IFRS Developments 第77号

第 77 号 2014 年 4 月
IFRS Developments
IASB がマクロヘッジ会計に関
するディスカッション・ペー
パーを公表
重要ポイント
PRA は、新たなエク
スポージャーが頻繁
に追加されるオープ
ン・ポートフォリオに
対してリスク管理を
行った結果のポート
フォリオ・リスク・ポ
ジションの会計処理
に対応するよう設計
されている。
•
IASB は、ダイナミック(動的)なリスク管理の会計処理に関する新たなアプロー
チを検討するディスカッション・ペーパー(以下、DP)「マクロヘッジに対するポ
ートフォリオ再評価アプローチ(PRA:Portfolio Revaluation Approach)」を公表
し、関係者に対してコメントを要請した。本アプローチは、企業のダイナミックな
リスク管理活動に関する有用な情報を提供することを目的としている。
•
PRA では、リスク管理対象エクスポージャーのうち、動的に管理されるリスク
(Dynamically managed Risk)について再評価を行う。
•
PRA は、ヘッジ会計規定の枠組みではなく企業のリスク管理手法を重視しており、
現行のヘッジ会計規定の制約を超えたアプローチである。
•
PRA は、銀行による金利リスクの管理に最も関連するが、ダイナミックにリスク管
理が行われる限り、他の業種やリスクにも適用されうる。
•
DP では、PRA を、ダイナミックなリスク管理下にあるすべての活動に適用するか、
あるいは実際にリスクが軽減される活動に対してのみ適用するかについて検討され
ている。この違いは、PRA による純損益に対するボラティリティー、及び適用上の
複雑性に非常に大きな影響をもたらす。
はじめに
IASB は、ダイナミック・リスク管理の会計処理に対する新たなアプローチの概要を
説明するディスカッション・ペーパー(DP)を公表した。マクロヘッジに対するポ
ートフォリオ再評価アプローチは、銀行が用いているリスク管理手法の一部に立脚
している。ただし、DP では銀行に焦点があてられているものの、本アプローチは銀
行の活動及びリスクに限られるものではない。
マクロヘッジに対するポートフォリオ再評価ア
プローチ
概要
PRA は、リスク管理目的で使用される金融商品の会計
処理を変更するものではないが、貸出金のようなダイナ
ミックに管理されるポートフォリオに含まれる項目は、
その管理対象リスクについて再評価される。これは、公
正価値ヘッジにおけるヘッジ対象の再評価に似ているが、
全面公正価値評価アプローチではない。
このアプローチによれば、ダイナミックに管理される特
定のリスクに関して、純損益を通じて公正価値(FVPL)
で会計処理されるデリバティブと、異なる基準で会計処
理されるリスク管理対象エクスポージャーとの間のミス
マッチは回避される。すなわち、デリバティブの公正価
値の変動額と、リスク管理対象エクスポージャーの再評
価から生じる損益は、ともに純損益に計上される。
そのため、報告される純損益は、PRA が適用されるリス
ク管理対象エクスポージャーと、リスク管理目的で使用さ
れる金融商品との間の経済的ミスマッチにより決まる。
DP では、どの金融商品に当該アプローチが適用される
のか、及び管理対象リスクを識別する基準について検討
している。また、DP は、PRA の適用に関して、現行の
ヘッジ会計と比べ、ヘッジの適格性を内部デリバティブ
といった金融商品、及び要求払預金の顧客行動をモデル
化する能力といったエクスポージャーに含まれる擬制リ
スク(deemed risk)まで拡張することを検討している。
ダイナミック・リスク管理―オープン・ポートフォリオ
オープン・ポートフォリオの主な特徴は、新たなエクス
ポージャーの追加と既存のエクスポージャーの除去が継
続的に行われ、リスク・マネージャーは、その結果生じ
るリスク・ポジションに焦点をあてているということで
ある。PRA では、管理対象ポートフォリオに含まれる
すべてのエクスポージャーは、実際に管理されている関
連するリスクに関して再評価される。ただし、PRA で
は、一般的なヘッジ会計とは異なり、管理対象エクスポ
ージャーの再評価と、これと相殺関係にあるリスク管理
金融商品の公正価値変動との紐付けは必要とされていな
い。それにより、ヘッジによる調整のトラッキング(追
跡)と償却といった、実務適用上の複雑性が回避される
ことになる。
このように紐付きを要求しないということは、ダイナミ
ック・リスク管理を採用する典型的な企業は、外部エク
スポージャーと外部デリバティブを直接的には紐付けて
いないという事実を反映している。こうした企業では、
多くの場合、その代わりに資産・負債管理機能(ALM)
が、ビジネス・ユニットとトレーディング機能とを一元
2
的に結び付ける中央インターフェースの役割を果たして
いる。こうした場合には、外部エクスポージャーを ALM
で管理するための、移転価格による内部貸出取引や、
ALM が実施するリスク軽減活動を反映するためのトレ
ーディング部門との内部デリバティブが利用されている。
再評価調整額の計算
PRA の適用は、他の IFRS における分類及び測定規定を
変更するものではない。PRA は、いわば管理対象ポー
トフォリオに含まれる管理対象エクスポージャーを、管
理対象リスクに関して再評価することを通じて、分類及
び測定結果を上書き(overlay)する形で調整すること
を要求するものである。この調整額は現在価値手法を用
いて計算され、使用されるキャッシュ・フローと割引率
は管理対象リスクを参照して識別される。
リスク管理目的上、外部エクスポージャーから生じるリ
スクの ALM への移転は、通常、ビジネス・ユニットと
ALM との間の内部移転価格により表現される。これを
理由として、DP では、PRA の目的上、再評価調整額の
計算に内部移転価格を用いることは、外部エクスポージ
ャーに含まれる管理対象リスクの補足に資する実務的に
簡便な方法になりうることが示されている。
IASB は、PRA において移転価格が果たすであろう役割
について、特に実務における運用可能性と、企業のリス
ク管理活動を表すかの観点からの意見を要請している。
ポートフォリオ・ベースでのキャッシュ・フローの見積り
ポートフォリオの場合、ポートフォリオ全体のキャッシュ・
フロー・プロファイルの方が、個々のエクスポージャーよ
り予測しやすいことが多い。その良い例は、繰上返済可能
ローンである。こうした特性は、リスク管理上も、エクス
ポージャーの定量化において利用されている。PRA におい
ても、管理対象リスクに関して再評価すべきエクスポージ
ャーを決定する際にこうした特性が用いられる。これは「顧
客行動に基づく」キャッシュ・フローの見積りの利用と呼
ばれ、繰上返済可能ローンの再評価は、契約上の期間では
なく、予想期間に基づき行われる。
例
契約上の満期が 5 年後に到来する CU500 百万の繰
上返済可能ローン・ポートフォリオは、ポートフォ
リオ内の繰上返済に関する予想を考慮した上でリス
ク軽減が図られる。したがって、3 年後には半分の
ローンが繰上返済され、残りは契約上の満期に沿っ
て返済されるとの予想が存在する場合、リスク管理
及び PRA に盛り込まれるリスク・プロファイルは、
3 年の CU250 百万のリスクと 5 年の CU250 百万の
リスクとなる。
IASB がマクロヘッジ会計に関するディスカッション・ペーパーを公表
IASB の予備的見解は、顧客行動を基にしたキャッシュ・
フロー・プロファイリングは、要求払預金のポートフォ
リオにも適用するべきであるとしている。このことは、
PRA は、契約上の満期を著しく越える期間にわたって
引き出されず口座に据え置かれることが予想される、い
わゆる「コア預金」の予想キャッシュ・フロー・プロフ
ァイルに基づき適用されうることを意味する。すなわち
IASB は、コア要求払預金は、契約上の満期日(たとえ
ばオーバナイト)を越える、経営者の予想(たとえば 3
年)に基づく満期プロファイルを基にして PRA に織り
込むことができると考えている。なお、リスク管理活動
に沿った方法でコア要求払預金をヘッジ関係に指定でき
ないことは、これまで一部の銀行が、リスク管理活動に
関する有用な情報を財務諸表に提供することができない
と主張する主な論拠の 1 つであった。
DP で説明されている顧客行動の他の例は、いわゆる「エ
クイティ・モデル・ブック(EMB:Equity Model Book)」
である。これは、企業が資本の形で行う資金調達に関連
して生じる擬制された金利リスクである。DP では、エ
クイティ・モデル・ブックを、擬制された金利リスクに
ついて再評価すべきかどうか、再評価する場合にはどの
ようにそれを行うべきかについて、特に財務諸表の利用
者に有用な情報をもたらすかどうかの観点から検討して
いる。
貸借対照表における表示
DP は、再評価調整額を貸借対照表に表示する方法とし
て 3 つの方法を検討している。
• 再評価額に関連する再評価エクスポージャーを含む
個々の表示科目ごとに調整する
• 資産側と負債側で別個に表示科目ごとの再評価額を
合算し、
貸借対照表の資産の部と負債の部の両側で、
各々の集計金額を、単一の表示科目として別掲する
• すべての再評価額を合算し、その金額が借方側にな
るか貸方側になるかに応じて、財政状態計算書の資
産の部又は負債の部のどちらかに、その純額を単一
の表示科目として別掲する
なお、貸借対照表におけるリスク管理商品の表示は変更
されない。
損益計算書における表示
DP では、損益計算書における 2 つの異なる表示方法が
示されているが、どちらによっても純損益は同じになる。
2 つの表示方法はともに、ダイナミック・リスク管理活
動が、正味利息収入に及ぼす影響と、これらの活動から
の正味再評価の影響額を反映させることに着目している
が、その方法は若干異なる。
• 実際正味利息収入の表示―管理対象エクスポージャ
ーについて、
報告される利息収益と費用を変更せず、
リスク管理商品からの正味利息収入を反映する新た
な表示科目を追加する。ダイナミックヘッジ活動か
らの再評価影響額は、個別に報告される。
• 安定的正味利息収入の表示―管理対象エクスポージ
ャーからの利息収益と費用は、リスク管理が完全で
あったと仮定した金額で表示される。実現済み及び
将来の正味利息収入の「完全なリスク管理」からの
乖離部分は、ダイナミック・リスク管理からの再評
価影響額として報告される。
IASB は、明らかに実際正味利息収入の表示の方がベネ
フィットをもたらすと考えている。これは、とりわけ、
この表示によれば、ダイナミック・リスク管理の影響前
後の両方の正味利息収入が提供され、その適用もより容
易なためである。
内部デリバティブの役割
DP は、リスク管理活動とトレーディング戦略を損益計
算書に忠実に表示するためには、ALM とトレーディン
グ機能との間の相殺関係にある内部デリバティブを損益
計算書にグロスアップして、「ダイナミック・リスク管
理による正味再評価影響額」と「トレーディング活動」
の一部として、それぞれ収益を報告することが必要であ
るとしている。なお、内部デリバティブからの純損益へ
の正味影響額はゼロになる。
PRA の適用範囲
DP は、リスク管理活動が実施される場合には PRA の適
用を強制すべきか、あるいはヘッジを通じたリスク軽減
活動が行われた場合のみ適用すべきかを検討している。
DP は、リスク管理活動を、「ダイナミック・リスクの
識別、分析及びヘッジを通じた軽減のすべてを含むもの」
と定義している。したがってリスク管理活動に着目して
PRA の適用範囲を定める場合、ダイナミック・リスク
管理分析に含まれるすべてのエクスポージャーは、リス
ク軽減が実施されているかされていないかに関係なく、
管理対象リスクに関し再評価されることになる。その場
合、意図的にヘッジされないポジションから純損益に変
動が生じることになる。これは、ヘッジを行わないとす
る決定をはじめ、ダイナミック・リスク管理活動につい
て有用な情報を提供する。しかし DP では、この適用範
囲によれば、銀行のオンバランス項目の大半に PRA を
適用しなければならなくなり、重大な変更をもたらすと
している。
その一方で DP では、ヘッジを通じてのダイナミック・
リスク管理活動をはじめ、ダイナミック・リスク管理の
すべての観点が実施された場合にのみ適用することも検
討している。ただし、この場合には、軽減されたリスク・
ポジションは時間と共に常に変化するため、トラッキン
IASB がマクロヘッジ会計に関するディスカッション・ペーパーを公表
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グ及び償却のためのプロセスを整備する必要があること
から、適用がより複雑になる。
DP は、PRA の適用を強制すべきか、又は企業の選択と
すべきかについて検討することを要請している。
DP で検討された他の解決策
IASB は、マクロヘッジ会計に関する他の多くの解決策
についても言及しているが、DP では、そうしたアプロ
ーチはリスク管理活動を忠実に表現しないとの予備的見
解が示されている。また DP では、再評価による影響を、
損益計算書ではなく、その他の包括利益に認識するとい
う代替案も検討しているが、概念上及び適用上の懸念が
示されている。
このほか DP では、マクロヘッジに関する情報の有用性
を向上させるアプローチの開発は本当に必要か、及び銀
行以外の企業や金利以外のリスクについても同様のアプ
ローチが必要かといったといった点を含む幅広い質問を
提示している。
開示
DP は、財務諸表の利用者による企業のダイナミック・
リスク管理の理解に資する 4 つの開示テーマを挙げて
いる。
弊社のコメント
作成者にとっては、PRA の適用において、ヘッジに関
連する外部のトレーディング・デリバティブを識別す
ることなく内部デリバティブの利用が可能とされ、顧
客行動に基づく要求払預金を含めることができるよう
になれば、ダイナミック・リスク管理に対して現行の
ヘッジ会計に基づき対応するうえで、最も頻繁に指摘
される 2 つの困難さが軽減されることになる。
しかし、
PRA の適用範囲が、リスク軽減ではなく、リスク管理
活動に関連付けられる場合には、意図的にヘッジされ
ることのないポジションから生じる純損益の報告額の
変動性の方が、これらの変更による便益を上回ること
にもなりうる。
PRA は、概念的にはシンプルではあるが、ダイナミッ
ク・リスク管理に対する現行の会計処理に著しい変更
をもたらす。そのため、こうした変更を行う際の適用
上の課題を過小評価すべきではないと考えられる。
次のステップ
DP に対するコメント募集期限は 2014 年 10 月 17 日で
ある。DP について IASB に寄せられるフィードバック
次第であるが、EY は、次のステップは 2015 年の公開
草案の策定になると見込んでいる。
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本資料はEYG no.AU2326の翻訳版です。
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