参議院選挙における TV 番組・新聞・ポータルサイトによる「議題設定効果」の研究

第 31 回国際コミュニケーション・フォーラム
個人研究発表
予稿
参議院選挙における TV 番組・新聞・ポータルサイトによる「議題設定効果」の研究
長濱憲
<要旨>
2013 年 4 月の公職選挙法改正によって、選挙運動へのインターネットの利用が可能とな
り、同年 7 月には解禁後初の国政選挙である参議院選挙が実施された。
この選挙期間の前後に、東京大学大学院情報学環の橋元良明研究室及び株式会社電通パ
ブリックリレーションズでは、選挙関連情報への接触が有権者に与えた影響について調査
を実施した。
本研究はこの調査データをもとに、情報源への接触が有権者の争点評価に及ぼした「議
題設定効果」を分析するものである。近年はインターネットの普及により、マスメディア
の影響力が弱まり有権者に影響が生じているとの議論もある。しかし、今回の調査結果に
よれば、依然として選挙期間中の有権者によるマスメディアへの接触率は高く、選挙の争
点への評価にも影響を及ぼしている可能性が示された。
今回は、影響力が大きいと思われるマスメディアの中から、中央紙・ブロック紙や、
NHK・民放の代表的な番組を選んで「議題設定効果」を分析した。また、インターネット
上の情報源についても、ポータルサイトの「議題設定効果」の分析を行った。
その結果、TV ニュース番組(NHK「NEWS WATCH 9」)、新聞(「朝日新聞」「毎日新聞」
「産経新聞」
「東京新聞」
)、ポータルサイト(「Yahoo! Japan」のニュース・トピックス
欄)等について、「議題設定効果」を及ぼしていた可能性が示唆された。
<キーワード>
ネット選挙、議題設定効果、マスメディア、インターネット、争点評価
1.背景
2000 年代に入り米国・韓国の大統領選挙等において、インターネットが積極的に使用さ
れ始め、日本でも 2013 年 4 月の公職選挙法改正によって、選挙運動へのインターネット
の利用が可能となった(清原 2011,2013)。2013 年 7 月には解禁後初の国政選挙となる参
議院議員選挙が行われ、候補者・政党・有権者によるホームページ、ブログ、SNS、動
画共有サービス、動画中継サイト等を使用したインターネット選挙活動が初めて展開さ
れ、新たな情報源による有権者への影響が予想された。
1
しかし、2013 年 7 月の参議院選挙終了後、報道等において、今回の参議院選挙でインタ
ーネットが及ぼした効果は限定的だったとの見解が多く見られた。
東京大学橋元研究室と電通パブリックリレーションズでは、今回の参議院選挙に際して
有権者のメディア接触と効果に関する共同調査を行った。分析結果によれば、有権者が選
挙情報を見た比率では「TV(民放)
」が 67.7%と最も多く、ついで「TV(NHK)」が 55.2%、
新聞が 47.7%の順番であった。その一方で新たに選挙活動が可能になったインターネット
上の情報源についてはマスメディアと比べて接触率が低く、政党や候補者が発信したイン
ターネット情報への接触率はわずか 10%~16%程度に過ぎなかった。また、インターネッ
ト上の情報源の中では、ポータルサイト・ニュースサイトへの接触率が 24.9%で最も高か
った(橋元 2013,2014)(図1)。
図1.参議院選挙で有権者が利用した情報源(単位:%)
0
10
20
30
40
50
60
70
80
55.2
テレビ(NHK)
テレビ(民放)
67.7
新聞
47.7
政党・候補者のウェブサイト(ブログ、動画サイトを含む)
16.3
政党・候補者のソーシャルメディア
12.8
10.6
14.0
政党・候補者のメール、メールマガジン
政党・候補者のネット広告
テレビ局(NHK)のウェブサイト
11.6
テレビ局(NHK)のソーシャルメディア
10.6
テレビ局(民放)のウェブサイト
11.1
テレビ局(民放)のソーシャルメディア
10.8
新聞社のウェブサイト
13.5
新聞社のソーシャルメディア
10.7
ジャーナリスト、有名ブロガー、有名人のウェブサイト
13.2
ジャーナリスト、有名ブロガー、有名人のソーシャルメディア
友人・知人のウェブサイト
13.8
10.9
友人・知人のソーシャルメディア
13.7
インターネットのポータルサイト・ニュースサイト
24.9
21.6
家族・友人・知人からの口コミ
選挙公報
28.9
※出典:「初めてのネット選挙―調査から見たその受容と影響」『東京大学大学院情報
学環橋元良明研究室・電通パブリックリレーションズ共同研究報告書』p.80
図は筆者が作成。
このような状況を踏まえ、選挙に関する情報源として接触率の高かった TV 番組・新
聞・ポータルサイトが、実際にどのような影響を及ぼしたのか分析を実施した。分析に際
しては「議題設定効果」の分析手法を用いた(McCombs & Shaw 1972、竹下 2008)。
2.方法
調査データとして、インターネット調査の結果と、TV番組、全国紙・ブロック紙、ポー
2
タルサイトで取り上げられた内容に関するデータを使用した。
(1)インターネット調査結果の分析方法
今回の参議院選挙で有権者が最も重視した争点に関して、野村総合研究所の「INSIGHT
SIGNAL」サービスを用いて調査を行った。調査の対象は、首都圏(1都6県)に在住の20~59
歳の男女の3,180名であった。本調査は選挙前後において2回実施した。
第 1 回調査は、参議院議員選挙の公示前(2013 年 6 月 29 日(土)~30 日(日))に実施し
2,691 サンプルを回収、第 2 回調査は、参議院議員選挙の投票時間終了直後(2013 年 7 月
21 日(日)20 時~22 日(月))に実施し 2,339 サンプルを回収した。両者に回答した最終的な
有効回答数は 1,523 サンプルであった。
本分析では、この 1,523 サンプルが、選挙直後の第 2 回目調査に回答した結果を用いた。
用いたのは「選挙期間中に最も重視した争点」に関する設問で、選択肢の中でも回答数の多
かった「景気回復」
「原子力発電所再稼働」
「消費税引き上げ」
「憲法改正」
「雇用問題」
「TPP
(環太平洋経済連携協定)」「年金問題」「子育て支援」「震災復興」「エネルギー問題」の計
10 争点について分析を行った。
(2)TV 報道分析の方法
選挙公示日(2013 年 7 月 4 日)から投票日前々日(2013 年 7 月 19 日)までの間の TV ニ
ュース番組で取り上げられた争点を調査した。対象として、NHK と民放の代表的な TV ニュ
ース番組の中から、NHK「NEWS WATCH 9」、日本 TV「NEWS ZERO」
、TBS「NEWS23」、フジ TV「NEWS
JAPAN」、TV 朝日「報道 Station」、TV 東京「ワールドビジネスサテライト」を選択した。調
査にはエム・データ社による「TV 情報検索システム Meta TV」のテキストデータを用いた。
分析にあたっては、選挙期間中に上記の番組で放送された争点の順位をカウントし、各番
組視聴者が選挙で最も重視した争点の順位との相関関係を求めた。
放送された争点のカウントに際しては、該当する話題がオンエアされた日ごとの視聴者
数を乗じた上で、全オンエア日の結果を集計した。同様に視聴者が重視した争点についても、
全オンエア日の回答数を合計し分析に用いた。
(3)新聞報道分析の方法
選挙公示日(2013 年 7 月 4 日)から投票日(2013 年 7 月 21 日)の朝刊までの新聞紙面を
調査し分析した。調査対象は、「朝日新聞」「読売新聞」「毎日新聞」「日本経済新聞」
「産経
新聞」「東京新聞」の朝・夕刊(産経は朝刊のみ)である。
各紙 1 面記事の見出しに含まれる争点数をカウントし、各新聞の購読者が選挙で最も重
視した争点の順位との相関関係を求めた。
3
(4)ポータルサイト分析の方法
選挙公示日(2013 年 7 月 4 日)から投票日前日(2013 年 7 月 20 日)までの間にポータ
ルサイト「Yahoo! Japan」のニュース・トピックス欄で取り上げられた記事タイトルを分
析した。
調査期間中に同コーナーで取り上げられた争点の順位をカウントし、パネル調査でポー
タルサイト・ニュースサイトに接触したと回答した人が、選挙で最も重視した争点の順位
との相関関係を求めた1。
3.結果
分析により下記の結果が得られた。
(1)TV 番組の議題設定効果
TV 番組における議題設定効果について分析を行った。調査対象者が重視した上位 10 争点
について順位相関分析を行ったところ、NHK「ニュースウォッチ 9」について 5%水準で優位
な結果となった(表 1)。
表 1.
「視聴者の重視争点」と「各番組で取り上げた争点」の相関(n=10)
視聴番組
スピアマン順位相関係数
p値
「NEWS
WATCH 9」
0.754
0.012
*
「NEWS
「NEWS23」
ZERO」
0.576
0.430
0.082
0.214
ns
ns
「NEWS
JAPAN」
0.013
0.972
ns
「報道
「ワールドビジネ
全TV番組計
STATION」
スサテライト」
0.535
0.475
0.430
0.111
0.165
0.214
ns
ns
ns
※ Spearman の順位相関分析の結果
※ *:p<0.05 で有意な相関があることを表す。
※ n.s.:有意な相関がないことを示す。
(2)新聞の議題設定効果
新聞の1面見出しに含まれる記事と、読者の最重視争点との関係について分析を行った。
調査対象者が重視した上位 10 争点について順位相関分析を行ったところ、「朝日新聞」と
「6 紙合計」について 0.1%水準、
「毎日新聞」
「産経新聞」
「東京新聞」について 5%水準で
有意な結果が得られた(表 2)。
1
「Yahoo! Japan」への接触者の代わりに、便宜的にインターネット調査で「ポータルサ
イト・ニュースサイト」に接触したと回答した人の数値を用いた。
4
表 2. 新聞の1面見出しに含まれる記事の争点順位と、読者の最重視争点順位との相関
(n=10)
日本経済
産経新聞 東京新聞
新聞
0.636
0.196
0.741
0.717
0.048
0.588
0.014
0.020
*
n.s.
*
*
購読新聞 朝日新聞 読売新聞 毎日新聞
相関係数
0.899
0.000
***
p値
0.205
0.571
n.s.
6紙計
0.905
0.000
***
※Spearman の順位相関分析の結果
※***:p<0.001、*:p<0.05 で有意な相関があることを表す。
n.s.:有意な相関がないことを示す。
(3)ポータルサイトの議題設定効果
「Yahoo! Japan」のニュース・トピックス欄に含まれる記事と、ポータルサイト・ニュー
スサイトに接触したとの回答者の最重視争点との関係について分析を行った。調査対象者
が重視した上位 10 争点について順位相関分析を行ったところ、5%水準で有意な結果が得
られた(表 3)。
表 3. 「Yahoo! Japan」のニュース・トピックス欄に含まれる記事の争点順位と、
ポータルサイト・ニュースサイト接触者の最重視争点順位との相関(n=10)
調査対象
スピアマン順位相関係数
p値
「Yahoo! Japan」の
ニュース・トピックス
欄
0.638
0.047
*
※Spearman の順位相関分析の結果
※*:p<0.05 で有意な相関があることを表す。
4.結論
本稿ではまず、2013年の参議院選挙において有権者の情報源として、TV・新聞などのマ
スメディアや、インターネットのポータルサイト・ニュースサイトへの接触が多くみられ
たことを述べた。さらに分析結果より、TVニュース番組(NHK「NEWS WATCH 9」)、新聞
(「朝日新聞」「毎日新聞」「産経新聞」「東京新聞」)、ポータルサイト(「Yahoo! Japan」
のニュース・トピックス欄)が有権者に対して、「議題設定効果」を及ぼしていた可能性
を示した。
今後、さらに分析を進め、メディアにおける選挙関連の情報が、有権者の争点評価に及
ぼした影響をより詳細に明らかにしていきたい。
5
参考文献
橋元良明(2013)「初めてのネット選挙―調査から見たその受容と影響」『東京大学大学院
情報学環橋元良明研究室・電通パブリックリレーションズ共同研究報告書』
橋元良明(2014)「選挙時のネット利用解禁は有権者にどのような影響を与えたか」『日経
広告研究所報』274,54-59
橋元良明・小笠原盛浩・河井大介・長濱憲・菅野千尋(2014)「ネット選挙解禁はどう受け
入れられたか―パネル調査による選挙情報利用行動の実態」『東京大学大学院情報学環
情報学研究調査研究編』30,111-184
清原聖子(2011)「アメリカのインターネット選挙キャンペーンを支える文脈要因の分析」
清原聖子・前嶋和弘編著『インターネットが変える選挙
義塾大学出版会
-米韓比較と日本の展望』慶應
1-25
清原聖子(2013)「ネット選挙解禁で何ができるようになるのか-2013 年公職選挙法の一
部改正で変わる日本の選挙運動」 清原聖子・前嶋和弘編著『ネット選挙が変える政治と
社会
-日米韓に見る新たな「公共圏」の姿』慶應義塾大学出版会
1-19
McCombs, M. E., and Shaw, D. L. (1972) The agenda-setting function of mass media,
Public Opinion Quarterly, 36,176-187
竹下俊郎(2008)『増補版 メディアの議題設定機能
実証』学文社
6
-マスコミ効果研究における理論と