄性マウスに TNFα(1μg)もしくは PBS を腹腔内投与(ip)し、
2 時間後に脳を摘出し 20μm 厚の連続凍結切片を作成した。In situ hybridization 法
にて視交叉上核(SCN)、室傍核(PVN)、弓状核(ARC)における MKP-1 mRNA の発現
量を両群で比較した。
16 日齢 C57BL6/J マウスの脳を摘出し、視床下部を 350μm 厚に冠状断し視床下部
器官培養の実験を行った。TNFαを培養液に加え、培養開始後 72 時間で切片を回収
し、MKP-1 蛋白発現量及び各種 MAPK と NFκB p65 のリン酸化を Western blot 法
で経時的に評価した。MKP-1 阻害剤(Triptolide)及び TNFαを投与し、培養開始後 72
時間で切片を回収し、MKP-1 蛋白発現量及び各種 MAPK と NFκB p65 のリン酸化
を評価した。マウス視床下部切片を 7 日間培養後、Electroporation 法にて siRNA を
導入し、TNFαを投与し、培養開始後 9 日で切片を回収し、MKP-1 遺伝子発現を
qRT-PCR 法で、MKP-1 蛋白発現量及び各種 MAPK と NFκB p65 のリン酸化を
Western blot 法で評価した。
統 計 学 的 処 理 に つ い て は 、 各 数 値 は means±SEM で 表 し 、 多 群 間 の 比 較 に は
one-way ANOVA 及び Fisher’s protected least significant difference test を用いて解
析した。また、危険率 5%未満をもって有意差ありとした。
【結果】
基礎状態において、MKP-1 mRNA はマウス視床下部全体にユビキタスに発現が認
められた。SCN には特に強く発現を認めたが、TNFα ip による発現量の変化を認め
なかった(Fig. 1A and B)。一方で、TNFα ip により PVN(Fig. 1A and C)と ARC(Fig.
1A and D)において MKP-1 mRNA の有意な増加を認めた。視床下部器官培養におい
-1-
て、TNFαは投与 1 時間で MKP-1 蛋白を有意に増加させた(Fig. 2A)。また、TNFα
は投与 0.5 時間で p-Erk、p-JNK、p-p38、p-p65 を有意に増加させた。一方で、投与
1 時間では p-Erk と p-JNK は投与前のレベルにまで減少し、p-p38 と p-p65 は減少傾
向であった(Fig. 2B-E)。Triptolide は単独投与では MKP-1、p-Erk、p-JNK、p-p38
に影響を及ぼさなかったが(Fig. 3A-D)、TNFα投与下において MKP-1 蛋白増加を抑
制し(Fig. 3A)、p-Erk、p-JNK、p-p38 を増加させた(Fig. 3B-D)。一方で、TNFα投
与下における p-p65 の増加を抑制した(Fig. 3E)。MKP-1 siRNA 導入により視床下部
切片の MKP-1 mRNA を 40%減少させた(Fig. 4A)。MKP-1 siRNA は単独では MKP-1、
p-Erk、p-JNK、p-p38、p-p65 に影響を及ぼさなかったが(Fig. 4B-F)、TNFα投与下
において MKP-1 蛋白増加を抑制し(Fig. 4B)、p-Erk、p-JNK、p-p38、p-p65 を増加
させた(Fig. 4C-F)。
【考察】
本研究の結果より、 in vivo において末梢由来の TNFαが視床下部 PVN と ARC の
MKP-1 mRNA を有意に増加させること、マウス視床下部器官培養で TNFαは有意に
MAPK シグナルを亢進し MKP-1 発現を増加させることが示された。MKP-1 蛋白と
リン酸化 MAPK の経時的変化より MKP-1 蛋白増加とともに MAPK シグナルの不活
性化が生じることが示唆された。さらに、阻害剤や siRNA による MKP-1 活性の抑制
により MAPK シグナルが亢進することが示された。
細胞種により MKP-1 が制御する MAPK は異なることが報告されているが、本研究
の結果からマウス視床下部 MKP-1 は 3 系統全ての MAPK を抑制的に制御することが
示唆された。PVN と ARC はエネルギーバランス、自律神経系、ストレス反応の制御
に関わる神経核である。また、視床下部における炎症は MAPK シグナルに影響を与
えるとされる。本研究では TNFα ip により惹起された炎症が PVN と ARC の MKP-1
を増加させており、これらの神経核で MAPK シグナルの減弱が推察されたが、MKP-1
による MAPK の制御とこれら生理機能の関係についてはさらなる研究が必要と考え
られた。p38 と Erk は p65 のリン酸化を介し NFκB を活性化するため、MAPK シグ
ナ ル の 活 性 化 に よ り NFκ B は 活 性 化 さ れ る こ と が 報 告 さ れ て い る 。 本 研 究 に て
Triptolide は MAPK シグナルを亢進させる一方で NFκB p65 のリン酸化を減弱させ
た。この現象はこれまでに報告のある Triptolide による NFκB p65 の直接的な抑制
作 用 と 推 定 さ れ る 。 本 研 究 結 果 で は NFκ B p65 の 直 接 的 な 抑 制 作 用 を 示 さ な い
MKP-1 siRNA による MKP-1 機能抑制実験では TNFα投与下において MAPK のリン
酸化を亢進させ、同様に NFκB p65 のリン酸化も亢進させたことから、MKP-1 抑制
による MAPK 活性の亢進は NFκB p65 のリン酸化を亢進させることが示された。
【結語】
マウス視床下部組織において、MKP-1 は TNFαにより活性化され、Erk、JNK、
p38 に対し抑制的に作用することが示された。
-2-